医療経済研究
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論文
中学1年生および高校3年生に対する麻疹ワクチン追加接種の経済評価
井上 裕智
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ジャーナル オープンアクセス

2011 年 22 巻 2 号 p. 141-157

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抄録

近年、幼年期に麻疹ワクチン接種(以下「幼年期接種」)を済ませたにも関わらず麻疹に罹患する者が報告されている。 主な原因は、接種直後から抗体を認めない一次性ワクチン不全 (primary vaccine failure:以下「PVF」)と接種直後は抗体を認めるものの経時的に低下する二次性ワクチン不全 (secondary vaccine failure:以下「SVF」)である。対策として、2008年度から2012年度までの5年間に限り、中学1年生および高校3年生に相当する年齢(以下、順に「中学1年生」、「高校3年生」)の未罹患者を対象として追加接種が実施されている。追加接種実施に期待する効果は、未罹患の未接種者またはPVFないしSVFの者へ免疫を保持させ、罹患者数を減少させることである。一方、費用は、現在のワクチン接種費用と副反応関連費用が発生するが、将来における麻疹関連費用の発生を防ぎ、結果的に減少させると考えられている。しかし、乳幼児期が好発年齢である麻疹の場合、追加接種実施の費用対効果は追加接種年齢に強く影響されると考えられ、投じた費用に見合った効果を得られない可能性がある。本研究の目的は、追加接種実施による費用増分が効果増分に見合っているか否か、費用効用分析を用いて評価することとした。
社会全体の立場から、追加接種を実施する制度(以下「新制度」)の実施しない制度(以下「旧制度」)に対する増分費用効果比(incremental cost effectiveness ratio:以下「ICER」)を求め、社会が支払いを許容する上限額(willingness to pay:以下「WTP」)を基準に経済性を評価した。ICERの計算には決定樹とマルコフモデルを用いた。決定樹は接種直後の免疫状態を分類するモデルであり、新制度では幼年期接種直後と追加接種直後の2回、旧制度では幼年期接種直後の1回使用した。他方、マルコフモデルは罹患を推測するモデルである。マルコフモデルは、幼年期接種直後から追加接種年齢直前までのモデルと追加接種年齢直後から50年間のモデルの2種類を作成した。まず、前者からは追加接種年齢直前の未罹患者数を、後者からは追加接種年齢直後から50年間の罹患者数、重度障害者数と死亡者数を求めた。つぎに、前者からは新制度におけるワクチン接種費用と副反応関連費用を、後者からは割引した麻疹関連費用と質調整生存年(quality adjusted life years:以下「QALYs」)を求めた。WTPは500万円/QALYに設定した。
基本分析の結果、中学1年生のICERは5,651万円/QALY、高校3年生は28,323万円/QALYであった。ICERは500万円/QALYを上回り、感度分析により基本分析結果の頑健性が示された。
中学1年生および高校3年生の麻疹未罹患者に対する麻疹ワクチン追加接種実施の増分費用効果比は、社会が支払いを 許容する上限額を上回ったため、経済性に優れた介入とはいえないと示唆された。

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© 2011 本論文著者

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