医療経済研究
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特別寄稿
医療における格差-構造的特性と政策的対応
池上 直己
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ジャーナル オープンアクセス

2006 年 18 巻 1 号 p. 5-21

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抄録

国民の間の健康格差を解消するには、相互の協力を促進する無形の社会資本の形成のほうが医療サービスの拡充よりも重要であり、こうした観点から健康的な行動が支援されるような社会を目指す新しい公衆衛生運動が提唱されている。しかし、格差を縮小するための社会改造の効果は必ずしも十分に検証されておらず、また就学前の幼児、およびその親を対象とした教育体制を整備したほうが有効であるという意見もある。

医療における格差は健康格差とは別個の課題であり、医療に内在する構造的特性から格差のない制度としないと、有効で安全な医療サービスの担保、患者の医療費による経済破綻の防止、および医療費の公的負担の抑制をそれぞれ実現できない。その理由は、まず供給側の特性として、医療は1回限りで再現性のない個別状況で提供されるので、事後的に「適切」であったか、「不適切」であったかを評価することが難しいことにある。特に生死が関わる場合は、たとえ新しい技術の有効性の確率が低く、安全性が十分検証されなくても医師は使用する傾向があり、また一旦使用が開始されると、当初想定された適用範囲を超えて広く普及する傾向にある。

一方、需要側の特性として、医療はいつ必要で、その時に治療費がいくらかかるが分らないという不測性があるので、こうしたリスクを回避するため、医療に対する需要は、保険に対する需要に変わる。保険市場において、消費者は最低の保険料で、最高の給付を求めるので、保険者としては、供給側には質の高い効率的なサービスを要求し、需要側には医療費のかかるリスクに応じた保険料を徴収する必要がある。しかし、後者のほうがはるかに容易であるので、市場原理に任すと医療の給付格差は拡大し、また保険に加入できないか、加入できても給付が不十分な患者の自己破産が増える。さらに「適切」とする医療の範囲がしだいに拡大するので医療費が全体として高騰する。

日本は基本的には公平で効率的な医療制度となっているが、医療保険制度における所得水準と年齢構成の格差を財政調整する方式が粗い、患者負担の減免措置が不十分、診療報酬の決定プロセスが不透明、医療提供体制の質の担保が不十分、などの理由により国民から必ずしも評価されていない。これらの課題を解決するには、医療を国民に平等に提供すべき基本サービスに位置づけ、政策の焦点を世代間の負担の格差から、地域間の給付の格差に移す必要がある。すなわち、国は需要側の要因による地域間の負担の格差を財政支援で解消した後は、都道府県は健康指標やサービスの提供実態と保険料率の関係を評価する。その結果、他県と比べて格差があれば、住民の意向に沿ってより効率的に提供できるように医療機関を計画的に整備、モニターする体制を構築するインセンティブが生まれよう。

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