2021 年 5 巻 論文ID: 2020-069
実践的薬物治療教育として,薬理学アクティブラーニング「薬理学ロールプレイ」を2010年から2020年の間に,医学部20大学,薬学部1大学,歯学部2大学,看護学科1大学において共通プログラムで実施している.事前に提示した症例を基にコミュニケーションを通じて学習することからCase & Communication based approach(C&Cアプローチ)と名付けている.C&Cアプローチによる薬物治療教育は,薬物治療の理解,患者の気持ちの理解,モチベーションの向上において有効性が高い.2020年度は,COVID-19に対応して,オンライン講義として実施した.オンライン実施に関しては,2大学合同での実施や遠隔診療の模擬体験など対面講義にはないメリットも見出され,より有効な教育プログラムとして発展する可能性が示唆された.本論文では,「オンライン薬理学ロールプレイ」の概要と実施時の工夫,今後の可能性について紹介する.
Active learning for practical pharmacotherapy education through pharmacology role-play was conducted at twenty medical schools, one pharmacy school, two dentistry schools, and a nursing school from 2010 to 2020. This program used a Case & Communication based approach (C&C approach), where students studied communication cases between medical professionals and patients before practicing in class. This role-play program expanded the understanding of pharmacotherapy and patient feelings and improved student motivation. The role-play activities moved online due to the COVID-19 pandemic in 2020, and a joint exercise between two of the universities allowed students to practice remote medical consultation simulations. This study discusses the outline, advantages, and future possibilities of the online pharmacology role-play program.
2020年度の大学教育は,COVID-19感染拡大により,対面講義の実施が困難となり,遠隔学習への急速な対応を余儀なくされた.オンデマンド型のビデオ配信やZoom等を活用したリアルタイム授業など,様々なスタイルの遠隔教育が実施された結果,その有効性とともに様々な課題が明らかとなり,対面教育の重要性もあらためて認識された.特に大きな課題となったのは,演習や実習,様々なアクティブラーニングに関して,教育の質を担保しながらいかに遠隔で実施するかという点である.withコロナ時代の教育は,コロナ禍の経験を進化に変える視点と工夫が必要であり,より質の高い双方向型教育プログラムや遠隔でも実施可能なアクティブラーニングの開発が喫緊の課題となっている.
我が国における薬価収載の医薬品はおよそ14,000品目1) あり,代表的な薬物の作用や副作用を学ぶだけでも膨大な知識量となる.その全てを教授することは不可能であり,学生には薬物治療に関する正しい学び方を修得してもらう必要がある.「薬理学ロールプレイ」は,“単なる記憶”から“生きた知識”とするのに有効なアクティブラーニングであり,多くの大学で実施されている2–5).2020年度は,コロナ禍に対応して,十分な感染対策をとった上で対面講義,あるいはオンライン講義として実施した.オンライン実施に関しては,2大学合同での実施など対面講義にはないメリットも見出され,より有効な教育プログラムとして発展する可能性が示唆された.本論文では,対面実施と遠隔実施の「薬理学ロールプレイ」について紹介する.
薬物治療の基本は,“病態の正しい把握と診断・適切な治療薬処方”にあるのは言うまでもないが,十分な治療効果が発揮されるためには,“患者や家族に薬物治療を正しく理解・納得してもらい,適切な薬物治療を実践してもらう”ことが重要である.そのため,医療者は,“病気や薬物治療に対する幅広くかつ深い知識”を持つだけでなく,“病気や薬物治療を分かりやすく説明する能力”や,“コミュニケーション能力”を身につけることも重要である2,3).薬理学教育では,主要な治療薬の作用機序や副作用などについて幅広く学習するが,対象となる学生は,疾患についての十分な知識を持たず,臨床経験がないため,膨大な知識の暗記に陥りがちである.この問題の解決策の一つとして,学生同士が医療者と患者に扮して病気や薬物治療の説明を行う“学生主体型ロールプレイによる実践的薬物治療教育”「薬理学ロールプレイ」2–5) がある.
この薬理学ロールプレイは,2010年度に宮崎大学で開始され,2020年度までに医・歯・薬・看護4学部23校[医学部20大学(宮崎大学,九州大学,久留米大学,産業医科大学,福岡大学,長崎大学,鹿児島大学,高知大学,愛媛大学,鳥取大学,大阪市立大学,三重大学,金沢大学,愛知医科大学,藤田医科大学,東邦大学,獨協医科大学,東北大学,東北医科薬科大学,弘前大学),薬学部1大学(熊本大学),歯学部2大学(九州歯科大学,福岡歯科大学),看護学科1大学(宮崎大学)]において共通プログラムとして実施されている.事前に提示された症例(Case)に基づいて学習を行い,コミュニケーション(Communication)を通じて能動的に学修することから,Case & Communication based approach(C&Cアプローチ)による薬理学アクティブラーニングと名付けている 3,4).医学部・歯学部では薬理学講義あるいは臨床薬理学講義を受けている2–4年生を,薬学部では実習事前学習として6年制課程の4年生を対象としている.宮崎大学では,多職種連携教育の一環として,2017年より医学科と看護学科の合同で薬理学ロールプレイを実施している6).C&Cアプローチによる薬理学アクティブラーニングの実施は,薬物治療の理解,患者の気持ちの理解,モチベーションの向上において有効性が高い2–5).
下記の(1)~(7)を基本形とするが,各大学のカリキュラムや様々な試みに応じて,適宜変更している.
(1)医療者グループ3名と,患者グループ3名(患者1名+家族2名),司会1名,コメンテーター2名の合計9名を1セットとする.医療者グループの設定(主治医と研修医,指導医など),患者グループの設定(患者と両親など)は自由とする.事前の打ち合わせや予定調和は行わない.
(2)症例は,事前(2週間~1ヶ月前)に配布し自主学習を促す.症例のテーマとしては,小児喘息,非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)&胃潰瘍,高血圧&糖尿病,高血圧&脂質異常症,双極性障害,てんかん,パーキンソン病,甲状腺機能亢進症,認知症などを適宜使用している.医学部での症例は外来もしくは退院時の服薬指導とし,薬学部での症例は病棟薬剤師による服薬指導としている.
(3)配役は症例を提示した際に決定する.配役の決め方は,大学ごとに選びやすい方法を選択してもらっている.最も多い方法は,主治医役,患者役の希望者を募り決定した後,主治医役,患者役が演じやすいチーム作りができるよう自由にメンバーを決めてもらうというものである.薬理学実習班ごとに,医師グループ,患者グループ,司会を決めてもらい,どのグループにあたるかわからない状態にしておいて,当日,グループと組み合わせを選抜するという方法もある.
(4)医療者グループの設定(指導医や研修医などの配役など),患者グループの設定(親子,夫婦などの配役など)は自由としている.医療者グループは白衣着用とし,手元に資料を持たず説明を行うが,患者説明用のスライドや板書などの活用は自由とする.
(5)ロールプレイは,教室前方,あるいは教室の中央にイスを並べて,マイクを使用して行い,体験者以外の学生はそれを観察する(図1a).
対面ロールプレイの実施の概要
教室の配置(前方ステージでロールプレイを実施の場合)
講義の構成(90分×2コマの場合)
(6)ロールプレイの時間を長め(20分)に設定することで,幅広く・正確な知識と分かりやすい説明が要求されるようにする.ロールプレイ終了時に,学生主体の討論とコメンテーターによる説明(15分)を行う.
(7)講義終了時に,5段階評価のアンケート[(a)薬物治療の理解に有効であったか?(b)患者の気持ちの理解に有効であったか?(c)医師としてのモチベーションの向上に役立ったか?(d)学習姿勢の変化をもたらすか?]と,感想を自由記載してもらい,講義の有効性と学生の満足度を評価するとともに,学生の投票によりベストプレイヤー3名(医療者役,患者/家族役,司会役/コメンテーター)を選出し表彰を行う.
基本は対面講義と同じであるが,対面講義との違いや留意点は下記の通りである.
(1)医療者グループ3名と,患者グループ3名(患者1名+家族2名)を1セットとする.司会進行は,全体を通してホスト役の教員が行う.医療者グループと患者グループは,事前にZoom等の接続確認を行うが,予定調和は行わないようにする.
(2)医療者は,画面上で医療者であることが確認しやすいように,白衣着用とする.画面共有によるスライドデータの活用,バーチャル背景の活用などは,学生の自由とする.
(3)アンケートやベストプレーヤーの投票(医療者役,患者/家族役)は,webを利用して行う.
対面実施も遠隔実施も基本は同じである.90分×2コマの場合は,下記のように構成されるが,ロールプレイの実施部分が異なってくる.
イントロダクション(20分)
ロールプレイ(140分)
まとめの説明と表彰式(20分)
1.対面実施の場合(図1b)1セットの構成は,[ロールプレイ(20分)+ディスカッションとコメンテーターの説明(15分)/合計35分程度]としている.したがって,90分×2コマの場合は4セット,4症例実施可能である.
2.遠隔実施の場合遠隔実施の場合は,操作上ロスタイムが生じやすいため,余裕を持って実施できるように,ロールプレイの実施回数は,対面実施の時より回数を減らす必要がある.講義の構成により,①ディスカッションを充実させる方法と②体験者を増やす方法の2方法を選択可能である.
①ディスカッションを充実させる方法(SGDの追加)(図2a)
オンラインロールプレイの実施の概要(90分×2コマの場合)
a)ディスカッションを充実させる場合(SGDの追加)
b)ロールプレイ体験者と症例を増やす場合
ロールプレイ(25分)の後,Zoomのブレイクアウトルーム機能を活用して,小グループ(10名程度)でのディスカッション(20分)を行う(Small Group Discussion: SGD).その際,ロールプレイを演じた学生は,SGDには加わらない.SGDごとに司会と書記を決めてもらい,書記は話し合った内容をまとめて,チャット機能を利用してホストの教員宛に送る.その後,各SGDの司会と書記が画面をonにして,ロールプレイを演じた学生とともに全体ディスカッション(25分)を行う.例えば,1学年の学生数が100名で,SGDを10グループとした場合は,ロールプレイを演じた学生6名を除く94名をSGDに振り分けるため,SGDは9-10名となる.SGDごとに司会と書記を決めてもらい,20分間のディスカッションを行う.続いて,ロールプレイ体験者(6名)と各SGDの司会と書記(20名:2名×10グループ)の合計26名の学生と司会役の教員が画面をonにして全体ディスカッションを行う.これを2セット実施する.ホスト役の教員1名でも実施可能であり,全体の管理も行いやすい.
2020年度実施大学:医学部7大学(東北医科薬科大学,産業医科大学,獨協医科大学,愛知医科大学,藤田医科大学,三重大学,愛媛大学),薬学部1大学(熊本大学薬学部)
②ロールプレイ体験者と症例を増やす方法(図2b)
ロールプレイ(25分)の後,全体ディスカッション(15分)を行い,1セット(40分程度)とする.これを2セット実施する.3セット目は,複数のグループに分かれ,同時進行でロールプレイを実施する.例えば,3セット目のロールプレイを,4グループに分かれて同時進行で実施すると,全体で6セット実施したことになり,ロールプレイ体験者を増やすことが可能になる.ロールプレイを同時進行する際に,ロールプレイ数のホスト役(教員)が必要となるため管理は複雑になるが,理論的には学生全員にロールプレイを体験させることも可能となる.3セット目のロールプレイの症例をそれぞれ別の症例にすることにより,学習する症例数を増やすことも可能となる.その場合は,まとめの解説の時間を長めに設定する.
2020年度実施大学:医学部2大学(東北大学,長崎大学),歯学部1大学(九州歯科大学)
熊本大学薬学部で実施されている「服薬指導ロールプレイ演習」は,患者が納得できる服薬指導の実践を考えることを目的としている2).2020年度は,Zoomのブレイクアウトルームを利用した①ディスカッションを充実させる方法(SGDの追加)で遠隔実施した.ロールプレイ演習の時間だけでは個々の薬剤に関する詳細な説明を行うことが難しくなりがちであるが,演習後に「服薬指導ロールプレイのFollow-up―薬剤師の視点から―」という講義を追加することで,詳細なフィードバックを行い,学びを深める工夫がされている.
2.遠隔実施のメリットを活かした発展的プログラムの展開遠隔実施の場合は,通常行っている対面実施を遠隔で再現するだけではなく,遠隔診療を想定して実施することも可能である.その場合,家族のみ遠方から参加のように,学生の希望に応じて自由に設定している.通常の講義ではイメージしにくい遠隔診療を模擬体験できるのは,オンライン薬理学ロールプレイのメリットの一つと言える.
愛知医科大学と藤田医科大学では,医学部2年生を対象として2大学合同で実施した.共通プログラムとして実施しているため,講義時間枠さえ調整できれば,遠隔の大学間での実施が可能となる.オンライン薬理学ロールプレイの場合は,移動時間や移動手段の確保,広い講義室の確保などの必要性がなくなるため,多職種連携教育への展開も容易となる.
宮崎大学では,2020年度は遠隔で医看合同ロールプレイの実施を計画していたが,講義日程の直前で対面講義が可能となった.最終的に対面実施に変更したが,状況に応じて対面と遠隔の切り替えがスムーズに可能な点も特筆すべきである.
近年,「薬物治療の個別化と最適化」が進み,薬理学・臨床薬理学教育の充実は社会的要請となっている.学生が治療学を学ぶ際に身につけるべきことは,“知識(knowledge)”だけでなく,“技術(skill)”と“態度(attitude)”であるが,日本の卒前教育にはコミュニケーション能力をはじめとした“態度”教育が不足していることが指摘されている7).“知識”と“技術”に加えて,“態度”をバランス良く教育するには「知識授与型教育」(知識習得型教育)だけでなく「問題解決型教育」(体験型教育)を組み合わせることが重要8,9) であり,「薬理学ロールプレイ」は,それに適した教育方法の一つと言える3).また,水平的統合(解剖学・生理学・生化学などの基礎医学教育をつなぐ)と垂直的統合(基礎と臨床を薬物治療でつなぐ)の2つの側面を持つアクティブラーニングと位置付けることもできる.
「薬理学ロールプレイ」は,新型コロナ感染拡大に応じて対面講義が不可能となった場合も,実施時の工夫のみで例年通りに実施可能であった.さらに,遠隔実施のメリットを活かして,遠隔診療の模擬体験や2大学合同ロールプレイという新たな取り組みも可能となった.この遠隔実施の「薬理学ロールプレイ」は,複数の大学で共通プログラムとして実施していることで他大学での課題や工夫を速やかにプログラムに反映可能なこと,状況に応じて実施方法(対面/遠隔)を柔軟に変更できる柔軟性やレジリエンスが高いことが強みとなっている.今後は,対面実施が不可能になった時の代替方法というだけではなく,多職種連携教育や遠隔診療の模擬体験などの教育目的に応じた選択肢の一つとしての展開も目指したい.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.
薬理学ロールプレイの実施にご協力いただいた先生方[笹栗俊之教授(九州大学),西昭徳教授(久留米大学),武谷立教授(宮崎大学),宮田篤郎教授(鹿児島大学),岩本隆宏教授(福岡大学),永田康浩教授(長崎大学),齊藤源顕教授(高知大学),茂木正樹教授(愛媛大学),今村武史教授(鳥取大学),冨田修平教授(大阪市立大学),西村有平教授(三重大学),安藤仁教授(金沢大学),安西尚彦教授(千葉大学),村上学教授(弘前大学),入江徹美教授(熊本大学),柳原延章名誉教授(産業医科大学),中野重行名誉教授(大分大学)]に深謝致します.