2018 年 2 巻 論文ID: 2018-029
当院では薬剤師レジデントプログラムを構築し60名を超える修了生を輩出してきた.研修カリキュラムは講義と実務研修,セミナーから構成される.実務研修は調剤,医薬品情報などの中央業務に加えて,早期から病棟,薬剤師外来において臨床薬剤業務に関する教育を集中的に行っている.初期の段階の病棟研修ではプリセプター薬剤師の指導の下,シャドーイングを行う.その後,レジデントとプリセプターは立場を交代し,レジデントのラウンドをプリセプターがサポートしつつ,ラウンド後に指導する.この段階を踏んでおけば,入職数ヶ月後にはレジデントが独り立ちして患者対応できるようになる.レジデント自らが運営するセミナーは短時間で集中的に議論するスキルを身につけさせ,多職種からなる診療カンファランスで薬学的専門性を発揮する際に役立つ.今後,さらに制度を充実させ高い臨床能力を発揮できる薬剤師を養成し続けたい.
医師,歯科医師には法律で定める臨床研修制度があり,看護師にも厚生労働省のガイドラインに沿った研修プログラムによって,給与を得ながら質の高い初期研修を受ける機会が設けられている.一方,薬剤師の卒後教育は,これまで入職した現場で先輩薬剤師から知識,技術を教わり徐々に実力を備えていく,いわば徒弟制度のような形で進められてきた.一部の大学病院などでは「研修生制度」があり,系統だった教育プログラムを提供しているが,研修費を支払う仕組みである.そのような状況の下,「薬剤師レジデント制度」が始まった.経済的な自立と質の高いプログラムの両立を目指した本制度は,米国におけるPharmacy Residency Programs(PGY1, PGY2)をモデルとしており,短期間で即戦力を養成できるよう,設計されたものである.本シンポジウムでは,自施設における屋根瓦教育を活かした薬剤師レジデントプログラムについて紹介する.
卒後臨床研修としての薬剤師レジデント制度は,平成14年に北里大学北里研究所病院に始まり,薬学教育の4年制から6年制への移行期を経て,6年制薬剤師が初めて社会に輩出された平成24年度受け入れ分から募集を始めた施設が多くみられた.現在,募集施設の経営母体は様々であり,病院規模もベッド数で見ると,200床以下から1000床を超える病院まで多岐に亘っている.兵庫県においては,県立病院11施設,市立病院2施設が薬剤師レジデントを募集しており,大学病院2施設を加えて,充実した受け入れ体制が確立している.
薬剤師レジデントにはなんらかの給与が支払われている.多くは非常勤薬剤師の採用枠を利用して人件費を確保し,月額で初任給と同等の給与が支払われている施設も少なくない.交通費や健康保険,厚生年金,労災保険など福利厚生も常勤職員に準ずる処遇が与えられる場合が大多数を占めている.この点は,研修生側が施設に研修費を納め,福利厚生について全く手当されない既存の薬剤師研修生制度とは大きく異なる1).
当院では平成21年から薬剤師レジデント制度をスタートさせた.1年目医療薬学一般コース,2年目医療薬学専門コースのプログラムを設け,平成30年度までに延べ60名を超える薬剤師レジデントを輩出してきた.
当院では病院経営サイドの理解が得られて,非常勤薬剤師の採用枠を利用して人件費を確保し,時間給ではあるが,月額で事実上初任給と同等の給与が支払われている.また,交通費や福利厚生なども常勤職員に準ずる処遇が与えられており,安心して研修に取り組める環境が実現している.
研修カリキュラムは講義研修と実務研修からなる.当院は,日本医療薬学会から,認定薬剤師制度,がん専門薬剤師,薬物療法専門薬剤師の研修認定施設として認定を受けており,同学会の研修ガイドラインやコアカリキュラムに準拠した研修を行っている.指導体制については,当院には,がん,感染制御,HIV薬物療法,緩和薬物療法,NST,糖尿病などの専門認定を受けた薬剤師が在籍しており,薬剤師レジデント教育にその専門性を活用している.
薬剤師レジデントプログラムの概要(神戸市立医療センター中央市民病院)
当院1年目レジデント(医療薬学一般コース)のカリキュラムは,1~2週目には研修医と合同での講義を含めて,講義研修や調剤実習などの実地研修からスタートし,3週目からは,病棟での実地研修が開始される点が大きな特徴である.各レジデントと若手職員で構成される小人数グループが服薬指導,調剤,無菌調製などの各部門をローテートして,各部門リーダーから指導を受ける.さらに薬学生実習の時期には各グループに実習生も配属され,レジデントも実習生の指導を担当する.このような屋根瓦方式による指導の仕組みは,わが国の医師や看護師あるいは米国の薬剤師などでは既に広く取り入れられており,6年制教育を卒業した薬剤師も早期から患者さんの傍らで実地教育を受ける必要があると考えている.
病棟研修は,1年間で内科系,外科系の主要診療科4病棟での薬剤管理指導,病棟薬剤業務をローテーションで経験する.それら臨床薬剤業務を遂行する上で,最小限の準備として「コモンディジーズに関する薬物治療は,頭に叩き込んでおくべきである」との考えのもと,薬剤師レジデントおよび新人薬剤師対象の疾患別シリーズセミナーを重ねてきた.これらセミナーの経験をもとにして,総合診療医のアドバイスを得ながらレジデント指導に携わる薬剤師が執筆してテキストを出版した2,3).レジデントの教育はもちろんのこと,既卒者の日常業務にも広く活用されている.
薬剤師レジデントプログラムおよび薬学実務実習における屋根瓦方式教育
患者の薬物治療における問題点を見出し,科学的根拠をもとに解決するプロセスを学ぶことは重要で,臨床現場にいる薬剤師に研究を経験させることは極めて有用と考えている.当院では,レジデントには全員に,年間1つの研究テーマに向き合い,関連学会で発表することを課している.様々な薬剤師や他職種とのディスカッションを経て,研究デザインの立案からデータ収集解析,結果の考察,プレゼンテーションの準備に取り組む.発表を通して様々な意見や指摘を受けることも貴重な機会となる.研究を進める上では,医師,医療スタッフの学術活動を支援する目的で当院独自に組織した「学術支援センター」(平成30年6月より,臨床研究推進センターの学術研究支援部門に改組)も利用できる.臨床研究プロトコール作成,医療統計に関するコンサルトや,学会発表に使用する大型ポスターの作成・印刷のサービスを受けることもできる.
薬剤師レジデントが研究を行う目的は,単に成果を追い求めるのでは無く,臨床上の問題点を自ら見出し,解決する過程を体系的に学び,体験することにより,論理的思考に基づき,医師をはじめ他の医療スタッフと科学的な視点を持ってディスカッションし得るスキルを身につけることにある.この指導にあたるため,学位を有する薬剤部管理職と連携協定を結んだ薬学部教員からなる連携研究部門を立ち上げ,研究テーマに関する進捗状況報告書と進捗状況報告会(Laboratory Conference)を導入し成果をあげている4).
さらに,薬剤師レジデントは,自ら教育者としての訓練も受ける.薬学6年制教育における早期体験学習や病院実務実習受け入れにあたって,屋根瓦方式の教育システムを採用し,認定指導薬剤師や現場の職員のもとに薬剤師レジデントが薬学生の指導に関わることにより,双方の教育に効果をもたらした事例を報告している5).
薬剤師レジデントの応募者は,平成23年度以前は4年制薬学卒業生,大学院修士課程修了者が大半を占め,平成24年度以降は6年制薬学卒業生が中心である.加えて,他病院の非常勤や正規職員薬剤師,保険薬局に勤務する薬剤師,製薬企業の職員からの応募や基礎分野の博士課程で学位を取得した後に不足していた臨床研修を経験する目的で応募する薬剤師など,応募者の背景は多岐に亘っている.一方,研修修了後の進路は,当院や神戸市関連病院の正規職員に採用される場合がほぼ半数を占めるが,他病院や保険薬局,大学教員,当院に就職後PMDAに出向するなど多方面に広がっており,薬剤師レジデントプログラムは医療分野での活躍を期待される薬剤師のキャリアパスとして確立されつつあるといえる.
わが国の薬剤師レジデント制度は,益々充実する気配を見せている一方で,各施設が独自のカリキュラムと運営方針によって成り立っている現状も確認されている1).平成26年10月,薬剤師レジデント制度を運用している病院の参加を得て日本薬剤師レジデント制度研究会が発足し,その年次集会の名称を「日本薬剤師レジデントフォーラム」とすることになった.本フォーラムは,薬剤師レジデント制度の普及と発展ならびに今後の薬剤師教育と専門職能の向上に寄与するものと期待される.平成30年3月21日(祝)に第7回薬剤師レジデントフォーラム「夢へと続く最初のステップ」が神戸で開催された.その中では,社会の要請に応え得る薬剤師卒後臨床研修制度構築に向けて,外部評価に耐え得る薬剤師レジデントプログラムとはどのような要件を備えるべきか,というテーマで活発な議論がなされた.新たな卒後臨床研修制度の構築にむけて,まず,研修カリキュラムの質の担保が必須であり,なんらかのプログラム認証が実施される必要がある.また,認証基準の標準化とピアレビュー制が求められる.米国では職能団体や学会が母体となる組織によってプログラム認証と受入施設と応募者のマッチングが行われており,わが国の制度を検討する際に参考となる6).さらに,今後の薬剤師レジデント制度の進展には財源確保が必須と考える.現在は,個々の受入施設や提携薬系大学の自助努力で財源を確保しているが,そもそも病院管理者の理解と支援がなければ制度そのものが成り立たない.薬剤師レジデント制度のさらなる展開のためには,一定の認証を受けたプログラムに対する公的助成が検討されることが望まれる.
今後,広く薬剤師としての人格を涵養し,患者を全人的にとらえることができる高い臨床能力を有した6年制薬剤師を養成するには,新たな卒後臨床研修制度の構築が不可欠と考える.まずは,学会や職能団体,行政をも含めた新たな議論の場を設けることが,喫緊の課題を解決する糸口になると考える.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.