薬学教育
Online ISSN : 2433-4774
Print ISSN : 2432-4124
ISSN-L : 2433-4774
誌上シンポジウム:各領域のスペシャリストによる社会ニーズからの薬学教育への提言
各領域のスペシャリストと考える薬学教育が目指すべきアウトカム
武田 香陽子鈴木 小夜
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2024 年 8 巻 論文ID: 2024-002

詳細
抄録

2024年に社会のニーズを踏まえた新しい薬学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度版)が適用される.多くの大学では薬剤師に求められる資質・能力を学部教育の中で育成する学修成果に焦点が置かれていると考えられる.しかし,本来は学部教育のその先の薬学出身者が真に目指すべき,あるいはその能力を発揮し社会に貢献し得る高い専門性を発揮する社会や世界への波及が本来の成果であり,そこから学部教育をふり返ってカリキュラムを開発し,教育を改善することが求められているはずである.本シンポジウムでは既に社会に貢献し,高い専門性を発揮され,世界にインパクトを与えている先生方に領域を超えてご講演いただいた.特に,創薬から臨床までの令和5年時点におけるモデル・コアカリキュラムのC,D,E,F領域から,現在の最先端の研究の概要をご紹介いただき,その後,今後の各領域の展望と先生方が感じる今後の薬学教育に対する改善すべき点や期待などを議論したので紹介する.

Abstract

In 2024, a new model core curriculum for pharmacy education based on needs from society will be implemented. Many universities are focused on how to develop the qualities and competencies required for pharmacists in undergraduate education. However, the final goal of outcome in undergraduate education should be the spread to society and the world of the high level of expertise that pharmacy graduates should truly aspire to or demonstrate their competency to contribute to society. In fact, recently, International Pharmaceutical Federation indicates that “Making an impact on society” that is one of the pillars of qualities of pharmacy education is the final proof of it. And based on this, it should be necessary to reflect on undergraduate education and improve and review education. In this symposium, lecturers who have already contributed to society, demonstrated a high level of expertise and made an impact on the world gave lectures and discussed pharmacy education across fields. In particular, the lecturers gave an overview of current cutting-edge research from areas C, D, E and F of the current model core curriculum, from drug discovery to clinical practice. This was followed by a discussion on the future prospects of those areas and the points to be improved and expectations for future pharmacy education as perceived by the lecturers.

背景

学校教育法では「大学は学術の中心として広く知識を授けるとともに,深く専門の学芸を教授研究し,知的,道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」と明記されている1).そして,「その目的を実現するための教育研究を行い,その成果を広く社会に提供することにより,社会の発展に寄与するもの」と明記されている.つまり,大学は本来,常に社会への貢献を念頭に置きながら,その貢献に資するための知識を広く授け,各専門領域を極め,応用的能力を発展させる場である.しかし,少子化が進み大学全入時代を迎え,大学に入学する学生の学力は低下した.それを補完する目的で,各大学ではリメディアル教育が実施され24),薬学部も同様に学生の学力低下によるリメディアル教育が行われている5).また,導入された「薬学教育モデル・コア・カリキュラム」では,本来,薬系大学が実施すべき教育の“コア”,つまり全ての薬学生に対して修得すべき内容が扱われているのであり,学生にとっては修得しておくべき最低限の学修内容である.しかし現実的には,薬剤師が生涯で修得すれば良い目標が上記学修内容のみかのような認識を持って自己研鑽を怠るケースもあり,時に薬剤師国家試験の出題範囲までを重視し,薬剤師国家試験に関係のない内容が軽視されるような傾向もある.6年制薬学教育は,優れた臨床薬剤師の育成を目標とし,より専門性を高める教育が求められているという観点からは,現在の薬学教育は学校教育法における「大学」の定義に則しているものの,「応用的能力を発展させる場」という点では現実的にはそれに足る教育が各大学でなされていない懸念もある.

大学という定義とは別に医療専門職教育はNeeds-based educationに基づいて構成される6,7).つまり,社会や行政などのニーズに基づいて医療専門職のサービスが決まり,そのサービスを提供するための資質・能力が特定され,その資質・能力を育成するための教育が決まる.日本の薬剤師は,薬剤師法第一条により「薬剤師は,調剤,医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによって,公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もつて国民の健康な生活を確保するものとする」ことが任務と定義され8),薬剤師綱領においては,創薬・研究から薬事衛生,医療現場まで,薬が関わる広い領域で薬の専門家としてその責務を果たすべきことが明記されている9).薬学教育は時代に即し,ニーズに対応できる医療専門家を育成するべく,ここ10~20年の間に学部教育のカリキュラムが数回改訂され,2024年度入学者からは薬学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度版)が適用される10).そのため,薬学教育者は「大学」という定義に見合う教育と社会や行政のニーズに応えることのできる医療人教育に尽力することを常に念頭におく必要がある.

2004年学校教育法の改正により,薬剤師国家試験の受験資格が「薬学の正規の課程(6年制課程に限る)を修めて卒業した者」に変更された.同時に附帯決議として「第三者評価体制の整備を進めること等により,高度化する薬剤師の職能を支える基礎教育及び実務で要求される知識,技能,医療人としての倫理観,薬剤師としての責任感等が養えるような質の高い教育の維持向上を図るよう留意すること」が採択され,2008年に一般社団法人薬学教育評価機構が設立された11).薬学教育評価機構は,教育の質を保証するために2013年度から第三者評価を開始し,2019年度に第一サイクルを終了(主な評価項目:学生の受入,成績評価,学生支援,教員・職員組織,学修環境,社会との連携,自己点検),2021年度には第二サイクルがスタートしている(主な評価項目:三つのポリシー,内部質保証,カリキュラム,学生の受入,教員・職員組織,学生支援,施設・設備,社会連携・社会貢献)12).つまり6年制薬学教育においては,薬剤師の職能の質を担保するために各大学が独自に,あるいは7年毎に第三者機関を通じて自己点検・評価を行っている.一方,国際的視点でみると国際薬剤師・薬学連合(International Pharmaceutical Federation; FIP)が公開している質保証の柱は5つある13).教育内容(content),構造(structure),課程(process),学修成果(outcome),社会への波及効果(impact on society)である.日本では厚生労働省が国家試験合格率やストレート進級率を公表すること,各大学においてディプロマポリシーが設定されていることから,大学教員そして薬学教育研究者であっても,各大学の教育の質の評価は卒業時の学修成果に焦点が置かれていると認識されているケースも見受けられる.しかし,国際的にみると卒業生が社会で示す波及効果・社会貢献にも焦点が当てられ,それこそが薬学教育の質保証の“Final proof”であるとしている13)

趣旨

第8回薬学教育学会年会の本シンポジウムでは上記様々な背景を鑑みて,「薬学教育が真に目指すべきコアカリの先のアウトカム」について現行薬学教育モデル・コアカリキュラム(平成25年度改訂版)のC.薬学基礎,D.衛生薬学,E.医療薬学,F.臨床薬学の各領域のスペシャリストの先生方にご講演いただいた.ここで記載する「スペシャリスト」とは各領域の専門家として国内外共に活発な研究活動および社会貢献をされている方を指す.そして,本シンポジウムの目的は薬学部卒業後,専門領域で「社会への波及効果・社会貢献」を示している先生方に現在の最先端な活動とその活動を通して「薬学教育に今後求められていること」のご意見をいただき,そこから薬学教育を俯瞰し,薬剤師・薬学者の質を担保すための教育を薬学教育研究者と各領域のスペシャリストである薬学者と共に考えることである.

本シンポジウムでは,C.基礎薬学;田良島典子先生(徳島大学 大学院医師薬学研究部(薬学域)生物有機化学分野),D.衛生薬学;合田幸広先生(国立医薬品食品衛生研究所),E.医療薬学;秋田英万先生(東北大学 大学院薬学研究院),F.臨床薬学;橋本浩伸先生(国立がん研究センター中央病院薬剤部)の先生方にご講演をお願いした.本総説では,C.基礎薬学;田良島典子先生とD.衛生薬学;合田幸広先生にはそれぞれご執筆いただき,E.医療薬学;秋田英万先生,及びF.臨床薬学;橋本浩伸先生については,講演内容の概要および薬学教育への提言についてオーガナイザーより紹介させていただくことにした.

東北大学大学院薬学研究院秋田英万教授「RNA創薬を目指した脂質材料開発:DDS研究と薬学教育」

1. 研究紹介

秋田先生は,Drug Delivery System(DDS)研究のスペシャリストであり,本シンポジウムでは核酸医薬とくにmRNA医薬のDDS新規技術の開発研究や取り組みに関するお話と,このフィールドで貢献する薬剤師・薬学出身者の育成に必要な薬学教育へのご提言をいただいた.

昨今,人の遺伝子情報は安価,かつ迅速に解析できるようになった.『メッセンジャーRNA(mRNA)』や『小分子核酸』は,遺伝情報を医薬品として生体に投与することにより,生体内で抗体などの蛋白質を発現させたり,病気を引き起こす特定の蛋白質の発現を低下させることができる新規モダリティとして注目されている.核酸やRNA分子を基盤とした薬剤としては「オンパットロ®点滴静注」(2018年)や,新型コロナウイルスに対するRNAワクチン「コミナティ®筋注(ファイザー社)」,「スパイクバックス筋注®(モデルナ社)」(2020年)などが相次いで承認されているが,今や多くの企業がその開発に参入している.これらの製剤における『くすり』の本体であるshort interference RNA(siRNA)や,メッセンジャーRNA(mRNA)が生体内で機能を発揮するためには,標的となる細胞の細胞質まで送達されることが必要であるが,投与されたこれらの分子は細胞内エンドソーム内に取り込まれるため生体内での安定性が低い.分子量も大きいため,単独では細胞膜を超えて,蛋白質産生の場である細胞質にまで移行することができない.従来より遺伝子治療に用いられてきたDNA医薬(プラスミドDNA)は,それらが核移行することにより目的の蛋白質が発現されるが,そのためには細胞膜と核膜の2つの膜を通過しなくてはならないことが大きなバリアである.加えて,核移行したDNAがゲノムに挿入されることによるがん原性のリスクも完全には否定できない.一方,mRNAは,細胞膜一つを通過して細胞質に導入されれば翻訳されて蛋白質を発現することができる.その用途はワクチンに限らず感染症治療に関わる抗体にも応用できると考えられることに加え,抗体産生システムとしても期待される.ゲノムへの挿入がない点で高い安全性も期待できる.

従って,核酸やRNA分子の医療への応用を考えるためにはこれらの分子を標的細胞の細胞質までどのように送り届けるのか,それがDDSに共通の鬼門であり,それらを解決するための技術が必要である.このことは,その機能が発揮する場が細胞質である他の小分子核酸においても共通の課題である.

DDSでは脂質材料が多く使用され,いずれも共通ユニットとして第三級アミン構造を有する.上記薬剤においては,脂質ナノ粒子(Lipid Nano Particle; LNP)が本目的のために利用されている.LNPは親水基に第三級アミンを有する脂質などから形成されており,アミンが粒子周囲に濃密に存在するため,アミンを有していながらも生理的pH環境では中性電荷を有する.ナノ粒子はエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれるが,この小胞内に留まりつづけるとリソソームに輸送されて分解される.したがってこのエンドソーム膜が大きなバリアの一つとなっており,実際,本膜を壊す試薬により核酸の機能を劇的に高めることができることが知られている.エンドソーム内の低pH環境下において,LNPはプロトン化を受け,正に帯電してエンドソーム膜と相互作用することで本膜を突破し,搭載核酸を細胞質まで送達することができる.秋田先生は,細胞質の環境に応答して積極的に崩壊(分解)するためのユニットとして『ジスルフィド結合』を搭載することで,『輸送小胞からの脱出を促進するユニット』と『細胞質内における自己崩壊能』を1分子内に集約した脂質様材料を開発することに成功した.また,脂質の種類により惹起する細胞性免疫が異なることを利用し,がんワクチンや核酸医薬(mRNA)など導入したい医薬の特性に応じて脂質を使い分けるDDSの他,RNAワクチンの効果発現メカニズムに関する最新の研究成果も報告された.メカニズムが明らかになることでより安全なワクチン開発が可能となる他,逆に免疫応答を活性化しにくい材料の理解も可能となる.また,1年間安定な凍結乾燥製剤の開発やDDS研究効率化を目指したReady-to-Use製剤の開発など,製剤化のみに留まらず臨床使用での利便性向上やDDS領域全体の発展を目指した幅広い取り組みや研究が報告された.

2. 薬学教育に求めること

核酸医薬やRNA創薬,更には再生医療など,創薬モダリティは多岐にわたる.薬剤師として,あるいは製薬企業の研究者として活躍する上で,次世代の医療技術の原理や問題点を知り理解することは大変重要である.これに鑑み,DDS開発のスペシャリストの観点から,薬学教育に期待することについて提言をいただいた.まず,何よりもDDSの開発には生物学の理解が欠かせない,そしてナノ粒子やイメージングの理解のためには物理学や化学,そしてその機能を評価する薬理学,といったように,複数の分野の知識・理解を融合して考えることができるか,ということがDDS開発に重要であることが強調された.そのために考えられることとして3つの提言をいただいた.

1.二つ目の専門分野・得意分野をもつこと

2.生涯教育,即ち,卒後も研究室とのつながりを大切にし,あるいは医療機関などとのコラボレーションを行うこと

3.臨床試験に関する論文も含めて最新の知見を勉強すること

つまり,自身の興味ある領域以外の領域にも視点を向けることで相互理解が深まり,最終的に自身の興味ある領域の理解が深まる.その興味ある領域を卒後にも研究室や医療機関とコラボレーションし,例えば論文抄読からスタートすることでその領域の理解がさらに深まり,先々その興味を発展できる環境作りの一歩になるということであった.

上記提言に関する学部教育への具体的提案としては

①1年生から研究室にアクセスできる環境や仕組みを強化する(早い時期から研究に触れることが重要である)

②研究は授業と同時進行するプログラムで設定する(研究を行いながら授業を受けるほうが,学修項目の理解が容易であり面白い)

③新規モダリティの知識(原理)理解の教育を行う

④特許戦略・安全性評価に関わる講義の充実

⑤PhD取得者による講義「何故PhDが必要か」など,上記①~⑤を取り入れた工夫から初めてはどうか,とのご意見をいただいた.

特に③については,学部学生であっても大学院講義に相当する教育,即ち,今まで学んだことがどう生かされているかを総合的に理解する教育の場が必要であると強調された.

DDSの領域は,まさに薬学が専門とする複数の領域が融合することが重要であり,学生達には複数の専門分野・得意分野をもつこと,できるだけ早期より研究に触れ,サイエンスの総合的理解が必要であるとのお話であった.

秋田先生には「核酸創剤基盤としての細胞環境応答性脂質様材料の開発」研究により,令和5年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(開発部門)を受賞されており,本シンポジウムでは限られた時間の中で多くの新技術などをご紹介いただき,まさに薬学教育を受けた卒業生がこの領域で社会貢献しインパクトをもたらすために必要な能力を育てる学部教育について具体的なご提案をいただいた.

国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院 橋本浩伸先生「臨床薬学における問題解決」

1. 研究紹介

橋本先生は,日本のがん拠点病院である国立がん研究センター中央病院薬剤部長であり,長年にわたり臨床,とくにがん治療の最前線で社会貢献に取り組まれている.本シンポジウムでは,まさに薬剤師としての専門的視点と信念をもって大規模臨床試験を牽引し,がん治療患者が苦しむ最大の副作用の一つである悪心・嘔吐を大きく改善する薬物治療エビデンスを構築されたお話,そして薬学の総合力の結集と発揮の場とも言える臨床で社会貢献できる人材を育てるために必要な薬学教育についてのご提言をいただいた.

日本学術会議の提言,「持続可能な医療を担う薬剤師の職能と生涯研鑽」では,卒前教育,卒後教育の調和について,「地域や病棟で遭遇した薬学的課題を見出し,問題解決に向けた研究を展開できる臨床マインドと研究マインドをバランスよく兼ね備えたpharmacy-scientistの養成が望まれる」とある.現在の臨床研究法において,薬剤師だけで臨床試験を行う事は難しく,チーム医療に携わる中で課題を見つけ,多職種の協力を得ながら問題解決に至る必要がある.

がん薬物療法において治療継続は延命につながるが,副作用をなるべく抑え予定した薬物療法を実施するうえでは支持療法の充実が不可欠である.支持療法は多岐にわたるが,中でも悪心嘔吐対策は重要な課題として長年研究されてきた.1990年代にはセロトニン(5HT3)受容体拮抗薬,2000年代にはニューロキニン(NK1)受容体拮抗薬が上市され,悪心嘔吐抑制効果において劇的な改善をもたらした.現在本邦の制吐療法ガイドラインでは,高度催吐性がん薬物療法での標準制吐療法(5HT3受容体拮抗薬,NK1受容体拮抗薬,デキサメタゾンの3剤併用)による嘔吐抑制割合は66%であり,依然として3割以上の患者が嘔吐に苦しんでいると言える.米国では2010年頃から非定型抗精神病薬であるオランザピンを用いた制吐療法が進み,米国ガイドラインでは,オランザピン,5HT3受容体拮抗薬,NK1受容体拮抗薬,デキサメタゾンの4剤併用が高度催吐性化学療法における制吐療法として推奨されている.米国で頻用されるオランザピンの用量は実施された臨床試験の背景から10 mgとなっていたが,2010年当時本邦におけるオランザピンは,双極性障害などの精神疾患に関する適応のみであり,制吐薬としての使用はあくまで経験的,つまりオランザピンの代表的副作用である傾眠による転倒・転落を懸念して眠気が出る10 mgではなく,5 mgあるいは2.5 mgなど様々な用量,投与日数でエビデンスもないまま制吐療法が行われていたのが実態であった.直面したこの課題を薬剤師として解決するため,橋本先生はシスプラチンを含む高度催吐性化学療法に対する標準制吐療法へのオランザピン5 mgの上乗せ効果を検証したプラセボ対照二重盲検無作為化比較試験(第III相試験)という大規模試験に取り組み,薬剤師として試験プロトコールを作成した.具体的には,1)オランザピンのドパミン受容体占有率という基礎データを参考とした「投与量(5 mg)」の提案,2)昼間の眠気を回避し,かつ遅発性悪心を改善し,実施の実現可能性を考慮した「夕食後」という服用タイミングについての薬物動態学的観点からの提案,3)試験薬(プラセボ薬及び実薬の両方)のカプセル製剤の作製など,薬剤師・薬学出身者だからこその専門性に基づく提案により投与計画が立案された.また,臨床試験の実施にあたっては,薬剤師不在時の患者の日誌は看護師が確認するなど,治療を少しでも良くしたいとの思いを共有する他医療専門職種の協力は不可欠であり,それらはいずれも日常業務の中で構築した双方の信頼関係あってこそのものであること,その他データセンターや統計解析など多くの専門職種との協働により実現されたものであることも重要な点であった.この臨床試験の試験デザイン・投与計画立案については,すでに海外で臨床試験が始まっていた当時の状況や,他専門職種との調整にも多くの力を注いだことがお話の端々から窺われ,科学的な意味での幅広い薬学専門性を持ちそれらを統合する能力と他職種と連携するチームビルディングといった,まさに医療職としての総合力の必要性を実感するお話であった.実際本研究の成果として,オランザピン5 mgを標準療法に上乗せした支持療法が標準療法を13%も上回る高い有効性を有することが示され,米国NCCNガイドラインの制吐療法におけるオランザピンの投与量が変更された他,研究成果が掲載されたジャーナル・エディターからは服用タイミングの工夫が高く評価されたことが紹介された.

2. 薬学教育に求めること

橋本先生からは,臨床現場で散見される薬剤師の現状として,「ガイドライン通りの治療で対応できないときどうするか」といった状況に対処できない,つまり問題を定式化できない,PI/ECOを立てられない,あるいは必要な情報検索・収集できない場合あることが指摘され,薬物治療を通して社会貢献する人材,薬剤師を育てるために必要な薬学教育について,大きく以下の2つの提言をいただいた.

1.臨床研究を企画する能力:臨床現場での課題解決のために必要であり情報検索や収集問題の定式化など能力の育成が重要

2.臨床研究を実施する能力:チームビルディングの力や熱意が重要

それぞれに対する学部教育への具体的ご提案としては

①論文など(人の考え)を読み,自分の考えを整理し文章化する練習

②成功体験を経験させること(大きな課題解決は難しくても,小さな成功体験が後の大きな成果につながるため)

などのご意見をいただいた.

臨床現場の薬剤師が薬のスペシャリストとして薬そのものについて精通していること,有効かつ安全な薬物治療を提供することが,まず何よりも患者・社会が薬剤師に求めること,即ちニーズである.そして臨床現場におけるクリニカル・クエスチョンである「課題」解決のためには,チーム医療の中で患者のためによりよい治療を求める思いを共有する多職種との関係構築を日常業務の中で培い,多忙な日常業務の中においても,専門職としての役割を果たし「課題解決」に尽力する熱意(橋本先生はこれを「やってみようという気持ち」と表現された)がそれを支える.

現在,薬学教育の中で「研究」は,現行コアカリおよび2024年度より始まる令和4年度版のいずれにおいても「G.薬学研究」として課題解決能力の教育は必須の学修項目となっているものの,「卒業研究」の学修目標や到達レベル,研究内容は各大学,各研究室に依存している.橋本先生のご提言は,これらに相当する教育が十分ではないことを表すものと受け止めるべきであろう.

おわりに

本シンポジウムは冒頭に述べた趣旨に基づいて企画・開催している.今後の「薬学教育」についての議論は,薬学教育研究者だけではなく,「薬学教育」に携わる全ての専門領域の方々と共に勘案することが肝要であり合目的である.つまり,「薬剤師法第一条」に明記されている任務,「薬剤師綱領」に明記されている創薬から薬事衛生,臨床にいたるまでの“薬”が関わる幅広い分野で責務を担うのが“薬剤師”であり,「社会のさまざまな分野で波及効果を示し,社会貢献」を実現している各専門領域の先生方―FIPが示すところのインパクト―とともに社会視点で学部教育を俯瞰しながら「質が担保された薬学教育」構築することが,時代と共に変化する薬剤師に対するニーズに対応するためのもっとも合目的なカリキュラム開発と考える.

薬学教育モデル・コア・カリキュラムは定期的に改訂されるが,入学者は1人として同じ資質・能力ではない.教育研究の最終的な出口を薬学部卒業生が社会で示す社会貢献とその波及効果と考えるなら,そのoutcomeは長い目で見ていく必要がある.さらに,「より良い教育」も各大学の学生,指導者,そして組織全体の教育方針によって異なる.だからこそ,薬学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)に基づき,社会の中の各専門領域で活躍されているスペシャリストの方々の様々な見解を共有し,各大学において効果的と考えられる教育を試行錯誤しながら共に考え,「薬学」を発展させることが重要ではないだろうか.オーガナイザーとして,この後に執筆されている「C.基礎薬学;田良島典子先生」と「D.衛生薬学;合田幸広先生」の内容も含めて読者の皆様が「薬学教育」についてあらためて考えるきっかけとなり,「薬学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)」のカリキュラム構成を各大学で議論し考える上での一助となれば幸いである.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

文献
 
© 2024 日本薬学教育学会
feedback
Top