2021 年 5 巻 論文ID: 2020-053
臨床の現場で活躍する薬剤師を育成するにあたり,薬物療法の実践能力を修得することは非常に重要である.福山大学では,実務実習セミナーを通し,実習期間中に様々な施設で実習をしている学生及び,教員がともに集まり,討議をすることで,学生間の情報共有を可能とし,また発表内容を「薬物療法の実践」に焦点化することで,学生の薬物療法に係る能力を醸成してきた.しかし,COVID-19パンデミック下で,対面による実務実習セミナーが困難となり,ビデオ会議システムを用いた実務実習セミナーを実施した.ビデオ会議システムを用いることの利点,デバイスの問題への対応,自宅からの参加ならではの副次的効果,さらに,今後の可能性について紹介する.
When training pharmacists, who will be practicing in clinical settings, it is crucial to teach them to acquire the practical ability to handle drug therapies. Fukuyama University has cultivated students’ abilities to handle drug therapies. We have made efforts through practical training seminars where teaching staff and students who practice at various facilities during training periods can gather and have discussions together, enabling information sharing among students, and also narrowing down the seminar presentation topic to “Practice of Drug Therapies.” However, due to the spread of COVID-19, face-to-face practical training seminars became difficult to conduct. Hence, we used a video conferencing system to conduct practical training seminars. We would like to discuss the advantages of using a video conferencing system, dealing with technical problems, the complementary effect of participation from home, and the system’s future possibilities.
福山大学では,臨床の現場で活躍する薬剤師を育成するにあたり,4年次の事前学習,5年次の薬局・病院実務実習,6年次のアドバンス教育において薬物療法の実践能力の修得に重点を置いて独自の取り組みをしている.
とりわけ,薬局・病院実務実習は,臨床の現場で患者を通し,生きた薬物療法の実践を学ぶ貴重な機会である.そこで,薬局・病院実務実習からより効果的に学修するために,以下の取り組みを行っている.
1.疾患学習記録(図1):学生自身がどの8疾患をどの程度学習してきたのか,質と量を記録する.具体的には,薬物療法への関与について,5段階のステップ(1.処方解析,2.薬歴等による治療経過の確認,3.服薬指導の準備,4.薬学的管理の実践,5.継続的なモニタリング)を設定し,患者ごとに各ステップを実施した日付を記載するものである.学生自身が疾患学習の状態を振り返るとともに,薬局実習から病院実習へ移行時の連携ツールとして活用する.
疾患学習記録
2.実習期間中の訪問(3回):担当教員が,実習の序盤,中盤,終盤に訪問し実習状況等の情報を共有する.
3.実務実習セミナー(薬局3回,病院3回):段階的に薬物療法の実践へ取り組んでいくことを目的とし,学生数名のグループで発表討議を行い,学生間の情報共有並びに,教員による個別指導を行っている.
4.薬局実習成果ポスター:薬局実習で修得した「薬物療法の実践」に関する学修成果をポスター(パワーポイント)としてまとめ,病院実習に持参することで,実習の連携ツールとして活用する.
5.病院実習成果ポスター:病院実習で修得した「薬物療法の実践」に関する学修成果をポスター(パワーポイント)としてまとめ,薬局実習が終了した薬局に送付し情報提供する.
6.薬局・病院実習成果ポスターのブラシュアップ:実務実習後学習の一つとして,実習の振り返りと共に,薬物療法の実践能力の向上を図る.
これら実務実習に関する取り組みのうち,実務実習セミナーは,福山大学の臨床教育の大きな特徴であり,実習期間中に様々な施設で実習をしている学生及び教員がともに集まり,討議をすることで,学生間の情報共有を可能とし,また発表内容を「薬物療法の実践」に焦点化することで,学生の薬物療法に係る能力を醸成してきた.
2020年度の薬局・病院実務実習は,2020年2月25日から開始されたが,緊急事態宣言が出された4月には対面による実務実習セミナーが困難となった.そこで電子メールを用いた実務実習セミナー,又ビデオ会議システムを用いた実務実習セミナーを実施した.このような中,ビデオ会議システムを用いた実務実習セミナーでは,ツールの用い方を工夫することにより,対面で行うのと同様な教育効果が期待できるので報告する.さらに,今後の有用性についても述べる.
本学では,地域別に6つの教員チームを編成しチーム単位で実務実習セミナーを運営している(表1).本セミナーは,学生が2~13名程度,教員は1~4名(施設担当教員:基礎系を含めた全教員が参加しているが,各グループには薬物治療に責任をもって対応できる医療系教員(実務家,薬理&薬剤系教員など)が含まれる.)程度で構成され,実習期間中原則3回実施している.大学近郊の実習の場合は,大学で開催している.ふるさと実習では,地域の薬剤師会館,病院・薬局セミナー室,公民館,ホテル等(病院・薬局合同で実施)等で開催している(図2).可能であれば,指導薬剤師に参加していただき,アドバイス等をいただいている.2019年度は,延べ195回開催した(表2).
チーム | 担当地域 | 学生数(薬局実習と病院実習を合わせた延べ人数) | 教員数 | ||
---|---|---|---|---|---|
県内 | 県外 | 県内 | 県外 | ||
① | 広島県東部 | 鳥取県 | 36 | 10 | 7 |
沖縄県 | 8 | ||||
② | 広島県東部 | 高知県 | 47 | 6 | 8 |
③ | 広島県北部 | 島根県 | 10 | 8 | 3 |
広島県西部 | 14 | ||||
④ | 岡山県 | 14 | 7 | ||
山口県 | 30 | ||||
⑤ | 広島県東部 | 兵庫県 | 48 | 8 | 10 |
⑥ | 広島県東部 | 福岡県 | 18 | 12 | 6 |
鹿児島県 | 8 |
実務実習セミナーの概要
開催地 | 開催回数 | 延べ人数 | 1回あたりの参加人数 | ||
---|---|---|---|---|---|
学生数 | 教員数 | 学生数 | 教員数 | ||
福山大学 | 101 | 447 | 188 | 4.4 | 1.7 |
遠隔地 | 94 | 291 | 118 | 3.1 | 1.3 |
1回目から3回目にかけ段階的により深く薬物療法の実践に取り組むように学生が自分自身で考える場となっている.又,教員がルーブリック評価表の理解,疾患学習記録の使い方を含め実習の進捗具合を確認し,個別指導を行っている(図3).
実務実習セミナーの内容
学生がビデオ会議システムを用いることができるか,接続テストを実施後,通常のスケージュールで開催した.学生が作成した資料については,あらかじめ参加者に,電子メールで配布し,参加者が各自印刷をしてセミナーに臨んだ.当日は,画像の共有で資料を画面上に掲示し,ディスカションを行った.所要時間は通常の対面で行う実務実習セミナーと同様に2~3時間実施した.学生は自宅から,教員は自宅あるいは大学から参加した.
2.実施時期2020年2期(2020.5.25~2020.8.9)の薬局・病院実務実習期間
3.実施実績上記の時期において,11回開催された.述べ参加人数は,学生37名,教員15名であった.開催地は,広島県のほか,鳥取県,島根県,沖縄県で実施した.
コロナ感染症が蔓延している中で感染症のリスクを減らすために実施したが,何よりも,オンタイムでお互いの顔を見,声を聞き,表情やしぐさを見ることができるのは,ディスカションを行う上で非常に有用である.思わぬ利点ではあるが,自宅から行う場合,お互いの生活感が伝わり,緊張感が解け,ディスカションが進むということがあった.当初考えていたより,その人の空気感が伝わるものである.
実務実習セミナーの3回目において,学生はパワーポイントを用いて自身が実践した「薬物療法の実践」についてプレゼンテーションを行い,質疑応答を含めて総合討議を行っている.ビデオ会議システムを用いた場合でも,画面の共有機能を用いることによって,従来と同様のセミナーを実施することができた.
オンラインで行うことにより,参加者に課されていたセミナー会場への移動時間や移動コストの負担がなくなるため,セミナーの開催条件は大いに緩和された.日本中どこでも移動時間並びに移動コストをかけずに行えることは大きなメリットである.
ビデオ会議システムを使用するには,Wi-Fi環境とパソコン等のデバイスが必要である.何人かの学生は,持っているパソコンの機種が古く,ビデオ会議システムでパワーポイントを掲示できなかったり,カメラ,マイクのついているパソコンを持っていなかった.その場合,スマートフォンで参加してもらい,資料の提示はあらかじめ電子メールで送ってもらったパワーポイントを教員が画面共有をした.
本学では,学生を対象に期間2020.6.24~7.8でネットワーク環境アンケートを実施した.そのうち薬学部(783名)の結果を紹介する.回収率は54%であった.
インターネット環境に問題があったのは16%で,トラブルとしては,パソコンに起因するトラブルや通信速度・通信量不足であった.また,通信量の上限がある学生は23%存在した.ビデオ会議システムを用いた実務実習セミナーを推進するには,これらの学生のデバイスや通信環境の改善が必要である.
薬学教育協議会では,全国でふるさと実習を推進しており1),本学では,ふるさと実習に積極的に取り組んでいる.2019年度は,141名中56名がふるさと実習を実施した.さらに,2010年から2019年までの10年間に,滋賀県から沖縄県まで22府県でふるさと実習を実施した(図4).当然,ふるさと実習でも実務実習セミナーを開催しており,大学や,薬剤師会館,病院・薬局セミナー室など,学生が実習を行っている近隣に教員が赴き実施している.2019年度は,遠隔地での実務自習セミナーの開催は94回,参加延べ人数は,学生291人,教員118人である(表2).遠隔地で実施する場合,参加者の移動時間並びに移動コストは大きいが,実習中に様々な施設で実習をしている学生が学生同士でディスカションをし,教員が学生の顔を見て直接話を聴き,指導することは有用であると考えている.今年度はふるさと実習の地域を関西以西とし,1府県に2名以上の実習生がいることを条件として実施している.移動時間と移動コストの問題をビデオ会議システムにより解決することができるなら,より広範囲での,日本全国を視野に入れたふるさと実習が可能となる.さらに,遠隔地への移動コストと時間の削減により,人的・物的資源をより教育の本質に用いることにより教育効果の向上が期待できる.
2010年度~2019年度 各地域で行った実習生の延べ人数
従来,実務実習セミナーのグループは,地理的に近いグループで編成している.ビデオ会議システムを用いることで,地理的な制限を除くことができ,グループ分けも自由度が高くすることが可能となる.遠隔地で実習している学生同士が,実習中に実務実習セミナーでディスカションをすることで,地域による違い,変わらない原則等さらなる気づきが得られることが期待される.
学生は自宅でビデオ会議システムに参加することから,保護者が授業参観のように学生の学修状況を確認するという事例もあった.さらに,場所の制約がないことから,実習施設の指導薬剤師を含め様々な職員の方に,より参加していただきやすいかもしれない.ビデオ会議システムは,この様にオープンな場を提供する教育ツールとしても期待される.しかしながら,この場合,患者,実習施設,学生の個人情報を守るために注意が必要で,明確な実施ルールを作成する必要がある.
実務実習セミナーにおいて,ビデオ会議システムを用いることで,移動コスト,時間コストを削減する物理的な効果があった.物理的な制限がないことは,とても大きなことであり,前述したような様々な可能性が広がる.また,自宅での実施ということで,学生がどの様な学修をしているか家族が知る,いわゆる授業参観のような機会ともなった.さらに,面と向かって話すのが苦手な学生が,ビデオ会議システムを使うことで自分の意見を述べることもあり,今まで知らなかったお互いの個性をよりよく知ることもできた.実務実習セミナーは少人数での開催であるので,全員の表情を見ることができ,さらにスピーカービューにすることで発言者の細かな表情まで見ることができた.このことにより参加者全体を確認しながら,発言者とのコミュニケーションをとることができると考えている.
学生,教員から現時点であがっている意見として,「良かった」「意見がいっぱい出た」「スライドを共有したので対面と遜色ない」「学生同士の意見交換が活発に行われた」「話している学生の顔を見て話が聞ける」「画面の背景(バーチャル)を見て,会話のきっかっけになる」などの,ビデオ会議システムの機能面での肯定的な意見が聞かれた.又,自宅からの参加の場合,「日常生活が垣間見られ,ペットが見えたりと場が和む.」「家族が聞いていることがあり,どの様に学修してもらうか知ってもらう機会になる」と自宅からの参加ならではの意見が聞かれた.また,「感染のリスクを考えるとビデオ会議システムの方が良い」とコロナ感染症蔓延下ならではの意見があった.
Everardらは2),オンラインと対面による医学教育を比較し,知識の習得に違いはないが,双方向のオンラインシステムでは,知識を応用するにあたりより深い理解を得られ,一方学生の満足度は,対面による講義のほうが高かったと報告している.本学では,今後,全学生を対象にアンケート調査を実施し,ビデオ会議システムを用いた実務実習セミナーについて学生の意見を集約し,メリット・デメリットを総合的に検証してより効果的にビデオ会議システムを用いていきたいと考えている.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.