Plan-Do-Check-Act(PDCA)サイクルは教育改善に活用されている.特に,Check(評価)は教育の質向上に重要で,評価する方法も今は数多く報告されている.しかし,教員が自分の行う教育が抱えている問題点を認知できていなければ,適切な評価を行うことはできない.教育の失敗例は教育の問題点を認知するための重要な教材となる.本稿では教育現場で実際に起きた2つの事例について検証を行い,問題点の確認と改善策の有効性について検証を行ったので報告する.
1つ目は講義方法の失敗例である.定期試験結果を指標にした解析により,教育効果が低い科目を検出した.この科目の講義方法を知識修得の理論に基づき修正したところ,教育効果が有意に向上した.
2つ目は体験学習の体験項目の変更時に起きた失敗である.内容変更した体験学習の感想文を解析したところ,変更前に比べ教育効果が有意に低下していることが判明した.
これらの結果は,適切な評価が教育効果の向上を導き出すことを示している.
The Plan-Do-Check-Act (PDCA) Cycle is utilized for educational improvement. Among these steps, “checking” is especially important to increase the quality of education, and there have been many reports on checking methods. However, if faculty members do not recognize the problems of the education they provide, they will not be able to perform appropriate checking. Examples of educational failures serve as important teaching materials for recognizing the problems of education. This paper reports 2 failure cases that actually occurred in the educational field and the results of their inspections to confirm the problems and effectiveness of improvement plans.
In Case 1, the lecture method was a failure. Analysis using regular examination results as an indicator identified a subject with low educational effects. The educational effects of the subject were significantly improved by changing the lecture method based on the theory of knowledge acquisition.
In Case 2, a failure occurred with experience-based learning item change. Analysis of student learning reports after the change revealed that the educational effects were significantly lower than before it.
The results demonstrate that appropriate checking improves educational effects.
PDCAサイクルとは,Plan(計画),Do(実行),Check(評価),Action(改善)の4段階を繰り返して業務を継続的に改善させる考え方である.PDCAサイクルは,教育にも応用されており,教育効果の向上に役立てられている1).
教育効果の向上においてCheck(評価)は重要な工程であり,教育内容の評価が適切に行われていない場合,効果の低い教育が継続して行われる危険性を孕んでいる.
講義内容の評価方法については,試験の点数や合格率を活用する方法から評価支援システムなどのツールを使った評価まで数多くの方法が発表されており,目的に適した評価方法を選択することが可能となっている2–5).しかし,教育者が自身の講義でどのような問題が起こりうるかを認知していなければ,評価すべき項目を見誤ってしまう危険性が高くなる.
講義の失敗例は,評価項目や評価方法を決定するための重要な参考資料となる.しかし,失敗例であるが故に,論文や学会等で報告される数は少ない.
本稿では,私が起こしてしまった2つの教育の失敗とその改善策の教育効果を解析したので紹介する.この失敗例が,読者が教育効果の評価を考える際の参考になれば幸いである.
ここでは,東北医科薬科大学薬学部薬学科(以下,本学)で開講されている科目で,著者が講義を担当している免疫学で起きた例を紹介する.免疫学は本学薬学科2年次に開講される必修科目(1単位)で,一方向性型の講義形式で行われている.生体防御反応,アレルギー反応,自己免疫疾患ならびに免疫反応を利用した検査方法に関する知識などの修得を目標とした内容となっており,到達度は学期末に行われる定期試験により評価している.試験問題は薬剤師国家試験問題を参考に作成し,マークシート方式で試験を行っている.出題数は50問(4択または5択問題)で,各2点の配点とし合格基準は本学の学則に従い60点以上としている.
本稿では2011年度~2019年度までに行われた定期試験の平均点および合格率を指標に教育効果の評価を行った.この期間に免疫学を受講しかつ研究への協力に同意が得られている学生(2,759名)を調査対象とした.定期試験の平均合格率が60%以下の年度は教育効果の低い講義が行われた年度と定義した.なお,調査期間中の免疫学の講義は,すべて同じ教員(著者)が担当している.
2. 問題点の気づき定期試験の結果を表1に記載した.この結果は渡部等の報告から引用した4).2011~2013年度までの平均点は60.8 ± 14.8(2011年度),68.1 ± 18.7(2012年度),62.8 ± 16.9(2013年度)であった.統計学的には免疫学を受講した学生の68%が,この講義で学ぶべき知識の6~7割程度しか修得できていないことを意味しており,この期間は教育効果の低い講義が行われていたと判断した.
開講年度 | 2011 | 2012 | 2013 | 2014 | 2015 | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
学生数 | 302 | 310 | 317 | 319 | 309 | 290 | 301 | 306 | 305 |
定期試験合格者数 | 229 | 223 | 179 | 308 | 279 | 288 | 290 | 292 | 289 |
定期試験不合格者数 | 73 | 87 | 138 | 11 | 30 | 2 | 11 | 14 | 16 |
定期試験平均点 ± SD | 60.8 ± 14.8 | 68.1 ± 18.7 | 62.8 ± 16.9 | 77.6 ± 9.7 | 78.9 ± 14.0 | 88.6 ± 8.6 | 85.4 ± 12.4 | 82.0 ± 12.6 | 84.7 ± 13.2 |
合格者平均点 ± SD | 67.6 ± 9.0 | 77.7 ± 10.9 | 75.0 ± 10.0 | 78.4 ± 8.8 | 81.9 ± 11.0 | 88.9 ± 8.0 | 86.9 ± 9.6 | 83.5 ± 10.8 | 86.6 ± 10.4 |
不合格者平均点 ± SD | 39.4 ± 7.2 | 43.3 ± 9.6 | 47.0 ± 8.9 | 54.3 ± 3.4 | 51.0 ± 5.7 | 49.0 ± 1.0 | 45.8 ± 11.9 | 51.1 ± 8.5 | 49.4 ± 5.6 |
合格率(%) | 75.8 | 71.9 | 56.5 | 96.6 | 90.3 | 99.3 | 96.3 | 95.4 | 94.8 |
免疫学の講義で起こしてしまった失敗は,6~7割程度の知識しか修得できない講義を2013年度まで問題意識を持たずに続けていたことである.当時の私は講義を丁寧に行っている自負があり,定期試験に合格できない学生は本人の努力不足が原因と根拠もなく決めつけていて,講義内容も改善する必要はないと考えていた.しかし,2013年度に不合格者数が100人を超える異常な事態となり,はじめて教育方法を見直す必要があると考えるようになった.
3. 改善策の立案教育方法の改善策を検討し始めた当初は,成績不振学生の抱える問題点を改善しようと考えた.しかし,通常の講義で得られる情報では,学生一人一人が抱える成績不振の原因を把握することが不可能であったため,学生側の問題点解決を断念し,講義の質を向上させることによって受講生全体の成績上昇を目指した.
講義の質を向上させるための改善策を論理的に立案するため,改善策は心理学における知識修得の理論を参考にして企画した6).
心理学では,ヒトが知識を修得するためには,記銘(記憶として残す情報の認知)・保存(情報の記憶)・再生(記憶した情報の活用)の行程を完遂する必要があるとされている(図1)4).試験の点数が低い学生は,記銘・保存・再生のどこかで不調をきたしていると考えられるので,記銘・保存・再生のすべてを向上させれば講義の質向上を達成できると考えた.
記銘・保存・再生と知識の修得との関係図
記銘の効率を上昇させる方法として,講義前に行う確認試験(プレテスト)と講義後に行う確認試験(ポストテスト)を実施した.プレテストは講義前に講義内容の要点を学生に認知させることを目的とし,ポストテストは講義内容を理解できているかを学生自身に確認させることを目的として実施した.
再生の能力を向上させる方法として,講義内容に関する練習問題を配布した.これは記銘した知識を活用する機会を与えて,知識の理解度を深めることを目的としている.また,練習問題の解答と解説も配布し,学んだ知識が正しく活用できているかを学生自身が確認できるように配慮した.
記憶の定着(保存)には記銘や再生の反復が重要になるが,反復した学習行動を引き起こすためには学習者のモチベーションを上げる必要がある.心理学ではその行為に対する「価値」と「期待」がモチベーションに影響を与えるとされている7).「価値」とは学習者が講義内容について学ぶ意義を感じていることであり,「期待」とはその課題を自分で解決できると感じられることである.そこで私は,モチベーションを上げるために「練習問題を解くことで知識の理解と定着が進むこと」と「練習問題を解けるようになれば,定期試験の問題も解けるようになれること」を講義中に繰り返し説明し,学生の能動的学習行動を促した.
4. 改善策の教育効果改善策の有効性の評価は定期試験の平均点および合格者数を指標に行った.平均点の比較は,IBM SPSS Statistics Ver. 17.0を使用して行った.正規性の判定はKolmogorov-Smirnovの検定で行い,独立した2群の平均値の比較はMann-WhitneyのU検定で行い,P < 0.01を有意差ありとした.
また,定期試験の合格者数と不合格者数を用いてχ2検定を行い,年度間の比較を行った.
2014年度は保存と再生の改善策を実施したが,準備の都合により記銘の改善策は実施できなかった(図2).2013年度と2014年度の平均点を比較したところ,P < 0.01(自由度634)となり,2013年度と2014年度の平均点には有意な差が認められた.また,合格者数の比較でもχ2(1) = 142.4,P < 0.01となり有意な差が認められた.この結果から,保存と再生の向上を意図した策の導入により,教育効果は高められていることが明らかになった.
免疫学定期試験の平均点±SD
2015年度~2019年度は,2014年度に導入した保存・再生の策に加え,記銘の向上策も導入した.記銘の向上策を導入した初年度(2015年度)は2014年度との間で平均点に有意差は認められなかった(P = 0.014,自由度626)が,それ以降は2016年度でP < 0.01(自由度607),2017年度でP < 0.01(自由度618),2018年度でP < 0.01(自由度623),2019年度でP < 0.01(自由度622)となっており,記銘の向上策も教育効果を高める一因となっていることが確認された.
本学1年次前期に早期臨床体験(必修科目,1単位,70分×15コマ)が開講されており,この科目では一次救命(BLS)学習,病院または薬局の見学,薬害に関する学習,ハンディキャップ体験,SGD,SGDの結果についての発表会が行われている(表2).
講義内容 | 講義方法 | |||
---|---|---|---|---|
2017年度 | 2018年度 | 2019年度 | 2020年度 | |
学生数 | 325(313) | 314(305) | 307(297) | 321(297) |
講義概要の説明会 | 対面講義 | 対面講義 | 対面講義 | オンデマンド |
一次救命(BLS)学習 | BLSの理論と手順の解説(対面講義) | BLSの理論と手順の解説(対面講義) | BLSの理論と手順の解説(対面講義) | BLSの理論と手順の解説(オンデマンド) |
病院または薬局の見学 | 施設内の見学 | 施設内の見学 | 施設内の見学 | 中止 |
薬害に関する学習1 | サリドマイド被害者による講演会 | サリドマイド被害者による講演会 | サリドマイド被害者による講演会 | 中止 |
薬害に関する学習2 | 開講していない | 開講していない | 薬害エイズに関するDVDの視聴(対面講義) | 薬害エイズに関するDVDの視聴(オンデマンド) |
ハンディキャップ体験 | ||||
1)内部障害の解説 | 対面講義 | 対面講義 | 対面講義 | 対面講義 |
2)車椅子体験 | 車椅子の乗車体験と車椅子の介助を行う | 車椅子の乗車体験と車椅子の介助を行う | 車椅子の乗車体験と車椅子の介助を行う | 中止 |
3)視覚障害者体験 | アイマスクをして,階段を上り下りする | アイマスクをして,階段を上り下りする | アイマスクをして,階段を上り下りする | 中止 |
4)高齢者疑似体験 | 特殊装備を装着し,手作業および階段を上り下りする | 特殊装備を装着し,手作業および階段を上り下りする | 特殊装備を装着し,手作業および階段を上り下りする | 軍手を装着した状態で,手作業を行う |
5)聴覚障害者体験 | 開講していない | 開講していない | 開講していない | 発語を禁止した状態で質疑応答を行う |
SGD | 各班で課題に対する議論を行い,意見をまとめる | 各班で課題に対する議論を行い,意見をまとめる | 各班で課題に対する議論を行い,意見をまとめる | 各班で課題に対する議論を行い,意見をまとめる |
発表会 | SGDで出た結果について,発表と質疑・応答を行う | SGDで出た結果について,発表と質疑・応答を行う | SGDで出た結果について,発表と質疑・応答を行う | 中止 |
※学生数の欄には,「受講者数(調査対象者数)」を表示している.
※SGD=スモール・グループ・ディスカッション
ハンディキャップ体験は早期臨床体験の全15コマ中2コマを使って行われている.2017年度~2019年度に実施したハンディキャップ体験では,内部障害の解説,車椅子体験(車椅子の乗車と介助の体験),視覚障害者体験(アイマスクで視力を封じ,階段を上り下りする体験)および高齢者疑似体験を行った.高齢者疑似体験では,高齢者の状態を再現するために聴力を下げるヘッドホン,視力を下げるゴーグル,重りの入ったベスト,リストウエイト,アンクルウエイトを装着し,これら特殊装備を装着した状態で階段を上り下りする体験を行った.また,指先の感覚や握力を低下させるために軍手を2枚重ねて装着し,指先を用いた細かい作業体験(床に落ちた硬貨を拾い上げる,財布からカードを取り出すなど)を行った.
元々の予定では2020年度も,例年と同じ内容でハンディキャップ体験を実施する予定であった.しかし,新型コロナウイルスの蔓延により,2020年度はハンディキャップ体験の内容変更を余儀なくされた.具体的には,器具の共用や介助のための接触が感染リスクになるため車椅子体験と視覚障害者体験が中止となった.また,高齢者疑似体験は軍手を装着して作業する体験のみ実施し,特殊装備を装着して階段を上り下りする体験は中止した.中止する項目が多くなったため,2020年度は聴覚障害者体験を新たに設けた.聴覚障害者体験では発語によるコミュニケーションを禁止することで聴覚障害状態を再現し,この状態で筆談ボードとジェスチャー(唇の動きを読むことを含む)を用いて質疑応答する体験を行った.
2. ハンディキャップ体験の教育効果の評価ハンディキャップ体験学習が学生に想起させた感覚を評価するため,感想文で使用された語の頻度をフリーソフトウエア「KH Coder 3」8) を用いて測定した.なお報告では,「苦労,一苦労,負担,苦戦,大変,不自由,困難,不便,難しい,辛い,つらい」は障害を抱える人の苦労に関連する語として定義し,「恐怖,注意,怪我,緊張,転倒,不安,危険,慎重,踏み外す,転ぶ,怖い,恐ろしい,ぶつかる」は障害を抱える人の危険に関連する語として定義している.
感想文で苦労に関連する語を1回以上使った学生は,ハンディキャップ体験を通して障害を持つ人が抱える苦労について考えた学生としてカウントした.苦労に関連する語を使用した学生の割合が60%以下の場合は,苦労を想起させる教育効果が低いと定義した.また,危険に関連する語を使用した学生数も同様に測定した.危険に関連する語を使用した学生の割合が60%以下の場合は,危険を想起させる教育効果が低いと定義した.
ここで使用した頻出語の結果(表3)は,渡部等の報告から引用した5).2017年度~2019年度までの体験学習では,障害を抱える人の苦労について考えた学生は約9割,障害を抱える人の危険について考えた学生は7割以上となっており,この期間の体験学習には苦労と危険を想起させる教育効果があると評価した.しかし,COVID-19の蔓延により学習環境が大きく変わった2020年度の体験学習では,苦労を想起させる教育効果は認められたが,危険を想起させる教育効果は低い評価となった.
2017 | 2018 | 2019 | 2020 | |
---|---|---|---|---|
学生数 | 313 | 305 | 297 | 297 |
分析対象となった語の総数 | 33,687 | 32,939 | 32,554 | 36,832 |
苦労に関連する語の使用総数(回) | 961 | 940 | 970 | 1,148 |
苦労に関する語を使用した学生数(人) | 277 | 273 | 271 | 286 |
苦労に関する語を使用した学生の割合(%) | 88.5 | 89.5 | 91.2 | 96.3 |
危険に関連する語の使用総数(回) | 608 | 612 | 509 | 13 |
危険に関する語を使用した学生数(人) | 240 | 225 | 210 | 10 |
危険に関する語を使用した学生の割合(%) | 76.7 | 73.8 | 70.7 | 3.4 |
2019年度以前の私は,障害者疑似体験を経験した者には障害者が抱える苦労や危険の感覚が自然と想起されるものと考えていた.そのため,各体験が学生に及ぼす教育効果について検証を行う必要性を感じていなかった.その結果,危険を想起させるために必要な体験を安易に中止し,2020年度のハンディキャップ体験の教育効果を著しく低下させてしまった.この失敗は教育効果の評価を行ったことにより検出されたが,評価を行っていなければこの状態が今も継続していたと思われる.
低下した教育効果は改善しなくてはいけないが,改善策を立案するためには,教育が失敗した原因を明らかにする必要がある.今後は,原因の究明を行い,教育効果の改善を目指す予定である.
本稿では,学生が悪いと思い込むことによって起きた失敗と教育効果の解析を怠ったことによって起きた失敗を例示した.
学力が上がらない理由には学生側の問題もあるが,教育方法を改善することによって学生の学力や認識を向上させることは可能である.しかし,これを実現させるためには,自分が担当する教育の問題点を明らかにすることが重要である.また,問題点を改善できたとしても教育現場では,学生の世代が代わり続けるため,同じカリキュラムで講義を行ったとしても,同じ教育効果が得られるとは限らない.そのため,教育内容の評価と改善を定期的に行うことが,質の高い教育を継続するために重要である.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.