薬史学雑誌
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硝石製造に用いる土の菌叢解析と史学的検証―「古土法」,「培養法」,「硝石丘法」の土の比較―
野澤 直美福島 康仁高橋 孝村橋 毅高野 文英
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2021 年 56 巻 2 号 p. 84-96

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抄録

目的:硝石は,火薬の主要な原料であり,戦国時代から江戸の終わりまでのわが国において「古土法」,「培養法」,および「硝石丘法」と呼ばれる 3 種の製造法で硝石を生産していた.先の報告において「培養法」は,土中の豊富なアンモニア態窒素を利用して効率的に質の高い硝石を製造できる方法であることを科学的に明らかにした.本研究では,これら 3 種類の土をメタゲノムから比較した. 方法:硝酸イオン NO3– の生成に関連する硝化細菌に着目し,3 種の硝石製造法で用いる土中のバクテリア分 布を 16S rRNA 遺伝子を対象としたメタゲノム解析法で分析した.併せて土中の NO3– の濃度も測定し,これ らの結果を一般的な耕作地の畑土と比較した. 結果・考察:畑土では NO3– が検出されないが,それぞれの硝石製造に用いる 3 種類の土からは高濃度の NO3 –が検出された.これらの土について 16S rRNA メタゲノム解析を行った結果,「培養法」で用いる土(江戸期 の遺構土)は,「硝石丘法(牛糞堆肥で代用)」や畑土で見出される細菌叢と同じパターンが示された.対照的に,「古土法」で用いる土の菌叢は,他の 3 種類の土とは異なり Actinobacteria 門の細菌が菌叢全体の 97%を占めていた.Proteobacteria 門の細菌は,畑土で 30%,牛糞堆肥で 46%,合掌造り床下遺構土で 13%を占めるが,寺の床下土では 2%に過ぎなかった.硝化に関わる菌について菌叢同定を行ったところ,Nitrospira,Nitrobacter,JG37-AG-70 および Nitrosovibrio 属が畑土,合掌造り床下遺構土および牛糞堆肥で見出された.しかし,寺の床下土ではこれらの菌は全く検出できなかった.脱窒に関わる菌としては Rhodobacter 属,Pseudomonas属,Paracoccus属およびBacillus属の菌が見つかった.Nitrospiraに帰属されるOTUs(operational taxonomic units)のリード数は,合掌造り床下遺構土において最も高かった.以上の結果から,硝石製造法は,土中の細菌を巧みに利用して NO3– 濃度を高め硝石を作り出すための高度なバイオテクノロジーであることがわかった.

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