2020 年 4 巻 論文ID: 2019-032
Evidence-Based Medicine(EBM)は日本でも普及している医療従事者の行動様式,思考形式である.イギリスにはEBMの学習者を支援するCASP(Critical Appraisals Skills Programme)という組織が存在する.1999年に倉敷中央病院総合診療科兼研修医教育部長の福岡敏雄が日本支部としてCASP Japanを設立し,CASPワークショップをはじめ,EBM学習を提供してきた.内容は臨床疫学や教育手法など多岐にわたり,短時間で楽しんで学べるよう工夫されている.一方,日本において薬学生がEBMについての教育をうける機会は乏しいのが現状である.筆者らは2010年12月から,Student CASPと称する,学生を対象としたCASPワークショップを神戸薬科大学,同志社女子大学薬学部,摂南大学薬学部などで開催してきた.このうち神戸薬科大学でのStudent CASPワークショップの紹介,およびアンケート結果を若干の文献的考察を加えて報告する.
Nowadays Evidence-Based Medicine (EBM) has become one of the most important thinking and behavioral models of health care workers. Several EBM workshops have been held in England, Canada and other countries to learn EBM more easily and correctly. One of those EBM workshops are held by CASP (Critical Appraisals Skills Programme) international network. CASP Japan has been organized by Toshio Fukuoka (the chief of general medicine and training department of medical interns of Kurashiki Chuo Hospital) in 1999. CASP Japan has provided workshops and trained workshop tutors ever since. Student CASP workshop is one of activities of CASP Japan which is planned especially for medical and pharmaceutical students. Student CASP workshops have been held since December 5th 2010 in some Pharmaceutical Universities. In this paper, we report about these workshops and the result of a questionnaire survey of Kobe Pharmaceutical University.
医療の世界では,医療従事者の行動様式,思考形式の指標となるEvidece-Based Medicine(EBM)が世界的に普及しつつある1).Guyattの論文によれば,EBMの実践能力は,医薬品情報を入手・吟味した上で様々なデータを融合し,目の前の患者に適応することが適切かどうかを総合的に判断できる能力であると示されている2).今後,薬剤師はチーム医療や地域包括ケアにおける薬物療法の設計をする上で医師と共に中心的な役割を果たす必要があり,その実現にはEBMの実践能力が不可欠である.薬学教育においても,改訂薬学教育モデル・コアカリキュラムにおいて多様な医療情報を収集・吟味することが求められるようになった3).しかし,北澤,佐々木らによるEBM教育の現況調査では,文献評価などの教育が十分なされていないと報告されている4).
英国ではCritical Appraisals Skills Programme(CASP)という組織が設立されており,定期的にEBMワークショップ(CASPワークショップ)を開催し,EBM学習者や教育者を支援している5,6).国内でも1999年に福岡が日本支部としてCASP Japanを設立し,CASPのシステムを導入してEBMの学習機会を提供してきた7).そこで我々は,薬学生にEBMを広め,医学論文を評価して活用できる薬剤師を育成すべく,2010年から学生を対象としたStudent CASPワークショップの取り組みを開始し,神戸薬科大学を皮切りに同志社女子大学,近畿大学,兵庫医療大学などで開催してきた8,9).本稿では,10年目を迎えた神戸薬科大学におけるStudent CASPワークショップの概要を紹介し,一部の開催回で実施したアンケート結果について報告する.
コーディネーターとしてNPO CASP Japanの高垣が企画し,主催は水野が第1回~第9回まで担当し,第10回からは田内が担当している.開催は6月と11月の年2回で年度の初めに日程を決定する.
2.対象と募集方法募集対象者は,神戸薬科大学学生,および医学生,薬学生,看護学生,栄養学部学生など他大学の医療系学生,一般医療者全般としている.募集方法は,神戸薬科大学内の募集は,主催者の田内と神戸薬科大学EBM同好会メンバーにより学内で参加者募集を行う.一般参加者は,FacebookやTwitterなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)やメーリングリストを利用して募集を行っている.
3.開催場所・部屋神戸薬科大学の講義室を使用する.小グループ学習を行うため,机と椅子が移動できる教室を使用し,階段教室など机が動かせない教室は使用していない.マイク,プロジェクター,ノートパソコン,机,椅子,ホワイトボード,黒板は神戸薬科大学から借用している.文献検索のセッションを行うときは,大学のLAN環境を利用している.
4.学習プログラムStudent CASP Workshopの学習の流れを図1に示す.参加者は,初めて医学論文を読む参加者や低学年次の参加者も多いため,午前中はEBMの考え方や論文の読解に必要となる臨床試験の基本知識,課題論文に関わる病態(不整脈,脂質代謝異常などの病態各論)について講義を行う.さらに,必要に応じて,チューター・トレーニングなども実施する.
学習の流れ
午後からは小グループ学習を行う.まずは,EBMのStep 1である臨床疑問の定式化を行う.事前に配布された仮想患者シナリオ(図2)を提示し,各自がPICO(P: patient, I: intervention, C: comparison, O: outcome)形式により疑問の定式化を行った後,グループ発表を行い,クループ間での情報共有を行う.PICOの設定は,診療ガイドラインの作成プロセスにおいてクリニカルクエスチョンの設定で使われることが明示されている9).さらに,患者の薬歴を記載する際にも有用な考え方であるため,参加者が本ワークショップでPICOを作成できるようになることは重要なポイントと考えている.
シナリオ例(第17回Student CASP 資料より)
次に,EBMのStep 3である臨床研究論文の吟味に進む.事前にメールで配布した論文とCASP 6) またはSpell 10) のチェックシートを使用する.チェックシートに沿って論文の要点をチェックし,内的・外的妥当性を検討する.チェックシートの使用により,批判的吟味において共通の着眼点を得ることができ,グループワークの効果が一層有効になることを期待している.
最後に,EBMのStep 4である情報の患者への適用をグループで検討する.本ステップは,薬学生が患者の語りから薬の適用まで考える貴重な機会であると考えている.吟味した内容を,シナリオに登場する患者に論文の情報を適用するか否か,どのような説明を行うのかなどをグループで議論する.
EBMのStep 5に相当するStep 1~4の振り返りは,チューターが参加者に随時フィードバックを行っている.参加者に対するフィードバックの方法として,「批判のサンドイッチ(Positive – Negative – Positive法)」などの手法をチューター・トレーニングで指導しており,意見を提案した参加者にネガティブな気持ちを与えないように配慮している.
なお,EBMのStep 2である情報収集は,情報処理室などの学習環境を必要とすることや複数の論文の吟味を行った後に受講する方が効果的であると考えており,情報検索のワークショップとして独立して実施している.各ステップの学習目標と方略の具体例を下記に示す.
5.チューター7–8名の小グループ1つを,2名のチューターが担当する.CASP主催の Workshopでは,希望する参加者にはチューター(tutor)のトレーニングを行っている.CASP 主催のWorkshop参加歴を持ち,CASP Japanのチューター・トレーニングを受けた参加者は,CASP Workshopのチューターを務めることができる.Student CASP Workshopは,大学でのワークショップであることから,トレーニングを積んだ学生はコチューター(co-tutor)としてチューター業務を補助することで,参加者の学習をサポートする経験を積めるように配慮している.
6.文献の選択対象文献は,6月開催ではランダム化比較試験,11月開催ではシステマティックレビューから適切と思われる文献をコーディネーターの高垣が選んでいる.文献のテーマは,参加者が医療現場で参考となるような一般的な疾患(高血圧,脂質代謝異常,リウマチ,悪性腫瘍など)の薬物治療の文献で,今後日本の医療にも導入されるような内容の文献としている.さらに,適用を考える際に,医薬品の有効性だけでなく有害事象(副作用)や経済性まで考慮するような内容が望ましい.また,繰り返し参加するスタッフや外部参加者に新鮮であるように,ワークショップ開催時より1年以内に発表された文献を選定している.
7.仮想患者シナリオシナリオの作成は,コーディネーターの臨床経験をもとに,架空の患者を想定して作成する.副作用,医療費の負担,減薬の希望,介護の負担,予後など,薬物の治療効果以外の面に焦点をあてて患者側の気持ちを考えるように作成している.想定する場面は,病院,診療所,薬局,在宅医療などを織り交ぜて作成する.
8.参加者アンケートワークショップではアンケート調査を行っている.第1回から3回までは,参加した感想や良かった点,改善点について,「悪い」から「良い」までの4段階評価と,自由記載のアンケートを行った.第8回では英語論文を読むことについてアンケートを行った.アンケート回答者には研究,発表について書面で同意をとっており,さらに個人の同定が不可能な形式で今回は報告を行う.
第1回から第17回までの延べ人数は879名であった.延べ参加者の内訳は,薬剤師(スタッフ除く)185名,神戸薬科大学の学生285名,他大学の学生も含めた学生全体は424名であった.さらに,疫学系の大学院生や医学生の参加については,第1,2回は5名以上の参加があったが,第3回以降では0~2名となっている(表1).
年月 | 参加総数 | スタッフ | 薬剤師 | 医師 | その他 | 学生合計 | 神戸薬科大学 学生 | 他の薬学生 | 医学生 | その他学生 | ||
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通常の参加 | コチューター | |||||||||||
第1回 | 2010/12/05 | 48 | 9 | 2 | 1 | 10 | 37 | 10 | 3 | 14 | 9 | 1 |
第2回 | 2011/06/26 | 78 | 13 | 10 | 0 | 9 | 46 | 19 | 13 | 8 | 5 | 1 |
第3回 | 2011/11/13 | 56 | 14 | 2 | 1 | 2 | 37 | 22 | 7 | 6 | 2 | 0 |
第4回 | 2012/06/03 | 54 | 15 | 7 | 1 | 5 | 26 | 9 | 10 | 5 | 2 | 0 |
第5回 | 2012/11/23 | 32 | 11 | 0 | 0 | 1 | 20 | 19 | 0 | 0 | 1 | 0 |
第6回 | 2013/06/09 | 67 | 11 | 19 | 0 | 2 | 35 | 16 | 8 | 9 | 2 | 0 |
第7回 | 2013/11/24 | 55 | 11 | 13 | 0 | 3 | 28 | 20 | 0 | 7 | 1 | 0 |
第8回 | 2014/06/08 | 57 | 16 | 26 | 0 | 2 | 13 | 11 | 0 | 1 | 1 | 0 |
第9回 | 2014/11/16 | 43 | 14 | 5 | 2 | 1 | 21 | 12 | 7 | 1 | 1 | 0 |
第10回 | 2015/06/21 | 51 | 14 | 21 | 3 | 4 | 9 | 7 | 0 | 2 | 0 | 0 |
第11回 | 2015/11/01 | 41 | 12 | 12 | 0 | 1 | 16 | 5 | 3 | 7 | 1 | 0 |
第12回 | 2016/06/19 | 49 | 13 | 10 | 0 | 0 | 26 | 12 | 3 | 11 | 0 | 0 |
第13回 | 2016/11/13 | 40 | 14 | 12 | 0 | 0 | 14 | 4 | 3 | 6 | 1 | 0 |
第14回 | 2017/06/14 | 52 | 16 | 13 | 0 | 2 | 21 | 13 | 3 | 5 | 0 | 0 |
第15回 | 2017/11/12 | 54 | 17 | 13 | 1 | 4 | 19 | 0 | 12 | 7 | 0 | 0 |
第16回 | 2018/06/03 | 58 | 14 | 10 | 0 | 1 | 33 | 15 | 6 | 12 | 0 | 0 |
第17回 | 2018/11/11 | 44 | 11 | 10 | 0 | 0 | 23 | 7 | 6 | 9 | 1 | 0 |
合計 | 879 | 225 | 185 | 9 | 47 | 424 | 201 | 84 | 110 | 27 | 2 | |
神戸薬科大学 総計285名 |
第1回~第3回のStudent CASP Workshop参加者のうち,薬学生のみを対象としたアンケート結果を図3に示す.第1回~第3回に参加した薬学生79名中52名がアンケートに回答した(回答率65.8%).多職種間学習に対する「とても良い」が最も多数で48名(92.3%),小グループ学習が44名(84.6%)と次に多かった.EBM講義の内容や,全体の構成の評価は「良い」の比率が高かった.アンケートの自由記述コメントを原文のまま表2に示す.自由記述の内容は,大きく5つに大別された.具体的には,①ワークショップ内容に対する要望において,学生向けに少し容易な内容の論文を扱ってほしいとの意見があった.②ワークショップへの感想としては,グループワークで他者の意見が聞ける点が良いとの意見が挙がった.③医学英語論文の必要性についての意見では,日本のみのデータで対応できない時や少ない点で,英語論文がスムーズに読めるようになりたいとの意見があった.④情報の吟味に対する意見では,より信頼のおける情報を吟味できることを学べることが将来につながるなどの意見があった.⑤統計的な解釈の難しさでは,統計解釈ができないため論文内容の意味をとれないことが多く困っているとの意見があがった.
第1回~第3回ワークショップの薬学生へのアンケート集計結果.延べ79名の薬学生が参加し,アンケートは全員回答した.複数の項目からの選択による回答で,評価の高かった4項目を抜粋した.
① ワークショップ内容に対する要望 |
・ もっと簡単バージョンで授業があったらいいなと思った. |
・ 学生でもわかりやすいような,もっと簡単な論文も読んでみたい. |
② ワークショップへの感想 |
・ 難しかったですが楽しい勉強会になりました. |
・ めったにない機会でとても勉強になった. |
・ 一人では難しいけど,意見を出し合いながらは良いことだと思います. |
③ 医学英語論文の必要性についての意見 |
・ 日本のみのデータでは対応できない時があるので,スムーズに読めるようになりたいです. |
・ 日本語のものが少ないので,できるようになった方が良いと思います. |
・ 論文は英語なので英語は必須だと思いますが,読み取りミスや,日本と外国の文化の違いでニュアンスの違いが多そうなのが気になります. |
・ 少しだけ抵抗がありますが,これからも英語を続けてほしいと思います. |
④ 情報の吟味に対する意見 |
・ より信頼のおける情報として吟味できるようになりたいです. |
・ 根拠に基づいて患者さんに説明をする技術・知識が学べるので将来に役立つと思いました. |
⑤ 統計的な解釈の難しさ |
・ 読みたくても統計解釈ができず,意味をとれないことが多く困っている. |
第8回のワークショップにおいて「英語論文を吟味したこと」についての薬学生の回答は,「とても良い」が46.2%(6名/13名),「良い」が53.8%(7名/13名)で,「やや悪い」「悪い」の回答はなかった.一方で「英語に苦手意識があるか?」という質問に対しては69.2%(9名/13名)の学生が,苦手意識を持っていると回答した.苦手意識が無いのは15.4%(2名/13名)で,このうち1名はEBM勉強会で論文を読むうちに,苦手意識がなくなったと回答している.
参加者数は年度毎に増減が大きかった.これには大学の試験やクラブ活動,協力頂く先生方の公務や学会との兼ね合いなど複数の原因があった.現在は,神戸薬科大学にEBM同好会が発足し,学生による参加者募集が行われて参加者数も安定し,主催者の負担も減っている.3回目までは大学院生の参加者が多く,医師・医学生も少ないながら参加があったが,現在は非常に少なくなっている.参加者の募集が十分に広く行えてなかったと考えられ,コーディネーターとしての反省点である.
アンケートの回収率は65%と低かったが,得られたデータによるとワークショップの良い点は,開始当初は「小グループ学習」か「英語論文が吟味できること」への高評価を予想していたが,アンケートからは「多職種間学習」への評価が最も高かった.経験的に薬剤師は同職種でのワークショップを好む傾向を感じていたため,予想外の結果であり,学生の意欲とコミュニケーション能力の高さを感じた.今後は多職種の参加者を確保するべく各方面へ働きかけていく所存である.データとして数値化できていないが,ワークショップを通じて知り合った薬学生が他大学の医・薬学生と勉強会を開催したり,薬剤師の勉強会に参加するなど,活発に行動する参加者が毎年複数名みられている.参加者から指摘された問題点は,すべて時間配分に関するもので,進行の遅れを指摘するケースばかりであった.チューターの技術差による問題と考え,現在は数名で見回りを行い,進行が遅いグループには介入するように配慮している.
最先端の臨床研究を利用するにあたり,英語の苦手意識は超えるべき課題である.2002年に厚生労働科学研究費補助金,医療技術評価総合研究事業による「根拠に基づく医療の手法を用いた医療技術の体系化に関する調査研究」において,2年間で4回開催したEBMワークショップの参加者にEBMに関する様々なアンケート調査を行われている11).その研究報告書によれば「EBMが実地診療の実地診療の場でなかなか実用に供されていない理由について」という質問の上位3項目は,「英語の文献が多く,英語力を要求する(72%)」と最多であり,次いで「時間がかかりすぎる(49%)」,「手順が難しい(29%)」であった.報告書にも「動機づけされた学習意欲の高い参加者が多く集まっていた」と記載されるぐらい意欲的な集団において,英語が最大の障害だったのである.一方で神戸薬科大学でのアンケート調査では,69%の学生が「英語が苦手」と回答しながらも,英語論文を読むことに対して前向きな発言が多くみられた.ワークショップには意欲の高い学生が参加するため,選択バイアスは存在するものの,2002年のEBM研究班ワークショップの結果とくらべても,英語への苦手意識が変化していると感じられた.これは1回だけのアンケート調査結果であるため,今後英語教材については細かく,長期的な調査が必要と感じられた.
薬学生のカリキュラム改訂に伴い,EBMの学習は薬剤師に必須のものとなったが,それに先立ってStudent CASP Workshopは神戸薬科大学において正課の選択科目となり神戸薬科大学の学生はワークショップへの参加やコチューター経験が規定の条件を満たせば,大学から単位が与えられる.また,CASP Japanのメンバーの数名は,大学でEBM演習を担当し,その成果も現れつつある12,13).今後も大学教育への意欲をもった学生達が一層成長するための社会貢献であると信じ,開催への努力を続けていきたい.
本稿で紹介したワークショップは,CASP Japanに協力してくれる皆様のおかげで開催を続けることができました.CASPの仲間達と,休日をワークショップに出かける私たちを許してくれる家族に,心からの感謝を捧げます.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.