薬学教育
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誌上シンポジウム:学習成果を測る!インスティチューショナル・リサーチ(教学IR)の取り組み
薬学部での教学IRの試み2
―名城大学薬学部での取り組み―
大津 史子
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2018 年 2 巻 論文ID: 2018-026

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Abstract

ディプロマポリシーなどで求める能力が,教育課程の成果として身についているかどうかを評価し,実質的な教育改善をすることが求められている.名城大学薬学部では,FD委員会で,教学IR(Institutional Research)に取り組んでいる.まずは,授業評価アンケートや学習活動調査,学習スタイル調査などのIRの基盤となる情報を一元的に蓄積し,他の学習成果の情報等も取り込み,多面的な分析が可能とする環境の構築(IR基盤データベース)を行った.また,ディプロマポリシー及び10の資質に対する長期的ルーブリックを作成し,後期終了時に,学生に1年間の学修成果を振り返らせる取り組みを導入した.本シンポジウムでは,現在取り組んでいる教学IRの事例として,学習成果とアクティブラーニング及び,学習スタイル調査との関連,さらに,ディプロマポリシー及び10の資質に対する自己評価について,検討結果の一端を紹介する.

はじめに

2012年の中央教育審議会の答申によると,大学には「生涯学び続け,主体的に考える力を育成する大学」への転換と,その学修成果を評価することが求められている.すなわち,各大学には,自らの教育理念と目標に基づき,学生の成長を実現する学習の場として学士課程を充実させることが強く求められているわけである.特に,昨年4月からは,学位授与の方針(ディプロマポリシー),教育課程編成・実施の方針(カリキュラムポリシー),入学者受け入れの方針(アドミッションポリシー)という3つの方針の設定が法制化された.ディプロマポリシーとは,大学が求めている能力を身につけたものに学位を授与するという方針である.また,改訂薬学教育モデル・コアカリキュラム(以下,改訂モデコア)では,卒業時に求められる10の資質が明示されている.すなわち,ディプロマポリシーや10の資質で求める能力が,実際に行っている教育課程の成果として身についているかどうかを評価しなければならない.そして,その結果を分析し,教育課程へフィードバックし,実質的な教育改善をする必要がある.

しかし,薬学領域において,具体的にどのような情報をどのように分析するかの先行事例は少なく,さらに,これらの分析の対象となる情報は,大学の各部署が保存し,一元化されていないのが実際であった.そこで,まず,薬学部FD委員会の活動目的に,「新しい薬学教育カリキュラムでの学びの蓄積と可視化を確実なものとし,学生の学びをサポートするための教学IR(Institutional Research)を実践することで,実質的な薬学教育の質保証を行うこと」を加え,教学IRに取り組むことになった.

そこで,現在取り組んでいる教学IRの基盤となる仕組みを紹介し,教学IRとしての取り組みの一端をリサーチクエスチョンとその結果として紹介する.

IR基盤データベースの構築

改訂モデコアに準拠したアウトカム基盤型教育を実施すべく,カリキュラム改訂作業を行ってきた過程で,授業評価アンケートの結果が活かされていないこと,学生の学びに継続性がなく,履修系統図を活かした各授業科目のつながりの確認や学習内容の振り返りが行われていないことなど,教育上の課題が明らかになった.そこで,履修系統図をWEB上で展開し,学生が自らの学びの証を蓄積し,可視化できる“履修系統図ポートフォリオ”を構築し,IRの基盤となる情報が自動的に一元的に蓄積される仕組みを構築した.次いで,多面的な分析の基盤とする“IR基盤データベース”を構築した.その概念図を図1に示す.大学で発生する学生の学びに関する情報は,種類が多いばかりでなく,学年進行や時には留年など多次元にわたることもある.そこで,学生側で発生する情報については,できるだけ発生源である学生の入力が蓄積されるようにし,他の事務組織で多次元に維持している情報をIR基盤データベースに必要に合わせ取り込むことで検討ができるようにした.学生側で発生する情報としては,前後期の終了時に行っている授業評価アンケートを始め,後述するディプロマポリシーの自己評価,学生生活アンケートなどであり,これらと,他の部局で発生する成績などの情報をクロス集計できる仕組みとした.この“IR基盤データベース”を用い,学生の学びを分析し,可視化し,教育改善を促す意思決定をサポートするために教学IRの実践を開始した.

図1

IR基盤データベースの構築

アクティブラーニングは学生の学びを促進しているか?

近年,高等教育ではアクティブラーニング(Active Learning: AL)の有用性が認識されている.従来の一方的に聞くだけの授業では,知識の蓄積はできても,十分に活用することはできない.PBL(Problem-Based Learning)は,高度なAL手法であり,グループ学習を通して,様々な認知機能を働かせ,現有する知識や経験,原理などに関連づけ,仮説をたて,根拠を示して批判的に検討することを主体とした学習方法である.これは,将来,薬剤師としての職能を発揮するには不可欠な学習経験であると考え,名城大学薬学部では4年次前期の月曜日から木曜日までを使って統合型カリキュラム「薬物治療学」を実施している.そこでこの統合型カリキュラムが学生の学びを促進しているか否かを学生の自己評価である授業評価アンケート及び,外部指標としてPROGテストを利用して検討した.

1.授業評価アンケートによる自己評価

統合型カリキュラムである「薬物治療学」の授業評価アンケートによる自己評価を講義形式の他の医療系12科目と比較した.本学ではすべての授業において授業評価アンケートを行っている.授業評価アンケートに含まれる学生の当該科目に対する自己評価(10項目)を利用した.図2にその全体像を示す.予習,復習にかける時間は,薬物治療学で圧倒的に長く,特に授業外学習時間(図2中「学習時間」)の最頻値は「薬物治療学」が[週1–3時間(5件法の選択枝4)]であるのに対し,講義形式授業はいずれも[週30分未満(5件法の選択枝2)]であった.成長実感の最頻値は「薬物治療学」が[ややそう思う(選択枝4)]に対し,講義形式授業はいずれも[どちらでもない(選択枝3)]であった.以上より,PBL形式の授業は,自己評価においては,学習者の授業時間外学習を促進し,深い学びと成長実感につながっていると考えられる.

図2

授業評価アンケートからみたアクティブラーニングの評価

2.PROGテストから

PROGテストとは,専攻・専門に関わらず,大卒者として社会で求められる汎用的な能力を測る指標として汎用されている1).PROGテストでは,知識を活用して問題解決する力(リテラシー)と社会的経験を積むことで身についた行動特性(コンピテンシー)の2つの観点でジェネリックスキルを測定している.「薬物治療学」を終了した4年生学生を対象として,PROGテストを実施し,その結果と,GPA及び「薬物治療学」の成績を比較した.GPAとの比較では,リテラシー及びコンピテンシーいずれも関連は全く認められなかった.図3に「薬物治療学」の成績との関連を散布図で示した.薬物治療学の成績が高い学生は,問題解決能力を示すリテラシーが高い傾向が見られた.一方,社会的経験を積むことで身についた行動特性を示すコンピテンシーとの関連は見られなかった.以上より,AL型カリキュラムである「薬物治療学」は,問題解決能力の醸成につながっていると考えられる.コンピテンシーは,優秀なビジネスパーソンの行動特性を基に開発された指標であることから,学内で行っているAL型カリキュラムのみでは,その能力の醸成には不十分であると考えられる.

図3

PROGテストの結果と薬物治療学の成績分布

学習スタイルと学生の学びには関連があるか?

本学では,学生の学習指導に役立てることを目的として,学習スタイル調査を実施している.今回は,BiggsのR-SPQ-2F 2) を用いて,20項目の質問に対する答えから,深い学習アプローチ,浅い学習アプローチ,どちらでもないに分類した.深い学習アプローチは,知識や経験に考えを関連づけ,論理や原理を注意深く批判的に検討する事を好む学習スタイル(以後,深い学習スタイル)とされている.浅い学習アプローチは,授業内容と他の知識を関連づけず,事実の暗記に努力することを好む学習スタイル(以後,浅い学習スタイル)とされている.1年生に本調査を実施し,基礎科目の成績との関連を見たところ,化学系,生物系,物理系いずれにおいても,深い学習スタイルの学生の成績の方が高い傾向があった(図4).この傾向は,3年間実施していても同様であり,特に化学系においては,毎年有意な関連があった.しかし,その後の追跡調査を行ったところ,学年進行と共に,特に,医療系科目において,浅い学習スタイルの学生が増加し,成績も深い学習スタイルの学生より高くなるという逆転現象がみられるようになった.そこで,医療系科目の一つである医薬品情報学(3年次)の定期試験において,マークシートによる客観的設問の正答率と記述式設問の正答率と学習スタイルの関係を検討した(図5).記述式設問は,ケースを提示し,その問題解決を測るための計画を記述する問題とした.その結果,マークシート得点率では,浅い学習スタイルの学生の得点率の平均は深い学習スタイルの学生の得点率より高かった.一方,記述式得点率では,深い学習スタイルの学生の得点率の平均が,有意に浅い学習スタイルの学生の得点率より高かった.

図4

Biggsの学習スタイル調査と基礎科目の成績(2016年 1年生)

図5

学習スタイル調査と設問による違い(医薬品情報学2017年 3年生)

学習において,見解や事実を知る浅い知識は必要である.その浅い知識を関連づけ,精緻化により思考の質を変化させることで,深い知識にすることが重要となる.今回の検討から,医療系の科目の増加に伴い,医薬品や疾病の名前をはじめとする見解や事実を知識として持つ必要が増え,成績評価においても浅い知識として問われることが多くなったことで,浅いアプローチに学習スタイルを変化させ高得点をとろうとする学生が増えた可能性がある.さらに,1科目の検討ではあるが,問題解決の能力を問う記述式問題では,深い学習スタイルの学生の成績が高かったことより,成績評価における設問においては,浅い知識と深い知識のバランスを取り,常に深い知識を問う問いかけが重要と考えられた.

ディプロマポリシー及び10の資質で求める能力は身についているか?

本学では,ディプロマポリシー及び10の資質に対する長期的ルーブリックを作成し,全学生を対象として,後期終了時に1年間の学修成果を振り返らせる取り組みを導入した.これは,学生自身に1年間の学びをディプロマポリシーや10の資質に照らし合わせて振り返ることで,自身の努力や成長を自覚し,反省を次の学年に繋げるための取り組みである.さらに,学習成績と共にこの自己評価をレーダーチャートでフィードバックすることで,得意不得意を可視化し,次の学年の学びに繋げている.また,この評価を基に,指導教員との面談を行い,個々の学生指導に役立てている.教学IRにおいては,このルーブリック評価の結果を基に,ディプロマポリシーで求める能力のアウトカム毎に,前年度との伸びを可視化している.当然,求める能力の育成が主に高学年で行われるアウトカムについては,その伸びは悪いが,低学年から行われるアウトカムについても,大きく成長が見られるものから,ほとんど成長が見られないものもあることがわかった.これは,カリキュラムに不足があるもしくは,学生にアウトカムが正しく伝わっていない可能性があることを示している.すなわち,教育改善ポイントであると考えられ,検討を行うことにしている.

最後に

教学IRの実践を通じ,教職員が感覚的に感じていたことを,可視化し,教育改善の動機づけにつなげることができた.また,教職員が感覚的に思い込んでいることを可視化することにより,意識改革が必要な部分もみえてきたと考えている.さらに,教育プログラムの評価とその改善の動機づけに繋がると考えられる.一方で,学生個々の問題は,あくまでも個別対応が重要であることも改めて述べておきたい.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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