我々はこれまでに,有機化学の知識を臨床で活用している薬剤師が少ないことを明らかとしている.本研究では,薬剤師が有機化学の知識を臨床で活用しない要因を明らかにすることを目的とした.2018年に2回開催した「化学構造式ワークショップ」で得られたKJ法の記述ラベルについて,3名の研究者による2次的なKJ法を行った.その結果,55名の薬学生や薬剤師が化学構造式を臨床で活用しない要因として16の島を生成し,さらに16の島を5つの群に分類した.これらの5群を「環境面の問題」「個人の問題」「教育の問題」「社会的な需要がない」「化学構造式を臨床に活かすためのデータが少ない」と名付けた.本研究より,「社会的需要や環境面に起因する外的要因」と「教育を起因とする個人の内的要因」に大別される2つの要因が存在すると考えられた.本研究結果は,今後の薬学教育において有機化学を臨床で活用するための教育を行う際に参考となる情報を提供する可能性がある.
Few pharmacists reportedly utilize their knowledge of organic chemistry in clinical practice, so this study aimed to identify the factors that prevent pharmacists from applying this knowledge. Three authors performed a secondary KJ method on the descriptive labels obtained in two chemical structural formula workshops in 2018. The results generated 16 islands of possible factors, further classified into five groups, that prevented 55 pharmacy students and pharmacists from using the chemical structures in clinical practice. The five groups were named “environmental problems,” “individual problems,” “educational problems,” “lack of social demand,” and “limited data for clinical application of chemical structure formulas.” In conclusion, two main factors were identified: “social demand and environmental external factors” and “individual internal factors attributable to education.” These results provided helpful information for the clinical application of organic chemistry in pharmaceutical education.
薬剤師は多様な医薬品情報や患者の置かれている状況を考慮して適切な薬物治療を提案し,患者個々に応じた医療に貢献することが求められている.また,臨床上の問題点に対して既存の医薬品情報のみで解決策の提案が難しい場合には,医療者の中で専門的に有機化学を学んだ視点を薬剤選択に活かすことが期待されている1–4).薬学部教員は,有機化学が薬理作用との関連性,薬物動態の特徴を理解する上で必要であり,臨床でも有用であると認識している.このため,有機化学は大学で行われる統合型教育に積極的に取り入れられている5–7).
しかし,薬学部6年制が始まって最初の実務実習終了生に対するアンケート調査では,有機化学の知識を活用できたと回答した修了生は9%であったと報告されている8).さらに,我々の実態調査では,薬剤師が臨床上の問題解決に化学構造式を活用していないことを明らかにしている9,10).
これらの調査以降も薬剤師に対して臨床で有機化学の活用を推進する研修会は継続的に行われているが11,12),2024年現在においても薬剤師が有機化学を活用して臨床の問題解決を試みた事例報告はごく限られている13).我々の報告で薬剤師が有機化学を臨床で活用しない実態は示されたが,その要因については未だ明らかとなっていない.そこで2018年4月と9月に,薬剤師を対象として我々が開催した,「臨床における有機化学の活用」を目的としたワークショップ(WS)で得られたプロダクトに着目した.本プロダクトは WS内で「なぜ化学構造式を臨床で活かせないのか」をテーマにKJ法によって抽出された意見である.
本研究では,臨床現場の薬剤師及び薬学生が化学構造式を臨床現場で活用しない要因を明らかにし,その解決策を考察することを目的とし,上記WSで取得したテキストデータについて分析を行った.
2018年4月と9月に実施した2回のWSにおいて,「なぜ化学構造式を臨床で活かせないのか」をテーマとしてKJ法(以下,1st-KJ法)を行った.2回のWS参加者が記載したラベルの記述を分析対象とした.WSの受講者はWeb上やメールでの開催案内への申し込み制により参加した.4月のWS参加者20名の職種は,病院薬剤師8名,薬局薬剤師9名,薬学生3名であった.9月のWS参加者は薬局薬剤師35名であった.このうち,2018年時点で薬剤師経験年数5年以上の参加者は55名中34名(62%)であった.なお,薬学生の3名は,実務実習を修了していたため,薬剤師と同等に扱いデータ分析の対象とした.
2. データ分析1st-KJ法で収集したラベル(付箋)を活用して著者3名で改めてKJ法14) (以下,2nd-KJ法)を2024年1月に実施した.2nd-KJ法は,田中の報告15) を参考にラベル作り,グループ編成,図解化を実施した.前処理として,著者1名(清水)が,1st-KJ法プロダクトに記載されたラベルと同じ文章をMicrosoft Word®に入力して,2nd-KJ法を実施用の252枚の用紙を再作成した.1人の回答者が記載したラベル内に複数の内容を記載している場合があったが,同じ意味を持っていたため,1つの用紙とした.グルーピングを行うにあたり,類似の内容と考えられる複数のラベルを集めた「島」を作成した後に,意味の似る「島」を集めて「群」とした.群の命名は,島の内容を統合して内容を表す内容とした.2nd-KJ法におけるグルーピングに当たっては,1st-KJ法プロダクトの「島」と「島の名前」も考慮した.2nd-KJ法を実施した著者3名(上田,青江,清水)は,薬剤師・薬学生を対象として10回以上のKJ法の実施経験を有し,薬学教育領域で自由記述の分析結果を用いた論文の執筆経験を有している.さらに,このうちの2名(上田,清水)は,1st-KJ法を行ったWSを企画・運営した.
なお,本研究は,兵庫医科大学(旧:兵庫医療大学)倫理審査員会の承認を得て行った(承認番号:17040号).なお,WSでは,プロダクトを活用する可能性があるが無記名であり個人の特定はされないことを説明し書面にて同意を得た.
2nd-KJ法により,医療現場の薬剤師及び薬学生が化学構造式を臨床現場で活用しない要因として,16の島を作成した(表1~5).さらに,島の似た意味を持つものを集合させて5個の群を作成した.各群の関連性に関する模式的図解を図1に示した.図1で使用している関係記号は,「―」関係が深い,「→」因果関係,「⇆」相互関係,相互補強を表している15).また,図内の三角形の図では,上部にある「環境面の問題」,「個人の問題」は社会に表出したものであること,図の中央部から下部にある「教育の問題」,「社会的な需要がない」,「化学構造式を臨床に活かすためのデータが少ないこと」はその背景にある問題点であると考えて示した.
KJ法「なぜ化学構造式を臨床で活かせないのか」の島の分類名を用いた図式
各群の名前と群を構成する島の名前を以下に示す.
環境面の問題群は,“構造式を見て考える時間がない”,“市民権がない”,“構造式で解決した成功例を見たことがない”,“構造式を見る習慣がない”,“構造式を活用する場面がない”の5個の島により構成した(表1).
「環境面の問題」群に分類された島の名前とラベル内容
島の名前 | ラベル内容 |
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構造式を見て考える時間がない | 構造式を考えている余裕がない 他に覚えることが多くて化学式を確認する所までいかない 日々の業務でいっぱいいっぱい 業務優先でなかなか取り入れることができない 調剤報酬のことばかり考えている 見る暇がない 化学構造式をじっくり見る時間がない 構造式を考えるだけの時間がない 日常業務が忙しく,勉強する時間がとれない 使う時間がない(投薬に行く前にそんなゆっくり見れない) 構造式に触れる時間がない? 他のことに気を取られているから 臨床現場では構造式をじっくり見る時間がない 勤務中は別のことをしている |
市民権がない | MRも理系ではない 構造式が共通言語でない(イメージがある) 相談しあう相手もいない まわりの人がわかっていないと互いに共通の会話できない DIに聞いても構造式で返事が返ってきたことはない |
構造式で解決した成功例を見たことがない | 化学構造式を使う利点を分かる必要がある 先輩の薬剤師が活かしているのを見たことがない 構造式を活かした見解,実績が見えづらい 構造式を使ったスキルが活かされた例をほとんど聞かない |
構造式を見る習慣がない | 構造式を見ることがない 構造式をみていない 添付文書の下の方まで見ていない 添付文書の下まで見ない 意識して見ていない 社会に出てからほとんど使ったことないから まず見ない 日頃,構造式を意識していない 意識して見ることが少ない為 添付文書の一番下にあって見ない 添付文書の後ろの方に載っていて,検索しづらい |
構造式を活用する場面がない | 活かす場面がなかった 使うメリットがわからない 活用できる機会が少ない 使うタイミングがない 使用する場面に機会が少なかった 構造式と投薬が結びつかない |
個人の問題群は,“構造式を覚えていない”,“構造式が目に見えなくてイメージできない”,“構造式に対する苦手意識”,“薬剤師の基礎分野の知識不足” の4個の島から構成した(表2).
「個人の問題」群に分類された島の名前とラベル内容
島の名前 | ラベル内容 |
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構造式を覚えていない | 忘れたから 忘れてしまった 忘れている 忘れている 特徴を忘れてしまった 電子の動かし方を忘れる 昔に学んだから そもそも有機化学を忘れた 有機化学を忘れている 基礎を覚えていない すっかり忘れた みんな忘れているから 学校で覚えたことを忘れている 構造式を忘れてしまった 覚えていない 電子の動きもよくわからない わかったところで… 常に覚えていないことが多い 卒業後時間が経って忘れてしまった |
構造式が目に見えなくてイメージできない | パソコンで構造式をいくつか並べて見にくい 模型ないと立体分かりにくい 構造が立体的にみれない 生体内で反応が起こっているか不明 目に見えないことを表されても本当にそう動いているかわからない 実際目で見えないのでよくわからない 構造式から立体構造をイメージできない 目に見えないから 構造式を意識して物事を考えられない ひらめかない 見ても体内動態がイメージできない 受容体との結合がイメージできない 構造がどうやって作用しているのかイメージしにくい 電子の動きが謎 肉眼で見えないから 立体構造を平面で描かれるのでイメージしにくい どこで反応してどう変化し,それがどういう意味を持つのかわからない |
構造式に対する苦手意識 | きらい 苦手意識がある 国試対策の時の苦手意識 難しいという先入観がある 使わないから使おうとしていない 分子量が大きすぎて見る気を失う 色々な反応がありすぎてごっちゃになる 化学構造に苦手意識 難しいと思っている 構造式そのものが難しいイメージが強い 構造式に興味を持てない 化学が嫌い 有機化学に苦手意識がある 線の集合体にしか見えないから 構造式=難しいと思っているから 有機化学=化学反応のイメージが強すぎる 有機化学に苦手意識があるから |
薬剤師の基礎分野の知識不足 | 知識を応用できない 理解できていないから 構造式への理解が足りていない どの反応が優先されるかわからない 構造式を見ても特徴を読み取れないから 構造式を熟知していない 分子レベルでの作用がわかりづらい 反応のしやすさが見分けられない(フロンティア原子軌道論) 反応の法則がわかりにくい 構造式と薬理作用が結びついていない どこで切れるのかわからない 自分の知識が不足 化学反応がわからない 構造式を見ても特徴を思い出せない 構造式のしくみを理解していない 電子の偏りがわからない 化学構造式を見て何がわかるのか,分かる内容が今の時点では少ない 受容体とかの構造は国試でやったところだけで,他の構造がわからないため 勉強不足? 中枢移行とか乳汁移行とかする構造がわからないので 絵にしかみえない ステム(語尾)と構造を結びつける習慣ができていない(ステムと薬理は結び付けている) 化学構造式の特徴や知識をしらない 化学構造は何かという理解 見てもよくわからない 特性の優先順位を覚えるのが大変 考えても分からない 構造変化(代謝など)が起こる仕組みを理解していない |
教育の問題群は,“基礎と臨床とのギャップ”,“教育機会や媒体がない”,“構造式の使い方がわからない” の3個の島により構成した(表3).
「教育の問題」群に分類された島の名前とラベル内容
島の名前 | ラベル内容 |
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基礎と臨床とのギャップ | 臨床と現場との一致を感じてなかった 創薬の教育は薬学ではない 授業でやっていたときと別物と考えてしまう 臨床に使えない反応が多すぎる 大学のうちに他の知識とのつながりを知ることができない 大学の授業で,実際の臨床へのつなぎ方を伝えられなかった 構造式と他の臨床意識がリンクできていない 大学で勉強したときに実際現場でどう使うか習ってないから?考えてないから? 大学で学んだ有機との関連付けができない 国試での知識と現場での知識が違う気がする… |
教育機会や媒体がない | 化学構造の臨床での有用性の理解 構造式を扱った情報を得る機会がない 授業で活かし方を学ばなかった 良い教科書(日本語)がない 化学構造式の教科書にもあたったことすらない メーカーの勉強会でMRの関心が低く情報提供されることはほぼない(特許がらみ) 構造と薬効のつながりが分からない 臨床での活かし方を学んでいない 学校でしっかり学んでいないから 授業では教わらない活用ケース どこに答えを求めれば正解がわかるのか,分からない 構造式について知る機会がないから 大学時代でも臨床に活かせる教育 大学の基礎科目にしかなかった 大学で学ばない 使い方を理解していない 日常業務でみる機会がなく,教えてくれる人もいない 卒後教育で構造式を扱うことがない 授業が必要 |
構造式の使い方がわからない | 構造式を見てもよくわからない 構造式を見てもわからない 構造式が読み解けない 使い方がわからない 使い方を知らない 使い方がわからない 使い方がわからないから 使い方が分かっていない 使い所が分からない 使い方がわからない どのように使ったらいいかわからない 構造式を見たところで使い方が分からない どのように使うかわかっていないから どういう時に使うかわからない どう活かせるのかわからないから どういったときに使えるかわからない 使う場面がわからない 使うタイミングがわからない 使うタイミングがわからない 活用方法が分からない どこを見れば良いのか分からない どう活かせばいいのか分からない 構造式で解決する臨床疑問が分からない 構造式の利用が分からない どう判断していいかわからない 臨床への結び付け方がよくわからない 実際の使い方が分からない(構造式) 応用が難しい 患者へのフィードバックのやり方がわからない 大学では勉強しているのに活かし方がわからない 見るべきポイントを理解?知っていないから何のときにどこを見るか 構造式のポイントをわかっていない(ここを見ればいいとか) 化学構造式を読み取る力がない |
社会的需要がない群は,“他職種からの需要がない”,“構造式を使う必要性がない” の2個の島から構成した(表4).
「社会的な需要がない」群に分類された島の名前とラベル内容
島の名前 | ラベル内容 |
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他職種からの需要がない | 医師に聞かれたこともない 他職種の方々が構造式の重要性を認識していないから 周りから求められていない 他の職種に理解されない 他の職種の人に理解してもらえなそう 結果だけ教えてもらえれば,基礎はどうでもいいと言われる |
構造式を使う必要性がない | 構造式を考えなくても日々の仕事は進む 業務に直接必要ないと思っていた 日々の業務で使う習慣がないから 薬物動態,薬理作用,製剤の知識があれば薬の影響を評価できると思っている 使わなくても大きく困ることがない 使っていないから 使おうとしないから 使ったことがない 使おうとしたことがない 実務優先 構造式が分からなくても困らない 仕事中,会話として出てくることがない 構造式がなくてもとりあえず困らない 使う機会が少ない 構造式がなくても考えることができる 薬理の方をどうしても考えてしまう 現場でどのような時に必要なのかわからない 使う必要性がないから なくても投薬できる 使わなくても,業務が可能 |
化学構造式を臨床に活かすためのデータが少ない群は,“構造式だけでは評価できない”,“構造式に対する不信感” の2個の島から構成した(表5).
「化学構造式を臨床に活かすためのデータが少ない」群に分類された島の名前とラベル内容
島の名前 | ラベル内容 |
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構造式だけでは評価できない | エビデンスの有無 構造式より他の分野の学問が優先されている 似た構造でも違う働きをするものがある 薬理作用を優先しているため 構造式だけでは断定できないから 薬理とか動態を優先しがち 理屈と体内での作用が違う 代謝酵素なども関係してくる 構造から原末の安定性はわかっても,錠剤の安定性とは必ずしも一致しない 薬理動態製剤は米,化学は青汁 ADMEも必要だから ぼんやりとしたイメージ,明確な答えがなさそう トランスポーターがあるから吸収が不明なときがある 化学構造だけですべて決まるわけでない 物理,物性学とのつながり不足 実臨床とシミュレーションとの差 構造式を用いた考察の重要度があまり感じられなかった 臨床試験等の論文で見かけることが少ない 化学反応に例外が多すぎる |
構造式に対する不信感 | 曖昧な知識で判断して患者に迷惑をかけたくない 考え方が合っているか自信がない 構造式の類似では可能性であってもデータがないことが多い為やりにくい |
本手法から,薬剤師が化学構造式を臨床現場に活かせない理由として,ラベルから16の島を生成し5の群を構成した.いずれの要因も重なる部分もあるが,根本的な理由が類似したものを一要因と考え,1.社会的需要や環境面のような外的要因,2.教育を起因とする個人の内的要因,2つに大別し,化学構造式を臨床現場に活かせない要因と,その解決策を考察する.
1. 社会的需要や環境面のような外的要因「社会的な需要がない」群を構成した島から,臨床の場面で,他職種のニーズや日々の業務への直接的な関連性が低いことから,化学構造式の必要性が低いことが推察される.しかしながら,訪問看護師のニーズを例にとると,薬剤管理へのニーズが高く,薬剤師に対して薬の選択,副作用,飲み合わせなどで医師と連携を行うことが期待されている16).化学構造式を活用する場面として,在宅医療での注射剤投与において,看護師に対する配合変化を避けた注射手順書の提案17) や脂溶性の高い薬剤が引き起こす輸液ラインの可塑剤溶出を回避するための医療機器の選択が挙げられる18).これらのように薬剤師が持つ有機化学の知識を活用することで,医療安全の向上に寄与する可能性がある.また,「環境面の問題」群を構成した島から,有機化学を臨床活用する意識や経験の乏しさから,臨床で役に立たない認識であることがうかがえる.さらに「化学構造式を臨床に活かすためのデータが少ない」群を構成した “構造式だけでは評価できない” の島から,臨床問題を構造式だけで解決することが難しいことが読み取れる.臨床現場での問題解決にはあらゆる領域を統合して解決する必要があるため,前述した臨床で役に立たない認識を強くするものと推測される.また,“構造式に対する不信感” の島からは,化学構造式をもとに薬理作用や薬物動態を予測しても,臨床効果との乖離や不確実性が存在し,臨床における意思決定の障壁となることが考えられる.
2. 教育を起因とする個人の内的要因「個人の問題」群を構成した島から,有機化学への苦手意識や知識不足,化学構造式の活用例がわからない状況であることが推測される.「教育の問題」を構成した島からは,大学教育で臨床に活用する教育がなく,現場でギャップを感じることがうかがえる.また卒後教育において,研修会や教材がないことから,勉強する環境がないことも考えられる.大学教育において,基礎科目は講義型や実習のような概念を理解することに注力し,臨床で使えるような学習機会が少ない可能性がある.
これら2つの要因を踏まえた上で,有機化学の有用性を認識していないことが,それぞれの阻害要因を起因した重要な課題と仮定し考察する.加えて,概念には出てこなかったが,大学教育についても問題点の根幹に関連する可能性があるため敢えて言及する.これらを通して有機化学の活用が臨床問題を考察,解決できることを薬剤師に意識づける必要がある.そして,必要性の認識が自己研鑽といった行動変容につながることを期待する.
薬剤師が大学卒業後に必要性を認識するためには,大学の卒後教育や医療機関の研修で,化学構造式から医薬品の科学的特性を考えることが患者の個別最適化の糸口となるような事例を学ぶことがあげられる19).さらに,有機化学を臨床で使うヒントが書かれた書籍による自己学習や,有機化学を含んだ基礎薬学と臨床との関連性を学ぶ集合型研修を活用することで,問題解決能力の向上につながる可能性がある20–22).次に,大学教育において,一部の大学ではあるが,有機化学を活用して調剤上の問題点の考察や症例検討につなげる教育が始まっている.また,有機化学教員と臨床系教員が連携した実習や演習授業の事例も報告されており23,24),有機化学を臨床で活用する意識を持つ卒業生が輩出されることが期待される.他方で,知識習得に向けて,従来の一方向型の講義形式だけではなく,学生の苦手意識を軽減し,有機化学への学習意欲を高めるために,ゲーミフィケーションを取り入れた教育手法が有効となり得る25,26).また,アクティブ・ラーニングのように知識を実践的に活用する教育手法を取り入れることで,知識の定着が促進されると考えられる27,28).
こうした教育および研修の機会を提供することで,有機化学を活用する意識と知識を形成した薬剤師の育成につながり,実践に活かすことが可能になると考えられる.
化学教育以外の策として,薬剤師だけでなく他職種にも専門的な有機化学の知識が活用可能であることを示すことが重要である.そのためには,現場の薬剤師や大学教員が有機化学の知識に立脚した仮説に基づいて,臨床上問題となる現象に関する研究成果を報告することが必要である29,30).さらに,これらの研究成果の活用による問題解決の事例を集積しておくことで,有機化学の臨床活用の普及につながる可能性がある.
本研究には限界点が3点ある.1点目は,3名の研究者による2次的なKJ法(2nd-KJ法)の島の生成において,WS参加者が実施したKJ法(1st-KJ法)の島の分類を参考にしたが,参加者の語るところを完全には反映できていない点である.2点目は,WS参加者は自発的に参加をしているため,少なからず有機化学に興味を持っている可能性が高い.さらに,病院薬剤師の参加者の割合は14%であり,主に薬局薬剤師から抽出されたデータであることから,薬剤師全体を表すデータとは言えないことである.3点目は,本研究の対象ラベルを取得したWSは2018年度に行われており,現在と状況が異なる可能性を否定できない.これらの限界点の克服には,新たな調査から得られたデータをもとにさらなる検証を行う必要がある.
上記のような限界点はあるものの,本研究で明らかとなった問題点は,薬学生や薬剤師を対象とする有機化学を臨床で活用するための教育に,必要な要素を考える情報となり得る.
本研究は,2018年度兵庫医療大学(現:兵庫医科大学)研究助成により実施されたものである.また,本研究を実施する上で多大なるご協力を頂いた中川素子氏(株式会社中川調剤薬局),藤原正規氏(兵庫医科大学薬学部),安田聖菜氏(兵庫医科大学薬学部)に感謝いたします.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.