2022 年 6 巻 論文ID: 2022-003
本研究では,薬学生の薬学英語学習について,自己効力感,達成関連感情,学習方略の関連性をControl-Value Theoryを用いて検討した.質問紙は,池田の試験場面における達成関連感情尺度日本語版と森の英語に対する自己効力感尺度の項目の表現を一部変更して用いた.学習方略使用尺度については,森の英語学習使用方略尺度の項目を参考に作成した項目を因子分析した結果,「推測方略」,「理解方略」,「作業方略」,「熟考方略」に分類された.相関分析の結果,positiveな達成関連感情の「楽しさ・希望・誇り」は,自己効力感,学習方略との間に先行研究と同様に正の相関が見られた.一方,新しい知見としてnegativeな達成関連感情である「怒り」は「希望・誇り」,「熟考方略」との間に正の関連が認められた.
This study investigated the relationship between self-efficacy, achievement emotions, and learning strategies using Control-Value Theory for pharmacy students learning Pharmacy English. A questionnaire was conducted with items from Ikeda’s Achievement Emotion Scale Japanese version and modified items from Mori’s Self-efficacy Scale for English Learning. Based on a factor analysis of the items created with Mori’s English Learning Usage Strategy Scale, four categories were classified as guessing strategy, understanding strategy, working strategy, and contemplation strategy. The results of correlation analysis showed that “enjoyment/hope/pride” (positive achievement emotions) positively correlated with self-efficacy and learning strategies, as shown in previous studies. In addition, a significant positive correlation between “anger” (negative achievement emotion) and “hope/pride” and a significant positive correlation between “anger” and contemplation strategy emerged as new findings.
学業的な自己効力感とは,「指示された教育内容を達成していくための行動を統合し実行する能力を個人的に判断すること」として定義されている1).学業達成と自己効力感に関して,自己効力感の高い学習者は,低い学習者よりも挑戦しがいのある課題を選択し,課題達成に向けて継続的に努力して取り組むと考えられている.また,自己効力感が学習方略使用や学業成績に対して影響を及ぼすことが報告されている2–4).
感情に関する研究分野では,学習場面で生じる様々な感情を統合的に扱うことを可能にした理論としてControl-Value Theoryが提唱されている5).この理論では評価(価値・統制感),達成関連感情,達成(認知的資源・学習への動機づけ・学習方略・自己調整)の間に相互関係が考えられており,評価は達成関連感情の規定要因として仮定されている.池田はControl-Value Theoryを個人の評価が規定要因となって,結果関連感情(将来及び過去の活動の結果生じる感情:希望・誇り・安堵・不安・恥・怒り・絶望)や活動関連感情(達成活動の継続中に生じる感情:楽しさ・怒り・退屈)を生じた後,達成を経て再び評価,達成関連感情を生じるサイクルであると説明している6).Pekrunらは授業場面,学習場面,試験場面で経験する達成関連感情(楽しさ,希望,誇り,安堵,怒り,不安,恥,絶望,退屈)を測定するために達成関連感情尺度(Achievement Emotion Questionnaire: AEQ)を作成し,AEQを用いて心理学を専攻する学生を対象に,「授業場面,学習場面,試験場面にどのようにいつも感じたか」を達成関連感情として調査し,達成関連感情と評価(学業統制感・自己効力感・課題価値),達成(学習への動機づけ,学習方略,学業成績)との間の相関性を確認している7).池田は,試験場面で生じる達成関連感情のうち,退屈を除く達成関連感情を測定するAEQ日本語版を作成し,自己効力感と学習方略(メタ認知的方略・深い処理方略)は楽しさ,希望,誇り,安堵との間に正の相関を,絶望との間に負の相関を明らかにしている8).例えば,「テスト前(中・後)にたいていどのように感じていますか」の教示に対して,楽しさは「今度の試験が楽しみだ(試験前)・自分にとって,試験は楽しめる課題である(試験中)・試験の後は喜びで胸がドキドキする(試験後)」といった項目が含まれる.つまり,試験場面を想定した時に楽しさが高い学習者は自己効力感も高く,メタ認知的方略や深い処理方略の使用頻度も高いと考えられる.一方,絶望は「試験にはとても希望を持てないので落ち込む(試験前)・試験は自分にとってかなり難しいものなのだと実感する(試験中)」といった項目がある.将来的に失敗するだろうと評価し絶望を生じる学習者は,自己効力感も低く,メタ認知的方略及び深い処理方略の使用を避けることが推測できる.このように心理学教育の研究分野では達成関連感情と学習方略の関連が注目されている.感情に関して英語教育の研究分野では,テスト不安や学習不安が報告されている9–11).また,薬学英語教育では,到達テスト後に生じる正感情と影響要因を検討した結果が示されている12).しかしながら,これらの感情は不安という特定の感情や,テスト後という1時点で生じた感情を測定したものであり,Control-Value Theoryに基づく授業場面,学習場面,試験場面で経験する達成関連感情(試験前・試験中・試験後)に焦点を当て,学習方略との関連を検討した報告は未だ見られない.
そこで本研究では,Control-Value Theoryを薬学英語教育に応用し,薬学生の学習方略の使用に役立つ知見を提供することを目的に,自己効力感,達成関連感情,学習方略の関連をControl-Value Theoryを用いて検討した.
調査は,薬学英語入門II(3年生後期開講)の履修学生268名のうち,欠席者を除く242名を調査対象として2018年10月に,講義終了直後の10分間を利用して実施した.質問紙を対象者全員に配布し,倫理的配慮を十分に行うことを説明した後,手書きで記入させ,退室時に対象者自身で回収箱に提出させた.なお,対象者の精神的な負担を軽減するために,試験場面における達成関連感情を測定するAEQ日本語版の項目数を減らすとともに,個人が特定される可能性のある年齢や性別に関しては質問しなかった.回収した212名のうち,同意の得られなかった13名と欠損値のある41名を除く158名を本研究の分析対象とした.得られたデータはSPSS statistics 26とAmos 26を用いて分析した.
2. 調査内容 1) 薬学英語に対する達成関連感情尺度達成関連感情尺度は,池田の試験場面におけるAEQ日本語版8) の質問項目27項目〔楽しさ(4項目);希望(3項目);誇り(4項目);安堵(2項目);怒り(4項目);不安(4項目);恥(3項目);絶望(3項目)〕を使用した.「テスト前(中・後)に,たいていどのように感じるか」について5件法(全くあてはまらない;あてはまらない;どちらともいえない;あてはまる;よくあてはまる)で回答を求めた.分析の際は,高得点ほど達成関連感情が高くなるように「全くあてはまらない」から「よくあてはまる」に対してそれぞれ1から5までの得点とした.表1に27項目の内容と単純集計結果を示す.
達成関連感情 | 項目 | 平均 | SD | Total(%) (N) |
全くあてはまらない(%) | あてはまらない(%) | どちらともいえない(%) | あてはまる(%) | よくあてはまる(%) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
楽しさ | 今度の試験が楽しみだ. | 2.05 | 1.06 | 100(158) | 41.1 | 23.4 | 26.6 | 7.0 | 1.9 |
自分にとって,試験は楽しめる課題である. | 1.95 | 1.06 | 100(158) | 44.9 | 26.6 | 19.0 | 7.6 | 1.9 | |
うまくいくのが楽しみなので一生懸命勉強する. | 2.30 | 1.13 | 100(158) | 32.3 | 23.4 | 29.1 | 12.7 | 2.5 | |
試験の後は喜びで胸がドキドキする. | 2.06 | 1.11 | 100(158) | 41.8 | 25.3 | 20.3 | 10.8 | 1.9 | |
希望 | とても自信がある. | 2.09 | 1.01 | 100(158) | 32.3 | 38.0 | 21.5 | 5.1 | 3.2 |
自分には試験を解くための力が十分にある. | 2.21 | 1.03 | 100(158) | 29.1 | 33.5 | 27.2 | 7.6 | 2.5 | |
大きな希望と期待を胸に,試験勉強を始める. | 2.04 | 0.99 | 100(158) | 36.1 | 32.3 | 24.1 | 6.3 | 1.3 | |
誇り | 自分自身に満足している. | 2.32 | 1.05 | 100(158) | 24.7 | 36.1 | 24.7 | 12.0 | 2.5 |
自分の成功について考えると,誇れる気分になる. | 2.37 | 1.03 | 100(158) | 23.4 | 32.3 | 30.4 | 12.0 | 1.9 | |
自分の知識に対する得意な気持ちが,試験への頑張りとなっている. | 2.34 | 1.03 | 100(158) | 25.9 | 28.5 | 33.5 | 10.1 | 1.9 | |
試験がうまくいって,誇らしい表情で教室から出ていく. | 2.09 | 1.01 | 100(158) | 33.5 | 34.2 | 24.1 | 5.7 | 2.5 | |
安堵 | 試験が終わると安心する. | 3.78 | 1.23 | 100(158) | 8.2 | 5.7 | 22.8 | 26.6 | 36.7 |
ようやく笑うことができる. | 3.42 | 1.29 | 100(158) | 9.5 | 14.6 | 27.8 | 20.9 | 27.2 | |
怒り | 試験中に怒りを感じる. | 2.70 | 1.18 | 100(158) | 19.0 | 24.1 | 32.3 | 17.1 | 7.6 |
勉強する必要がある分量を思うと,怒りを感じる. | 2.80 | 1.17 | 100(158) | 16.5 | 22.2 | 34.2 | 19.0 | 8.2 | |
先生に文句を言えたらいいのにと思う. | 2.49 | 1.20 | 100(158) | 24.7 | 27.8 | 28.5 | 11.4 | 7.6 | |
怒りで頭に血がのぼる. | 1.96 | 1.14 | 100(158) | 47.5 | 23.4 | 20.3 | 3.8 | 5.1 | |
不安 | 試験の前は緊張や不安を感じる. | 3.91 | 1.06 | 100(158) | 3.8 | 7.6 | 14.6 | 41.8 | 32.3 |
十分に勉強したかどうか心配になる. | 3.91 | 1.03 | 100(158) | 4.4 | 4.4 | 18.4 | 41.8 | 31.0 | |
試験を受けないですんだらいいのに,と思うくらい不安になる. | 3.48 | 1.16 | 100(158) | 7.0 | 12.7 | 25.9 | 34.2 | 20.3 | |
テスト中に手が震える. | 2.54 | 1.26 | 100(158) | 26.6 | 23.4 | 28.5 | 12.7 | 8.9 | |
恥 | 試験中に恥をかいた気になる. | 2.13 | 1.05 | 100(158) | 34.8 | 29.7 | 24.7 | 8.9 | 1.9 |
試験で失敗したらどれくらい恥ずかしい思いをするのか,想像もつかない. | 2.11 | 1.04 | 100(158) | 36.7 | 25.9 | 27.8 | 8.2 | 1.3 | |
悪い点数だと,先生に顔を合わせたくない. | 2.39 | 1.21 | 100(158) | 31.0 | 22.8 | 27.8 | 12.7 | 5.7 | |
絶望 | 試験にはとても希望を持てないので落ち込む. | 2.89 | 1.17 | 100(158) | 13.9 | 22.2 | 34.8 | 19.0 | 10.1 |
試験は自分にとってかなり難しいものなのだと実感する. | 3.07 | 1.19 | 100(158) | 11.4 | 20.3 | 31.0 | 24.7 | 12.7 | |
何もできないくらい,試験をあきらめた気分になる. | 2.70 | 1.20 | 100(158) | 18.4 | 26.6 | 30.4 | 15.8 | 8.9 |
自己効力感尺度は,Pintrichらが作成した学習に関する自己効力感尺度3) を森が翻訳し,英語に対する自己効力感を測る尺度13) に修正した9項目を使用し,6件法(全くそう思わない;ほとんどそう思わない;あまりそう思わない;時々そう思う;まあそう思う;とてもそう思う)で回答を求めた.使用にあたり1項目は「英語」から「薬学英語」に一部表現を変更した.9項目の内容は「自分はよい成績をとれると思う;自分は授業でうまくやれると思う;授業で出された問題や課題を,自分はうまくこなせると思う;教えられる内容を,自分は理解できる方だと思う;授業のレベルについていけると思う;他の人と比べると,自分は授業で学習する内容についてよく知っていると思う;他の人と比べると,自分はよくやれると思う;他の人と比べると,よい学習者であると思う;自分の薬学英語学習能力は,他の人に比べてすぐれていると思う」である.分析の際は,高得点ほど自己効力感が高くなるように「全くそう思わない」から「とてもそう思う」に対してそれぞれ1から6までの得点とした.森の自己効力感尺度は,因子分析によってその信頼性が確認されており,英語の学習能力から学習能力と一部表現が変更された自己効力感尺度は,AEQ日本語版8) の妥当性指標として用いられている.
3) 薬学英語学習方略使用尺度英語学習方略に関する研究分野では,Oxford やPolitzerらの英語学習方略尺度14,15) が広く使用されている.しかしながら,これらの学習方略尺度は海外で開発され,第2言語を日常的に使用する環境での学習者を対象としたものである.よって,日本の英語学習環境を念頭において開発された尺度ではないという点で妥当性に問題が残る可能性が考えられる.この点に関して,久保はOxford やPolitzerの学習方略尺度を参考に,日本での英語学習を念頭においた学習方略尺度を作成している16).また,森は久保の英語学習方略尺度に内容が理解しやすいように言葉を加えるなどの修正を加えた後,因子分析によって抽出した3因子(推測方略・熟考方略・作業方略)で構成される学習方略使用尺度を作成している13).よって,本研究では,森の英語学習方略使用尺度17項目を参考に薬学英語学習方略使用尺度を作成した.また,薬学英語は学習内容に薬学生が大学で修得する専門知識が含まれる.そこで,「英文内容を深く理解するため他の専門の授業で学んだ知識を活用する」の1項目を追加した.さらに,5項目(Q1・Q3・Q4・Q16・Q17)については,本授業がアカデミック英語であり知識や専門の内容を重視していることから,会話の部分を知識や内容に一部変更あるいは追加した.その方略について,7件法(知らない;全く使わない;ほとんど使わない;あまり使わない;ときどき使う;よく使う;いつも使う)で回答を求めた.分析の際は,高得点ほど学習方略使用の頻度が高くなるように「全く使わない」から「いつも使う」に対してそれぞれ1から6までの得点とした.表2に18項目の内容を示す.
No. | 項目内容 | F1 推測方略 |
F2 理解方略 |
F3 作業方略 |
F4 熟考方略 |
---|---|---|---|---|---|
3 | 英文がわからなくても,知っている単語や知識から意味を推測する. | .900 | .022 | .042 | –.129 |
2 | 知らない単語は意味を推測する. | .797 | .018 | .043 | .019 |
4 | 英文を読むときは,わからない部分にこだわらないで全体の意味を取るようにする. | .791 | –.024 | –.177 | .024 |
1 | 英文を読むときは,全体の話の流れからわからない文の意味を推測する. | .703 | .163 | –.022 | –.043 |
6 | わからない単語は意味がわかる部分に分けて全体の意味を取ろうとする. | .653 | –.033 | .132 | .098 |
5 | 言葉を一字一句翻訳しようとはしない. | .566 | –.235 | .069 | .071 |
16 | 文の構造や内容を正しく理解しているかどうか確かめるために,他の人に説明してみる. | –.067 | .876 | .088 | –.160 |
17 | 英文内容を整理して図や表にする. | –.106 | .854 | –.122 | .078 |
18 | 英文内容を深く理解するため他の専門の授業で学んだ知識を活用してみる. | .081 | .676 | –.020 | .132 |
15 | 単語の品詞に注目して整理する. | .055 | .377 | .290 | .003 |
12 | 単語の意味ごとに分類する. | –.113 | –.121 | .907 | .027 |
14 | 習った単語や表現は習ったときとは別の使い方もしてみる. | –.001 | .193 | .692 | –.098 |
7 | 英文を読むとき,いちいち新しい言葉を辞書で調べない. | .141 | –.051 | .527 | –.100 |
13 | これまで習ったこと同士の関係を整理する. | .068 | .160 | .489 | .239 |
9 | 間違えたところは,なぜ間違えたかを考える. | –.031 | –.064 | –.111 | .824 |
10 | 何がわかっていて,何がわかっていないかはっきりさせる. | .133 | .080 | –.165 | .749 |
8 | なぜわかっていないか考える. | –.067 | .081 | .138 | .660 |
11 | 問題はやりっぱなしにしない. | –.011 | –.097 | .312 | .441 |
因子間相関 F2 | .542 | ||||
F3 | .394 | .633 | |||
F4 | .386 | .426 | .439 |
本研究は,自己効力感,達成関連感情,学習方略の関連を調べる調査である点,学生一人一人の能力の高低の評価ではない点,個人が特定されないように対象者に番号を使用した点などから,研究対象者の身体及び精神又は社会に対して大きな影響を与える際の,「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」の範囲に該当しないとしたが,倫理的配慮からアンケート実施の際には,調査の目的,同意は研究参加者の自由意志であること,同意しない場合でも不利益は生じないこと,学業成績とは無関係であること,研究参加への同意後も意思が変わった場合はいつでも同意撤回ができることを説明して,同意の得られた回答のみを統計的分析に用いた.
薬学英語学習方略使用尺度を作成するため,最尤法,Promax回転によって因子分析を行った結果,固有値の減衰状況(6.583, 2.210, 1.732, 1.237, 0.870…)から4因子が抽出された(表2).項目内容から第1因子は「推測方略」,第3因子は「作業方略」,第4因子は「熟考方略」と命名した.第2因子は内容の理解を表すことから「理解方略」と命名した.
2. 各変数の基本統計量,α係数,相関係数自己効力感,学習方略使用尺度,試験場面でのAEQ尺度日本語版の各因子の信頼性を確認するため,α係数を算出した結果,一定の信頼性が確認された.各変数の基本統計量,α係数,相関係数を表3に示した.
項目 | 平均値 | SD | α係数 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 自己効力感 | 3.33 | 0.77 | .936 | ― | ||||||||||||
2 | 推測方略 | 4.74 | 0.82 | .869 | .34** | ― | |||||||||||
3 | 理解方略 | 4.31 | 0.91 | .813 | .42** | .45** | ― | ||||||||||
4 | 作業方略 | 4.21 | 0.86 | .778 | .33** | .39** | .60** | ― | |||||||||
5 | 熟考方略 | 4.74 | 0.82 | .777 | .33** | .35** | .40** | .42** | ― | ||||||||
6 | 楽しさ | 2.09 | 0.96 | .904 | .58** | .24** | .34** | .27** | .26** | ― | |||||||
7 | 希望 | 2.11 | 0.93 | .908 | .62** | .18* | .29** | .27** | .34** | .81** | ― | ||||||
8 | 誇り | 2.28 | 0.92 | .913 | .58** | .12 | .26** | .22** | .28** | .73** | .77** | ― | |||||
9 | 安堵 | 3.60 | 1.17 | .845 | .17* | –.03 | .08 | .04 | .22** | .20* | .15 | .29** | ― | ||||
10 | 怒り | 2.49 | 0.96 | .842 | .02 | –.05 | .00 | .12 | .18* | .11 | .21** | .24** | .16* | ― | |||
11 | 不安 | 3.46 | 0.88 | .784 | –.13 | .03 | –.12 | –.05 | .01 | –.08 | –.16* | –.04 | .34** | .22** | ― | ||
12 | 恥 | 2.21 | 0.98 | .868 | –.06 | –.07 | .00 | –.10 | .02 | .23** | .17* | .19* | –.01 | .25** | .33** | ― | |
13 | 絶望 | 2.89 | 1.10 | .921 | –.32** | –.16 | –.10 | –.01 | –.10 | –.10 | –.24** | –.06 | .07 | .33** | .54** | .50** | ― |
*p < .05,**p < .01
達成関連感情下位尺度と自己効力感について,相関係数から,自己効力感と楽しさ(.58),希望(.62),誇り(.58)との間に有意な正の相関が見られ,絶望(–.32)との間に有意な負の相関が見られた(表3).
達成関連感情下位尺度について,相関係数から,楽しさ,希望,誇りの間に.73から.81の有意な正の相関が,怒り,不安,恥,絶望の間に.22から.54の有意な正の相関が見られた(表3).また,怒りは希望(.21),誇り(.24)との間に有意な正の相関が見られた.さらに,絶望は希望(–.24)との間に有意な負の相関が示されたが,楽しさ,誇りとの間には示されなかった.
達成関連感情下位尺度と学習方略について,相関係数から,推測方略は楽しさ(.24)との間に,理解方略及び作業方略は楽しさ,希望,誇りとの間に.22から.34の有意な正の相関が,熟考方略は楽しさ,希望,誇り,安堵との間に.22から.34の有意な正の相関が見られた(表3).
自己効力感と学習方略について,相関係数から,自己効力感と推測方略(.34),理解方略(.42),作業方略(.33),熟考方略(.33)との間に有意な正の相関が見られた(表2).
学習場面で生じる様々な感情を統合的に扱うことを可能にした理論としてControl-Value Theoryが提唱されている5).本研究は,Control-Value Theoryを薬学英語教育に応用し,実践的に役に立つ知見を提供することを目的に,自己効力感,達成関連感情,学習方略の関連を調べた.
達成関連感情下位尺度と自己効力感との関連について,自己効力感と楽しさ,希望,誇りとの間で正の関連が示され,絶望との間に負の関連が示された.自己効力感と怒り,恥,不安との間に負の関連が見られなかったことも含めて,これらの結果は池田による先行研究結果を支持するものである8).自己効力感の高い学習者は,低い学習者よりも挑戦しがいのある課題を選択し,課題達成に向けて継続的に努力して取り組むと考えられている1).また,Control-Value Theoryでは,楽しさは活動関連感情,希望と誇りは結果関連感情に分類されている6,8).よって,薬学英語に対する自己効力感が高い学生ほど,試験場面での課題の達成に楽しさを感じ,将来の活動結果のpositiveな価値評価から,希望や誇りの達成関連感情が生じやすいと考えられる.一方,絶望は結果関連感情に分類されている.つまり,自己効力感の低い学生ほど,努力しても成功できないというnegativeな価値評価と低い学業統制感から,絶望の達成関連感情が生じると考えられる.よって,絶望を生じる学生に対しては,成功体験を積み重ねて,自己効力感を高めるなどの教育的介入が有効かもしれない.
達成関連感情下位尺度間の関連について,楽しさ,希望,誇りの間に有意な正の関連が示され,怒り,不安,恥,絶望との間に有意な正の関連が確認された.これらの結果は先行研究と一致するものであったが,新たな知見として,怒りと希望,誇りの間に正の関連が示された.さらに,先行研究において絶望は,楽しさ,希望,誇りと負の関連が示されたが,本研究では,絶望は希望のみに負の関連が示された.ほとんどの調査対象者は薬剤師免許の取得を目指していることから,英語と専門知識を学ぶ薬学英語学習の重要性を少なからず認識していると考えられる.Control-Value Theoryでは学習への動機づけと達成関連感情との間に関連が示されていることから8),薬学英語への興味やその重要性を認識することで動機づけられた対象者は,怒りや絶望と同時にpositiveな達成関連感情(楽しみ・希望・誇り)を生じる可能性が考えられる.よって,先行研究結果との相違は,調査対象者が,ライセンス取得を目指す薬学生であることが1つの要因と考えられる.対象者の所属する学部や対象科目が達成関連感情の影響要因かどうかに関して今後さらに検討する必要があるが,試験場面における怒りや絶望の達成関連感情を生じる学生に対して,例えば「成績が悪い責任は自分にある」や「一生懸命に努力すれば学校で良い成績が取れる」といった学業統制感17) を育成する教育的介入が必要と考えられる.
達成関連感情下位尺度と学習方略について,推測方略は楽しさとの間に,理解方略及び作業方略は楽しさ,希望,誇りとの間に,熟考方略は楽しさ,希望,誇り,安堵との間に,それぞれ正の相関が見られた.一方,不安,恥,絶望と学習方略との関連は見られなかった.先行研究では,楽しさ,希望,誇り,安堵は,メタ認知的方略との間で正の関連が報告されている8).メタ認知的方略には「自分がわからないところはどこかを見つけながら勉強する」といった項目が含まれることから,熟考方略はメタ認知的な内容を含むと仮定した場合,楽しさ,希望,誇り,安堵と熟考方略との間に示された正の関連は先行研究を支持するものと考えられる.相違点としては,本研究では,熟考方略と怒りとの間に弱いながらも正の関連が認められたことである.この理由として,上述したように本研究では,怒りと希望,誇りとの間に正の関連が示されているため,怒りは希望や誇りを介して熟考方略に影響を与える可能性が示された.怒りと希望,誇り,熟考方略との関連は今後検討する課題である.
自己効力感と学習方略について,自己効力感は推測方略,理解方略,作業方略,熟考方略との間に有意な正の関連が見られた.つまり,自己効力感が高いほど,学習方略の使用頻度が高いと考えられる.また,相関係数の比較から,自己効力感は学習方略よりも達成関連感情(楽しさ・希望・誇り)との関連がより強い結果が得られたことから,自己効力感は達成関連感情を介して学習方略に影響を及ぼす可能性が示された.さらに,本研究で作成した薬学英語に対する学習方略使用下位尺度の熟考方略(4項目)は森の熟考方略の項目と同じ内容であり,推測方略は7項目のうち5項目は同じ内容である.よって,本研究結果は先行研究を支持すると考えられる.
英語学習では,これまで感情に関する多くの研究は不安9–11) という特定の感情を主体としたものである.よって,薬学英語学習において自己効力感,達成関連感情,学習方略の関連を検討し,Control-Value Theoryを応用した教育的介入の可能性を国内では初めて示すことができた.
本研究では,森の自己効力感及び英語学習方略使用尺度を薬学英語に応用できるように表現を一部変更したが,先行研究とほぼ同様の結果が示された.しかしながら,怒りは希望,誇りとの間に正の関連が示され,熟考方略とも弱いながら正の関連が認められた.例えば,薬学英語では英語に対する興味と専門内容に対する興味の有無が課題評価の評定に影響を与える可能性もある.さらに,専門知識の理解と定着が学習への動機づけとなる場合,学力や学年(既修得科目数)が動機づけに影響を及ぼすかもしれない.よって,今後,達成関連感情と課題評価,学業統制感,学習への動機づけ及びその影響要因との関連についても検討が課題である.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.