多くの薬学生や薬剤師は,基礎薬学の知識を実務で活用することが困難だと感じており,基礎薬学の臨床応用は難しいとされる現状がある.基礎薬学の重要性が十分に認識されていないことや学内での教育が不十分であることが考えられる.基礎薬学は,臨床上のエビデンスが不足している領域や問題解決において有用となりうる.兵庫医科大学薬学部では,基礎薬学を臨床に応用できる薬剤師の育成を目指した授業を展開している.特に低学年時では臨床を意識させるような動機付け,上位年次では臨床問題の解決ができるような臨床応用の準備に焦点を当て,チーム基盤型学習や実習を通じて知識の活用を促進する内容である.教育効果の一部はテキストマイニングによって確認し,授業内容が学生の理解に寄与していることを明らかとした.なお,これらの教育を行うためには,基礎系教員と実務家教員の連携が重要であり,協同で学内プログラムをデザインする必要がある.
Many pharmacy students and pharmacists find it difficult to utilize their knowledge of basic pharmacy in practice, and the clinical application of basic pharmacy is currently considered challenging. This may be due to insufficient recognition of the importance of basic pharmacy and inadequate education within the university. Basic pharmacy can be useful in areas where clinical evidence is lacking and in solving problems. At School of Pharmacy, Hyogo Medical University, classes are developed with the aim of fostering pharmacists capable of applying basic pharmacy to clinical practice. In particular, the content focuses on motivating students to become clinically aware in the lower years and preparing them for clinical application in the upper years so that they can solve clinical problems, and promotes the use of knowledge through team-based learning and practical training. Text mining confirmed some of the educational effects, revealing that the course content contributed to students’ understanding. It should be noted that collaboration between basic and practitioner faculty members is important to provide these types of education, and it is necessary to design the on-campus programs in a cooperative manner.
物理化学・有機化学・生物化学の3分野が分類される基礎薬学の内容は,薬学部の教育カリキュラムにおいて低学年次を中心に多大な時間を費やして学習するように設定されている.しかし,実務実習を終了した薬学生への調査では,実務実習中に基礎薬学の知識を活用できたとは認識していなかったとの報告がある1).薬剤師を対象とした調査でも,日常業務で有機化学の知識を活用する薬剤師は少数であり,臨床では基礎薬学の知識は,特段必要ではないと認識されているのが現状である2).実習中の薬学生の学びは,薬剤師の影響を強く受けるため,大学内で学んだ基礎薬学を活かす環境にないことが推測される.
基礎薬学の知識を薬剤師が活用しない要因の1つとして,臨床の意思決定において,基礎薬学からの考察よりも,ガイドラインや臨床試験データなどのエビデンスが意思決定の中心となっていることが挙げられる.しかしながら,化学物質である医薬品の薬理・薬物動態・製剤面の特性を深く理解するためには基礎薬学の知識が重要となる.さらに,医薬品の特性を把握することにより,臨床エビデンスがない領域における問題点への対応へと繋がる可能性もある.例えば,有機化学の視点から副作用を理解・予測することや,物理化学の視点から配合変化が生じる仕組みの理解や起こさないための対応ができるかもしれない.問題に対するアプローチの一つとして,基礎薬学の知識と臨床で身に着けた知識を統合して現象を推測し,解決の糸口を見つけることは有用であると考える.
薬学教育モデル・コア・カリキュラム令和4年度改訂版においても,基礎薬学を基盤とした能力の養成が示されている3).これを目指して各大学が自施設に合わせた教育プログラムを構築するためにも,現行で行われている教育を共有する必要がある.
本稿では,我々が兵庫医科大学薬学部で試みた有機化学の臨床応用に向けた教育プログラムを導入した経緯とともに紹介する.なお,それぞれの授業内容や教育効果の詳細については既報を参照されたい4–7).
基礎薬学を臨床で活用できる薬剤師を目標デザインした教育プログラムのコンセプトを図1に示す.1年次では,深い概念理解よりも必要な要素を認識することを重視し,低学年次に学習する有機化学が上級学年で学習する医療・臨床薬学科目と関連することを示し,今後の学習に向けた動機付けとなるような内容とした.4年次では,これまでに学修した内容が5年次の薬学実務実習で活用できることをイメージできるようにした.教育手法としては,演習,実習を取り入れ,その時点までに身に着けた知識を基にして考察するなど,知識を再構成することで課題に取り組めるような方略とした.本方略を導入した経緯として,基礎薬学の臨床応用が難しい要因として,従来のプロセス基盤型教育では,知識は身についても応用する能力は身につきにくい仮説に基づいている.

基礎薬学を意識つける教育戦略
低学年次では,基礎薬学が臨床に関連することを例示することで,学修への動機付けを目指している.化学反応式を用いて有機化学反応の概念を理解することよりも,化学構造式の特徴を認識することを優先した.具体例として,グルコースの化学構造式を題材として物質の溶解性,吸収などに関連付け,さらに,医薬品の類似性や現象を考察させた事例を示す(図2).グルコースの物性の特徴,吸収過程を化学構造式から考察した後に,グルコースの吸収を阻害する糖尿病治療薬の化学構造式を提示することで,類似した部分構造が薬効に寄与することを示すことで薬理学との関連性も明示した.有機化学の知識を用いることにより上位学年で学習する科目の理解に役立つことを意識付けるようにした.1年次前期にチーム基盤型学習を取り入れた学習方略を用いたため,高校化学の中で関連する内容をまとめた予習資料を用いた事前学習をもとに,個人演習で自身の理解度を確認する.グループ演習による学生間での相互教育とその後の解説講義により理解を深める.最後に,応用課題によってこれらの理解が臨床に実際に活用できることを示した4).

1年次で使用したスライドの一例
これまでの学習内容が臨床と関連することを意識するだけではなく,基礎薬学の活用が臨床上の問題を解決することにつなげる.また,基礎薬学で説明可能である多数の事例を提示し,1年次同様に基礎薬学が現象の理解だけでなく医薬品選択に役立つことを意識付けるようなデザインとした.題材例として,カテコール構造を有する医薬品と酸化マグネシウムとの簡易懸濁時の配合変化などを設定し,臨床で起こり得る問題を可視化することで,現象の理解と問題の重要性への認識につなげた(図3)5–7).4年次においてもチーム基盤型学習を取り入れ,1~3年次で学習した有機化学の内容から選定した予習資料で事前学習した後に,個人テストとグループテストを経た後に実習を組み合わせることで,内容の理解度を向上させることを意図した.

4年次で実施した実習課題の例
2018年度の兵庫医療大学(現・兵庫医科大学)1年生161名を対象に,90分の授業実施後に収集した授業後アンケートの自由記述「よくわかったこと」について,テキストマイニング分析した(兵庫医療大学倫理審査委員会の承認を得ている.17039-02号).方法は,KhCoder3を使い,茶筌,頻出単語上位60位を,出現回数5の条件として共起ネットワーク図を作成した.前処理として,単語が分割されるような語句である「細胞膜(細胞・膜)」などは強制抽出する語句として指定し,「窒素」「N」のような表現のゆらぎを「N」のように統一した.結果を図4に示す.Aでは,「アレルギー」が,「薬」の「構造」が「似る」ことが「わかる」となり,Bでは,「OH」「NH」が「多い」と,「水」に「溶ける(ない)」となった.なお,原文では類似の文章が多数あることを確認している.以上から,授業内で取り上げた内容が学生にイメージついたと考えられる.2017年度の1年次の共起ネットワーク図と類似した4).授業後単回の測定であり,継続効果の検証はできていないが,意識付けることを目的とした科目の目標を達成していることを示唆している.

自由記述の共起ネットワーク図
以上より,基礎薬学の臨床応用に向けた授業戦略に則って実施した授業を示した.それぞれの授業による教育効果の検証は既報で行っている4–7).ただし,1大学の取り組みであり,数回の授業によるものであるため深い理解には及んでいない可能性が高い.また,継続的な効果を示すための実務実習や薬剤師となってからの活用に関する調査はできていない.本稿をきっかけに,各大学に合わせた内容に修正した授業を取り入れていただけると幸いである.これらは基礎系教員と実務家教員と協同で取り組んでいる.薬剤師として必要な臨床の要素は実務家教員が中心に考え,実際に起こる反応などの現象の理解については基礎系教員が中心に説明を行った.それぞれの強みを活かすことで知識の獲得だけでなく,応用も可能とする内容になったと考える.また授業を組み立てるに当たって,頻繁に意見交換を行うことで学内での連携を深める機会にもなった.
医療の問題を解決するために最も参考になるのは臨床のエビデンスであることに間違いはない.その一方で,基礎薬学は,個別最適化や解決困難な事例の解決の糸口になるとともに,現象の理解を促してくれる存在になりうると考えられる.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.