薬学教育
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実践報告
実務実習を修了した上級生が関わるセルフメディケーション実習の学修効果
筒井 和斗小林 典子中村 友紀岩田 紘樹山浦 克典
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2023 年 7 巻 論文ID: 2023-010

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抄録

慶應義塾大学では,4年次の実務実習事前学習のセルフメディケーション実習に実務実習を修了した6年生が準備・実施に関与している.これにより,下級生の実践的な実務実習イメージの形成に寄与するだけでなく,上級生自身にも実務実習の振り返りや知識の再確認を促すなど,双方への学修効果が期待される.本研究では,4年生に対して実習前後に,6年生に対して実習後にアンケート調査を実施した.その結果,4年生は6年生が実習に関与することで,実践的な経験を積むことができ,実務実習のイメージや将来の自分像の形成および知識の理解が深まるなど様々な学修効果があったことが明らかになった.また,6年生自身も来局者役の立場を経験することで,来局者の心情を理解すると共に,内省を深め,自身の実務実習を振り返るなど学修効果があったことがわかった.

Abstract

Sixth-year Keio University pharmacy students who have completed their practical training are involved in preparing and implementing the self-medication practicum for the fourth-year pre-clinical pharmacy training program. This involvement improved the practical training experience for junior students and encouraged reflection and affirmation of the senior students’ knowledge, enhancing learning for both levels. Questionnaires were administered to fourth-year students before and after this practicum and to sixth-year students after this practicum. The results for the fourth-year students revealed that the senior student involvement in their training allowed them to understand their experiences more and develop a stronger idea of future pharmacy work. On the other hand, the senior students experienced the situation from a patient’s point of view, deepening their knowledge as they reflected on their previous training.

目的

我が国の国民医療費は増加傾向にあり,国民医療費を削減するために,国を挙げてセルフメディケーションを推進している.国民が安全にセルフメディケーションを行うために,薬剤師による支援は欠かせず,将来薬剤師となる薬学生のセルフメディケーション教育は非常に重要である.

薬学教育モデル・コアカリキュラム(平成25年度改訂版)では,「F薬学臨床」の「(5)地域の保険・医療・福祉への参画」に,「プライマリケア・セルフメディケーションの実践」が組み込まれている1).また,2021年の薬剤師の育成および資質向上に関する検討会では,薬学教育モデル・コアカリキュラムの見直しの検討において,OTCの対応や健康サポート機能への取組により地域住民の健康増進を進めるための内容の充実が掲げられている2)

本学では,セルフメディケーションとOTC医薬品に関わる教育として,3,4年次に講義5コマと学生同士のロールプレイによる「OTC医薬品の選択と服薬指導実習」で,知識や来局者の応対,OTC医薬品の選択や服薬指導の基本を修得する.その後「セルフメディケーション実習」(以下,本実習)において,来局者から情報を収集し,OTC医薬品の選択や服薬指導に加えて,生活指導や受診勧奨を含むロールプレイを経験する.本実習には,薬局・病院実習を修了した上級生(6年生)がStudent Assistant(SA)として準備・実施に関与している.本実習の準備にあたり,6年生は実務実習の経験を共有した上で,模擬症例を作成し,実習では,SAとして来局者役を担当する.4年生は薬局実務実習生として,来局者役に対しロールプレイを行い,来局者役のSAからフィードバックを受ける.

このように,実務実習を修了した上級生が実習に関与することで,下級生の実践的な実務実習イメージの形成に寄与するだけでなく,上級生自身にも実務実習の振り返りや知識の再確認を促すなど,双方への学修効果が期待できる.

医療系大学において,医療人としてふさわしい知識や技能,態度を身に付ける教育方法については従来から工夫がなされてきた.近年では,卒前および卒後臨床教育の一手法として,上級生が下級生を教える「屋根瓦方式」の学修システムが取り入れられ,その有用性が報告されている310)

本研究では,4年生に対する実習前後のアンケート調査に加え,6年生を対象にアンケート調査を実施することで,4年生と6年生双方の学修効果を明らかにする.

方法

1. 模擬症例の作成および来局者役のトレーニング

模擬症例の作成に向けてグループワーク(GW)を4回行った.参加者は実務実習を終えた6年生および本実習を経験した5年生からなる20名で実施した.GW参加学生自身の実務実習やセルフメディケーションの経験を共有したうえで,履修者に学んでほしいことや上級生がSAとして実習に関わる意義について話し合った.その後,以前実習に用いた模擬症例を見直し,課題や改善点を話し合い,新たな模擬症例8種類を作成した.実習で使用した模擬症例は感冒や頭痛,腹痛など履修者にとって身近なものとし,様々な年齢の来局者に対するOTC医薬品の選択と販売および情報提供,薬局製剤の販売と情報提供,代理で来局した母親への応対,受診勧奨,OTC医薬品購入希望の来局者に対する生活指導や健康食品の提案を視野に入れることができるように工夫した.

来局者役の練習は2回実施した.本実習の流れを確認すると共に,作成した模擬症例を実際の実習と同様の形式でロールプレイし,来局者背景の擦り合わせと模擬症例の修正を行った.

2. 実習のグループ構成と実施手順

本実習の概要を表1に示す.履修対象の4年生143名を4分割して実施し,6年生9名がSAとして全日程参加した.実習班は4年生4名とSA 1名で構成し,薬局実務実習生役の4年生1名と来局者役のSAによるロールプレイを行った.来局者からの聴き取りや情報提供は実習生役が行い,OTC医薬品の選択や服薬指導,受診勧奨や生活指導などの応対方法は全員で考えた.ロールプレイ終了後,来局者役のSAがフィードバックを行った.最後に,当日参加した4年生全員に対し,司会・進行役が来局者応対時に聴きとるべきポイント,OTC医薬品の選択や情報提供のポイントを解説した.司会・進行は専任で6年生1名が担当した.

表1 本実習の概要
時間 内容
5分 アンケート 4年生にプレアンケート実施
10分 導入 セルフメディケーション実習の意義や目的,流れを説明
20分 SAによるデモ SAによるロールプレイデモ(皮膚疾患)
①来局者からの聴き取り(SA)
②対応について議論(4年生)
③来局者への情報提供(SA)
20分×8回 ロールプレイ8症例(2症例/1名) SAが来局者役,4年生が薬局実務実習生役でロールプレイ
①聴き取り⇒②議論⇒③情報提供⇒④フィードバック:15分
⑤全体解説:5分
4年生は薬局実務実習生役1人,観察者3人を決め,ローテーションで1人2回ロールプレイを体験
4年生には来局者の来局時間や年代,性別や体型のみを教える
①実習生役が聴き取り,②全員で対応を考えた後,③情報提供する
観察者は評価表を記入
④班で4年生同士フィードバック⇒SAからフィードバック
⑤当日参加した4年生全員に対し,疾患や聴き取るべきポイント,OTC医薬品の選択や情報提供の
ポイントを解説
10分 アンケート 4年生にポストアンケート実施

4年生は薬局実務実習生役を1人2症例ずつ経験し,1班あたり計8回のロールプレイを行った.来局者役であるSAは症例が終わるごとに別の班へ移動した.

3. 本実習における教員の関わり

本実習では,教員は実習の流れを重視すると共に,6年生の自主性を促す目的で関わっている.具体的には,「OTC医薬品の選択と服薬指導実習」を担当した教員が,本実習の事前準備から実習までのスケジュール調整,GWのファシリテーター,模擬症例の確認と修正の提案,来局者トレーニング時のアドバイス,実習中の不測の事態の対応などを行った.

4. 調査方法

2022年6月に実施したセルフメディケーション実習を履修した4年生143名に対し,本実習の前後にGoogle社が提供するGoogleフォームを用いた無記名自記式Webアンケートを実施した.質問項目は,プレアンケートでは「OTC医薬品の購入経験」「OTC医薬品を選ぶ基準」,ポストアンケートでは「本実習後の4年生自身の成長や変化」,「本実習が薬局実務実習で活かされると思うもの」,「本実習にSAが関わる効果および評価」とした.

来局者役の6年生9名に対しては,本実習全日程終了後にWebアンケートを実施した.質問項目は「SAとしての役割の自己評価」,「本実習後のOTC医薬品に関する6年生自身の知識の向上」,「本実習後の6年生自身の成長」とした.

アンケートは選択式および自由記述とし,択一式の設問は4段階のリッカート尺度(「4」「3」=「そう思う」,「2」「1」=「そう思わない」)で評価した.

5. 倫理的配慮

本研究は慶應義塾大学薬学部の「人を対象とする研究倫理委員会」に審議を申し出た結果,「審査対象外」と判断された.アンケート実施に際し,対象者にはアンケートは協力者の自由意思であり,回答しない場合でも,成績等には一切影響なく,個人情報を保護した上で,研究利用する旨を口頭で伝え,Webアンケート上で「このアンケート調査に同意しますか」という設問に回答することで同意を取得した.

結果

1. 4年生プレアンケート

履修者143名にアンケートを実施し,133名から回答を得た.そのうち,調査に同意した132名分を解析対象とした.

これまでにOTC医薬品を購入したことがない者は8%,1年以内に購入していない者は26%であった.OTC医薬品を選ぶ基準として「使ったことがあるもの」が65%と最も高く,次いで「OTC医薬品(外箱)の包装」が57%,「知名度の高い商品」55%であった.また,「有効成分の種類」が22%,「同効品と比較」が19%,「有効成分の含有量」が4%であった.

2. 4年生ポストアンケート

履修者143名にアンケートを実施し,137名から回答を得た.調査に同意した136名分を解析対象とした.

本実習後の4年生自身の成長や変化について,「わかりやすく情報を伝えられる」に「そう思う」と回答した割合は100%,「適切に情報を聴き取ることができる」や「実務実習で来局者対応をするイメージがついた」は99%であった.「実務実習で来局者対応をするのが楽しみになった」は82%であった(図1).また,本実習が薬局実務実習で活かされると思うものとして,「選び方に関する知識」が77%,「受診勧奨かの判断基準に関する知識」は74%であった(図2).

図1

本実習後の4年生自身の成長や変化(n = 136)

図2

本実習が薬局実務実習で活かされると思うもの(複数回答)(n = 136)

本実習にSAが関わる効果として,「同級生とロールプレイをするよりSAとロールプレイをする方が実践的だ」や「SAが来局者役を担当することは,自身のコミュニケーション能力向上に効果がある」,「毎回異なるSAとロールプレイができてよかった」に「そう思う」と回答した割合は99%,「ロールモデル(自分の理想像)となるSAを見つけることができた」は82%であった.「SAから大学生活について聞くことができた」は73%,「SAから実務実習の経験を聞くことができた」は63%であった(図3A).SAに対する評価については,「SAのフィードバックはわかりやすかった」や「SAは服薬指導や受診勧奨についてフィードバックをしていた」,「SAは来局者の情報をしっかり理解していた」で「そう思う」と回答した割合は100%,「SAは来局者の内的感情(つらさなど)を表現していた」は96%であった(図3B).来局者役を同級生ではなく実習を経験したSAが担当したことに対する自由記述では,「同級生よりも緊張感があった」と記述した4年生が多く見られた.また,本実習を教員ではなく実習を経験したSAが中心となって実施したことについては「親近感があり接しやすかった」や「実務実習や大学生活の話を聞くことができてよかった」,「教員より緊張せずに実習ができた」や「質問がしやすかった」などが挙げられた.

図3

本実習にSAが関わる効果および評価(n = 136).(A)本実習にSAが関わる効果.(B)SAに対する評価.

3. 6年生アンケート

調査対象の9名全員から回答を得た.

SAとしての役割の自己評価では,「症例の内容通りの来局者を演じることができた」に「そう思う」と回答した者は9名,「来局者の内的感情(つらさなど)を表現することができた」は8名であった(図4).また,本実習後,6年生の多くは成分・薬理作用の知識や受診勧奨かの判断基準をはじめ,使い方や選び方,病態や疾患についての知識が向上したと回答した(図5).

図4

SAとしての役割の自己評価(n = 9)

図5

本実習後のOTC医薬品に関する6年生自身の知識の向上(n = 9)

本実習後の6年生自身の成長については,「傾聴・共感の姿勢の大切さに気付いた」に「そう思う」と回答した者は9名,「4年生より成長していることに気付いた」や「来局者の心情を実感できた」は8名であった.「コミュニケーション能力が向上した」や「実務実習を振り返る機会になった」は6名であった(図6).

図6

本実習後の6年生自身の成長(n = 9)

考察

1. 4年生の学修効果

4年生のプレアンケートから,OTC医薬品の購入経験のない学生が約1割程度いたことから,本実習受講時に身体の不調を訴える来局者の応対のイメージができない4年生は一定数存在したと推察される.また,OTC医薬品を購入する際,使用経験があるものや知名度の高い商品など馴染みのあるものを選んでいる一方で,有効成分の種類や同効品と比較,有効成分の含有量を見て選ぶ者は少なく,多くは薬学的視点でOTC医薬品を選択できていないことが明らかになった.

90%以上の4年生は本実習を受けたことで,来局者から適切に情報を聴き取り,わかりやすく伝えられるようになったと自己評価しており,実務実習における課題の発見や来局者対応のイメージについても掴むことができていた(図1).また,4年生の多くは本実習中に来局者役の6年生と接することにより,コミュニケーション能力の向上を実感していた,(図3A).このように,4年生は8症例のロールプレイで出会った6年生から実務実習や大学生活の経験など様々な話を聞く中で,ロールモデルを見つけたことが,実務実習における来局者対応のイメージ形成に繋がったと考えられる(図3A).先行研究においても,屋根瓦方式の教育システムを取り入れた1年生と5年生の合同演習において,下級生の知識の理解や学ぶ意欲の向上,上級生とのコミュニケーションが深まり,数年後の自分のイメージができたなど教育効果が報告されているが9),本実習においても4年生が実務実習を修了した6年生との交流を通じ,実務実習のイメージがついたことが明らかとなり,実務実習を控える4年生にとって有意義な経験であったと推察される.また,4年生は本実習で得たOTC医薬品の選び方や受診勧奨,トリアージや生活習慣などの知識が実務実習で活かされると考えていることから(図2),薬学的視点でOTC医薬品を選択することの重要性についても理解できたと推察される.

本実習にSAが関わる効果として,99%の4年生が同級生よりも6年生とロールプレイをする方が実践的だと回答した(図3A).ロールプレイを主体とする実習では,同級生同士で実施することが多く,本実習のように,顔見知りではない6年生が来局者を担当することは,4年生にとって同級生より緊張感があり,実践的な経験ができたと考えられる.また,6年生が症例の内容を理解し,来局者の内的感情の表現を意識していたため(図3B,図4),臨場感があり,より実践的に感じられたと推察される.

以上より,6年生が本実習に関与することにより,4年生が実践的な経験を積むことができ,4年生の実務実習のイメージや将来の自分像の形成,および多様な知識や能力を身に付けるなど様々な学修効果があったことが明らかになった.

2. 6年生の学修効果

来局者役を担った6年生は模擬症例の見直しや作成,4年生との関わりを通じて,OTC医薬品に関する理解を深めたことがわかった(図5).来局者を担当するにあたり,模擬症例の来局者の心情を理解し,表現することが求められた.実務実習において,6年生の多くはOTC医薬品の販売の経験はできなかったものの,来局者対応の経験を通して,イメージを持つことができており,実際の来局者を想像し演じることができたものと思われる.本実習では来局者の立場から心情を実感し,来局者対応における傾聴・共感の姿勢の大切さに気付いたと考えられる.また,過去に受講した本実習や実務実習を振り返ることにより,自身の成長を実感したと推察される(図6).中本らは看護領域において,上級生が下級生を対象とした演習の中で模擬患者を演じる経験は,看護者としての視点,患者としての視点,先輩としての視点の多角的視点から,自らの看護を振り返る機会となり,看護に対するリフレクションが促され,教育的効果が見込めることを報告している7)

本実習で6年生は準備やSAとして関与することで,OTC医薬品の知識の理解などの学修に加え,来局者の心情を理解し,コミュニケーションを深め,後輩を教えるなど多角的な視点を通じて自身の成長を実感することがわかった.

以上より,本実習において,実務実習を修了した上級生が症例を作成し,来局者役として実務実習事前学習に関与することは,4年生に実践的な来局者対応を促し,実務実習に向けてイメージの形成に寄与するだけでなく,6年生にとっても学修効果があると考えられ,双方に有益であることが示唆された.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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