薬学教育
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実践報告
医療プロフェッショナリズム教育としての「新生児医療と薬剤師」授業の試み
櫻井 浩子坪井 彩香中澤 祐介
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2021 年 5 巻 論文ID: 2021-018

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抄録

薬学教育において新生児医療の概要,小児薬物療法を学ぶ機会は限られている.そこで本学では薬学部5年生を対象に「医療プロフェッショナリズム」のなかで「新生児医療と薬剤師」(3コマ)の授業を実施している.授業では,新生児集中治療室の紹介や新生児蘇生のビデオを視聴し,命の誕生の尊さや新生児医療の緊急性など具体的にイメージをもち理解できるよう工夫した.学生へのアンケート結果から,新生児集中治療室における薬剤師の役割理解についてほぼ全員の学生が理解できたとし,98%の学生が6年間の薬学教育のなかで新生児医療を学ぶことは意義があると回答した.約半数の学生が薬剤師として新生児分野へ貢献したいとし,子どもの命を「救う」「助ける」「守る」ことに対し自身の役割を見出していた.本授業は学生自身が新生児医療への具体的な目標設定をする機会となり,医療プロフェッショナリズム教育としての有効性が示唆された.

Abstract

Students today have few opportunities to learn about neonatal care and pediatric pharmacotherapy in pharmacy schools. A class called Overview of the Role of Pharmacists in Neonatal Intensive Care Units was offered as part of the Medical Professionalism program for fifth-year students. The class introduced students to the neonatal intensive care unit and included a video of neonatal resuscitation during a cesarean birth. The video helped students understand the preciousness of life and the importance of neonatal care. There were 399 of 421 student responses to a class evaluation questionnaire that included questions about interest in neonatal care, understanding of the pharmacist’s role, and the significance of studying neonatal medicine. The results of the questionnaire showed that almost all students understood the role of pharmacists in the neonatal intensive care unit, and 98% of them answered that it was meaningful to learn about neonatal care during the six-year pharmacy program. About half of the students indicated that they would like to contribute to the field of neonatal care as pharmacists and saw a role for themselves in “saving,” “helping,” and “protecting” children’s lives. This class provided an opportunity for students to set their own specific goals for neonatal care, suggesting its effectiveness as an educational tool in medical professionalism programs.

目的

改訂薬学教育モデル・コアカリキュラムでは,豊かな人間性と医療人としての高い使命感を有し,生命の尊さを深く認識し,生涯にわたって薬の専門家としての責任を持ち,人の命と健康な生活を守ることを通して社会に貢献することが薬剤師に求められている.しかし,コアカリキュラムにある「代表的な8疾患」は成人患者を想定しており,6年間の薬学教育を通して新生児・小児医療の概要,小児薬物療法を学ぶ機会は限られる.

新生児集中治療室(以下,NICU)入院児は体重が非常に軽く臓器機能が未熟であるため,使用薬剤の投与量が内服薬,注射薬に限らず体重に応じて微量となる1).加えて近年では,高齢出産が進みハイリスク妊娠が増加傾向にあり2),低出生体重や先天性疾患などNICUでの治療を要する新生児が増加傾向にある3).そのため日本集中治療医学会「集中治療室における薬剤師の活動指針」ではNICUにおける薬剤師の活動による医療の質向上が示され,薬剤師のより一層の積極的な介入が期待されている4)

新生児医療を薬学教育において学ぶことは,学生にとって重い疾患を持つ新生児の命のありようから生きる意味について考える倫理観の醸成となりうる.さらに,新生児医療の知識を備えた医療人育成につながり,医療現場での実践的な活躍が期待できる.

薬学教育と新生児医療を扱った先行研究として,喜田らは実務実習生29名に対してNICUに関する授業と見学を行ったことで,小児薬物療法に携わる病院での演習の有用性を見出した5).しかし,対象人数が少なく,授業時間も90分と限られており理解が追いつかない学生もいたことから,授業評価として検討の余地が残されている.西村らは,薬学生に実務実習先における小児投与の医薬品使用状況について調査をし,小児用医薬品開発には用量設定や服薬に適した剤形の必要性を説いたが6),薬学教育のあり方には言及していない.

東京薬科大学(以下,本学)では,2017年度より薬学部3年生必須科目「医療倫理学」(13コマ)にて「新生児医療」「小児在宅医療」を1コマずつ教えている.そして,医療プロフェッショナルとしてより具体的,かつ実践的な学びとして2019年度より5年生を対象に必修科目「医療プロフェッショナリズム」のなかで「新生児医療と薬剤師」(3コマ)を開講している.そこで,本研究では「新生児医療と薬剤師」に焦点を当てケーススタディについて紹介するとともに,2020年度における学生へのアンケート結果から本授業の有用性及び学習成果などが明らかとなったので報告する.

方法

「新生児医療と薬剤師」を受講した本学薬学部5年生を対象に実施した.受講生数は2019年度370名,2020年度は421名であった.

授業の流れとして,まず新生児科医師より新生児医療の概要と新生児の特徴,新生児と薬剤,NICUにおける薬剤師の役割について,次いでNICU担当薬剤師より業務内容,小児薬物療法の実際,薬剤師と他職種連携について講義した.授業内では,写真や文章だけでなくNICUの紹介(内部構造,看護師によるケアの様子など)や帝王切開出生からの新生児蘇生のビデオを視聴し,命の誕生の尊さや新生児医療の緊急性など具体的なイメージをもち理解できるよう工夫した.授業のタイムテーブルを表1に示した.

表1 2020年度タイムスケジュール(70分×3コマ)
開始 担当教員による授業の説明
本日の趣旨やスケジュール,講師の紹介
10分
コアタイム①
新生児医療とは
〈講義〉
新生児の特徴,成育,新生児集中治療室の概要,周産期医療ネットワークシステム,
低出生体重児
〈映像教材視聴〉
NICUの紹介
超低出生体重児出生の蘇生
40分
コアタイム②
新生児医療と薬剤
〈講義〉
新生児と医薬品,医薬品開発,新生児への薬剤使用実例(肺サーファクタント製剤,
イブプロフェンL-リシン注射液)
40分
コアタイム③
新生児医療における薬剤師の役割
〈講義〉
チーム医療,調剤の実際,薬剤師との協働
30分
コアタイム④
小児専門病院における薬剤師の実際
〈講義〉
薬剤師の主な業務内容(調剤~保護者への服薬指導,集中治療室における病棟業務)
〈ワーク〉
粉砕不可の薬品,メイラード反応,早産児くる病予防
60分
個人ワーク 〈ワーク〉
「医薬品適正使用サイクル」における薬剤師の役割
20分
エンディング 全体でのまとめ 10分

2019年度は授業内でワークをするため,370名を4名~6名で構成したグループに分け,「医薬品適正使用サイクルにおける薬剤師の役割」及びサイクルにおける「新生児特有の注意点」について話し合ってもらい全体共有した.ワークの題材にこのテーマを選んだ理由は,薬剤師が新生児医療というチーム医療のなかでどのような役割を持ち,どれだけの重要性があるのか学生自身が認識するためである.

2020年度はCOVID-19の影響からZoomを用いた同期型を基本とし,実務実習中の学生には後日授業ビデオを視聴してもらった.非対面で,かつ学生数も多いことからZoomのブレイクアウトルームによるグループワークは実施せずに,積極的に投票機能を使い学生と双方向にコミュニケーションを取りながら進めた.授業後,学生に対し授業支援システムWeb Classを通じてアンケートを行った.アンケート内容を表2に示した.分析には,Microsoft ExcelとテキストマイニングソフトKH Coder Version 3を使用した.回答の自由記述については,品詞を限定せず共起関係を測定し,共起ネットワーク図の作成条件を最小出現数10,描画数60とした.

表2 アンケート内容
1.実務実習では,NICU見学をしましたか?
①見学した  ②見学しなかった  ③病院実習はこれから行う
2.授業を受けて,新生児医療への関心が高まりましたか?
①大いに高まった  ②やや高まった  ③変わらない  ④やや低くなった  ⑤大いに低くなった
☛上記を選んだ理由についてお書きください.(自由記述)
3.NICUにおける薬剤師の役割について理解できましたか?
①大いに理解できた  ②やや理解できた  ③あまり理解できなかった  ④まったく理解できなかった
4.薬学生が新生児医療を学ぶことについて,どのように考えますか?
①大いに必要  ②やや必要  ③あまり必要ではない  ④必要ない  ⑤わからない
5.将来,新生児・小児分野に薬剤師として貢献したいですか?
①貢献したい  ②わからない  ③貢献したくない
☛上記を選んだ理由についてお書きください.(自由記述)
6.授業の感想をご自由にお書きください.(自由記述)

倫理的配慮

本研究実施にあたり,東京薬科大学人を対象とする医学・薬学並びに生命科学系研究倫理審査委員会(承認番号:人医-2020-016)及び静岡県立こども病院倫理委員会(承認番号:113)の承認を得た.学生には研究の目的及び意義,研究成果の公開先,個人情報保護,研究協力は任意であること,成績には一切関係ないことを口頭及び文書にて説明した.アンケートの回答は授業内で実施せず,授業後にWeb Classへアクセスしてもらい,学生の自由意思を確保した.

結果

アンケート期間は2020年11月16日~2021年2月19日までとし,薬学部5年生399名からの回答を得た(回答率:94.8%).

1.授業後の新生児医療への関心の高まり

授業後の新生児医療への関心について尋ねたところ,「やや高まった」が57.2%(226/395)で最も多く,次いで「大いに高まった」が32.2%(127/395)となり,あわせると89.4%となり,9割の学生が新生児医療に対し関心を高めたことがわかった(図1).その理由として,「動画を交えた授業で新生児医療の現場を具体的に知ることができ,興味を持った」「新生児の医療は成人の治療方法とは異なることが多く,非常に難しいことが分かった.医師だけでなく薬剤師も積極的に介入することで,子どもの治療に貢献できることに興味を抱いた」「小児について詳しく理解してこなかった自分にとって,今回の子どもにおける病棟薬剤師の役割は,心が揺らぐ内容だった.未知の領域なのに,薬剤師が医師や医療従事者の方たちとチーム医療を組み,子どもに最善の力を注いでいることに感激した」が挙げられた.他方で,「変わらない」と回答した学生のなかには「今までもとても重要な分野であると考えていた」「実習で実際にNICUでの業務内容を見学したので,今回の授業を受けて変わらず関心は高いまま維持されている」という理由も見られ,もともとNICUへの関心が高くあり,授業内容への関心が薄いというわけではなかった.

図1

授業の評価

「大いに高まった」「やや高まった」の自由記述からの共起ネットワーク図を図2に示した.円の大きさと抽出語の出現回数の目安を右側に示した.9つのサブグラフが形成され,「新生児」「医療」「薬剤」「感じる」「知る」「思う」「関わる」が最も高い頻度と共起関係を示した.同じコミュニティでは「感じる」「重要」「必要」「投与」「薬」が共起関係にあり,高い頻度であった.次いで「実習」「病院」「小児」などの頻度が高く相互に共起関係にあった.

図2

講義後の新生児医療への関心の高まりの共起ネットワーク図

2.NICUにおける薬剤師の役割理解

NICUにおける薬剤師の役割について理解できたか尋ねたところ,「やや理解できた」が55.9%(218/390)と最も多く,次いで「大いに理解できた」が43.6%(170/390)であり,合計すると99.5%となりほぼ全員の学生が理解することができた(図1).

3.薬学生が新生児医療を学ぶことに対する考え

本授業のように薬学教育のなかで新生児医療を学ぶことの必要性について尋ねたところ,「大いに必要」が73.5% (285/388)と最も多く,次いで「やや必要」が24.5%(95/388)であり,合計すると98.0%となりほぼ全員の学生が学ぶことの必要性を感じていた(図1).

4.薬剤師としての新生児・小児分野への貢献

将来,薬剤師として新生児・小児分野へ貢献したいかどうか尋ねたところ,「貢献したい」が56.0%(218/389)となり,次いで「わからない」が42.7%(166/389)であり,「貢献したくない」は1.3%(5/389)であった.「貢献したい」理由として,「小さな体の子どもたちの健康を守ることは医療人として必要不可欠であり,薬をしっかり計算して正しい量を調剤することは薬剤師として大切なことである」「新生児への適切な医薬品の選択はただ添付文書を見れば可能というわけではなく,非常に多くの知識が必要で薬剤師としての力を発揮できる」「新生児や小児の次世代の命を救うことができることは,とてもやりがいのある仕事だと感じる」が挙げられた.「貢献したい」の自由記述からの共起ネットワーク図を図3に示した.8のサブグラフが形成され,「新生児」「小児」「薬剤」「思う」「分野」「医療」「貢献」「感じる」「考える」が最も高い頻度と共起関係を示した.「必要」「薬」「命」「救う」「助ける」,「少ない」「添付」「文書」「知識」,「患者」「成人」「用量」などが次いで頻度が高く相互に共起関係にあった.

図3

薬剤師として新生児医療への貢献の共起 ネットワーク図

5.授業の感想

275名の学生より授業の感想が寄せられた.「動画や画像などを見て,現場のことが今までで一番よく理解できた.新生児医療についてもう少し勉強してみたい」「様々な病気があり,さらに新生児だけでなく母体の健康も考慮しなくてはならない繊細な領域であり,そのなかでの薬剤師の役割について理解できた」「現場で活躍する方のお話を直接聞き,また実際の帝王切開の早期出産の動画を見ることができ勉強になった.動画の中で何度かタイマーを撮っていたが,産まれてきた小さな体の命を守るためにはスピードがとても重要だと感じた」などが挙げられた.感想の共起ネットワーク図を図4に示した.11のサブグラフが形成され,「新生児」「小児」「医療」「薬剤」「知る」「思う」「学ぶ」「分野」「役割」が最も高い頻度と共起関係を示した.「話」「聞く」「医師」「貴重」が次いで頻度が高く相互に共起関係にあった.

図4

授業全体の感想の共起ネットワーク図

考察

プロフェッショナリズムとは,患者・社会が医療専門職者・医療専門職集団を信頼して自身の体を任せるために必要な信頼可能性の基盤となるものである7).そのうえで,患者・社会からの信頼を維持して医療を実践するために,医療者個人・医療専門職集団としてどのように患者・社会と向き合い行動していくのか,医療専門職者が持つべき行動,態度,倫理的思考などの総体をプロフェッショナリズムと位置付けられる8).しかし日本の薬剤師の場合,医師・医療機関との関係などによって自律的に行動できていない9)

薬学部における医療プロフェッショナリズム教育として,糖尿病や在宅患者への対応を題材にした授業が実施されている10,11).成人患者が主となる内科や外科領域では,ある程度職場や部署が変わっても薬学的専門知識の応用が利くだろう.しかし,本授業のテーマである新生児・小児領域は①薬の投与量が圧倒的に少なく,小さなミスも大きなミスに繋がること,②調製方法や投与方法が特殊であること,③経験則に基づいた薬剤使用が多いこと(小児・新生児未承認薬),④NICU内での調製・配置薬があるなどの特殊性,⑤患者本人ではなく保護者への服薬指導,といった特徴があると考える.このような特徴を理解し医療プロフェッショナリズムの必要性について主体的に考えることができるように本授業の内容を組み立てた.授業後に学生へアンケート調査をした結果,幾つかの傾向が明らかになった.

本授業を受けて,90%近くの学生において新生児医療への興味関心の高まりがみられた.共起ネットワーク図から新生児への薬剤投与の特徴を知り,新生児医療における薬剤師の役割について理解を示していた.

将来,薬剤師として新生児医療に貢献したい学生が約半数いた.成人患者の用量とは異なり,投与量が少なく調製方法や投与方法が特殊である新生児・小児医療分野に関わり,子どもの命を助けることに貢献したいという気持ちを持っていることがわかった.また,6年間の薬学教育では知識や技能に加え,倫理,ヒューマニズムの本質的な理解を促し,医療現場において自らが実践できる能力を備えられるような育成が必要である8).本授業においても,帝王切開出生からの新生児の蘇生ビデオを視聴してもらった.薬学生にとってはかなり刺激的な内容であったかもしれないが,命の誕生の瞬間や医療現場の臨場感を味わい,ヒューマニズム精神の涵養の機会になったと考える.

命の誕生を支える新生児医療における患者は子どもだけではなく,妊娠・出産時からの母体管理から在宅移行に向けての服薬指導と保護者(主に母親)をも包含する.授業の感想でも「新生児だけでなく母体の健康も考慮しなくてはならない繊細な領域」との記述があった.また新生児は自らの意思を表示できないことから,治療方針や服薬管理など保護者と信頼関係を構築し決定していくことになる.このような成人とは異なる関係性を認識することは,新生児医療において医療プロフェッショナリズムとしての態度や行動をとるうえで重要な点である.

そして,98%の学生が6年間の薬学教育のなかで新生児医療を学ぶことは意義があると回答した.講義では動画や写真を用いたことにより具体的に新生児医療をイメージでき,さらに他職種である医師からの話を聞くことで薬剤師の役割が一層明らかとなり,新生児医療についてもう少し勉強してみたいという感想も寄せられた.医師との関係性を踏まえた薬剤師の職能,いわゆるプロフェッショナリズムとしての姿勢や役割について学び学習意欲を高める機会となった.

今回我々が実施した授業は,NICU入院児への薬物療法における新生児科医師と薬剤師の役割分担や連携のあり方について講義し,そのうえで学生自身が新生児・小児医療への具体的な目標設定の一つの機会となり,教育としての有効性が示唆された.ただし,薬学生に医療プロフェッショナリズムを涵養するためには,最初の知識のレベルから時期を追って態度・姿勢・実際の行動へのレベルに継続的に実践的でなければならない12).本研究は3コマの授業に対する評価であるため,今回知識が修得されても実際の臨床現場での態度や行動がプロフェッショナルであるかどうかは改めて評価をしなくてはならない.たとえば病院薬剤師の生涯教育を含めた医療プロフェッショナリズムのカリキュラム構築や,本学卒業生のNICU・小児科担当薬剤師に対し本授業で修得した知識が臨床現場で活用されているかどうかヒアリングを行うなど本授業と相互に関連付けを持たせカリキュラムの見直しを適宜行う必要がある.今後も,本授業に改善を加えながら薬学教育におけるモデルとなるよう実施していきたい.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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