薬学教育
Online ISSN : 2433-4774
Print ISSN : 2432-4124
ISSN-L : 2433-4774
特集:COVID-19パンデミック下での薬学教育~レジリエントな教育システム構築に向けて~
帝京大学におけるオンライン授業による統合型演習の実践
―薬学生300人を対象とした問題基盤型学習による症例検討―
岸本 成史渡邊 真知子安藤 崇仁厚味 厳一板垣 文雄大藏 直樹岩澤 晴代長谷川 仁美長田 洋一小佐野 博史奥 直人
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2021 年 5 巻 論文ID: 2020-071

詳細
抄録

帝京大学薬学部では,4年次に統合型の演習科目「薬学統合演習1」を開講し,約300名の学生を対象に講義室内で薬物治療症例の問題基盤型学習を行っているが,2020年度はCOVID-19のパンデミックによりオンライン形式での遠隔授業として行うことになった.オンライン授業はオンライン会議システムと学習管理システムを組み合わせて用いて実施し,症例検討のスモールグループディスカッションはオンライン会議システムのブレイクアウトルーム機能を利用して行った.また,症例シナリオや授業の実施内容を極力変えず,履修者全員が確実に授業に参加できるよう考慮して授業を行った.授業終了後に学生が得られたと感じた学修成果や授業の満足度は,従来の授業と比べて差異がなかったことから,本演習をオンライン形式で行った場合でも,対面形式と遜色ない学修成果が得られたものと考えられた.

Abstract

The integrated exercise course, Integrated Pharmaceutical Exercise I—wherein pharmacotherapy case studies are used for problem-based learning—was implemented on 300 fourth-year students at the Faculty of Pharma-Science, Teikyo University. In 2020, because of the COVID-19 pandemic, classes were held online using an online meeting system, which has a breakout room feature that is useful for small group discussions, and two learning management systems. We did not change the case scenario and content of the exercises, and ensured that all students attended the classes. No difference was observed in the learning outcomes or satisfaction derived from online classes when compared with that from face-to-face classes.

はじめに

2019年の医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全生の確保等に関する法律の改正等により,患者の薬物治療における薬局・薬剤師の責任がより明確となったことから,薬学教育において薬学生に薬物治療の臨床実践能力をしっかりと身につけさせる教育を行うことがより重要となってきた.帝京大学薬学部では,2015年度から薬物治療の症例検討を行う演習授業をトライアルとして導入し,2018年度より本格的に4年生を対象とした薬物治療の症例検討を行う統合型の演習科目「薬学統合演習1」を開講している.2018,2019年度は,約300名の履修生を2クラスに分けて講義室内でスモールグループディスカッション(SGD)や発表会,集合型の講義といった対面形式の授業を行ったが,本年度(2020年度)はCOVID-19のパンデミックによりオンライン形式での遠隔授業の実施が余儀なくされた.

本稿では,大人数の学生を対象としたアクティブ・ラーニング形式の統合型演習をオンライン形式でどのように行ったのかを紹介し,対面形式の授業との違いについて述べる.

従来の「薬学統合演習1」の概要

帝京大学薬学部では,ディプロマポリシーの中のコンピテンシーの一つとして「患者個人の背景を尊重した適切で効果的な薬物治療を実施できる」ことを挙げている.「薬学統合演習1」は,本学部生に薬剤師が薬物治療に携わる際の「臨床思考プロセス」を理解させ,実務実習において患者に合わせた薬物治療と適切な薬学的管理を考える力と実践力を身につけさせることを目的として,薬学基礎から医療薬学に亘る一連の講義科目を履修し終えた4年次前期終了後から実務実習に出る前の期間に実務実習事前学習の一環として配置された4年次演習科目(6単位)である(図1).なお,薬物治療における「患者情報の収集」→「アセスメント・プロブレムの抽出」→「計画の立案」→「経過記録の作成」の流れを我々は「臨床思考プロセス」と呼んでいる.本演習では,実務実習で触れるべき代表的な疾患である高血圧症,糖尿病,心疾患,脳血管障害,精神神経疾患,免疫・アレルギー疾患,感染症を含む7つの症例を用意し,各症例について薬物治療の症例解析の問題基盤型学習(PBL)を中心とした授業を行っている.授業は症例につき4日間を1ユニットとして実施し,1ユニットは1,2日目のPBLと発展演習課題,3日目の医師や薬剤師,薬学部教員による講義とプロダクトの発表会,4日目のユニット試験で構成される(表1).症例解析のPBLでは,学生が5,6人のグループに分かれて,配布された症例シナリオについて「臨床思考プロセス」に沿った解析を行い,最終的に経過記録をSOAP形式で作成していく.この際,症例ごとに経時的なシナリオが順次提示され,病状や治療段階の異なるいくつかの場面についてそれぞれ経過記録を作成するのが本演習の大きな特徴といえる.

図1

「薬学統合演習1」の授業概要.A.薬学的管理のための臨床思考プロセス:我々は,患者情報の収集から評価までの流れを臨床思考プロセスと呼んでいる.「薬学統合演習1」では,提示された患者シナリオについて患者情報の収集から計画立案を行った後,経過記録を作成し,更に同じ患者の時間経過後のシナリオについて同様の演習を繰り返している.B.大規模教室におけるスモールグループディスカッション(SGD):3人掛けの机2つを合わせて6名のグループの島を作り,SGDを行っている.

表1 「薬学統合演習1」の各ユニットの授業スケジュール(対面授業)
午前 午後
授業前 事前課題(自己学習)
1日目 症例検討PBL 発展演習課題
2日目 症例検討PBL 発展演習課題
3日目 医師・薬剤師による講義
発表会
薬学部教員によるフィードバック
発展演習課題のフィードバック
4日目 ユニット試験

本演習の企画や準備は薬学部内に立ち上げられた「薬学統合演習1小委員会」を中心に行われている.本学部の4年生は約300名と多くPBLの授業は2クラスに分かれて行うことから,実際の運営に際しては委員以外の多くの教員にファシリテーターとして協力してもらっている.

オンラインによる「薬学統合演習1」の実践

COVID-19パンデミックの影響により今年度の「薬学統合演習1」を遠隔授業として行うことが決まったのは,授業開始の約1ヶ月前の6月であった.薬学統合演習1小委員会を急遽招集し,他の授業や試験日程の変更も考慮しながら本演習の授業日程を組み直し,まずは7月期中に3ユニットを実施することを決定した.次いで検討しなければならなかったのは,授業の実施形式である.4月以降,本学では資料や動画配信によるオンデマンド形式の授業が中心で,オンライン会議システム等を用いた双方向型のライブ形式の授業はほとんど行われていなかった.「今回は本演習も全てオンデマンド形式にして,学生には自己学習してもらうしかない」との声もあったが,本演習はアクティブ・ラーニングで行わなければ教育効果は大幅に減じてしまうことが考えられるため,ライブ形式の授業とすることを選択した.

以下,本演習をオンラインで実施した際に使用したオンライン会議システムや学習管理システム(LMS),設備・機器等について,ならびに授業運営の実際について述べる.

1.オンライン会議システム,LMSについて

本演習では,オンライン会議システムとしてZoomミーティングを用いた.本学では他にもBlackboard Collaborate UltraやMicrosoft 365のTeamsなどの選択肢があったが,7月の時点で既に4年生に対して他の科目でもZoomミーティングを用いた授業を行っていて学生にも馴染みがあったこと,本演習に関わる教員の多くが日頃のオンライン会議等でよく使用していて使い勝手がわかること,グループワークができる機能(Zoomの場合,ブレイクアウトルーム機能)があること,本学のLAN環境下で試用した際に通信の切断や画像の乱れが少なく安定的であったこと,などが理由である.

本演習の情報伝達,資料配信,出席確認,課題提出,小テストやアンケート等は,本学で採用している2種類のLMSをそれぞれの特性にあわせて使い分けた.具体的には,学生への情報伝達,出席確認,ユニット試験およびアンケートはTYLAS(Teikyo Yakugaku Learning Assist System)を,資料配信と課題提出はBlackboard Learn R9を用いて行った.

2.使用した部屋と設備・機器

本演習の授業運営のために,薬学教育研究センター内の2つの部屋をそれぞれ配信室と運営管理室として用いた(図2).配信室には,Webカメラとマイクを接続した講師撮影用兼パワーポイント操作用のパソコン(PC)(図2のPC①,②),LMSを使って資料配信,出席確認,小テスト,課題提出などを行うPC(図2のPC③),テレビモニターを接続した配信画像確認用のPC(図2のPC④)を配置した.一方,運営管理室には,配信画像や音声の確認,Zoomへの入室許可,チャットへの質問対応,マイクミュートの切り替え,スポットライトビデオの操作,収録動画共有,ブレイクアウトルームの実施とその際のファシリテーター,授業内容の収録などを行うPC(図2のPC⑤,⑥)を配置した.配信室の音声が直接届かない部屋を運営管理室として使用したのは,配信室の画像や音声が問題なく配信されているかの確認をハウリングなしに行えることが主な理由である.なお,本学部の4年生は300名程度いるが,Zoomの有料プログラムでもブレイクアウトルームを行う場合には最大で200名までしか対応できないため,4年生を2つのクラスに分けてそれぞれ別のZoomアカウントを割り当てて運営を行った.このため,撮影用および運営用のPCは2台ずつ必要となり,LMS用とテレビモニター用を合わせると最低でも合計で6台のPCが必要であった.運営を行う上で,使用するPCのスペックが不十分だと配信する動画の再生やZoomでの受送信に不具合が生じることがあるため,事前に動作の確認をしておくことをお勧めする.

図2

「薬学統合演習1」のオンライン授業で使用した部屋と設備・機器.A.配信室:主に授業のライブ配信を行う部屋である.PC①,②はそれぞれ1組と2組の講師撮影用兼パワーポイント操作用,PC③は資料配信や小テスト等,LMSの管理用,PC④は配信画像確認用のパソコンである.B.運営管理室:主にオンライン授業の運営・管理を行う部屋である.PC⑤,⑥はそれぞれ1組と2組の運営・管理用.運営・管理担当教員は,各クラスの配信画像・音声の確認やZoomの各種機能の操作,SGDの際のファシリテーター,学生の出席管理,問い合わせ対応などを行う.

3.オンラインによる授業の実施内容と運営について

今回開講した「薬学統合演習1」の7月期の授業では,全部で7ユニットあるうちの3ユニット(「気管支喘息」「パーキンソン病」「生活習慣に起因する疾患」の3症例)を実施した.各ユニットで取り上げた症例シナリオや実施内容は基本的に前年度から大きな変更は加えなかったが,授業スケジュールについては,遠隔授業となったことに加え,本演習に割り当てられた日数に限りがあったことから,従来の授業から大きく変更することを余儀なくされた(表2).これにより特に大きな影響を受けたセッションは,SGDである.従来のPBLでは,グループ毎に机を寄せて島をつくり,メンバーでSGDを行いながら班プロダクト(経過記録)を作成したのだが,今回は,共通のプロダクトの作成が困難であること,十分な時間が確保できないことから,ZoomのブレイクアウトルームによるSGDは,メンバーが個々に作成した経過記録の内容を共有する機会とすることにとどめた.これに加えてユニット試験についても大きな変更があった.従来は1ユニットが終了する毎にユニット試験を行っていたが,今回は3つのユニットが終了した時点でまとめて実施し,その方法もLMSの小テストシステムを利用した遠隔で解答する形式となった.

表2 「薬学統合演習1」のオンライン授業(2020年7月期)の授業スケジュール
午前 午後
授業前 ユニット1事前課題
1,3,5日目 イントロダクション
ユニット1~3症例検討PBL
発展演習課題
2,4,6日目 ユニット1~3症例検討PBL 医師・薬剤師による講義
薬学部教員によるフィードバック
次ユニットの事前課題
7日目 発展演習課題のフィードバック ユニット1~3プロダクトの見直し
8日目 ユニット試験(範囲:ユニット1~3の内容) 試験問題の解説

Zoomを用いたオンライン授業を行うにあたり,特に我々が考慮したのは履修者全員が毎日確実に授業に参加できるようにすることであった.それは,本学部では実習・演習の欠席を原則として認めていないこともあるが,学生個々の本授業への準備状況や取り組み方,ネット環境等の違いによって学習効果に差異が生じることを避ける目的もあった.ここで学生に徹底したことは,1)決まったアカウントでZoomミーティングにサインインした状態で本授業のミーティングに参加する,2)授業開始時間前に入室し,出席確認のための小テストに回答する,3)授業中は基本的にビデオオン(顔を見せる)にすることであった.また,我々への問い合わせ先としてメールアドレスと電話番号を学生に伝えておき,何らかの理由で授業に参加できない(Zoomミーティングに入れない)場合にはすぐに連絡をするよう周知した.実際にこれらの対応により,無断欠席や遅刻はほとんど無かった.なお,1)については,本学では全学生に対して入学時に大学からメールアドレスが割り振られるので,予めこれらのメールアドレスでZoomのアカウントをサインアップし,毎日授業の開始時間前までにこのアカウントで指定されたZoomミーティングIDとパスコードでサインインすることで実現した.これを行うことにより,授業のZoomミーティングに部外者が参加してくるのを防ぐことができる上に,予めブレイクアウトルームのグループ分け設定を行っておくことでSGDがスムーズに行えるなどのメリットがあった.

オンライン授業による「薬学統合演習1」を履修した学生の反応

オンラインによる遠隔授業となったことにより,本演習のようなSGDを含む統合型演習に対する学生の反応や学習効果にどのような影響があったのか,知りたいところである.今回,7月期の3ユニットが終了した時点で,本演習での学修を振り返ることを目的とした各ユニットの学習目標の到達度の自己評価と次回に向けての授業改善を目的としたアンケートを実施したので,その結果について一部紹介したい.まず,各ユニットの到達目標(表3)について5段階のリッカート尺度で履修学生に自己評価してもらったところ,すべての項目で85%以上の学生が「できる」または「ややできる」と回答した.同時に行ったアンケートの中の「扱った疾患とその薬物治療について理解が深まりましたか?」,「薬学的管理における臨床思考プロセスの考え方は身につきましたか?」,「SOAP形式での経過記録の書き方は身につきましたか?」といった質問(5段階のリッカート尺度で回答)に対しては,95%以上の学生が「深まった/身についた」または「やや深まった/やや身についた」と回答した.また,「満足度を教えてください」といった項目については,63%の学生が「満足」,「やや満足」と回答した.後者のアンケートについては,前年度に対面形式で開講した同科目の終了時にも実施しており,ここで紹介した設問に対する回答結果は前回のものとほぼ同じであった.すなわち,授業の実施方法をオンライン形式に変えても,学生自身が本演習によって得られたと感じた学修成果や授業の満足度には大きな影響はなかったことになる.このことは,同アンケート中の「授業の感想や意見をお聞かせください」という自由記述欄への「将来に向けて役に立つ内容だった」「有意義であった」「Zoomの授業は思っていたよりも良かった」「このような演習授業をもっと受けたい」といった記述が多く寄せられたことからも伺える.一方で,「通信状態が悪いことが原因でも欠席となるのか」「スケジュールが過密」「ユニット試験の解答時間(記述式解答を打ち込む時間)が足りない」「実施時期が悪い(8月後半に前期定期試験が控えていた)」といった苦言や改善を求める意見があり,これらについては次回に向けて改善できるよう検討したい.

表3 「薬学統合演習1」ユニット1~3の学習目標
ユニット1:気管支喘息と診断された患者に対する薬学的管理を学ぶ.
・重症度に基づくステップ別の薬物療法を理解し,ステップダウン時の薬学的管理をシミュレートする.
・重症度に基づくステップ別の薬物療法を理解し,ステップアップ時の薬学的管理をシミュレートする.
・喘息増悪発作を防ぐための患者の危険因子を抽出し,薬剤師としての支援をシミュレートする.
ユニット2:パーキンソン病と診断された患者に対する薬学的管理を学ぶ.
・病状の進行(治療開始時→進行期→発症後10年)に伴うADLの変化に応じた薬学的管理をシミュレートする.
・ウエアリングオフ発現時の薬学的管理をシミュレートする.
・運動合併症(ジスキネジア)発現時の薬学的管理をシミュレートする.
ユニット3:生活習慣に起因する疾患の患者(糖尿病と高血圧の合併例)に対する薬学的管理を学ぶ.
・病態に応じた安全かつ適切な薬剤選択をシミュレートする.
・患者に適した薬物療法,非薬物療法(食事療法,運動療法)を理解し,退院後の生活を見据えた支援をシミュレートする.
・副作用を疑う症状発現に対し,副作用鑑別のための思考プロセスをシミュレートする.

おわりに

今回,アクティブ・ラーニングを主体とした統合型演習をZoomを用いたライブ形式のオンライン授業で実施したところ,いくつかの改善すべき点はあるものの,対面形式と遜色ない学修成果が得られたものと考えられた.十分な準備が出来ない中,我々教員は自転車操業で本演習の授業を進めていた側面があったものの,我々が見落としている部分を学生の指摘により直ちに修正・改善をすることができた場面が随所にあった.学生達が,このような非常事態下で我々教員が限られたリソースの中で授業を準備していることを理解し,共に授業を改善していこうという気持ちを持って協力的な態度で臨んでくれたのは,本演習が自身の将来に必要な教育であることを理解しているからであろう.今後も,彼らの期待を裏切らないような教育プログラムを構築・提供していかなければならないと改めて感じた次第である.

倫理的配慮

本稿で紹介した帝京大学薬学部4年生を対象とした自己評価およびアンケートに関して,公表する可能性があること,その場合は個人情報が公表されないことを,自己評価およびアンケート実施時に対象者へ口頭で説明し,同意を得ている.また,図2へ掲載した写真に関して,写っている人物から写真掲載についての同意を得ている.

謝辞

本稿で取り上げた「薬学統合演習1」の履修生の皆様に心より感謝致します.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

 
© 2021 日本薬学教育学会
feedback
Top