2019 年 3 巻 論文ID: 2018-030
我々は,「薬剤師にフィジカルアセスメントを実践するための能力と自信を修得させる」ことを到達目標とした薬剤師のためのフィジカルアセスメント実技研修会を実施した.研修項目のうち心音,呼吸音,腸音,浮腫,対光反射について教育効果の解析を行ったところ,心音のアセスメント教育では,「アセスメント能力」および「アセスメント能力に対する自己評価」の両方において,十分な教育効果が得られていない結果となった.教育心理学に基づき対応策を検討した結果,「心音アセスメント」に関する教育の改善策として,心音アセスメントの実技研修を実施する前に「心音と心疾患との関係」についての導入講義を行い,受講者がアセスメント能力を模倣しやすい状態にすることが有効と考えられた.また,同様に自身の「アセスメント能力」に「自信」をもたせる方法を検討した結果,修得したアセスメント能力の精度を自己評価できる課題を受講者に課すことが有効であると考察した.
2010年の厚生労働省医政局長通知(医政発0430第1号)において,医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進が掲げられ,医療現場の薬剤師には他職種と連携して医療の質を向上させる能力が求められる時代となった.
フィジカルアセスメントの教育・訓練を行うためには,実技面での指導が行える医師または看護師と協力できる体制を整えることが理想的である.東北医科薬科大学(以下,本学)では2016年度より医学部が設立され,医師,薬剤師,大学教員が連携できる体制となり,理想的なフィジカルアセスメント研修会を実施できる組織となった.そこで,本学は大学が行う地域・社会貢献の一つとして,2016年度より薬剤師のためのフィジカルアセスメント実技研修会を開講する運びとなった.
我々は,学習者に質の高い教育を提供するためには,①教育理論に基づくカリキュラムの立案,②教育効果の評価と解析,③解析結果から抽出された問題点の改善,が必要と考えている.
2017年度に本学主催で実施した「第2回薬剤師のためのフィジカルアセスメント実技研修会」の企画では,Situational Leadership理論(以下,SL理論)1) の考え方を応用し教育カリキュラムの立案を行った.SL理論では,学習者の発達度を4段階(習熟度が低い,習熟度が中程度,習熟度が高い,自立性が高い)に分類し,各段階で指導者が学習者に行うべき適切な指導方法が提唱されている.この研修会では,SL理論の考え方を一部応用し,フィジカルアセスメント初心者である学習者が習熟度の高い状態に発達できることを目標としたカリキュラムを作成した.
また,理想的なレベルでフィジカルアセスメント能力を修得できたとしても,本人がその技術力に自信を持っていなければ,現場で修得した力を発揮することは困難となる.我々は,フィジカルアセスメントを行える薬剤師の育成には,「正確なアセスメント能力の修得」だけではなく「アセスメント能力への自信を持つ」ことも重要と考え,この2つを指標として教育効果の評価を行った.
本研究では,この研修の教育効果を評価・分析し,このカリキュラムの有効性および改善すべき課題について考察したので報告する.
2017年度に本学で開催した「第2回薬剤師のためのフィジカルアセスメント実技研修会」の受講者を調査対象者とした.受講生は全員,フィジカルアセスメント初心者で,薬剤師免許を有しており,病院または薬局において業務を行っている.この研修会は,入門編,応用編1,応用編2の3部で構成されており,3日間で全行程を終了するプログラムとなっている.今回,調査に協力して頂いた受講者は13人.本研究の調査期間は本研修会の開催日となり,入門編(2017年10月14日),応用編1(2017年11月25日),応用編2(2017年12月2日)である.
2.指導方法研修中の指導方法はSL理論を応用し立案した.SL理論では,学習者の発達度を4段階(習熟度が低い,習熟度が中程度,習熟度が高い,自立性が高い)に分類しているが1),我々は,研修終了時の受講生の能力が「習熟度が高い状態」に達していることを目標にした教育カリキュラムを作成した(表1).
場面 | 研修終了時の学習者の状態 | 教員の指導方法 | 研修内容 | 学習目標 |
---|---|---|---|---|
入門編 | 習熟度が低い | 指示型のリーダーシップ 指導者は学習者に対し,手技について実演・説明(指示行動)を行うが,学習者の技術内容に対する細かなアドバイス(援助行動)は抑え,学習者の知的好奇心を高める指導を行う. |
・心音,肺音,腸音の判別 ・浮腫の判別 ・血圧測定 ・脈拍測定 ・動脈血酸素飽和度測定 ・対光反射の判別 |
フィジカルアセスメントを体験する. |
応用編1 | 習熟度が中程度 | 説得型のリーダーシップ 指導者は学習者に対し,手技について実演・説明(指示行動)を行い,学習者の技術内容に対しても細かくアドバイス(援助行動)を与え,学習者に正しい技術を修得させる. |
・心音,肺音,腸音の判別 ・浮腫の判別 ・血圧測定 ・脈拍測定 ・動脈血酸素飽和度測定 ・対光反射の判別 |
フィジカルアセスメントの技術を修得する. |
応用編2 | 習熟度が高い | 参加型のリーダーシップ 指導者は学習者に手技について実演・説明(指示行動)を行わず,学習者の判断による体験を実施する(学習者の能動的判断と行動を推進させる).ただし,学習者の技術内容に対しては適宜アドバイス(援助行動)を与え,学習者に正しい技術を修得させる. |
・心音,肺音,腸音の判別 ・浮腫の判別 ・血圧測定 ・脈拍測定 ・動脈血酸素飽和度測定 ・対光反射の判別 |
フィジカルアセスメントの実施および正常・異常の判別が行える. |
アセスメント能力の評価にはフィジカルアセスメントモデルPhysiko(京都科学株式会社,京都市)4体を使用し,評価は各研修会の実技講習後に実施した.
受講者は4体全てをアセスメントし,正常・異常または浮腫のスケールについて判別を行った.受講者の判別結果は研修会終了後に教員が回収・集計し,算出された正答率をアセスメント能力として結果に表示した.
アセスメント能力=(正しく判別できたPhysikoの数/4)×100
調査項目① 心音の判別Physiko 4体のうち3体を異常心音(III音,IV音,心雑音)に設定し,受講者が各Physikoの心音について正しくアセスメントできるか評価した.なお,この調査では受講者が正常心音と異常心音を判別できるかを評価対象とし,異常心音(III音,IV音,心雑音)を正確に分別できるかは評価対象としなかった.
調査項目② 呼吸音の判別Physiko 4体のうち3体を異常呼吸音(捻髪音,水泡音,笛音)に設定し,受講者が各Physikoの呼吸音について正しくアセスメントできるか評価した.なお,この調査では受講者が正常呼吸音と異常呼吸音を判別できるかを評価対象とし,異常呼吸音(捻髪音,水泡音,笛音)を正確に分別できるかは評価対象としなかった.
調査項目③ 腸音の判別Physiko 4体のうち3体を異常腸音(減弱・停止,過剰,サブイレウス)に設定し,受講者が各Physikoの腸音について正しくアセスメントできるか評価した.なお,この調査では受講者が正常腸音と異常腸音を判別できるかを評価対象とし,異常腸音(減弱・停止,過剰,サブイレウス)を正確に分別できるかは評価対象としなかった.
調査項目④ 対光反射の判別Physiko 4体のうち3体を異常な対光反射(縮瞳,散瞳,左右非対称)に設定し,受講者が各Physikoの対光反射について正しくアセスメントできるか評価した.なお,この調査では受講者が対光反射の正常・異常を判別できるかを評価し,異常な対光反射(縮瞳,散瞳,左右非対称)を正確に分別できるかは評価対象としなかった.
調査項目⑤ 浮腫の判別4体のPhysikoに浮腫触診モデル(京都科学株式会社)を装着させ,受講者が浮腫レベルを判別できるかを評価した.浮腫レベルは1+から4+までの4種類を選択し,Physiko 毎に異なる浮腫触診モデルを装着した.
なお,研修項目には血圧測定,脈拍測定,動脈血酸素飽和度測定も含まれていたが,設備上の理由で客観的評価が行えなかったため,本研究での調査項目からは除外した.
4.アセスメント能力に対する自己評価受講者が自身のアセスメント能力に自信を持っているか確認するため,調査項目①から⑤について項目別に「アセスメント能力に対する自己評価」を行った.評価は評定尺度(図1)を使用し,各調査項目に対し「全くできない(0%)」から「患者さんに対して自信をもって一人でできる(100%)」の範囲で受講者自身に記入してもらった.なお,評定尺度への記入は各研修会終了後に行い,教員が統計解析を行った.
評定尺度の記入例
統計処理にはIBM® SPSS® Statistics Ver. 25.0を用いた.
解析結果は,平均値(MEAN)±標準偏差値(SD)として表示した.検定はWilcoxonの符号付順位検定を行い,P < 0.01を有意差ありとした.
6.倫理的配慮調査対象者には事前に研究目的について説明を行い,全員から調査協力への同意を文章で得ている.また,調査対象者には,「研究対象者から撤回・拒否があった場合は ,いつでも(研究の開始前あるいは研究開始後でも)研究対象者から除外すること」および「研究対象者等に経済的負担または経済的利益(謝礼)は発生しないこと」を伝えている.
本研究の実施については,東北医科薬科大学の倫理委員会の承認を得ている(受付番号2017-11,2017年10月12日承認).
教育効果の評価には評価基準が必要である.しかし,フィジカルアセスメントが実践できるようになるためには,どの程度のアセスメント能力とアセスメント能力への自信が必要か検証した報告はない.それ故,我々は便宜上の評価基準を定め,この研修における教育効果の評価を行うこととした(評価基準については,研究成果を基に今後議論する必要がある).本研究では,アセスメント能力の評価が 75% 以上であれば,当該調査項目に対するアセスメント能力があるとした.また,アセスメント能力への自己評価が 80% 以上であればフィジカルアセスメント能力に対する自信を得たとした.
1.正常心音・異常心音の判別心音の判別に関する教育効果を評価するために,応用編2の調査結果から「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」を指標にした二次元展開図を作成し,解析を行った(図2A).
「正常心音・異常心音の判別」の教育効果.A)「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」を指標にした二次元展開図(応用編2終了時の調査結果).※図中の点線(----)は到達目標レベルを意味している.B)「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」の推移.
その結果,受講生13人中到達目標としていた「アセスメント能力に対する自己評価80%以上,アセスメント能力75%以上」を達成できたのは1名のみで,「アセスメント能力に対する自己評価80%未満,アセスメント能力75%未満」で研修を終えた受講生は6人,「アセスメント能力に対する自己評価80%以上,アセスメント能力75%未満」は1人,「アセスメント能力に対する自己評価80%未満,アセスメント能力75%以上」は5人となり,「アセスメント能力に対する自己評価」および「アセスメント能力」の両方で教育効果の不調が認められた.
教育カリキュラムが奏効しなかった原因を探るため,受講者の「アセスメント能力に対する自己評価」および「アセスメント能力」の評価結果の推移を解析した.その結果,図2Bで示した様に,心音のアセスメント訓練を繰り返し行っても受講生の「アセスメント能力」が向上されていないことが明らかとなった.また,「アセスメント能力に対する自己評価」の程度は研修を重ねることにより増加していたが,その向上率は低く研修最終日でも到達目標レベルの80%に到達していないことが判明した.
2.正常呼吸音・異常呼吸音の判別呼吸音の判別に関する教育効果を評価するために,応用編2の調査結果から「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」を指標にした二次元展開図を作成し,解析を行った(図3A).
「正常呼吸音・異常呼吸音の判別」の教育効果.A)「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」を指標にした二次元展開図(応用編2終了時の調査結果).※図中の点線(----)は到達目標レベルを意味している.B)「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」の推移.
その結果,到達目標としていた「アセスメント能力に対する自己評価80%以上,アセスメント能力75%以上」を達成できた受講生は13人中6人で,その他7人の受講生は「アセスメント能力」が75%を越えていたが,「アセスメント能力に対する自己評価」は到達目標のレベルに達していないことが明らかになった.
呼吸音の判別に関するアセスメント能力の自己評価が上がらない理由を考察するため,入門編・応用編1・応用編2の受講者13人分の「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」の平均値を比較した(図3B).その結果,「アセスメント能力」は入門編終了時で既に到達目標レベル(75%)に達していたのに対し,「アセスメント能力に対する自己評価」は,入門編終了時に比べ応用編2終了時で有意(P = 0.001)に上昇していたものの,その上昇率は低く,我々が目標としているレベル(80%)に到達していなかった.
3.正常腸音・異常腸音の判別腸音の判別に関する教育効果を評価するために,応用編2の調査結果から「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」を指標にした二次元展開図を作成し,解析を行った(図4A).
「正常腸音・異常腸音の判別」の教育効果.A)「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」を指標にした二次元展開図(応用編2終了時の調査結果).※図中の点線(----)は到達目標レベルを意味している.B)「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」の推移.
その結果,到達目標としていた「アセスメント能力に対する自己評価80%以上,アセスメント能力75%以上」を達成できた受講生は13人中6人,「アセスメント能力に対する自己評価80%未満,アセスメント能力75%以上」は6人,「アセスメント能力に対する自己評価80%以上,アセスメント能力75%未満」は1人であった.
腸音の判別に関するアセスメントで,「アセスメント能力に対する自己評価」が高まらない理由を考察するため,入門編・応用編1・応用編2の受講者13人分の「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」の平均値を比較した(図4B).その結果,「アセスメント能力」は入門編終了時で既に到達目標のレベル(75%)に達しており,「アセスメント能力に対する自己評価」も入門編終了時に比べ応用編2終了時で有意(P = 0.001)に上昇していたが,その上昇率は低く,我々が目標としているレベル(80%)に到達していなかった.
4.浮腫の判別浮腫の判別に関する教育効果を評価するために,応用編2の調査結果から「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」を指標にした二次元展開図を作成し,解析を行った(図5A).
「浮腫の判別」の教育効果.A)「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」を指標にした二次元展開図(応用編2終了時の調査結果).※図中の点線(----)は到達目標レベルを意味している.B)「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」の推移.
その結果,到達目標としていた「アセスメント能力に対する自己評価80%以上,アセスメント能力75%以上」を達成できた受講生は13人中4人,「アセスメント能力に対する自己評価80%未満,アセスメント能力75%未満」で研修を終えた受講生は3人,「アセスメント能力に対する自己評価80%以上,アセスメント能力75%未満」は1人,「アセスメント能力に対する自己評価80%未満,アセスメント能力75%以上」は5人となり,「アセスメント能力に対する自己評価」および「アセスメント能力」の両方で教育効果の不調が認められた.
教育カリキュラムが奏効しなかった原因を探るため,入門編・応用編1・応用編2の受講者13人分の「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」の平均値を比較したところ(図5B),アセスメント能力の上昇が研修進度と相関していないこと,および「アセスメント能力に対する自己評価」は入門編終了時に比べ応用編2終了時で有意(P = 0.001)に上昇していたが,我々が目標としているレベル(80%)に到達していないことが明らかになった.
5.対光反射の判別対光反射の判別に関する教育効果を評価するために,応用編2の調査結果から「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」を指標にした二次元展開図を作成し,解析を行った(図6A).
「対光反射の判別」の教育効果.A)「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」を指標にした二次元展開図(応用編2終了時の調査結果).※図中の点線(----)は到達目標レベルを意味している.B)「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」の推移.
その結果,到達目標としていた「アセスメント能力に対する自己評価80%以上,アセスメント能力75%以上」を達成できた受講生は13人中10人であった.「アセスメント能力に対する自己評価80%未満,アセスメント能力75%以上」に該当する受講生が3人いたが,入門編・応用編1・応用編2の受講者13人分の「アセスメント能力に対する自己評価」と「アセスメント能力」の平均値を比較したところ(図6B),対光反射の判別に対する自己評価は,入門編終了時に比べ応用編2終了時で有意(P = 0.003)に上昇しており,応用編2終了時における「アセスメント能力に対する自己評価」も我々が目標としているレベル(80%)越えていた.これらの結果から,対光反射のカリキュラムは教育効果が高い内容になっていると判断した.
評価には,教員が学習者に対して行う評価と教員が教育内容に対して行う評価がある.学習者に対して行う評価には総括的評価と形成的評価があり,総括的評価は最終成果に対する意志決定のために行う評価である(例:入学試験や卒業試験など).形成的評価とは,学習者が習得できていない知識や技術を把握するための評価で,学習者へのフィードバック(再教育)を行うために行う評価である.大学などで単位認定のために行われる定期試験は分類上,総括的評価に含まれるが,定期試験による評価の本質は学習者の優劣や合否を判定するために行うものではなく,学習者の習得できていない知識・技術を教員が認知し,未習得者に対し適切な再教育を行うための形成的評価としての意味が多分に含まれる.
一方,教員による教育内容の評価は内容の適切性や教授錯覚の発生状況を把握するために行われる.教授錯覚とは教員が「教えたことを学習者が全てよく理解し得た」 と勘違いする状態のことで,教授錯覚の発生は教育効果を著しく低下させることが知られている2,3).そのため,質の高い教育を実践するためには教授錯覚の発生防止が不可欠となる.
フィジカルアセスメントはこれからの薬剤師に必要とされる能力であり,医・薬学教育を担う本学には質の高いフィジカルアセスメント教育を現場で働く薬剤師の方々に提供する責務がある.我々は「第2回薬剤師のためのフィジカルアセスメント実技研修会」について調査を行い,この研修内容は我々が目標として掲げた「受講者に,薬剤師として必要なフィジカルアセスメント能力とフィジカルアセスメント能力に対する自信を修得させる」の達成に適切な内容であったか評価・解析し,教育効果が不十分な項目については,対応策を検討した.
「アセスメント能力」の教育効果について検証したところ,心音および浮腫を判別する能力が到達目標レベルに達していなかった(図2,図5).
「心音の判別」では,アセスメント訓練を繰り返し行っても受講生のアセスメント能力が向上されておらず(図2B),「アセスメント能力」の教育が奏効していないことが明らかになった.「技術の修得」は,その技術に関わる知識を理解できていることが前提となって遂行されることから4),「心音の判別」に関する教育の改善策として,「アセスメント能力」の実技研修を実施する前に「心音と心疾患との関係」についての導入講義を行い,受講者がアセスメント能力を模倣しやすい状態にすることが有効と考えられた.一方,「浮腫の判別」では「アセスメント能力」が入門編に比べて応用編1で低下し,応用編2で再び上昇するといった研修の進度と相関性がない変化を示していた(図5B).入門編と応用編2では浮腫の判別能力が到達目標に近いレベルに達していることから,応用編1で起こった教育効果の低下がカリキュラム上の不備に起因する可能性は低いと考えられるが,教育効果が低下した理由を論理的に説明するデータがなく,原因を明らかにすることはできなかった.
また,全ての調査項目で「アセスメント能力に対する自己評価」が到達目標レベルに達していない学習者が発生しており,自信をもたせるための教育内容には改善の必要があると判断された.
自信は自尊心に関わる因子の1つに分類されていて,自尊心の低下が自信の低下を招くことが証明されている5).この心理学的研究報告によると,「知る(知識を得る)」と「自尊心向上」との関連性は低く,「できる(技術)」と「自尊心向上」との関連性は高いとされており,学習者に自信をつけさせるためには「知識を教授する」ことより,「成功体験を重ねさせる」ことの方が効果的であると述べられている.我々は,「アセスメント能力に対する自己評価」が到達目標レベルに達しない理由として,受講生が「アセスメント能力を正しく修得できていること」を認知できていないことが原因と考え,その対応策として,受講者に修得した技術の精度を自己評価できる課題を与え,学習者の解答に対し,正解の発表と教員からのフィードバックを適宜行うことが有効と考えられた.
上記に挙げた問題点の改善策は,次回の「薬剤師のためのフィジカルアセスメント実技研修会」に反映させ,修正した研修内容の適切性についても評価を行い,教育内容の質を向上させていく予定である.
また,新しい教育手法を考案する場合,その有効性を予想できる教育理論が必要となる.今回我々は,SL理論で述べられている学習者の発達度に応じた指導方法の考え方を応用し,薬剤師のためのフィジカルアセスメント実技研修会のカリキュラムを立案した.受講生のアセスメント能力は研修によって概ね上昇していることから,今回の研修において,SL理論は効果的に作用していると推察される.しかし,心音や浮腫のアセスメントでは十分な教育効果が得られていないことや,研修会の教育効果についての再現性を確認していないこと等から,SL理論に基づく教育効果の有効性を証明するためには,今後も調査を継続し,客観的な評価を行う必要があると考えている.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.