人文地理
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論説
19世紀初頭の災害図出版における書肆の役割―1802年淀川水害の事例から―
島本 多敬
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2019 年 71 巻 1 号 p. 7-28

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抄録

本稿は,19世紀中期以前,近世の本屋仲間(書肆の同業組合)の活動期に出版された災害図を取り上げ,災害図の出版・改訂に影響を与えていた書肆の版権と出版活動について検討したものである。享和2年(1802)7月の淀川水害の後に大坂で出版された「摂河水損村々改正図」系統の水害図は,諸本を書誌学的に検討した結果,3つの版が存在していたことが判明した。大坂本屋仲間記録の記述によれば,この3つの版は,本屋仲間非構成員によって非公式に2つの版が出版された後,本屋仲間に所属する書肆が板木を買収し,4軒の書肆の連名で改めて公式に出版されることによって成立した。同図の板元は大坂町奉行所の御用絵師の名前を図中に示して,情報の信頼性を謳っていたとみられる。また,4書肆のうちの1軒は,本屋仲間に所属していない板元による水害図の出版を,自店の出版大坂図・河川図に対する版権侵害を理由に差し止めていた。同図の検討結果から,19世紀初頭当時の本屋仲間所属書肆は,自店の地図・地理書と関連付けた商業的な論理のもと,本屋仲間に所属しない板元による災害情報の出版をコントロールし,より詳細で「正確」な災害情報の出版を志向していたと評価される。

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© 2019 一般社団法人 人文地理学会
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