抄録
本稿は、新型コロナウイルス感染症の予防策に対する経済学の貢献として、(1)健康と経済のトレードオフを明確にして、費用対効果の高い対策を実行すること、(2)人々の行動を理解すること、の 2 つの視点の重要性を指摘する。 経済学者が描いたトレードオフのなかでどこを選択するのかは、政策決定者の役割である。対策がかならずしも効率的でない(効率性フロンティア上にない)場合は、経済学では改善を示唆できる。
対策のなかでとられた個人の行動制限と事業者の営業制限では、健康と自由のトレードオフが問題となる。法的強制力がなく要請に基づく活動制限を成功させるには、「人々はなぜ(利己的行動ではない)制限の要請に応じるのか」、「人々はなぜ制限の要請に応じなくなったのか(なぜ緊急事態宣言の効果が弱まるのか)」の 2 つの問いを考える必要がある。その際、「利他的行動の費用が高くなれば、利他的行動はとられなくなる」という経済学の視点が重要になる。
実際の対策は、この 2 つの問いの背景にある、人々の行動を理解していないことから問題を生じさせていると思われる。対策の運用は、対策に協力する費用を高めることで、人々の協力を失わせる方向に働いた。そして、法改正で罰則を導入することで、利己的動機によって協力を担保しようとしたが、このことは逆に人々の利他的行動を阻害し、社会秩序を棄損するおそれがある。