2024 年 8 巻 論文ID: 2024-023
近年,チーム医療において多職種と連携した最適な処方設計や医師に対する積極的な処方提案を行うなどの協働ができる薬剤師の育成が求められる.このような高い資質をもった薬剤師の育成を目指し,学習成果基盤型教育として導入されたモデル・コアカリキュラム(平成25年度改訂版)では,指導薬剤師の人物像は「チーム医療の一員として活躍できる薬剤師」と具体的に示されており,学習アウトカムとして薬学実務実習生に対して目標の人物像をイメージさせることが重要である.そこで,著者は,大阪府済生会野江病院において,多職種連携に貢献できる指導薬剤師の育成に向けた教育体制の構築を目的とし,1)病院実務実習における多職種連携教育,2)グループ病院における指導薬剤師育成を目指したフィジカルアセスメント教育,3)学会や研究会と連携した指導薬剤師育成を基盤とした研修教育を実施した.本稿では,実施した取り組みの内容について報告する.
There has been a growing demand to train pharmacists who can suggest optimal prescriptions to physicians and collaborate with medical staff in team-based medicine. The 2013 revised Model Core Curriculum for pharmacy education introduced learning outcomes to develop highly qualified pharmacists who can actively participate in interprofessional work (IPW). Supervising pharmacists can present this image of a pharmacist to internship students. The author established an educational system for training supervisors based on multidisciplinary collaboration at the Saiseikai Noe Hospital in Osaka. This paper reports on the educational initiatives implemented through interprofessional education (IPE) in hospital practical training, physical assessment education in affiliated hospitals, and training for pharmacist supervisors through collaboration with academic societies and research groups.
多種多様な医療スタッフが,各々の高い専門性をもとに目的と情報を共有し,業務を分担するとともに互いに連携・補完し合い,患者の状況に的確に対応した医療を提供するチーム医療の推進が望まれている1).チーム医療において薬剤師は,薬剤選択や用法・用量について医師に積極的に処方を提案できるなど,多職種と連携した最適な処方設計による薬物療法の実践が求められる.このような高い資質をもった薬剤師の育成を目的として教育内容の充実が図られており,薬学実務実習におけるモデル・コアカリキュラム(平成25年度改訂版)においても,チーム医療を担う一員として薬剤師は,身体所見を薬学的判断に活かすことと記載されている2).
本カリキュラムは,学生が卒業までに身に付けておくべき目標である「薬剤師として求められる基本的な資質」が設定されており,それを身につけるための一般目標,到達目標を設定する学習成果基盤型教育(outcome-based education)である.したがって,指導薬剤師は,「チーム医療の一員として活躍できる臨床薬剤師」という具体的な目指すべき薬剤師像を学習アウトカムとして実務実習生にイメージさせることが必須であり,各々の施設の特徴的な業務に焦点を当て,実習内容に取り入れていくことがより高い水準を目指すための一助となる3).
本稿では,多職種連携(以下,IPW:Interprofessional Work)に貢献できる指導薬剤師の育成に向けた教育体制の構築と実践について,大阪府済生会野江病院(以下,野江病院)における取り組みを報告する.
病院における実務実習では,多職種連携教育(以下,IPE:Interprofessional Education)の実践的な参加・体験型実習が必要となるが実習先によって体験できる疾患や領域に差が生じる.そのため,病院・薬局実務実習近畿地区調整機構では,施設間の実習内容の差を減らすため,大学を主導とする保険薬局・病院とのグループ化を利用したカリキュラムの連携が有用と考え,連携体制を構築した.この連携体制として野江病院を含む大阪市東部グループ1では,担当大学である摂南大学主導のもとで病院での実習期間の前後にグループ協議会を開催し,事前学習の情報共有やグループ内連携による代表的な8疾患などの領域の分担について議論している(図1).
近畿地区での実習における連携体制
野江病院では,受け入れ患者数の多い循環器領域,救急医療領域・集中治療領域,災害医療領域に焦点を当て,IPE実習の体制構築と実践を進めた.まず,循環器領域として,「大阪心不全地域医療連携の会」で発案された心不全治療における再入院を減らすための自己管理ツールであるハートノートを利用した.多職種で連携した介入を行い,入院時そしてハートノート導入時の指導をはじめ,心不全カンファレンスや心不全外来そして心不全での終末期医療など,病棟から外来までの経過に関わることで実習の充実化を図っている(図2).次いで,救急医療領域・集中治療領域の実習では,多職種から直接指導を受けることで,救急外来や集中治療室での実習の充実化を図っている.日本病院薬剤師会から発出されている「外来患者への薬剤師業務の進め方と具体的実践事例(Ver. 1.0)」では,薬剤師が行う多職種連携は,「外来患者に対する最適な薬物療法の実施による有効性・安全性の向上」や「医薬品の適正使用推進による治療効果の向上と副作用の防止による患者利益への貢献」などが目的であると記載されている4).そのため,救急外来のように緊急性の高い患者に接する機会の多い部署では,持参薬の確認,薬品管理,配合変化,抗菌薬の初期投与についての提言など,より迅速に薬物療法の有効性と安全性を評価し,医療に反映させることが重要である.また,集中治療室のように重症度の高い患者に対応することが多い部署では,より深く病態を理解し,医薬品の適正使用を推進する必要がある.野江病院の救急外来や集中治療室での実務実習では,救急集中治療科の医師からの指導を受け,症例のディスカッションを行う機会を設けている.2018年から~2022年の実習生に対して行った救急外来での実習についてのアンケート調査では,実習終了後は,ほぼ全員が救急外来実習の必要性を実感したことが分かった(図3).また,災害医療領域の実習においては,モデル・コアカリキュラム(平成25年度改訂版)に「災害時における地域の医薬品供給体制・医療救護体制について」や「災害時における病院・薬局と薬剤師の役割について」を学ぶ項目が記載されている2).そこで,野江病院では,災害医療に関して,まず全実習生に,座学で対策や支援を学ぶ形式を実施している.さらに任意の参加として,実習生に,院内の多職種に加え地域の薬剤師・保健師とも連携した院内災害訓練において初期対応の実働に参加する実習を実践している.この院内の災害訓練は,年に一度行われ,模擬患者100名程度が参加する.本訓練では,城東消防所に加え,野江病院が災害地域医療連携を構築している城東区役所や城東区医師会,城東区薬剤師会とも連携して,災害時の初動として調剤やトリアージを行い,参加した実習生も体験する(図4).
心不全での多職種連携における実習
救急外来での実習における取り組み
災害医療での実習における取り組み
このように,病棟やカンファレンスでのIPE実習に加え,心不全外来や救急外来などの外来患者へのケアや災害訓練など,野江病院の特徴を活かした医療現場でのIPWを実習生に体験させている.このように多職種からレクチャーを受ける実習は,実習生にとって,「チーム医療の一員として活躍できる臨床薬剤師」という学習アウトカムについて考え,学ぶ機会を作る一助となる.
多職種連携に貢献できる薬剤師の育成では,指導する薬剤師の卒後教育が要となる.医師,看護師に加え,薬剤師も患者の状態把握(フィジカルアセスメントなど)を行うことが,医薬品の副作用モニタリングの観点からも重要である5).そこで,著者は,全国済生会病院薬剤師会近畿・東海ブロックの薬剤師を中心に,医師や看護師に加え,オブザーバーとして救急救命士の資格を持つ薬系大学教員の指導のもと,「ファーマシューティカルフィジカルアセスメント研究会」を2015年に発足した.本研究会は,多職種連携に貢献できる薬剤師を育成するための指導薬剤師養成を目的に,年2回の座学に加え,バイタルサインの聴取やシミュレータを用いたフィジカルアセスメント(以下,PA:Physical Assessment)を中心とした実技研修会を1年に1回開催している(図5).実技研修会では,一般的なPAに加え,ベッドサイドでの患者への急変時対応なども実践し,受講者の薬剤師のPAの意義やPAの知識を活かした患者状態の把握における重要性に関する意識変容に貢献した3).
グループ病院における指導薬剤師教育
また,このように大学と連携して指導者を育て実習を充実させるための研修会の成果として,野江病院では,PA実習を実践している.PA実習では,一次救命処置講習やバイタル測定に加え,中毒治療やシミュレータを使った集中治療領域の体験型実習を行うなど,各病態での全身管理の必要性やアセスメント方法について学ぶ機会としている.また,野江病院では,血管カテーテル治療室での臨床工学技士からのレクチャーや手術室での見学などの他部署実習を行うことで,多職種連携を学ぶ機会としている.野江病院の実習体制では,PA実習を他部署実習における事前学習としても位置付けており,その効果を確認するため,2018年~2022年の実習生の意識変容を調査した.実習前は,6割の学生が他部署実習を行う上でPA実習は役立つと回答したが,実習後には9割以上が役立つと回答した.この結果より,PA実習を実施し,各病態での全身管理の必要性やアセスメント方法を学ぶことは,実習生に対して他部署実習での学習効果の向上の手助けとなると考える(図6).そのため,このような実習形式を実践できる指導薬剤師を育てる大学との連携は非常に重要である.
フィジカルアセスメント実習の効果
実務実習での「多職種連携に貢献できる指導薬剤師の育成」には,上記の内容のように,救急外来や病棟などにおいて,急性期から終末期までの対応を体験することが重要となる.そのために,実習生は,各々の疾患で,どの病期であっても,身体所見を薬学的判断に活かすため,患者の状態を把握する能力などが必要となる.しかし,指導する薬剤師にとって,実務実習の認定講習や先の項目での研修会以外で,慢性期の研修に比べ,前述したような急性期や終末期を指導するための実践的な教育を学ぶ研修の機会が少ないことが問題点として挙げられる.多職種で連携して行われている実践的な臨床のオフ・ザ・ジョブトレーニングとして,循環器領域や救急医療領域のコースである一次救命処置(以下,BLS)コースや二次救命処置(以下,ICLS)コースが実施されている.BLSコースは,薬剤師が受講している施設も多いが,ICLSコースまで受講している薬剤師は多くない.しかし,救急医療や集中治療に従事している薬剤師に対して行った加藤らの調査では,既存のコースとして,ICLSコースが本領域の業務に活かせると最も多く回答された6).そこで,野江病院では,薬剤科員全員が院内のBLSコースを受講することとし,ICLSの院内開催コースの受講を推奨した.約半数の薬剤科員がICLSを受講し,そのうち4名はインストラクターとして活動を継続している.さらに,大学病院と市中病院の薬剤師が連携した実践研修として,近畿圏の救急認定薬剤師を中心として運営している「近畿救急薬剤師検討会」では,代表世話人である著者を中心にファーマシューティカルラリーを継続して開催している.ファーマシューティカルラリーは,循環器領域や初期診療(以下,初療)領域などの各領域のブースにおいて,受講者が3人1組で取り組む実際の現場を想定したシナリオ型研修である(図7).松井らは,能動的な学習形式での学習定着率の向上により,ファーマシューティカルラリーが救急領域における薬剤師業務の学習に有用であったことを報告している7).続いて,学会と連携した指導薬剤師育成を基盤とした研修教育において,著者は,日本薬学教育学会薬学実務実習委員会が主催する卒後研修会に加え,日本薬学教育学会大会や日本医療薬学会年会での教育関連シンポジウムやワークショップなどの企画・運営を行っている.シンポジウムは,日本薬学教育学会との共催としており,大学と臨床現場での教育活動の連携8) や臨床現場特有の実習体制についての情報9,10) を共有している.加えて,著者は,自施設の実習にどのように還元するかを考えることで,体制を構築する指導薬剤師の育成に向けてシンポジウムの企画を継続している.また,著者は,ワークショップを企画・運営することで,多職種との連携を実践し,急性期から慢性期・終末期まで幅広い病期における関与を指導できる薬剤師の育成を目指している.そのため,著者は,循環器疾患や呼吸器疾患,癌などの幅広い病期における急変対応から在宅医療への対応など,様々な介入を題材に,座学,グループディスカッション,PA,機器の取り扱いなどの実技形式と模擬患者へのシミュレーション形式などのワークショップを企画・運営している(図8).このように,チーム医療で活躍する薬剤師の教育体制を構築するために,病態を学び薬物治療に活かす臨床教育ならびに急性期から終末期まで幅広く介入できる臨床教育を学べるように卒前教育としての実務実習と指導薬剤師を育てる卒後研修を充実させることが必要となる.そして,大学や学会・研究会と連携することが,上記のように指導薬剤師の育成を推進していくための実践的な教育を行う体制作りにとって重要である.
研修会と連携した指導薬剤師教育
学会と連携した指導薬剤師教育
本稿では,野江病院における「多職種連携に貢献できる指導薬剤師育成の教育体制の構築と実践」について紹介した.今回の取り組みをもとに,IPEを目指す実務実習において,大学での薬学教育と病院での臨床教育そして学会や研修会との連携体制を活かし,これからもIPWに貢献できる薬剤師を育成していきたい.
本稿で紹介した当院で薬学実務実習を受けた各大学の薬学部5年生を対象としたアンケートに関して,公表する可能性があること,その場合は個人情報が公表されないことをアンケート実施時に対象者へ口頭で説明し同意を得ている.また,図2,3,4,5,6,7,8へ掲載した写真に関して,被写体となる人物から写真掲載についての同意を得ている.
「多職種連携に貢献できる指導薬剤師の教育体制の構築と実践」は,大阪府済生会野江病院のみでは難しく,京都薬科大学や摂南大学を始めとした各大学,城東区薬剤師会・城東区役所や全国済生会病院などの様々な施設において教育そして医療に携わっておられる多くの先生方のご協力・ご支援の上に成り立っております.関係者の皆様には,この場を借りて深謝いたします.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.