2019 年 3 巻 論文ID: 2019-021
佐賀大学ではアクティブ・ラーニングを中心とした教育改善に取り組んできた.2001年にハワイ大学と提携してPBL(Problem-based Learning:問題基盤型学習)を導入し,2008年にはPBLを半減させてDuke-NUS(Singapore)大学方式のTBL(Team-based Learning:チーム基盤型学習)を併用し,さらに2016年にはTBLを廃止してCBL(Case-based Lecture:症例基盤型講義)とPBLの併用へと転換した.それは,受動的学修から能動的学修への転換の壁,学生の網羅的な知識基盤の構築と問題解決能力養成のバランス,運営コストに対する学習効率の問題に対処するための取組であった.本論ではこれらの経緯を総括し,医学教育におけるアクティブ・ラーニングの課題と展望を述べる.
日本の医学教育において,いわゆるアクティブ・ラーニング(Active Learning:以下AL)が意識的に実践されたのは,1990年代後半のPBL(Problem-based Learning:問題基盤型学習)の導入であろう.PBLは,症例シナリオに含まれる症例の問題点から学習課題を学生自身が見出し,グループ討論を通して学生が主体となって学習を進めていくことを促す教育法である.1960年代のカナダ・McMaster大学医学部での導入を鏑矢とし1),その後,世界的に普及する過程でさまざまな方法に分化を遂げた.
日本では当初,東京女子医大や岐阜大学などの一部の医学部による先進的な試みであったが,2001年に発表された医学教育の全国的ガイドラインである「医学教育モデル・コア・カリキュラム」2) によって推奨されたことで,急速に普及した.それは単に新たな教育法の導入にとどまらず,「知識を詰め込むことを中心に行われてきたこれまでの教育方法から,生涯にわたり自ら課題を探求し,問題を解決していく能力を身につけられるような,学生主体の学習方法に積極的に転換する」2) とされるように,教育の構造的な転換を期したものであった.
しかしPBLは急速に普及したものの,様々な要因により2000年代後半には失速し始め,2010年代にはPBLに代わってTBL(Team-based Learning:チーム基盤型学習)3) を活用する大学が増えてきた.TBLは,症例シナリオを用いたグループ討論を軸とした教育であるが,事前の学習課題によって修得した基礎知識の応用による問題解決に重点が置かれている.
2010年代になると,教育改革の方向性は「アクティブ・ラーニング」という包括的な観点から捉えられるようになった.アクティブ・ラーニングとは「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり,学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称.学修者が能動的に学修することによって,認知的,倫理的,社会的能力,教養,知識,経験を含めた汎用的能力の育成を図る.発見学習,問題解決学習,体験学習,調査学習等が含まれるが,教室内でのグループ・ディスカッション,ディベート,グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である.」4) とされる.このような観点から言えば,医学教育は,PBLやTBLを導入するはるか以前から,様々な実験や実習(基礎系実習,臨床実習),討論形式の講義など,ALとなりうる学修活動の機会を豊富に持っていたことになる.ところが,それらを通じて学生の頭と心を能動的にさせきれていないという問題を省みることにもなった.
2010年代後半には,「国際標準に基づく医学教育の分野別認証評価」への対応を軸として,医学教育改革が進むことになった.国際標準に適合させるには,各大学医学部が自大学の使命から目指す学修成果を定義し,そこに到達できる教育過程を段階的に設定するとともに,各学修段階で学生の能力を客観的に測定することによって,学生の学修を導くことが求められる.そのためには,カリキュラム全体としてアクティブ・ラーニングの構造を把持し,教育者と学修者が学修成果と学修過程を共有していることが求められるようになった.
このような教育観の変遷の中で,佐賀大学ではALを中心とした教育改善に取り組んできた.2001年にPBLを導入し,2008年にはPBLを半減させてTBLを併用し,さらに2016年にはTBLを廃止してCBL(Case-based Lecture:症例基盤型講義)へと転換した.これらは欧米の医学教育先進国の教育方法を取り入れつつ,自学の教育環境に即した教育方法の開発を試みたものである.本論ではこれらの経緯を総括し,ALの課題と展望を述べる.
佐賀大学では,1990年代後半から臨床実習前の4年次学生を対象とした臨床推論の教育を,症例を用いてグループ討論を行うなどの取り組みをしてきたが,PBLをカリキュラムの主軸と位置付け,導入したのは2001年のことである.ハワイ大学John A. Burns School of Medicineと提携し,3・4年次の「臨床医学」課程に導入した(図1).「臨床医学」課程は機能系統別に統合した12のユニットで構成されており,すべてのユニットにおいてPBLを教育方略の要として位置付け,週に1症例のペースで,計55の症例シナリオを導入した(表1).
佐賀大学医学部カリキュラム概要
2001年 「臨床医学」課程にPBL(55症例)を導入
2008年 PBLを削減(29症例へ)しTBL(58症例)を併用
2016年 PBL(22症例)とCBL(50症例)を併用しTBLを廃止
*臨床実習後OSCE(Objective Structured Clinical Examination),総括講義
ユニット名 | 週数 | 2001– | 2008– | 2016– | |
---|---|---|---|---|---|
Unit 1 | 地域医療 | 3 | PBL | PBL | PBL |
Unit 2 | 消化器 | 5 | PBL | PBL | PBL |
Unit 3 | 呼吸器 | 4 | PBL | PBL | PBL |
Unit 4 | 循環器 | 5 | PBL | PBL | PBL |
Unit 5 | 代謝内分泌・腎泌尿器 | 6 | PBL | TBL | CBL |
Unit 6 | 血液・腫瘍・感染症 | 5 | PBL | TBL | CBL |
Unit 7 | 皮膚・膠原 | 4 | PBL | TBL | CBL |
Unit 8 | 運動・感覚器 | 6 | PBL | TBL | CBL |
Unit 9 | 精神・神経 | 5 | PBL | TBL | CBL |
Unit 10 | 小児・女性 | 6 | PBL | PBL | PBL |
Unit 11 | 救急・麻酔 | 3 | PBL | TBL | CBL |
Unit 12 | 社会医学 | 7 | PBL | PBL | PBL |
ハワイ大学方式のPBLは,図2で示したように,小グループで症例を討論し学習課題を抽出するStep 1,抽出した学習課題に基づいて自己学習を行うStep 2,小グループで学習成果を共有し,再度症例に適用して問題を解決するStep 3からなる5).PBLユニットの代表的スケジュールを表2に示す.
佐賀大学のPBL,TBL,CBLセッションの構成
PBLは学生主導の教育で,グループを担当したテューターは教えるのではなく討論を促進し導く.
TBLやCBLは教員主導的な側面が強い.グループにテューターは配置せず,教員1名でもグループ討論・全体討論を指導する.
月 | 火 | 水 | 木 | 金 | ||
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1週 | 午前 | 講義 | PBL1 Step 1 | 講義 | 講義 | PBL1 Step 3 |
午後 | 講義* | |||||
2週 | 午前 | 講義 | PBL2 Step 1 | 講義 | 病理学実習 | PBL2 Step 3 |
午後 | 講義* | |||||
3週 | 午前 | 講義 | PBL3 Step 1 | 講義 | 講義 | PBL3 Step 3 |
午後 | 講義* | |||||
4週 | 午前 | 講義 | PBL4 Step 1 | 講義 | 病理学実習 | PBL4 Step 3 |
午後 | 講義* | |||||
5週 | 午前 | 講義 | 講義 | 講義 | 試験 | |
午後 | 講義 |
内訳:講義42 hr,病理学実習6 hr,PBL 24 hr・4症例,自己学習63 hr
*2010年以降は毎週水曜の午後を臨床技能訓練(実習)とした.
Step 1での症例を用いたグループ討論は,表3のフォーマットに従って進めていく.グループ討論には,各グループに教員1名をテューターとして配置している.まず症例シナリオの1頁目に示された患者情報の中から,重要な事実(Fact)を列挙する.その事実が意味する病態を推測し,考えられる診断仮説をもれなく形成する(Hypothesis).ついでその仮説を検証し,鑑別疾患を除外するために必要な患者情報(Need to Know)を検討してシナリオの2頁目へと進む.症例シナリオは「患者プロフィール」「病歴」「診察所見」「検査所見と診断」「治療とその後の経過」といった構成となっており,順次開示される情報に従って同様の作業を繰り返して,診断,治療方針までを検討する.
Fact | Hypothesis | Need to Know | Learning Issue |
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34歳女性 昨日より38°C発熱 腰痛,関節痛,頭痛 解熱剤を3度服用 |
上気道炎 扁桃炎 インフルエンザ 尿路感染 髄膜炎の合併は? |
扁桃炎の既往は 頻尿・排尿痛は バイタルサイン 咽頭の視診 リンパ節腫脹の有無 呼吸音異常は 排尿痛の有無 CVA叩打痛は 髄膜刺激症状の有無 水分摂取量 |
Biological 発熱のメカニズム Clinical 発熱の鑑別疾患 髄膜刺激症状の見方 脱水の診察 Populational 尿路感染の頻度 Behavioral 発熱時の対処行動 |
その際,問題解決に必要な学習課題を学生が列挙するが,テューターは課題が臨床医学的(Clinical)分野だけでなく,基礎医学的(Biological),疫学的(Populational),そして行動科学的(Behavioral)分野まで網羅するよう配慮する.この討論のフォーマットによって,事実と解釈を区別すること,そして事実から仮説を形成し,根拠をもって検証していく臨床推論の訓練が行われていく.
ただし,このようなグループ討論は,PBLにとって学習のトリガーに過ぎず,その主目的は自己学習を学生主体で行うことにある.そのためにはStep 1で抽出した学習課題に即したStep 2の自己学習や,Step 3後の発展的な自己学習のための時間が十分に確保されなければならない.そこで佐賀大学では2007年まで1,500時間以上行っていた「臨床医学」課程の系統講義を,700時間以下にまで削減した.
PBLユニットの成績判定はユニット末に実施する試験で行うが,MCQ(Multiple Choice Question:多肢選択式問題)50問だけでなく,症例を用いたMEQ(Modified Essay Question:変形論述試験)5~10問を用い,症例に基づく問題解決の思考を問う.PBL中のテューターによる評価や学生の自己評価は形成的評価としてのみ使用し,総括的評価としては使用しなかった.
2.PBLの問題点と対応このようにハワイ大学方式PBLの忠実な再現を目指した佐賀大学であったが,運営が軌道に乗るころには大きな問題に直面した6).
①活発化しないグループ討論と表層的な自己学習それはStep 1にせよStep 3にせよ,症例に基づいて学生主体の討論を促しても,その中身がなかなか深まらなかったことである.症例の情報は徐々に開示されるとはいえ,診断や治療方針作成に必要な事実は過不足なくシナリオに埋め込まれているため,慣れてしまえばキーワードから鑑別疾患と治療方針を容易に連想し得たからである.また,これは学生の取り組む姿勢の問題もあったが,十分な知識や臨床技能がないだけに,事実の見方や病態の推論も深まりようがないという面もあった.
Step 3で学生が発表する自己学習内容も,安易なテキストやウェブサイトを引用した表層的なものが目立った.さらには,年度を重ねてPBLで学んだ学生が臨床実習に出ても,特段に臨床推論に長けているとは感じられず,むしろ学習の個人差や学習内容の偏り等の欠陥が目立つようになった.
そこで佐賀大学では,小グループで症例討論を行うStep 1の前に,その週のPBLで扱う症候を提示し,症候論に関する事前学習課題に取り組ませる“Step 0”を設定した.そして,討論を活性化・深化させるためには,討論を学生に委ねるばかりではなく,テューターが積極的に介入してグループ討論を刺激し誘導する必要があると判断した.そのためテューターにはPBLのテーマに関連した専門家をできるだけ配置し,非専門家も専門家同様の指導を行えるよう,テューターガイドに工夫を重ねた.
②多大な教育運営コストもう一つの問題点は,PBLカリキュラムを運営するために必要なリソースの多大さであった.2学年210名前後の学生を6~7人の小グループに分け,それぞれにテューターを配置するためには,年間230名余りの教員を動員する必要があった(表4).これは学生一人当たりの教員数がハワイ大学の1/3程度しかいない佐賀大学にとっては大きい負担であった.ハワイ大学では機能系統別ユニットの主要な領域のみを対象にPBLを実施しているのに対し,佐賀大学では全領域に同じようにPBLを適用していたことも人的負担の原因となっていた.
~2007年度(PBL) | 2008年度~(PBL + TBL) | |
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使用症例数 | 55症例 | 87症例 |
・PBL | 55 | 29 |
・TBL | 0 | 58 |
必要教員数 | 231人 | 121人 |
またPBLに要する時間(Step 1,Step 3自体は2~3時間であるが,実施する時間帯はテューターの都合により決まるため,週2日をPBLのために空けておかねばならない)やスペース(PBL用の小部屋)の確保もスケジュール調整上の重荷になっており,印刷費・消耗品等の費用負担も決して軽くはなかった.
そこで症例を用いたグループ討論を軸とした教育で,知識基盤の構築と問題解決への応用とのバランス,運営コストの軽減を図る教育の在り方を模索した.そこで出会ったのが,TBLであった.当時TBLは日本ではほとんど普及していなかったため,佐賀大学はTBLの先進的実践校であるDuke-NUS(Singapore)大学へ調査チームを派遣し,システムを学び取った.
TBLは症例シナリオを用いた小グループ討論を用いることはPBLと共通しているが,事前学習によって習得した基礎知識を応用した問題解決学習に重点が置かれていることに特徴がある.事前学習を確実に行わせる仕掛けをRAT(Readiness Assurance Test:準備確認テスト)として組み込み,応用課題において学生が取組むべき問題をシナリオの中に組み込んでおく(図3).これらにより,グループ毎にテューターを配置せず,教員1~2名でグループ討論と全体討論の進行が可能となり,効果的・効率的に学修目標へと学生を導くことができる7).PBL室のような小部屋も必要なく,講義室や基礎系実習室など既存の施設で実施可能である.
TBL応用課題例
PBLと比較してシナリオは簡潔であり,討論すべき課題が事前に設定されている.
佐賀大学ではそのプロセスを以下のように設定した(図2).Step 1は事前の自己学習であり,扱うテーマや学習教材を1週間前までにe-learning上に提示した.Step 2は準備確認プロセス(60分)で,小テストによる知識確認である.10問程度のMCQを個人で行うI-RAT(Individual-RAT)の後に,同じ問題をグループで回答するG-RAT(Group-RAT)を行う.Step 3は応用課題(90~120分)で,症例を用いたグループ討論と全体討論,教員による補足講義を行った.
TBLは事前にテーマを指定するため,Step 3応用課題として提示される症例も,あらかじめ診断名が予測できる場合が多い.そのため診断推論の訓練にはならないのではないかと懸念されたが,その疾患と診断できる根拠や,他の疾患や治療方針を除外できる根拠は何かといった推論訓練は問題なく可能であり,むしろPBLで見られた“診断名当て連想ゲーム”とはならなかった.また事前学習を行っているためにPBLでは困難であった治療方針の詳細な検討も十分に可能であった8).
このようなTBLを,「臨床医学」課程12ユニットのうち6ユニットでPBLと差し替えて採用した(表1).一方で,地域医療,消化器,呼吸器,循環器,小児・女性,社会医学といったコア領域はPBLのまま残した.TBLユニットのスケジュールとしては週2回TBLセッション(Step 2 + Step 3)を実施した(表5).その結果,表4のように,グループ討論に用いる症例数は「臨床医学」課程全体で55症例から87症例へと増加させつつ,運営に必要な教員数は231人から121人まで減少させることができた.
月 | 火 | 水 | 木 | 金 | ||
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1週 | 午前 | 講義 | 講義 | 講義 | 講義 | TBL2 |
午後 | TBL1* | 臨床技能訓練 | 講義 | |||
2週 | 午前 | 講義 | 講義 | 講義 | 病理学実習 | TBL4 |
午後 | Unit-CBT① | TBL3 | 臨床技能訓練 | 講義 | ||
3週 | 午前 | 講義 | 講義 | 講義 | 講義 | TBL6 |
午後 | TBL5 | 臨床技能訓練 | 講義 | |||
4週 | 午前 | 講義 | 講義 | 講義 | 病理学実習 | TBL8 |
午後 | Unit-CBT② | TBL7 | 臨床技能訓練 | 講義 | ||
5週 | 午前 | 講義 | 講義 | 講義 | 試験 | |
午後 | 講義 | 講義 |
内訳:講義75 hr,病理学実習6 hr,TBL(CBL)24 hr・8症例,臨床技能12 hr,試験3 hr,自己学習36 hr
*TBLセッションは,Step 2準備確認プロセス(60分),Step 3応用課題(90~120分)で構成.
このようにTBLによって従来のPBLの弱点を補いつつ,一方でPBL・TBLのユニットに関連した基本的臨床技能(医療面接,基本的身体診察,基本的検査・手技等)の訓練を週半日のペースで,2年間にわたって継続的に行うプログラムを導入した.
従来の基本的臨床技能訓練は,臨床実習開始直前の4年次末に3週間程度の短期集中プログラムで実施してきたが,技能の習得が数週間でなしうるわけもなく,臨床実習でもそれを駆使することは困難であった.また面接や診察技能の訓練なしには,症例シナリオから必要な情報を目的的かつ系統的に取り出すことはできず,提示された症状や所見の意味するところもわかるはずがなく,症例を用いたグループ討論が表層的なものになる一因となっていたからである.
このようにPBLの弱点を補ったTBLではあったが,実践を重ねていくうちに,様々な問題も生じて来た.それはグループ討論にテューターを配置しないことで,運営に必要な教員数を減らすことは可能であったが,TBLセッションを担当する教員の負担は非常に大きかったことである.
まず,事前学習課題の提示,準備確認プロセス,応用課題といった一連の段取りが初めて担当する教員には非常に煩雑に感じられた.TBLセッションを効果的なものにするためには,質の高い症例シナリオの作成だけではなく,深い討論を行うために必要な知識を十分に学習できる事前学習課題を設定し,知識を確認するためのRAT問題を作成するという“逆向き設計”が必要になる.しかも成績判定にも用いられるRATは毎年刷新しなければ,Step 1事前学習の中身は“過去問”によって破壊されてしまう.年間50~60症例ものTBLセッションの質を一定以上に管理することは,容易ではなかった.
また応用課題において,100名余・20グループもの討論を一人で進行するには司会者としての技量が必要であり,不慣れな教員にとって心理的な負担感が大きかった.司会者が学生の求めていることや理解が不十分なところを見出し,焦点を当てて全体討論に広げて結論に到達させることができなければ,応用課題は表層的なセッションになりがちである.
このような経緯から佐賀大学ではTBLの改訂に取り組んだ.様々な情報収集や,提携しているハワイ大学医学教育室スタッフと検討を重ねた末,TBLからStep 2準備確認プロセスを取り除き,Step 3応用課題の部分だけを取り出したものをCBLと名付け,導入することとした(図2).CBLのテーマは事前に告知され,セッションは90~120分程度で行う.冒頭に症例が提示され,グループ討論と全体討論を繰り返しつつ,学生の理解不足や質問に応じて教員が小講義で補足する.これは,教育の分野ではProblem-assisted LearningやProblem-initiated Learningと呼ばれる教育手法9) をもとに構成した,佐賀大学独自の方法である.
また除外したStep 2準備確認プロセスに代わるものとして,CBTシステムを使用した中間テストを導入し,医学教育開発部門が一括して作問・運営するものとした.例えばUnit 5代謝内分泌・腎泌尿器(6週)であれば,2週目に代謝内分泌30~50問,4週目に腎泌尿器30~50問のMCQを実施した(表5).出題内容は「医学教育モデル・コア・カリキュラム」の当該領域に準じて作問し,Unit 5の講義ですでに扱ったかどうかは度外視した.これをUnit-CBTと呼び,学修者が学修の進捗状況を知るための形成的評価として用い,得点に応じて各ユニットの成績判定に加点するというインセンティブも付与することによって,学生の真摯な取り組みを促した.
このようなTBLからCBLへの移行過程で佐賀大学が明確にしたことは,「医学教育モデル・コア・カリキュラム」に提示されている基礎知識を網羅的に学習することは,学生が自己学習で行うべきことであり,それを効果的に行うために講義やCBL,PBLを活用するという位置づけであった.これは自己主導型の学修を目指している以上,当たり前のことである.しかし,専門家である教員は「何もかも講義で教えなければならない」「教えたことしか試験には出せない」とう思い込みから離れがたく,学生も何かといえば「まだ習っていない」と口にするのが実情であった.これを整序し,講義は学生の自己学習では理解が困難な部分を補う,あるいはCBLなどを通して基礎知識を応用した問題解決や発展的な学修内容を扱うことに焦点を絞って設定するものとした.
この結果,各ユニットのCBL担当者は症例検討の準備に集中できるようになり,「CBLセッションを通して学生が何を判断できるようになってもらいたいのか」「そのためには症例の中にどのようなトピックスを挿入し,どのような討論を誘導するのか」といった“逆向き設計”の原則を貫きつつ様々な工夫を凝らした症例が生み出されていった.またCBLでの討論に際しては,テキスト類の参照も許可するようにした.討論で求めていることは,知識を記憶しているかどうかではなく,知識の意味が理解できているか,問題解決に応用できるか否かであることをより明確にした方が,討論が深まるからである.
2.PBLを維持する目的このように佐賀大学では,PBLの理念を継承しつつ,自学の教育環境にあった教育方略を求めてTBL,そしてCBLへと移行してきた.一方でPBLは,基礎知識の網羅を促すUnit-CBT,検討する症例に関する事前学習であるStep 0,そして臨床技能訓練などのPBLを効果的に行うための環境整備は行ったが,PBLそのものの形態としてはハワイ大学方式の原型を保持している.そして3・4年次臨床医学課程の開始から6か月間はPBLでユニットを構成している.
それは,これまで講義で獲得した知識の記憶・再生といった受動的学習から脱し,症例への応用を媒介にして何が理解できていて・何が理解できていないのかを自身で見出して主体的に学ぶといった自己主導型学習へと転換するための重要な過程には,PBLの方がより適していると考えるからである.限られた事実からの仮説に基づく情報収集,仮説を検証していく臨床推論の基本を修得させること,そしてこの過程をthink aloud法(自分の考えていることやそう考える理由を発言する)を用いて討論することによって,自らの思考を客観化し,他者の意見を媒介にしながら批判的に吟味することの重要性を実感させるには,テューターの指導と学生主導のグループ討論や学修過程が必要である.
以上,ALを軸とした佐賀大学の教育改革の取り組みを概括した.PBL導入後15年以上を経て,佐賀大学の教育環境は着実に変化してきた.まず,学生の講義への出席率が向上し,講義への評価が有意に改善した.また医師国家試験や共用試験の成績が向上し,諸事情により多少の変動はあっても安定的に好成績を残すことができるようになってきた.さらに言えば,佐賀大学医学部附属病院の外来患者による医学生の面接・診察に対する満足度評価(米国内科専門医会のPatient Satisfaction Questionnaireを使用)も,経年的に有意な改善を示したが,そこにはPBLの寄与も認められた10).PBLを中心とした教育改革によって,学生の反応や学力試験の成果だけでなく,臨床現場における学生のパフォーマンスレベルでの評価を改善し得たことは貴重な成果であった.これらは,教育が学生自身の自己学習を当然の前提としたものとなり,教員の指導も(PBLやTBL・CBLのみならず講義や臨床実習等の場面においても),学生のreadinessを確認し,考えを表現させ,それに応じて足らざるを補い,学習課題をつかませるものへと変化したことによると思われる.
そして現在,ALの実践は,「臨床医学」課程だけでなく,「基礎医学」「基礎科学系」「教養教育科目」へと確実に広がりを見せている.PBLやTBLのような特定の教育方略を用いているわけではないが,科目の構成や教育の方法にはしっかりとALの方法論が貫かれている科目を少なからず目にする.そして「国際標準に基づく医学教育の分野別認証」へ向けて,学部を挙げたカリキュラム点検・改訂の流れの中で,卒業時学修成果をゴールとして見据え,「医学教育モデル・コア・カリキュラム」に即して教育内容・方法を再整備しつつある.
しかしながら,佐賀大学のALには未だ超えられていない壁があるのも事実である.佐賀大学のALの目的は,医療現場における問題解決能力と,問題に主体的に関わって生涯にわたって成長していける自己主導型学修者としての資質の養成である.ところが,PBLにしても,TBL・CBLにしても,そこに臨む医学生は,現実の臨床実践における問題解決の経験があまりにも少ない.それゆえに,学生は,症例シナリオを読んでもその場面をいきいきとした臨場感をもって描けるわけではなく,問題解決の主体としての当事者意識はどうしても希薄となる.症例シナリオに埋め込まれたキーワードを見出し,何らかの疾患や治療法に結び付ける,共用試験や医師国家試験における臨床問題を解くような作業と大差ないものとなりかねない.これが学生の学修が受動的で表層的なものになる要因の最たるものであり,これは学生個々人の意欲や能力の問題以前に,経験したことがないものは描きようがないという人間の認識の特性に限界づけられたものである.
一方,教員は豊富な臨床経験から,シナリオに書かれた文字からも現場の状況を描くことができ,当事者意識をもって関わることが当然の前提になっている.そのため,学生にもそれが可能であると短絡しがちである.
これはPBLやTBL・CBLに限らず全ての教育に共通することであるが,教育者も学修者も,実際には見たことも触れたこともなく,問題解決の主体として関わったこともない事柄を文字として教え,学ばせることに違和感を抱かなくなっている.本来的に学修は,現実の対象と関わり,そこでの問題解決経験によって動機付けられ,方向付けられ,必要性を理解していることを前提としたものであるべきものである11).
そのような観点から言えば,卒業時の学修成果として提示された医師像・医療実践像を入学早期にいきいきと描かせることが必要であり,早期体験学習や臨床技能訓練の拡充を行っていくことがALの充実のために必要な方向性であると捉えている.
発表内容に関し,開示すべき利益相反はない.