2023 年 7 巻 論文ID: 2022-010
2019年12月に発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,瞬く間にパンデミックへと拡大した.兵庫医療大学では,2020年度からオンデマンド型オンライン授業を導入した.本稿では,筆者が経験した “しくじり” 事例とその対処方法や回避法について報告する.兵庫医療大学は,G Suite for EducationおよびMoodleを導入している.オンデマンド型授業動画は,画面キャプチャソフトや編集ソフトを用いて作成した.オンデマンド型オンライン授業では,学習者のリアルタイムの反応が確認できないため,学習者の意見を引き出す工夫が必要であると考えられる.しかしながら,オンデマンド型オンライン授業では学習者が質問することが極めて少ないため,多様な形式で質問可能な環境を用意することが必要だと思われる.また,学習者からの意見を引き出す環境を整備しておくことで,自身の授業で改善すべき事項が把握でき,授業改善へとつながっていくと考えられた.
The December 2019 outbreak of novel coronavirus infection (COVID-19) quickly spread into a pandemic. The Hyogo University of Health Sciences introduced on-demand online classes in 2020. This review reports on a case of “Shikujiri” as unintentional small trouble experienced by the author and how it was handled and avoided. Hyogo University of Health Sciences has introduced G Suite for Education and Moodle. On-demand class videos were created using screen capture and editing software. Since real-time responses of learners cannot be confirmed in on-demand online classes, it is considered necessary to devise ways to elicit learners’ opinions. However, since learners ask very few questions in on-demand online classes, it is necessary to provide an environment in which they can ask questions in a variety of formats. In addition, by preparing an environment that elicits opinions from learners, it is thought that this will lead to the understanding of items that need to be improved in their own classes and lead to the improvement of classes.
2019年12月に発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,発生当初は局地的なものと思われたものの瞬く間にパンデミックへと拡大した1).我が国でも2020年1月16日に国内での第1例目の患者が発生して以降急速に感染が拡大し,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校等の一斉臨時休業の通知が出された2).兵庫医療大学においても同時期から学生の構内立ち入り禁止措置などが講じられたほか,2020年3月に予定されていた卒業式および2020年4月に予定されていた入学式の中止が決定した.2020年4月7日には兵庫県,大阪府を含む7府県に緊急事態宣言が発出され,同16日には全国へと発出されるなど,教育現場における教育活動に大きな制限がかかるようになり,近畿地区をはじめ,薬学実務実習も中断を余儀なくされた3).このような社会状況のなか,兵庫医療大学では,学内での様々な検討を経て2020年度前期はすべての授業をオンデマンド型オンライン授業とすることが決定された.また,前期の定期試験の一部をオンラインで実施した.なお,2020年度後期は対面授業とオンデマンド型オンライン授業のハイブリッド形式とし,定期試験はすべて対面で実施した.
授業動画など作成したことがない筆者は,オンデマンド型オンライン授業を運用しなければならない状況に対して非常に動揺したが,授業開始日が迫るなか,同僚や友人の教員からの支援を受けながらなんとか1回目の授業コンテンツを作成して以降,授業を受講している学生から積極的に意見を求めながら試行錯誤を続けてきた.本総説では,筆者が経験した “しくじり” 事例とその対処方法や回避法について報告する.
兵庫医療大学は,G Suite for Education(2021年度からGoogle Workspace for Education Fundamentalsへと移行)を基本システムとし,これに加えて,オープンソースの学習管理システムであるMoodleを導入している.授業資料はPDFへ変換したファイルをGoogleドライブ上にアップロードし,学内者のみ閲覧可能な状態で共有設定した.また,授業動画はMP4形式で作成し,あらかじめGoogle系の動画投稿サイトであるYouTube Studioに自身のチャンネルを作成したうえで,非公開設定でアップロードし,学内者のみ閲覧可能な設定を施した.授業資料および授業動画が用意でき次第,これらのURLへのリンクをMoodleの該当トピックに作成し,学生がMoodle経由で授業資料と授業動画を視聴・閲覧できるようにした(図1).
YouTubeへの授業動画のアップロード画面
授業への出席は,Moodleに課題を作成し,これを実施することで出席扱いとした.なお,筆者は,問題を作成してこれに回答させる形式ではなく,毎回の授業で学んだことを学生自らに自由文で記述することを講義後の必須課題として設けることでオンデマンド授業を視聴しただけで終わることなく学生自らが学びを振り返る環境を準備した(課題の例:第1回目の授業で自分が学んだことを簡単に記載してください.).
また,オンデマンド授業では時間割は設けられているものの,受講者は定められた期間中に自身の都合に応じて受講することが可能である.筆者は,時間割で定められた授業時間中は居室で待機し,これを初回の授業で学生に伝えたうえで,何か不具合があれば連絡してほしいと学生に伝達しておき,トラブルが生じた際に迅速に対応できるようにしていた.また,毎回の授業で学生から授業内容や授業の進め方,良かった点,改善すべき点に関する意見や質問,コメント,要望,その他を自由に書き込めるアンケートをMoodle上に設定し,学生が意見を出せる環境を準備した.
オンライン授業の開始当初は,Microsoft PowerPointに音声を録音し,これをMP4形式でエクスポートして授業動画を作成していた.また,オンライン授業の開始当初はサーバーへの過度の負荷を考慮し,MP4(SD)形式でエクスポートすることで授業動画を作成していた.その後,ZoomやFilmora scrnなどの画面キャプチャソフト,Filmora Xなどの編集ソフトを導入したほか,一部の授業ではアクションカメラGoProで撮影した動画を使用した(図2,図3,図4).
Zoomによる画面キャプチャとエクスポート
Filmola scrnによる画面キャプチャとエクスポート
Filmola Xによる編集画面
オンライン授業開始当初から担当した講義科目であり,第1回目および第2回目の講義はPowerPointに音声データを吹き込み,MP4形式(SD)でエクスポートして授業動画を作成した.当初はポインタ表示の方法すらわからず,スライドに音声を吹き込んでいるのみの動画であったため,学生から音声が聞こえにくい,大事な箇所を示したり色で囲ったり線を引いたりして欲しいなどの意見が多く挙げられた.このため,PowerPointのポインタ機能やメモ書き機能を使ったほか,ノイズが少なく適切な音量となるように様々なマイクを購入して聞き取りやすい音声の吹き込みに努めた.第3回目以降はZoomによる画面キャプチャとレコーディングをしたのち,Filmola Xで音量や映像を編集したため,学生の不満は減っていった.
また,2020年度前期は,原則として学生が学内に立ち入ることができず,授業資料を学生自身が印刷しなければならない状態であったため,これに関する不満が多く挙げられた.少しでも学生の印刷コストを抑えるため,割付した授業資料をMoodle上にアップロードすることで対応した.なお,印刷に関する不満は当該科目に関わらず多くの科目で同様であったため,2020年度後期からは授業開始前に印刷物を配布した.
2020年度前期はすべての科目をオンラインで実施することとなったため,専門科目の実習科目もオンライン開講となった.筆者は,各種テオフィリン製剤の溶出試験を担当した.学内の実習室に実際の実験機器を用意し,家庭用ビデオカメラで解説を加えながら実験の様子を録画し,Filmora Xで説明や補足に関するテロップや字幕を追加したうえで学生が視聴できるようにした.また,実験で得られたデータをMoodle上で示し,解析作業とレポート作成を課した.学生からは溶出の過程がはっきりと見えた,吸光度の測り方も思い出すことができたといった肯定的な意見もあったものの,モアレ状になっている場面があって見にくい,字幕が小さいのでもう少し大きくしてほしいなどの意見があったため,以降の実習では高性能カメラであるGoProを導入した.また,当該実習は2020年度前期の後半に開講したが,他の科目の授業や課題と重なり,過剰な負荷がかかっているという意見も挙げられた.課題が多いという意見は石川らの調査でも報告されており,学生への課題が過剰にならないような配慮が必要だと考えられた4).また,対面での実習であればデータ解析やレポート作成を個別に支援することも容易だが,オンラインでの個別支援はメール,オンライン会議システムなどを利用している教員が多いと思われる.筆者の経験では,個別指導に関しては対面のほうが効果的であり,また,技能の習得を目標とする実習科目では,オンライン化は困難ではないかと考えられた.
2020年度後期の授業動画作成からFilmora scrnを導入した.このFilmora scrnは画面キャプチャ機能に加えてカメラ画像と音声も同時にレコーディングできるソフトウエアである.PowerPointファイルをスライドショーモードにしてキャプチャし,PCに付属しているwebカメラに向かって身振り手振りで説明を加えながら音声を吹き込み,レコーディング終了後に同ソフト上でカメラ位置や音声を編集したのち,Filmora Xでさらに編集することで授業動画を作成した(図5).学生からは身振り手振りを交えた説明がわかりやすいといった肯定的意見が多かったものの,一部の授業で音声が小さく聞こえにくいなどの意見があったため,急遽Filmora Xで再編集することもあった.また,当該科目は薬学教育モデル・コアカリキュラムに示される代表的8疾患の処方設計と薬物療法の実践に関する能力向上を目標とした授業であるため,演習課題を提示して一定時間学生個人で考える時間を設け,その後段階的に課題を進めるうえでのヒントの動画,解説動画を閲覧できるよう,Moodleの活動制限機能を活用した.この授業形式に関して,学生から大きな不満はなかったが,2型糖尿病患者へグリベンクラミドとミチグリニドが併用されている症例に対して,インタビューフォームの用量反応曲線から両者の併用が好ましくないことを説明させる課題といった難易度が高い課題をオンデマンドで説明することには限界があることも痛感した.こういった学生にはメールやオンライン会議システムで個別に対応したが,演習科目をオンデマンド型オンラインで実施することは困難であると考えられた.
Filmola scrnによる画面キャプチャと編集画面.左図:画面キャプチャおよびレコーディング画面,右図:編集画面.
最後に,約1年間オンデマンド型オンライン授業を実践した筆者の感想を述べる.講義は受動的学習法として定義されており,通常の講義形式では教育者と学習者の双方向性を持たすことは困難であるとされていた.しかしながら,対面での講義では,教授者が学習者の反応を見ながら講義できるため,ある程度の双方向性を持たせることが可能であったことに気づかされた.一方,オンデマンド型オンライン授業では,学習者のリアルタイムの反応が確認できないため,学習者の意見を引き出す工夫が必要であると考えられる.また,学習者からの意見を引き出す環境を整備しておくことで,自身の授業で改善すべき事項が把握でき,授業改善へとつながっていくと考えられた.また,対面での授業では,授業時間の前後に学習者が教授者に質問するケースがよくあるが,オンデマンド型オンライン授業では学習者が質問することが極めて少ないため,多様な形式で質問可能な環境を用意することが必要だと思われる.今回のコロナ禍において,オンライン教育は目覚ましい発展を遂げ,今後はこれらを活用した教育形態に移行していくことが予想される.しかしながら,求める学習目標によってオンライン形式が適している授業とそうでない授業があることは本稿をお読みいただいた先生方も感じておられると推察される.オンライン授業の教育効果に関する研究成果も発表され始めているが,今後も本シンポジウムのようなオンライン授業の “しくじり” とその解決法を共有する機会が望まれる.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.