本稿は、グロスマンの健康資本の概念を用いて、日本の高齢者について所得、教育年数、職業階層などの社会経済的属性が医療需要や健康需要に影響を及ぼしているか、という仮説の実証分析を行った。外来医療需要関数の推定結果から、男女ともに、所得による医療需要の制限は観察されなかった。また、最長職による医療需要の抑制は観察されず、これより推測する限り、若年時の保険の種別による医療需要の抑制は生じていなかったといえる。教育と医療需要の関係については、男性では教育年数が長いほどより外来医療を需要していたが、女性には教育の効果は見られなかった。一方、男女とも最長職が農林漁業であった者が老健移行後により医療需要を高めており、これは自己負担額が安くなったことによる効果、つまり価格効果が他のグループより大きかったことによるものであるといえる。社会経済的属性と健康の関係について、男性では先行研究と整合性の高い結果が得られた。前期の健康状態をコントロールしても、所得が高いほど主観的健康が悪いと答える確率が低く、所得が中央値以下の低所得層では健康状態が悪いと答える確率が高かった。職業階層による健康水準の相違では、マニュアル職、自営業で主観的健康状態が悪かった。職業階層が、健康の減耗率の要素であると同時に、医療保険の代理変数となっていることを考慮すると断定はできないが、この結果は、マニュアル職、自営業に従事する者で健康資本の減耗率が高く、健康投資の費用が高くなることに一因が求められよう。なお、教育年数による健康への直接的効果は、男女とも観察されなかった。