2024 年 8 巻 論文ID: 2024-027
日本の薬学教育コアカリキュラムが2022年に改正され,アウトカム/コンピテンシー基盤型教育モデルとなった.コンピテンシー基盤型教育(CBE: Competency-based education)は医療従事者教育分野では国際的に推奨されている教育モデルであるが,日本では薬学教育へ新しく取り入れられた.本論文では国際的な薬学教育を含む医療従事者教育の動向と世界保健機構(WHO: World Health Organization)や国際薬剤師・薬学連合(FIP: International Pharmaceutical Federation)によるCBE推奨の背景,CBEとその歴史を紹介し,その上でCBEの特徴とその導入の支援を述べる.
A core curriculum of pharmacy education in Japan has been updated in 2022, which introduced outcomes/competency-based education. Competency-based education (CBE) is an education model that has been advocated for health professionals education globally. However, this model was introduced to Japanese pharmacy education newly. This paper introduces global trends of health professionals education, including pharmacy education, a background of the recommendation of CBE by the World Health Organization (WHO) and International Pharmaceutical Federation (FIP), CBE concept and its history. This paper also describes the features of CBE and the supports of its implementation.
日本の薬学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度版)はアウトカム/コンピテンシー基盤型教育モデルとされている.コンピテンシー基盤型教育(CBE: Competency-based education)は,医療従事者教育分野では21世紀の潮流であり,国際的に推奨されているモデルである1).日本ではCBEは初めての取り扱いであり,戸惑う教育者もいるかもしれない.
本論文では国際的な薬学教育の動向とCBEの歴史を要約するとともに,CBEの特徴とCBE導入のサポートを紹介する.ここで論ずる薬学教育とは薬剤師になるための薬剤師登録前学部教育と登録後教育や継続的な専門職能開発(CPD: Continuing Professional Development)を含む.
健康は人類の基本的人権である.健康を推進するには医療システムの普及が必須であり,持続可能な医療システムを維持するには,医療従事者が国民の医療ニーズを満たす為の医療を提供するのに必要な数従事しており,その医療提供に必要とされるコンピテンシーを保持していることが不可欠である.そのため,薬剤師を含む医療従事者は,国民に必要な医療サービスを提供するのに必要なコンピテンシーを保持,また発展させていかなければならない1).医療従事者教育は,医療従事者が必要となるコンピテンシー開発が出来るよう構築されるべきである.この薬学教育の概念は,Needs-based education model(図1)として国際薬剤師・薬学連合(FIP: International Pharmaceutical Federation)が世界保健機構(WHO: World Health Organization)と国連教育科学文化機関(UNESCO: United Nations Education, Scientific and Cultural Organization)と共に推奨している2).図1にあるように,Needs-based education modelはCBEをコアに作られた概念である.WHOもCBEを現代の医療従事者教育モデルとして推奨しており,医療従事者教育の充実と発展を通し,より有能な医療従事者の開発と医療の提供を推進している3–5).

Needs-based education model2)
日本では薬学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年版)にて初めてアウトカム/コンピテンシー基盤型教育モデルとしてCBEは用いられた.この教育モデルで提唱されるコンピテンシーとは,「効果的なパフォーマンスと因果関係をもつ個人の基本的な特性」6) と定義される.コンピテンシーは,知識・技術・態度・能力・性格などを含めた包括的な特性を言う7).CBEは,更に「現代社会における,予想される役割または実際の役割の分析からカリキュラムを導き出し,その役割の一部または全ての側面で実証されたパフォーマンスに基づいて生徒の進歩を認定しようとする教育」8) と定義される.これは図1や図2でも表しているが,伝統的な大学教育の開発経緯と違い,CBEでは現代や予想される社会のニーズに合わせてコンピテンシーを特定する.また,伝統的な大学教育モデルとの大きな違いは,カリキュラムと評価が直接繋がっていない部分である.伝統的な大学教育モデルでは学生はカリキュラムで学習したことを評価される.それに対し,CBEではカリキュラムはコンピテンシーを習得するよう構築されるものの,カリキュラムそのもので習得したものを評価するのではなく,コンピテンシーそのものの習得を評価される.これはパフォーマンスの評価に特化しているだけでなく,コンピテンシー習得のためにはどういった教育方法であっても良いことを示しており,教育のイノベーションを促すことにもなる.

伝統的な教育モデルとCBEモデルの違い1)
CBEは新しい概念ではなく,その起源は米露冷戦時代を背景にした,米国の教育政策によるものと考えられている9).1957年のソビエト連邦による世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げ成功は,米国政治家達に自国の教育システムの不首尾と,宇宙開発競争に打ち勝つ為の科学者の育成不足を認識した.教育者開発はその問題の内の一つとして捉えられ,行動心理学を基にしたパフォーマンス基盤型教育者教育が開発された.これが後にコンピテンシー基盤型教育者教育と呼ばれるようになる9,10).この新教育システムでは学習目的の明確化と行動観察を基にした評価方法の導入がされた.
しかしながら,当時の新教育システムには多くの批評が挙げられている.これには,ルーティンワークの強調や職能は行動指針の合計以上のものであるといった主張11) や,学習の非人間化12),チェックボックスを埋めるための評価方法による平凡を目指した学習の推進13) などが含まれる.
1960年代に教育やトレーニングにコンピテンシーの概念が導入された後,コンピテンシーは医療従事者の職能開発において注目を集めている14,15).医療従事者教育リフォームの変遷においてはFrenkら1) が図3のように示しており,21世紀からの医療従事者教育ではCBEの推進をしている.その中でも,地域と国際的な繋がりの必要性や,医療と教育の相互依存を鑑みたCBEが推奨されている.

医療従事者教育リフォームの変遷1)
CBEの導入は医学教育にいち早く導入されたが,上記のCBEへの批評はCBE医学教育にも同様に向けられた.当初は,職能開発を簡易に測定できる実務能力を個別に取得するだけの還元主義的行動主義(reductionist behaviourism)に制限していると反対を受けた7).しかしながら,多くのCBE推進者はこの批評に対し,CBEの概念そのものではなく,医学教育における狭義のCBE概念化への批評であるとした7,16).コンピテンシーモデルの父と呼ばれるDavid McClellandによると,CBEは個々の実務能力の積み重ねではなく,「人生における成果の集合体(clusters of life outcomes)」17) であるとし,職という役割を果たす為に望まれるコンピテンシーを評価する仕組み作りが必要であると提唱している9).これは専門職教育の基礎となる,自己主導的な学習を用いた成人学習理論(アンドラゴジー,Andragogy)にも基づいており,Mezirowにより提唱されたTransformational learning18,19) やSchönのReflection-in-action20) 理論も鑑みた,現代のCBEが見えてくる.知識や能力を個別のコンピテンシーとして考えるのではなく,これらを土台とした行動が出来ることで,専門職の役割を果たすことが出来るのである.これはGeorge Millerにより提唱されているMillerのピラミッド21) (図4)でも示されている.医療従事者教育の段階的に進む学習ステージを表しており,上位段階に進む事で医療専門職の信頼性を評価することが出来る.このMillerのピラミッドは,現代のCBEにおいては,図5のように拡大され,Entrusted Professional Assessment(EPA)の評価の基礎となっている22).

Millerのピラミッド21)

Extended miller’s pyramid22)
CBEが意図した通り導入される為には,コンピテンシー・フレームワーク(CF)が必須である23).CFは「相互に関連し,目的を持った一連のコンピテンシーを組織的かつ構造化して表現したもの」24) である.コンピテンシーは教育やトレーニングにて開発・発展していく事ができ,仕事や実務領域における効果的なパフォーマンスを発揮する際には観察し測定可能でなければならない.コンピテンシーを観察・測定する為に,各コンピテンシーには,行動指標(behavioural indicators)が付随している.そのため,CFはコンピテンシー群とそれに付随する行動指針が組織的に表されている6,25).CFはCBEカリキュラム作成の際のマッピングツールとしても役立つ26).また,コンピテンシーの達成度合いを特定する尺度(ルービック評価等)を追加したフレームワークを専門職能開発フレームワークとも呼び,学習者のニーズの特定や達成度合い評価の作成にも使用できる27).上記から,CFは,教育開発者,雇用主,学習者にとって教育や評価に関する共通言語となり,教育開発における組織のコミュニケーションと効率性を高めることができる
薬学教育におけるCBEの国際的な推進のため,FIPはGlobal Competency Framework(GbCF)第1版26) を2012年に発表.その後ステークホルダーとの協議を経て,第2版28) を2020年に発表した.GbCFは薬剤師・薬学従事者の基礎レベルCFであるが,FIPは上級レベル実務向上のため,Global Advanced Development Framework(GADF)29) を2020年に発表している.GbCFとGADFは全領域の薬剤師・薬学従事者に向けたCFであり,薬学教育のように薬剤師資格を持って多くの異なった領域で効果的なパフォーマンスを出せるようカリキュラム構築するのに役立つ.また,領域別CFは特定領域の継続的な専門職能開発(CPD: Continuing Professional Development)やそのCPD教育・トレーニングのカリキュラム開発に役立つ.FIPでは薬学教育者へ向けたCF(Global Competency Framework for Educators & Trainers in Pharmacy)30) や,人道支援領域CF(Global Humanitarian Competency Framework)31) を提供している.この国際的なCBE導入支援はWHOでも行われており,2022年にはユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC: Universal Health Coverage)に関与する全ての医療従事者へ向けたCFも発表されている3).
CBEの導入は教育の質保証と向上にも深く関わっている.FIPは薬学教育の質保証に関するフレームワーク32) を発表し,世界中の薬学教育質向上支援を推進している.そのフレームワークでは質保証を支える5つの柱と,その柱の基礎を図6のように記している.この柱の基礎部分に当たる倫理,実務,科学は薬剤師のコンピテンシーを表しており,薬学教育の質保証の根底にコンピテンシーの表明,教育,推進が必須とされている32).この考えはWHOでも挙げられており,「国家的なコンピテンシーの導入,開発の不在は,認証,ライセンス,およびCPDを保証する規制当局の能力に重大な影響を及ぼす」33) としている.更に,コンピテンシーに関しては,各国が国での疾病負担,文化的傾向,利用可能な医療従事者の組み合わせ等を考慮して,現地の背景に合わせて開発・導入されることが必須であるとしている33).薬剤師は特に,医薬品に関する規制や役割等,国毎の背景により大きく変わる.効果的なCBEを導入するには,その国々でのCFを開発・導入することが重要である.

FIP薬学教育質保証フレームワーク5つの柱32)
多くの国々で国家レベルの薬剤師CFが作成された.その中でも英国のCompetency Development & Evaluation Group(CoDEG)で作成された薬剤師基礎レベルのCF34) が世界的にも早く,多くの国々のCFの基になっている.FIP GbCFが開発されてからは,FIP GbCFを基にし,その国の薬剤師実務状況に合わせて作成される事が多い.筆者もFIP GbCFを使用し,サウジアラビア35),ケニア36) のCF作成をしてきた.各国の薬剤師実務状況は,医療システム,薬事法,他医療従事者との関係等で異なってくる.FIP GbCFをそのまま使用することなく,各国に合わせて改善し,その開発過程でステークホルダーとのコミュニケーションを密に取る事でCF導入が円滑に行われる.
CBEの導入には多くの課題があり,世界的にも導入に苦慮している国々が多い.薬学教育においては,CBEは職場で行われる卒後教育で導入成功例は多いが,登録前学部教育での導入の際に課題に直面する場合が多いようだ37).これは,CBEという概念の中に多くの教育論理が複雑に組み合っている事が関係する10,37).またCBEの最大の特徴である学習者中心型教育を果たす為に,CBEでは時間で区切られたカリキュラムを重視せずに学習者の達成度合いを基に学習やカリキュラムを進めることを推奨している38).これは時間で区切られた典型的な大学カリキュラムやシステム内では導入が難しい場合が多い.
Van Melleらは医学教育におけるCBEの導入度合いが学習達成に関係するとしており23),薬学教育でもCBE導入には教育関係者の理解と大学や政策作成者達からの支援が必要と思われる.こういった状況から,筆者はFIPと協同で国際チームと共にA FIP handbook to support implementation of competency-based education and training37) を作成した.このハンドブック内ではCBEを認識し理解する時点から,導入準備,カリキュラムデザイン,導入,導入評価までを支援出来るよう開発された.多くの参考文献を網羅し,導入時に必要なエビデンス等を確認できるようになっている.
CBEは,医療従事者教育概念として国際的に推奨されている.必要性と重要性は認識されていながら,多くの教育理論が複雑に重なり合っている事から導入に困難を伴う事が多い.本論文が多くの日本の薬学教育者のCBE導入の一助となるようCBEの歴史や導入時の支援等を紹介した.今後も薬学教育が発展し続け,それにより多くの薬剤師が患者や国民の健康に役立つ事を祈念する.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.