薬学教育
Online ISSN : 2433-4774
Print ISSN : 2432-4124
ISSN-L : 2433-4774
実践報告
和歌山県立医科大学薬学部1年次県内枠選抜学生における地域医療薬学実習プログラムの評価
伊藤 雄大須野 学永田 実沙松原 和夫太田 茂
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2024 年 8 巻 論文ID: 2023-037

詳細
抄録

現在の薬学部における地域医療および薬剤師の地域偏在について理解を深める実習プログラムは充分とは言い難い.そこで薬学部1年次県内枠選抜学生15名に対して,医療の地域偏在を理解することを目的とし,フィールドワークを組み込んだ地域医療薬学実習Iを実施した.本実習の満足度については実習全体の満足度(0~100%)を,有用性は「地域医療・地域偏在について説明できるか」に関する自己評価(1~4点)をアンケートにより評価した.満足度は78.0 ± 8.0%であった.有用性の自己評価は実習前の1.5 ± 0.3点に対し,実習後3.0 ± 0.3点と有意に上昇した.実習レポートの共起ネットワーク分析の結果において「薬局」「医療」「薬剤師」「地域」の語が関連性を認めた.本実習は医療の地域偏在に関する学生の理解に繋がり,フィールドワークは学生に対して薬局や薬剤師,医療の地域偏在に関する気付きを与える可能性がある.

Abstract

In pharmaceutical education, the current practical training program to understand roles of pharmacists in the comprehensive community health care system and the uneven distribution of pharmacists is insufficient. We conducted an original educational program named “Practice of Community Health Care and Pharmacy I”, which included fieldwork, for 15 first-year pharmacy students at Wakayama Medical University aimed at understanding the uneven distribution of pharmacists. The overall satisfaction with the practice (0–100%) was assessed through a satisfaction survey. The usefulness of the practice was evaluated using a questionnaire based on the self-evaluation score (average of six questions, 1–4 points each) asking “Can you explain about community health care and uneven distribution?” The satisfaction was 78.0 ± 8.0% (mean ± standard deviation). After the practice, the self-evaluation scores increased significantly from 1.5 ± 0.3 points to 3.0 ± 0.3 points (mean ± standard deviation). In the students’ practice reports, words such as “pharmacy”, “medical care”, “pharmacist”, and “community” were found to be relevant. The results suggest that practice helps students to understand community health care and uneven distribution of pharmacists. Additionally, a fieldwork may be effective to bring awareness among students about the uneven distribution of pharmacists.

目的

地域包括ケアシステムにおける薬剤師の役割は広範かつ多岐に渡っており,薬学教育6年制課程の中で地域医療に関する充実した教育が求められている.厚生労働省の「薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会」において,薬剤師の従事先には地域・業態偏在があり,大学は設置されている自治体および周辺の自治体等における薬剤師養成および確保について取り組む必要があると報告されている1).薬剤師の地域・業態偏在は全国的な問題となっている25).和歌山県においても,7つの二次医療圏のうち(図1),和歌山医療圏は人口10万対薬剤師総数が全国平均を超えているものの,その他6つの二次医療圏(那賀,橋本,有田,御坊,田辺,新宮)では下回っており6),薬剤師の地域偏在を認めている.これらのことから,今後薬剤師の地域偏在を解消し地域医療を充実させるために,薬学生が大学教育の中で薬剤師の地域偏在および地域医療格差に関する知識を身に着け,理解を深めることは重要であると考えられる.

図1

和歌山県における二次医療圏

現在,日本の薬学部の臨床教育において,地域医療および薬剤師の地域偏在について理解を深める教育プログラムは十分とは言い難い.和歌山県立医科大学薬学部では,地域医療に関する取り組みとして入学試験において15名程度の県内枠学生を選抜しており,県内枠選抜学生に対する卒後2年間にわたる県内の病院・薬局における研修の実施を予定し,地域に根ざした薬剤師養成に取り組んでいる.薬学教育モデル・コア・カリキュラムにおいて,学生の動機づけを目的とした早期からの体験学習が求められており7),薬学部1年次から地域医療に携わる薬剤師やその現場に触れることは効果的であり,和歌山県内でのフィールドワークを取り入れた実習プログラムの導入が必要であると考えた.

フィールドワークは観察・観測・聞き取り調査等により必要な情報を収集する野外での調査活動とされている8).既報におけるフィールドワークの導入事例として,医学教育分野において全人的医療を理解するために農山漁村地域の住民と交流するプログラムが実施されている9,10).作業療法教育分野では,地域の環境調整等の活動を展開する能力を養うことを目的に,公共施設や商店街,飲食店のトイレ環境について情報収集を行う授業が導入されている11).観光教育分野においては,観光エリアを実際に巡ることにより学生の地域への愛着や誇りが高まり,地域課題の理解が深まる等の効果が報告されており12),フィールドワークにおける学生の見聞体験は理解や気付きを促すことが期待される.薬学教育分野においては,フィールドワークを導入し,その有用性を評価した報告はこれまでにない.

そこで,和歌山県立医科大学薬学部1年次学生15名(県内枠)に対して,二次医療圏における医療の地域偏在を理解することを目的とし,フィールドワークを組み込んだ地域医療薬学実習Iを実施した.本論文では,実習内容を紹介し,学生の自己評価の変化および実習全体の満足度等について報告するとともに考察を加える.

方法

1. 地域医療薬学実習プログラムの実施

地域医療薬学実習Iプログラムは自由科目として開講し,2022年度入学の和歌山県立医科大学薬学部の1年次学生15名(県内枠)を受講対象とした.なお,県内枠選抜学生は,入学試験の出願資格として和歌山県内の高等学校に在籍する者又は扶養義務者が和歌山県に住所を有する者という要件が課されている.1グループは5名とし,3グループを編成した.実習期間は夏期休業中の平日7日間であり,3グループの実習日は同一とした.スケジュールは,1~3日目:和歌山県の7つの二次医療圏に関する事前調査(4時間/日),4日目:和歌山医療圏の薬局薬剤師1名および那賀医療圏の薬局薬剤師2名からの聞き取り調査(1時間)・那賀医療圏の病院薬剤師1名の講義(1時間),5日目:和歌山医療圏(大学の徒歩圏内)のフィールドワーク(5時間),6日目:那賀医療圏(電車で移動し,駅から徒歩圏内)のフィールドワーク(5時間),7日目:調査成果のまとめと発表(3時間)とした.フィールドワークの実施場所は,人口10万対薬剤師総数が全国平均を超えている和歌山医療圏,全国平均を下回り大学からのアクセスが良い那賀医療圏の2つとした.フィールドワークは,各グループにつき薬学部教員1名(計3名)の引率の下で行い,学生は病院・診療所・薬局・ドラッグストア等の数や規模,交通アクセス,周辺の生活圏の状況等の調査を行った.フィールドワーク以外の実習は学内で実施した.なお,本実習は薬学部1年次学生全員を対象とした早期体験学習(病院・薬局における施設内見学および体験学習)とは異なる独立したプログラムである.

2. 地域医療薬学実習プログラムの評価方法

地域医療薬学実習Iプログラムを評価するため,実習の前後にアンケート調査を行った(図2).本実習の満足度については,実習全体の満足度(0~100%)を実習後アンケートにより評価した.有用性は「地域医療・地域偏在について説明できるか」に関する自己評価(6設問の平均値,各1~4点)を実習前後のアンケートにより評価した.加えて,実習レポート(「実習で見聞・体験したこと」および「実習で考えたこと・感じたこと」についてそれぞれ500文字以上,全体としてA4用紙1頁以上)の記述内容に関してKH Coder version 3を用いて抽出語リストを作成し,共起ネットワーク分析を行った.共起ネットワーク図の作成条件は最小出現数10,描画数60とした.

図2

実習前後に使用したアンケート用紙

3. 統計解析

データは平均値±標準偏差で示し,すべての統計解析にはSPSS Statistics version 28(IBM)を用いた.連続変数において,対応のある2群間の比較には,paired t-testを用いた.また,有意水準はp < 0.05とした.

4. 倫理的配慮

本実習の開始前に,学生に対して本研究の目的や方法,参加の任意性,研究結果の論文での公表,アンケート調査の実施等について説明した.説明の際に,アンケート結果が成績に影響することはないこと,個人を特定しうる情報の公開は一切ないことを伝えた.学生が拒否できる機会を設け,同意を得ることができた学生に対してのみアンケート調査を行った.本研究内容は,人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針には該当しない.

結果

1. 地域医療薬学実習における調査成果の発表内容

学生は,和歌山および那賀医療圏の調査(事前調査,聞き取り調査,およびフィールドワーク)を基に,2つの二次医療圏の比較結果を発表した.発表内容は,事前調査における薬剤師数・病床数や処方箋応需数の比較結果(図3A,B),フィールドワークで調査した薬局や病院,およびその数の比較結果(図3C~E)等についてであった.

図3

学生が作成した調査成果発表スライド(一部抜粋).(A)薬剤師数・病床数の比較結果,(B)処方箋応需数の比較結果,(C)和歌山医療圏におけるフィールドワークで調査した薬局・病院,(D)那賀医療圏におけるフィールドワークで調査した薬局・病院,(E)フィールドワークで確認した薬局・病院の偏在.

2. 地域医療薬学実習の満足度および不満足度

実習アンケートの回答数は15であり,回答率は100%であった.実習全体の満足度(S)は78.0 ± 8.0%,不満足度(100 – S)は22.0 ± 8.0%(平均値±標準偏差)であった.満足度の主な要因は,「薬剤師からの聞き取り調査」(n = 12),「和歌山のフィールドワーク」(n = 11),「那賀のフィールドワーク」(n = 10),「実習のテーマ」(n = 10)であった(図4).満足度の要因として「和歌山のフィールドワーク」,「那賀のフィールドワーク」を選択していた学生それぞれの満足度は78.6 ± 7.4%,80.0 ± 6.3%であった(平均値±標準偏差).不満足度の主な要因は,「時間配分」(n = 8),「実習の交通費負担」(n = 7),「実習の実施時期」(n = 4)であった(図4).

図4

実習の満足度・不満足度およびその要因.満足度・不満足度の要因として学生が高い割合で選択した上位3項目について,各項目を選択していた学生それぞれの平均値±標準偏差を示した.

3. 地域医療および医療の地域偏在に関する学生の自己評価の変化

実習前後におけるアンケート調査の結果,地域医療および医療の地域偏在に関する6設問の自己評価のスコアはすべて有意に上昇した(いずれもp < 0.001,図5A~F).本実習の有用性評価の指標と設定した「地域医療・地域偏在について説明できるか」に対する学生の自己評価のスコアは実習前の1.5 ± 0.3点に対し,実習後3.0 ± 0.3点(平均値±標準偏差)と有意に上昇した(p < 0.001,図5G).

図5

実習前後の自己評価の変化.データは平均値±標準偏差で示した.

4. 実習レポートの記述に関する分析結果

実習レポートの記述内容に関して,KH Coderを用いたテキストマイニングを行い,抽出回数が15回以上であった抽出語リストを表1に示した.抽出回数の多い語は,「薬局」「医療」「薬剤師」「地域」であり,それぞれ224回,153回,104回,86回出現した.実習レポート記述内容の共起ネットワーク分析の結果,「薬局」「医療」「薬剤師」「地域」の頻出語は,同じサブグラフ(Subgraph 03)内で関連性を認めた(図6).

表1

実習レポート記述内容の抽出語リスト

抽出語 抽出回数(回) 抽出語 抽出回数(回)
薬局 224 24
医療 153 訪問 23
薬剤師 104 必要 22
地域 86 22
患者 53 実際 21
多い 49 少ない 21
病院 48 調剤 21
考える 47 問題 21
在宅 46 近く 20
思う 38 知る 20
フィールドワーク 37 見る 19
聞く 36 17
35 業務 16
感じる 32 大切 16
先生 30 偏在 16
行う 29 データ 15
処方箋 25 多く 15

抽出回数が15回以上であった抽出語について示した.

図6

実習レポート記述内容における共起ネットワーク図.実線は同じサブグラフ内の相関,点線は異なるサブグラフ間の相関を示す.

考察

本研究において実施した地域医療薬学実習Iに対する学生の満足度は高く,満足度の要因として「和歌山のフィールドワーク」,「那賀のフィールドワーク」を選択していた学生それぞれの満足度においても高かった.薬学部生を対象とした病院実習において,体験型実習は学生の実習に対する満足度を向上させることが報告されている13).薬学教育モデル・コア・カリキュラムにおいて早期からの臨床体験学習が求められており7),早期臨床体験が学生の学習モチベーションの向上に寄与することが報告されているが14),地域医療を担う薬剤師を輩出するためには,薬学部1年次,すなわち低学年からフィールドワークの中で地域医療に携わる薬剤師や地域医療の現場に触れることは重要であると考えられる.

実習前後におけるアンケート調査の結果,地域医療および医療の地域偏在に関する6設問の自己評価のスコアはすべて有意に上昇し,本実習の有用性評価の指標と事前に設定した「地域医療・地域偏在について説明できるか」に対する学生の自己評価のスコアは有意に上昇した(図5).薬学教育および卒後薬剤師教育において能動的学習形式が導入されており1517),能動的学習形式は講義形式に比べて知識習得に有効であることが示されている18).事前調査や聞き取り調査等,学生が能動的に調査・学習する形式は,地域医療および医療の地域偏在に関する知識習得においても有効であると考えられた.

実習レポートの記述内容について,「薬局」「医療」「薬剤師」「地域」等の頻出語とともに,本実習のキーワードである「フィールドワーク」「偏在」等の語の出現を認め(表1),「薬局」「医療」「薬剤師」「地域」「フィールドワーク」「偏在」等の語が関連性を認めた(図6).薬学部生に対する病院実習において,体験から習得される知識は学生の理解度を増加させることが報告されている13).観光教育分野において,観光エリアを実際に巡ることは学生の地域への愛着や誇りを高め,地域課題の理解を深める効果があると報告されており12),フィールドワークにおける体験は,薬学生に対して薬局や薬剤師,医療の地域偏在に関する気付きを与え,理解度を向上させる可能性がある.

本実習を受講した学生からは「座学だけでなく,フィールドワークを通して普段の授業よりも深く学ぶことができたと思う」という感想があった.本研究で実施した地域医療薬学実習Iプログラムでは,学生は事前調査および聞き取り調査を能動的に行い,その調査内容をフィールドワークの中で実体験することで,自己評価のスコアが上昇し,薬剤師の地域偏在および地域医療格差についての理解が深まったと考える.

本実習の改善点として,本実習の不満足度の主な要因は「時間配分」,「実習の交通費負担」,「実習の実施時期」であり(図4),実習全体の感想として「発表のスライドを作る時間がもう少しあればいい」という意見があった.薬学部1年次生は調査結果をまとめ,発表する経験が比較的少ないことから,調査内容についてグループ内で議論し成果発表の準備を行う時間を十分に設けることができれば,さらに実習の満足度が高くなると考えられた.加えて,交通費については,本実習でフィールドワークを実施した和歌山医療圏と那賀医療圏は隣接しているが(図1),へき地等の遠方のフィールドワークとなると学生の負担を軽減させる必要があると考える.

本研究の限界として,本研究は和歌山県立医科大学薬学部の1年次学生15名(県内枠)における検討であり,一般選抜および学校推薦型全国枠選抜学生を対象としていないことから学生の背景等が結果に影響を与えている可能性がある.本実習のフィールドワークについて,和歌山県における7つの二次医療圏のうち和歌山および那賀医療圏のみで実施しており,今後一般選抜および全国枠選抜学生や他の二次医療圏に拡大した実施を検討する必要があると考える.本実習の有用性評価指標は学生の主観的な自己評価スコアとしており,ルーブリック評価表等に基づく客観的評価は実施していない.また,アンケート項目にフィールドワークや偏在等の語句が使用されていることが,学生の実習レポートの記述内容に影響を与えた可能性は否定できない.

本実習は薬学部1年次生向けのプログラムであり,薬剤師の地域偏在解消や地域における薬剤師業務の充実のために学年進行に合わせてより発展的な実習プログラムを構築することも必要であると考える.

謝辞

本実習の実施にあたり,協力いただきました和歌山県薬剤師会,和歌山市薬剤師会,那賀薬剤師会の皆様に心より御礼申し上げます.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

文献
 
© 2024 日本薬学教育学会
feedback
Top