2025 年 9 巻 論文ID: e09015
国家資格をもつ “薬剤師” は,医薬品の基礎から臨床までのすべての過程でその役割を担い社会・国民のニーズに応える責任がある.2030年には早くも次の薬学教育モデル・コア・カリキュラム(コアカリ)改訂が予定されているが,コアカリの策定・改訂には,アウトカムのみならず,長期的なインパクト(卒業生が社会に出た後の,社会に対する波及効果・社会貢献)の視点から薬学教育に何が必要なのかを考えるべきなのではないだろうか.「薬学教育」はそれ自身が教育学理論を基盤とした学問であると同時に,「基礎から臨床まで」の全ての専門分野・全カリキュラムを俯瞰し,社会に貢献する優れた人材育成のためのカリキュラム開発と向上に寄与することが使命である.本シンポジウムではコアカリ(令和6年時点)C~F領域の先の実社会でインパクトを与えているスペシャリストの先生方に現在の研究・仕事の概要のご紹介と薬学教育に求めるご意見を頂いたので紹介する.
The next revision of the Model Core Curriculum for Pharmacy Education is planned for 2030. In formulating and revising the core curriculum, we should consider what is needed for pharmacy education, not only in terms of outcomes but also in terms of long-term impact (impact on society and contribution to society after graduation). Pharmacy education in itself is a discipline based on pedagogical theory, and its mission is to contribute to the development and improvement of curricula to produce excellent human resources that will contribute to society, looking at all specializations and curricula from basic science to clinical settings. In this symposium, we present the current research and work of specialists who are impacting the real world beyond the C to F domains of the Core Curriculum (as of 2024), as well as their opinions on what they ask for pharmacy education.
薬学教育モデル・コアカリキュラム(コアカリ)に則った2006年に始まった6年制教育も19年目を迎え,早くも次のコアカリ改訂が2030年に予定されている.「薬学教育」はそれ自身が教育学理論を基盤とした学問であると同時に,薬学全カリキュラム「基礎から臨床まで」の全ての専門分野を俯瞰し,社会に貢献する優れた人材育成のためのカリキュラム開発と向上に寄与することが「薬学教育」の使命と考える.
サイエンスは驚異的なスピードで発展し,新型コロナウイルス感染症パンデミックでも明らかになったように,近年では新たな創薬基盤技術により開発される新規モダリティ及びそのための創薬基盤技術の重要性が益々高まっている.そして医薬品の有効性・安全性の観点からの品質保証とそれを医療の中で実現させる臨床にいたるまで,薬の専門職として国家資格をもつ薬剤師にはこれら医薬品に関わる基礎から臨床までのすべての過程においてその役割を担い社会・国民のニーズに応える責任がある.「薬剤師」という言葉からは薬局や病院などの医療機関で働く職種のみを思い浮かべる人も少なくない.残念ながら薬学生であっても例外ではなく,一般の非医療者はなおさらである.しかし,日本において薬剤師は,薬剤師法第一条により「薬剤師は,調剤,医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによって,公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もつて国民の健康な生活を確保するものとする」ことが任務と定義され1),薬剤師綱領においては,創薬・研究から薬事衛生,医療現場まで,薬が関わる広い領域で薬の専門家としてその責務を果たすべきことが明記されている2).また,医療専門職教育にはNeeds-based educationの考え方が提唱されている3,4).社会や行政等,また国民や公衆・人々のニーズに基づいて医療専門職が提供すべきサービスが決まり,そのために必要な資質・能力が特定され,それらを育成するための教育が決まるという考え方である.まさに,国家資格をもつ薬の専門職である薬剤師は,どこで働くかではなく,「医薬品に関わる基礎から臨床までのすべての過程においてその役割を担い社会・国民のニーズに応える責任がある」のである.
日本では卒業時に身に着けるべき能力として各大学でディプロマポリシーが設定されているため,各大学の教育の質の評価は卒業時の学修成果に焦点が置かれていると認識されているケースも見受けられる.しかし,国際薬剤師・薬学連合(International Pharmaceutical Federation: FIP)は薬学教育の質保証として,教育内容(content),構造(structure),課程(process),学修成果(outcome),社会への波及効果(impact on society)の5つの柱を提唱しており5),卒業生が社会に出て示す波及効果・社会貢献である “インパクト” こそが薬学教育の質保証の “Final proof” であるとしている5).薬学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度版)では「生涯にわたって研鑚し続ける」,「生涯にわたって醸成する」といったように生涯にわたる学修の概念が新たに組み込まれ6),2021年度からの薬学教育評価機構による第二サイクルにおける主な評価項目は三つのポリシー,内部質保証等々の他,新たに社会連携・社会貢献が加わり7),社会貢献・社会ニーズの視点が組み込まれ,社会へのインパクトを評価しNeeds-based educationのサイクルを回すことで教育の質保証を目指す取り組みの途に就いたところと言えよう.
あらためて薬学教育モデル・コア・カリキュラムに目を向けてみると,コアカリキュラムは本来,薬系大学が実施すべき教育の “コア”,つまり全ての薬学生が修得しておくべき最低限の内容であるはずである.しかし現実的にはそれを満たすことが目標かのように捉えられている場合もある.ときに薬剤師国家試験を重視するあまり,国家試験と直結しない科目が軽視されているのではないかと感じられる場合もあるように思う.しかし本来,「大学は,学術の中心として,広く知識を授けるとともに,深く専門の学芸を教授研究し,知的,道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」こと,そして「その目的を実現するための教育研究を行い,その成果を広く社会に提供することにより,社会の発展に寄与するもの」であるべきことが学校教育法に明記されている8).優れた臨床薬剤師の育成を目標とする専門教育という点においては,学校教育法における「大学」の定義に則しているものの,「深く専門の学芸を教授研究し」,「応用的能力を発展させること」,「その目的を実現するための教育研究」については,現実的にはそれに足る教育がなされていない懸念もある.2030年の薬学教育コアカリの策定・改訂に際しては,人工知能(AI: Artificial Intelligence)・汎用的人工知能(AGI: Artificial General Intelligence)が進んだ世の中でも薬剤師にしかできない医療価値を産み出せる薬剤師をどのように定義づけ,教育するのかを真剣に考える必要がある.そして,各大学は卒業時に到達可能なアウトカムのみに焦点を当てるのではなく「実社会において優れた能力と専門性を発揮し国民や社会に貢献することで社会に大きなインパクトを与える人材を育成し排出するためにはどんな教育が必要なのか」という視点から薬学教育を考えるべきである.そのために,社会に “インパクト” を与えるような人材を輩出しうるモデル・コア・カリキュラムを作成し,大学・薬学関係者はそれに合致する教育を実施し,社会のニーズに応え得る人材を輩出する責任があるのではないだろうか.
我々は,コアカリを越えて社会のさまざまな世界で活躍されているスペシャリストの先生方に,現在の研究・仕事の内容や取り組みと,そのお立場から考える薬学教育に求めることについてご意見いただき討論することが薬学教育に何が必要かを考える上で非常に大切であると考え,2022年よりさまざまな学会にてスペシャリストの先生方にご登壇いただきご意見を拝聴してきた9–11).日本薬学教育学会大会は第8回(熊本,2023年)に引き続き,今回,第9回日本薬学教育学会大会にて本シンポジウムを開催した.
上記の様々な背景に鑑み,「薬学教育が真に目指すべきコアカリの先のアウトカム」について現行モデル・コアカリキュラム(平成25年度改訂版)のC.薬学基礎,D.衛生薬学,E.医療薬学,F.薬学臨床の各領域のスペシャリストの先生方にご講演いただいた.ここで記載する「スペシャリスト」とは各領域の専門家として国内外共に活発な研究活動および社会貢献をされている方を指し,本シンポジウムの目的は薬学部卒業後,専門領域で「社会への波及効果・社会貢献」を示している先生方に現在の最先端な活動とその活動を通して「薬学教育に今後求められていること」のご意見をいただき,そこから薬学教育を俯瞰し,薬剤師・薬学者の質を担保するための教育を薬学教育研究者と各領域のスペシャリストである薬学者と共に考えることである.
本シンポジウムでは,C.薬学基礎(創薬);張 功幸先生(徳島文理大学薬学部),D.衛生薬学(レギュラトリーサイエンス);井上貴雄先生(国立医薬品食品衛生研究所遺伝子医薬部),E.医療薬学(DDS);金沢貴憲先生(徳島大学大学院医歯薬学研究部(薬学域)),F.薬学臨床;伊東俊雅先生(東京女子医科大学附属足立医療センター薬剤部)の先生方にご講演をお願いした.本総説では,C.薬学基礎;張 功幸先生,D.衛生薬学;井上貴雄先生,E.医療薬学;金沢貴憲先生,F.薬学臨床;伊東俊雅先生については,薬学教育への提言を中心に,シンポジウム当日のご講演の順にオーガナイザーより紹介させていただく.なお,張 功幸先生には別途ご執筆いただいたので詳細はそちらをお読みいただきたい.
張先生は創薬研究のスペシャリスト,とくに核酸化学に基づく基礎薬学研究及び創薬をご専門とし,さらに国立・公立・私立の薬学部での教員経験を踏まえたご提言をいただいた.薬学教育には「想像力」,「発想力」,「ゼロベース思考力」を習得できる場・教育の充実が必要であり,しかし短期間での習得は難しいため,一つのことについてじっくりと考え取り組む時間が必要であること,そのためには実践的な学びの場として「研究活動の場(卒業研究等)」が重要であること,研究の場で「教員が想像・発想・思考のプロセスを学生に伝えること」により学生の好奇心を刺激し(その気にさせる),学生に興味を持たせることで学習効果が高まり,その効果は分野を問わず,薬学基礎研究においても薬学臨床研究においても活かされるものである,とのご提言であった(張先生のお話の詳細については次の別稿をお読みいただきたい).
金沢先生は,Drug Delivery System(DDS)研究のスペシャリストであり12),本シンポジウムでは,根本治療薬として期待されている新しいモダリティである核酸医薬のDDSのお話,そして薬学教育によって創薬・医療・教育を先導する優れた研究者・医療人を育成するためのご提言をいただいた.
製剤・DDS研究は,「薬(医薬品)として患者さんに届いて初めて価値が生まれる」研究であり,基礎研究であると同時に臨床への応用を目指した研究,臨床ニーズを満たす薬物を創出する研究,基礎と臨床をつなぐ研究,即ち,創薬・育薬・操薬であり,複数の専門分野を理解する必要があるとのことであった.とくに核酸医薬の生体内での安定性及び鼻粘膜の透過という2つの課題をクリアするナノ粒子を開発することにより,経鼻投与により血液脳関門を介さずに鼻粘膜から脳内に直接送達できるNose-to-Brain型核酸ナノ製剤を開発され,それまで髄腔へ直接投与する方法しかなかった中枢神経系疾患の治療に,鼻粘膜に噴霧するというより安全で効率的かつ自己投与できる薬物治療システムを確立されたという画期的な研究のお話であった.
金沢先生はこれらの研究を薬学生達と進めてこられ,その中で薬学教育にとって最も大事なことは,「大学・学部が一体となって,教員一人一人が環境作りに真剣に取り組み続けること」であると明言された.具体的には,「薬学教育で育成すべき創薬・医療・教育を先導する研究者・医療人に必要な資質の醸成には,1年次から「研究・研究室を通した(主体的な)教育」の充実が不可欠である」とのご提言であった.金沢先生は知識・技能の習得だけでなく,「資質」の醸成が何より重要だと指摘され,(卒業)研究を通じて,1)専門分野のみならず関連する別分野も強化されることで,「複数の分野を結び付けて思考する力」や「柔軟な発想」ができるようになる,2)未踏分野への「探求心・チャレンジ精神」から「問題発見・解決力」が醸成される,3)成果だけでなく「考える・決断する・経験する」という過程を大事にすることを学ぶことで,研究者や医療人としての「倫理観・使命感」が醸成される,4)他者との共同研究により「社会性・協調性・国際性」が醸成される,そして,5)研究成果を論文や学会で発表する,あるいはメディアに発信されるなどの成功体験により達成感を知る,などの多くを学ぶことができ,これにより研究者や医療人に必要な問題発見能力・問題解決能力・決断力,高い倫理観・使命感・探求心・知効力・協調性が育まれると強調された.そのための具体的的提案として,まずは第一段階として1年次の早期から「心構え」を意識させることが重要(最初が肝心)であることから,1・2年次から週に1日でもよいので研究活動の場・実践的科目を設けること,長期的な卒業研究期間を確保すること,そして,そのような環境を整えるのは教員の役割であることから,前述の「大学・学部が一体となって,教員一人一人が環境作りに真剣に取り組み続けること」が最も大事である,とのご提言であった.
金沢先生には,Nose-to-Brain型核酸ナノ製剤の開発を中心とした原著多数及び日本DDS学会奨励賞や日本薬剤学会奨励賞など受賞多数であり,本シンポジウムでは限られた時間の中で新技術をわかりやすく簡潔にご紹介いただくとともに,私立・公立・国立のすべての大学でのご研究・教育のご経験から,「研究を通じた多様な資質の醸成がもたらす高い教育効果」と「究極的には大学と教員が真剣に取り組むこと」が重要であるとの正鵠を射たご指摘・ご提言をいただいた.
井上先生は,国立医薬品食品衛生研究所の遺伝子医薬部部長として医薬品の品質評価・安全性確保,体外診断薬の信頼性確保に関わる仕事に取り組まれている.本シンポジウムでは,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック下におけるコロナワクチン及び診断用Polymerase Chain Reaction(PCR)検査薬の評価についてのお話から,有事には品質評価に必要なさまざまな専門性を有する多くのスタッフが集結し,迅速にそれぞれの責任と役割を全うしたことが目的達成のために重要であったこと,さらに次の有事に向けたガイドライン作成も進めていることなどにいてお話された.
井上先生からは,薬学教育では以下4つの資質を備えた人材を育成することが求められたが,必ずしも一人ですべてを備えなくてはいけないということではなく,それぞれがもつ資質をもってその責任と役割を全うすることが必要であるとのことであった.4つの資質とは「使命感:国民の健康を守りたいという強い気持ち」,「統率力:目標達成に向けてチームを牽引するリーダーシップ」,「協調性:チームにおける自身の役割を認識し,遂行する能力」,及び「専門性:高度な知識と技術で課題に対応する能力」である.さらに,そのための具体的な提言として,1.これらの資質を有することの必要性や意義を感じさせる機会を増やすこと,2.目的意識・自主性・やる気・熱意を引き出すこと,そのためには教員と学生との日々の議論が重要であること,3.教員の日々の発言や振る舞い,即ち,目的意識をもって学生と接するという教員の問題意識及び教員の振る舞いがダイレクトに学生の将来につながるという思いを持つことが一番大事であるということ,そして,4.学会参加や外部講師によるセミナーなどの機会を提供すること,が挙げられた.
有事に日本国民が使用する医薬品等の品質評価や信頼性確保に関わる仕事に取り組まれたときの緊張感はまさに使命感そのものであり,専門性を有するスタッフを統率し協働することで有事の困難を解決し目的を達成されたことを実感するお話であった.井上先生からはそのような社会貢献できる人材に必要な資質,そしてそのために必要なのはまさに教員の日々の意識と振る舞いであることが薬学教育へのご提言であった.
伊東先生は,東京女子医科大学附属足立医療センターの薬剤部長であり13),臨床領域から薬学教育へのご提言をいただいた.
まず,「求められる薬剤師像」ということについて,2024年度から始まった第8次医療計画(厚生労働省)の紹介があり,少子高齢化,医療資源の不足など,地域の実情に応じた当該都道府県における医療提供体制の確保の必要性の中で,とくに地方における薬剤師不足の現状についてお話があった.また,薬剤部の取り組みとしてスタッフ数に比し相当数の実習生や海外からの研修生を受入れ教育に力を入れていること,Therapeutic Drug Monitoring(TDM)などの基本業務は全薬剤師が3年以内に全員が実施できるよう教育していることなど,業務体制と教育への取り組みについてお話された.その後,6年制薬剤師教育のベースとなる臨床実習(実務実習)に関わる課題として,学生達のコアカリ各領域における知識がバラバラであり臨床薬学という視点から見た際に基礎薬学との連続性が見えない学生が多いため臨床課題の解決に結びつかないということ,学生はコアカリの観点を達成することが目的であると思っているため,明確な正解があるとは限らない患者の治療についても正解を求めようとすること,社会性が希薄であり協働することが苦手なのではないかということ,そして科学的・化学的基盤が希薄過ぎることが決定的に大きな課題であり,これが臨床のピットフォールであることが指摘された.例としてメスフラスコやメートグラス,メスシリンダーの使用方法に困惑する学生もおり,薬剤師の職能の根幹である科学者の側面が極端に弱くなっていることなどが挙げられ,科学的基盤の脆弱性が指摘された.またサイエンスの基盤が必要であることに加えて,臨床薬学を深く学ぶためにはそれに加えて必要に応じてさらに長期に臨床実習を実施する学生が一部いてもよいのではないかというご提言があった.
シンポジウム当日,十分とは言えない時間ではあったが,幾つかの質問が挙がり重要な討論が行われた.まず,参加者からコアカリ(令和4年度版)においてはすでに「G.薬学研究」が組み込まれているとのコメントがあった.本シンポジウムのシンポジストから提言された薬学教育における研究の重要性に関するお話は,科学的基盤と資質醸成のため研究が必要であるということのみならず,6年間のカリキュラムの中にどのように組み込むのか,さらにそのためには大学や教員が何に取り組まなければならないかという具体的な内容の明示と方略を含む実践的な内容であり,教育現場にいる我々にとって大変に示唆に富むお話であった.次に伊東先生が挙げられた「より長期の実習」についての質問に対しては,臨床家を育てるためには臨床に触れる時間をもっと多くとる必要があるということであり必ずしも全学生ではなくても構わない,その際に研究のマインド,新しいものを見る想像力,違った見方をすることができる力が必要であるということであった.本件ついては,実務実習ガイドライン改訂ワーキンググループ(薬学教育協議会)で追加実習の議論が進められていることから将来的には少なくとも部分的には実現すると予想される14).張先生や金沢先生が提言された1年次や2年次の早期から研究に関わることのできるプログラムには参加者の多くが大いに興味をもったものの,その実現には日々膨大なカリキュラムでいっぱいの薬系大学においてどのように実現すればよいのか,その困難性が課題である.張先生からは学部内の制度として低学年からの研究が選択科目として設定されており教員が学生をやる気にさせることで希望者がどんどん増えているということであった.金沢先生からはカリキュラムに余白をつくること,そこに研究や外部講師による講演など資質醸成につながる発展的な内容を組み込むことができるのではないか,また私立大学での教員経験も踏まえて,学生数や教員数の多い私立大学においては実習や科目数を集約するなど工夫することで余白をつくる仕掛けが大事であるとのお話であった.確かに6年制薬学部のカリキュラムの7割はコアカリに従い,3割は大学独自のカリキュラムを設定することが求められており,今なお目標となっていることから15),これは各大学及び教員が真剣にカリキュラムに向き合って汗をかき,学生の資質醸成のために何が必要かを真剣に議論し独自枠を十二分に生かしたカリキュラム開発に取り組む必要性があらためて強く問われたものと感じた.井上先生のご意見にあった教員の日々の振る舞いや行動ということについて具体的には,張先生のお話と同様,研究室の中での日々の議論,教員からのエモーショナルな話やコミュニケーションが学生のモチベーションを上げること,そしてモチベーションの上がった学生は自分で勉強するようになるというお話であり,このお話もまた最終的には教員の姿勢が問われるご意見であった.
本シンポジウムは冒頭に述べた趣旨に基づき,2022年より企画・開催しており今回で4回目9–11),日本薬学教育学会大会での開催は2回目となる11).シンポジストの先生方のお話からは,薬学教育において優れた研究者や医療人を育成するためには思考力・想像力・発想力,複数の分野を結び付ける思考力や探求心,倫理観や使命感,社会性や協調性,リーダーシップなどのさまざまな資質を醸成することが重要であり,それは卒業研究をはじめとする研究活動を通じて養われること,そしてその達成のためには,1年次や2年次など早期から研究に携わる機会をつくる,あるいは長期の研究期間を設定することによりじっくりと考える思考力を養うとともに成功体験としての成果が得られるようにすること,また,そのような機会を実現するためにはカリキュラムにある程度の余裕(余白)が必要であること,そしてそのようなカリキュラムを組むためには環境作りが必要であり,そのために大学や学部,そして教員一人一人が真剣に取り組み続けること,教員の日々の振る舞いや目的意識が重要であることがあらためて突き付けられたということであり,薬学教育に関わる者として深刻に受けとめ,わが身を振り返り,省察的実践家としての責任を果たすべきであろう.
優れた臨床薬剤師養成を掲げる6年制教育において,「研究」は最優先事項ではないと考える人もいるかもしれない.しかし「研究」能力は,研究者のみならず,病院や薬局など医療施設の薬剤師,薬に関わる様々な領域で活躍する人達,つまり「薬剤師法第一条」に明記される任務と「薬剤師綱領」に明記されている幅広い分野で責務を担うすべての人達に今後ますます重要な能力であり,その醸成は社会貢献に資する人材育成に不可欠な,薬学教育における最重要な課題の1つである.新規モダリティをはじめとする科学・医学の驚異的な進歩や発展のみならず,超高齢化社会,Information Technology(IT)やグローバル化など社会制度や価値観・ニーズの変化など,ここ数十年の大きな社会変化のなかで薬剤師は努力し続けニーズに対応し,その役割や社会的立場も変化し,今後もさらに変化していくことが予想される16).不確実性・複雑性が渦巻く社会,医療や薬を取り巻くさまざまな状況の中でその変化に対応し,状況を分析し,解決策を見出し実行する能力はまさに「課題発見・解決」能力であり,それは「研究」能力を基盤とするものである.本シンポジウムの先生方からの将来を見据えた「薬学教育」の課題およびご提言はその核心をつくものであったということであろう.
今回,実社会で活躍しインパクトを実現している各専門領域のスペシャリストである4人の先生方のご意見・ご提言には多くの共通点があった.このことは「薬学教育」は薬学教育研究者だけでなく,全ての専門領域の先生方が学部教育を俯瞰しながら議論することの重要性をあらためて示すものであり,これらを基盤とし,質保証評価が可能,かつ社会ニーズや時代に合わせた教育改善を図ることのできるカリキュラム開発が求められていると考える.
この後に執筆されている「C.基礎薬学;張 功幸先生」の御高著と併せて,読者の皆様が「薬学教育」,及び次回2030年改訂時にはあるべき薬学教育につながるコアカリについて各大学で議論し考える上での一助となれば幸いである.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.