2022 年 6 巻 論文ID: 2021-024
改訂薬学教育モデルコアカリキュラムでは,卒業時に薬剤師として求められる10項目の基本的な資質(10の資質)が提示されているが,卒業後も10の資質が向上されるか否かは不明である.本調査では,大阪大谷大学薬学部同窓会に連絡先を登録している517名を対象として質問紙調査を実施し,医療機関で働く中で10の資質が偏りなく習得されているか検討した.質問紙は無記名式とし,メールで送付し,Googleフォームで回収した.設問は10の資質に関する15項目とし複数選択式とした.質問紙の回収率は22.2%で,男女比や薬剤師歴はほぼ均等であった.病院薬剤師と比較して薬局薬剤師の薬剤師としての心構えと地域の保健・医療における実践的能力の習得度は高く,チーム医療への参画と研究能力は低かった.結論として,10の資質間で習得度には大きな偏りがあり,研究能力は医療機関で薬剤師として働く中で最も習得困難な資質と示唆された.
The revised Model Core Curriculum for Pharmacy Education introduced ten professional competencies required of pharmacists upon graduating from a 6-year pharmacy program. However, it is unclear whether they improved upon these competencies after graduation. In this study, a questionnaire assessed 517 graduates on improving these competencies during their careers in the medical setting. The respondents had registered their e-mail addresses previously with the Faculty of Pharmacy’s alumni association at Osaka Ohtani University. The online survey was anonymous and included 15 multiple-choice questions related to the ten competencies. The response rate was 22.2%, with the male/female ratio and years of experience as a pharmacist of the responders relatively equal. The self-evaluation of community pharmacists showed significantly higher scores for “professionalism” and “community health and medical care” compared to those of “interprofessional team-care” and “research,” which were significantly lower than that of hospital pharmacists. In conclusion, there were large disparities in the improvement level of the ten competencies, with “research” the most difficult area to improve on even for pharmacy specialists working at healthcare facilities.
我が国では,医療技術の高度化,医薬分業の進展,地域・在宅医療の拡充に伴う医薬品の適正使用や薬害の防止などの社会的要請に応えるため,薬剤師の貢献や活躍が強く期待されている.そのため,臨床に係る実践的能力を有した医療人としての薬剤師を養成することを目的として,学校教育法の一部が改正され,大学で薬学を履修する課程のうち「臨床に関わる実践的な能力を培うことを主たる目的とするもの」については,「その修業年限は,六年とする」と規定された1).それとともに学習内容を明確に示した「薬学教育モデル・コアカリキュラムと実務実習モデル・コアカリキュラム」(旧コアカリ)2) が作成され,平成18年度から薬剤師養成を明確な目的とした6年制薬学教育が開始された.さらにその後,各大学の現状および各種大学協会や職能団体等からの要望を踏まえ,薬学教育モデル・コアカリキュラムの改定3) が行われ,全国の薬科大学・薬学部に対し平成27年度から新しい6年制薬学教育モデル・コアカリキュラム(改訂コアカリ)が適用されている.
旧コアカリでは個別の知識,技能,態度の学習を明確なものとするため,学習目標として詳細なGIOとSBOが明記されていた.しかし,卒業時にどのような総合力を持った薬剤師を養成するのかが示されておらず,学生の視点から見た場合,大学における学習や教育が薬剤師に求められるどのような職能に関わるのか実感できないという問題点があった4).そこで,改訂コアカリではこの問題点に対応すべく,卒業時に必要とされる資質として10項目の薬剤師として求められる基本的な資質(10の資質)が明記された3).すなわち,薬剤師としての心構え(心構え),患者・生活者本位の視点(患者本位),コミュニケーション能力(意思疎通),チーム医療への参画(チーム医療),基礎的な科学力(基礎科学力),薬物療法における実践的能力(薬物療法),地域の保健・医療における実践的能力(地域医療),研究能力,自己研鑽および教育能力の10項目である.しかし,改訂コアカリを修了した薬学生が卒業時に習得すべきこれらの資質や能力が,大学卒業後も薬剤師として医療現場で働く中で維持・向上され得るか否かは明らかとされていない.
大阪大谷大学薬学部は2006年の6年制薬学教育開始に伴って新設され,旧コアカリを修了した卒業生の多くが,薬剤師として様々な分野で活躍している.改訂コアカリで提示されている10の資質は,日本薬剤師会が提示する薬剤師綱領や薬剤師行動規範5) を端的に示したものであり,旧コアカリを修了した薬剤師にとっても定期的に省察すべき指針となり得るものと考えられる.本調査では,本学の卒業生を対象として10の資質の習得度に関するアンケート調査を実施し,医療現場で働く中で10の資質が偏りなく習得されているか否かを検討した.さらに,資質の習得度に偏りが認められる場合には,その要因について検討した.
アンケート調査は,大阪大谷大学薬学部同窓会「薬友会」の会員のうち,2021年2月28日時点でメールアドレスが登録されていた2012年から2020年に旧コアカリを修了した卒業生517名を対象とした.アンケートフォームの送付はメールシステムを用いて行い,回収はGoogle社が提供しているアンケート集計サービス「Googleフォーム」を利用して行った.なお,10の資質間の習得度を比較するにあたり,各資質の詳細な説明は行わず,各資質の習得度の基準は示さないこととした.本調査は大阪大谷大学薬学部生命倫理委員会の承認を得て,研究計画に従って実施した(承認番号:BE-0056-21).
2.調査項目アンケート調査は無記名式とした.調査項目は(1)回答者の属性,(2)10の資質に関する自己評価,(3)実務実習受け入れ状況,(4)学術活動状況の4つのカテゴリーに分け,設問は全部で15項目とした.なお,日本薬剤師研修センターが認定する研修認定薬剤師の他,薬剤師の専門性や能力の目安として様々な学術団体で各種認定・資格制度が設けられているため,各種認定・資格の取得の有無に関する設問は自由記載とした.他の設問は全て選択式とした(図1).
アンケート内容
10の資質は臨床に係る実践的能力を有した薬剤師を養成することを目的に設定されていることから,本調査で得られた回答のうち,主な勤務先を病院,保険薬局またはドラッグストアと回答したもの以外はデータ解析の対象から除外した.また,保険薬局とドラッグストアは厳密に区別できないため薬局として集計した.なお,自由記載とした設問5は,記載欄に認定・資格名の記載があれば「あり」として集計した.
調査結果のうち,10の資質に関する習得度の自己評価は,習得度の低い回答から順に点数化(1:未熟である,2:どちらかといえば未熟である,3:どちらともいえない,4:どちらかといえば習得できている,5:習得できている)し,順序尺度とすることにより客観的評価を行った.統計解析は全てSPSS Statistics® 24(IBM)を用いた.10の資質の習得度は,Friedmanの検定を用いた後,Ryan法を組み込んだWilcoxonの符号付き順位検定を用いて多重比較を行った.対応のない2群間の統計学的比較にはMann-WhitneyのU検定を用いた.なお,対応のない多群間の統計学的比較にはKruskal-WallisのH検定を用いた後,Bonferroniの補正を組み込んだMann-WhitneyのU検定を用いて多重比較を行った.また,各資質の習得度と各資質に対して維持・向上が困難と感じる人数または各資質を実習生へ指導する上で重要視している人数の関連性はSpearmanの順位相関分析で評価した.いずれも有意水準はp < 0.05とした.
アンケートの回収率は22.2%(517名中,115名が回答)であった.全回答者の属性を集計した結果を表1に示す.回答者は薬局勤務者(60.9%),病院勤務者(31.3%)の順で多く,男女比および薬剤師歴の内訳は,いずれもほぼ均等な割合であった.そのうち主な勤務先が病院または薬局である回答者106名を以下の解析対象とした.
全回答者(人) | 115(100.0%) | |
---|---|---|
性別(人) | 男性 | 54(47.0%) |
女性 | 61(53.0%) | |
主な勤務先(人) | 病院 | 36(31.3%) |
薬局 | 70(60.9%) | |
その他 | 6(5.2%) | |
無職 | 3(2.6%) | |
薬剤師歴(人) | 1~3年 | 41(35.7%) |
4~6年 | 41(35.7%) | |
7年以上 | 33(28.6%) |
薬剤師に求められる10の資質に関する習得度の自己評価について集計した結果を図2に示す.10の資質のうち「心構え」「患者本位」「意思疎通」「薬物療法」「自己研鑽」の5項目については中央値が4(どちらかといえば習得できている)を示し,「チーム医療」「基礎科学力」「地域医療」「教育能力」の4項目はいずれも中央値が3(どちらともいえない)を示した.なお,「研究能力」の中央値は2(どちらかといえば未熟である)であった.10の資質間で習得度の中央値を比較した結果,資質間に有意な差異が認められた(Friedmanの検定:p < 0.001).特に,「研究能力」の習得度の中央値は,他のいずれの資質と比較しても有意な低値を示した(図2).
10の資質に対する習得度自己評価の集計結果(n = 106).a,b,c,d,e,f,g,h,i,j:p < 0.01(それぞれ対A,B,C,D,E,F,G,H,I,J).
薬剤師免許取得後に維持・向上することが難しいと感じる資質について質問した結果,「研究能力」と答えた回答者が69人(65.1%)と最も多く,次いで「基礎科学力」が56人(52.8%)と多かった(図3).なお,習得度自己評価の平均値が低い資質は,維持・向上することが難しいと感じる傾向がみられた(Spearmanの順位相関係数:rs = –0.650,p < 0.05).一方,実習生を教育するにあたって重要視している,または重要視したい資質について集計した結果,「意思疎通」が60人(56.6%)と最も回答者が多く,次いで「患者本位」が57人(53.8%),「薬物療法」が56人(52.8%)の順で多かった(図4).なお,習得度自己評価の平均値が高い資質は,実習生を指導する上においても重要視される傾向がみられた(rs = 0.833, p < 0.01).
10の資質の習得度と維持・向上が難しいと感じる人数との関係性(n = 106).習得度は平均値 ± 標準誤差で示した.rs:Spearmanの順位相関係数.
10の資質の習得度と実習生へ指導する上で重要視している人数との関係性(n = 106).習得度は平均値 ± 標準誤差で示した.rs:Spearmanの順位相関係数.
回答者の職能資格や学術環境等に関するアンケート集計結果を表2に示す.公益財団法人日本薬剤師研修センターの研修認定薬剤師は,53人(50.0%)であった.また,研修認定薬剤師の他にどのような資格を取得しているか質問した結果,日病薬病院薬学認定薬剤師,公認スポーツファーマシスト,外来がん治療認定薬剤師,栄養指導専門療法士などの記載があり,何らかの認定・資格の名称を記載した回答者の人数は,33名(31.1%)であった.薬剤師免許取得後の学会発表経験は,「なし」との回答が80名(72.6%)と最も多かった.なお,所属部署全体の学会発表頻度を集計した結果,「ほとんどなし」が39名(36.8%)で最も多く,所属部署全体の論文発表頻度も「ほとんどなし」が54名(50.9%)で最も多かった.認定実務実習指導薬剤師の資格取得者は7名(6.6%)であり,「取得していないが,今後取得したい」との回答が64名(60.4%)であった.所属部署における実務実習の受け入れ状況は,「年に数人」が46名(43.4%)と最も多かった.一方,日常業務において臨床的疑問に遭遇する頻度は「週に1回程」の回答が38名(35.8%)と最も多く,次いで「ほぼ毎日」が35名(33%)と多かった.なお,臨床的疑問に遭遇した場合の対応策について質問したところ,「添付文書やインタビューフォーム」が94名(89%)と最も多く,次いで「職場の同僚に相談する」が92名(87%)であった(図5).
設問 | 研修認定薬剤師(日本薬剤師研修センター)取得の有無 | ||||
選択肢 | あり | なし | |||
回答者数(%) | 53(50.0%) | 53(50.0%) | |||
設問 | 上記の他に取得した認定・専門資格等(自由記載) | ||||
あり | なし | ||||
回答者数(%) | 33(31.1%) | 73(68.9%) | |||
設問 | 認定実務実習指導薬剤師の資格 | ||||
選択肢 | 取得している | 今後取得したい | 取得したいと思わない | ||
回答者数(%) | 7(6.6%) | 64(60.4%) | 35(33.0%) | ||
設問 | 所属部署における実務実習の受け入れ状況 | ||||
選択肢 | 年に数人 | 年に1人程 | 数年に1人程 | ほとんどなし | 不明 |
回答者数(%) | 46(43.4%) | 5(4.7%) | 3(2.8%) | 40(37.7%) | 12(11.3%) |
設問 | 薬剤師免許取得後の学会発表の頻度 | ||||
選択肢 | 複数回 | 1回 | なし | ||
回答者数(%) | 9(8.5%) | 17(16.0%) | 80(72.6%) | ||
設問 | 所属部署全体の学会発表の頻度 | ||||
選択肢 | 年に複数演題 | 年に1演題程 | 数年に1度 | ほとんどなし | 不明 |
回答者数(%) | 19(17.9%) | 19(17.9%) | 11(10.4%) | 39(36.8%) | 18(17.0%) |
設問 | 所属部署全体の論文発表の頻度 | ||||
選択肢 | 年に複数投稿 | 年に1報程 | 数年に1報 | ほとんどなし | 不明 |
回答者数(%) | 12(11.3%) | 5(4.7%) | 7(6.6%) | 54(50.9%) | 28(26.4%) |
設問 | 日常業務において臨床的疑問に遭遇する頻度 | ||||
選択肢 | ほぼ毎日 | 週に1回程 | 月に1回程 | 年に数回 | ほとんどなし |
回答者数(%) | 35(33.0%) | 38(35.8%) | 22(20.8%) | 8(7.5%) | 3(2.8%) |
臨床的疑問に遭遇した場合の対応策(複数回答可,n = 106)
10の資質の習得度について,アンケートの回答毎に比較した結果を表3に示す.いずれの資質においても男女差は認められなかったものの,薬剤師歴4~6年の「患者本位」の習得度および薬剤師歴7年以上の「薬物療法」の習得度は,いずれも薬剤師歴1~3年と比較して有意な高値を示した(表3).また,病院勤務者と比較して,薬局勤務者の「心構え」「地域医療」の習得度は有意な高値を示し,「チーム医療」「研究能力」の習得度は有意な低値を示した.さらに,研修認定薬剤師資格を持つ回答者における「心構え」「患者本位」「自己研鑽」の習得度は,いずれも当該資格を持たない回答者より有意な高値を示した.なお,研修認定薬剤師以外の認定・資格も含めて集計した結果,資格を取得していない回答者と比較して,資格取得者の習得度は「患者本位」で有意な高値を示したものの,「基礎科学力」「研究能力」で有意な低値を示した.また,認定実務実習指導薬剤師の資格取得の意思がある回答者は,資格取得の意思がない回答者と比較して「患者本位」「意思疎通」「チーム医療」「薬物療法」「自己研鑽」「教育能力」の6つの資質で習得度が有意な高値を示した(表3).なお,実務実習を受け入れている場合は,受け入れていない場合と比較して「チーム医療」の習得度が有意な高値を示した.さらに,学会発表経験がある回答者の「チーム医療」の習得度は,学会発表経験がない回答者と比較して有意な高値を示した.いずれの資質の習得度においても,主な勤務先の学会発表や論文投稿の有無との間に有意な差異は認められなかった.
本調査の結果より,「心構え」「患者本位」「意思疎通」「自己研鑽」の習得度の自己評価は「基礎科学力」「地域医療」「研究能力」「教育能力」と比較してそれぞれ高いことが示された.薬剤師の最も基本的な職務である薬学的ケア(Pharmaceutical Care)の実践に着目した先行研究6) によると,薬学的ケアを実践する上での課題に対する方策のうち薬剤師自身に関わる要因として「意思疎通」「患者本位」「自己研鑽」「心構え」に関する項目が順に多く挙げられており,本調査の結果はこの結果を支持するものと考えられた.さらに,薬学的ケアの実践には「薬物療法」が必要不可欠である.「薬物療法」の習得度の自己評価は「心構え」「患者本位」「意思疎通」「自己研鑽」と同程度であり,かつ薬剤師歴の増加とともに習得度の自己評価が高くなる傾向が認められたことから,「薬物療法」も医療機関で薬剤師としての経験を積むことで習得度の向上が見込める資質と考えられた.なお,薬剤師の生涯学習の指標の1つとして,日本薬剤師研修センターが認定する研修認定薬剤師の取得が挙げられる7).研修認定薬剤師を取得している薬剤師は「自己研鑽」「心構え」「患者本位」の習得度が高いことから,当該認定の取得者は「自己研鑽」のみでなく「心構え」「患者本位」の維持・向上に努めていると考えられた.以上より,他の資質と比較して「心構え」「患者本位」「意思疎通」「薬物療法」「自己研鑽」の5つの資質は,医療現場で薬剤師として経験を積むことで習得しやすい資質と考えられた.
一方,薬剤師に求められる10の資質のうち,薬剤師免許取得後に維持・向上することが難しいと感じる資質として「研究能力」を挙げた回答者数は最も多かった.「研究能力」の習得度の自己評価は他のいずれの資質と比較しても有意な低値を示した結果からも,医療現場で薬剤師として働く中で「研究能力」は習得が困難な資質であることが示唆された.薬剤師を対象とした渡部らの調査8) においても,臨床研究に関する知識やスキルのうち「倫理的配慮ができる」以外の能力において大部分の薬剤師は「達成できていない」と回答しており,本調査の結果はこの結果を支持するものと考えられた.一方,10の資質における「研究能力」とは,薬学・医療の進歩と改善に資するために研究を遂行する意欲と問題発見・解決能力を有する3) とされており,これは臨床現場において臨床的疑問を発見し,多角的に考えることを通して,その疑問を解決に導こうとする能力と解釈することができる.そこで,臨床的疑問の遭遇頻度について質問した結果,回答者の84%が月に1回程度以上の頻度で臨床的疑問に遭遇していることがわかった.渡部らの報告8) においても,薬剤師が学習したい臨床研究に関する知識やスキルとして「臨床における疑問を,研究課題の形にする」が最も多く挙げられている.臨床的疑問の程度は薬剤師としての知識や経験によって大きく異なるものと推察されるが,本調査の結果からも臨床的疑問を発見する能力が「研究能力」に繋がっていないことが示唆された.大学との連携によって医療現場で遭遇した臨床的疑問を臨床研究へ繋げるための活動は以前から多数報告9–11) されているものの,これらの活動は未だ多くの薬剤師に行き渡っていないものと考えられた.以上より,現状では医療現場で薬剤師として働く中で「研究能力」を維持・向上することは難しいことが示唆された.今後,薬剤師が遭遇する臨床的疑問をより多くの臨床研究へ繋げるためには,医療機関と大学との連携を拡大するとともに,医療機関において研究指導が可能な薬剤師を養成するなどの対策が必要と考えられた.
薬剤師免許取得後に維持・向上することが難しい資質として「研究能力」に次いで「基礎科学力」が挙げられた.さらに,「基礎科学力」の習得度の自己評価は「心構え」「患者本位」「意思疎通」「自己研鑽」の4つの資質と比較してそれぞれ低値を示したことから,「基礎科学力」も比較的習得が困難な資質と考えられた.なお,本調査では認定・資格の取得によって「研究能力」「基礎科学力」の習得度自己評価の有意な低下が認められた.本来,各種認定薬剤師等の専門資格を取得するためには薬学部で学ぶべき内容以上に高度な専門知識の習得が必要であり,専門知識を習得するためには「基礎科学力」が必要不可欠と考えられる.さらに,専門知識の習熟とともに発見される臨床的疑問の深度は,臨床研究に至る内容に値するまで高まってくるものと考えられる.本調査の対象者は薬剤師歴が10年未満であり,認定・資格取得後の年数はさらに短いものと推察されるため,得られた専門知識が「基礎科学力」や「研究能力」の習得度自己評価に反映されるレベルまで習熟できていない可能性はある.認定・資格取得の有無と「基礎科学力」「研究能力」の習得度との関連性については,今後さらなる調査が必要と考えられた.以上より,「基礎科学力」は薬剤師にとって必要不可欠な能力と考えられるものの,現状では比較的習得困難な資質であることが示唆された.
「教育能力」の習得度の自己評価は「心構え」「患者本位」「意思疎通」「自己研鑽」の4つの資質と比較すると低値を示した.10の資質における「教育能力」は,次世代を担う人材を育成する意欲と態度を有することである3).認定実務実習指導薬剤師の資格を取得している,または今後取得したいと考えている回答者は71名(67.0%)であり,6年制薬学部の卒業生の多くは実務実習に対して協力的な姿勢を有するものと考えられた.以上より,他のいくつかの資質と比較すると習得度の自己評価は低いものの,医療現場で薬剤師として働く中で改訂コアカリで求められている「教育能力」は習得できているものと考えられた.
「地域医療」の習得度の自己評価も「心構え」「患者本位」「意思疎通」「自己研鑽」の4つの資質と比較すると低値を示した.また,薬局勤務者の「地域医療」の習得度の自己評価は,病院勤務者と比較して高かった.令和2年度の診療報酬改定12) のうち調剤報酬における地域支援体制加算が引き上げられた.地域支援体制加算の施設基準には「地域医療に貢献する体制を有することを示す実績」「在宅療法を担う医療機関,訪問看護ステーションとの連携体制」「保険医療・福祉サービス担当者との連携体制」が必要とされている12).薬局がこの施設基準を満たすためには,勤務する薬剤師の「地域医療」が必要不可欠であり,これが薬局勤務者の「地域医療」の習得度が病院勤務者より高い理由の1つと推察された.同様に,病院においては感染防止加算の施設基準など,医療チームにその領域に精通した薬剤師が配置されていなければ診療報酬が付与されない項目があり,病院勤務者の「チーム医療」の習得度が薬局勤務者より高い理由の1つと考えられた.
以前から,社会が薬剤師に要求している資質や能力を一定の水準で維持・向上するためには医学部教育で行われている研修医制度のような卒後教育の充実が必要と考えられてきた13).現在も多くの大学病院や基幹病院では薬剤師レジデント制度が導入されており,大学卒業後の薬剤師を対象とした初期研修プログラムや特定の分野におけるスペシャリストを目指す専門薬剤師養成プログラム等が実施されている.さらに近年,医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律が改正され14),がん等の専門的薬学管理を実施する上で医療機関と連携可能な薬局を専門医療機関連携薬局とし,その認定要件の1つとして地域薬学ケア専門薬剤師制度15) が日本医療薬学会で新設された.本調査の結果より,「研究能力」を含めた10の資質の習得度に一部施設間差が認められたことから,薬剤師育成の観点からの薬薬連携も今後強化する必要があると考えられた.
本調査の限界点として,インターネット調査法を用いたため,他の調査方法と比較するとアンケート回収率が低く,残りの70%以上の卒業生の意識は評価できていないことが挙げられる.さらに,資質の習得度は回答者の自己評価であり,実際のコンピテンシーを評価したものではないことも限界点として挙げられる.しかし,本調査の結果は6年制薬学教育を卒業した薬剤師の現状の縮図であり,薬剤師の生涯学習の在り方や医療現場における若手薬剤師育成の方略を考える上で役立つものと考えられた.
結論として,医療機関で薬剤師として働く中で10の資質間には習得度の自己評価に大きな差異が認められた.特に,研究能力は他の資質と比較して最も習得困難な資質であることが示唆された.医療機関で働く薬剤師の研究能力を向上するためには,医療機関と大学との連携を拡大するとともに,研究指導が可能な薬剤師を養成するなどの対策が必要と考えられた.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.