薬学教育
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実践報告
薬学部3年次学生に対するEvidence-based Medicine(EBM)教育の試みとその評価
清水 忠上田 昌宏大森 志保
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2018 年 2 巻 論文ID: 2017-021

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Abstract

近年,Evidence-based Medicine(EBM)の実践が薬学教育においても取り入れられるようになっている.今回我々は,薬学部3年次学生に対して実施した,講義および演習を組み合わせた授業方略について,学習効果の確認と改善点の抽出を行った.授業は,臨床疑問の定式化,医学論文の吟味,患者への適用,文献検索の順に行った.学習効果の評価は,8週目授業開始前のプレテスト,医学論文の吟味と適用まで終了した12週目の授業後に実施したポストテスト(19点満点)の結果を比較した.さらに,授業内容に対する受講生からの評価も行った.その結果,ポストテストの得点は有意に向上した(pre: 1.72 ± 1.89, post: 11.38 ± 4.16).本授業形態により受講生が受講後にEBMの概念や論文の吟味ポイントについての基本的知識を得ることはできたと考えられるが,受講生がエビデンスを活用して実践する能力を身につけたかについては,適切に評価できておらず,学習方略および評価方法を改善する必要がある.

目的

平成22年4月30日に厚生労働省医政局より通知された「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について」によれば,「チーム医療において薬剤の専門家である薬剤師が主体的に薬物療法に参加することが非常に有益である」とされ,具体的な業務例として,「医師・薬剤師等により事前に作成・合意されたプロトコールに基づき,専門的知見の活用を通じて医師等と協働して実施すること」と記載されている1).その実現には多様な業務展開が必要であるが,その1つの観点として,薬剤師が,チーム医療や地域包括ケアシステムの現場において,公正なエビデンスに基づいて医薬品の有効性・安全性・費用対効果などを総合的に評価するEvidence-based Medicine(EBM)を実践し,患者,患者家族および多職種へと情報提供を行い,患者の薬物治療方針決定において中心的な役割を担っていくことが挙げられる2,3).EBMの指針決定プロセスは,臨床疑問の定式化(Step 1),問題解決のための情報収集(Step 2),得られた情報の批判的吟味(Step 3),情報の患者への適用(Step 4),Step 1~4の評価(Step 5)の5つのステップからなっている.

大学教育におけるEBM教育は,改訂薬学教育モデル・コアカリキュラムにおいて,医薬品情報の入手・文献の吟味に関する技能の項目が設定され4),実践的なEBM学習が国内でも数多く行われている.その一方で,学習効果の報告のほとんどが,病院実務実習における少人数の薬学生への小グループ討論形式の取り組みであり,大人数を対象とした学習効果の報告例はごく限られている57).また,100人以上の受講生を小グループに分ける演習は,チューターが多数必要となるだけでなく,チューターの力量によってグループ間で学習の進め方が異なる懸念がある.そこで本研究では,100人以上の3年次学生に対して講義と演習による授業を実施し,授業開始前後に行った習熟度確認試験と自由記載による授業評価の結果から,大人数の初学者に対する効果的なEBM学習方略の確立に向けて,学習効果の確認と改善点の抽出を目的とした.

方法

1.授業の概要

兵庫医療大学薬学部第3年次科目・薬学英語(受講生138名・1コマ90分×15週・週1回・必修1単位)では,薬剤師となった後に臨床現場で利用価値の高い英文による医薬品情報の収集・読解について学習することを目的として,海外の添付文書(1週~7週)と医学英語論文(8週~15週)を題材とした.表1に今回試みたEBM教育に該当する8週目~15週目で実施した授業内容とおおよその時間配分を示した.

表1 授業の概要
授業内容 時間(分)
8 プレテスト 25
EBMの5ステップについての講義 60
9 背景疑問,前景疑問,臨床疑問の定式化に関する講義 30
仮想シナリオの提示,背景疑問,前景疑問の抽出 10
臨床疑問の定式化(PICOの組み立て)の個人演習 20
隣席の受講生との情報共有 10
フィードバック解説・参考事例紹介 15
10 ランダム化比較試験論文の読解ポイント①の講義 30
(論文のPICO確認・ランダム化・盲検化)
チェックシートを用いた個人での確認演習 20
隣席の受講生との情報共有 10
フィードバック解説 20
11 ランダム化比較試験の読解ポイント②の解説講義 10
(第一種&第二種の過誤・サンプルサイズ,解析方法)
チェックシートを用いた個人での確認演習 10
隣席の受講生との情報共有 5
教員からのフィードバック解説 10
ランダム化比較試験の結果の解釈の解説講義 15
(リスク比・オッズ比・ハザード比,95%信頼区間,有意差)
医学論文データを用いた結果の判断演習 15
フィードバック解説 5
課題論文の結果の判断演習 10
フィードバック解説 5
12 シナリオのPICOの振り返り解説 10
課題論文の結果の振り返り解説 10
シナリオの患者への適用を個人で考える 10
隣席の受講生との情報共有 5
フィードバック解説 10
ポストテスト 25
ポストテストのフィードバック 20
13 システマティックレビュー概論 20
システマティックレビューの吟味ポイント①の解説講義 70
(情報の収集,ファンネルプロット,Risk of biasの評価)
チェックシートを用いた個人での吟味ポイントの確認演習
14 システマティックレビューの吟味ポイント②の解説講義 70
(統合における異質性,I2検定の解釈,GRADEシステム)
システマティックレビューの結果を読むための解説講義
(フォレストプロット,絶対リスク減少,必要治療数)
チェックシートを用いた個人での吟味ポイントの確認演習 20
15 PubMed検索演習 90

2.仮想シナリオとPICOシート

9週目の授業で用いた仮想シナリオとPICOシートを図1に示す.仮想シナリオは,初めてEBMを学習する学生を対象とするため,論文の結果から患者への適用がしやすい場面を設定した.

図1

仮想シナリオ(左)とPICOシート(右)

3.吟味対象論文

10,11週目で使用する吟味対象論文は,アンジオテンシン変換酵素阻害薬とアンジオテンシン受容体拮抗薬の有効性を比較したランダム化比較試験論文とした8).論文の選定に際しては,①論文の質を評価するポイントをほぼ満たしていること,②生存曲線や箱ひげ図を用いたサブグループ解析の図が載っていること,③薬理学の授業で実施済の病態や医薬品であることを選定基準とした.なお,論文は9週目の授業終了時に配布した.

4.チェックシート

チェックシートは,既報のチューター主導の小グループ討論による学習会で用いたチェックシートを一部改変して用いた9)

5.習熟度確認試験

習熟度確認試験は,2016年度兵庫医療大学薬学部第3年次科目・薬学英語受講生138名を対象とした.試験内容は,8週目~12週目の授業内容についてEBMに関する基礎知識を問う問題(基礎編),ライフサイエンス辞書10) を使用し,初見のランダム化比較試験論文を吟味する問題(実践編)とした.プレテストでは,10,11週目の授業で用いる論文から出題し,ポストテストは同種同効薬の論文からを出題した11)図2).プレテストは8週目授業開始時,ポストテストは12週目の授業終了時に,事前予告なく実施した.プレテスト,ポストテストの得点の変化は,t検定およびWelchのt検定を用い,危険率5%未満を有意水準とし,統計解析には,EZRを用いた12)

図2

習熟度確認試験

6.授業評価

15週目の授業終了時に,8週目~15週目の授業内容に関して自由記載による授業評価を行った.

7.倫理的配慮

本研究は,兵庫医療大学倫理審査員会の承認を得て行った(承認番号:16025号).

結果

1.習熟度確認試験の総合結果

受講生138名のうち習熟度確認試験の受験者数は,プレテスト135名(97.8%),ポストテスト131名(94.9%)であった.授業前後の平均得点は,基礎編(9点満点,pre:0.88 ± 1.19,post:6.16 ± 1.89,p < 0.001,t-test),実践編(10点満点,pre:0.84 ± 1.14,post:5.22 ± 3.02,p < 0.001,t-test),総合結果(19点満点,pre:1.72 ± 1.89,post:11.38 ± 4.16,p < 0.001,t-test)のいずれもポストテストの得点が有意に上昇した.

2.習熟度確認試験の項目別回答率と正答率

習熟度確認試験の各項目の回答率および正答率について表2に示す.基礎編のうち,EBMの略語,PICOによる定式化,相対リスク・ハザード比に対しては,それぞれ79%,91%,99%の受講生が受講後に「はい」と回答した(問1,4,5).一方,背景疑問,前景疑問に対する受講後の「はい」の割合は,それぞれ62%,47%であった(問2,3).客観評価を行ったEBMの5ステップの順序,一般的なp値の基準,信頼区間,統計的有意差の判断の受講後の正答率は,それぞれ,52%,52%,76%,60%であった(問6~9).実践編における,論文のPICOの抽出に関する受講後の正答率は,患者情報:56%,介入方法:48%,比較対照:45%,アウトカム:38%であった(問10~13).論文の質の評価に関する研究デザインの判断,割り付け方法の判断,ベースラインの均等性の判断,盲検のレベルの判断における受講後の正答率は,それぞれ63%,53%,62%,60%であったが,結果の統計解析手法の判断の正答率は,受講後に40%であった(問14~18).さらに,受講後における最重要評価項目の論文結果の有意差の判断は63%の正答率であった(問19).

表2 習熟度確認試験の項目別回答率および正答率
問題内容 「はい」回答数/人数(回答率) p値*
1. EBMの略語 Pre 19/135(14%) <0.001
Post 103/131(79%)
2. 背景疑問 Pre 13/135(10%) <0.001
Post 81/131(62%)
3. 前景疑問 Pre 5/135(4%) <0.001
Post 61/131(47%)
4. PICOによる定式化 Pre 4/135(3%) <0.001
Post 119/131(91%)
5. 相対リスク・ハザード比 Pre 27/135(20%) <0.001
Post 129/131(99%)
正答数/人数(正答率) p値*
6. EBMの5ステップの順序 Pre 16/135(12%) <0.001
Post 68/131(52%)
7. 一般的なp値の基準 Pre 3/135(2%) <0.001
Post 68/131(52%)
8. 信頼区間の判断 Pre 20/135(15%) <0.001
Post 100/131(76%)
9. 統計的有意差の判断 Pre 12/135(9%) <0.001
Post 78/131(60%)
10. 患者情報の抽出(Patient) Pre 23/135(17%) <0.001
Post 73/131(56%)
11. 介入方法の抽出(Intervention) Pre 3/135(2%) <0.001
Post 63/131(48%)
12. 比較対照の抽出(Comparison) Pre 3/135(2%) <0.001
Post 60/131(45%)
13. アウトカムの抽出(Outcome) Pre 5/135(4%) <0.001
Post 50/131(38%)
14. 研究デザインの判断 Pre 30/135(22%) <0.001
Post 82/131(63%)
15. 割り付け方法の判断 Pre 19/135(14%) <0.001
Post 70/131(53%)
16. ベースラインの均等性の判断 Pre 11/135(8%) <0.001
Post 81/131(62%)
17. 盲検レベルの判断 Pre 11/135(8%) <0.001
Post 79/131(60%)
18. 結果の統計解析手法の判断 Pre 3/135(2%) <0.001
Post 53/131(40%)
19. 最重要評価項目の論文結果の有意差の判断 Pre 10/135(7%) <0.001
Post 79/131(63%)

* Welch t-test.

3.自由記載による授業評価

受講生の自由記載による授業評価の内容を表3に示す.同様の内容はまとめて記載した.臨床疑問の定式化では,PICOが分かったという意見がある一方で,介入方法(I),比較対照(C),アウトカム(O)の設定が難しかったとの意見があった.論文の吟味・結果の解釈については,見るべきポイントは説明を受けているとわかるが,自分で行うと難しいとの意見や結果のグラフの読み取り方がわからないとの意見があった.患者への適用に対してはどのように論文の結果を適用したらいいかがわからないとの意見があった.

表3 受講生の授業評価
臨床疑問の定式化に関して
(理解できた点)
PICOが良く分かった.
(理解できなかった点)
Pは分かったけれど,ICOの立て方が難しかった.
ランダム化比較試験論文の吟味に関して
(理解できた点)
論文内でどこにPICOが書いていて,どこの部分を見たらいいかが分かった.
(理解できなかった点)
ポイントはわかったけど,根本的に英語がわからない.
話を聞いているとわかったと思ったが,実際自分でやると難しい.
チェックポイントが多くて難しく感じました.何度か練習してみようと思います.
ランダム化比較試験論文の結果(表・グラフ)の解釈に関して
(理解できなかった点)
「有意差がある」の判断が良く分からなかった.
生存曲線の見方が理解できなかった.
サブグループ解析の図のところがわからなかった.
信頼区間のところが良く分からなかった.
シナリオ患者への適用に関して
(理解できなかった点)
患者さんへの適用をどうするのかが難しいと思った.
比較する2つの薬に差がないけれど,どう適用したらいいかが悩ましい.
なんとなく理解できた気がするけれどStep 4のところはわからなかった.
薬がよくわからなかったので,適用ができなかった.
授業全体
英語以外の事も学べた.
今後のためになりそうでとても良かった.
卒業までにEBMを極めたいと思う.
EBMの考え方と医学論文の読み方が非常にわかりやすかった.
他の授業と異なる視点から薬について考えられてよかった.
他の人と意見交換ができてよかった.
チェックシートを準備してくれたことが良かった.
背景疑問,前景疑問は良く分からなかった
1人で見たり考えたりするのは難しいと感じた.
話を聞いているとわかったと思ったが,実際自分でやると難しい.

考察

本授業の効果として,習熟度確認試験の受講前,受講後の平均点の変化から,受講生が受講後にEBMの概念や論文の吟味ポイントについての基本的知識を得ることはできたと考えられる.しかし,習熟度確認試験の受講後の項目別正答率および授業評価アンケートの結果から,受講生が得られた知識を理解して活用する能力を身に着けるには,本授業形態では,不十分であると推測された.具体的には,9週目の授業内で,シナリオのPICOを考える演習を設けたことから,91%の受講生がPICOを知っていると受講後に回答した.しかし,受講生のPICOシートを確認すると,介入方法(I),比較対照(C),アウトカム(O)の設定を理解できていない学生が見受けられ,授業評価にも「Pは分かったけれど,ICOの立て方が難しかった」とあった.この点は,論文のPICOを抽出する問題(問10~13)の正答率にも反映されており,1つのシナリオだけでなく,複数のシナリオを用いた演習の必要性が示唆された.論文の質の評価に該当する問14~17は,論文中で「randomized,blind」の単語を見つけることやベースラインの表を確認することで判断できるために正答率は60%前後であったが,解析手法の判断は40%の正答率に留まった.これは,2つの解析方法(intention-to-treat解析,per-protocol解析)について授業内で解説・演習を行ったものの,対象論文ではintention-to-treat解析しか行われておらず,per-protocol解析との違いが十分に理解できなかったためと考えられる.この点は,複数の解析を行っている論文を選択し,その違いを具体例から学習するようにすることが必要であると思われる.一方,統計的有意差の判断は,信頼区間を考慮して判断をする必要があり,1つの論文の結果で学習するだけでは,判断能力が身につかないと考え,課題論文とは別に複数の医学論文の結果の図表を提示して演習を行ったため63%の正答率になったと考えられる.患者への適用に関しては,受講生の多角的な視点からの提案を期待し,適用を行うためのポイントについて詳細な説明を行わなかった.このため,受講生が適用のポイントを理解していない状態で演習を行うことになり,授業評価アンケートにおいて,複数の受講生から「患者さんへの適用をどうするのかが難しいと思った」との意見があったものと考えられる.

本研究の限界点として,確認試験では,EBMの基礎知識と医学論文を吟味する能力の評価はできたが,受講生がEBMの実践に必要な,臨床疑問の定式化,文献検索,患者への適用を含めた総合的な実践能力を,どの程度身に着いたかを適切に評価できていない点が挙げられる.

本研究から明らかとなった点を改善する1つの提案として,今後,以下の評価,方略を検討することを考えている.授業評価アンケートにおいて,「他の人と意見交換ができてよかった」との意見があったことから,個人やチームで議論して考える機会を増やすことも必要であると考えられる.そこで,講義と1人の指導者で実施可能な1つの大講義室内で4~5人のグループで議論を行うチーム基盤型学習の形式を組み合わせる方略を検討する.具体的には,8週目の授業開始1週間前に仮想シナリオとEBMの概要およびPICOの定式化についての解説資料を配布して事前学習を義務付ける.8週目の授業では,事前予習資料に基づきEBMの概略を簡単に説明した後,臨床疑問の定式化の演習を行い,作成されたプロダクトに対し,指導者が9週目までにフィードバックを行うことで,受講生の理解が進むものと考えられる.9週目では論文の吟味するポイント・結果の図表の考え方について講義を行った上で,10週目の授業開始までにチェックシートとランダム化比較試験論文を課題として事前学習することを義務付け,10週目において,論文の質の評価と結果の判断についての個人テストとチーム議論を行う.続いて,11週目で治療必要数(NNT)やサブグループ解析のデータを考慮した適用の着眼点を説明した後に,適用案の作成を行う.12週目の授業で発表を行い,様々なチームの提案内容を共有する.13週目では,新たなシナリオを提示した上で文献検索演習を行い,14週目の授業開始時に文献検索の技能試験をピア評価で行った後,チームで文献の吟味と適用の議論を実施し,15週目で,2度目の発表・プロダクト評価を行う.以上のような,学習方略および評価を行う授業により,EBMの実践に必要な能力を受講生が身につけられるようになるかを検討する.

欧米では,公的機関から発信される医薬品情報や医薬品の有効性・安全性に関する臨床論文などの情報を吟味した上で処方医に提供するAcademic Detailingが進みつつある13).国内においても,EBMの視点を基盤としてAcademic Detailingに貢献できる薬剤師の輩出に向けて大学内教育だけでなく,実務実習,生涯研修も含めた長期的な学習プログラムを構築していきたいと考えている.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない

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