2021 年 5 巻 論文ID: 2021-011
平成27年に厚生労働省は「患者のための薬局ビジョン」を公表し,地域包括ケアシステムの担い手として薬局が果たすべき役割を示した.その役割が「地域住民への健康サポート」から「重度な要介護者への対応」まで多岐に渡る中,その重要な基盤を担うのが「栄養ケア」である.薬剤師には,栄養と医薬品との関連性を考慮しながら,医師,看護師,保健師,栄養士などの多職種と連携を図り,患者個々に合った栄養ケアに関わることが求められる.しかしながら,薬学教育モデル・コアカリキュラムにおいては医薬品・栄養・多職種連携について統合的に学び,実践する教育プログラムが確立していないのが現状である.本稿では,健康食品も含めた新たな薬学の専門領域の一つとして栄養薬学を導入する意義及び解決すべき課題などについて,在宅医療に関わる薬剤師,サプリメント等の適正使用に携わる薬剤師の視点で紹介する.
In 2015, the Ministry of Health, Labor and Welfare published the “Pharmacy Vision for Patients”, showing a role that community pharmacies should play as the bearers of the comprehensive community care system. Nutrition care plays a key part in playing a wide range of roles, from “health support for local residents” to “responding to people with severe long-term care.” Pharmacists are required to involve in nutritional care tailored to each patient by coordinating with various health professions such as doctors, nurses, public health nurses, and dietitians, while considering the interactions between nutrition and medicines. However, at present, the pharmacy education model core curriculum has not yet included a comprehensive educational program to learn and practice medicine, nutrition, and multidisciplinary collaboration. This article will introduce the significance and issues of introducing nutritional pharmacies as one of the new specialized fields of pharmacy education from the perspective of pharmacists involved in home medical care and supplements.
団塊の世代が75歳以上となる「2025年問題」が目前に迫り,持続可能な社会保障を確保するために,地域包括ケアシステムを柱とした施策が推し進められている.厚生労働省は,地域包括ケアシステムを担う「かかりつけ薬剤師・薬局」について示した「患者のための薬局ビジョン」を平成27年に公表し,地域の健康サポートを担う「健康サポート薬局」を平成28年にスタートさせた.また令和3年8月には医療機関等と連携を図り末期がん患者などの在宅医療を担う認定薬局制度も施行される.
このように,薬局薬剤師には医薬品のみならず栄養ケアへの関与も期待され,その対象はサプリメントなどを利用して自身で栄養管理する方から,疾病管理として栄養療法を行う方,自身で栄養摂取ができない重症患者に至るまで多岐に渡る.また,その実施には医療機関,訪問看護ステーション,地域包括支援センター,健診や保健指導の実施機関,市町村,介護事業者などの機関との連携も必要不可欠である.
そこで,健康食品も含めた新たな薬学の専門領域の一つとしての「栄養薬学」の導入の意義及び解決すべき課題などについて,在宅医療に関わる薬剤師(孫),サプリメント等の適正使用に携わる薬剤師(三橋)の視点で紹介する.
昨今,在宅療養における栄養ケアの重要性が大きく謳われている.低栄養は,感染症などの発症や長期入院,施設入所,死亡率の増大など高齢者の生活を脅かす大きなリスクとなっている.しかし,国立長寿医療センターの調査(平成24年度老人保健健康増進事業 在宅療養患者の摂取状況・栄養状態の把握に関する調査研究報告書)1) では,在宅で療養する高齢者の約7割が低栄養もしくはその予備軍であること,また年齢や要介護度が上がるにつれて低栄養の割合が高くなることが示されている.
適切な栄養ケアは,「栄養必要量」と「栄養摂取」の両輪によって成立する.栄養必要量は,Harris-Benedictの式から算出された基礎代謝量に活動係数とストレス係数を乗じる方法や厚生労働省が策定した「日本人の食事摂取基準(2020年版)」などから算出できる.しかし,適切な栄養必要量を算出できても,それを適切に摂取できなければ意味がない.在宅で療養する高齢者は,加齢に伴う生理機能の低下(嚥下力や咀嚼力の低下,唾液の分泌減少による口腔内環境の悪化,味覚や嗅覚の低下)や,高齢者特有の疾病(認知症や高齢者うつ病など),生活環境(独居や老老介護)など,栄養摂取が阻害される要因を多く抱えている.入院中は医療スタッフが栄養管理してくれるが,在宅療養では患者やその家族が主体的に栄養管理しなければならない.栄養必要量や咀嚼力・嚥下力を考慮しながら毎日の献立を考えて調理し,調理した食事をきちんと食べ(食べさせ)ないといけない.その際には,QOLを大切にするための栄養管理が,かえって患者や家族にとって苦痛となるような本末転倒とならないように周りがフォローすることが重要である.
2.在宅療養における栄養ケア 1)介護者への支援先述の通り,栄養ケアでは患者のみならず日常の食事に関わる介護者への支援も必要不可欠である.富山大学附属病院などが行った調査2) では,主介護者の51.4%が食事介助に恐怖を感じており,その場面として「食事の途中で寝てしまう」「口の中に取り込めない」「水分でむせる」「食事でむせる」を挙げている.薬剤師はこれらの不安を取り除くために,食事摂取を阻害する要因と薬剤の関連性や薬剤の吸収や代謝に影響を及ぼす特定の飲食物との相互作用などをアセスメントし,必要な指導やフォローアップを行う必要がある.また,栄養が適切に摂取できているかのアセスメントは,フィジカルアセスメントを含めた各種栄養指標や,体重や顔色,活動性,食欲,眠気,浮腫,便通,皮膚,出血傾向などにも注意を払いながら行う.このように,食支援の際には患者の病態や生活環境,家族の介護力などをふまえ,患者・家族に寄り添った栄養ケアを選択することが重要である.特に在宅療養では,入院と比べて医師・看護師・管理栄養士などの介入が不十分になりがちであることから,薬剤師の役割がより重要となる.
2)在宅栄養サポートチームで関わる支援筆者(孫)の所属する株式会社ファーマシィでは,医師,歯科医師,看護師,薬剤師などで在宅栄養サポートチーム(以下,在宅NST)を編成し,在宅療養患者の支援に取り組んでいる(図1※写真掲載の承諾済).ここでは,経管栄養施行中の難治性褥瘡患者に,在宅NSTが介入を行った事例を紹介する.
在宅NSTの活動
在宅NSTは患者宅を訪問する前にカンファレンスを行い,患者の状態や治療方針などを共有し,今後の治療計画について「栄養ケア」「口腔ケア」「薬物療法」の観点から議論する.その後,在宅NSTは患者宅を訪問し,患者の褥瘡患部を確認しながら具体的な検討を行う.薬剤師は褥瘡の状態に合った外用塗布剤を提案するとともに,経管栄養の注入に時間を要していることが同じ姿勢を長時間強いて褥瘡に悪影響を及ぼしている可能性を疑い,注入時間を短縮するために経管栄養剤の半固形化を提案した.歯科医師は,口腔内環境の状況と嚥下機能評価をふまえ,口腔ケアと嚥下訓練を組み合わせることで食事の経口摂取が可能となると判断し,その計画を組み立てた.これらの結果,経管栄養剤の半固形化により注入時間が大幅に短縮され,同じ姿勢でいる時間が短縮された.さらに下痢も改善され,おむつ交換などの排泄介助の負担が大幅に軽減された.他にも,瘻孔からの漏れや臀部のただれなどの皮膚トラブルも改善され,胃食道逆流もほとんどなくなって誤嚥性肺炎のリスクも回避された.また,歯科医師の計画に従って口腔ケアと摂食嚥下訓練が続けられた結果,患者は口から食事を取れるようになった.姿勢の改善,適切な褥瘡外用剤の選択,栄養状態の改善によって褥瘡は完治した.このように多職種が多角的な視点で介入することによって,患者・家族が抱える大きな課題の解決に到ることができる.
先述の例のように,在宅では中心静脈栄養法や経管栄養法を施行する患者も少なくない.その場合,口が使われないということから口腔ケアが不十分になりがちだが,口を使わなくなると,唾液の分泌が減少して自浄作用が低下し,口腔内に細菌が増殖する.それが口臭や増殖した細菌を含んだ唾液を誤嚥することによって肺炎を引き起こす要因となる.ある末期癌の患者で,口腔ケアが不十分であったために口の中から喉の奥までが痰と分泌物でパリパリに固まり,口も動かせずにしゃべることができない状態となり,最期の時を口臭が広がる部屋で迎えることになってしまったという状況を目のあたりにした時に,このようなことを起こさせないように早期から口腔ケアに関わることの大事さを本当に痛感させられた.
3.栄養ケアと薬物療法 1)薬物療法が栄養ケアに及ぼす影響薬物療法と栄養ケアには密接な関係がある.表1に示すように,摂食・嚥下機能に影響を及ぼす薬剤は少なくなく,それらの薬剤が低栄養を引き起こし,その低栄養が血清アルブミン濃度や薬物代謝に影響して薬物の血中濃度を上昇させ,それがさらに薬剤の有害作用を助長するという悪循環を引き起こすこともある.また,服用薬剤数と低栄養のリスクは相関するとも言われ,複数の疾病を抱える高齢者は服用薬剤数が増える傾向にあることから,薬剤師は薬物療法と栄養ケアの両面に注意を払いながら介入する必要がある.
摂食・嚥下機能への影響 | 薬効分類 |
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意識レベルや覚醒レベルを低下させる薬剤 | 抗不安薬,睡眠薬,抗うつ薬(三環系,SSRI),抗精神病薬(定型,非定型),抗てんかん薬,中枢系筋弛緩薬,第1世代抗ヒスタミン薬 |
唾液分泌低下(口腔内乾燥)を起こす薬剤 | 坑コリン薬(中枢系,末梢性),三環系抗うつ薬,定型抗精神病薬,第1世代抗ヒスタミン薬,利尿薬 |
運動機能を障害する薬剤 | 定型抗精神病薬,制吐薬,消化性潰瘍治療薬,骨格筋弛緩薬,抗不安薬,睡眠薬 |
粘膜障害を起こす薬剤 | 非ステロイド系炎症薬,抗菌薬,抗悪性腫瘍薬,骨粗鬆症治療薬 |
昨今,不適切な多剤投与(いわゆるポリファーマシー)が社会問題になっており,その解消のために薬剤師に大きな期待が寄せられている.そのポリファーマシーの解消には,「かかりつけ医」と「かかりつけ薬剤師」の連携が必要不可欠である.日本医師会が行った「かかりつけ医機能と在宅医療についての診療所調査」3) では,薬局からの疑義照会や情報提供が多い診療所ほど処方内容の変更頻度が高いという結果も示されている.
ポリファーマシーへの介入の際には「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」などが参考にされるが,単にこれらの客観的指標だけをもって介入を進めるのではなく,患者や家族,医療者と十分にコミュニケーションを取りながらメリット・デメリットを精査して進めていく必要がある.ある高齢患者の事例で,食事がほとんど取れなくなり一日中寝たきりの状態で,主治医からもう先は長くないと宣告された患者がいた.その際に10種類を服用していた薬剤を,余命も考慮して2種類まで減らしたところ,その患者は劇的に体調が回復し,食事も口から意欲的に食べられるようになり,散歩で外出できるまで体力が回復した.まさにポリファーマシーによる弊害が解消された一例であるが,同様の例は潜在的に決して少なくないと考える.
4.行政と薬局の連携広島県福山市を拠点とする株式会社ファーマシィは,2010年より地域住民を対象とした栄養講座やお薬講座,健康測定会などの幅広い活動を6,000回近く行ってきた(図2※写真掲載の承諾済).その活動が,フレイル対策を重要方針に掲げようとしていた福山市の目にとまり,「健康増進に関する連携協定」が締結され,株式会社ファーマシィが地域のフレイル対策を担う運びとなった.
地域住民を対象とした講座や健康測定会
具体的な連携協定の内容は,表2に示した通りである.地域住民は薬局で気軽にフレイルチェックや個別相談を受けることができ,地域の健康教室に薬剤師などが出向いて健康づくりやフレイル対策の教育を実施するなど,地域住民が薬局内外を問わず薬剤師という専門職と身近に接することができるインフラを整備するというものである.他にも,支援が必要な高齢者を地域包括支援センターに紹介したり,薬剤師が地域ケア会議に参画して高齢者の課題解決の一助を担うなど,薬局が地域のファーストアクセスの相談窓口として関係機関にしっかりつなぐというまさに「健康サポート薬局」としての役割が期待されている.医療専門職が所属する薬局が健康情報拠点のインフラを担うことについて福山市からの評価は高い.
連携協定内容 地域に根ざした健康増進と健康寿命の延伸など市民サービスの向上を図る. |
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1 フレイル予防や健康づくりの普及啓発に関すること 〇地域におけるフレイル予防の啓発 「フレイルチェック(簡易版)」を地域の薬局において実施します. 〇地域における健康教室の実施や薬剤師・管理栄養士等の講師派遣 薬剤師や管理栄養士を派遣して,健康づくりやフレイル予防,糖尿病予防などの健康教育を行います. 〇健康づくりやフレイル予防に関するチラシ等の配付や個別説明による周知啓発 健康づくりやフレイル予防に関する情報を,薬局で周知します.薬剤師による個別説明も実施します. 〇従業員の認知症サポーター養成講座やゲートキーパー研修会の受講 |
2 働きざかり世代に対する健康増進の啓発に関すること 〇禁煙や受動喫煙防止にむけた啓発 ・たばこが体に及ぼす危険性や喫煙・受動喫煙防止の重要性の啓発を行います. ・禁煙したいと考える人に対し正しい知識の啓発を行います. 〇運動習慣の定着に向けた情報の配付 |
3 特定健診,がん検診,歯周病検診等の受診率向上に関すること ○受診率向上に向けた取組みへの協力 ・市が実施する特定健診,がん検診,歯周病検診の受診勧奨します. ・がん検診の重要性について周知します. ○リーフレットの配付等による普及・啓発 『福山市けんしんガイド』を配付して周知を行います. |
4 地域包括ケアの推進に関すること ○地域包括支援センターの周知・啓発 高齢者に対し,必要に応じて身近な地域包括支援センターを紹介します. 〇地域ケア会議への薬剤師の参画 多職種協働により,高齢者の課題解決やネットワークづくりを行うための会議に出席します. |
5 その他 市民の健康づくりの推進に関すること |
在宅で療養する高齢者は,生理面や環境面などの理由から栄養摂取に複雑な課題を抱えているため,多職種が連携して個々に合った栄養ケアを提供することが求められる.しかしその支援体制は十分といえず,救うことができたかもしれない患者が見過ごされてきたことも少なくない.だからこそ,そのような患者を救う一助として,栄養学と薬理学・薬物動態学を融合させた「栄養薬学」が確立され,薬学教育に導入されることを大いに期待する.
筆者(三橋)は緑内障を患ったことが切っ掛けで健康食品に惹かれて30年ほどになるが,以前の健康食品は “うさん臭いモノ” の代表格だったこともあって,薬剤師仲間から「お前のような薬剤師を “ヤクザなイシ” と言うんだ」などと嘲笑われたこともあった.実際に,何の資格も持たない者達がクスリ以上の効用を謳い,医療批判・クスリ批判をしながら,茶碗一杯どころかどんぶり一杯にもなるような大量摂取を勧めて健康食品を宣伝・販売している場面を目にして,“薬と健康食品の違いをしっかり身につけないと手が後ろに回ってしまう” と悟った.今日,老若男女の日常生活に浸透している健康食品・サプリメントに対して,薬剤師は目を背けるわけにはいかない状況にあり,薬との相互作用はもとより商品ごとの優劣を見極める能力が求められていることを強く感じている.
1.健康食品の位置付け医薬品は,特定の疾病(適応症)を標的として用いられるのに対し,健康食品は医薬品が本来の薬効を発揮する背景となる体内環境に働きかけるものと区別することができる.そのイメージとしては,医薬品の使用が限定された獲物を狙った「釣り漁」であるのに対し,健康食品の使用は,網の目よりも大きな獲物であれば一網打尽に捕獲できる「網漁」のようなものであろう(図3).健康食品で体内環境を整えることにより,医薬品の様々な薬効を補助・促進できる可能性がある.しかし,健康食品とはいえ,それらの適正使用の管理をおろそかにすれば,医薬品の適正な薬効発現のための体内環境を乱すことになる恐れもあるので,薬剤師業務の一環として留意すべきである.
医薬品と健康食品の違い(作図:三橋陽子)
疾病の背景因子としては,食生活の乱れ,運動不足,休養不足などの不規則なライフスタイル,喫煙習慣,加齢,気候変動や紫外線などの環境因子などが知られており,これらの多種多様な因子の複合的な影響により栄養素の乱れが生じて疾病の一因となる可能性がある.そのような視点から,多くの健康食品・サプリメントは,ビタミンやミネラルなどの栄養素を補ったり,抗酸化作用によって悪玉の活性酸素を取り除いて血の巡りを良好に導いて体内環境を整えたりする素材で構成されている.それらの効用としては,病気は治らないまでも「気持ちが前向きになった」「風邪をひかなくなった」「寝付き,目覚めが良くなった」「食事が美味しく,楽しくなった」などの個人の感覚や感想がアピールされている.これらのような個人的な体感をプラセボ効果とみなす専門家も多いが,健康食品を通じて知り合った臨床医の中には「目の前の患者が元気になって喜んでくれればそれで良いではないか.」と言う方もいる.筆者(三橋)も同感である.
今や,健康食品・サプリメントを構成する(食品)素材は世界中から集められ商品化されており,これらの素材や栄養素に関する科学的エビデンスを探究することこそが「栄養薬学」の真髄となることであろう.
2.健康食品・サプリメントの現状単に健康食品・サプリメントといっても名称や形状は様々である.表3に示すように,「特定保健用食品(トクホ)」や近年爆増している「機能性表示食品」といった法的に定められているものの他,「健康補助食品」や「栄養補助食品」,「ダイエットサプリ」などのように法的に何ら定めのないものもあり,これら全てが「健康食品・サプリメント」と称されている.また,形状においてもカプセル・タブレット・顆粒などの医薬品形状のものから,ドリンクタイプ・ペットボトル・お茶(煮出し)などの飲料,ガム・キャンディー・グミなどの菓子やヨーグルト・ソーセージ・缶詰などの加工食品,魚・野菜・果物といった生鮮食品まで,ほとんど全ての食品形状が見られる(図4).
様々な健康食品の形状
ただし,機能性表示食品では,医薬品形状をしたものを「サプリメント形状」として他の加工食品や生鮮食品と区別している.この点は,健康食品を志した当初から健康食品=サプリメントと扱われていることに大きな疑問を抱いていた筆者(三橋)にとっては暗雲から抜け出せた思いであり,個人的には,カプセルやタブレット等の医薬品形状をしている品物と100 ml前後のミニドリンク,個包装のゼリーや粉状のものをサプリメントとし,他の形状のものを健康食品として区別して考えるようにしている.機能性表示食品としてみかんやサバの缶詰の健康機能を謳うことを否定はしないが,生鮮食品には旬や季節的な問題もある.また,一般的な食品では “飽き” がきて長期間の継続摂取が難しくなることもあるので,はたしてそれで額面通りの健康効果が確実に得られるのか疑問である.
一方,サプリメント形状であれば長期にわたって,それも決まった時間に決まった量の摂取が可能となる.この点は “サプリメントの危険性” として危惧されている点だけに,剤形のプロである薬剤師が関わるべき問題ではなかろうか.当然ながら,医薬品と食品との相互作用も見逃せない課題であるし,食品そのものと,食品から抽出した栄養素を凝縮し充填した形状とでは生体内利用率等にも違いが生じるはずである.「栄養薬学」がこれらの課題を探究する分野となることを期待する.
3.健康食品・サプリメントの大原則現在,特別用途食品,保健機能食品,特定保健用食品,栄養機能食品,機能性表示食品についての個々の定義はあるが,健康食品・サプリメントとしての定義は明確ではない.確かなことは,「健康食品・サプリメントは薬ではなく食品である」ことで,根本的に「誰が,何処で,どんな作り方をしても,誰でも,何処でも,売れる物が健康食品」(アドバイザリースタッフ研究会 千葉一敏氏談)である.我が国では,ヒトが口から摂取するものを厳密に “食品” と “医薬品” とに区別しており,食品については食品衛生法第4条で「食品とは,すべての飲食物をいう.ただし,薬機法(昭和35年法律第145号)に規定する医薬品及び医薬部外品及び再生医療等製品は,これを含まない.」4) と,定義されており,薬機法が定める医薬品の定義5) に健康食品を参照して考えてみると,
①口から摂取するもので医薬品の承認を受けていないものは食品である.
②医薬品は疾病の診断,治療,予防に用いることが目的とされているものなので,医薬品でないもの(健康食品)は疾病の診断,治療,予防に用いてはならない.
③医薬品はヒトまたは動物の身体の構造機能に影響するものであって,健康食品はヒトの身体の構造機能に影響してはならない.
となり,これが健康食品・サプリメントの大原則とされている.
しかしながら,高齢化社会にあって健康食品・サプリメントの予防的意義は高い.また,食品に「栄養」「感覚」「体調調節」の3つの機能が備わっていることは周知のことではあるが,食品においては「効く・治る」に関わる表現は御法度であり,健康食品・サプリメントの宣伝・販売にあたっては,予防は「疾患リスクの低減」と表現しなくてはならない.その他,服用や投与は「摂取」,用法用量は「一日摂取目安量」,治験は “治療” 試験の略語であるので「臨床試験」,副作用は医薬品の定義があるので「有害事象」,などと表現を変えなくてはならない.錠剤の “剤” も医薬品用語であるから「タブレット状」もしくは「粒タイプ」となる.
このように,薬機法による表現規制は厳しく,広告やパンフレット,学術論文などにおいても企業姿勢を読み解く手がかりとなる.薬機法の講義でも取り上げていることと思うが,医師や薬剤師だからといって特別扱いは一切されない.「栄養薬学」の導入にあたっては,社会に出てからの薬剤師の品格にも関わることなので,薬と食品の違い,特に,素材や成分の効く・治るを追求した「薬効」と,身体に良い機能を求めた「食効」との違いをしっかり理解した上で進めることが肝要である.
4.健康食品の分類と機能表示高齢化社会と健康志向の高まりから,健康食品・サプリメントへの消費者の期待は大きく,それらの用途や機能の表示が関心の的となる.現在は,図5のように,健康食品の種類ごとに用途や機能の表示が区別されている.
健康食品の分類と表示の範囲
機能性表示食品は,特定保健用食品(トクホ)と異なり,企業責任において国へ届け出ることで機能を表示できる食品 6) であることから,猛烈な勢いで増えてきているが,その数は「いわゆる健康食品」には及ばない状況である(図5).機能性表示食品には臨床試験型とシステマティックレビュー型の2つのタイプがあり,従来は商品の機能表示でどちらのタイプであるかを見分けることができたが,2020年末にはその区別がつきにくい商品が受理されている.
「表示食品」ということで,機能性表示食品のパッケージには細かい文字が張りめぐらされているものの,一般用医薬品のように配合成分や含有量の表記が明確で解りやすい商品は少ない.また,国への届け出データを消費者庁のホームページで閲覧できるが,どれだけの消費者が見ているのか,見たとしてもどれだけ理解できるのか疑問である.「栄養薬学」が,これら多種多彩な商品群の各々の表示を読み取り,安心かつ安全で優れた品物を見極めて,消費者に適切なアドバイスができる技量が身に付く分野となることを期待する.
5.「栄養薬学」への期待(サプリメント等の適正使用の視点から)健康食品・サプリメントの適正使用にあたっての基本は,薬機法や食品衛生法,景品表示法などの法規を遵守することにつきる.そのためには,日本臨床栄養協会が認定するNR・サプリメントアドバイザーと日本食品安全協会が認定する健康食品管理士の資格が非常に役立っており,両資格を通して医師や管理栄養士など多職種との交流が進んでいる.「栄養薬学」は両資格修得の必須分野であり,養成校になれば在学中での取得が可能となる.
また,筆者(三橋)がNR協会副理事長在任中に主催したパネルディスカッションで「病人が減らないのは薬剤師の不勉強にある」と会場の管理栄養士から言われたことを今でも忘れることができない.まさに,薬剤師の栄養に関する知識不足を指摘されたものであろうが,「栄養薬学」が導入されることで,薬剤師の「栄養」に対する認識に変化と知識の向上をもたらしサプリメントの適正普及の一助となることを確信する.
地域包括ケアシステムにおいて薬局薬剤師が果たす役割は,「地域の健康サポート」から「重度な要介護者への対応」まで多岐に渡り,「栄養ケア」はその重要な基盤を担う.しかしながら,薬学教育モデル・コアカリキュラムにおいては医薬品・サプリメント・栄養・多職種連携について統合的に学び,実践する教育プログラムが確立しておらず,薬局薬剤師による栄養ケアへの取り組みが十分に浸透していない現状もふまえて,「栄養薬学」という新たな薬学の専門領域を確立し,卒前・卒後教育に導入していくことが重要であると考える.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.