薬学教育
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実践報告
実務実習事前学習における上腕筋肉注射シミュレータを用いた筋肉注射実習の導入とその効果検証
堀尾 福子池田 徳典石黒 貴子瀬尾 量内田 友二
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キーワード: 筋肉注射, ワクチン, 薬剤師
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電子付録

2022 年 6 巻 論文ID: 2021-041

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抄録

感染症によるパンデミックを収束または制御する手段として期待されるワクチン及びその接種では,ワクチン接種希望者へ安定的かつ速やかに供給と接種を提供できる体制を構築することが重要である.その課題の一つとして接種の打ち手の確保がある.欧米では薬剤師もワクチン接種の打ち手となっているように,今後日本でも薬剤師が貢献できる可能性が期待される.このような背景により,学部4年生を対象とした上腕筋肉注射シミュレータを用いた実習を実施し,その効果を検証した.実習前と比較し実習後では,筋肉注射の知識・技術のどちらも向上しており,かつ高い満足度が得られた.さらに,学生の自信獲得にも繋がっており,自己効力感が育まれたと考えられた.また,「今後役に立つ」「学んでおくべき」と考える学生が実習後では増加し,学生の意識にも変化をもたらした.これらの結果より,学部教育における筋肉注射実習は有用な実習であると考えられる.

Abstract

Vaccines and immunizations are expected to contain or control pandemics caused by infectious diseases. Therefore, it is essential to create a system that can supply prompt and stable vaccinations to people who wish to be vaccinated. However, securing human resources to provide vaccinations is a problem in Japan. In Europe and the United States, pharmacists play a role as vaccination providers, so someday pharmacists in Japan may also contribute in this way. With this background, practical training using an attachable brachial muscle injection simulator was provided to fourth-year undergraduate students and verified its effectiveness. Compared to before the practice, students’ knowledge and skill of intramuscular injection improved, and students were satisfied with how the training increased their confidence and self-efficacy. In addition, many students developed positive consciousness and responded that knowledge and skills for intramuscular injection would be helpful in the future and should be learned at university. These results suggest that practical training using a muscle injection simulator is beneficial in undergraduate education.

目的

2019年に確認された新型コロナウイルス感染症(Coronavirus disease 2019, COVID-19)は,2020年3月11日に世界保健機関によって,パンデミックに相当すると宣言された1).パンデミックを収束あるいは制御する1つの手段として,ワクチンが期待されている.実際,COVID-19ワクチン接種者では,発症や重症化の進展抑制が報告されている24).一方で,変異株が次々に出現し4,5),ワクチン効果の持続性についても不明な点が多く,今後追加や定期的なワクチン接種の必要性も指摘されている6)

このような背景を考慮した場合,ワクチン接種希望者に対し,安定的かつ速やかにワクチン接種を提供できる体制を整備することが重要であるが,そのためにはワクチンの打ち手の確保が課題となる.欧米では,COVID-19に対するワクチン接種は薬剤師も接種の担い手として参加することで,接種を加速させた7,8).一方,日本では薬剤師は,現時点では打ち手として認められていない.しかし,感染状況のさらなる悪化や,新たな未知のウイルス感染症の出現時等の状況下では,迅速にワクチン接種を行うことができる環境整備が必要となり,ワクチン接種の担い手として薬剤師が貢献できる可能性も十分に想定される.そのためには学部教育として,解剖学的根拠に基づいたワクチン接種の講習プログラムを実施することが重要である.これらの背景のもと,「患者・生活者本位の視点に立ち,薬剤師として病院や薬局などの臨床現場で活躍するために,薬物療法の実践と,チーム医療・地域保健医療への参画に必要な基本的事項を習得する」を到達度目標(シラバス)とした実務実習事前学習の1項目として,2021年度より筋肉注射実習の導入を行った.

方法

1.教育方法

本プログラムは,2021年度崇城大学薬学部4年次生科目「実務実習事前学習(筋肉注射)」の受講者を対象とした.指導は内科認定医,神経内科専門医,指導医の資格を持つ医師である教員が担当し,合計120分間のプログラムを実施した(S1).基本的な解剖学的知識は1年時に開講された解剖学や機能形態学で学習済みのため,今回の実習では筋肉注射に関わる解剖学の知識のみを再度重点的に指導後,実技指導を実践した.

2.実技評価

実技評価は装着式上腕筋肉注射シミュレータ(京都化学,日本)9)(S3)による判定に加え,学生の実技をビデオ撮影し,後日2名の担当教員(医師)が独立した形式で評価表(表1)に基づいた評価を行った.評価表は参考文献を基に教員間で合意の上に作成し10,11),2名のうちどちらかの教員が不適切と判断した場合には,その評価項目は不可と判定した.

表1 アンケート回答結果(人(%))および実技評価結果(人)
①実技評価
項目(細目):正しい手技とする基準 実習前(正/誤) 実習後(正/誤) p値
1.姿勢:垂直にまっすぐ下ろし,内旋位をとらせない 123/0 123/0
2.皮膚・筋:指でつままない 116/7 123/0
3.接種部位(縦方向):肩峰の3横指下から前液下線と後液下線を結ぶ線まで 94/29 101/22 0.296
4.接種部位(横方向):三角筋の中央から左右10 mm以内 116/7 121/2 0.131
5.針の刺入(角度):皮膚に対して垂直から全ての方向に30度以内 106/17 121/2 0.001
6.針の刺入(深さ):20 mm ± 5 mm 50/73 110/13 <0.001
7.逆血:内筒を引かない 123/0 123/0
8.固定:針先を動かさない 108/15 120/3 0.003
9.注入:シリンジ内の全量を注入 123/0 123/0
10.抜去後:刺入部位を酒精綿で押さえる 77/46 114/9 <0.001
②筋肉注射の技術に関する知識を問うアンケート項目
設問(正/誤で回答) 正解となる回答 実習前(正解者数/不正解者数) 実習後(正解者数/不正解者数) p値
Q1.注射される人は,腰に手を当てて肘を張った姿勢で待つ. 56/67 120/2 <0.001
Q2.腕の接種部位をつまんで注射針を刺す. 75/48 121/1 <0.001
Q3.注射針を腕に直角に刺す. 102/21 121/1 <0.001
Q4.筋肉注射は三角筋に注射針を刺す. 97/26 120/2 <0.001
Q5.筋肉注射は5–10 mmの深さまで注射針を刺す. 30/93 115/7 <0.001
③筋肉注射実習に対する満足度を問うアンケート項目
Q6.今回の筋肉注射実習はどうでしたか.
満足 115(93.5)
どちらかというと満足 7(5.7)
どちらかというと不満足 1(0.8)
不満足 0(0.0)
④筋肉注射に対する意識を問うアンケート項目
実習前 実習後
Q7.現時点で,筋肉注射を自信をもって行うことができますか.
できる 0(0.0) 22(17.9)
おそらくできる 3(2.4) 76(61.8)
おそらくできない 26(21.1) 24(19.5)
できない 94(76.4) 1(0.8)
Q8.現時点で,今回の筋肉注射実習は今後役に立つと思いますか.
役に立つ 67(54.9) 98(79.7)
どちらかというと役に立つ 53(43.4) 23(18.7)
どちらかというと役に立たない 2(1.6) 2(1.6)
役に立たない 0(0.0) 0(0.0)
Q9.薬剤師は筋肉注射の手技を学んでおくべきだと思いますか.
学んでおくべき 61(50.0) 91(74.0)
どちらかというと学んでおくべき 58(47.5) 30(24.4)
どちらかというと学ぶ必要はない 3(2.5) 2(1.6)
学ぶ必要はない 0(0.0) 0(0.0)

3.アンケート調査

実習前後にアンケートを行い,学生の基本的情報,筋肉注射の技術に関する知識,筋肉注射実習に対する満足度,筋肉注射に対する意識,実習の改善点や他に行ってほしい実習等を調査した(S4).アンケートは書き換えを防止するため,実習前後の各アンケート回答直後に回収した.

4.統計解析

学生番号でアンケート結果と実技評価結果とを対応させた上で,解析時には暗号化し,匿名化の処理をした.解析には,フリーの統計解析ソフトEZRを用いた12).各結果については,McNemar検定にて評価した.

5.倫理的配慮

研究への協力は任意であり,対象者には説明文書を用いて実習開始前に研究内容,同意しなくても不利益を被らないこと,同意後いつでも撤回可能なこと等,十分説明した上で書面にて同意を得た.本研究は崇城大学薬学部生命倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号2021-1).

結果

1.対象者

本実習の受講者134人全員より同意が得られた(100%).初回の1班(11人)は,実習の流れを確認する目的で他の班とは異なる進行や通常よりも時間を使って説明を行ったため,解析対象から除外し,最終的な研究対象者の内訳は男性47人,女性76人の合計123人とした(S5).

2.実技評価及び知識

実技評価項目ごとの達成者数は,特に穿刺角度,穿刺深度,針先の固定,抜去後の圧迫の項目が実習前と比較し,実習後で改善を認めた.また,筋肉注射の技術に関する知識を問う質問項目Q1~Q5の平均正答率は実習前後で58.5%から97.9%となり,全ての項目で増加した(表1).

3.学生の満足度及び自己評価

満足度を問う項目Q6では,肯定的な回答の学生が99.2%だった.意識を問う項目Q7では,知識や経験がないことを理由として,実習前では肯定的な回答者が2.4%程度だった.一方実習後では正しい知識や技術を学んだこと等の理由により,肯定的な学生が79.7%まで増加した.また,意識を問う項目Q8やQ9は,両者共に98.4%の肯定的な回答が実習後に得られた(表1).

考察

実習前と比較し実習後では,筋肉注射の技術に関する知識および技能共に向上していた.過去の報告に基づき13),本実習では医師である教員が筋肉注射のデモンストレーションをしながら指導を実施した.これらの指導を受けた後に実践練習することで,最終的には高い確率で正しい筋肉注射を実施できるようになっており,この結果は徳永らの報告14) と同様であった.一方で実技評価の結果は,穿刺深度や抜去後の患部の圧迫の項目が実習後に改善を認めたものの,学生にとって習得がやや難しい項目であることを示した.恐怖心や皮下注射と筋肉注射の違いを理解できていないことが,針の刺入の深さに影響していると考えられた.また,抜去後の患部の圧迫では,注射前の消毒と注射後の圧迫の違いを理解できていない様子が見受けられた.これらの点については,今後さらに重点的に指導が必要な項目であることが示唆された.

本実習に対する満足度は高かったことに加え,学生の自信を問う項目では,肯定的な回答者数の割合が実習後で著明に上昇した.知識や技術の習得は,その実践のためには必須であると考えられるが,それが実践に結びつかなければ意味をなさない.カナダの心理学者Banduraは,「ある行動を遂行することができると自認していること」をself-efficacy(自己効力感)と呼び,自己効力感が高いほど,実際に行動することができる傾向にあると提唱している1517).本実習では,技術に関する知識・技術の習得向上だけではなく,学生の意識にも変化が認められており,学生の自己効力感が育まれていると考えられる.これはBanduraの報告にある,「自分が何かを成功させた」という「performance accomplishments(遂行行動の達成)」が自己効力感を生み出す要因の1つであること1517) に一致する.また,本研究では実技が習得できた学生のみではなく,習得できていない学生においても実習後の自信を問う質問に対し,一部肯定的な回答が得られた.Banduraは自己効力感の向上をもたらす要因として,「vicarious experience(代理的経験)」や「verbal persuasion(言語的説得)」があることを述べている1517).本実習では,自分の同級生である他者の成功体験も同時に経験することができ,学生自身が自分にもできるかもしれないと感じることができた可能性がある.また,実習中には教員は積極的にフィードバックや励ましの言葉を学生にかけるようにしたことで,自分の能力について認められたことを実感でき,これも自己効力感の向上に貢献している可能性がある.したがって,学部教育において実際に経験できる場を多く設けることは,現場での実践に繋げるために重要であると考えられる.認定された研修プログラムを修了した薬学生・薬剤師が患者へ予防接種することができる米国では,学部教育でも予防接種の講義や実習が以前より実践されており,実際に薬剤師が予防接種に関わることで接種率の向上に貢献している18).今後,日本においても緊急時に,薬剤師がワクチン接種の担い手となる可能性は十分に考えられる.緊急時には速やかな人材確保が必要となるため,臨床に繋がる充実した学部教育が重要であると考えられる.

筋肉注射実習の有用性や学ぶ必要性を問う質問項目に対しては実習前と比較し,より肯定的な回答が増加しており,多くの学生は実習の意義を理解し,積極的に学ぶ姿勢を獲得したと考えられる.一方で,一部が否定的な回答をしており,その理由として法整備の問題や,緊急事態が今後起こらないと思いたいという願望等が含まれていた.これらの結果を踏まえて考えた場合,一部改善すべき点が認められるものの,学部教育での筋肉注射実習は有用な実習であると考えられる.今後は,アンケート結果に基づき,さらに学部内で討論した上で,より質の高い実習プログラムを構築していく必要がある.

本研究の限界として,1点目に技術に関する知識と実技の評価とに相違が認められた点がある.シミュレータを用いての実技評価では,不適切な対応である皮膚をつまむ行為がしにくいことや,固定紐の影響で肘を張った姿勢を取らせにくかったため,これらの行為に関する実習前の知識が乏しいにも関わらず実技が上手く行えた可能性がある.2点目に,今回の結果は実習の直前・直後に行ったデータに基づくものであるため,今後時間の経過で変化がみられる可能性がある.また,本実習の教育効果は学部教育の1回のみでは限界があると予想されるため,卒後教育として定期的な演習を実施することが必要であると考えられる.3点目は,非常時に市民の不安を煽らないためには,医療人として正しい情報を適切に提供することが重要であるが,本プログラムでは技術の習得部分に重点を置いて実施したため,その観点からの指導ができていなかった点である.したがって,今後はこのような観点からも検討していくことで,教育の充実に繋げていきたい.

謝辞

本研究は,JSPS科研費JP21K02675の助成を受けたものです.ご協力いただきました学生の皆様に感謝申し上げます.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

この論文のJ-STAGEオンラインジャーナル版に電子付録(Supplementary materials)を含んでいます.

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