キルギス共和国(キルギス)の薬局では,抗菌薬や抗悪性腫瘍薬を扱うが薬剤師は疑義照会や服薬指導は殆ど行っていない.また,薬剤師国家試験制度はなく,薬学部の学修成果も十分担保されていない.このような背景から,より国民の要望に応える薬剤師の育成が必要と考え,キルギスの薬学教育支援を国際協力機構(JICA)の産官学連携事業に提案し,採択された.まず,JICA,キルギス保健省,大学と協議し,日本の薬学教育モデル・コア・カリキュラム(R4)の大項目「A(薬剤師として求められる基本的な資質・能力)」に相当する「薬剤師プロフェッショナルスタンダード(PS)」を作成した.次に,本PS到達のため,大学での学修評価と方略を,キルギスの薬学生の協力を得て策定した.その結果,今後のキルギス薬学教育の根幹となるデータの提供と,大学カリキュラムにおける臨床系科目充実の必要性が提案できたので,経緯と成果を報告する.
Pharmacies in the Kyrgyz Republic (Kyrgyz) dispense antibiotics, antineoplastic drugs, and other drugs; however, pharmacists do not sufficiently inquire about prescription with doctors and provide patients with medication counseling. Since there was no national examination for pharmacists, there were no guaranteed standards in pharmacy students’ education. Because of this situation, there was a need for improve pharmacy students’ education to train pharmacists for the pharmaceutical needs of the Kyrgyz population. Therefore, a public-private partnership project in Kyrgyz to support the development of a pharmacy education program was proposed to the Japan International Cooperation Agency (JICA) and implemented. Through discussions with JICA, the Kyrgyz Ministry of Health, and Kyrgyz universities, the “Professional Standards for Pharmacists (PS)” was created. As a result, this PS corresponded to the primary item “A (basic qualities required of pharmacists)” from the Japanese Revised Model Core Curriculum for Pharmacy Education (2022). With the Kyrgyz pharmacy students’ cooperation, the study formulated learning assessments and strategies to achieve PS. The results provided reference data that will serve as the basis for future development of pharmacy education in Kyrgyz and proposed the necessity of enhancing clinical subjects, including pharmacokinetics, in the university curriculum.
本報告の対象国であるキルギス共和国(キルギス)は,2000年以降の約20年間で150万人以上人口が増加した人口約640万人(2019年)の開発途上国である.出生時平均余命は74.2歳であり,超高齢化の日本(84.3歳)と約10歳の差がある1).キルギスと日本の主な死因を比較すると(表1),キルギスでは「新生児の疾患(伝染性疾患,母体・周産期の栄養状態の悪化など)」が女性3位,男性4位である.また,全死亡者数に対する0~14歳の死亡者数の割合が日本の0.24%に対してキルギスでは10.8%であり2),若年層の死亡者数が多い点が先進諸国と異なるキルギスの特徴である.一方,両国ともに男女の死因の1位は虚血性心疾患であり,5位までに脳卒中,慢性閉塞性肺疾患が入っている点は共通している.また,キルギスはソビエト連邦崩壊や二度にわたる革命などの影響で,医療・教育インフラストラクチャーが劣化し,患者に対して医療を提供する体制が整わないままの状況が続いていた.このような状況を少しでも改善するため,キルギス政府は,質の高い医療人の育成のため,日本に対して支援を求めていた.
2019年の主な死因(人口10万人当たりの死亡者数):WHO Data1) より引用
キルギス共和国 | 日本 | ||
---|---|---|---|
女性 | 男性 | 女性 | 男性 |
虚血性心疾患(149) | 虚血性心疾患(136) | 虚血性心疾患(136) | 虚血性心疾患(122) |
脳卒中(56) | 脳卒中(59) | 脳卒中(101) | 下気道感染症(91.6) |
新生児の疾患(20) | 肝硬変(35) | 下気道感染症(79) | 脳卒中(90.5) |
肝硬変(18) | 新生児の疾患(28) | アルツハイマー病・その他認知症(57) | 気管・気管支・肺がん(89.4) |
慢性閉塞性肺疾患(16) | 慢性閉塞性肺疾患(20) | 慢性閉塞性肺疾患(48) | 慢性閉塞性肺疾患(75.9) |
※新生児の疾患:伝染性疾患,母体・周産期の栄養状態の悪化など
現在,キルギスの薬局では抗菌薬や抗悪性腫瘍薬が扱われているが,疑義照会,薬歴管理などは殆ど行っておらず,薬剤師による自主的な服薬指導も行われていない(図1).
日本と比較したキルギスの調剤業務の現状
キルギスの薬剤師養成をみてみると,5年制の国立大学薬学部と3年制のカレッジが存在し,5年制では薬局経営に必要なマネジメントを学ぶという違いはあるが,どちらも卒業すれば国家試験なしに薬剤師として勤務することができる.日本では,1949年に第1回薬剤師国家試験が実施された3) が,キルギスではまだ薬剤師国家試験は導入されておらず,卒業時の学修成果を総合的に測定していない.
我々は,卒業時の学力を担保することで,薬剤師がより国民の要望に応えられるようになるのではないかと考え,キルギスにおける薬学教育の支援を国際協力機構(JICA)の産官学連携事業に提案した.
初めの段階として,2018~2019年度キルギス5年制薬学部のカリキュラム4) を分析した(表2)ところ,語学や経済学などの一般教養科目の比率が33.2%と最も高く,専門科目では「生薬学を含む化学」が23.4%と最も高かった.また,5年制の卒業試験科目は「物理学」「化学」「薬剤学(品質管理・薬品添加物など)」「生薬学」「薬局経営学」のみであり,「病態生理学・薬理学・薬物治療学」などの医療系知識を十分に評価せずに卒業させている可能性が考えられた.キルギスの薬局では,我国と異なり薬歴を記載することは法律上で規定されていない.また,調剤報酬制度がないため,各種加算や指導料を受け取ることができず,薬局の利益は医薬品,衛生用品などの仕入れ価格と販売価格の差額のみになっているので,薬剤師には薬局経営のためのマネジメント能力が求められてきた背景が,薬学教育に反映されていた.図1に示す調剤業務において,処方箋監査が充分に行われていないことは,これらの社会背景や教育体制が影響していると考えることができる.
2018~2019年度キルギス5年制薬学部のカリキュラム(科目比率)
科目 | 比率(%) |
---|---|
物理学(数学含む) | 1.7% |
化学(生薬学含む) | 23.4% |
生物学(解剖学,微生物学含む) | 12.2% |
衛生学(毒性学含む) | 3.3% |
薬剤学(製剤学:薬剤学=3:2) | 10.2% |
病態生理学・薬物治療学・臨床医学(薬理学含む) | 12.0% |
法規 | 4.0% |
語学・経営学・その他 | 33.2% |
このような調査の結果から我々は,国際協力の一環として,キルギスの臨床現場および薬学教育の現状に焦点を絞り,医薬品の適正な知識を効果的に患者にフィードバックし,キルギスの国民のために活躍できるプロフェッショナルな薬剤師を育成することが必要と考え,2019年よりJICAの産官学連携事業「キルギス薬剤師継続教育および国家試験開発事業普及・実証・ビジネス化事業」として実働することとなったので,それらの経緯と若干の成果を報告する.
プロジェクトの実施にあたり,卒業時の学修成果(アウトカム)や国家試験導入を考える前に,「キルギスで国民に求められる薬剤師とは」という問いかけを基に薬学生と教育者が生涯にわたり同じゴールに向かって,患者への効果的な提案やフィードバックを行うためには,どのような目標が必要かをJICA,キルギスの保健省および大学などと協議し,「薬剤師プロフェッショナルスタンダード(PS)5) 」を作成した.
次に,薬剤師PS作成時の調査結果6) およびキルギスのインフラストラクチャーなど(ネット環境や携帯電話の普及状況など)を含む現状を考慮しながら,薬剤師PSに到達できる薬剤師の育成に何が必要かを検証するために,2021~2023年度の現役薬学生を対象に研修を行った.
研修は,e-Learning動画学修とオンラインで実施するテスト(プレテスト,中間テスト,ポストテスト)を1セットとし,薬学生がパソコンや携帯端末で視聴・受験する自己学修システムで実施した.研修参加校,実施期間,参加者数,実施範囲については,表3に示す.
2021~2023年度研修参加校・実施期間・参加者数・実施範囲
年度 | 参加校 | 実施期間/参加者数 | 実施範囲 |
---|---|---|---|
2021年度 | ・国立大学【5年制】Kyrgyz State Medical Academy named after I. K. Akhunbaev.(メディカルアカデミー) ・国立大学【5年制】Osh State University(オシュ大学) |
2022年2月~4月 【約2ヶ月】 プレテスト:91名 ポストテスト:44名 |
循環器系疾患(高血圧,虚血性心疾患,心不全,不整脈),代謝系疾患(糖尿病,脂質異常症,高尿酸血症・痛風),脳血管障害,貧血 |
2022年度 | ・国立大学【5年制】メディカルアカデミー ・国立大学【5年制】オシュ大学 ・国立大学【5年制】Jalal-Abad State University named after B. Osmonov.(ジャラル・アバッド大学) |
2023年1月~4月 【約2ヶ月】 プレテスト:126名 ポストテスト:108名 |
統合失調症,うつ双極性障害,関節リウマチ,子宮内膜症,前立腺肥大症,白血病,薬物動態:ADME(吸収・分布,代謝,排泄),相互作用 |
2023年度 | ・国立大学【5年制】メディカルアカデミー ・国立大学【5年制】オシュ大学 ・国立大学【5年制】ジャラル・アバッド大学 ・カレッジ【3年制】B. Osmonov Medical College at JASU named after B. Osmonov ・カレッジ【3年制】Jalal-Abad Medical College ・カレッジ【3年制】Naryn Medical College |
2023年10月~12月 【約2ヶ月】 プレテスト:204名 ポストテスト:182名 |
高血圧,糖尿病,脂質異常症,貧血,薬物動態:ADME(吸収・分布,代謝,排泄),相互作用 |
※主な研修対象者は最終学年である国立大学5年生およびカレッジ3年生
薬剤師PSの修得を目指し,学生時代から継続的な自己学修を習慣付けるためには,自国の言語で学べる教材が必須である.キルギスではキルギス語とロシア語が使用されているが,高等教育機関で使用されているロシア語で教材を作製した.日本で作製した教材を基本としてロシア語でも効率良く学べるように,キルギスの医師や大学教員による学術的なチェックと共に,キルギスの教材作製者にも伝え方の指導や模擬講義を実施して細かな改善点をレクチャーし,主体的にe-Learning動画などの教材が作製できるように指導を行った.学修内容の理解を深めるために,図やイラストなどを多く使用し,視覚的に伝わりやすい教材になるよう工夫した(図2).
薬学生研修e-Learning動画の例示(2022年度)
e-Learning動画学修は学生にとって初めての試みとなるため,忘れずに受講できるよう現地で主流のSNSを利用した定期的なメッセージの発信や受講率が低い学生への電話などにより学修を促すことで,学びを定着させる工夫を行った.
実施したテストのうち,プレテストは実施前の学生の学力把握と学修のポイントを事前に示すため,中間テストは学生の学修意欲を維持するために実施した.ポストテストは,学修成果の判定とキルギスの各大学で今後の対策に活用するための分析資料とした.キルギスでは,このように事前に分析手法を意識した問題作製のシステムが構築されていなかったため,プレテストとポストテストは,範囲や問題形式(2択,4択など)を揃えるだけでなく,例えば,プレテストでは薬物名から作用機序を問う選択肢を4つ出題し,ポストテストでは作用機序から薬物名を問う選択肢を4つ出題するなど難易度を調節するための手法をいくつか提案し,分析結果をしっかりと比較することで,今後の教育に活かせることを意識した.更に,2年目の研修終了後には大学教員と問題の作製意図,作製手法および評価法について協議し,勉強会による情報共有を行った.
初年度の研修内容は,キルギスでも臨床実践能力の高い薬剤師を求める声が多いことを踏まえ大学と協議し,キルギスで死亡原因上位の虚血性心疾患と脳卒中(表1),キルギスで患者数が多く,薬物治療を行う機会の多い疾患(表3)を選択した.2年目は,1年目の範囲を再検討し,大学カリキュラム4) と照合した結果,処方箋監査に必要な知識となる薬物動態学(ADME)と医薬品相互作用を実施することとした.疾患については,キルギスで増加傾向にあり,臨床的重要性が高まっている疾患(表3)を選択した.最終年度は,薬物動態学(ADME)と医薬品相互作用に加えて,初めて参加するカレッジが研修を受けやすいように,1年目に実施したキルギスでメジャーな疾患の一部(表3)をガイドラインの見直しなどを反映して実施した.
研修終了後にテスト成績の分析方法を示し,大学が今後の育成プランを検討できる体制を構築した.
本プロジェクトの第1段階として開発した薬剤師PS(抜粋:図3)は,2021年7月21日にキルギス保健省に政令No. 985として正式に承認された.「患者の病態を理解した上で,医薬品が適正に処方されているか監査し,わかりやすい言葉で服薬指導を実施し,副作用のリスク管理を行う.」という薬剤師の職能を向上させるためには,病態や医薬品に対する広い理解とその知識を服薬指導に応用するまでの能力が求められる.本薬剤師PSは,キルギスの現状を踏まえたこれからの薬剤師に求められる指針となった.また,結果的に本薬剤師PSは,日本の薬学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)の大項目A(薬剤師として求められる基本的な資質・能力)7) に相当することになった.
薬剤師プロフェッショナルスタンダード(政令No. 985)抜粋
続いて研修の参加状況(表3)であるが,研修1年目(2大学:メディカルアカデミー,オシュ大学)の中間テストは,メディカルアカデミーではプレテスト受験者の84.1%,オシュ大学では78.6%が受験した.また,メディカルアカデミーの学生は研修に参加した学生の69.8%がポストテストまで終了したが,オシュ大学はCOVID-19感染拡大の影響を受けて途中で研修自体の実施が中止となり,ポストテストは全員未受験であった.研修2年目は,参加した全3大学がポストテストまで参加することができた.研修3年目は,参加者数が1年目の約2倍となり,参加した6校全てがポストテストまで実施できた.
各年度におけるプレテストとポストテストの正答率の分布を比較した結果(図4),3年間の全ての研修における正答率の分布は,プレテストに比べポストテストで正答率の高い側(グラフ右側)にシフトした.
2021~2023年度プレ・ポストテスト正答率分布比較
次に,実施範囲別にプレテストとポストテストの平均得点率を比較した(図5).2021年度は全実施範囲と総点において,ポストテストの平均得点率はプレテストより向上した.2022年度も全実施範囲および総点でポストテストの平均得点率がプレテストより向上したが,薬物動態学(ADME)の代謝では,実施したt検定においてプレテストとポストテストに有意な差が認められず,成績の停滞が認められた.2023年度は,2022年度の研修で成績の伸びが停滞していた薬物動態学(ADME)の代謝も含めて,全実施範囲および総点でポストテストの平均得点率がプレテストより向上した.
2021~2023年度実施範囲別プレ・ポストテスト平均得点率比較
また,受講生の声を聴いたアンケートの結果は,総合満足度で「とても良かった」「良かった」の割合が100%(1年目),93%(2年目),98.9%(3年目)となり,教材に使用した言語については「ロシア語で良かった」と回答する学生が多かった.
研修後の分析結果は,数値としての成績データだけでなく,今後の学修方法などを大学と共有し,これからの教育の参考となるようにした(図6).これらの分析結果は,研修で使用したe-Learning動画教材,大学教員と情報共有したテストの作製方法や評価法などと合わせて,今後の継続的なキルギスでの薬学教育に活かされるよう配慮した.
問題(正答率)と薬学生や指導教員へのアドバイスの例示
また,薬剤師PSには,薬物動態学の知識を臨床に活用することで,薬剤師が患者の適正な薬物治療に関わることの重要性を盛り込んでいる(図3)が,現状の大学カリキュラムを分析した結果,薬物動態学の学修時間が不足していることが判明したため,研修範囲に選定した.処方箋監査や服薬指導に役立てるための薬物動態学は,本研修の実施内容や成績データを踏まえ,大学カリキュラムに組み込むことが検討されることとなった.
他国の医療や教育制度を支援するということは,その国の医療事情や教育制度を十分に理解したうえで,無理のない実現可能なことから開始することが大切であると感じた.それと同時に,その国にとっての医療人がどうあって欲しいかという目標(生涯にわたる学修効果)を考えることが重要である.今回はそのような観点から,まずキルギスにおける薬剤師の在り方を示すために薬剤師PSの作成から始めた.本薬剤師PSでは,目標とする薬剤師の職能レベルを明示し,求められる薬剤師像を可視化することができた.また,キルギスの人達と薬剤師PSを作成し,大きな目標(コンピテンシーに相当)が共有できたことにより,大学教育の在り方を体系的に可視化することの必要性をキルギスの保健省,教育省および大学教員に理解してもらうことができた.
次に,薬剤師PSに準拠した教育の方略と成果について,実際に現役薬学生を対象に研修を行うことで検証した.図4および図5に示したように,e-Learning動画学修後のポストテストにおいて成績の向上が認められており,本研修は薬学生の知識修得に一定の成果を与えていると考えられた.また,アンケート結果からもキルギスの多くの薬学生にとって本研修が受け入れやすいものであり,教材についても学びやすい言語(ロシア語)で提供できたと考えている.
本研修の成果は,キルギスの薬学教育を支援するにあたり,現状についての分析と今後の展望についてキルギスの教育関係者と共に協議を行い,本プロジェクトを大きく次の2点で今後のキルギスの薬学教育に役立てることとなった.
1点目として,大学を横断した試験により分析データを得ることで,知識レベルや学修効果を客観的に評価する方法を導入することができた.これらの結果は,指標となる薬剤師PSと共に,将来キルギス保健省が薬剤師国家試験を導入する際の参考データになると考えられる.
2点目として,医薬品相互作用を含む薬物動態学の知識を活用することで,薬剤師として処方箋監査や服薬指導を適正に実施し,薬物療法の効果の最大化と副作用の最小化に貢献できるよう,薬物動態学(ADME)と医薬品相互作用を大学カリキュラムに導入することになった.しかし現状では,キルギスの薬学教育の中で薬物動態学に該当する内容は,薬理学の講座の一部で「医薬品の代謝過程における薬物代謝酵素(CYP)」について実施されているにすぎないため,長期的な視野で大学カリキュラムに組み込むことを検討することになった.
メディカルアカデミーでは,この試みをきっかけとし,カリキュラムへの薬物動態学導入に向けて協議を重ねた結果,薬物動態学を独立した科目としてカリキュラムに組み込むことは厳しい状況であるとの判断に至った.そこで我々は,薬理学の中で薬物動態学(ADME)と医薬品相互作用に触れ,徐々に広げる形でカリキュラムを策定することを提案した.更に今後のキルギスの薬学教育の充実のため,日本の薬剤師国家試験出題基準8),薬学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)7) などを提供し,実践で活躍できる薬剤師を育てることを意識したカリキュラム改訂の一助とした.同様に,ジャラル・アバッド大学においても薬物動態学を薬理学に組み込む方向でカリキュラムが改訂される予定である.
今回のキルギスの薬学教育に対する事業協力では,十分とは言えないものの他国への医療教育の在り方と実施方法の提案,教育者の人材育成という観点で支援ができた.前述したように,キルギスでは薬局経営のためのマネジメントに重きを置かなければならない現状であり,薬剤師が医薬品の知識を活かして他職種と連携しチーム医療に参加する機会は乏しく,薬学卒業時の学修成果(アウトカム)から繋がる薬剤師PSを作成する際,チーム医療について多くの時間をかけて協議を行った6).このように,開発途上国への教育支援では,先進国の手法をそのまま当てはめるのではなく,相手国の教育の状況と臨床現場の状況を十分に調査し,実際に現場で働く医療人との間にギャップが生じないよう,無理のないシームレスな育成プランを大学,医療現場,行政が共に協議していくことが重要であることがわかった.
JICAによる本プロジェクトは2023年度で終了するが,我々は今後も現地大学・カレッジ,関連省庁などと連携しながら,今回の成果を活かし,キルギスでの更なる薬剤師の質の向上に向けて,協力していきたいと考える.
本論文の作成および実施したプロジェクトの遂行には,キルギス共和国ならびに日本国内において,多くの方にご助言,ご協力を賜りました.ここに深謝の意を表します.(敬称略)
キルギス省庁:キルギス保健省,キルギス教育省
キルギスの教育機関:Kyrgyz State Medical Academy named after I. K. Akhunbaev.,Jalal-Abad State University named after B. Osmonov., Osh State University, B. Osmonov Medical College at JASU named after B. Osmonov, Jalal-Abad Medical College, Naryn Medical College
日本の教育機関:帝京大学,日本大学
国際協力機構(JICA):キルギスおよび日本のJICAの皆様
Yakuzemi KGスタッフ一同,薬学ゼミナール職員一同
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.