2019 年 3 巻 論文ID: 2019-016
講義は大人数に多くの情報を系統的に提供できる授業法であるが,一方的な知識の伝授となると学生の集中力も,興味も続かないことが多い.チーム基盤型学習(team-based learning: TBL)は1人の教員が大教室で100~200人の学生を対象に授業する際,効果的に少人数グループ学習をさせることができる教育方略で,予習,個人テスト,グループテスト,アピール,フィードバック,ピア評価の6つのステップがある.すべてを導入するのは困難だが,その仕掛けを活かして,アクティブ・ラーニングを実践したい教員のために,医学科3年生100人を対象とした「アレルギー」の60分講義を紹介する.4選択肢択一の形式でアレルギーについて基本的な知識を問う問題10問,難易度を上げた症例問題10題を準備する.それぞれ各自解答後,グループで相談しスクラッチカードを用いて解答する.スクラッチカードを使うことで学生はその場で解答の正誤を知り,正答に到達するまで自分たちのペースで議論することができる.個人テスト,グループテストを基本問題,応用問題の2種類で実施したため,60分ではフィードバックの時間を取ることができず,改善すべき点もあるが,複数の学生が能動的に学習できたと感想を述べており,有用な方法であると考えた.
医学部の授業は解剖学,微生物学,生化学などの基礎医学と内科学,外科学などの臨床医学に大別されるが,臨床医学の授業を担当するのは主に大学病院で診断・治療を行う医師(臨床医)である.臨床医は外来診察室や病室で患者さんやご家族と話しをするプロではあるが,大教室で100~200人の学生を対象に話をするのは別の話で,講義に苦手意識を持つ臨床医は少なくない.学生の興味が続くよう途中で動画を流したり,教室を暗くせず板書したり,教室の中を歩いて寝ている学生を起こしたり,いわゆる「一方的な知識の伝授」にならないよう様々な努力しているが,すべての教員がカリスマ講師になれる訳ではないと感じている.
近年,1人の教員が大教室で実施可能な教育方法としてチーム基盤型学習(team-based learning: TBL)が多くの大学で導入され,その有用性が数多く報告されている1–5).TBLは授業前の個別学習(予習),授業中の個人テスト(Individual Readiness Assurance Test: iRAT),チームテスト(Team Readiness Assurance Test:tRAT;Group RAT:gRATと呼ばれることもある),アピール,フィードバック,ピア評価の6 つのステップから構成される.予習とピア評価がTBLの“キモ”であるが,学外講師として単回の授業を担当する場合や,系統講義のなかの1~2回の授業を担当するときは,前もって学生に予習教材を配布するのが困難であったり,ピア評価に対する学生の慣れが不明だったりして,Full versionのTBLを実施するのが困難な場合も少なくない.ここでは大教室での講義が苦手な教員でもすぐできる,iRATとスクラッチカードを用いたtRATを取り入れた授業の実践を紹介する.
Y大学医学科3年生100人(階段教室)
講義タイトルアレルギー.内科学「アレルギー・膠原病の病態と疾患」(60分×15回.授業前,授業後の学修時間を合計して1単位※)の中の1回(60分).学外講師として担当.
学修目標(『モデル・コア・カリキュラム』※※におけるアレルギー性疾患の学修目標)①主要な全身性アレルギー性疾患の分類と特徴を概説できる.
②アナフィラキシーの症候,診断と治療を説明できる.
③食物アレルギーの種類,診断と治療を概説できる.
授業の準備1)スクラッチカードの準備:インターネットでスクラッチカード(Immediate Feedback Assessment Technique: IF-AT forms, Epstein Educational Enterprises, Cincinnati, OH)6) を購入した(図1).選択肢の数(4択,5択),問題数(10,25,50)を選び購入することができる.2019年3月時点,4択-10問,500枚(5種類)で約150ドル(送料込み)である.輸入しなくても印刷会社に作成を依頼してもよいし,自作も可能4) である.
スクラッチカード
2)問題作成:準備したスクラッチカードに合わせて4者択一の基礎問題10題と応用問題10題を作問する.基礎問題は学修目標に沿った知識を問う問題で,臨床実習前共用試験※※※のレベルとする.応用問題はなるべく症例問題とし,医師国家試験やアレルギー専門医試験のレベルとする.スクラッチカードの正答肢に合わせて選択肢の順番を変える.
【用語の説明】※単位:大学設置基準第二十一条による授業科目の単位.「一単位の授業科目を45時間の学修を必要とする内容をもつて構成することを標準とし,授業の方法に応じ,当該授業による教育効果,授業時間外に必要な学修等を考慮して,次の基準により単位数を計算するものとする.講義及び演習については,15時間から30時間までの範囲で大学が定める時間の授業をもつて一単位とする.」と記載されている.
※※モデル・コア・カリキュラム:大学が策定する「カリキュラム」のうち,全大学で共通して取り組むべき「コア」の部分を抽出し,「モデル」として体系的に整理したもの.各大学の学修時間数の3分の2程度はモデル・コア・カリキュラムを参考とし,残りの3分の1は各大学が自主的に編成する.http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2017/06/28/1383961_01.pdf
※※※臨床実習前共用試験:4~5年生で始まる臨床実習の前に医学生が受験する試験.知識の評価のためのコンピュータを用いた客観試験と態度・技能の評価のための客観的臨床能力試験がある.
授業タイムスケジュール(表1)授業の目標を説明した後,基礎問題用紙(図2)を配布する.教科書をしまって各自解答する(iRAT).その後5~6人でグループを作る(授業担当の先生や事務部門に,グループ分けとグループごとに座るよう依頼しておくと時間の節約になる).グループで相談しスクラッチカードを用いて解答する(tRAT).この時は教科書など資料の利用は自由とする.スマホで検索する学生が多い(図3).10分経ったところで,全問解答したかを確認し,終わっていないグループがいる場合は2~3分延長してグループワークを終了する.スクラッチカードの採点は1回目で正解5点,2回目で正解2点,3回目で正解1点,4回目で正解0点とする.各グループの点数を確認後,応用問題用紙(図4)を配布する.基礎問題と同様に,各自解答後,グループで解答する.最後に各グループの点数を確認し,大学指定の感想カード(出席確認を兼ねている)に「問題の文言がわかりにくい,内容が難しすぎる,教科書の内容と違っている」などの意見を書くよう説明して終了する.
1 | 今日の授業の目標 | 3分 | |
2 | アレルギー基礎問題(10問) | 各自解答 | 10分 |
グループで解答 | 12分 | ||
各グループの点数確認 | 5分 | ||
3 | アレルギー応用問題(10問) | 各自解答 | 10分 |
グループで解答 | 15分 | ||
各グループの点数確認と解説 | 5分 |
アレルギー基礎問題用紙(全10問 2ページ中の1ページ目)
スマートホンで調べる学生
アレルギー応用問題用紙(全10問 2ページ中の1ページ目)
学生の感想の一部を表2にまとめた.グループワークの力を実感した学生が多く,能動的学習を楽しんだことがわかる.予習の必要性に言及した学生もいた.正解できなかった問題についての解説の希望も複数あった.
グループワーク | ・1人でやったら全然わからなかったですが,グループでやったら正解が多くなりました. |
・わからない問題もありましたが,みんなで考えることで正解できる問題もたくさんありました. | |
・このようなグループワークの授業だと能動的に参加できてよかったです. | |
・TBLたのしいですね!講義形式の授業も好きですが,たまにやると友だちと考えを共有できてすごくいいです.応用のほうは難しかったけど,みんなでがんばりました! | |
・これからのチーム医療に必要な力だと思います.一人で解き進めていくよりも理解が深まりました. | |
アクティブ・ラーニング | ・聞くだけよりも理解が深まった |
・activeな勉強というものを実感した. | |
・結構むずかしかったです.普段受け身でしか授業をうけていなかったので,今回の授業で主体的に勉強できてよかったです. | |
・アレルギーについて自主的に勉強できてよかった. | |
問題の難易度 | ・遺伝形式が難しかった.問題の解説の説明やプリントがあると分かりやすいと思う. |
・遺伝形式が分からなかった.もう少し情報が欲しいと思った.全体的な難易度は適切であったと思う. | |
改善点 | ・グループ学習は非常に楽しく学べたが,事前の予習ができればもっと効果があった気がした. |
・予習していない分,分からなかった問題を調べる手段がはっきりしていない.成績に反映さえない分,モチベーションが低い. | |
・臨床問題については少し解説が欲しいと思う. | |
・みんなで考えて答えを出す過程が面白かった.最後にその疾患に関して少し説明してほしかった. |
講義は大人数に多くの情報を系統的に提供できる授業法であるが,効果的な講義を行うためにはさまざまな工夫が必要である7–9).講義の構造について菊川らは表3のような構成と工夫を提案している9).今回紹介した授業は展開の部分にiRATとスクラッチカードを用いたtRATを取りいれたもので,講義に慣れない教員でも比較的簡単に実施することができる.
導入 | 学修目標の提示 | |
事前の知識の活性化 | ||
展開 | 知識・情報の伝達 | 介入として討議・対話・ハンドアウトに記入 |
問題や事例の提示 | ||
要約 | 理解の確認 | 導入時に提示された目標と照らし合わせる |
今後の学修への繋がりの説明 | 小テストの実施 |
菊川ら9) の表を一部改変
多選択肢択一の問題では1問1分の設定が標準とされているが,iRATで個別に解答すると10問を5~6分で終えてしまう学生が多い.しかしtRATでスクラッチカードを使うと,教科書を開く学生,ネットで検索する学生など,学生どうしで議論が始まり,全問正解をめざし10分以上かかる.スクラッチカードを使うことで学生はその場で解答の正誤を知り,正答に到達するまで自分たちのペースで議論することができる.スクラッチカードではなくe-LearningのオープンソースであるMoodleを用いたTBL10) や「双方向対話型教育支援システムLENON®」を使ったTBLの報告もあるが,スクラッチカードはICT(Information and Communication Technology)環境が整っていない教室でも気軽に使うことができる利点がある.デジタルネイティブの学生たちには10円玉で削るスクラッチカードは意外と好評である(削りカスの掃除が必要だが).
授業構築における困難点とこの方法の欠点グループ学習が盛り上がるような,適度に難しい応用問題の作成が一番の難所である.学生が復習できるよう問題用紙は回収しないので,毎年新しい問題を作らなくてはならない.また学生の感想にもあったように,60分の授業時間では,アピールやフィードバック(解説)の時間をとることができず,学生の質問に回答することができない.
医療の教育分野で広がっているTBLの一部である個人テスト,グループテストを取り入れた授業を紹介した.グループテストにスクラッチカードを用いるとその場で正解にたどり着くことができ,より能動的な学習が可能となると考えた.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.
《参考資料》基本的な授業デザインを学べるホームページ
「成長するティップス先生Ver1.2-名古屋大学版ティーチングティップス」(図5)
成長するティップス先生