薬学教育
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実践報告
薬学生へのアンケート調査による多職種協働での卒前緩和ケア教育の有用性の検討
武井 佐和子勝山 壮波多江 崇増田 多加子西村 和江石田 千穂杉本 絵梨子田上 正杉浦 宗敏
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2018 年 2 巻 論文ID: 2018-015

詳細
Abstract

チーム医療によるWHO方式がん疼痛治療法を実践できる薬剤師の育成の最初の段階として,緩和ケアに従事する薬剤師が学ぶべきことを理解することを目的とした多職種協働による授業を薬学部5年生に実施し,その有用性を評価するために,受講学生にアンケートを実施した.その結果,薬物治療,コミュニケーションについては,授業でその必要性を再認識していた.痛みの理解については,緩和医療で,基本でかつ重要な「全人的苦痛緩和」への理解を促すことができていた.「全人的苦痛緩和」への理解は2015年度より実施されている新薬学教育モデル・コアカリキュラムの「がん性疼痛の病態」の理解に不可欠であり,新薬学教育モデル・コアカリキュラムにおいても多職種協働による授業は有用と考えられた.受講学生の実務実習経験,緩和医療への興味が影響することが明らかになった.今後,これらの影響を受けないカリキュラムの検討が必要と考えられた.

目的

2011年がん対策推進協議会は,がん対策推進基本計画1) の策定に向けがん領域における緩和ケアのさらなる推進を目指して「今後の緩和ケアのあり方」について6つの提言を示した2).その中の1つに「医療に携わることを目指す学生には,緩和ケアに関する卒前教育を履修させること」が明記された.そして,がん対策推進基本計画1) で重点的に取り組むべき課題として「診断時からの緩和ケアの推進」が示されたことを受け,緩和ケア推進検討会による中間取りまとめ3) では,がん診療に携わる全ての医療従事者による基本的緩和ケアの提供および緩和ケアは全人的苦痛4)(身体的,心理的,社会的,スピリチュアルな苦痛)を緩和するものであることを患者・家族・医療従事者が共に認識することの必要性が明記された.

基本的緩和ケアとは,患者の声を聴き共感する姿勢,信頼関係の構築のためのコミュニケーション技術,多職種間の連携の認識と実践のもと,がん性疼痛をはじめとする諸症状の基本的な対処によって患者の苦痛の緩和をはかることであり,これは多職種協働のチーム医療によるWHO方式がん疼痛治療法5) の実践である.

その後2015年の「がん対策加速化プラン」 6) では,全人的苦痛が十分に緩和されていない患者は今でも30~40%存在することそしてその患者に対して適切に対応することが緩和ケアの課題であることが示された.

この様な背景を受け,「診断時からの緩和ケア」という考えが浸透しつつある中7),多職種協働のチーム医療によるWHO方式がん疼痛治療法5) を実践できる薬剤師の育成が求められている.

本邦における薬剤師の緩和ケア教育は,さまざまな取り組みが報告されている.

卒後教育について,加賀谷8),土井ら9) の報告から,さまざまな団体,医療施設で効果的なカリキュラムが実施されている.

一方,卒前教育について,真野ら10),山本ら11) の報告から,薬学部5年次実務実習においてWHO方式がん疼痛治療法の薬学的管理について効果的なカリキュラムが実施されている.しかし,大学における卒前教育は,6年制への移行前の2003年度の大柄根ら12) の全国薬学教育機関における緩和ケア教育に関する実態調査の報告と6年制への移行後の2010年度の伊勢ら13) の同様の報告から,6年制への移行前に比べ移行後は,緩和ケアの講義,実習等を実施していた大学数,実施コマ数は増加したが,6年制への移行後71%の大学が緩和ケア教育の充足度は不十分と判断していたこと13) が判明し,さらなる検討が必要と考えた.

以上のことから,チーム医療による,WHO方式がん疼痛治療法5) を実践できる薬剤師育成のために,大学での卒前教育の充実は,急務であると考えた.そして,その教育方法として,様々な参考となる卒前の専門職連携教育Inter-professional education(IPE) 1416) が報告されており,いずれのカリキュラムも,最初に学生が医療チームに従事する各職種そして,自身が将来担う職種のチームでの役割を認識し,学ぶべきことを理解した上で進めることの重要性を示している.しかし,その教育に特化し検討した報告はない.そこで今回我々は,卒前教育における多職種協働のチーム医療によるWHO方式がん疼痛治療法5) を実践できる薬剤師育成の最初の段階として,緩和ケアに従事する薬剤師が学ぶべき薬物治療,コミュニケーションそしてWHOによる緩和ケアの根幹となる「全人的苦痛の緩和」の必要性を理解することを目的としたproblem-based learning(PBL)形式の授業を多職種協働で行い,受講学生へのアンケート調査から多職種協働による薬学卒前緩和ケア教育の有用性の検討を行った.なお,学習方略は,WHOが連携教育の学習方略として推奨している17) PBLを採用した.

方法

1.調査対象

東京薬科大学薬学部では,5年次から卒論研究の方法により「実験研究コース」と「調査研究コース」とに分け教育を行う.「調査研究コース」では,5年次実務実習を実施していない期間に,4~8種類あるPBL形式の授業のうち2種類を選択することを必須としている.

本研究の調査対象は,2014年度および2015年度に東京薬科大学薬学部「調査研究コース」の5年生のうち1期(5月~7月の2.5ヶ月)の実務実習を終了し本PBL形式の授業を選択した学生とした.2014年度は,1期の実務実習を終了した「調査研究コース」の学生41名中21名,2015年度は,37名中23名であった.

2.プログラム概要

1回のプログラムは210分(70分×3)までとし,5回実施した.各回のプログラムは,緩和医療に従事する医師,看護師,チャプレン(学校・病院・軍隊など教会以外の施設や組織で活動する聖職者),音楽療法士,薬剤師の5職種が,それぞれ講義・SGDまたは演習とSGDの順番で実施した.職種別プログラム概要を表1に示す.全プログラムを通し緩和医療・緩和ケアに従事する薬剤師の実務に必要と思われる15項目の必要性を理解することを到達目標とした.各プログラムの到達目標を薬剤師教員が定め,方略を薬剤師教員と各職種担当者で協議し決定した.なお,15項目は,日本緩和医療薬学会編集,臨床緩和医療薬学第一版(日本緩和医療薬学会企画委員会編,真興交易医書出版部,2008年)の目次18) を参考に決定した.到達目標と対応するプログラムを表2に示す.また,薬剤師教員は,ファシリテーターとして全プログラムに参加した.

表1 プログラム概要
項目 医師 看護師 チャプレン 音楽 薬剤師
内容 内容 内容 内容 内容
講義(70から100分) 1. がん疼痛の評価と治療方法
2. 日常業務
3. 緩和ケアチームにおける薬剤師との協働についての現状
4. 薬剤師に期待すること
1. 日常業務
2. 緩和ケアチームにおける薬剤師との協働についての現状
3. 薬剤師に期待すること
1. 日常業務
2. 薬剤師との協働の可能性についての考察
3. 薬剤師に期待すること
1. 日常業務
2. 薬剤師との協働の可能性についての考察
3. 薬剤師に期待すること
1. 日常業務
2. 緩和ケアチームにおける他職種との協働についての現状
3. 医師のプログラムで検討した症例1と2の薬剤師の立場からの解説
演習又は課題検討(SGD)

プロダクト作成

発表と討議(110~140分)
症例(がん性疼痛の治療に関する症例2例)検討

課題検討(各2課題)

プロダクトを作成後発表と討議
「がんを告知された患者の心理を描いたビデオ」(約3分)を視聴

課題検討(3課題)

プロダクトを作成後発表と討議
1. 死について考えるための喪失の疑似体験演習を各自演習

何を感じたか各自書き出す

討議
2. 症例(疼痛コントロール不良患者への対応に関する症例)検討

課題検討(2課題)

プロダクトを作成後発表と討議
1. これまでの人生で,心に残っている音楽を振り返り,その時の思い出やエピソードを語り合う

プロダクトを作成後発表と討議
2. 課題(音楽の緩和医療における役割と音楽療法士と薬剤師の共同についての2課題)検討

プロダクトを作成後発表と討議
1. 提示処方についての疑義照会内容を各自検討(演習)

薬剤師による解説
2. オピオイド服用に関する症例検討

プロダクトを作成後発表と討議
3. 医療用麻薬開始時の服薬説明のロールプレイ

気づいたことを討議

プロダクトを作成後発表と討議

職種別プログラム概要を時系列で示した.

表2 到達目標と対応プログラム
1~15の必要性を理解できる 医師担当プログラム 看護師担当プログラム 薬剤師担当プログラム チャプレン担当プログラム 音楽療法士担当プログラム
2. がん患者の痛みの評価結果から適切な薬物療法を提案できる 薬物治療に関する項目
3. WHO方式がん疼痛治療法にそった薬物療法を提案できる
4. オピオイド鎮痛薬の薬理学的知識を習得している
5. 非オピオイド鎮痛薬の薬理学的知識を習得している
6. 鎮痛補助薬の薬理学的知識を習得している
7. がん疼痛治療における非薬物療法の知識を習得している
1. がん患者の痛みを評価できる 痛みの理解に関する項目
8. 患者の心の変化からくる精神的苦痛を和らげることができる
9. 患者の社会的な問題からくる社会的苦痛を和らげることができる
10. 患者の自らの存在への疑問や死への恐怖といったスピリチュアルな苦痛を和らげることができる
11. 自分自身の死生観を持つ 死生観に関する項目
12. 患者家族の不安や気持ちのつらさを支援することができる コミュニケーションに関する項目
13. 患者家族と良好なコミュニケーションがとれる
14. 患者と良好なコミュニケーションがとれる
15. 緩和チームメンバーと良好なコミュニケーションがとれる

事前に設定した到達目標と対応するプログラムを示した.

薬剤師以外の職種の講義は,日常業務の具体例,緩和ケアチームにおける薬剤師との協働についての現状,薬剤師に期待することとした.初回の医師は,がん疼痛の評価と治療方法も講義した.薬剤師は,医師のプログラムで検討した症例の薬剤師の立場からの解説も行なった.講義後は,症検討又は演習実施後SGDにて課題検討し発表および討議を行なった.

3.アンケート調査

1)5件法による17項目の質問

卒前緩和ケア教育の有用性を評価するため,17項目からなる記名・自記方式のアンケートを作成した.学生には初回プログラムの開始時に,成績に影響しないこと,得られた結果は統計学的に処理された後,学会等で公表される旨の説明を行った.到達目標とした15項目に関する必要性の理解度とその他の項目(16.緩和医療・緩和ケアに興味がありますか,17.将来,緩和医療・緩和ケアに従事したいと思いますか)を5件法(1.思う,2.やや思う,3.どちらとも言えない,4.あまり思わない,5.思わない,の5段階)で,5回のプログラムの初回の講義前と最終回のSGD終了後に調査した.

2)自由記載による「気づき」

各プログラムの有用性を評価するため,各プログラム終了時に「受講後の気づき」を自由記載にて調査した.

4.解析方法

45名中45名からアンケートが回収(回収率100%)され,記載漏れのなかった42名分(93%)を解析に用いた.42名のうち薬局実習終了後受講した学生は30名,病院実習終了後受講した学生は12名であった.

1)5件法による17項目の質問

1から17の質問項目について授業前後の関連性および薬局実習および病院実習終了後のそれぞれの1から17の質問項目について授業前後の関連性について解析を実施した.また,5件法にて調査を行なったが,必要性を理解できたかどうか評価することを目的としたため,5件法の「1.思う」,「2.やや思う」を「思う」と統合し,「3.どちらとも言えない」,「4.あまり思わない」,「5.思わない」を「思わない」と統合し2値化し,集計および解析を行った.1から17の質問項目について授業前と授業後の関連性についてカイ2乗検定を,薬局実習終了後および病院実習終了後のそれぞれの1から17の質問項目について授業前と授業後の関連性についてフィッシャーの直接確率検定を行い,それぞれ危険率が5%未満を統計学的有意差ありとした.解析には4 stepsエクセル統計第3版(柳井久江,オーエムエス出版,2011年)に添付のExcelアドインソフト「Statcel」を用いた.

2)自由記載による「気づき」

各プログラム終了時の「受講後の気づき」の自由記載からKHCoder2.x.を用いて各プログラムに関連性の強い上位10語を抽出した.

5.倫理的配慮

本研究は,東京薬科大学(2017年12月1日,承認番号17-12)および救世軍ブース記念病院の倫理審査委員会の承認を受けた.(2017年9月21日)

結果

 1.5件法による17項目の質問

アンケート調査の結果を表3に示す.

表3 17項目のアンケート結果
質問の分類 質問の内容 思う 思わない カイ2乗検定のp値 薬局 病院
思う 思わない フィッシャーの直接確率P値 思う 思わない フィッシャーの直接確率P値
薬物療法に関する項目 2. がん患者の痛みの評価結果から適切な薬物療法を提案できる 授業前 27 15 0.48 17 13 0.30 10 2 0.50
授業後 31 11 20 10 11 1
3. WHO方式がん疼痛治療法にそった薬物療法を提案できる 授業前 25 17 0.16 17 13 0.14 8 4 0.32
授業後 32 10 22 8 10 2
4. オピオイド鎮痛薬の薬理学的知識を習得している 授業前 29 13 1.00 20 10 0.50 9 3 0.30
授業後 30 12 19 11 11 1
5. 非オピオイド鎮痛薬の薬理学的知識を習得している 授業前 30 12 0.61 21 9 0.50 9 3 0.30
授業後 33 9 22 8 11 1
6. 鎮痛補助薬の薬理学的知識を習得している 授業前 29 13 1.00 20 10 0.30 9 3 0.30
授業後 28 14 17 13 11 1
7. がん疼痛治療における非薬物療法の知識を習得している 授業前 23 19 0.11 17 13 0.30 6 6 <0.05*
授業後 31 11 20 10 11 1
痛みの理解に関する項目 1. がん患者の痛みを評価できる 授業前 22 20 <0.01** 13 17 <0.01** 9 3 0.30
授業後 39 3 28 2 11 1
8. 患者の心の変化からくる精神的苦痛を和らげることができる 授業前 20 22 <0.05* 15 15 0.15 5 7 <0.01**
授業後 31 11 20 10 11 1
9. 患者の社会的な問題からくる社会的苦痛を和らげることができる 授業前 14 28 <0.01** 11 19 <0.05* 3 9 <0.01**
授業後 30 12 19 11 11 1
10. 患者の自らの存在への疑問や死への恐怖といったスピリチュアルな苦痛を和らげることができる 授業前 16 26 <0.05* 13 17 0.22 3 9 <0.01**
授業後 27 15 17 13 10 2
死生観に関する項目 11. 自分自身の死生観を持つ 授業前 21 20 0.08 14 16 0.06 7 4 0.32
授業後 30 11 21 9 9 2
コミュニケーションに関する項目 12. 患者家族の不安や気持ちのつらさを支援することができる 授業前 25 17 0.65 18 12 0.50 7 5 0.33
授業後 28 14 19 11 9 3
13. 患者家族と良好なコミュニケーションがとれる 授業前 28 14 0.81 20 10 0.50 8 4 0.50
授業後 30 12 21 9 9 3
14. 患者と良好なコミュニケーションがとれる 授業前 27 14 0.34 19 11 0.29 8 3 0.29
授業後 32 9 22 8 10 1
15. 緩和チームメンバーと良好なコミュニケーションがとれる 授業前 30 12 0.30 20 10 0.28 10 2 0.24
授業後 35 7 23 7 12 0
その他 16. 緩和医療・緩和ケアに興味があるか 授業前 36 6 0.48 25 5 0.35 11 1 0.50
授業後 39 3 27 3 12 0
17. 将来,緩和医療・緩和ケアに従事したいと思うか 授業前 24 18 0.82 16 14 0.40 8 4 0.67
授業後 26 16 18 12 8 4

p < 0.01** p < 0.05*

5件法(1.思う,2.やや思う,3.どちらとも言えない,4.あまり思わない,5.思わない,の5段階)で初回の講義前と最終回のSGD終了後に調査した17項目の結果を示した.

薬物治療に関する各項目(2,3,4,5,6,7)において,授業前後に必要だと思うと回答した学生数は,42名中授業前が23~30名(54.8~71.4%)に対して授業後が28~33名(66.7~78.6%)と増加傾向が認められたが有意な変化はみられなかった.しかし,薬局実習終了後に受講した学生と病院実習終了後に受講した学生とに分け解析した結果,「7.がん疼痛治療における非薬物療法が理解できる」では,病院実習終了後に受講した学生でのみ,12名中授業前が6名(50.0%)に対して,授業後が11名(91.7%)と緩和医療・緩和ケアに従事する薬剤師に必要だと思う学生の割合が有意に増加した(p < 0.05).

痛みの理解に関する各項目において(1,8,9,10),授業前後に必要だと思うと回答した学生数は,42名中授業前が14~22名(33.3~52.4%)に対して授業後が27~39名(64.3~92.9%)と増加が認められ,いずれの項目も有意に増加した(1:p < 0.01, 8:p < 0.05, 9:p < 0.01, 10:p < 0.05).さらに,薬局実習終了後に受講した学生と病院実習終了後に受講した学生とに分け解析した結果,「1.痛みの評価ができる」では,薬局実習後に受講した学生でのみ,30名中授業前が13名(43.3%)に対して,授業後が28名(93.3%)と緩和医療・緩和ケアに従事する薬剤師に必要だと思う学生の割合が有意に増加した(p < 0.01).「8.患者の心の変化からくる精神的苦痛を和らげることができる」と「10.患者の自らの存在への疑問や死への恐怖といったスピリチュアルな苦痛を和らげることができる」では,病院実習終了後に受講した学生でのみ,12名中授業前が5名(41.7%),3名(25.0%)に対して,授業後がそれぞれ11名(91.7%)と緩和医療・緩和ケアに従事する薬剤師に必要だと思う学生の割合が有意に増加した(p < 0.01).「9.患者の社会的な問題からくる社会的苦痛を和らげることができる」では,薬局実習終了後に受講した学生30名中および病院実習を終了後12名中授業前が11名(36.7%)および3名(25.0%)に対して,授業後が19名(63.3%)および11名(91.7%)と緩和医療・緩和ケアに従事する薬剤師に必要だと思う学生の割合が有意に増加した(薬局実習終了後に受講した学生:p < 0.05,病院実習を終了後に受講した学生:p < 0.01)

死生観に関する項目(11)において,42名中授業前は21名(50.0%)に対して,授業後は30名(71.4%)と増加傾向が認められたが有意な変化はみられなかった.

コミュニケーションに関する各項目(12,13,14,15)において,授業前後に必要だと思うと回答した学生数は,42名中授業前が25~30名(59.6~71.4%)に対して授業後が28~35名(66.7~83.3%)と増加傾向が認められたが有意な変化はみられなかった.

その他の各項目(16, 17)において,授業前後に思うと回答した学生数は,42名中授業前がそれぞれ36名(85.7%),24名(57.1%)に対して授業後が39名(92.9%),26名(61.9%)と増加傾向が認められたが有意な変化はみられなかった.

2.自由記載による「気づき」

各プログラムに関連性の強い上位10語の抽出結果を表4に示す.医師担当プログラムに関連性の強い上位10語(Jaccard係数)は,知識(0.311),痛み(0.300),緩和ケア(0.281),薬(0.214),医療(0.190),緩和(0.188),患者(0.181),薬剤師(0.173),チーム(0.156),選択(0.146)であった.

表4 各プログラム終了後の気づきから抽出した関連語
医師担当プログラム 看護師担当プログラム チャプレン担当プログラム 音楽療法士担当プログラム 薬剤師担当プログラム
抽出された言葉 Jaccard係数* 抽出された言葉 Jaccard係数* 抽出された言葉 Jaccard係数* 抽出された言葉 Jaccard係数* 抽出された言葉 Jaccard係数*
知識 0.311 自分 0.284 チャプレン 0.435 音楽 0.800 薬剤師 0.206
痛み 0.300 家族 0.281 0.280 音楽療法 0.467 患者 0.173
緩和ケア 0.281 ホスピス 0.273 スピリチュアルケア 0.273 0.200 0.172
0.214 看護 0.271 ケア 0.246 0.194 症例 0.170
医療 0.190 病棟 0.213 患者 0.204 効果 0.192 痛み 0.164
緩和 0.188 病院 0.180 宗教 0.182 0.189 理解 0.143
患者 0.181 患者 0.180 自分 0.176 0.178 オピオイド 0.136
薬剤師 0.173 気持ち 0.151 精神 0.120 コミュニケーション 0.135 医療 0.133
チーム 0.156 治療 0.143 体験 0.104 認知 0.133 副作用 0.130
選択 0.146 仕事 0.140 機会 0.104 感情 0.106 治療 0.129

Jaccard係数*:関連性を示す数値.関連性が強いほど値が大きくなる.

各プログラム終了後の気づきから抽出した関連語と各プログラムとの関連性をJaccard係数*を用い示した.

看護師担当プログラムに関連性の強い上位10語(Jaccard係数)は,自分(0.284),家族(0.281),ホスピス(0.273),看護(0.271),病棟(0.213),病院(0.180),患者(0.180),気持ち(0.151),治療(0.143),仕事(0.140)であった.

チャプレン担当プログラムに関連性の強い上位10語(Jaccard係数)は,チャプレン(0.435),死(0.280),スピリチュアルケア(0.273),ケア(0.246),患者(0.204),宗教(0.182),自分(0.176),精神(0.120),体験(0.104),機会(0.104)であった.

音楽療法士担当プログラムに関連性の強い上位10語(Jaccard係数)は,音楽(0.800),音楽療法(0.467),歌(0.200),人(0.194),効果(0.192),心(0.189),曲(0.178),コミュニケーション(0.135),認知(0.133),感情(0.106)であった.

薬剤師担当プログラムに関連性の強い上位10語(Jaccard係数)は,薬剤師(0.206),患者(0.173),薬(0.172),症例(0.170),痛み(0.164),理解(0.143),オピオイド(0.136),医療(0.133),副作用(0.130),治療(0.129)であった.

考察

1から17の質問項目についての結果から,薬物治療に関する項目およびコミュニケーションに関する項目に関しては,授業前と比較して,授業後の緩和医療・緩和ケアに従事する薬剤師に必要だと思う学生の割合に有意な変化はみられなかったが,薬物治療およびコミュニケーションに関する項目の全てにおいて半数以上の学生(n = 42)が授業前から緩和医療・緩和ケアに従事する薬剤師に必要だと回答しており,今回の授業でその必要性を再認識したと考えられた.このことは,緩和医療・緩和ケアにとって薬剤師の基本である薬物治療のみならず,コミュニケーション技術を習得した薬剤師が不可欠であることへの理解にもつながると考えられた.

痛みの理解に関する項目に関しては,授業前と比較して,授業後の緩和医療・緩和ケアに従事する薬剤師に必要だと思う学生の割合が有意に増加した.今回,医師,薬剤師のプログラムで身体的な痛みの評価と治療について解説,検討し,看護師,チャプレン,音楽療法士のプログラムで全人的苦痛 4) について解説し,看護師の課題で社会的,精神的な苦痛,チャプレンの課題でスピリチュアルな苦痛,音楽療法士の課題で精神的な苦痛,スピリチュアルな苦痛についての検討を組み込んだ.このように,多職種の異なる視点から様々な課題をPBL形式で検討した結果,痛みの理解を促すことができたと考えられ,痛みを評価するための技能そして,精神的苦痛,社会的苦痛,スピリチュアルな苦痛を緩和するための技能および態度の必要性の理解に今回のPBL形式の多職種協働による授業が有用であることが示唆された.

精神的苦痛,社会的苦痛,スピリチュアルな苦痛は身体的苦痛とともに現代ホスピスの創始者であるシシリー・ソンダース博士が提唱した全人的苦痛という概念である.患者を「一人の病気を持った人間」と捉え,がんによる痛み「身体的苦痛」のみならず,心の変化からなる「精神的苦痛」,社会的な問題から生じる「社会的苦痛」自らの存在や生き甲斐が揺らぐ「スピリチュアルな苦痛」の4つの側面から捉えてゆく必要があると唱えている4).WHOによる緩和ケアの定義19)(2002年)では,「緩和ケアとは生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して,痛みやその他の身体的問題,心理社会的問題,スピリチュアルな問題を早期に発見し,的確なアセスメントと対処(治療・処置)を行うことによって,苦しみを予防し和らげることで,QOLを改善するアプローチである.」としている.精神的苦痛,社会的苦痛,スピリチュアルな苦痛を和らげることができることは,WHO方式がん疼痛治療法5) の治療戦略に不可欠である.したがって,今回のPBL形式の多職種協働による授業は,緩和医療にとって基本的かつ重要な「全人的苦痛の緩和」への理解を促すことができたと考えられた.一方,2008年度より施行されている薬学教育モデル・コアカリキュラム(以下旧モデル・コアカリキュラムと表記)20) では,緩和ケアに関する教育は,C.薬学専門教育の中で緩和ケアと長期療養の到達目標として「がん性疼痛に対して使用される薬物を列挙し,使用上の注意について説明できること」を挙げている.本研究は旧モデル・コアカリキュラムによる教育を受けている5年次学生を対象に実施し,学生は,上記達成目標中の「薬物治療」の必要性を再認識し,さらに緩和医療にとって基本的かつ重要な「全人的苦痛の緩和」について学び,その必要性を理解することができたと考えられた.

2015年度より実施されている新薬学教育モデル・コアカリキュラム(以下新モデル・コアカリキュラムと表記)21) では,緩和ケアに関する教育は,E.医療薬学の微生物・悪性新生物の薬の中のがん終末期医療と緩和ケアの到達目標の1つとして,「がん性疼痛の病態(病態生理,症状等)と薬物治療(医薬品の選択等)を説明できること」を挙げている.旧モデル・コアカリキュラム20) の達成目標に加え,がん性疼痛の病態(病態生理,症状等)の理解つまり「痛みの理解」は必須であり,この教育目標を達成するためには全人的苦痛の知識習得が必要となる.

今回の多職種の異なる視点から様々な課題をPBL形式で検討する卒前緩和ケア教育は,全人的苦痛についての知識を患者に還元するために不可欠な痛みを評価するための技能そして,精神的苦痛,社会的苦痛,スピリチュアルな苦痛を緩和するための技能および態度の必要性の理解を促すことが明らかとなり,新モデル・コアカリキュラム21) の教育目標である知識習得の先にある「全人的苦痛緩和」の実践につながる有用な教育手法であると考える.

また,各プログラム終了時に調査した「受講後の気づき」から,各回プログラムで異なる特徴的な言葉が抽出された(表4).医師担当プログラムでは,薬,知識,痛み,緩和ケア,薬などの緩和ケア,薬物治療,痛みの評価への理解を想起させる言葉が,看護師担当プログラムでは,家族,看護,患者,気持ちなど,非薬物療法,患者や家族の気持ちを支えるコミュニケーションへの理解を想起させえる言葉が,チャプレン担当プログラムでは,死,スピリチュアルケア,ケア,精神など死生観,スピリチュアルな,精神的苦痛への理解を想起させる言葉が,音楽療法士担当プログラムでは,音楽療法,心,コミュニケーション,感情など非薬物療法,精神的苦痛,コミュニケーションへの理解を想起させる言葉が,薬剤師担当プログラムでは,薬,痛み,オピオイド,副作用など薬物療法への理解を想起させる言葉が抽出され,これらのプログラムを組み合わせ実施した結果,事前に設定した到達目標(表2)が達成できたと考えられる.

以上のことから,薬物治療およびコミュニケーションの必要性の再認識とWHOによる緩和ケアの根幹となる「全人的苦痛の緩和」の必要性の理解を促した今回のPBL形式の多職種協働による卒前緩和ケア教育は,急務である大学での卒前教育の最初の段階として有用と考える.

また,薬局実習終了後に受講した学生と病院実習終了後に受講した学生に分け解析した結果,「1.痛みの評価ができる」は薬局実習終了後に受講した学生でのみ,「8.患者の心の変化からくる精神的苦痛を和らげることができる」と「10.患者の自らの存在への疑問や死への恐怖といったスピリチュアルな苦痛を和らげることができる」は病院実習終了後に受講した学生でのみ授業前と比較して授業後の緩和医療・緩和ケアに従事する薬剤師に必要だと思う学生の割合が有意に増加した.そして「9.患者の社会的な問題からくる社会的苦痛を和らげることができる」は薬局実習終了後に受講した学生および病院実習終了後に受講した学生の両方で授業前と比較して授業後の緩和医療・緩和ケアに従事する薬剤師に必要だと思う学生の割合が有意に増加した.このことから,現行の実務実習では,「痛みの理解」に関しては十分な体験ができない可能性がある.

その理由として,東京都の報告22) では,病院において緩和ケア病棟や緩和ケアチームを設置している施設は各々4.2%,13.5%と非常に少ない.また,保険薬局において医療用麻薬の取り扱い体制が整っている施設は71.3%だが,その調剤件数は月に2件未満が50%以上を占め,現行の実務実習で全ての実習生に「痛みの理解」に関する体験をさせることは困難と考えられる.今回のPBL形式の多職種協働による授業は,実務実習で理解不十分であった部分を補足することができかつ,卒前緩和ケア教育として有用であると考える.そして,授業前の実務実習体験が「痛みの理解」に影響していることが明らかとなったので,今後,薬局及び病院実習終了後に実施し「痛みの理解」を評価し,最適な実施時期の検討も必要と考える.

さらに,その他の項目の「16.緩和医療・緩和ケアに興味がありますか」,「17.将来,緩和医療・緩和ケアに従事したいと思いますか」に関しては,授業前と比較して,授業後の緩和医療・緩和ケアに従事する薬剤師に必要だと思う学生の割合に有意な変化はみられなかったが,両項目において半数以上の学生が授業前から「思う」と回答していることから,今回の調査結果は,選択の講義であるため受講学生の緩和医療・緩和ケアへの興味または,将来緩和医療・緩和ケアに従事したいという思いの影響を受けている可能性があると考えられた.

新モデル・コアカリキュラム21) の緩和ケアに関する教育目標を達成するためには,痛みの基本的概念である全人的苦痛についての教育は必須であるので,緩和医療・緩和ケアに興味のある学生だけでなく,全学生を対象として新モデル・コアカリキュラム21) の教育目標の先にある「全人的苦痛の緩和」の実践につながる教育手法となるようカリキュラムの検討をする必要がある.その際,今回プログラムの時間配分,構成内容の評価を行っておらず,プログラムにより時間配分が異なり充分な討議,検討ができなかった可能性が考えられたので,時間配分,構成内容の評価も合わせて行う必要があると考える.

さらに,2017年の山本らの報告で11),薬学部5年次生の実務実習での緩和医療や医療用麻薬に関する理解度は,実務実習を履修することで改善はみられたが,実務実習前の基本的知識は過去の同様の報告10) と変わらず,不足していることが明らかとなった.具体的には「タイトレーション」「オピオイドスイッチング」「オピオイドの等価換算比」「鎮痛補助薬」の理解度が低いことが指摘されており,これらの知識は新モデル・コアカリキュラム21) で大学教育の中で求められているがん性疼痛の病態と薬物療法の知識の習得の範疇にある.また,実務実習前の医療用麻薬に関し「長期使用で徐々に効きが悪くなる」「最後の手段である」「末期に使用する薬である」など誤って認識している学生が多いことも指摘されている.これらの正しい理解もまた新モデル・コアカリキュラム21) で大学教育の中で求められているがん性疼痛の病態と薬物療法の知識の習得の範疇にあり,これらの理解と知識の定着を促すプログラムも今回のPBL形式の多職種協働による卒前緩和ケア教育に組み込む必要がある.ただし,これらの報告10,11) は客観試験を行なっておらず,あくまでも学生へのアンケートにより理解度を調査したものである.したがって,がん性疼痛の病態と薬物療法の理解と知識の定着を促すプログラムを組み込んだ際は,その効果を客観試験で評価する必要がある.

近年高度化した医療において,多職種協働のチーム医療は不可欠となっており,WHOが医療従事者の教育方法として推奨する23) 卒前の専門職連携教育Inter-professional education(IPE)は各専門職種がチーム医療や職種間の役割を学ぶ手段として重要とされている17).本邦においても,後藤ら24),中村ら25) により有用性を評価する報告がされている.いずれのカリキュラムも他職種の専門性の理解を目標としたプログラムが導入されており,カリキュラムの最初に学生が医療チームに従事する各職種そして自身が将来担う職種チームでの役割を認識し,学ぶべきことを理解した上で進めることの重要性を示している.今回調査した教育手法は,学生が緩和ケアチームに従事する各職種そして薬剤師のチームでの役割を認識し,学ぶべきことを理解する上で有用な方法であることが示唆されたため,緩和医療におけるIPEの最初の段階としても有用であると考える.今後,緩和医療卒前教育の標準的なカリキュラムの1つとして,今回有用性が示唆された多職種協働によるPBL形式の授業を最初の段階としたIPEを検討することは意義のあることと考える.

さらに,2011年がん対策推進協議会は,「今後の緩和ケアのあり方」についての提言2) の1つに「医療に携わることを目指す学生には,緩和ケアに関する卒前教育を履修させること」を挙げ,「医学部,看護学校,看護学部,薬学部など卒前教育の中に統一的なカリキュラムに準じて,実習を含めた教育プログラムを策定すること」としている.今回の調査で有用性が示唆された多職種協働によるPBL形式の授業を最初の段階としたIPEは,がん対策推進協議会が策定すべきとしている「医学部,看護学校,看護学部,薬学部などの統一的なカリキュラム」としても有用であると考える.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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© 2018 日本薬学教育学会
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