薬学教育
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総説
高度な臨床能力を持つ医療人を目指した学習プログラムの開発と実践及び客観的評価系の構築
蓮元 憲祐
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2022 年 6 巻 論文ID: 2022-002

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抄録

高度化が進む現代の医療では,医師や薬剤師,看護師をはじめとする医療専門職種が各々の専門性を活かして「チーム医療を実践」することが求められている.そのような背景で,薬剤師が専門性を発揮できる分野の一つである治療薬物モニタリング(Therapeutic Drug Monitoring; TDM)に関する事前学習に注目した.一般にTDMが実施されることが多い病院内でのケースだけでなく,薬局においてもTDMの考え方を取り入れた服薬指導を可能とするような学習プログラムを開発・実践した.その教育効果として,8割以上の学生で実践的ケーススタディの有用性が得られており,講義形式の実習に比べて学習効率が高い可能性が示された.また立命館大学では,上述に加え,近年注目が集まっているファーマコゲノミクス(Pharmacogenomics; PGx)に基づく個別化投与設計にも注力している.その結果,PGxの処方提案への応用に関する認識が顕著に向上し,高い学習効果が得られることを見いだした.

Abstract

Advancements in modern medical care have required medical teams, including doctors, pharmacists, and nurses, to undergo specialized training. We have found that pre-practical training on therapeutic drug monitoring (TDM) is one of the areas in which pharmacists can gain expertise. We developed and tested an educational program to provide training on TDM in community pharmacies, rather than hospitals, where TDM is often implemented. We investigated the educational effects of the program using a questionnaire administered to the students. The results of the questionnaire revealed that the TDM case studies were useful for the majority of students (>80%) and showed high learning efficiency compared with lectures. We focused on precision medicine based on pharmacogenomics (PGx), as this field has recently attracted much attention. The results of the questionnaire indicated that the educational program was highly effective at teaching the application of PGx for treatment decisions.

背景と目的

臨床実践能力の高い薬剤師を輩出することを目的として,2006年から新しい6年制薬学教育がスタートした1,2).また,2010年4月30日に発出された厚生労働省による通知「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について」3) でも明示されている通り,日本全国においてチーム医療という言葉が浸透している.医療の高度化や専門性の細分化が進む現代において,質の高い医療を実現するためには,医師や薬剤師をはじめとする医療専門職種が各々の専門性を活かして「チーム医療を実践」することが求められる.この多職種連携の中で薬剤師は,安全で有効な薬物治療を実践することが期待されている4,5)

立命館大学薬学部(以下,「本学」)の人材育成目的6) においても同様に,下記の通りチーム医療における活躍を重視した目標を掲げている.

医薬品についての高度な専門知識,実践能力,医療人としての素養を有し,地域薬局や病院内で医療チームの一員として先導的な役割を果たす薬剤師,および研究マインドを持ち薬剤師として医療薬学分野の発展に貢献できる人材を養成することを目的としています.(立命館大学薬学部ホームページ/学部紹介より引用)

このようなチーム医療において,薬剤師がその専門性を発揮する分野のひとつとして,薬物動態学的解析に基づき,個々の患者に対して最適な投与設計を行う治療薬物モニタリング(TDM)がある7).著者らは臨床準備教育でのTDM教育において,臨床現場と大学の間を繋げる架け橋となるケーススタディなど,ユニークな教育実践を行ってきたので,薬学教育誌に掲載された論文8) の概要を下記に示す(教育研究1).

また,近年,医療における遺伝子情報の活用は,“Precision Medicine” を推進するためのアプローチとして期待が集まっており,がん領域におけるゲノム医療のパネル検査が保険収載されるなど,臨床応用が進んでいる.薬学分野においても,患者個々の薬物代謝酵素や薬物トランスポーターなどの遺伝子多型に応じて適切な薬物療法を実践するファーマコゲノミクス(PGx)に関する研究が精力的に進められている914).しかしながら,実臨床においては,倫理的,設備的,人員的などの障壁から,PGx検査が十分に活用されているとは言い難いのが現状である10,1517).特に薬学教育的な側面では,PGx検査結果に応じた高度な薬物療法を実践できる薬剤師の輩出が求められている.そのための教育プログラムが一部の大学院で実践されているが,まだまだ全国の薬科系大学にまでは普及されていない10).一方,本学では他の薬科系大学とは異なり,4回生を対象としてPGx解析結果を基づいた投与設計に関する実習講義や課題を臨床準備教育に取り入れている4).そこで,本学での臨床準備教育におけるPGx教育の概要についても下記に示したい(教育研究2).

教育研究1

1.学生の臨床意識向上を目指した臨床準備教育におけるTDM教育の実践

改訂薬学教育モデルコアカリキュラムに規定されている様に,臨床準備教育としてTDM教育が求められている2).一方で,実習内容は各大学に委ねられており,個々の大学の実習内容を知る機会は少ない.表1は,本学のTDM実習の2日間にわたる授業デザインを示す.TDM実習は,本学4回生配当科目である「医療薬学実習A」の15日間のうち,2日間をTDM実習としている.そして受講生を12グループに分けて,セクション毎にローテーションしていき,TDM実習は一度に2グループ,人数にして12–15名程度があたる.

表1 授業デザイン.文献8)を一部改変.
TDM実習第1日目
(1)「TDM」って何だろう?TDM概説 20分
(2)ケーススタディ#1「タミフルの服用タイミングと血中濃度」 40分
(3)ケーススタディ#2「クレメジンを服用しているインフルエンザ患者」 25分
(4)PCソフトを使ってバンコマイシンの投与設計してみよう 80分
(5)PGx解析とテイラーメイド医療 25分
(6)第1日目課題 35分
TDM実習第2日目
(7)第1日目の課題の解説 20分
(8)ケーススタディ#3「ジゴキシン」 30分
(9)ケーススタディ#4「フェニトイン」 40分
(10)ケーススタディ#5,#6「免疫抑制剤のTDM」 90分
(11)TDMに関する薬剤師国家試験問題ってどんな感じ? 随時実施した
(12)第2日目課題 50分

TDM実習では,薬物血中濃度測定結果に基づく処方設計提案,TDM解析ソフトを用いた投与計画の作成などTDMの実践について学習する.また本学では,病院だけでなく薬局を想定したTDM実践例として,薬物動態推定に基づき適切な服薬タイミングを推定するケーススタディを行っている.

2.ケーススタディの内容

授業の概要:オセルタミビルリン酸塩(タミフル®カプセル75)の服用タイミングと血中濃度

下記のようなシナリオと処方箋を提示して患者への適切な服用タイミングを学生に考えさせた18)

シナリオ:16時にAさん(26歳男性,身長172 cm,体重67 kg,既往歴なし,併用薬なし)が自家用車で来局.昨日から体調が悪かったが,今日の昼過ぎから急に発熱したため,会社を早退しクリニックを受診した.インフルエンザと診断され,下記の処方箋を持って来られた.明後日は出勤しなくてはいけないので,少しでも早く治したいと話されている.

Aさんの持参した処方箋

Rp.1)タミフルカプセル75 1回1カプセル(1日2カプセル)

1日2回 朝夕食後服用 5日分

処方箋に書かれた医師のコメント:1回目はなるべく早く服用させて下さい.

実習の方法

問題1:医師の指示に従って,1回目を帰宅してすぐ(16:30)に服用した後,2回目の服用をその日のうちにするか,あるいは次の日の朝食後にするかを添付文書の情報19) (【薬物動態】の血中濃度変化)をもとに考えさせた(ヒントとして,オセルタミビルは血中濃度が100 ng/mL未満になると効果が期待できない可能性があることを示した20)).

*続けて問題2,問題3があり,患者への適切なオセルタミビル服用タイミングに関する課題を学生へ提示して考えさせているが8),ここでは割愛する.

3.教育研究1の教育効果

このような教育実践に対して,TDM実習を受講した学生に対して認識調査を行った.2016年度にTDM実習を受講した111名を対象に,2日間にわたるTDM実習の最終日(2016年4–7月)に,実習の有用性や役立った項目などを調査したアンケート調査(図1A),または授業のつまずきとその要因をリフレクションシートによって調査(図1B)を行った.また対象者の選択方法は,図1Cに示した.

図1

アンケート用紙(A),リフレクションシート(B),対象者選択方法(C).文献8)より引用.

図2に,アンケート調査(n = 74,回収率:100%)のうち,設問「A.実習内容の有用性」,また設問「D.TDM実習の薬剤師に対する必要性」に関するアンケート調査結果を示した.実習内容の有用性また実習の薬剤師業務に対する必要性については,どちらも肯定的な回答が多い結果になった.また,アンケートへの自由記述には,「全体的に薬剤師になるために,すごく必要な知識だと感じることが出来たし,楽しかったです.」のように,薬剤師業務におけるTDMに関する知識の必要性が学生には認識できていた.

図2

アンケート調査結果(n = 74).設問「実習内容の有用性」(A),設問「TDM実習の薬剤師に対する必要性」(B).

図3には,アンケート調査の設問Bにあるように,本学で実施しているTDM実習内容に対して,どの内容が役に立ったかを示した.その結果,臨床現場において良く遭遇する点滴から経口投与への投与経路の変更に伴う投与計画の立案を扱った「免疫抑制剤の投与計画」と回答した学生の割合が最も高い結果となった.続いて,上記で示した薬局現場におけるTDM業務としての「オセルタミビルの服用タイミング」を役に立つと回答した学生の割合が高かった.

図3

TDM実習で役に立った実習内容.PGx:Pharmacogenomics,薬理遺伝学的知見に基づく処方設計.文献8)より引用.

今回の実習で行った課題などのケーススタディが,「薬物動態学」や「臨床薬剤学A・B」などのような座学での講義で得られる知識よりも実臨床において活かせるものであったことを示す,下記のような自由記述文があった.

・課題などで,実際に処方内容の解析をしたり,投与量を計算することで,今まで授業でただ問題を解いていた時より,より具体的にどのようなポイントに気を付けるべきか,どんな流れで求めるのかが分かり,良く理解出来ました.5回生次の実習に活かしたいです.

・実際に行われている計算を解くことで,将来の仕事が少し身近に感じることが出来ました.

当初,アンケート調査のみを行っていたが,一部の学生から授業についてこられない箇所があったという声があった.そこで,追加調査可能であった学生について授業のリフレクションシートを作成し(図1B),得られた回答から授業のつまずきとその要因を調査した(n = 30,回収率:81.1%).その結果,TDM実習内のつまずきで一番多かったものは,「遺伝子多型に基づく処方設計」に関するものであり,全体の30%が選択していた.リフレクションシートでは,各々のつまずいた点に対して,その要因を学生自身が自己分析するが,ここでの要因としては,対象薬剤がどの薬物代謝酵素で代謝されるのかを理解していなかったことが挙げられていた.その他,つまずいた点としては,「バンコマイシン,フェニトイン,免疫抑制剤などの処方設計」が選択されていた.これらの要因としては,薬剤に対する知識不足が挙げられていた.逆に,実習を通して出来るようになった項目として,オセルタミビルの服用タイミングの検討(56.7%),オセルタミビルの腎機能に応じた処方設計(53.3%),シミュレーションソフトを用いたバンコマイシンの処方設計など個々の薬剤や症例に特化したケーススタディが上位を占めていた.

教育研究2

1.臨床準備教育におけるPGx解析演習の実践

授業の概要

「PGx解析とテイラーメイド医療」に関する導入講義後,学生へPGx解析結果に基づいた処方設計に関する課題を与えた(図47).PGx演習課題として,抗血小板剤のクロピドグレルを選んだ.図5は,クロピドグレルの代謝過程を示した21).クロピドグレルは,主にエステラーゼによって代謝されて,主代謝物のSR26334が生じるが,これには抗血小板作用はない.一方,クロピドグレルがCYP2C19,そしてCYP3A4で代謝を受けると活性代謝物のH4が生じる22).この過程でのCYP2C19には遺伝子多型が存在することが知られており,日本人を含むモンゴル系人にはCYP2C19のPoor Metabolizerが20%程度存在することが報告されている23)

図4

個々の学生で異なる課題を作成し,自分で考える力を養う教育実践例.

図5

クロピドグレルは代謝活性化を必要とするプロドラッグ.文献21)を一部改変.

課題では,処方されたプロトンポンプ阻害薬(Proton pump inhibitor, PPI)の種類(オメプラゾール,ランソプラゾール,ラベプラゾール)及び患者のCYP2C19遺伝子型(*1/*3,*2/*3など)をランダムに組み合わせたレポートを用意した.課題内容がひとりひとり異なることを前もって学生へ説明したうえで,CYP2C19のPGx検査情報に基づいた医師へ処方提案を立案する課題に取り組ませた.

経皮的冠動脈形成術に対してクロピドグレルを抗血小板剤として使う際には,アメリカでは治療方針が決まっており(図69),まず患者のCYP2C19の遺伝子型を検査する.そして,明らかになった表現型に対して,そのままクロピドグレルを使うか,またプラスグレルのような別の抗血小板剤を考慮する.そして課題の採点には,このPGx検査のガイドラインを参考に採点を行い,TDM実習の2日目の冒頭に学生へ採点結果を返却してフィードバックを行った.また,PGx課題については,評価の観点として「患者の持つ遺伝子多型に基づいた処方設計」についてアウトカムを設定し,表2に示すようなルーブリック評価を基に評価を行った.

図6

米国での治療方針.文献9)を基に作成.

表2 PGx課題のルーブリック評価表
点数 4 3 2 1
評価の観点
「患者の持つ遺伝子多型に基づいた処方設計」
アウトカム
代表的な疾患を題材として,患者の持つ遺伝子多型の表現型を理解・評価し,その遺伝子多型に基づいた適切な薬物療法を立案する.
代表的な疾患の薬物療法の有効性・安全性を確認するために必要な患者の遺伝子多型についての情報を適切に収集・評価できている.
問題点を適切に理解し,その結果をレポートとして記録できている.
遺伝子多型の情報から推測される予後の予測に基づいたより良い薬物療法を必要に応じて立て,その結果を医師へ伝える.
代表的な疾患の薬物療法の有効性・安全性を確認するために必要な患者の遺伝子多型についての情報を適切に収集・評価できている.
問題点を適切に理解し,その結果をレポートとして記録できている.
しかし,予後の予測について十分に分析できていない.
代表的な疾患の薬物療法の有効性・安全性を確認するために必要な患者の遺伝子多型についての情報を適切に収集できている.しかし,問題点を適切に指摘できていない. 代表的な疾患の薬物療法の有効性・安全性を確認するために必要な患者の遺伝子多型についての情報を適切に収集できていない.

2.教育研究2の教育効果

近年,患者個々の薬剤反応性とゲノム情報との関連について,多くの知見が集積しつつある10).そのため課題を通してゲノム情報を含めた患者情報を基に,処方の妥当性を考えることの大切さを理解して欲しい狙いがあった.学生にとってPGx結果を基にした処方設計は初めてであったが,自ら参考資料を集めて課題に対して熱心に取り組んでいた.そのため,PGx解析に基づいた医師への処方提案の重要性に関する認識が顕著に向上したことが実習後の調査により示された.これらより本学でのPGx演習は一定の教育効果が得られたことが示唆された.

また一昨年度は,TDM実習の第2日目の終わりにもPGx課題を用意し,学生に課題を与えた.まだプレリミナリーな結果だが,PGx解析結果に基づく処方提案への認識が顕著に向上しており,高い学習効果が得られることが明らかになっている.

まとめ

1.アンケートとリフレクションシートによる調査を実施した結果,実践的ケーススタディが役に立つと回答した学生の割合は全体の8割を占めており,講義形式の実習内容に比べて顕著に高かった.

2.PGx解析に基づいた医師への処方提案の重要性に関する認識が顕著に向上したことが実習後の調査により示された.これらより本学でのPGx演習は一定の教育効果が得られたことが示唆された.

以上,本学の学生を対象にした臨床準備教育における代表的な教育研究について記述してきたが,本学の人材育成目標に沿ったこのような教育実践を積み重ねていくことにより,高度な臨床応用能力を持った人材を輩出できることを期待しており,今後もこれまでの教育研究を大切にして精進していきたい.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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