2019 年 3 巻 論文ID: 2018-023
本学では薬学部の2年次生を対象として,静岡県の開発した避難所運営ゲーム(HUG)を実施し,災害時の避難所の状況を知り,防災に対する意識を涵養する教育に取り組んでいる.本研究では,その2016~2017年度の成果を検証する.HUG実施前後で防災に関する基本的な意識に関するアンケートを行った.353名分の有効回答を因子分析し「研修への参加意欲」,「研修の必要性」,「薬剤師の可能性」,「個人の準備状況」の4因子を抽出した.抽出した因子をもとにクラスターを編成し,意識の変化を検証した.その結果,HUGの経験だけでも,学生の災害医療に関する学習意欲は向上し,災害時における薬剤師と自分自身の取るべき行動を考える契機になったと思われる.しかし,HUGの経験のみでは薬剤師が災害現場において担うべき役割は伝わらず,災害医療に対するモチベーションの低い学生層に対しての効果も限定的であることが示唆された.
我が国は幾度かの大きな地震災害を経て,災害時の緊急医療の体制を整備してきた.近年は,災害現場における薬剤師の役割に関する議論も進んでいる.これは,2011年の東日本大震災1–6),2016年の熊本地震7–12) における薬剤師の活躍によるところが大きい.更に,災害現場での薬剤師の有用性が示されたことを受け,薬学教育モデル・コアカリキュラム―平成25年度改訂版―(以下,改訂コアカリ)には【④災害医療と薬剤師】の項目が追加され,薬剤師養成を担う6年制の学部教育においても災害医療の学修が必須化13) された.しかし,2011年の東日本大震災以降,薬学教育においても災害医療を重要視するべきであるとの考えは強く,先駆的な薬学部では検討や取り組み14–18) が始まっていたが,改訂コアカリによって学ぶ学生が4年生となった現在においても,十分な災害医療に関する教育が学部で検討されているとはいい難いのが現状である.
一方で,薬剤師の生涯教育において,災害時の薬剤師の役割を取り上げるプログラムが増えてきた.我々もこれまでに,保険調剤薬局およびドラッグストアにて地域医療・保健・福祉に従事する薬剤師による大規模災害時における医療・生活支援が被災者と他の医療従事者双方に対して有益であるとの観点から,神戸市薬剤師会に所属する薬剤師に対する災害救援活動に関する意識調査を実施19) し,その結果に基づいて,薬剤師の生涯教育の一環として「薬局薬剤師による災害時避難所支援を志向した図上研修プログラム(DT-Ph)」を構築した.この我々の開発したプログラムを様々な薬剤師会,薬局グループに対して提供し,DT-Phの有用性を検証20) している.
この様な時代と社会の要請があるにもかかわらず,薬学部の学部教育では災害医療の教育が進んでいない.薬学部の学部教育において災害医療を効果的に実施する際の困難となりうる点の一つが,一部の例外を除いて「学生は被災したことがない」という状況である.大学生21) および社会人22) に対する避難・防災行動に関して,被災経験の有無が行動選択に影響を与えうるという研究があるが,大多数の薬学生は被災経験がないため,被災者の心境や避難所の混乱を具体的に想像するのが難しく,様々な学びの試みが現実と乖離してしまう懸念がある.これは災害医療を学ぶ趣旨からいえば大きな問題であるといえる.我々が既に開発,検証している薬剤師の生涯学習プログラムにおいても「被災もしくは災害時の支援経験のない薬剤師」という同様の問題が存在した.そのため,前述のDT-Phでは被災経験,被災地での災害支援経験のない薬剤師が災害時の避難所を具体的に想像出来るように,静岡県の開発した避難所運営ゲーム(Hinanzyo Unei Game; HUG)23,24) を導入している.HUGは,避難者の年齢や性別,国籍やそれぞれが抱える事情が書かれたカードを,避難所の平面図にどれだけ適切に配置できるか,また避難所で起こる様々な出来事にどう対応していくかを机上シミュレートするプログラムであり,地域住民の防災訓練25),病院の非医療職研修26),福祉系短期大学27),地震研究者28),病院での多職種および地域住民での災害研修18) などに広く用いられている実際の避難所を知らない者が避難所の混乱を疑似体験できるツールである.我々は,学部教育に関してもこのHUGを用いることが,被災経験がない学生に被災地・避難所の状況を具体的に想像させる上で有用であり災害医療教育の質的な向上が可能になると考え,本学薬学部の全員がHUGを体験するプログラムを構築した.本研究では,2016~2017年度の2年間のHUGを用いた災害医療教育の成果を検証する.また,上述のようにHUGは様々な場面で避難所運営の基本を学ぶツールとして用いられているが,薬学領域に限らず,その教育効果を科学的に解析した例はない.本研究は,HUGを体験することでもたらされる効果も合わせて検証する.
2016~2017年度の2年次生を対象に実施した.1グループ当たり5~6名の2年次生に対してファシリテーター1~2名を配置した.ファシリテーターはHUGを既に経験している上級学年の学生がファシリテータートレーニングを受けて行うが,ファシリテーターの役割は主に1.HUGのルール説明,2.カードの配布,3.時間管理,のみであり,避難所の運営等に関する助言やコメントは行わず,全て参加者である2年次生がグループ内で相談をして行うこととした.摂南大学薬学部のあるキャンパスは地域の一次避難所となっているため,大規模災害時には避難者を収容することになる.この授業では,避難所の実際と運営に関して学ぶ以外に,本学を避難所として運用する際のシミュレーションの目的もあるため,HUGで用いる図面は本学キャンパスで実際に避難所として運用する部分を用いて行った.2016年度,2017年度とも2年次生を午前・午後で約半分に分け,1回に14~17グループで実施した.HUGを行う際の所要時間は各回,表1に示す通りに実施した.本プログラムの開始前にプレアンケートとして,HUG終了後にポストアンケートとして図1に示すアンケートを行った.HUGの体験がもたらす効果を測定するために,教員によるフィードバックの前にポストアンケートを行い,教員からの知識の伝授による影響を排除した.また,本学では対象となる学生に対してこのHUGの体験以前に災害医療に関する教育は行っていない.
開始前 | プレアンケート |
開始時間 | ゲーム説明(講義室) |
20分後 | HUGを実施する部屋に移動 |
30分後 | 図面確認・作戦会議 |
45分後 | 避難所運営ゲーム(HUG)開始 |
1時間45分後 | 避難所運営ゲーム(HUG)終了・講義室へ移動 |
ポストアンケート(休憩時間) | |
2時間後 | 教員によるHUGのフィードバック |
2時間30分後 | 終了予定時間 |
プレおよびポストアンケート
アンケートの回答から学生の防災に対する傾向により群分けを行い,それぞれの群について学習効果を検討するために,因子分析およびクラスター分析を行った.因子分析を行うため,プレおよびポストアンケート共に未回答項目のあるアンケートを解析から除外した.アンケート結果の分析はJMP Pro 13.1(SAS Institute Inc)で行った.
アンケート実施に当たり,アンケートの回答内容や回答の有無が成績等に影響を与えないこと,アンケートの回答に関しては,自分自身の判断のみで自由に決めて良いことを説明した.研究目的に同意出来る場合は,プレアンケートとポストアンケートを連結することのみを目的として無作為に割り付けた識別番号を記載し,アンケートへの協力を依頼した.プレアンケートは授業開始前に,ポストアンケートは授業プログラム中の移動・休憩時間に実施して,授業時間への影響がないように配慮した.本研究は,摂南大学人を対象とする研究倫理審査委員会の承認を得て行った(承認番号2014-48).
2016年度2年次生199名(男95名,女104名)および2017年度2年次生204名(男103名,女101名)が参加した.アンケートの有効回答数は353人(有効回答率87.6%)であった.アンケートの単純集計および各項目のプレアンケートとポストアンケートを比較したFisherの正確確率検定結果を表2に示した.アンケート結果は,被災地・避難所のイメージや避難訓練・災害医療への参加意欲は大きく向上したが,「1.落ち着いて行動できる自信」,「10.薬剤師は災害時も貢献できる」,「11.災害時に貢献できる薬剤師になりたい」は大きな変化が見られなかった.
No. | プレアンケート | ポストアンケート | p value | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
1 | 70 | 117 | 87 | 63 | 16 | 96 | 111 | 73 | 53 | 20 | 0.1487 |
2 | 6 | 25 | 54 | 167 | 101 | 4 | 8 | 26 | 117 | 198 | <0.0001 |
3 | 59 | 114 | 108 | 60 | 12 | 21 | 52 | 102 | 143 | 35 | <0.0001 |
4 | 38 | 72 | 138 | 84 | 21 | 18 | 58 | 114 | 112 | 51 | <0.0001 |
5 | 21 | 65 | 128 | 112 | 27 | 11 | 45 | 80 | 153 | 64 | <0.0001 |
6 | 4 | 12 | 35 | 185 | 117 | 3 | 9 | 26 | 110 | 205 | <0.0001 |
7 | 22 | 74 | 131 | 104 | 22 | 17 | 39 | 79 | 158 | 60 | <0.0001 |
8 | 5 | 11 | 59 | 165 | 113 | 2 | 7 | 20 | 115 | 209 | <0.0001 |
9 | 25 | 67 | 137 | 95 | 29 | 13 | 40 | 79 | 142 | 79 | <0.0001 |
10 | 3 | 5 | 38 | 140 | 167 | 3 | 9 | 32 | 127 | 182 | 0.5688 |
11 | 4 | 5 | 52 | 152 | 140 | 3 | 9 | 51 | 132 | 158 | 0.4350 |
12 | 16 | 33 | 111 | 139 | 54 | 9 | 30 | 89 | 152 | 73 | <0.0001 |
Fisher’s exact test
また,アンケート結果を用いて因子分析を行った.因子数は,プレアンケートおよびポストアンケートそれぞれに関して,スクリープロットを行い固有値1および累積寄与率70%を目安に検討を行った.固有値1以上とすると累積寄与率が低く,また,特にポストアンケートにおいて,因子の4つ目と5つ目の間の固有値の差が大きく,因子数を4と定めて解析を試みた(表3).最尤法,対角要素=SMC,Quartimin回転によって因子分析を行った(表4).プレアンケートとポストアンケートを比較して検討を行うため,最終的な結果であるポストアンケートを基準に因子を決定し,それに準用してプレアンケートを検討した.ポストアンケートの結果より4因子を抽出した.各因子は,因子1「研修への参加意欲」(No. 9, 7, 4, 12),因子2「研修の必要性」(No. 6, 8, 2),因子3「薬剤師の可能性」(No. 11, 10),因子4「個人の準備状況」(No. 3, 1, 5)と名付けた.このポストアンケートから定めた因子を準用した場合,プレアンケートでは,No. 4「災害時のボランティアに参加したいと思いますか」およびNo. 5「災害時に貢献できることがあると思いますか」が,因子3「薬剤師の可能性」に含まれた.
プレアンケート | ポストアンケート | ||||||
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番号 | 固有値 | 寄与率 | 累積寄与率 | 番号 | 固有値 | 寄与率 | 累積寄与率 |
1 | 4.313 | 35.9 | 35.9 | 1 | 4.551 | 37.9 | 37.9 |
2 | 1.439 | 12.0 | 47.9 | 2 | 1.647 | 13.7 | 51.6 |
3 | 1.057 | 8.8 | 56.7 | 3 | 1.237 | 10.3 | 62.0 |
4 | 0.926 | 7.7 | 64.5 | 4 | 0.956 | 8.0 | 69.9 |
5 | 0.812 | 6.8 | 71.2 | 5 | 0.709 | 5.9 | 75.8 |
6 | 0.729 | 6.1 | 77.3 | 6 | 0.567 | 4.7 | 80.5 |
7 | 0.621 | 5.2 | 82.5 | 7 | 0.551 | 4.6 | 85.1 |
8 | 0.562 | 4.7 | 87.2 | 8 | 0.483 | 4.0 | 89.2 |
9 | 0.477 | 4.0 | 91.1 | 9 | 0.399 | 3.3 | 92.5 |
10 | 0.421 | 3.5 | 94.6 | 10 | 0.326 | 2.7 | 95.2 |
11 | 0.355 | 3.0 | 97.6 | 11 | 0.318 | 2.7 | 97.9 |
12 | 0.288 | 2.4 | 100.0 | 12 | 0.257 | 2.1 | 100.0 |
アンケート項目 | プレアンケート | ポストアンケート | |||||||||||
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因子1 | 因子2 | 因子3 | 因子4 | 共通性 | 因子1 | 因子2 | 因子3 | 因子4 | 共通性 | ||||
因子1 | 研修への参加意欲 | 9 | 避難所の運営訓練があれば参加したいと思いますか | 0.729 | 0.130 | –0.043 | –0.022 | 0.600 | 0.891 | –0.009 | –0.029 | –0.073 | 0.748 |
7 | 避難訓練があれば参加したいと思いますか | 0.721 | 0.345 | –0.164 | –0.031 | 0.735 | 0.821 | 0.063 | –0.054 | –0.034 | 0.677 | ||
4 | 災害時のボランティアに参加したいと思いますか | 0.523 | –0.180 | 0.352 | 0.146 | 0.499 | 0.646 | –0.068 | 0.039 | 0.129 | 0.450 | ||
12 | あなたは,災害研修に関わる授業を受けたいと思いますか | 0.520 | 0.072 | 0.280 | –0.019 | 0.523 | 0.554 | 0.204 | 0.178 | –0.065 | 0.599 | ||
因子2 | 研修の必要性 | 6 | 災害時を想定した避難訓練は必要だと思いますか | 0.090 | 0.688 | 0.048 | –0.040 | 0.581 | 0.099 | 0.799 | 0.000 | –0.007 | 0.723 |
8 | 避難所の運営の訓練は必要だと思いますか | 0.089 | 0.499 | 0.141 | 0.012 | 0.397 | 0.082 | 0.649 | 0.125 | –0.026 | 0.578 | ||
2 | 災害時の避難に備える必要性を感じていますか | 0.064 | 0.454 | 0.062 | 0.059 | 0.272 | –0.037 | 0.639 | 0.009 | 0.007 | 0.393 | ||
因子3 | 薬剤師の可能性 | 11 | あなたは,災害時にも貢献できる薬剤師になりたいと思いますか | 0.075 | 0.154 | 0.722 | –0.118 | 0.718 | 0.099 | –0.067 | 1.004 | –0.162 | 1.000 |
10 | 薬剤師は災害時にも貢献できる職種だと思いますか | –0.021 | 0.145 | 0.635 | –0.067 | 0.503 | –0.060 | 0.136 | 0.493 | 0.135 | 0.334 | ||
因子4 | 個人の準備状況 | 3 | 災害時の避難所の様子をイメージできますか | –0.095 | 0.036 | 0.127 | 0.727 | 0.500 | 0.035 | 0.162 | –0.057 | 0.788 | 0.628 |
1 | 災害が起きた際,落ち着いて行動できる自信はありますか | 0.066 | –0.103 | –0.107 | 0.322 | 0.142 | –0.023 | –0.214 | 0.033 | 0.500 | 0.307 | ||
5 | 災害時に貢献できることがあると思いますか | 0.097 | 0.097 | 0.324 | 0.255 | 0.270 | 0.289 | 0.096 | 0.178 | 0.313 | 0.361 | ||
寄与率 | 23.9 | 21.8 | 20.9 | 6.9 | ― | 28.5 | 23.5 | 21.7 | 9.6 | ― | |||
累積寄与率 | 23.9 | 45.7 | 66.6 | 73.5 | ― | 28.5 | 52.1 | 73.7 | 83.3 | ― | |||
因子間相関 | 因子1 | 0.508 | 0.631 | 0.279 | ― | 0.550 | 0.506 | 0.193 | ― | ||||
因子2 | 0.637 | 0.063 | ― | 0.507 | –0.026 | ― | |||||||
因子3 | –0.090 | ― | 0.190 | ― |
プレアンケート,ポストアンケート共にそれぞれの因子負荷量を用いてクラスター分析(Ward法)を行った.プレアンケート結果,ポストアンケート結果からそれぞれ5群に分けた(図2).各因子における相対的な傾向が同じである群は同一群とみなしてプレ,ポスト合わせて6群に分類した(表5).それぞれの群の特徴は以下の通りである.
クラスター分析(Ward法)による樹形図
群 | プレアンケート | ポストアンケート | ||||||||||
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人数 | % | 因子1 | 因子2 | 因子3 | 因子4 | 人数 | % | 因子1 | 因子2 | 因子3 | 因子4 | |
A | 47 | 19.0 | 1.18 ± 0.50 | 0.81 ± 0.37 | 1.04 ± 0.24 | 0.39 ± 0.58 | 66 | 26.6 | 0.96 ± 0.41 | 0.68 ± 0.22 | 0.97 ± 0.09 | 0.68 ± 0.51 |
B | 90 | 36.3 | 0.25 ± 0.55 | 0.09 ± 0.65 | –0.07 ± 0.41 | 0.74 ± 0.40 | 105 | 42.3 | 0.03 ± 0.49 | 0.05 ± 0.53 | –0.17 ± 0.91 | 0.46 ± 0.40 |
C | 109 | 44.0 | 0.15 ± 0.68 | 0.39 ± 0.58 | 0.43 ± 0.54 | –0.62 ± 0.50 | 80 | 32.3 | 0.49 ± 0.57 | 0.53 ± 0.39 | 0.39 ± 0.56 | –0.85 ± 0.59 |
D | 5 | 2.0 | –2.05 ± 0.24 | –2.80 ± 0.96 | –3.20 ± 0.52 | 0.08 ± 1.01 | 76 | 30.6 | –0.93 ± 0.70 | –1.31 ± 0.85 | –0.73 ± 0.89 | 0.04 ± 0.68 |
E | 102 | 41.1 | –0.83 ± 0.61 | –0.73 ± 0.72 | –0.72 ± 0.61 | –0.17 ± 0.67 | ― | |||||
F | ― | 26 | 10.5 | –1.37 ± 0.80 | 0.25 ± 0.57 | –0.83 ± 1.31 | –1.06 ± 0.68 |
因子得点の平均値±標準偏差
A群(プレ47名,ポスト66名):全ての因子が高い.
B群(プレ90名,ポスト105名):因子4「個人の準備状況」のみが高い.
C群(プレ109名,ポスト80名):因子2「研修の必要性」が高く,因子4「個人の準備状況」が低い.
D群(プレ5名,ポスト76名):因子4「個人の準備状況」以外の因子が全群中で最も低い.
E群(プレ102名,ポストなし):全ての因子がやや低い.
F群(プレなし,ポスト26名):因子2「研修の必要性」以外が低い.
プレアンケートでの群からポストアンケートでの群への群間の移動を図3に示した.
プレ-ポストでの群間の移動
プレアンケートの結果(表2)からは,No. 2「災害時の避難に備える必要を感じていますか?」,No. 6「災害時を想定した避難訓練は必要だと思いますか?」,No. 8「避難所の運営の訓練は必要だと思いますか?」などの項目は,肯定側に回答が偏っており,2年次生においても災害に備える気持ちは高いと考えられる.しかしながら,No. 1「災害が起きた際,落ち着いて行動できる自信はありますか?」,No. 3「災害時の避難所の様子をイメージできますか?」,No. 5「災害時に貢献できることがあると思いますか?」は否定的な回答が多く,自らの知識や準備が足りておらず,災害時に自分ができることはないと捉えている傾向がみられる.更に,No. 4「災害時のボランティアに参加したいと思いますか?」,No. 7「避難訓練があれば参加したいと思いますか?」,No. 9「避難所の運営訓練があれば参加したいと思いますか?」の様な自己研鑽への意欲もあまり見られず,当然ではあるが,災害時に自らが支援者になる意識は低いものと思われる.因子1「研修への参加意欲」および因子2「研修の必要性」は双方とも因子3「薬剤師の可能性」との相関係数が高い(表4)ことは興味深く,薬剤師の災害時の職能への期待は災害医療への学習意欲に繋がっているものと考えられる.一方で,因子4「個人の準備状況」は,他の因子1~3と相関係数が低く,常日頃から災害を不安視することは学習意欲に必ずしも繋がっていないことが示唆された.災害医療教育を行うに当たり学生のモチベーションを上げるために留意すべき点と思われる.
プレアンケートに基づくクラスター分析(表5)では,因子1「研修への参加意欲」の比較的低いB・C群,およびE群が多数派である.B・C群のうち約半数のC群は,因子2「研修の必要性」が高いことを踏まえると,災害時には受援者であればよい,という考えを有している可能性も懸念される.災害時の薬剤師の具体的な活動を知らしめることは,この層に対して自らは支援者となるという意識の転換と同時に学習意欲を高める効果が期待できる.
プレアンケートとポストアンケートを比較すると,多くの項目(No. 2–9, 12)で肯定的な回答が増加した(p < 0.0001,Fisherの正確確率検定,表2).前述の通り,ポストアンケートはHUGの実施後,教員によるフィードバック前に行っているので,教員のフィードバック(解説)が学生の意識に与えた影響はないと思われる.HUGを体験するだけで,因子1「研修への参加意欲」,因子2「研修の必要性」および因子4「個人の準備状況」を構成する要素が向上したことが示唆された.避難所運営をシミュレーションするHUGは専門的な解説がなくても学生の災害医療への意欲を向上させると思われる.反対に,因子3「薬剤師の可能性」は向上しない.HUGには薬剤師を始めとする医療従事者の専門性を具体的に問う場面は設定されていない.また,HUGの中で様々な公衆衛生上の問題は生じるが,今回HUGを実施した2年次生では医療・薬学的な専門知識を活用して問題解決に至るのは難しいと思われる.低学年での避難所運営シミュレーションがもたらす効果の限界と考えられる.また,No. 1「災害が起きた際,落ち着いて行動できる自信はありますか?」の項目はポストアンケートの方が否定的な結果を示す傾向が見られた(p = 0.1487,表2).実際の避難所の混乱をHUGにより模擬的に体験することで困難を感じ,自信を失ったものと思われる.自身の現時点での能力を正しく認識することは重要だが,学習のモチベーションが下がる懸念もあるので,災害時に発揮できる薬剤師の職能の認識の向上と合わせて,避難所での薬学・医療的な問題解決に取り組む次のプログラムが必要と思われる.
HUGを経験する前後での群の移動をみると,もともと災害医療への学習意欲の高いA~C群は,概ねポストアンケートの結果でも学習意欲の高いと考えられるA~C群に属している(図3).本群分けに用いている変数が相対値であること,およびアンケート項目の数値の上昇から考えると,この学生たちはHUGにより災害医療への学習意欲を更に伸ばしているものと考えられる.一方で,プレアンケートの時点で災害医療への学習意欲が低いE群は,HUGの後でも概ね災害医療への学習意欲の低いD,F群に属す傾向が高く,この層の学生に,災害医療の考えを習得させるには避難所シミュレーションを行うだけでは不十分であることが示唆された.
以上,本学では2年次生全員に対して,災害医療教育の一環として静岡県の開発した避難所運営ゲーム(HUG)を用い,本学キャンパスを避難所に見立てた避難所運営の机上シミュレーションを行った.HUGを経験するのみ,つまりHUGに関する教員によるフィードバック等がなくても,学生の災害医療に関する学習意欲は向上し,災害時における薬剤師,そして自分自身の取るべき行動を考えるきっかけになったと思われる.しかしながら,HUGをするだけでは,薬剤師が災害現場において担うべき役割を伝えることは出来ず,また,そもそもモチベーションの低い学生層に対しての効果も限定的なものとなった.HUGは,本学の実践例のように,比較的低資源で学生全員が経験できる効果的な学習法となり得るが,HUGのみで6年制薬学部にこれから求められる災害医療教育は成り立たないことを十分に留意するべきである.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.