近年,SOGIE(性的指向・ジェンダーアイデンティティ・性表現)の多様性への関心は高まっているが,大学におけるLGBTQ+学生支援は十分になされているとはいえない.本稿は,LGBTQ+学生をめぐる課題を大学教育の文脈から整理し,学生支援と教育実践の在り方を検討することを目的とする.まず,SOGIEに関する概念および医学的分類の歴史的変遷を概観した.ついで,大学生活においてLGBTQ+学生が直面しうる困難を対人関係,制度・環境,専門職養成課程の三つの側面から整理し,メンタルヘルスへの影響について考察した.さらに,LGBTQ+学生支援を特定の学生への配慮にとどめるのではなく,大学における学習環境や教育実践を問い直す契機として位置づけ,「知る」ことから「ともに学ぶ」姿勢へと転換する必要性を論じた.LGBTQ+学生支援は,すべての学生にとって安心して学べる教育環境の形成に資する取り組みである.
Despite increased societal interest in the diversity of sexual orientation, gender identity, and expression (SOGIE) in recent years, support for LGBTQ+ students within universities remains inadequate. This paper aims to not only organize the challenges surrounding LGBTQ+ students within the context of university education but also examine approaches to student support and educational practice. It first provides an overview of the historical evolution of concepts and medical classifications related to SOGIE. Then, drawing on existing research, it categorizes the difficulties LGBTQ+ students may encounter in university life across three dimensions—interpersonal relationships, institutional/environmental factors, and professional training programs—and examines their impact on mental health. It goes on to argue that LGBTQ+ student support should not be restricted to considerations for specific students, but rather positioned as an opportunity to re-examine universities’ learning environments and educational practices, necessitating a shift from merely “knowing” to adopting an attitude of “learning together.” LGBTQ+ student support is an initiative that contributes to the creation of an educational environment where all students can study with peace of mind.
近年,性の多様性に対する社会的関心は高まりつつある.いわゆるLGBTQ+と総称される人々の存在は,メディアや教育現場においても徐々に可視化され,関連する法制度や行政通知も整備されてきた.しかしながら,大学における支援体制の実効性については,なお検討の余地が大きい.とりわけ専門職養成課程においては,学生支援の在り方は将来の実践現場の倫理観や対人姿勢とも深く結びついており,その意味は決して限定的ではない.
大学は青年期にあたる学生が自己を模索し,将来の進路を具体化していく重要な場である.同時に,日常の言動(授業内外における学生同士,学生-教員間,学生-外部機関とのやりとり)や制度設計(大学の規則,手続き,カリキュラムの運用など)のなかに,無自覚の前提や固定的な性別観が埋め込まれている場でもある.こうした前提は,特定の学生にのみ困難を生じさせるものではない.大学という学びの空間を規定するという意味で,すべての学生に影響を及ぼしている.LGBTQ+学生の経験をめぐる課題は,個々の学生の「特殊な事情」として片づけられるものではなく,大学という制度空間が前提としている規範や価値観を問い直す契機となる.
本稿ではまず,性的指向およびジェンダーアイデンティティ(性同一性)をめぐる概念の整理と歴史的変遷を概観する.そのうえで,大学生活で生じうる困難や課題を整理し,「知る」ことにとどまらない「ともに学ぶ姿勢」の意義について検討する.LGBTQ+学生支援を,特定の学生への配慮の問題にとどめるのではなく,専門職養成課程における教育の質を問い直す視点として位置づけることを目的とする.
「LGBTQ+」とは,レズビアン(女性を好きになる女性),ゲイ(男性を好きになる男性),バイセクシュアル(複数の性に対して恋愛感情や性的欲求を抱く人),トランスジェンダー(出生時に割り当てられた性別と異なる性別で生きる,あるいは生きたいと望む人)などの頭文字をとった総称であり,末尾の「+」は,これらに限定されない多様な性の在り方を含意している.
近年,「LGBTQ+」に加えて,性的指向およびジェンダーアイデンティティ,さらに性表現(Gender Expression)を含めた「SOGIE」という概念が用いられるようになっている.この用語の変化は単なる言い換えではない.2000年代以降,性的指向およびジェンダーアイデンティティは国連の人権文書や決議において明示的に言及され,普遍的な人権課題として位置づけられてきた1).LGBTQ+という表現は,特定のマイノリティの属性を指し示すラベルであるのに対し,SOGIEは,すべての人がもつ性の側面に着目する概念である.
具体的には,性的指向とは「どのような性を好きになるか」という恋愛・性的感情の方向性に関わる概念であり,ジェンダーアイデンティティとは「自分のジェンダー(性別)をどのように認識しているか」という自己の深い内的感覚や経験を表す概念である.性表現は,服装や話し方,社会的な振る舞いなどを通したジェンダーに関する表現を指す.これらの概念が示すのは,性の在り方が単純な二元論に還元できるものではないという事実である.性別は身体的特徴のみならず,社会的役割や文化的規範とも密接に結びついており,個々人の経験はきわめて多様である.
SOGIEに関わる主な用語を表1に整理した.これらの概念は一見抽象的にみえるが,実際の人々の具体的な生活経験や社会的実践と密接に結びついている.用語の理解は,性が多様であることを前提とした教育環境のあり方を構想し,自らの前提や価値観を省察しつつ,学生を支援するための基盤となる.
SOGIEに関わる基礎的な用語
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| セクシュアリティ | 個人の性のあり方全般を表す言葉 |
| 同性愛(レズビアン女性・ゲイ男性) | 同性に対して性的魅力や恋愛感情をもつこと,またはそのような指向をもつ人 |
| 両性愛/バイセクシュアル(bisexual) | 複数の性に対して性的魅力や恋愛感情をもつこと,またはそのような指向をもつ人 |
| パンセクシュアル(pansexual) | 相手の性自認や性別にかかわらず他者に惹かれる人.性別二元論に依拠しない指向 |
| アセクシュアル(asexual) | 他者に対して性的魅力を感じない,またはほとんど感じない人 |
| アロマンティック(aromantic) | 他者に対して恋愛感情を抱かない,またはほとんど抱かない人 |
| Xジェンダー(X gender) | 日本語圏で用いられる語で,男女二元に当てはまらない性自認を示す.国際的にはノンバイナリーと近い概念 |
| ノンバイナリー(nonbinary) | 性別を男性/女性の二元に限定せず,そのいずれにも当てはまらない,またはその枠組みを超える性のあり方 |
| トランスジェンダー(transgender) | 出生時に割り当てられた性別と異なる性別を自認・体験している人の総称 |
| シスジェンダー(cisgender) | 出生時に割り当てられた性別と,自身の性自認が一致している人 |
| MSM(men who have sex with men) | 男性と性交渉を行う男性を指す公衆衛生上の用語.性的指向の自己認識とは必ずしも一致しない |
| WSW(women who have sex with women) | 女性と性交渉を行う女性を指す公衆衛生上の用語.性的指向の自己認識とは必ずしも一致しない |
| クエスチョニング(questioning) | 自身の性的指向や性自認について模索している状態 |
| クィア(queer) | 規範的な性やジェンダーの枠組みに収まらないあり方を包括的に示す語 |
| アライ(ally) | 性の多様性を理解・支持し,連帯する立場の人 |
| カミングアウト(coming-out) | 自身の性的指向やジェンダーアイデンティティなどを他者に開示すること |
| アウティング(outing) | 本人の承諾なく他者の性的指向やジェンダーアイデンティティなどを第三者に開示すること |
LGBTQ+の人々をめぐっては,長いあいだ「医療化」と「脱医療化」のあいだを揺れ動いてきた.1952年に刊行されたアメリカ精神医学会の診断マニュアル『精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)』初版(DSM-I)および1968年のDSM-IIでは,同性愛は精神障害として位置づけられていた.しかし,当事者運動や精神科医らの働きかけを背景に,1973年に米国精神医学会は同性愛を診断分類から削除した.その後,「自我異質性同性愛(ego-dystonic homosexuality)」という診断名が設けられたが,1987年のDSM-III-Rで削除されるに至った.1990年にはWHOは国際疾病分類(ICD)から同性愛を削除し,「同性愛はいかなる意味でも治療の対象とはならない」と明示している.
一方,トランスジェンダーをめぐっては,1980年のDSM-IIIで「性転換症(transsexualism)」が診断名として登場し,その後「性同一性障害(gender identity disorder)」へと変更した.2013年のDSM-5では診断名が「性別違和(gender dysphoria)」へと変更され,焦点は性別そのものではなく,それに伴う苦痛の有無へと移行した.さらに,WHOのICD-11(2022年適用)では「性別不合(gender incongruence)」が「精神および行動の障害」の章から「性の健康に関する状態」へと移動されている.
これらの変化は,性の多様性を治療すべき逸脱注1) とみなす視点から,尊重されるべき在り方として理解しようとする方向への転換を示している.用語の変更は社会のまなざしの変化と不可分であり,マイノリティの存在がどのように位置づけられてきたのか,その歴史を知ることでもある.ただし,脱病理化の流れは直線的な進歩ではない.診断が支援や医療へのアクセスを可能にする側面を持つ一方で,スティグマを強化する危険性も併せ持つ.こうした緊張関係のなかで,現在の分類体系は,苦痛や困難に焦点を当てつつも,性の在り方そのものを病理としない方向へと再編されてきたといえる.
このような医学的分類の変遷を理解することは,専門職養成課程において不可欠である.なぜなら,それは単なる診断概念の歴史ではなく,社会が性の多様性をどのように理解し,誰を「正常」とし,誰を「逸脱」としてきたのかという人権の問題と深く関わっているからである.医療や支援に携わる専門職にとって,過去の医療化の歴史と脱病理化の過程を知ることは,マイノリティの尊厳を尊重する実践の基盤となる.
日本の大学を対象とした調査では,一定数の学生が性的マイノリティに該当すると報告されている.例えば,茨城大学における調査2) では,大学2~4年生944名を対象とした結果,レズビアン2.1%,ゲイ0.5%,バイセクシュアル5.3%,トランスジェンダー1.4%と回答している.また,龍谷大学の調査3) では,回答者858名のうち130名(約15%)が性的マイノリティの当事者であると回答している.割合には調査方法や定義の違いによる差はみられるものの,いずれの調査結果も,性的マイノリティが大学において例外的存在ではないことを示している.
それにもかかわらず,大学生活のなかで当事者が可視化される場面は多くない.自らのSOGIを周囲に開示している学生は限られており,その結果,存在しているにもかかわらず見えにくいという状況が生じている.この「見えにくさ」は,単に当事者が語らないから生じているのではない.そこには,語ることに伴うリスクや不安が存在している.大学生活のなかで異性愛やシスジェンダーを当然視する前提が繰り返されると,性的マイノリティの学生にとってカミングアウトのハードルは高くなる.その結果,沈黙を選択せざるを得ない状況が生まれているのである.
ゲイ・バイセクシュアル男性を対象とした研究4) では,カミングアウトとメンタルヘルスとの関係が必ずしも単純ではないことが示されている.同研究によれば,性的指向を周囲にカミングアウトしている人ほど自殺未遂リスクが高く,6人以上にカミングアウトしている場合には,自殺未遂リスクが3.2倍に上昇すると報告されている.この結果は,カミングアウトそのものが有害であることを意味するものではない.むしろ,カミングアウト後に直面する差別や偏見,孤立,支援の不足といった社会的環境の影響を反映している可能性が高い.すなわち,カミングアウトの影響はそれを受け止める側の在り方に大きく依存するリスクがある.大学は自由な議論が可能な場と捉えられがちであるが,カミングアウトの安全性は必ずしも保証されていない.入学直後の自己紹介や日常的な会話のなかで,ふいに「彼氏・彼女はいるのか」と尋ねられることや,「将来の夫婦像」を前提とした議論が展開されることは珍しくない.
2. 大学生活における具体的困難LGBTQ+の学生が直面する困難は,個人的な悩みにとどまらず,大学生活のさまざまな局面に及ぶ.LGBT法連合会5) を参考に整理すると,困難は大きく対人関係,制度・環境,専門職養成の三つの側面に分けられる.これらは相互に独立した問題ではなく,複数の領域が重なり合いながら学生の生活経験を形成している.
第一に,対人関係における困難である.学生や教職員の差別的言動,性的多様性に対する無理解,あるいは冗談のかたちをとった排除などが挙げられる.ロールモデルの不在や,周囲に相談できる相手がいない状況は,自己肯定感の低下や自己否定感の内在化をもたらしうる.また,友人関係や家族関係において理解が得られない場合,大学内においても安心して語れる関係性を築きにくくなり,孤立感が強まることもある.
対人関係における困難は,当事者と非当事者の認識のずれとも関連している.龍谷大学人権問題研究委員会による調査3) では,学生からセクシュアリティに関する嘲笑的・差別的言動を受けた,あるいは見聞きしたことが「よくある」「ときどきある」と回答した割合は,当事者では47.7%にのぼったのに対し,非当事者では18.7%にとどまっていた.また,教職員による同様の言動についても,「よくある」「ときどきある」と回答した割合は当事者で16.1%,非当事者で6.9%であった.この結果は,当事者が差別的言動に対してより敏感に反応している可能性と同時に,非当事者や大学職員が無自覚のうちに差別的言動を行っている,あるいはそれを問題として認識していない可能性を示唆している.例えば,Xジェンダーを自認する学生が,授業中に教員から「そこの女性」と名指しされて嫌な思いをしたというケースもある.このように対人関係上の困難は,明確な悪意だけでなく,いわゆるマイクロアグレッションを含む6,注2) 認識のずれや理解不足からも生じうる.
第二に,制度や環境に由来する困難である.名簿や呼称,性別欄の扱い,健康診断や身体測定,体育や実習におけるクラス分け,宿泊行事や学生証・証明書の記載など,大学運営の各所に性別二元論が前提として組み込まれている場合がある.さらに,トイレや更衣室,学生寮といった施設設備の設計も,当事者にとって利用しづらさを生じさせることがある.これらは意図的な排除ではなくとも,結果として特定の学生に心理的緊張や実務的負担を継続的に生じさせる.日常的な制度運用そのものが,無自覚のうちに特定の前提を再生産している.
近年,こうした課題に対応するため,具体的な行動ガイドラインを公表する大学もみられる.例えば,東京大学における性的指向と性自認の多様性に関する学生のための行動ガイドライン7) では,授業運営や呼称の扱い,討論形式授業における留意点など,大学生活上で想定される配慮事項が整理されている.表2に,その一部を参考として示す.
大学生活上で直面する典型的な障害の例(文献7) より一部抜粋)
| 具体例 | |
|---|---|
| 授業・ゼミ運営 | 性別を前提としたグループ分け,「男子/女子」としての発言や行動を期待したり,要求する言動 |
| 呼称・名簿 | 外見から推測した性別に基づく「さん・くん」の使い分け,通称名使用の困難 |
| 授業内発言 | 性の多様性を否定する発言,異性愛や二元的性別観を前提としたコメント,発言に気を付けているようにみせかけた揶揄,同性愛差別的な発言(例:「男子はみんな彼女が欲しいだろうけれど」,「今どきは『世の中には男と女しかいない』と言ってはいけないんでしたね」「この研究者は私生活ではコッチの人だったんだよね」) |
| 他者化 | 当事者を特殊な存在として扱う言動(例:「私もよくわからないのですが,最近はLGBTQとかいう人たちもいるんですよね」) |
| 誤情報の提示 | SOGIに関する学術的に不正確な情報の発信(例:「人間には体の性と心の性がある」「日本は伝統的に同性愛に寛容」という通説は学術的に不正確である) |
| 配慮のない討論形式授業 | 差別発言がでることが容易に予想されるトピックで,十分な配慮や情報共有のないまま議論を行い,心理的負担を生じさせる授業運営 |
| 制度的区分 | 名簿,健康診断,実習,宿泊行事等における性別二元論を前提とした運用 |
第三に,専門職養成との関連で生じる困難である.医療,福祉,教育,看護などの専門職課程において,SOGIEに関する体系的な教育が十分に位置づけられていないことは,日本国内外で指摘されている8,9).例えば,日本の医学教育を対象とした調査では,LGBTに関する教育内容が限定的であり,体系的なカリキュラムが整備されていない現状が報告されている9).このような教育上の空白は,将来支援職となる学生の知識や態度形成に影響するだけでなく,当事者学生にとっては,自らの経験やアイデンティティが周縁化されているという感覚を生じさせる可能性がある.さらに,専門職課程では実習が重要な位置を占めるが,実習先での扱いや評価への影響を懸念し,カミングアウトをためらう,あるいは心理的負担を抱える学生が存在することも示唆されている.SOGIEに関する視点が教育課程内で十分に共有されていない場合,差別的言動や無理解が可視化されにくくなり,「見えない排除」が生じる可能性がある10).専門職養成課程には,学生自身が将来「支援する側」へと移行していくという特性がある.そのため,自らのSOGIEに関わる経験が否定的に扱われたり,専門性とは無関係の属性として軽視されたりすることは,専門職としてのアイデンティティ形成にも影響を及ぼしうる.
これらの困難は相互に重なり合いながら,メンタルヘルスの悪化,成績低下,中退,就職困難,経済的困難,さらには対人関係上のトラブルといった二次的影響をもたらすことがある.また,その影響は必ずしもセクシュアリティの問題として可視化されるとは限らず,周囲に気づかれないまま深刻化する場合も少なくない.さらに,セクシュアリティに配慮のない言動や,異性愛主義やシスジェンダー主義を前提とした制度や慣行は,性的マイノリティの学生だけに影響するものではない.性別役割や異性愛規範が暗黙の前提であることは,マジョリティとされる学生にとっても違和感や苦痛,心理的緊張を生じさせうるだけでなく,授業や大学全体の学習風土を硬直化させ,自由な対話や相互尊重に基づく学びを阻害する.
3. メンタルヘルスへの影響これまで述べてきた対人関係上および制度上の困難は,メンタルヘルスにも深刻な影響を及ぼすことが報告されている.日高11) による全国規模の調査(有効回答15,064件)では,LGBTQ+に該当する回答者において,いじめ被害,不登校,自傷行為の生涯経験率が高いことが示されている.例えば,トランスジェンダー女性(出生時に割り当てられた性別:男性)の68.0%,トランスジェンダー男性(出生時に割り当てられた性別:女性)の58.2%がいじめ被害を経験しており,自傷行為の経験率もトランスジェンダー男性で33.7%,レズビアンで23.1%にのぼる.これらの数値は,LGBTQ+の若者が学校環境のなかで繰り返し困難に直面してきた可能性を示唆するものである.いじめ被害や不登校,自傷行為といった経験は一過性の出来事ではなく,青年期を通じて慢性的に生きづらさを抱えてきた背景を反映していると考えられる.大学には,そのような経験を経て進学してくる学生が少なくないことに留意する必要がある.
青年期後期は進路決定や自立の課題を抱える発達段階であり,もともと心理的負担が高まりやすい時期でもある.そのような状況のなかで,LGBTQ+の学生は,差別や孤立への警戒,カミングアウトの葛藤,将来への不安を重層的に抱えやすい.マイノリティ・ストレスモデル12) によれば,差別や偏見といった外的出来事のみならず,それを予期する緊張や否定的態度の内在化が慢性的な心理的負担をもたらすとされる.こうした緊張状態のなかで,将来像を具体的に思い描くことが困難になる場合もある.幼少期から「周囲と違う」という感覚を抱え,ロールモデルの不在や社会的承認の乏しさのなかで成長してきた学生にとって,「自分のままで将来を楽しく生きられるのか」という問いは切実である.
そのような生きづらさを抱えるなかであっても,キャンパスにおける包摂的な風土や,教職員の肯定的な言動,安心して相談できる体制の存在は,心理的負担を軽減する保護因子となる.LGBTQ+の学生は一様ではなく,アイデンティティ発達の段階やソーシャルサポートの状況には大きな個人差がある.したがって,メンタルヘルスの問題は個々の学生の脆弱性に還元されるべきではなく,大学環境との相互作用のなかで理解される必要がある.同時に,その理解にもとづき,安心して学び生活できる環境整備や支援体制を大学として整えていくことが求められる.
これまで述べてきたように,LGBTQ+の学生をめぐる課題は,個別の学生支援の問題にとどまらず,大学という教育空間の構造や前提に関わるものである.その第一歩は,用語や歴史的変遷,実態に関する正確な知識を得ることである.誤解や偏見は,多くの場合,無知や不十分な理解に根ざしている.したがって,「知る」ことは出発点として不可欠である.しかし,知識の獲得だけで状況が変わるわけではない.無意識の前提や日常的言動のなかに埋め込まれた規範がそのままであれば,環境は大きく変わらない.そこで,自らの言葉遣いや授業設計,評価方法,学生との関わり方をふりかえり,問い直す姿勢が求められる.ここでは大学での実践として,1.学生と「ともに学ぶ」ための関係づくり,2.教職員と「ともに学ぶ」ことの意義について検討する.
1. 学生と「ともに学ぶ」ための関係づくり「ともに学ぶ」とは,LGBTQ+の学生を一方的に「支援される存在」として位置づけることではない.目の前の学生の語りに耳を傾け,「どのような自分でありたいのか」「そのために何が生活上の障壁となっているのか」を丁寧に聴き取る営みである.性のあり方は一様ではなく,「トランスジェンダーなら〇〇」「同性愛なら〇〇」と一括りにできるものではない.微妙なニュアンスや迷いを含めて理解しようとする姿勢が,信頼関係を形成する.同時に,教室全体の風土を整えることも重要である.侮蔑的な表現や差別的発言があった場合にそれを看過しないことは,場の安全性を保障するメッセージとなる.差別や排除が生じている場面で何も示さないことは,結果として既存の規範を維持してしまうという意味で,加害構造を結果として支えてしまうことを自覚する必要がある.
さらに,インクルーシブな環境づくりは制度や運用の見直しを伴う.性別情報の取り扱いは慎重であるべきであり,名簿や呼称は原則として本人の自認に沿って扱う.不必要な性別欄は削除し,掲示物や配布物において性別を前提としない設計を行うことが望ましい.体育や実習,学外実習における更衣室や服装規定についても,事前に相談できる仕組みを整えることが求められる.性別二元論を前提とした「当然の運用」が,特定の学生に負担を集中させていないかを継続的に点検する視点が必要である.とりわけ重要なのは,アウティングを絶対に行わないことである.SOGIに関する個人情報は,当事者が自ら開示の範囲を決定すべきものであり,本人の同意なく共有されてはならない.教職員間の情報共有であっても例外ではない.また,カミングアウトは強いるものではなく,語らないという選択も尊重される必要がある.
さらに一歩進んだ関わりとして,差別や排除を経験した学生の感情を言語化し,承認する姿勢がある.「それはつらい経験でしたね」と応答することは,経験の正当性を確認する行為である.同時に,困難な状況のなかでも学び続けている力を認めることは,学生のレジリエンスを支える13).加えて,性的マイノリティに特有の構造的障壁を明示し,困難を個人の問題に還元しない視点を共有することは,専門職としての倫理的感受性を育てることにつながる.
こうした「ともに学ぶ」実践は,先述したように「中立」を保つことと必ずしも同義ではない.教育の場においては,状況に応じて公正の視点に立ち,不利益が生じていないかを問い続ける姿勢が求められる.現実に存在する不均衡に目を向け,それを是正しようとする実践が,より開かれた学習環境を形づくる一歩となる.
2. 教職員と「ともに学ぶ」「ともに学ぶ」という姿勢は,教室内の実践にとどまらない.教職員自身が対話を通して自らの前提を問い直す場を持つことは,省察を深め,実践へと踏み出す契機となる.筆者は,大学のFD研修会で「LGBTセミナー」を担当しているが,教職員同士で率直な意見交換の場を設けたいと思い,少人数での交流会を実施した14).そこでは,看護・心理・事務職員など多様な立場の教職員が参加し,日常のなかで感じている戸惑いや葛藤について対話を行った.交流会では,「知識はあるが,どう関わればよいかわからない」「誤った対応をするくらいなら触れないほうがよいのではないか」といった率直な声が語られた.これは理解不足というよりも,実践に移行する際の躊躇であった.他者の語りに触発されながら,「まずは学生に『どうしてそう思ったの?』と問い返してみる」「教職員が行っている小さな配慮を共有する」といった具体的な関わり方が提案され,参加者のなかに「これなら自分にもできるかもしれない」という肯定的な感覚が芽生えていった.
また,ユニフォームの男女区分の見直しや,就職支援における服装選択の幅の拡大など,学内での具体的な変化も生じた.知識の共有だけでは生じなかった実践の変化が,交流の場を通して少しずつ具体化していったのである.こうした場では,教員同士が自らの無意識の前提に気づき,言葉の選び方や制度運用の在り方を見直す契機が生まれる.当事者の語りや具体的事例を共有することは,抽象的な知識を具体的な実践へと結びつける.重要なのは,誰かが「正解」を提示することではなく,継続的に問い続ける共同性である.対話は単なる情報交換にとどまらず,大学という学びの場の在り方をともに再考する営みへと展開していったのである.専門職養成課程においては,この共同性は特に意味をもつ.将来,医療や支援に携わる学生が,多様な背景をもつ人々と関わるためには,知識だけでなく,対話と省察の態度が不可欠である.大学がそのモデルを体現できるかどうかは,教育の質に直結する.「知る」ことを出発点としながら,それを関係性のなかで更新し続けること.教職員と学生,教職員同士がともに問い続ける環境をつくること.それこそが,「ともに学ぶ」という営みの具体的な姿である.
本稿では,LGBTQ+の学生が大学生活において直面しうる困難を整理し,それらがメンタルヘルスや学習環境に及ぼす影響について検討してきた.これらの課題は,特定の学生の「個人的問題」として理解されるものではなく,大学という教育空間に内在する前提や慣習と深く関わっている.
大学時代は青年期にあたり,試行錯誤を重ねながら自分らしい生き方を模索し,自己を形成していく重要な時期である.セクシュアリティの確立もまた長期にわたる過程であり,揺らぎや葛藤を伴う.その途上にあるすべての学生にとって,大学は単に知識を習得する場ではなく,自らのセクシュアリティや生き方を安全に模索できる場であることが求められる.制度上の配慮だけでなく,多様性を前提とした風土の醸成や,困難に直面したときに相談できる関係性の構築が不可欠である.「中立」にとどまるのではなく,現実に存在する不均衡に目を向け,公正の視点から是正を試みる姿勢が教育の場には求められる.学生が自尊感情を育み,安定した対人関係を築きながら,「自分は自分でいてよい」と感じられることは,その後の専門職としての成長や人生の安定にもつながる.LGBTQ+の学生をめぐる支援は,特定の少数者への特別な対応ではなく,青年期の発達を支え,すべての学生にとって安心できる学習環境を整える営みである.違いを排除するのではなく,違いを前提としてともに学ぶ文化を育むことこそが,専門職養成を担う大学の責務であろう.
本研究はJSPS科研費(課題番号:22K03082)の助成を受けたものである.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.