2020 年 4 巻 論文ID: 2019-034
全国より収集されたレセプト情報は,レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)に格納されている.厚生労働省は汎用性が高く,様々なニーズに一定程度応えうる基礎的なデータをNDBより抽出し,NDBオープンデータとして2016年より公開した.この医療ビッグデータは全国規模での医薬品使用実績を知りうるエビデンスレベルの高い情報源であり,薬学教育に反映させることが有益であり,実状把握能力の育成が課題発見能力への発展に繋がると考えた.本稿では,年齢別処方実績,市場動向推移,複数の効能・適応を持つ医薬品に焦点を絞り,NDBオープンデータ・薬剤データの薬学教育への有用性と限界点について述べる.
Finding effective use for big data is a matter of public concern in various fields today. Since 2009 the Ministry of Health, Labor, and Welfare has operated the National Database of Health Insurance Claims and Specific Health Checkups of Japan (NDB). It is one of the most exhaustive statistical health-care databases and has limited to researchers. The NDB Open Data Japan is extracted data from NDB and is open to the general public once in a year. Recently, the 4th NDB Open Data Japan was published. The drug data accumulates the top-100 statistics for oral medicines, external use medicines, injection drugs (according to the therapeutic category code), and various numbers for prefectures, genders, and ages. It reveals nationwide records of medicine usage. The drug data of the 2nd to 4th annual NDB Open Data Japan were used to prepare comprehensible tables and graphs regarding age, medicinal market trends, and usage records of multi-indication medicines. In this paper, we will show several examples and describe its utility and limitations in applying the NDB Open Data Japan to pharmaceutical education.
第4次産業(Artificial Intelligence(AI),Internet of Things(IoT),Information and Communication Technology(ICT),Robotic Process Automation(RPA))革命とよばれるパラダイムシフトが囁かれる昨今,収集したビッグデータをいかに活用するか様々な分野で注目されている.2011年度からオンライン請求が義務化されたレセプト(診療報酬明細書)情報は,特定健診等情報と共に,レセプト情報・特定健診等情報データベース(National Database of Health Insurance Claims and Specific Health Checkups of Japan(以下NDB))に格納されている1,2).2018年3月末時点で,レセプトデータが約148億1000万件,特定健診・保健指導データが約2億2600万件収載されている3).データ利用は行政機関,大学等に限られる.厚生労働省は汎用性が高く,様々なニーズに一定程度応えうる基礎的な集計表を「NDBオープンデータ(以下NDB-OD)」として2016年10月より年1回公開し,現在で第4回となる4).薬剤データは,第1回では年間薬剤処方数の上位30品目が公表され,第2回以降は上位100品目へと拡大された.それらは,内服,外用,注射と大別され,更に外来(院外),外来(院内),入院と分けられている.個々の薬剤は薬効分類に従い,製品名,単位(mg,mL,錠など),薬価,総計(処方数量)などの情報が都道府県別および性・年齢別(5歳毎)に集計されている.NDBおよびNDB-ODは臨床調査研究5,6) や後発医薬品普及率の調査研究7) などに利用されている.
6年制薬学教育に求められている課題発見能力・問題解決能力の修得には,まず現状を把握する能力の育成も重要であると考える.全国規模で収集された薬剤データを活用すれば,例えば,医薬品市場のトレンド,同種同効の薬物群内での使用実績,複数の効能・適応を持つ薬物の使用実績などの実状を把握でき,それらは薬学教育へ反映する事が可能であると考えた.そこで①年齢比較,②経年比較,③複数の適応症を持つ医薬品の3つの視点でNDB-OD・薬剤データの分析を行い,どのように・どの程度使えるのか検討する.
集計薬剤数が上位100品である第2~4回NDB-ODの薬剤データ集計表と,一般名の検索に一般財団法人日本医薬情報センター「JAPIC医療用・一般用医薬品集」8) を用いて,以下の順序で2次情報へと処理した.
①薬剤データ集計表における総計が,内服剤および外用剤では1000未満,また注射剤では400未満の場合は「―」として公表されており,本研究では「―」を「0」として処理した.
②第2回NDB-ODの最高年齢区分「90歳以上」は,第3回および第4回NDB-ODでの年齢区分「90~94歳」と同列として処理した.
③各製品の一般名(薬効成分)情報を補足した.
④一般名(薬効成分)でソートして,総計(処方数量)をSUMIF関数により集計した.
⑤配合剤の場合,各成分に分割し,再集計した.
新生児・乳児への薬剤選択の際には,吸収,分布(特に,低タンパク結合率,血液脳関門の未発達などによる影響),代謝,排泄等の様々な要因を考慮する必要がある.年齢別処方数を比較することで,臨床現場における新生児・乳児への薬剤選択の傾向などを把握することが可能である.抗ヒスタミン薬の全年齢層と0~4歳区分の処方数量を一例として表1に示す.NDB-OD・薬剤データでは抗ヒスタミン薬は,第一世代と第二世代の一部(比較的中枢抑制作用がある)が「441:抗ヒスタミン剤」に,非鎮静性の第二世代が「449:その他のアレルギー用薬」に集計されている.フェキソフェナジンを始めとする第二世代の医薬品が総処方数量の上位を占めている.一方,0~4歳区分では11品目の処方記録があり,上位5品目のうち4品目が鎮静性のある第一世代であった.それらの0~4歳区分の処方数量順位が全年齢での総処方数量順位と相応せず,就学・就労世代では中枢鎮静作用は好まれず,反対に,その効能を考慮とした処方が新生児・乳児・小児になされている実状が推察できるが,成人同様に小児においても非鎮静性の第二世代が推奨されており9),今後の動向を注視しておく必要がある.0~4歳区分での処方記録がある抗ヒスタミン薬でも小児薬投与開始時期はそれぞれ異なり,生後6か月から開始できる医薬品もあれば,3歳児までの安全性が確立されていない医薬品もある10,11).禁忌薬の学習と同様に,同種同効薬のうち使用実績・経験に富む薬剤の学習も必須である.0~4歳区分には新生児,乳幼児,小児が含まれているため,更なる細分化がされれば,薬学教育や新人薬剤師指導への有益性が飛躍的に高まると予想される.
全世代 | 0~4歳 | 投薬可能年齢* | |||||
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総処方量 | 順位 | 処方量 | 順位 | ||||
フェキソフェナジン | 第2世代 | 非鎮静性 | 833,680,870 | 1 | 29,793 | 10 | 6か月から |
オロパタジン | 第2世代 | 非鎮静性 | 663,626,802 | 2 | 6,923,437 | 7 | 2歳から |
レボセチリジン | 第2世代 | 非鎮静性 | 554,215,212 | 3 | 9,474,379 | 6 | 6か月から |
エピナスチン | 第2世代 | 非鎮静性 | 209,770,571 | 4 | 546,297 | 9 | 3歳から |
クロルフェニラミン | 第1世代 | 中枢抑制作用が弱い | 162,317,406 | 5 | 29,751,041 | 2 | 6か月から |
メキタジン | 第2世代 | 非鎮静性 | 147,755,170 | 6 | 17,009,893 | 3 | 1歳から |
ロラタジン | 第2世代 | 非鎮静性 | 98,084,055 | 7 | ― | 3歳から | |
ビラスチン | 第2世代 | 非鎮静性 | 77,397,164 | 8 | ― | 小児用量なし | |
シプロヘプタジン | 第1世代 | 76,328,830 | 9 | 47,533,901 | 1 | 2歳から | |
デスロラタジン | 第2世代 | 非鎮静性 | 66,927,806 | 10 | ― | 12歳から | |
セチリジン | 第2世代 | 非鎮静性 | 52,031,716 | 11 | ― | 2歳から | |
プロメタジン | 第1世代 | 48,393,701 | 12 | 1,142 | 11 | 2歳から | |
クレマスチン | 第1世代 | 中枢抑制作用が弱い | 33,746,221 | 13 | 10,141,677 | 5 | 1歳から |
エバスチン | 第2世代 | 非鎮静性 | 28,211,875 | 14 | ― | 小児用量なし | |
アリメマジン | 第1世代 | 27,729,290 | 15 | 14,286,390 | 4 | 1歳から | |
アゼラスチン | 第2世代 | 眠気あり | 13,790,547 | 16 | ― | 小児用量なし | |
ケトチフェン | 第2世代 | 眠気あり | 11,112,300 | 17 | 5,540,937 | 8 | 6か月から |
NDB-OD4:2017/04~2018/03診療分
* 各医薬品添付文書ならびにインタビューフォーム参照
新薬や適応拡大の動向は注視すべき案件の一つである.新薬の処方の増加は,慢性疾患患者がこれまで服用していた同種同効薬からの切り替えのケースも多く考えられる.薬歴の確認,既存薬との違いの説明,服用後の体調変化の確認に,より一層の注意を払う事を学生に指導する必要がある.従来型の作用機序とは異なる胃・十二指腸潰瘍治療薬として2015年2月に販売が開始されたボノプラザン(カリウムイオン競合型アシッドブロッカー)を一例にあげる.翌2016年度からの2年間で当該医薬品の処方数量が約13倍と顕著に増加した事がわかる(図1A).更に,ヘリコバクター・ピロリ除菌療法への適応拡大により,配合薬販売開始1年で約63.9%,2年で約84.2%のシェアを奪った事も一目瞭然である(図1B).このような知見を薬学生は教科書から得ることが困難である.実習施設ごとの局所的な実状ではなく,全国的な実状を知る必要がある.公開されるNDB-ODと臨床現場では1年以上の時間が空くが,遅ればせながら,臨床現場のトレンドを把握し,例えば実務実習の予習に活用することが可能である.また,臨床現場から離れて久しい薬学教員が市場トレンドのフォローアップ資料にも利用することが可能である.
処方数量の複数年比較.(A)消化性潰瘍治療薬の処方数量前年度比.(B)ヘリコバクター・ピロリ除菌3剤併用療法の処方数量割合3年推移(NDB-OD2;2015/04~2016/03診療分,NDB-OD3;2016/04~2017/03診療分,NDB-OD4;2017/04~2018/03診療分).
効能・適応が複数ある医薬品では,処方医の説明と異なる服薬指導が原因でのコンプライアンスの低下や患者の不安を引き起こしかねない懸念12) や取り違えによる医療事故の危険性がある.このような医薬品の注意喚起が,思い込みを排除し,投薬・配薬,病歴・薬歴の確認,患者インタビューでのヒヤリハット事故の予防する上で重要であると考える.表2に複数の適応を持つ医薬品の一部の処方実績を示す.薬効分類コードが複数にわたる医薬品は,適応ごとの処方実績を見ることができる.例えば,リドカインでは不整脈に適応される注射薬は防腐剤無添加な製品であり,局所麻酔用の注射との取り違いに注意が必要である.また,単一の薬効分類コードが割り当てられ,添付文書では複数の適応症が記載されている医薬品のうち,バンコマイシン,メサラジン,サラゾスルファピリジンなどは,製品名,規格,剤形などの違いにより視観できるものもある.一方で,NDB-ODでは各薬剤情報と患者情報との連結がなく,詳細な追跡には限界がある6,13).他の医療データベースとして,診療録情報(診断名,合併症,診療行為等)とレセプト情報を収集しているDPC(Diagnosis Procedure Combination;診断群分類)データベースや,がん患者の受けた診断・治療の情報を収集している全国がん登録などが運営されているが,提供情報が対象病院や対象疾患などに限られる.一長一短ではあるが,薬学生が全国規模での薬剤使用実績を網羅的に視観できる情報源として,NDB-ODは有用であると考える.
薬物名 | 薬効分類コード | 効能・適応症 | その他(規格,用法用量,剤形など) | 処方数量 NDB-OD4 |
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アスピリン | 114 | 解熱・鎮痛 | アスピリン末など:81~100 mg/日(最大300~324 mg/日) | 7,142,648 |
339 | 抗血小板 | バイアスピリン,アスピリン腸溶錠など:1~4.5 g/日 | 1,276,943,403 | |
リドカイン | 121 | 局所麻酔 | 注射(アドレナリン配合有無,防腐剤添加有無) | 131,914,741 |
点眼剤,ゼリー剤,テープ剤,スプレー剤 | 226,735,587 | |||
212 | 不整脈 | 注射(防腐剤無添加) | 164,110 | |
スルピリド | 117 | 精神疾患(うつ・統合失調症) | ドグマチールなど: 150~300 mg/日を分割服用(うつ) 300~600 mg/日を分割服用(統合失調症) |
11,369 |
232 | 消化性潰瘍 | ドグマチールなど:150 mgを3回/日 | 267,239,945 | |
ゾニサミド | 113 | てんかん | エクセグラン錠100 mg:1日100~200 mg,1~3回に分服 | 73,133,992 |
116 | パーキンソン病 | トレリーフ錠25 mg:1日1回25 mg経口投与 | 14,936,707 | |
メトトレキサート | 339 | 関節リウマチ | リウマトレックス:6 mgを1週間で1回または2~3回に分服 | 80,788,167 |
422 | 白血病 | メソトレキセート:5~10 mg/日を1週間に3~6日間投与 | 1,578,379 | |
タダラフィル | 219 | 肺動脈性肺高血圧症 | アドシルカ:1日1回40 mg | 2,742,972 |
259 | 前立腺肥大症に伴う排尿障害 | ザルティア:1日1回5 mg | 51,467,137 | |
259 | 勃起不全症 | シアリス:1日1回10 mgを性行為の約1時間前 | 上位100品外 | |
バンコマイシン | 611 | 偽膜性大腸炎 | 内服・散剤 | 679,383 |
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA) | 点滴静注,眼軟膏 | 3,389,778 | ||
メサラジン | 239 | 潰瘍性大腸炎 | 腸溶剤,坐剤,注腸剤 | 220,925,697 |
潰瘍性大腸炎,クローン病 | 錠剤,顆粒剤 | 198,092,642 | ||
サラゾスルファピリジン | 621 | 潰瘍性大腸炎 | 錠剤,坐剤 | 34,943,175 |
関節リウマチ | 腸溶剤 | 112,569,583 | ||
ラモセトロン | 239 | 下痢型過敏性腸症候群 | イリボー錠・OD錠:2.5 μg~10.0 μg(成人男女) | 24,942,550 |
抗悪性腫瘍剤(シスプラチン等)投与に伴う消化器症状(悪心,嘔吐) | ナゼアOD錠:1日1回0.1 mg経口 ナゼア注射:1日1回0.3 mg静注 |
226,748 |
NDB-OD4:2017/04~2018/03診療分
NDBは悉皆性の高い情報であるが,NDB-ODは年間薬剤処方数の上位100品と限定的な情報である.それ故に,製品数が多い薬効分類内において,異なるメーカから販売されている種々の剤形や規格の後発品の多くが上位を占めれば,必然と順位が押し下げられてしまう医薬品もある事や,長時間作用型の薬は短時間作用型に比べて相対的に総計が少なくなり上位100品より漏れる可能性などを念頭に置き,「順位=重要度」というような誤解を招かないよう注意が必要である.
NDB-OD・薬剤データの先発品・後発品,性別,年齢別,薬効・適応症,剤形,経年変化など,様々な視点からの可視化は,薬物治療学などの専門教育や臨床実務実習予習の補足的な図表作成に有益である.加えて,学生自身にNDB-OD・薬剤データを教育資源として用いて,一般名情報を補足させ,莫大な数字の羅列状態から図表への可視化処理を施させる.その図表から実状を把握し,考察するような演習授業は課題発見能力の育成に応用できる.このような演習が,現在不足しているとされる医療的知識とデータ分析能力を併せもつデータサイエンティスト13) の人材育成に繋がると考える.
本稿では,年齢別,市場動向の経年変化,複数効能を持つ医薬品の処方実績に焦点を絞りNDB-OD・薬剤データを処理・分析した.同種同効薬や複数の効能・適応を有する薬の特徴やトレンドを可視化し,把握するのにエビデンスレベルの高い有益な情報源である.今後もNDB-ODの教育活用への積極的な展開の拡大を図る.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.