薬学教育
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誌上シンポジウム:大学院教育は次のステージへ:産官学・異分野コラボレーションによる予測不能な時代への挑戦
大学院教育は次のステージへ:産官学・異分野コラボレーションによる予測不能な時代への挑戦
梅田 香穂子Devkota Hari Prasad
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2024 年 8 巻 論文ID: 2024-030

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はじめに

熊本大学は,10年以上にわたり,産官学連携の生命科学系(すなわち薬学系と医学系の枠を超えた)大学院博士課程教育プログラムとして,「グローカルな健康生命科学パイオニア養成プログラムHIGO」(以下,HIGOプログラム)を構築・実施してきた.その中で,生命科学の専門性以外に社会文化科学も含めた幅広い教養や,社会で即戦力となるためのコンピテンシーを養成する独自のカリキュラムを実践し,産官学で広く活躍できる博士人材を輩出してきた.そこで,シンポジウムでは,まず,HIGOプログラムの実施方法・効果の検証とそのノウハウを活かした次のステージの大学院博士課程教育への発展と今後の課題などについて紹介した.また,近年,高度な通信技術の急速な発展に伴い,医療従事者と患者・その家族の間の医療コミュニケーションのあり方や重要性も変化している.健康関連の有益な情報を求めてソーシャルメディアを利用する患者や家族の数は増加しているが,情報を正しく理解できない等の危険が伴う.一方,AI分野の発展により,様々なガジェットやウェアラブルの形のデジタルヘルステクノロジーの利用機会は,今後ますます,拡大していくと考えられる.そこで,学生や一般の人々の健康リテラシーを育成するため,ヘルスケアの教育・研究に重点を置く大学・機関に,これらのテクノロジーに関するコースを組み込む必要があることも紹介した.それらの内容については別稿で詳細に報告するため,本稿では産学から3名の演者の講演内容を紹介する.

International Exchange of Pharmacy Students, Researchers, and Faculty Members: Experiences from the Collaboration between the University of New Mexico, Nagasaki University, and Kumamoto University(Barry E. Bleske. Pharm.D., FCCP Professor and Chair-Pharmacy Practice & Administrative Sciences University of New Mexico, College of Pharmacy)

薬剤師の役割は常に進化しており,特に米国では,直接的な患者ケアに責任を持って取り組むなど,より多くの臨床的役割を担っている.日本の薬学教育でも,臨床と薬学教育の両方を発展させるための薬剤師のあり方などが深く議論され,薬学教育制度も変革しつつある.Bleske先生は今回の講演でニューメキシコ大学の薬学教育及び日本の大学との交流について紹介した.2016年以来,熊本大学,長崎大学,ニューメキシコ大学との間で一連の連携と交流が行われてきた.患者を助けることを目的として始まった交流の中で,日本の大学の教員・研究者と学生がニューメキシコ大学を訪問し,アメリカの薬学教育及び薬剤師業務について学んだ.逆に,ニューメキシコ大学の教員及び学生も,熊本大学や長崎大学を訪れ,日本の薬学教育,薬剤師業務を学んだ.また,2020年にはニューメキシコ大学と熊本大学,ニューメキシコ大学と長崎大学の間で部局間交流協定が締結された.Bleske先生は「このような交流の継続が,患者の健康と治療結果の改善に繋がるため,ニューメキシコ大学と熊本・長崎大学との交流が世界的なモデルとして発展していく必要がある」と述べていた.

VUCAの時代を担う高度人材に求められるもの:産業界からの視点(株式会社新日本科学 専務取締役 角﨑 英志氏)

1. VUCAに対する行動の例

現代は,様々なテクノロジーの発展がめざましく,予想困難な状況が生まれている.この状況を,変動性(Volatility),不確実性(Uncertainty),複雑性(Complexity),曖昧性(Ambiguity)の頭文字を取って,VUCAの時代と言われている.

例えば,2020年初頭に生じた新型コロナウイルスのパンデミックにより,世界の国境が閉鎖され,都市のロックダウンが起こり,人々の直接的交流は途絶えた.このような状況が勃発することを誰が予測し得たか.日本を含む国際社会では,行動社会活動・経済活動を維持するために,人々の交流がWeb経由で行われることになり,オフィスに出社しない勤務体系や学校に登校しない講義体系が普及し,一定の利便性を確保される事となった.Web会議システム自体は,従来から存在したテクノロジーであるが,新型コロナウイルスが発生しなければ,このように短期間で急速に普及することはなかったであろう.また,新型コロナウイルスの最初の感染例が2019年12月末に報告されてから,2020年2月初旬には武漢型ウイルスの全ゲノム解析結果がNature誌に公開され,12月初旬にPfizer社がワクチン承認を獲得した.未曽有侑の状況でリーダーシップを発揮し,わずか11か月(実質9か月)でのワクチン開発を実現するまでのプロセスは,Pfizer社の会長兼Chief Executive Officer(CEO)の著書「ムーンショット」として語られている.

2. VUCA時代に対する医薬品開発受託(Contract Research Organization, CRO)の挑戦

株式会社新日本科学は,CRO事業を行っている.新型コロナウイルス発生により,そのワクチン及び治療薬開発の迅速な承認が製薬業界だけでなく,CRO業界にも求められた.実際に同社では,創薬シーズを臨床試験に投入するプロセスを旧来のほぼ半分の期間にするという離れ業を経験した.ゴールを実現するために最短ルートを辿るにはどうすべきか,という命題を実践するには,既存のプロセスあるいは旧来の考え方を超えた未知なる挑戦が必要であった.

産業界は,このような時代背景に対応可能な人材を求めている.すなわち,高い専門性を備えつつ,学際領域や多方面にも興味を示し,VUCA時代に呼応できる人材が必要とされている.

3. 次世代を担う人材の育成・採用に向けた多様なインターンシップ

新日本科学は,PhDや獣医師,薬剤師,認定トキシコロジスト,実験動物医学分野の専門技術者ほか,多様な人材の育成・キャリアアップの機会を提供している.社員の育成以外に,大学院研究者のプログラムにも参画しており,10年以上にわたり,熊本大学HIGOプログラムの科目の一環としての企業インターンシップを実施している.

産学協議会によるインターンシップの定義は2025年卒対象学生から変更されることになり,目的・内容に応じて4つのタイプに分類された.従来のインターンシップは,タイプ1の「オープン・カンパニー」,いわゆる企業説明会であり,広く業界や企業の情報を得るためのものである.タイプ2は授業や産学協働プログラム等を通じた「キャリア教育」であり,企業の活動内容を主に座学で理解し,一部,業務の実態も学びながら,職場の雰囲気を知り,自らのキャリアを考えるものである.

一方,文部科学省・厚生労働省・経済産業省の三省合意による「インターンシップの推進に当たっての基本的考え方」が令和4年(2022年)6月に改正され,令和5年度から適用されたことを受け,新しいタイプのインターンシップも生まれている.そのひとつがタイプ3の「汎用的能力・専門活用型インターンシップ」であり,就業体験による「自身の能力の見極め」などを目的としている.さらに,タイプ4の「高度専門型インターンシップ」は大学院生を対象としており,特に博士課程の学生向けには「ジョブ型インターンシップ」が実施されている.これは,2か月以上の長期かつ有償のインターンシップを通じて実践的研究力の向上を目指すものである.

新日本科学には多様なインターンシップの提供実績があり,Web開催を含む業界・企業紹介,高校・獣医系大学向けの企業見学・紹介を行ってきた.HIGOプログラムの「企業インターンシップ」科目では,2013年度から,講義・社員との交流・施設見学・実習等を含む,企業内での教育・研修プログラムを継続的に実施している.一方,2023年度からは企業内での実務体験(実験実施含む)を実施することになった.

4. VUCA時代への対応に必要となる思考や人材

新型コロナウイルスのパンデミックにおいて,Pfizer社ワクチンが異例の早さで実現できたのはなぜか?端的には「チームとその構成する人が,前例のないことに挑戦したから」である.こうした挑戦には,どのような思考が必要か考えてみよう.キャリアが浅い人は,アイディア創出やキャリア設計の際,無意識に自分の「輪」の中で思考しがちである.自分の輪の中は快適ではあるが,その輪は狭小であるため,思考の範囲が限定される.一方,専門性が高くなると,思考の分野が限定され,前例を踏襲しがちになる.そこで,専門分野から外へ踏み出し,意図的に自分の「輪」の外でも思考できるようになれば,思考の発展やイノベーションに繋がるはずである.

次世代を担う人材には,高い専門性を備えつつ,現代がVUCAの時代であることを認知した上で,自分の「輪」を拡大させ,自ら外に出る機会を捉え,先人たちのアドバイスや導きを自身の成長や社会の発展に活かしていただきたい.

学際的グローバルリーダーの模索:熊本大学HIGOプログラムと早稲田大学Global Leadership Fellows Program(GLFP)の視点から(早稲田大学留学センター 講師 田辺 寿一郎氏)

戦争,貧困・環境・難民問題,公衆衛生問題,人工知能と人間の将来問題など,世界は様々な課題を抱えている.いずれも1つの分野では解決が不可能であり,様々な分野を繋げることのできる学際的グローバルリーダーが必要である.本稿では,田辺先生の,医学・薬学の大学院生に人文社会科学系の教育を行う熊本大学HIGOプログラムと,様々な学部の学部生およびアメリカの複数の大学の多様な学部からの留学生が参加している早稲田大学Global Leadership Fellows Programでの教育経験から得た知見をもとに,自然科学と人文社会科学の両方の素養を兼ね備えたグローバルリーダーのあるべき姿と学際的グローバルリーダー育成に向けて,日本の大学教育がどのように変革すべきなのかを模索する.

1. 熊本大学HIGOプログラム

田辺先生は,2015年5月~2019年3月,熊本大学HIGOプログラムの特任助教としてグローバル人材育成教育に従事し,医学・薬学の大学院生に,人文・社会科学系の知識や考え方を指導するため,国内外のインターンシップの企画・運営,社会文化科学分野のレポート作成指導を行った.

1) 社会文化科学分野の視点を取り入れたインターンシップ

熊本県水俣市:水俣水銀問題をテーマに,環境,人権,経済のあり方を学び,医学・薬学の修士・博士課程出身の人材として何ができるかを考察した.

熊本日日新聞:地域や国内,そしてグローバルな問題を学ぶとともに,医学・薬学の知見を社会に対してどう分かりやすく伝えるか,その考え方やスキルを学習した.

アメリカ・ワシントンDC:世界の公衆衛生問題について,国際的な研究機関や大学・非政府組織など,多角的な視野・立場からの問題解決のアプローチについて学んだ.

2) 社会文化科学系の論文指導

HIGOプログラムの一環で,社会文化科学系の論文の作成と成果発表.

合計10数名の学生の論文指導を行った.主なテーマは多文化共生,環境問題,生命倫理,宗教と観光,ソーシャルメディア問題,教育制度問題などである.

3) 医学・薬学の大学院生に人文・社会科学の知識を教えることの意義

HIGOプログラムでの経験を通じて,学際的マインドの育成の重要性を認識した.医学・薬学の学生に体系的な教育機会を提供すれば,人文・社会科学系の知識の大切さ,社会と自分の研究の関連性を考える能力を向上させることができる.

2. 早稲田大学Global Leadership Fellows Program

本プログラムは,コロンビア大学やワシントン大学ほか,アメリカの複数の大学との連携で2012年度から実施しており,多様な価値観を尊重できるグローバルリーダーの育成を目指している.早稲田大学内で選抜された多様なバックグラウンドを持つ学生たちに,準備コースの履修を経て,1年間の留学を実施してもらう.帰国後,提携大学からの留学生と一緒にGlobal Leadership Fellows Forum 01と02というプロジェクトベースの科目を履修させる.留学から帰国した早稲田大学の学生とアメリカからの留学生がグループ討論をする中で,ウクライナ情勢や人工知能と人類の共存といったグローバル課題を設定し,独自の研究を行った後,その最終成果を英語で発表する.

1) HIGOプログラムで得たネットワークを活用したフィールド研修

熊本県水俣市では,水俣病をテーマに,経済・環境・人権・コミュニティーのあり方を考察し,熊本市では2016年の熊本地震以降,大きな課題となった多文化共生について学び,多様性ある社会づくりの道を模索した.

2) 多様なバックグラウンドを持つ学生たちの変化

本プログラムの修了時に,17名の参加学生に個別の聞きとり調査を行った結果,「異分野の学生同士のグループディスカッションと共同研究を通じて,学際的思考と専門性,両方の重要性を認識できるようになった」という声が挙がっていた.互いの専門性を認め合った上で,複雑な問題を多角的視点から分析し,解決策を見出していくことが重要である.

3. 次世代の学際的グローバルリーダー育成に向けて

気候変動,越境汚染,異常気象,戦争・武力紛争と難民問題,貧困問題,政治不安,感染症問題などのグローバルリスクは,自然科学と人文社会科学の分野を超えた重要課題である.これらは,国籍・宗教・文化・政治の壁を越えて影響を及ぼし,解決には多様な分野の専門家・ステークホルダーの対話と協働,学際的なアプローチによる新たな知識の創造が不可欠である.薬学分野で取り組む創薬も,コロナ禍で発生したワクチン・ナショナリズムに見られるように,国際的な政策と無関係ではない.

そこで,日本の大学の薬学教育でも,専門科目や自身の研究に加え,経済・社会動向,そしてグローバルダイナミクスへの関心を高め,基礎知識を修得できるような教養科目が必要である.単に幅広い視点や知識を身につけるだけでなく,自分の専門知識や研究が社会やグローバルダイナミクスにどう関係するのか,どう影響を受けるのか,逆にどう影響を与えうるのかを想像する力を養うような教養科目の提供が必要である.

最後に

大学院教育改革,薬学教育の国際連携,人文社会科学・リーダー教育,医薬品企業の人材ニーズ,デジタルコミュニケーションなどの多角的な視点から,VUCA時代の問題解決とイノベーションの創出に,産官学連携や異分野融合の取り組みと,それを担える高度人材の育成が必要であることが示された.既存のプロセスや考え方を超えた挑戦と多様な分野・ステークホルダーの連携において,専門性と学際的思考の両方が重要であることを再認識できた.

 
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