2010 年 22 巻 1 号 p. 5-29
世界的には新しいワクチンの開発と公衆衛生事業への導入が続き、先進国のみでなく途上国を含めて広く普及しつつある。これらの新しいワクチン、また世界的には広く使用されていながらわが国では定期接種となっていないワクチンを普及させることで減らせる疾病負担は、わが国でも依然として大きい。しかしながら、わが国の予防接種事業は世界的に見ると立ち遅れており、またその実施は科学的証拠によるのではなく、行政・司法の判断が主導という特異な形態になっている。そしてその立ち遅れは、わが国の過去の副反応関連訴訟における科学的根拠に基づかない判決、そして副反応に対するメディアの一面的な対応に起因する、行政の立ち去り型サボタージュともいえる。副反応への対策は予防接種事業の推進に不可欠であるにもかかわらず、わが国にはその問題を客観的に検討できない文化があり、また専門家や医療従事者の多くは副反応と関連課題への対応には無関心であった。さらに、メディアは社会における同事業の便益とリスクについてバランスの取れた情報を提供してきたとは言えない。今後わが国において同事業を推進するためには、社会全体の「最大多数の最大健康」を達成するとの視点で行政と専門家が協調しながら、国民、メディア、司法関係者、臨床家に向けて事業の特性の理解を普及させてゆくとともに、中長期的な国家戦略を策定し、またそれを実現し様々な事業課題に対応できるように予防接種法と関連法規の改正を含めた抜本的な制度改革が必要である。