薬学教育
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ISSN-L : 2433-4774
原著
深い処理の学習方略の使用促進を目指した授業実践と縦断データを用いた学習方略,学修行動,試験成績の関連性の考察
井上 信宏大野 修司山内 理恵久保 元山﨑 正博
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電子付録

2024 年 8 巻 論文ID: 2024-040

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抄録

薬学科2年生に対し,共用試験CBT及び薬剤師国家試験に向けた基礎的知識の定着と,深い処理方略を身に着けさせることを目指し,科目間の連携が重要であることを繰り返し提示する工夫を取り入れた授業を行い,その効果を検証した.その結果,授業によって科目間連携が重要だと認識した学生ほど,深い処理方略の使用が促進されることが明らかとなった.また,基本的知識が問われるCBT及び応用力が問われる国家試験どちらも体系的な意味理解を伴う深い処理が重要であること,成績向上には想起レベルの基礎問題から思考力を問うレベルの応用問題へステップアップすることが効果的であることが示唆された.本研究結果は,多様な学生に対する適切かつ効果的な教育方法を検討するための一助になると期待される.

Abstract

This study aimed to consolidate the basic knowledge for the pharmaceutical common achievement test computer-based testing (PhCAT CBT) and the National Examination for Pharmacists to help students acquire deep processing strategies. Second-year pharmacy students received a lecture-based class focusing on integrating subjects for better learning. The results indicated that the students using this cognitive strategy were likelier to develop deep processing strategies. Furthermore, this deep processing with systematic semantic understanding is necessary for success in the PhCAT CBT, which requires fundamental knowledge, and the national examination, which demands applied skills. When self-studying with question collections, advancement from knowledge-based to applied skill-based questions improved student performance. The results of this study will assist in developing appropriate and effective educational methods for a diverse range of students.

目的

文部科学省が発表した薬学部教育の質保証に関する資料において,現状の薬学部における標準修業年限内の卒業率が低いことが問題視され1),これを評価する尺度として標準修業年限である6年間での国家試験合格率(ストレート合格率)が薬学部の質を評価する指標の一つとなりつつある.このため,大学薬学部にとってストレート合格率の向上は重大な関心事の一つとなっており,大学および教職員には6年間の課程で国家試験に合格できる教育を提供する責務が課せられている.我々はこれまでに,4年次に受験する薬学共用試験CBTに合格できるだけの知識の獲得状況と,その2年後の国家試験の合否が密接に関連することを明らかにしており2),国家試験に合格するためには4年次の段階で十分な実力をつけておくことが非常に重要であると考えている.しかし近年,CBTの合格率は全国的に年々低下してきており,薬学共用試験センターの集計データに基づくと2019年度の本試験合格率が96.4%であったのに対し,2022年度は91.5%となっている3).このような状況を鑑みると,6年間での国家試験合格の達成率を上昇させるためには,4年次よりも前の学年で基礎的知識の定着を図ることが重要な意味を持つ.そこで我々は,学修成績を左右するとされる学習方略に着目し,4年次生までの基礎知識の定着につなげるための方策として,学生が使用する学習方略を成績向上に有利な方向へ調整することについて試みることとした.

学習方略は「学習の効果を高めることを目指して意図的に行う心的操作あるいは活動」と定義され4),その一つに実際の学修場面での認知を調整する認知的方略がある5).この認知的方略は学修成績と関連することが知られている.例えば,薬学科4年次生の客観試験成績に対して,全体把握方略及び知識構造化方略が正の関連性を,暗記方略が負の関連性を示すことが報告され6),また薬学部3年生において,学修成績に対して影響を及ぼすとされる自己効力感と認知的方略との正の相関性が示されている7).さらに薬学部6年次生に対する調査でも,科目間の連携などを行う「深い処理方略」が卒業試験成績に正の影響を及ぼし,「反復作業方略」は逆に負の影響を与えることが示されている8).薬学部4年次のCBTや6年次卒業後の国家試験では,通常の科目の定期試験とは異なり複数科目の知識を一時に問われることから,単に各科目の内容を暗記するような方法だけではその量の多さに耐え切れず,成績の向上にも限界があると考えられる.したがって,科目間を繋げ体系的な意味理解を伴う「深い処理方略」などの学修方法をより早く身に着けさせ,暗記に頼り切らない学修法へと導くための有効な方策が求められている.

効果的な学習方略の使用を促進させる方法に関しては,既にいくつかの報告がある.例えば,学習方略を教授する際には,定期試験など短期的な有効性を示しつつ,生涯にわたって学習するといった長期的な目線での有効性も認知させることが有効であるとする研究が知られている9).また,有効な学習方略を学習者が使わない理由について,学習者がその有効性について常日頃から改まって考えていないためと推測している研究もある10).以上のことから,適切な学習方略を身に着けてもらうためには,その方略の長期的な有効性を明確に示し,有効性を考える機会を継続的に与え続けることが重要であると示唆される.

そこで本研究では,薬学部教育において国家試験成績と関連すると考えられている深い処理方略に着目し,その具体例である「内容を関連付けて覚える」など,科目間を連携させる学修方法が有効であることを明確に教示すべきと考えた.今回,深い処理方略を早い段階で身に着けてもらうための方策として,科目間を連携させることの重要性や,今学んでいる知識を関連付けて理解することで将来の医療での課題を解決できることを繰り返し指導する授業をデザインし,薬学科2年次生を対象に実践した.この授業の教育効果として,科目間の連携が重要であることの認識が深まった学生ほど「深い処理方略」の使用が促進されたかどうかについて検討した.さらに,授業前及び授業後にそれぞれ測定した縦断データを用いて認知的方略,学修行動,試験成績間の関連性について考察することを試みた.その結果,このような観点で授業を組み立てることが,個々の学生を6年間の正規課程で国家試験合格へ導くための重要な要素となる可能性が浮かび上がってきたので報告する.

方法

1. 授業デザイン

薬学部の教育の基礎であり,かつ本学1,2年次で履修済みの物理・化学・生物に関連する基礎科目の内容について,その反復学修,科目間連携の促進,理解度の促進と知識定着を目的とした講義形式の授業(2年次後期,2単位)をデザインした.授業に先立ってオリジナルの問題集を編集し,履修済み科目の知識整理や本授業の予復習を目的に2年次の前期定期試験後に販売した.問題集は,CBTまたは国家試験の必須問題をベースとした基本的な想起問題を科目及び内容ごとにまとめ,一部は応用力が求められる国家試験の理論問題に相当する形式も掲載した.授業開始に先立ち,科目間の連携と理解の重要性を丁寧に示すオリエンテーションと,事前知識の確認と予習を目的としたプレテストを行った.プレテストでは,問題文と解答を読んで覚えれば対処可能なよう,問題集と同一の問題を各科目から10問ずつ計30問を出題し,その成績を評価の一部に組み入れることで予習の促進を図った.授業はオリエンテーションを除いて90分を21回行い,第13回目にポストテストで要求される理解力醸成の重要性をイメージさせるための,成績評価に関与しない中間テスト及び解説講義を行った.各回の授業では,図や具体例を適宜示しつつ,科目間の知識を連携して学修することの重要性を継続的に提示した.例えば,物理系の講義において物質の状態変化を取り上げる際には「医薬品製造で利用される凍結乾燥技術の仕組みは,水の状態図を理解していれば説明できること」,反応速度論を講義する際には「1次速度式が医薬品投与後の血中薬物濃度の推定に利用できること」など,基礎科目で習得する内容が実際の創薬や医療現場の業務の礎となっている例を紹介した.全講義終了後,定期試験期間中にポストテストを行った.ポストテストは,国家試験の必須問題形式でありながら,将来のCBTや国家試験のための総合的学修に太刀打ちできる力を確認するため,解答するにあたって階層的な知識を要求するオリジナル問題(各領域20問,計60問)で構成した.

2. アンケート調査

1) 調査手続き

初回授業のオリエンテーション前にプレアンケート調査(Time 1)を,最終講義終了時にポストアンケート調査(Time 2)を行った.各調査では,QRコードを提示して学生各自のスマートフォンで読み取らせ,Googleフォームで作成したアンケートに回答させた.

2) 調査内容

認知的方略は,梅本の認知的方略尺度11,12) を元に薬学生への信頼性が確認されている3因子12項目を用い8),「全くあてはまらない」,「あてはまらない」,「どちらともいえない」,「あてはまる」,「よくあてはまる」の5件法で回答を求めた.この尺度には,学修内容を何かに繰り返し書いて覚える「反復作業方略」,新しい学修内容を今まで習った知識と関連付けて覚える「深い処理方略」,学修内容をノートにまとめることで覚える「まとめ作業方略」が含まれた.また,「科目間連携の重要性の理解」は,物理と化学など教科間の横の繋がりや,基礎科目と応用科目の縦の繋がり,また基礎と臨床の繋がりといった観点から,著者らが独自に作成した5項目を1因子として想定し用いた(表1).科目間連携の重要性の理解は,「全くそう思わない」,「そう思わない」,「どちらともいえない」,「そう思う」,「とてもそう思う」の5件法で回答を求めた.さらに,心理的な認知面だけでなく実際の学修行動も併せて検討するため,Q18問題集の問題を解いた割合(0%から100%まで10%間隔),Q19問題集の問題を解いた形式(必須のみ,理論問題まで),Q20問題集の問題を解いた回数(0回,1回,2回,3回以上),Q21問題集の問題の理解度(0%から100%まで10%間隔)を調査した.

表1

確認的因子分析結果(最尤法,Time 1及びTime 2回答者n = 148)

Time 1 Time 2
深い処理方略 反復作業方略 まとめ作業方略 科目連携 深い処理方略 反復作業方略 まとめ作業方略 科目連携
Q7 勉強をするとき,その内容を頭の中に思い浮かべながら学習を進める. .561 .567
Q8 勉強するときは,内容を関連づけて覚える. .693 .778
Q9 勉強するときは,新しい内容と今まで習ってきたことを頭の中で結びつける. .689 .665
Q10 前に習ったことを思い出しながら,勉強を進める. .711 .740
Q11 勉強するときは,同じ内容はまとめて覚える. .443 .634
Q12 用語などを覚えるとき,似たようなものをまとめて覚える. .377 .453
Q4 勉強するときは,何かに書きながら学習を進める. .717 .784
Q5 用語などを覚えるとき,何かに書きうつしながら勉強する. .899 .936
Q6 用語などを覚えるときは,繰り返し書いて覚える. .823 .794
Q1 ノートを自分なりにまとめ直して勉強する. .875 .916
Q2 勉強をするとき,教科書や問題集の内容をノートにまとめている. .826 .926
Q3 教科書や問題集を読むとき,その内容の大筋をノートに書いてまとめる. .639 .803
Q13 様々な科目を絡めて勉強する重要性を知っている. .507 .588
Q14 物理化学,有機化学,生化学の3科目を相互に関連付けて学習することが重要だ. .484 .563
Q15 衛生学や薬理学,薬剤学などの応用科目の理解には,基礎科目の知識が役立つ. .799 .783
Q16 薬物治療学や薬学臨床などの実践科目の理解には,基礎科目の知識が役立つ. .752 .740
Q17 理論に基づいて適切な判断ができる薬剤師になるためには,基礎科目の知識が必要だ. .755 .683
α係数 .745 .845 .819 .784 .799 .869 .909 .804
共分散/相関係数
深い処理方略 .107 .017 .472*** .193* .247* .679***
反復作業方略 .060 .598*** .260* .100 .651*** .157
まとめ作業方略 .009 .741 .177 .144 .772 .138
科目連携 .093 .117 .077 .133 .062 .061

* p < 0.05,*** p < 0.001.Fit index:CFI 0.957/0.936,RMSEA 0.047/0.068,CMIN 149.67/190.02,CMIN/DF 1.325/1.682,p = 0.012/<0.001(Time 1/Time 2).共分散/相関係数の項目は,左下が共分散,右上が相関係数を示す.

3. 確認的因子分析

得られた調査データについて「全くあてはまらない」から「よくあてはまる」,及び「全くそう思わない」から「とてもそう思う」をそれぞれ1~5の数値に変換し,IBM SPSS Amos 26を用いて確認的因子分析を行い,認知的方略については既報の通り3因子性を8),科目間連携の重要性の理解については今回想定した1因子になるかどうかを確認した.モデルの適合度は,Comparative Fit Index(CFI),Root Mean Square Error of Approximation(RMSEA),χ2値によって評価した.

4. 共分散分析

授業を受けたことによって認知的方略が向上するかどうかを検討するため,IBM SPSS Amos 26を用いてパス解析を行った.変数は,確認的因子分析で抽出された各因子の観測変数の相加平均値を用いた.科目間連携の重要性の理解の変化値は,Time 2値からTime 1値を引いた値を用い,「Δ科目連携の理解」とした.パス解析のモデルは,Δ科目連携の理解を群分けのための補助変数とした共分散分析とし13),授業前の認知的方略から授業後の同じ認知的方略,及び補助変数から授業後の認知的方略へパスを引く他,群分けの無作為割り当てを仮定するため,授業前の各認知的方略と補助変数の間の共分散を0に固定した(図1).

図1

授業前後における認知的方略の変化.** p < 0.01,*** p < 0.001.Fit index:CFI 0.983,RMSEA 0.063,CMIN 14.308(p = 0.112).片矢印はパスを示し,その数値は標準化パス係数を示す.両矢印は相関関係を示し,その数値は相関係数を示す.

5. 試験成績の分析

試験成績は,プレ及びポストテストを受けた全ての学生を対象に,それぞれの得点を平均値50,標準偏差10とした分布に標準化した.この標準化試験得点と認知的方略,及び実際の学修量と理解度との関係性を評価するためパス解析を行った.このパス解析では,記憶や思考の認知プロセスを表す認知的方略が,実際の学修行動の結果である問題集の解答割合や理解度に影響し,テスト成績としてその成果が表れると想定されるため,図2に示すパス図の基に分析した.欠損値の処理には完全情報最尤推定法を用いた.また,認知的方略,実際の学修量及び理解度と,国家試験を意識したポストテスト成績との関係性についてより深く考察するために,縦断データの因果関係を検討できる交差遅延効果モデルを用いて分析した14,15).さらに,試験成績の推移の違いにより,学修量に違いがあるかを検討するため,各テスト得点の平均値を原点とした平面に学生をプロットし,成績推移の異なる学生グループを表す4つの象限を定義した(図4A).第1象限はプレ及びポストテストで成績が高い学生,第2象限はプレテストでは低かったがポストテストで向上した学生,第3象限はプレ及びポストテストで低い学生,第4象限はプレテストでは高かったがポストテストでは低下した学生がそれぞれ該当する.

図2

各テスト成績に関するパス解析結果.A:プレテストとプレアンケート調査データの解析.Fit index:CFI 0.988,RMSEA 0.062,CMIN 4.684(p = 0.196).B:ポストテストとポストアンケート調査データの解析.Fit index:CFI 0.982,RMSEA 0.089,CMIN 6.489(p = 0.090).* p < 0.05,** p < 0.01,*** p < 0.001,n. s.:not significant.片矢印はパスを示し,その数値は標準化パス係数を示す.両矢印は相関関係を示し,その数値は相関係数を示す.

6. 倫理的配慮

調査にあたり,予め本研究の趣旨,研究不参加によって何ら不利益を受けないこと,研究対象となることへの同意をいつでも撤回できること,個人のプライバシー保護に配慮することを文書及び口頭で説明し,アンケート調査への回答を以て研究参加への同意を得ることとした.本研究は,星薬科大学倫理審査委員会の承認を得て実施された(審査番号:2023-17).

結果

1. アンケート調査結果の妥当性の評価

Time 1及び2アンケート調査の結果,Time 1は267名(全学生に対し90.2%,初回出席者に対し94.7%),Time 2は159名(全学生に対し53.7%,最終講義出席者に対し69.1%)から回答を得た.Time 1及び2の両方を回答した者は148名(50.0%)であり,このデータを解析に供した.平均値 ± 標準偏差が最大値の5を上回る天井効果が見られた項目はQ4の1つあったが,Time 1で5.08,Time 2で5.06とわずかに超えたのみであり,また最小値の1を下回る床効果は見られなかったため,全体として回答値に問題はないと見なした(表S1).さらに,Time 1及び2アンケート調査データそれぞれで確認的因子分析し因子構成を確認した結果,Time 1及び2共に適合度指標が十分な値を示した(表1).各因子のCronbach α係数はいずれも0.745から0.909の範囲にあり,因子の内的一貫性が確認された.

2. 授業前後における認知的方略の変化

学生ごと及び調査時点ごとにQ13~17の5項目の平均値を算出し,Time 2からTime 1の差分(Δ科目連携の理解)を計算した結果,数値が0より大きく,授業前後で科目連携の重要性の理解が向上した学生は42人,数値が0で変化しなかったのは34人,数値が0より小さく低下したのは72人であった(図1).次に,授業によって科目連携の重要性の理解が向上することによる認知的方略への影響を共分散分析で検討した結果,モデルの適合度は十分な値を示した(図1).パス係数は,Δ科目連携の重要性の理解から深い処理方略が標準化係数0.187(p = 0.007)となり,科目間の連携が重要であるとの理解が高まった学生ほど,深い処理方略の使用度が高まったことが示された.一方,反復作業方略とまとめ作業方略に対しては有意な影響を示さなかった.

3. 試験成績と認知的方略,学修行動の関連性

各変数間の相関分析結果を表2に示した.パス解析の結果,プレテスト成績に対しTime 1の問題集解答割合が正の影響を示し,問題集理解度は影響を示さなかった(図2A).一方,ポストテスト成績に対しTime 2の問題集理解度が正の影響を示し,問題集解答割合は影響を示さなかった(図2B).また,深い処理方略はTime 1及び2で問題集理解度に正の影響を示し,Time 1では問題集解答割合にも正の影響を示した.反復作業方略とまとめ作業方略は,両時点においていずれにも影響を示さなかった.

表2

認知的方略及び学修行動変数の相関行列

1 2 3 4 5 6 7 8 9
1 Q18問題集解答割合(Time 1)
2 Q21問題集理解度(Time 1) .405**
3 深い処理方略(Time 1) .237** .178*
4 反復作業方略(Time 1) .092 .023 .089
5 まとめ作業方略(Time 1) .158 .015 .034 .526**
6 Q18問題集解答割合(Time 2) .452** .338** .118 .035 .110
7 Q21問題集理解度(Time 2) .433** .455** .286** –.015 .107 .623**
8 深い処理方略(Time 2) .182* .162* .652** .099 .074 .133 .340**
9 反復作業方略(Time 2) .083 .037 .077 .756** .478** –.011 .032 .181*
10 まとめ作業方略(Time 2) .072 –.017 .053 .458** .697** .047 .065 .228** .622**

* p < 0.05,** p < 0.01.

交差遅延効果モデルの解析から,問題集理解度と解答割合の相互の因果関係が示唆され,またTime 1の深い処理方略がTime 2の問題集理解度に正の影響を,Time 2の理解度がポストテスト成績に正の影響を示した(図3).一方,Time 2の深い処理方略はポストテスト成績に直接的な影響を示さず,またTime 1の他の変数からも影響を受けなかった.なお,Time 1の各変数からポストテスト成績へ直接パスを引いた飽和モデルも推定したが,それらの追加したパスは全て有意とはならず,授業前の理解度や解答割合,認知的方略の使用度はポストテスト成績に関連しなかった(data not shown).

図3

認知的方略と問題集の理解度及び解答割合に関する交差遅延効果モデル.* p < 0.05,** p < 0.01,*** p < 0.001.Fit index:CFI 0.999,RMSEA 0.029,CMIN 5.617(p = 0.345).片矢印はパスを示し,その数値は標準化パス係数を示す.両矢印は相関関係を示し,その数値は相関係数を示す.なお,Time 1及びTime 2の全ての変数間でパスを交差して解析したが,可読性のため有意なパスのみ表示した.

4. 試験成績推移の違いと問題集の活用方法の違い

試験成績推移の異なる学生グループごとに,問題集の問題を解いた回数と解いた種別及び解答済み割合について集計した結果,それぞれで異なる学修行動をとっていることが示された.第1象限の学生(調査146名中62名,42.5%)は,授業開始前までに必須問題を解き,授業終了時には7割以上の学生が理論問題まで進めていた.さらに,4グループの中で最も多くの学生が問題を複数回解いており,解答済み問題の割合も77.3%と最も高かった(図4B,C).第2象限の学生(23名,15.8%)は,授業開始前から終了時まで同じ問題は1回しか解かないものの,授業前には必須問題を,その後は理論問題まで広く解答する傾向にあった.第3象限の学生(39名,26.7%)は,授業開始前から終了時まで同じ問題を1回しか解かない上,授業後でも理論問題にはあまり手を付けず,解答済み問題の割合が54.8%と最も低かった.第4象限の学生(22名,15.1%)は,授業前から難しい理論問題までも解き,授業後に向けて同じ問題を複数回解くこともあるが,未解答の問題にはあまり挑戦せず授業前後で解答済み問題の割合が変化しなかった.

図4

試験成績と問題集の活用方法の関連性.A:プレ及びポストテスト得点の散布図.B:成績推移別の問題集の解答回数(Q20)の100%積み上げ棒グラフ及び問題集の解答割合(Q18).C:成績推移別の問題集の解答済み問題種別(Q19)の100%積み上げ棒グラフ.ポストテストを受験していない学生が2名いるため,n = 146.

考察

薬学科2年生に対し,適切な学習方略を身に着けさせることを目指し,科目間の連携が重要であることを繰り返し教示する工夫を取り入れた授業を行った.共分散分析の結果,授業の前後で科目間連携の重要性の理解が高まった学生ほど,深い処理方略の使用が高まる結果が得られた(図1).深い処理方略は,薬学部の卒業試験成績に正の影響を及ぼすこと8),また同様の方略である知識構造化方略も4年次の客観試験成績に正の影響を及ぼすことが知られており6),低学年次から深い処理方略を行うことの意味を認知し身に付けることは重要であると考えられる.

次に,各試験成績と認知的方略,問題集の理解度及び解答割合との関連性を分析した結果,出題が既知問題に限られるプレテストに対しては問題集の解答割合が正の影響を示し,問題集の理解度は影響しなかった(図2A).一方,国家試験レベルの知識及び理解力向上を意識させ,これを評価することを狙ったポストテストに対しては,問題集の解答割合の効果は消失し,問題集の理解度が関与している結果が得られた(図2B).これらの結果から,講義に先立って実施した,事前に問題演習を体験さえすればある程度対処できるプレテストと,講義を受けて培った深い理解で要求されるポストテストの結果が想定通りの効果を果たしていることが示された.また,いずれのテストにおいても,記憶や思考の認知プロセスとして重要なのは深い処理方略であり,反復作業方略やまとめ作業方略は問題集の理解や解答することに関して影響を示さなかった.先行研究では,知識を必要とする低次の試験成績と,応用を必要とする高次の試験成績に対して,深い処理と浅い処理の方略の関連性が検討され,どちらの試験成績に対しても深い処理が正の影響を示す傾向があると報告されている16).本研究での,両試験成績に対する深い処理方略の影響は,問題集の理解度や解答割合を介した効果であることに留意すべきだが(図2),先行研究の結果16) と整合性を有している.以上のことから,基本的知識を問われるCBT及び応用力が問われる国家試験,いずれに対しても本質的な意味理解を伴う深い学修を行うことの重要性が示唆された.

また,縦断データの因果関係を検討した交差遅延効果モデルでは,当初の深い処理方略がその後の理解度の高さに影響し,理解度が高くなると応用力を必要とするポストテスト成績が高くなる結果が得られた(図3).さらにこのモデルでは,深い処理方略はポストテスト成績に対し直接的な影響を示していない.これらの結果は,これまでの薬学部を対象とした研究で示されてきた深い処理方略と試験成績の関係性6,8) の本質が,深い処理方略という認知プロセスが直接試験成績に結びつくのではなく,そうした学修をもとにしっかりとした記憶の定着や理解を伴うことで生じる間接的な効果である可能性を示唆している.当然のことながら学修には,どのように学修するかという質の側面だけでなく,どれだけ学修するかという量の側面も重要である.学習方略と行動との関連性に着目した先行研究には,浅い処理の方略が学修時間と相関し,深い処理の方略は相関しないことや17,18),メタ認知的方略が学修の持続性と正の関連があることが報告されている19).本研究では,各認知的方略は3方略とも問題集の解答割合に影響を及ぼさず,学修時間との関連性とは異なった知見が得られた.深い処理方略は一つの問題を深掘りして学ぶこと,反復作業方略は解答済みの問題を複数回繰り返して学ぶことであるため,1冊の問題集を一通り終わらせるという行動には繋がらなかったと考えている.この点については,メタ認知的方略が学修課題の先延ばし行動を制御しているという報告もあり20),今回の調査項目外の複数の要因が関連していると予想されるため今後の検討課題である.

試験成績の推移別に問題集への取り組み方を比較した結果,その特徴はグループごとに大きく異なるものであった(図4A~C).特に,単純な知識問題に触れてから,深い理解が必要な理論問題に挑戦する第2象限の学生の方が成績を伸ばし,最初から複雑な理論問題まで手広く行い,その後残りの問題に手を付けない第4象限の学生は成績を低下させた.また,交差遅延効果モデルにおいて,Time 1の理解度と解答割合は相互にTime 2の理解度と解答割合に関連するものの,Time 2の解答割合がポストテスト成績には関連しないこと,パス係数を比較すると解答割合から理解度への影響の方が大きいことが示されている(図3).これらの結果を鑑みると,基礎科目を効果的に学修し成績を向上させるには,最初は最低限の知識に一通り触れさせたうえで,続いて各事項に関しての理解を深めていくことが重要である可能性が考えられた.

本研究の限界と今後の課題は以下の通りである.まず,解析に利用できたアンケート調査データが全学生の50%である点である.内訳を確認すると,オリエンテーションにほぼ全ての学生が出席しアンケートに回答した一方で,最終講義では出席率が低下したことが,有効データ件数の低さに繋がっている.最終講義を欠席した学生,あるいは出席してもアンケートに回答しなかった学生は試験成績が低い傾向にあった(いずれもデータは示していない).授業によって意識が変わった学生は,学修のやり方を変える,という結論は変わらないものの,必ずしも学年全体を代表する標本ではないことが本研究の限界点として挙げられる.次に,科目連携の理解度が高まった学生が少ない点である.今回の実践によって,科目間の連携に対する意識が高まった学生は全体の28%おりその点は評価できるが,一方で多くは変わらないか下がってしまった(図1).本授業では,今学んでいる内容が医療課題の解決に活用できることも提示したが,この内容は実臨床に対するイメージが沸いていない大半の2年次生にとって時期が早く,基礎事項を複雑なものとして捉えさせてしまった可能性があり,科目連携の理解度を下げる要因になってしまったのではと考えられた.したがって,薬剤師の臨床業務に対する知識や理解度がより高まっている3,4年次生での効果検証が望まれる.これら限界点の解決に対しては,学生の興味を惹く魅力的な授業設計が必要と考えている.今回は,科目間の連携について図や具体例を用いてわかりやすく伝える努力をしたものの,講義形式で一方的な教示になってしまったことが原因の一つと予想している.学習方略を身に着けさせるためには,効果的な学習方略を使って勉強できる,という期待感をグループワークで身に着けさせることが有効であるとする研究が知られている21).今後は,科目間を連携させることについて一方的に言葉のみで説明するだけでなく,グループワークなどを通じてその意義を体感させることも検討課題の一つと考えている.また,学生の認知の変化のみならず,科目間を連携させた問題を実際に解答できるようになるかどうかも,本授業実践の教育効果をより深く検証する重要な要素である.今後は,ポストテストに科目間の連携問題を出題することを課題としたい.

本研究では,薬学科2年生に対し基礎科目間や基礎と応用科目間など科目間を連携させることに重点を置いた授業をデザインし,本授業によって「深い処理方略」の使用が促進されることを示した.また,基本的知識が問われるCBT及び応用力が問われる国家試験どちらも体系的な意味理解を伴う深い処理が重要であること,成績向上には想起レベルの基礎問題から思考力を問うレベルの応用問題へステップアップすることが効果的であることが示唆された.近年の大学教育では,少子化の影響を受けて大学入学者の偏差値が相対的に低下し多様な学生が入学していること22),薬学部においても標準修業年限内の卒業率の低下が問題視されていることから1),本研究結果が多様な学生に対する適切かつ効果的な教育方法を検討するための一助になることを期待する.

謝辞

本研究のアンケート調査にご協力いただいた本学学生に感謝いたします.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

この論文のJ-STAGEオンラインジャーナル版に電子付録(Supplementary materials)を含んでいます.

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