2018 年 2 巻 論文ID: 2018-021
医療教育において,FD(Faculty Development)の重要性が再認識されている.社会が変わり,教員が果たす役割が大きく転換してゆく中,6年制になって10年余を迎えた薬学部の教育を行う上に,FDが不可欠であると認識している大学がほとんどであるにもかかわらず,いざ実施しようとすると,数多くの困難に直面する.本稿では,本学薬学部が今まで実施してきたFD活動を振返り,平成27年度から実施している改訂コアカリキュラムの実施を視野に入れ,FDとは何かという定義,FDの成果(アウトカム)は何か,そしてどのように評価し次回に繋げるかなど,多くの問題を提案し共有したい.
本稿は,平成29年9月,名古屋で開催された第2回日本薬学教育学会の「シンポジウム5」で紹介した内容をまとめたものである.
大学教育における6年制とは,学校教育法第八十七条第二項に明記されているように「医学を履修する課程,歯学を履修する課程,薬学を履修する課程のうち臨床に係る実践的な能力を培うことを主たる目的とするもの又は獣医学を履修する課程については,前項本文の規定にかかわらず,その修業年限は,六年とする.」,と定められている.薬学教育は,6年制に移行して以来,「臨床に係る実践的な能力を培うことを主たる目的」としたアウトカムが求められている.「学生に価値ある変化をもたらすこと」,が教育の成果と認識されているが,学生は教員の背中を見て育つことを考えると,教員間のアウトカムの共有が6年制教育では特に重要である.
「大学というのは学生が自発的に学ぶ場所であり,教員が懇切丁寧に教える必要はない」,「自主的に学ばない学生が増えたのは,入学してくる学生の質が落ちたからだ.優秀な学生を確保すれば,これまで通りの授業が維持できるはずだ」という教育観・学習観は,少子超高齢社会の時代の教育では,考え直さなければいけない時期に来ている.
6年制導入時に,教育上の問題点を解決するために,薬学部各委員会からの要望に沿って,各種委員会と協働してFDを実施するためにFD委員会を正式に設置した.それ以降,このFD委員会が薬学部のFDを立案し,実施してきた.平成23年度からの実施状況を以下に示す.
テーマ:6年後期の講義,試験を実り多いものにするために
2.平成24年度 平成24年8月8日 教務委員会と共催
テーマ:薬学教育における質の保証と機関別評価への対応
3.平成25年度 平成25年8月7日 e-ラーニング教育委員会と共催
テーマ:新しい教育ツールを有効に使うには
4.平成26年度
1)平成26年8月6日 5,6年学習支援委員会と共催
テーマ:6年生の教育を考える
2)平成26年12月10日 講演会「薬学教育の最近の動向」
3)平成27年3月11日 講演会「現代の大学生を知る」
5.平成27年度 平成27年8月5,6日(1日半)自己点検・評価委員会と共催
テーマ:自己点検・自己評価を実施するために
6.平成28年度
1)平成28年4月27日 講演会「改訂モデルコアカリキュラムに基づいた効果的な教育の実践に向けて」
2)平成28年8月3日 実務実習委員会と共催
テーマ:大学主導型の実務実習を考える
3)平成28年12月21日 実務実習委員会,5,6年学習支援委員会と共催
テーマ:大学における臨床準備教育の質保証と国家試験を考える
7.平成29年度
1)平成29年8月2日 FD委員会主催
テーマ:教育能力の向上を目指そう!(1)
―主体的な学習,能動的な学習を促すためには―
2)平成29年8月3日 講演会
―これから薬剤師に必要とされる能力と社会から求められている使命(1)― 「地域包括ケアシステムにおける薬局薬剤師の役割」
3)平成30年1月24日 講演会
―これから薬剤師に必要とされる能力と社会から求められている使命(2)― 「薬局における在宅医療の現状 小児在宅医療と健康サポート薬局」
ご紹介したこれまでのFDおよびFD講演会は,毎年,その年の問題点を選び,実施してきたが,内容を振返ってみると,教員の資質向上と教育システムの周知徹底が混在していた.そこで,本学部におけるFDとは本来どうあるべきか,という点について討論するために,平成28年度にFD委員会を再構成した.
絹川正吉,舘昭編著『学士課程教育の改革』 1) によると,FDとは「教員が授業内容・方法を改善し向上させるための組織的な取組の総称」と定義されている.その内容は具体的に以下の13項目で示されている.
内容は多義にわたり,すべてが教員の資質向上に必要であることを痛感するものの,限られた時間と規模で,これらすべてを実施することは困難である.そこで,FD委員会としては,本学部が置かれた状況を考えた上で,FDは教務システム,カリキュラムの共有と徹底から脱却し,学部の機能不全を防止するために,個々の責任における専門知識の細分化によって機能不全になりつつある大学教員の教育資質の開発に焦点をあてる,ということで合意し,上記13項目のうち,(1),(3),(7),(13)に重点を置いて,今後,企画してゆくことにした.
上記の合意の下,従来実施してきた教育システムの周知徹底,例えば実務実習システム,評価制度やカリキュラム改変については,PDCAサイクルを回すためには必須であるが,FDという位置ではなく,教務上の協議,伝達事項という形で実施を検討することとした.また,FD活動を行う上で,大きな問題であった国家試験,卒業試験の検討については,毎年定期的に教務検討会という形で実施する.
本来の最も重要な目的は,「教員の教育力を向上する」というアウトカムであり,これこそが教育のすべての問題に通じる最重要課題である.そこで,この内容をFD活動の中心と位置付け,教育技法,工夫や失敗談の教員間での共有,学外の教育状況の紹介,導入を長期的な視点で導入することとした.
また,卒業研究,薬学部教員の研究の在り方については,6年制となり,また,昨年度の大学院の自主点検とも重なり,大きく軌道修正が求められている.FDとして,今までの教員の研究内容を振返り,薬剤師として求められる研究とは何か.卒業研究の目標とアウトカムを考えることを視野に入れて活動する方向性で企画検討を開始した.
一方,学生目線で情報を収集し,その情報を有効に活用し,学生との乖離を起こさない教育環境の構築は,教員の教育能力向上と表と裏の関係であるので,教育評価アンケートや教育成果を積極的に共有し,有効な活用を行うことをFD活動の重要な項目として位置付けた.
このように,FDで実施する観点に加重をつけて整理したが,実は最も重要なことは,教員全員が,自分たちが教育した学生がどのような現場に出て活躍しているかを十分に把握し,現場の社会的なニーズに合わせて教育改革に取り組み続けなければならない点である.つまり,これから薬剤師に必要とされる能力と社会から求められている使命を把握し,ニーズを満たすというアウトカムはもちろん,新たなニーズを生み出すという方向で,FDのアウトカムの設定を行うことが求められる.どんな教育を行い,どのような研究成果を発信できる学部に育ててゆくか,医療現場のない薬学部では,常に意識しなければならない課題であり,FD活動の根底に置くべき重要な観点であることは間違いない.
平成27年度文部科学省委託事業として採択された「大学教員の教育活動・教育能力の評価の在り方に関する調査研究」 2) の成果が,平成28年3月に株式会社リベルタス・コンサルティングから報告されている.この報告書は181ページにわたる大作で,参考になる点が多い.この中から,「大学教員として身に付けるべき能力」について,著者の意向を入れた8項目をシンポジウムで紹介した.
教員である以上,専門科目を上手に教えるのは当然で,それ自体凄いことではない.大切なのは私たち教員が関わる若い学生たちが,どういう場所で,どのように人々に貢献するかを,その専門科目を通して教えることができることが,これからの教員に求められるのだと思う.もし自分にそういう経験がなければ,教員自身も努力して経験を積むことが必要であり,この点を補い,提案することもFD活動の使命である.
医学部は,FD実態調査報告書3) を作成し,各大学で共有している.ぜひ,薬学部でも日本薬学教育学会の場を利用して,みんなでFDに関する情報を共有し,一緒に考えてゆく環境を作れればいいと感じている.薬学教育学会で,FDのアウトカム,一緒に考えてみませんか.
FD活動を一言で語ることはとても難しい.18歳人口がとても多かった時代の教育を受けて育った多くの教員が,いまだにその時代の薬学部のアウトカムをしっかりと背負って教育・研究に従事している.少子化を迎えて,教育の在り方が大きく変わり,数年後には新しい教育指導要領で教育された高校生が入学してくる時代を迎える.新入生を迎え入れる大学教員は,今まで自分が受けた教育を外挿するのではなく,今,生きている子供たちがどのような環境で,どのような教育を受けてきたかを理解し,教育・研究にあたらなければいけない時代が来ていることをしっかりと意識することが重要である.FD活動は,手技や方法から教育の在り方自体を考える機会へと進化してゆくことが必要であろう.
帝京大学薬学部のFDに講師として来ていただいた先生方,今回はお名前を省略いたしましたが,薬学部教員を代表して心からお礼申し上げます.また,FD委員会を支えて頂いた帝京大学薬学部栗原順一薬学部長とFD委員会の委員,薬学部教員に心から感謝いたします.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.