薬学教育
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総説
薬学育児世代「就業継続」のリアル
―新たな繋がり構築を目標として―
永田 実沙青江 麻衣
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2022 年 6 巻 論文ID: 2022-016

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抄録

大学教員は個々の裁量が大きく負担度も自律性も高い職業であり,やりがいがある.一方で,ワークとライフの分別が困難な業務が多くもあり,結婚・出産・育児・介護などのライフイベントが発生した場合に困難を抱える場合がある.本来ライフイベントの発生に男女差はないはずだが,現状,女性研究者の離職が比較的多い状況となっている.我々は,どのような原因や葛藤が就労継続を困難にしているかを明らかにすることが第一歩になると考え本シンポジウムを企画した.本シンポジウムでは,ライフイベントと就労継続の困難さについて,特に育児に焦点を合わせて情報共有するとともに議論を促すことを目的とした.本総説では,シンポジウムの実施内容と共にシンポジウム実施後に実施したアンケート結果,また現在進行中の「就業継続」に関する質的研究の概要について報告する.

Abstract

University teaching is a rewarding profession with high individual discretion, burden, and autonomy. However, there are many operations where it is difficult to separate work and life. Difficulties may arise when life events such as marriage, childbirth, childcare, and nursing care occur. Although there should be no difference in how life events affect men and women, the number of female researchers leaving their jobs is relatively high. We organized this symposium because we believe that the first step is to identify the causes and conflicts that make it difficult for people to continue working. The purpose of this symposium was to share information and encourage discussion about life events and difficulties in continuing to work, focusing on childcare. In this review, we report on the symposium’s content, the results of the post-symposium questionnaire, and an overview of the ongoing qualitative study on “continuing to work.”

本シンポジウム開催の経緯

社会全体として男女共同参画社会の実現が重要課題として位置付けられている中1,2),OEC加盟国の中で日本は女性の労働就業率は依然として低いことが報告されており1),女性全体として就業していくことが困難である現状が見えてくる.そのような中,2021年の薬剤師国家試験合格者に占める女性比率は64.33%となっており3),薬学は女性の多い分野といえる.しかし薬学部の女性教員比率はすべての職階で3割以下と他学部と比較しても高くはなく4),薬剤師業界全体との乖離が感じられる.大学教員という職は,職階が高いほど女性比率が低いことが以前より指摘されている事項であるが5),特に薬学分野においては博士課程に進む男女割合の時点で男女比が完全に反転しており,学部教育の時点から意識的か無意識的かは別として他分野との違いがあることが考えられる.加えて,割合として少ない女性教員は男性と比較して離職する率が高く,研究者としてのキャリアの形成・継続が困難であるうえにさらに数が少なくなっていく.これをパイプの水漏れに例えて「水漏れパイプライン現象」というが6),その理由の一つとしてライフイベントによる離脱があげられている.本来ライフイベントは男女に差があるものではないが,実際身近な女性にも出産や育児を契機として大学を退職することを選択した事例も複数ある.ライフステージの変化に伴い就業形態を変化させることが悪いこととは思わないが,大学教員や研究者として就業継続していきたいと思っている人が職場を去ってしまうことは,男女共同参画の視点から大変な問題点だと考えられる.オーガナイザーを含めて育児をしながら働く難しさを強く感じている教員は多く,なにかしら就業継続するうえで困難な要因があるのだろうと考えられる.また,上位職階者の不足は,若手世代から見ると「育児をしながら就業を継続し,キャリアを形成している女性のロールモデルが身近にいない」という現象につながり,そのことが不安の根底となっている例も見られる.

他分野では,女性医師が遭遇するキャリア上の障害には出産や育児など一時的なものではなく,上司からの低い期待や周囲から正当に評価されないことなど,キャリアを通じて常に経験される障害があることも明らかになっている7).また,女性開発技術職を対象とした研究では,家族がいることそのものはキャリア継続意識に影響を与えないものの,私生活と仕事のバランスがとれていないという意識がキャリア抑制につながるとの報告もある8).薬学においては,医療現場で働く薬剤師の就業継続について検討され報告されている9) が,キャリア中断の要因に関する検討はほとんどない10).薬学部においてライフイベントとキャリア形成を同時進行せざるを得ない研究者はどのような問題点を抱え,どのような環境を望んでいるのかの調査を目指した検討は十分ではない.著者らは,ライフイベントとキャリア形成を同時進行せざるを得ない若手世代の就業継続が困難になりがちな原因として①ロールモデルの不足,②困難であることそのものの調査不足,③情報共有できる場の欠如があると考えた.

そこで本シンポジウムでは次の3つのことを目的に実施した.1つ目には就業継続の困難さとその現状を共有するため,薬学教育分野で今まさに育児しながら就業継続しているシンポジストにご登壇いただき,会場の皆様と「リアル」を共有すると共に議論を促すこと,2つ目には,今就業継続に悩みのある人,これから悩むかもしれない人に向けて,育児環境や労働環境を話せる育児世代の繋がりを構築すること,3つ目には,就業継続に困難を感じる現状を次世代へと残さないために,薬学分野における育児世代の現状をテーマとしてインタビューを行い,そのデータを質的に研究することで薬学に関係する育児世代の現状把握と課題の抽出へとつなげていくことである.以上3点について,講演およびディスカッションを行った.本誌では,シンポジウムの実施内容と共にシンポジウム実施後に実施したアンケート結果,また現在進行中の「就業継続」に関する質的研究の概要について報告する.

シンポジウムの概要

シンポジウムは,表1のように進行した.

表1 シンポジウムの流れ
時間 内容
14:30–14:40 オーガナイザーによる趣旨説明
14:40–15:10 シンポジスト①:中野 円佳(東京大学大学院教育学研究科)
15:10–15:40 シンポジスト②:浦嶋 庸子(大阪大谷大学薬学部)
15:40–16:10 シンポジスト③:松元 加奈(同志社女子大学薬学部)
16:10–16:30 オーガナイザー兼シンポジスト④:永田 実沙(和歌山県立医科大学薬学部)
16:30–17:00 総合討論

趣旨説明では,本シンポジウムの目的を説明した.次に,各論として,中野様の講演の概要を以下に記す.ご著書11,12) の中で述べられている問題を中心に,その中でも育休世代へのインタビューとその質的解析について,流れや背景をご講演いただいた.その後,オーガナイザーを含む3人の薬学研究者に就業継続の「リアル」と称し,就業継続に関する各自の工夫や障害となったこと及びこれからの社会への要望についてご講演いただいた.

薬学部研究者(シンポジスト)の就業継続の「リアル」について

1. 松元加奈先生「教育・研究業務と育児の両立に向けての取り組み」

同志社女子大学薬学部の松元加奈先生は,PK/PD解析による各種感染症治療薬の個別化投与設計法の構築,血液疾患領域(特に造血幹細胞移植)におけるPK/PD解析による各種抗悪性腫瘍薬あるいは免疫抑制薬の個別化投与設計法の構築,保険薬局での医薬品適正使用の推進に向けたエビデンスの構築,医療現場に出向いての臨床薬学的研究など多くの研究に力を入れておられる.大学教員として実習,卒業研究,講義なども複数担当されている中,お子様を育てておられる.本問題において,働き続けながらライフイベントをこなし,業績を伸ばされている点で,一つのモデルとして成立している.本シンポジウムでは,多忙な中で育児と教育・研究業務をどう両立してきたかをご講演いただいた.

勤務時間は,出産前には12時間だったものが出産後には8時間となり,その4時間分の仕事をどうするかという点で時短の工夫をされておられた.自宅でできる資料作成などの大部分を自宅で行い,研究活動においては実験作業の簡略化,時短を検討し,学生をはじめとする周囲のサポートによって常に工夫を意識されていた.家庭や保育園においても,ママ友との関係やご家族の協力など他者とのコミュニケーションを意識し,孟母三遷の教えのようにお子様を大学や学会・講演会場へ同行し,背中を見せてこられた.それらの検討と努力の結果,出産前後の研究業績に大きな差はなく現在まで来られている.それでも時間的拘束は常に厳しいものがあり,17時以降の会議や朝一番・夕方遅くの講義などの負担は大きい.

これからの社会への要望について松元先生はこうおっしゃっている.「“男社会”と呼ばれる体制の大改革が必須と考えている.すなわち,出産・育児,介護などのライフイベントに直面している者が,職場や社会の体制を決定する要職に一定割合で就くことが肝要.実際に育児や介護に直面していない者ばかりで構成された組織では,問題点に気づくことができず,適切な改革には至らないであろう.次世代を担う人材を育成する教育機関こそが率先して上述の組織改革に取り組み,ロールモデルとなる必要がある.」

2. 浦嶋庸子先生「試行錯誤の薬学部教員と育児の両立―それでも仕事がしたいから―」

大阪大谷大学薬学部の浦嶋庸子先生は,薬物と経腸栄養剤の相互作用に関する研究や薬物の体内動態に関する研究に力を入れておられる他,指導薬剤師養成ワークショップのタスクフォースとしても活躍しておられる.浦嶋先生もまた,大学教員として実習,卒業研究,講義なども複数担当されている中,お子様を育てておられる.薬学部の教員として働くことが長年の願いであり,臨床での薬剤師としての魅力や薬剤師のやりがいを意識した教育をしたいという強い思いを抱えておられる.

本問題においては,やりたい理想とライフイベントによる制限の葛藤を抱えるなか職務に邁進しており,一つのモデルとして成立している.本シンポジウムでは,育児と教育・研究業務を両立するにあたっての課題や調整してきた点などについて,育児と仕事の両立に奮闘している一例としてご講演いただいた.

浦嶋先生が産休・育休を取得された当時,学内には教員をしながら出産・育児をされた先生がいないという状況であった.モデルケースがほとんどいない暗中模索状態での育児と仕事の両立をスタートすることとなり,精神的にも負担感が大きい状況であった.産前から研究指導する学生への引継ぎなどを心掛け,保育園・病児保育などの手配も早々に行った.日々の家事育児に関しては家族全員を総動員して対応していった.しかし,パートナーもご自身も通勤時間が長いことから,そういった点で負担感は継続している.

周囲の理解や調整の甲斐あって講座内事務や授業に関しては,ある程度の調整がついたが,モニタリング時間が絶対的に必要となる動物実験や培養細胞での実験などはどうしてもまとまった時間が必要となり,解決が難しい.大学での業務は,特に研究においてチームではなく個人で実施している仕事が多いことから,他のスタッフのバックアップを受けることが困難であり,解決し難い部分もある.家庭内の事情に関してもそれぞれに課題があり,画一的な解決策はない.

これからの社会への要望について浦嶋先生はこうおっしゃっている.「研究のジャンルや内容,育児者の家庭事情に加え,育児者がどのような方針で仕事と育児を両立したいかによって,解決方法は様々である.特に上司に当たる方には,仕事を続けようとする育児者の思いを丁寧に聞き取っていただき,個別のケースにおける最善の解決方法を共に模索してほしい.そのためには,当事者の所属する研究室のみならず,学部責任者や事務担当者にも介入していただき,助言や助力を得られることが望ましいと考える.」

3. 永田実沙「ドライの研究者としての取り組み」

薬学の研究成果の中にもドライの研究やその実践例が増えつつある.筆者は,量的な研究,特に実験科学を中心としてきた薬学研究者には戸惑いを与えることが多い質的研究やアンケートを主体とした量的アプローチを主に用いる研究室で薬学教育研究を専門として学位を取得した.時間的拘束について融通の利きやすい研究分野であり,ある程度は在宅で研究を行える配慮もあったため,ライフイベントに直面した際にも大きな問題とは感じていなかった.

だが実際の問題は,乳幼児に拘束されるという点だけでなく自分自身の体調不良と精神的な不調であった.これまで一切選ばずに,やれる研究はすべて行ってきていたが,研究は効率化を求めて取捨選択せざるを得なくなった.大学院在学中に多少なりとも臨床経験を積んでおく必要性も感じ,そのために病院薬剤師,研究,育児,家事を同時並行する状況となっていたことも自分の不調の原因となっていた.原因となっていたことは ①今までと同じように研究できず先の見通しが立たないことと ②家庭内のケアワークに対する負担感に二分された.まず ①今までと同じように研究できず先の見通しが立たないことについては,指導教員に相談し,多くの人が関わる時間的な融通が利きにくい研究をセーブし,自分一人でできる研究を新たに立ち上げた.②家庭内のケアワークに対する負担感については,家族内での複数回の対話の結果,家事家電での家事負担軽減と曜日役割分担制を導入し,研究や病院薬剤師としての仕事に集中して良い日を互いに複数作り,それぞれの時間を確保した.

自分自身がライフイベントと研究の両軸がある状況に対面して,すべての方に対応可能な普遍的な解決策はないことを知った.個々それぞれに状況が違う中で両軸を維持するためには,自分の状況を言語化し,周囲との対話や環境の整備など多くの複合的事象を一つずつ解決していく必要がある.それぞれの環境が異なり,対話しやすい周囲や整備できる状況の環境もその逆も存在する.研究の一時中断や子どもの就学などで状況が変わり,維持ができなくなることも十分に考えられる.自分の苦労を他人と比較する必要はなく,自分が上手くいったことを卑下する必要もない.しかし,現状ライフイベントと研究の維持に苦慮する状況を伝えられるのは,その状況に直面した人である.

以上のような背景を持つドライの研究者として,何か貢献できることがあるのではないかと考え,本シンポジウムを契機として質的研究を立ち上げることを決めた.

事後アンケート結果報告

事後のアンケートでは,計10名からの回答が得られた.アンケート項目(選択式と自由記述)とその結果は表23に示す.

表2 アンケート項目と結果(選択式)
質問項目 選択肢と回答
シンポジウムに参加しましたか はい いいえ
10 0
育児と就労継続が難しいと思いますか 全くそう思わない そう思わない どちらともいえない そう思う 強くそう思う
0 1 2 6 1
現状について教えてください. 教育職(大学) 薬局・ドラッグストア 病院・診療所 研究職(大学,企業他)
1 1 2 6
あなたは現在,育児中ですか.(育児の定義は主観で構いません) はい 過去に育児経験あり いいえ
4 3 3
あなたは,現在または過去に企業や大学などで研究職であったご経験がありますか はい いいえ 無回答
3 3 4
研究職について(回答者:7名) 全くそう思わない そう思わない どちらともいえない そう思う 強くそう思う
あなたは,自身の持つ研究者としての専門知識や能力に自信がありますか 0 2 3 1 1
あなたは,現状または研究職として働いていた時,仕事と生活のバランスはうまく取れていたと思いますか 0 1 4 2 0
あなたは,現状または研究職として働いていた時,ライフイベントに対して職場の理解があったと思いますか 0 0 2 1 4
研究職にとライフイベントの両立に関してロールモデルとなる方がいましたか 0 2 2 3 0
育児や家庭について(回答者;4名) 全くそう思わない そう思わない どちらともいえない そう思う 強くそう思う
育児やその他ライフイベントでキャリアが制限されたと思いますか 0 1 2 1 0
あなたは,育児と就業継続の両立に葛藤を感じていますか 0 0 0 2 2
あなたは,ご家庭の中におけるあなたの育児負担が大きいと感じていますか 0 1 2 0 1

 

表3 アンケート項目と結果(自由記述,一部抜粋)

質問項目:シンポジウムの感想を教えてください

・スポーツと同様,裾野を広げるためにこういったシンポジウムの回数を増やすことが社会的に変化を起こす一端と思います.大変勉強になりました.

・こういう議論をする機会を増やすことがまずは大事だと思いました.

・貴重なお話をありがとうございました.

・子育てがおわれば次は親の介護が待ち受けています.

・息子を育てており,日々の仕事では自分自身でいつまでに何をするなどを決めているにも関わらず,仕事が終わらない,十分できていないとマイナスに感じてしまうことも多々あります.研究・育児を両立されてる先生方のお話しを伺うことが出来,とても勉強になりましたし,前向きな気持ちになりました.ありがとうございました.

・若手(30代)や学生のライフワークバランス(育児を含む)の価値観を上の世代に提示する必要がありますよね.

・女性の多い職場で大変良いテーマと思います.

・私自身「優先順位」を決め,意識して乗り越えました.

・大学教員は例外なく19時に帰る.それで仕事が回らないなら人を増やす.実験に支障が出るなら2交代なども導入する.各職場の上司は「お父さん」に対して業務命令として「帰宅」を命じる.など,一定の制限を設けなければ難しいとおもわれる.仕事を十分にしたいのだ,という女性の思いがあらわす「十分」とはなんなのかという議論も必要だと思われる.絶対的な十分(14時間研究に没頭したい)なのか,相対的な十分(ノーハンデの男性と同等にはたらきたい)なのかによって変わってくる.後者であればノーハンデの男性の働く量と質を下げる(規制する)ことで実現可能であれば,それは社会全体の豊かさにつながるし,今後を支える世代の価値観に沿っているとも思える.「十分働くためには何が必要か」というような発言をするのは,痛々しいとも思うが,その価値観ギャップを埋めることは難しいとも思う.難しい社会を鶴の一声で変えていくのが相当な立場にある人がとるべき選択だと思います.

“育児と就労継続が難しいと思いますか” の問いに対し,「強くそう思う」「そう思う」と回答した方が70%であった.その理由を問うた自由記述からは「かなり体力が必要だと思います.周囲の深い理解と自身の仕事に対するモチベーションを保てないと続けられないと思います」「社会情勢,周囲の環境」「日本社会では男尊女卑があたり前だから」と就業継続が難しい理由として,日本の社会制度や身近な周囲などの環境要因に関する記述が多くあげられた.その一方で,「配偶者や同僚の協力で自分自身は続けられた」といった継続できた理由もまた環境に関する記述が挙げられていた.これらのことより,どのように周囲の環境と折り合いをつけられるのかが,就業継続の要因になり得ることが考えられた.折り合いをつける上で互いの価値観が重要なポイントとなる.アンケート回答に次のような世代間の仕事に対する価値観の違いに関するコメントも寄せられていたので紹介したい.「仕事を十分に高い質で遂行することがよいことだという価値観に対してジェネレーションギャップが存在する.世代によって,“個人の生活” “大切な人との生活” “社会役割を果たすこと” の重要性のウェイトが異なるのだが,その認識が特に上の世代に欠けている.妊娠,出産,育児(これは男女とも)を抱えても,単身と同等の仕事をこなすことが前提で様々な議論が行われている.(中略)この部分をどう考えるのかという価値観の醸成をしていく必要がある.」

なお,アンケートはGoogle formにて実施した.Google formには,個人が特定されないようにした上でアンケート結果を研究に使用する旨,アンケートに回答しない場合も不利益は生じない旨の説明を行い,拒否の機会を担保した.

薬学分野における育児世代の現状をテーマとした質的研究への展開

今求められているワーク・ライフ・バランス(以下,WLB)に対して,従業者の職務特性とWLBの満足度の関係を調査した研究がある13).仕事の負担度が高く,自律性が低い職場環境はストレス関連のリスクが高まるという「仕事要求度-コントロールモデル」を軸にWLBへの満足度などを検討したこの研究では,裁量労働制などの負担度も自律性も高い職場では仕事のやりがいについて高い水準だが,WLBの満足度は比較的低いという結果が明らかとなっている.また,大学教員のWLBの満足度については,二分されるという研究もある14).「仕事と生活の調和・調整」と訳されるWLBは,研究指導・教育・実験などワークとライフの分別が困難な業務が多い裁量労働制の大学教員では,あえて分別する必要がない職員に関しては満足度が高くなると考えられる.これらの研究の中でも,職場環境の整備や研究・教育業務以外の業務軽減,職員の実情を把握したうえでの基本的な支援の重要性を検討する必要があると締められている.つまりは,何かしら継続しがたい業務や事情がある場合,それを適切に組織全体に訴えかけ,職場環境改善に取り組んでいく土壌が必要である.大学教員は自律性が高い業務基盤であるが故に,個々人がそれぞれの困難を自己責任のように個人の問題として落とし込みがちであるが,いずれ誰かが同様の問題により研究活動・研究意欲が削がれるかもしれない.その状況を大学としての環境整備や支援体制として改善していくためにも,自身の状況は適切に訴えかける必要がある.

そのために本シンポジウムでは,薬学分野における育児世代の現状を明らかにするための質的研究を立ち上げる.薬学部卒で企業・大学に勤めた経験のある研究者のうち,キャリアの継続に育児などを含むライフイベントが影響した方を対象に半構造化インタビューを行う.インタビューで得られた記述データを修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチによって解析し,ライフイベントと研究キャリア継続の構造や課題を視覚化する.最終的には質的研究で得られた概念を基にアンケートを作成・実施することで,ライフイベントに伴う研究キャリア継続の阻害要因に対して,統計的信憑性と実社会に基づいた解決策の提案を検討する.本研究では多くの方の協力が必要となる.可能な方はぜひご参加いただきたく思う.

おわりに

50年前の1971年のファルマシアでも「薬学領域における女性の在り方」女性の稼働率向上について議論されているが15),現状を見渡せばまだまだ改善の余地があると思われる.

本シンポジウムおよび本総説のような場を通して,就業継続に難しさを感じているライフイベントの当事者が主体的に働きかけて問題点を可視化させ,周囲と共に就業継続しやすい環境を検討し発信していくことで,問題解決につながりやすくなるのではないかと考えている.皆様と継続的に議論を重ねる中で,薬学部においてライフイベントに関わらず就業継続しやすい環境を模索していきたい.さらに,これらの活動によって,これから社会を担っていく世代が少しでも困難なく働き続けられる環境作りにつながれば嬉しく思う.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

文献
 
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