薬学教育
Online ISSN : 2433-4774
Print ISSN : 2432-4124
ISSN-L : 2433-4774
原著
在宅医療における薬学的評価のための研修としてのシミュレーション教育効果の解析
福井 里佳松田 雅史巖西 真池田 義人長谷川 千晶日置 三紀平 大樹戸川 香代川口 晃寺田 智祐
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2021 年 5 巻 論文ID: 2020-074

詳細
抄録

地域包括ケアシステムの推進に伴い,在宅医療において薬剤師に求められるスキルは多様化している.一方,在宅医療に特化した実践的な教育体制は確立されていない.本研究では,在宅医療における薬学的管理に関する卒後教育プログラムとして,思考過程に重点を置いたシミュレーション教育(SBE)のシナリオ作成とその評価・改良を行った.薬局薬剤師を中心とした受講生65名を対象に受講後のアンケートおよび受講前後の理解度についてルーブリック評価を実施し,アンケートの記載内容をテキストマイニング手法により解析した.受講前後で,「被疑薬の抽出」や「問題解決力」に関する自己評価の向上が見られた.薬剤師経験年数の短い群では「知識」や「情報」について,薬剤師経験年数の長い群では「副作用」や「症状の考察」について肯定的な意見が得られ,今回のプログラムが知識だけでなく思考力にアプローチできる内容であったと考えられた.

Abstract

Community pharmacists require various skills for performing home healthcare and promoting a community-based integrated care system. However, a practical education system specialized in home healthcare had not yet been established. In response to this need, a simulation-based education (SBE) program was created with some scenarios to emphasize the thinking process. This SBE program developed into a postgraduate education program on pharmaceutical management for home healthcare. After introducing the program, 65 trainees, mainly pharmacists working at pharmacies, responded to a questionnaire, and their responses were analyzed with text mining. A rubric was also used to evaluate the degree of their comprehension before and after the program. The results showed that their ability to “extract suspected drugs” and “solve problems” improved after the program. The younger pharmacists had positive opinions about “knowledge” and “information,” whereas the experienced pharmacists were positive about “side effects” and “consideration of symptoms.” Therefore, this SBE program was deemed effective in improving the problem-solving and thinking skills of pharmacists.

目的

医薬分業が進み,処方箋受取率が一貫して上昇する中,患者が複数の門前薬局で調剤を受ける機会も多くなり,薬局の役割が十分に果たされていないとする指摘がみられるようになった.それにより,平成27年10月23日に「患者のための薬局ビジョン」が策定された.本ビジョンは患者本位の医薬分業の実現に向けて,かかりつけ薬剤師・薬局の今後の姿を明らかにするとともに,団塊の世代が後期高齢者となる2025年,更に10年後の2035年に向けて,中長期的視野に立って,現在の薬局をかかりつけ薬局に再編する道筋を提示するものである.本ビジョンの中で,かかりつけ薬局には,在宅医療をはじめとする地域包括ケアにおける患者の服薬情報の一元的・継続的な把握と高度な薬学的管理が求められている1).これらを受け,医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(医薬品医療機器等法)が改正され,薬剤の適正な使用のために必要がある場合,薬剤師に患者の薬剤の使用を継続的かつ的確に把握させ,必要な情報提供を行う又は薬学的知見に基づく指導を行うことが規定された2).それにより,従来の調剤が主体であった「対物」業務から,薬を飲んだ後までをフォローする「対人」業務への移行が促進された3).そのため,今後地域医療において薬剤師が活躍するために,患者を総合的にアセスメントするための知識・技能の習得は必要不可欠である.

2006年に薬剤師養成を目指した教育課程は,「臨床に係る実践的な能力を培うことを主たる目的とする」6年制へ移行された4).これに伴い,卒前教育における長期実務実習等の臨床に則した教育期間が設けられた.しかし2020年現在,卒業後の教育について体系的に確立されたものはなく,各団体が自主的に行っているものが主である.そのため,就業後の薬剤師の知識ならびに技能習得は各個人の自己研鑽に依存しており,卒後教育の質や機会が十分に整備されているとは言い難い.また,地域包括ケアシステムでは薬局薬剤師の活躍が期待されている一方で,在宅医療に関する研修の充実が課題として挙げられている5).上記課題を解決するためにも,患者状態のアセスメントを学ぶことが可能となるシミュレーション教育(simulation-based education, SBE)による研修プログラムは有用と考えられる.

SBEは,学習者の知識と技術の統合により実践力を強化する教育としてその効果が世界的に実証されている6).これまで,救急・蘇生分野においてSBEの有用性が示されており,医学・看護教育においても積極的に取り入れられてきた79).しかし,薬学教育におけるSBEの導入は未だ多くはなく,その効果も十分に検討されていない.

我々は,在宅医療において薬剤師に必要なスキルを習得するための実践的な教育を目指し,思考過程に重点を置いたSBEのシナリオ作成と評価・改良を行ってきた.今回,受講生のアンケート結果についてテキストマイニング手法を用いて解析を行い,SBEによる教育効果について検討した.また,より効果的なシナリオ作成のため,改良前後の解析結果よりプログラム改良の意義についても考察した.

方法

1.SBE実施方法

医療研修施設「ニプロiMEP」(ニプロ株式会社,滋賀県草津市)を利用し,SBEを実施した.ニプロiMEPは模擬病室,透析装置やX線シネアンギオ室を含む研修室など,臨床に近い実践的な研修を行うことのできる施設である.SBEは実技を伴う形式であることから,より臨床に近いこのような施設で実施することで,教育効果が得やすいと考えられた.滋賀医科大学医学部附属病院薬剤部では,ニプロ株式会社と学術指導契約書を交わし,2017年より共同でシナリオ開発を行ってきた.2020年4月までに4つのシナリオを作成し,研修会の開催を目標に改良を重ねてきた.そのうち2つのシナリオについて2018年5月から2019年7月の間に,主に薬局に勤務する薬剤師を対象として,合計6回のSBEを実施した.SBEの内容は,薬剤師が模擬患者とのコミュニケーションを通して課題について検討し,医師へ提案を行うものであった(図1).SBEの構成は,I.アイスブレイク(10分),II.SBEに関するブリーフィング(10分),III.症例提示および事前学習(20分),IV.模擬在宅訪問(8~10分),V.振り返り(デブリーフィング)(30分)であり,全体で90分程度を目安に行った.各回受講生のうち3名が代表者としてSBEを体験し,代表者以外はオブザーバーとしてSBEの評価とデブリーフィングへの参加を行った.講義形式ではなく,主に受講生の発言によってシナリオが進行するようにブリーファーが補助を行った.シナリオは2種類(シナリオA,B)あり,シナリオAは副作用の原因探索,シナリオBは問題点の抽出と代替案の提示が主なテーマであった.SBEは模擬居宅施設を用いて行われ,患者への問診と簡単なフィジカルアセスメントを通して患者情報の収集とアセスメントを行う形式とした.受講生はランダムに1シナリオのみを受講した.SBE 1~4回目を実施した時点でアンケート結果の解析を行い,その結果を踏まえてプログラムの改良を行った.プログラム改良後に,SBE 5,6回目を実施した.

図1

在宅シミュレーション教育の流れ

2.評価内容

アンケートの回答が得られた65名に対して解析を行った.そのうち,プログラム改良後にSBE前後の評価が可能であった15名に対し,受講前後の理解度についてルーブリック評価を実施した.ルーブリック評価項目は「副作用評価のための情報収集」「患者面談による薬学的情報収集」「被疑薬の抽出」「薬剤と症状の因果関係の考察」「問題解決力」について,1)できない,2)一部できる,3)他者の協力があればできる,4)ツールがあればできる,5)一人で問題なくできる,の5段階評価を行った(表1).

表1 ルーブリック評価表
項目 1:できない 2:一部できる 3:他者の協力があればできる 4:ツールがあればできる 5:一人で問題なくできる
副作用評価のための情報収集 副作用評価に必要な情報のうち,収集できるのはおそらく2割以下だ 副作用評価に必要な情報の一部を知っており,おそらく3~5割程度収集できる 必要な情報の収集方法はわかるが,その選定には他者の助言が必要で,6割程度の情報収集ができる 副作用評価に必要な知識面を補助するツールがあれば自身で8割程度の情報収集ができる 他者からの助言やツールがなくても,副作用評価に必要な情報の8割以上を収集できる
患者面談による薬学的情報収集 患者等との会話から,基本的な患者情報と副作用について抽出することが難しい 患者等との会話から基本的な患者情報が収集でき,副作用評価に関連する項目の3~5割を収集できる 収集すべき項目を臨床症状に置き換える際に,他者の助言があれば6割程度の情報を収集できる 収集すべき項目を調べるツールがあれば,スムーズにほとんどの情報を収集できる 患者等との会話から患者の症状や背景,周囲の状況を網羅的に把握し,情報収集ができる
被疑薬の抽出 副作用の原因となる可能性のある薬剤を挙げられない 副作用の原因となる可能性のある薬剤を3種類程度挙げることができる 副作用の原因となる可能性のある薬剤を他者の協力を得ればすべて挙げられる 知識面を補助するツールがあれば,自身で可能性の高い薬剤を推定できる 他者からの助言やツールがなくても,副作用の原因となる薬剤を推定できる
薬剤と症状の因果関係の考察 添付文書情報と副作用症状が結びつかない 特定の薬剤に関する代表的な副作用について,添付文書等を参考に因果関係を考察できる 薬剤と症状の関連性について考察でき,他者の協力を得れば確かな被疑薬の選定・除外ができる 特定の症状の要因となる薬剤のリストなどのツールがあれば,薬学的内容から因果関係を考察できる 薬学的情報と患者状態を総合し,関連が高く評価すべき薬剤を絞り込むことができる
問題解決力 医師に対し,副作用の被疑薬の報告のみできる 医師に対し,副作用に関連する薬剤とその根拠(因果関係)を報告できる 他者の助言があれば副作用に関連する薬剤とその根拠を医師に報告し,その後の方針まで提案できる ツールがあれば副作用に関連する薬剤とその根拠を報告し,その後の方針について提案できる 副作用に関連すると考えられる薬剤とその根拠,代替薬や追加すべき検査等の提案ができる

アンケートは「シミュレーション教育はじめの一歩ワークブック10) 」を参照して作成された2択式設問28問と自由記載形式であり,SBE受講直後に実施した(設問内容は表2を参照).また,プログラム改良後のSBE後の自由記載アンケートでは「今後の業務に活かせる点・活かせない点」についての記載も求めた.

表2 選択2択設問に対する受講生の回答
設問 はい(%)
1.事前学習がなくても問題なかった. 59.4
2.目標は私の学習ニーズに合っていた. 100.0
3.私は,目標を理解して学習に臨めた. 100.0
4.アイスブレーキングが必要であった. 79.0
5.訪問前の意見交換は適切であった. 92.3
6.私は,シミュレーション中,常に思考し,行動しようとしていた. 90.8
7.私の学習への意欲が持続したシミュレーション研修であった. 96.9
8.私は,とまどいや過度な緊張がなかった. 57.8
9.課題,シミュレーションの内容は目標に準じて妥当であった. 98.4
10.シミュレーションの時間や進め方(Step①)は妥当であった. 98.5
11.シミュレーションの時間や進め方(Step②)は妥当であった. 100.0
12.シミュレーションの時間や進め方(Step③)は妥当であった. 96.9
13.シミュレーションの場・物品に問題はなかった. 89.1
14.シミュレーション中の指導者のかかわりは私の学習の支援するものであった. 100.0
15.デブリーフィングの環境(椅子などの配置)は適切だった. 96.9
16.私はシミュレーションでの高揚や緊張を和らげてデブリーフィングに臨んでいた. 89.2
17.学習の目標を学習者間で共有しデブリーフィングを始められていた. 93.8
18.私は,シミュレーションで考えたこと,行ったこと,感じたことなどを仲間とともに振り返ることができていた. 93.8
19.私は,仲間とともに,シミュレーションでの思考,行為,態度などのよかった点,改善したらよい点,不足していたことなどの分析ができていた. 96.8
20.私たち学習者が深い知識を得るような質問や支援がされていた. 100.0
21.指導者は,私たち学習者のディスカッションを促進するように関わっていた. 100.0
22.分析の際には,シミュレーションを行った個人の評価とならずに進んでいた. 100.0
23.私たち学習者は,指導者の詰問を受けて過度な緊張を強いられるようなことはなく進んでいた. 98.4
24.私たち学習者は,振り返りと分析に基づいて,次につなげるための知識・行為・態度などをまとめることができた. 100.0
25.次につなげる学習のまとめでは,指導者が適度に介入,支援していた. 98.4
26.デブリーフィングの時間は適切であった. 100.0
27.デブリーフィングのポイントは妥当であった. 100.0
28.指導者間の連携は図られていた. 100.0

3.解析方法

受講生によるSBEの評価(選択設問)は,χ2検定またはFisherの正確確率検定を行った.受講前後における自己評価の変化について,Wilcoxonの符号付き順位検定を行った.検定には統計解析ソフトSPSS.ver.22(SPSS Inc., Chicago, IL, USA)を用い,p < 0.05を有意とした.無回答および読み取れない回答は欠損値として処理を行い,母数には含めずに解析を行った.自由記載内容について,プログラム改良前のSBEとプログラム改良後のSBEの2回に分けて,テキストマイニング手法を用いて解析を行った.テキストマイニングの解析手法として,下記の処理を実施した.

1)形態素解析による自然言語処理

自由記載内容について,構成要素を抽出するため,形態素解析を行った.この時,活用変化のある品詞(名詞,形容詞,助詞)を一つに統一し,抽出および出現回数を分析した.このとき,「医師」「Dr.」などの表現が異なる同義語を一つの語に変換した.得られた品詞について頻度集計を行い,検出頻度の高い上位3品詞について共起語分析を行った.なお,品詞として意味をなさない言語・結果の解釈に不要と考えられる言語(“ある”,“ない”,“いる”,“する”,“行う”,“なる”,“思う”,“感じる”,“とき”,“あと”,“得る”,“考える”,“多い”,“すごい”,“とり方”,“形”,“方”,“他”,“,”,“!”)については除外した.検出された共起語について,コーパス言語学の基準からT≧1.65,MI≧1.58の両方を満たす品詞を有意とした.2つの言語の共起関係の有無を調べる指標であるT値および2つの言語の独立性を図る指標であるMI値は,下記の計算式から算出された.

  
T = 共起頻度-共起頻度期待値 共起頻度 = 共起頻度中心語頻度*共起語頻度/総語数) 共起頻度
  
MI= log 2 共起頻度*総語数 中心語頻度*共起語頻度

2)データマイニングによる統計処理

抽出した品詞同士のつながりや共起関係を把握するため,共起語分析を行った.また,自由記載内容の詳細な分析を行うため対応分析を実施した.対応分析は,クロス集計結果を散布図で表現する解析手法である.自由記載内容を肯定的意見と否定的意見に分類し,各意見を受講形態(代表者,オブザーバー),シナリオ(A, B),薬剤師経験年数(0~9年,10~19年,20年以上)の群毎に解析した.それぞれのカテゴリーに関連の強い品詞が近くにプロットされることで,各群から得られた特徴的な品詞の結びつきを分析し,可視化した.抽出した形態素のうち,出現頻度が2以上のものを対象に対応分析を実施した.なお,肯定的,否定的意見の分類は,複数名の研究者により判断した.肯定的意見は,「事前準備をすることでポイントを整理することができた.」「他の方達の意見,考えが聞けてとても為になりました.」などの研修に参加して良かった点を記載しているものと定義した.否定的意見としては,「資材(患者情報)はもう少し分かりやすい方がいい.」「現場では提案が難しい医師もいる.」などの改善すべき点や,現在のSBEにおける不満を記載しているものと定義した.

テキストマイニングの実行には,統計ソフトR.ver3.6.2および形態素分析ソフトMeCab(RMeCab 0.996)を用いた.

4.倫理的配慮

本研究は,「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」の範囲に該当しない研究であるため,倫理審査委員会の承認申請は行っていない.参加者への倫理的配慮として,メールまたは書面において,本アンケート結果が統計資料および研究以外に利用されることがないことを提示し,参加者個人または代表者から同意を得た.更に,個人情報に関しては慎重かつ適正に取り扱うことを倫理的配慮として明記した.

結果

1.受講生背景

受講生は合計65名,薬剤師経験年数の平均は10.9年であった(表3).受講者のうち薬局薬剤師の割合が最も多く,55名(84.6%)であった.なお,受講生全員が当院のSBEを初めて受講し,複数回受講することはなかった.

表3 受講生背景
薬剤師経験(年) 10.9(0–30)
病院/薬局/学生(名) 9/55/1
シナリオA/B(名) 44/21
代表者/オブザーバー(名) 24/41

2.受講生によるSBEの評価(選択設問)

アンケート回収率は100%であった.選択設問のうち,「事前学習がなくても問題なかった」「私は,とまどいや過度な緊張がなかった」の設問について,「はい」と回答した割合は60%以下であった(表2).「事前学習がなくても問題なかった」の設問に「はい」と回答した受講生のうち,代表者は15名(65.2%),オブザーバーは23名(56.1%)であった(p = 0.598).「私は,とまどいや過度な緊張がなかった」の設問に「はい」と回答した受講生のうち,代表者は10名(43.5%),オブザーバーは27名(65.9%)であった(p = 0.115).

3.受講前後における自己評価の変化

評価票の回収率は100%であった.SBE受講前の自己評価合計の中央値(最小値,最大値)は14(6, 20)であった.SBE受講後の自己評価合計の中央値は15(9, 25)であり,受講前後での自己評価は有意に上昇が見られた(p < 0.05).項目別では,「被疑薬の抽出」でSBE前2(1, 4)からSBE後3(2, 5)と最も上昇値が大きかった(p < 0.05)(図2).次いで,「問題解決力」においてもSBE前2(1, 4)からSBE後3(2, 5)へ有意に上昇した(p < 0.05).その他の項目においても,有意な差は見られなかったものの上昇傾向がみられた.

図2

シミュレーション教育受講前後における自己評価の変化(* p < 0.05,Wilcoxonの符号付き順位検定)

4.受講生によるSBEの評価(自由記載)

プログラム改良前の自由記載より,肯定的意見では「勉強」「学習」「シミュレーション」が頻出語として検出された.対応分析プロットにおいて,肯定的意見の総カテゴリー数は67語,累積寄与率(横軸寄与率,縦軸寄与率)は52.4%(29.0%, 23.4%)であった(図3a).対応分析プロットにおいて,シナリオ,役割,年代による偏りはなく,『他の参加者の考えが知れてよかった.』などの全般的な評価に関する意見がみられた.

図3

(a)自由記載における肯定的意見(プログラム改良前)に関する対応分析プロット(■:代表者,▲:オブザーバー,A:シナリオA,B:シナリオB,1:薬剤師経験0~9年,2:薬剤師経験10~19年,3:薬剤師経験20年以上).(b)自由記載における否定的意見(プログラム改良前)に関する対応分析プロット(■:代表者,▲:オブザーバー,A:シナリオA,B:シナリオB,1:薬剤師経験0~9年,2:薬剤師経験10~19年,3:薬剤師経験20年以上).(c)自由記載における肯定的意見(プログラム改良後)に関する対応分析プロット(■:代表者,▲:オブザーバー,1:薬剤師経験0~9年,2:薬剤師経験10~19年,3:薬剤師経験20年以上).(d)自由記載における否定的意見(プログラム改良後)に関する対応分析プロット(■:代表者,▲:オブザーバー,1:薬剤師経験0~9年,2:薬剤師経験10~19年,3:薬剤師経験20年以上)

一方,否定的意見では「薬」「資材」「知識」が頻出語として検出された.「薬」の共起語(T, MI)として「知識(1.91, 2.76)」が有意に得られた.対応分析プロットにおいて,肯定的意見の総カテゴリー数は84語,累積寄与率(横軸寄与率,縦軸寄与率)は42.2%(22.9%, 19.3%)であった(図3b).薬剤師経験0~9年目の受講生群周辺に「難しい」「知識」「とまどう」のプロットが得られた.それに対して,特にシナリオAを受講した薬剤師経験10年目以上の受講生群周辺においては「資材」「薬剤」「調べる」などがプロットされていた.

プログラム改良後の自由記載より,肯定的意見では「確認」「患者」「症状」が頻出語として検出された.これらについて有意な共起語は検出されなかったが,『濃度の確認』『具体的な症状』『症状の変化』『様子を観察』や『行動を観察』などの意見が得られた.対応分析プロットにおいて,肯定的意見の総カテゴリー数は118語,累積寄与率(横軸寄与率,縦軸寄与率)は53.9%(32.9%, 21.0%)であった(図3c).薬剤師経験0~9年目の受講生群周辺では「知識」「情報」のプロットが得られた.これらに関連する意見として,『十分な知識が必要』『情報収集の仕方』などがみられていた.一方,薬剤師経験10年目以上の受講生群周辺では「原因」「副作用」「疾患」などのプロットが得られた.

否定的意見では「医師」「在宅」「提案」が頻出語として検出された.これらについて有意な共起語は検出されなかったが,『医師との信頼関係』『提案に患者の了承が得られるのか』などの意見が得られた.対応分析プロットにおいて,肯定的意見の総カテゴリー数は20語,累積寄与率(横軸寄与率,縦軸寄与率)は80.6%(46.0%, 34.6%)であった(図3d).頻出語として検出された「医師」は,薬剤師経験10~19年目の受講生群周辺で検出された.

考察

SBEによる教育効果はこれまでも数多く報告されているが,それらの多くは手技やアルゴリズムのトレーニングに関するものである79).SBEのうち,臨床現場を想定したものはシチュエーションベースドトレーニングと呼ばれ6),薬剤師を対象としたものは少なく,その効果については十分に検討されていない.我々は,在宅医療に薬剤師が関わっていくための学習において,思考過程に重点を置いたシナリオが特に能力向上に寄与できると考え,今回のシナリオ作成と評価・改良に取り組んだ.作成したシナリオが受講生へ与える影響について,アンケート結果をもとに検討を行った.

アンケート結果から,全体の4割以上の受講生が一定の緊張を感じており,それは代表者だけでなくオブザーバーにも同様の傾向が見られた.藤原ら11) の調査研究によると,薬学部実習生においてコミュニケーション系の実習ではストレスを感じる割合が高いことが示されている.実際に課題に取り組む代表者にストレスが生じるのは既報の通りであるが,今回のSBEにおいては,オブザーバーであっても初対面の他者とのコミュニケーションを求められる形式であったことが,受講者全体に緊張が生じた要因として考えられた.また一方で,参加者の感じるSBEの有意義な点としてリアリティや緊張感があげられており12,13),学習者の満足度向上の観点からは適度な緊張感が必要と考えられた.

ルーブリック評価によるSBE実施前後の自己評価の結果から,「被疑薬の抽出」や「問題解決力」に対する自己評価の向上が見られ,SBEでは原因探索や問題解決などの思考過程に対するアプローチが可能であったと考えられた.SBEが「臨床判断力」にアプローチ可能であることは,他職種に対するSBEの結果からも明らかであり14,15),薬剤師を対象としたSBEにおいても同様に思考や判断に関する能力を向上させる可能性があると考えられた.

また,否定的意見の対応分析プロットから,特に薬剤師経験年数の短い群では「知識」についての意見が多く,知識不足によりSBEへの参加が困難であった可能性が推察された.具体的な意見として,『薬剤情報を調べられる物があれば,自分の知識だけでは不確実な事を調べて意見が言いやすかった.』などがあり,受講生によっては知識の補填が発言量増加に寄与する可能性が考えられた.一方で,「資材」についての否定的意見は,主に薬剤師経験年数が長い群から抽出されていることが分かった.シナリオAでは特に,お薬手帳等の資材が複数存在するため,経験を積んだ薬剤師でもすべてを把握することができなかったことが要因と考えられた.それらを踏まえ,我々は「携帯電話等検索ツールの持ち込み可」「資材を目につく場所へ配置」という改良を行った.

プログラム改良後では,薬剤師経験年数の短い群では「知識」や「情報」について肯定的な意見が得られた.プログラム改良後にこれらの意見が得られたことから,SBEにより検索ツールより得られる添付文書等の情報以上の「知識」や「情報」の活用に関する学びがあったことが読み取れた.SBEは受講生の知識を深めるための有効な手段であり14),知識や情報を持った受講生においても満足の得られる内容であったと考えられた.薬剤師は患者の状態を把握するための情報収集に関するコミュニケーションスキルが不足しており,特に経験年数の短い薬剤師においては必要な情報を収集するための発話数が少ないことが指摘されている16).よって,SBEは経験の少ない薬剤師に必要性が高いと考えられる知識の獲得や対患者コミュニケーションにおける情報収集能力に影響を与える可能性が示唆された.プログラム改良前の否定的意見では,シナリオを進める上での不便さを表す「資材」が頻出語として抽出されていたが,プログラム改良後では「医師」「在宅」などのSBEの活用に関する語句が検出された.よって,プログラム改良後では受講生がプログラム環境による不便さに阻まれることなくシナリオに没入し,より思考過程の醸成を指向したSBEが可能となったと考えられる.

肯定的意見として,プログラム改良前では「勉強」「学習」などの一般的な意見が頻出語として抽出されていたが,プログラム改良後では「確認」「症状」などのより具体的な品詞が得られた.プログラム改良前では得られた品詞数も少なく,シナリオの内容について受講生の印象に残りづらかった可能性がある.一方,プログラム改良後では『血中濃度の確認』『具体的な症状』や『行動・様子の観察』などの具体的な行動を示す意見が抽出され,シナリオのテーマであった【副作用の原因探索】に則した学びが得られたと考えられる.プログラム改良前にはSBEを進める上での不便さや,知識の不足によって,目標としていた思考力を必要とする段階にたどり着けない参加者が多かったことが推察された.「携帯電話等検索ツールの持ち込み可」などの改良によって,添付文書等の最低限の知識を補填することが可能となった.最終的に改良されたプログラムにおいて,肯定的意見には具体的な観察項目が抽出され,より症例からの学びが印象深く残る結果となった.特に,薬剤師経験年数の長い群では「副作用」や「症状の考察」について肯定的な意見が得られた.同様に,過去の副作用報告に関するアンケート調査でも,年齢の高い薬剤師においてより報告件数が増加する傾向が見られている17).与えられた情報を批判的に理解する上では特定の領域に関する知識が必要とされており18),経験年数の長い群においてはそれらの知識が充足されていたために問題解決に関する思考を行うことができたと推察される.しかし,プログラム改良後のSBE受講後の否定的意見の頻出語から,「医師」「在宅」「提案」など実際の現場での提案の困難を示す意見が検出されており,特に経験を積んだ10~19年目の薬剤師が感じるSBEなどの研修と現場とのギャップを示す結果であった.医師への提案が困難となる原因として,『医師との信頼関係』や『患者の了承』などのコミュニケーション面の問題がその一つと考えられた.正解が一つではない臨床現場においてSBEの考え方がそのまま応用できるとは限らないという問題点が抽出された.これらは特に現場の医師の考え方に依存するところも大きく,SBEのシナリオを作成する上での課題と考えられた.

本研究の限界として,能力の向上に関しては自己評価によるものであるため,客観的測定がなされてはいないことが挙げられる.しかし,SBEについてはこれまでも効果が認められており79),薬剤師においても同様の効果を得られる可能性は高いと考えられる.次に,対応分析における累積寄与率の低さが挙げられる.一概には言えないが,目安として80%前後の累積寄与率が確保されることでおおよその概略を説明できると考えられている19).本研究においては,全データのうち説明できていない情報があることに留意する必要がある.また,得られた品詞数が少ないため,抽出された結果が不足している可能性も考えられる.よって共起語として検出されていない品詞も含め,考察を行った.

今回の検討から,SBEは在宅医療に取り組む薬剤師の問題解決型思考能力に影響を及ぼす可能性が示唆された.また,効果の実感が得られる点については,受講生の経験年数により差が見られることが分かった.経験年数の短い薬剤師においてSBEは知識や情報に関する学びに寄与する一方,比較的経験のある薬剤師においても患者状態に関する思考にアプローチすることが可能であった.今後,在宅医療における薬剤師の需要が高まる中,チームワークを視点とした訓練としてSBEは有効な教育手段となり得ると考えられる.現状ではSBEの実施機会は限られているが,今回得られた意見を踏まえ,在宅に関わる薬剤師にとって良い学習機会となるシナリオ作成に取り組んでいきたい.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

文献
 
© 2021 日本薬学教育学会
feedback
Top