薬学教育
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総説
IPEで推進する薬剤師のプロフェッショナリズム
朝比奈 真由美
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2025 年 9 巻 論文ID: e09024

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抄録

医療プロフェッショナリズム教育/学修はそれぞれの専門職アイデンティティの修得過程であると考えられるが,単一の学部の中だけではなく専門職連携教育(IPE)と並行して教育されるのが望ましい.IPEの目的は「患者中心の医療」が適切にできることであり,IPEの定義に加え,「患者中心の医療」とは何かということも知っておく必要がある.IPEは学修者にとっての専門職と専門職間の2重のアイデンティティを獲得する,すなわち専門職間社会化のプロセスである.またIPEはポジティブな教育方略であり,学修者や指導者にもポジティブな影響を与える.最後に千葉大学で医学部,薬学部,看護学部,工学部が参加する臨床前IPEプログラム,および臨床実習IPEプログラムを紹介し,各大学で実施していくときの推奨ポイントを挙げる.

Abstract

Medical professionalism is a process of acquiring a professional identity, and it should be taught in parallel with Interprofessional Education (IPE). IPE’s purpose is to practice collaborative patient-centered medicine among medical departments successfully. IPE is a process of interprofessional socialization and a positive educational strategy that allows students to develop a professional identity. The pre-clinical IPE and the clinical practice IPE programs at Chiba University involve the School of Medicine, the Faculty of Pharmaceutical Sciences, the School of Nursing, and the Faculty of Engineering. This study aims to introduce, recommend, and encourage participation in IPE at other universities.

 はじめに

医療プロフェッショナリズムの定義,概念および教育方略に関しては,2022年に宮田が分かりやすくかつ詳細に解説を行っている本誌論文1) を参照されたい.医療プロフェッショナリズム教育/学修はそれぞれの専門職アイデンティティの修得過程と考えられるが,本稿においては医療プロフェッショナリズム教育がそれぞれの学部での専門教育だけで行われるべきではなく,専門職連携教育(以下,IPE)と並行して教育されるのが望ましいことを解説する.現場での医療・ケアにおいては,各専門職はコアとなる職種の専門性を発揮することはもちろん必要であるが,その境界は強固に決められたものではなく,状況に応じて専門職間で臨機応変に揺れ動くものであり,その協働が自然に行われ,「患者中心の医療」がうまくできることが目的であるからである.最初にIPEの定義とその目的である「患者中心の医療」についての解説を行う.次にIPEが学修者にとっての専門職と専門職間の2重のアイデンティティを獲得する,すなわち専門職間社会化のプロセスであることを説明する.その後IPEがポジティブな教育方略であり,学修者にポジティブな影響を与えることを期待されていることを述べ,最後に千葉大学で医学部,薬学部,看護学部,工学部が参加するIPEプログラムを紹介し,最後に各大学で実施していくときの推奨ポイントをあげる.

 IPEの定義と目標

IPEの定義はWHOや様々な機関,大学等から発表されているが,ここでは英国のCAIPE(Centre for the Advancement of Interprofessional Education)の「複数の領域の専門職が,連携とケアの質を改善するために,共に学び,お互いから学び,お互いについて学ぶこと」2) をあげる.これは複数の専門職学修者が同時に同じ講義を聞いて学修するということではなく,お互いの専門職の教育課程,価値観などを教え合い,同時に自分の専門職としての価値観を再認識するプロセスである.また同時に教員と学生の間でも一方的に教育される/学修するという関係ではなく,お互いから学ぶという関係となる.さらにIPEの最終目標として『患者中心の医療』を行うための専門職連携実践に関わるコンピテンシー(能力)の修得が挙げられ,薬学教育モデル・コア・カリキュラムにも提示されている3).その基礎的能力として,コミュニケーション能力,倫理的感受性,問題解決能力が含まれ,IPEプログラムはこれらの能力開発を行うように設計される.

 本当の「患者中心の医療」とは

大学等のIPEプログラムの説明文やIPE授業での学生グループの成果物などでは,図1のようにいろいろな職種が患者を取り囲み,患者に寄ってたかって何かをしてあげるといった図をよく見かける.それに対し,本当にこのような図が『患者中心の医療』を表しているのか,という問題について解説する.

図1

本当の『患者を中心の医療』を表す図なのか?

『患者中心の医療(Patient-Centered Medicine)』という概念は比較的新しい概念である.1960年代ぐらいからカナダの西オンタリオ大学の家庭医療学科で診療の実践と研究が行われて発展してきた “患者中心の技法” ともいうべき概念を1995年にモイラ・ステュワートが成書4) としてまとめて出版し,それは瞬く間に欧米に広がり,2002年に日本語版5) が出版された時には,日本でも多くの医療者にインパクトを与えた.

この本ではじめて『患者中心の医療』という言葉が紹介されたが,それは『疾患中心の医療』の対語として提示された(図2).『疾患中心の医療』というのは従来行われてきた医療であり,疾患を治療すれば問題はすべて解決できるという考え方である.疾患を治療するのは医師であり,そこには患者と医療者の間の情報の不平等性,医療者が上の立場にいて患者はそれに従うもの,というヒエラルキーが存在した.

図2

『患者中心の医療』のそもそもの意味は

それに対し,新しい概念である『患者中心の医療』では「centered」という単語から患者を中心に配置するという意味ととらえられがちではあるが,むしろ患者を第一に考えると訳した方がふさわしい.ここでは患者が医療者と対等の立場で,疾病以外も含めた自分の問題を同定し,医療者は患者がゴールを達成するのを支援するという立場となる.そのために医師のみでは問題を解決することは困難であり,多職種連携が必要とされる.

この成書でステュワートが『患者中心の医療』として提示した図5) を基に著者が作成したものを図3に示す.①最初に患者はいろいろ問題を抱えているもののそれをはっきりとは認識していないため患者の訴えの中では暗示的に医療者に伝えられる.②医療者は患者との対話の中で,患者が自分で問題を認識して提示できるように支援する.③患者が提示した問題を患者自身が解決できるように,医療者が患者を支援したり,エンパワメントしていく.

図3

患者中心の臨床技法.患者が自分の問題を認識し,解決するのを医療者は支援する.

つまり「患者中心の医療」では医療者側が一方的に患者の問題を解決してあげるのではなく,患者が自ら解決できるように支援するのである.そして患者の問題は疾病以外,心理・社会的や経済的な領域に及んでいることもあるため,単一の専門職だけでは解決できず様々な医療・福祉職が協働することが求められる.

 IPEは学修者の専門職間社会化のプロセスである

アメリカのカリーリらはIPEは専門職間社会化Interprofessional Socialization(以下,IPS)のプロセスであると述べている6).その背景として,従来の単一の専門職教育の中では,排他的な専門職のアイデンティティ形成が強化される結果,同じ職種グループの中での好意とそれ以外の職種への偏見を発達させ,多職種の協働が困難になっている状況がある.それに対しIPSは個人が専門職と専門職間の両方の信念,価値観,行動および協働的実践準備状態を獲得すること,専門職と専門職間の2重のアイデンティティを持つ,すなわち自職種と多職種コミュニティーの両方に同時に属するという強い感覚を開発するプロセスであるとしている.

そのIPSプロセスについてカリーリらは3つのステージからなるフレームワークを提案している.

Stage 1 障壁を打ち破る:学習者が他職種への誤解や敵意,差別に対応することにより,単一専門職としての視点を変更するのを支援する.

Stage 2 専門職間の役割の学習と協働:学習者がクライアントのケアに対する各専門職の役割と貢献を相互に評価し,尊重することを通じて専門職間協働の文化を育む.

Stage 3 二重のアイデンティティ開発:学習者が自職種と多職種コミュニティーの一部であることを同時に意識し,その両方を進化させる,二重のアイデンティティへの変換.

このことを実際の大学のカリキュラムで説明する.図4では “背景” となる状況を示す.説明を簡単にするために,ここでは医学部と薬学部,看護学部を例にしているが,それ以外の学部でも同様である.従来のカリキュラムの多くで見られているように各学部では他との接点がないまま独自の教育を行っていく.臨床前の教育では,その職種の信念や価値観に基づく教育が行われ,学生は何の疑問を感じることもなくその価値観を身に付けて成長していく.さらに大学入学前にすでに持っていた他職種に対する偏見やバイアス,職業ヒエラルキーの概念などが修正の機会を得られないまま強化されてしまう可能性もある.臨床の現場での教育においても,複数の専門職学生が同じ場所にいる,あるいは同じ患者を担当していても,独自の教育の間には見えない壁があり,学修者相互の交流はないまま学修する.そのため,卒業して専門職となり現場で働くことになった時に,いきなりうまく協働することが難しい状況である.それに対しIPEのプロセスを図5に示す.臨床前教育の中に何回かIPEの機会を設けることにより,自職種の信念,価値観や行動を他職種に示したり,他職種のものを知ることができる.グループ学修ではチームで課題を達成するときに,自職種の専門性を発揮して多職種チームに貢献し,チームとしての成果を上げる経験をすることができる.臨床の現場での実習では,一人の患者を複数の専門職学生がチームで受け持ち,また指導者はチームに学修支援をすることにより,将来の多職種連携実践の予行演習ができる.このことがカリーリの述べる「協働的実践準備状態」の獲得であり,専門職間社会化のプロセスである.

図4

単一学部の中だけでの教育

図5

IPEによる協働的実践準備状態の獲得

 専門職チームのリーダーは誰か

組織には図6に示すような「階層」と「チーム」があるとされる7).医療におけるチームというとまず医師をリーダーとした「階層」組織を思い浮かべるかもしれない.しかし患者中心の医療を行う専門職チームでは,患者の抱える問題が医療にだけとどまるものではないため,その都度ふさわしい専門職者がリーダーになる「チーム組織」が望ましい形態である.そのために,IPEではどの専門職学生にもチームに貢献できる「リーダー」を務めることのできる「リーダーシップ/メンバーシップ教育」も必要とされる要素である.

図6

組織には「階層」と「チーム」がある

 ポジティブな教育方略としてのIPE

ハイズリップらは,IPEは医療者教育文化に対してポジティブな影響が期待できると述べている8).従来の医療者教育はネガティブ・バイアスの文化により強化されてきた背景がある.例えば,シミュレーションで最悪の結果を経験する恐怖,実際の現場で医療ミスなどをおかすかもしれないという脅迫,口頭試問などで同僚の前で恥ずかしい思いをする経験,試験で不合格になるという不安,などネガティブな面を強調することにより学修がドライブされてきた結果,学修者のうつ病や燃え尽き症候群などを誘発することにもつながっていた.それに対し「パフォーマンスの高いチームのメンバーは単に自分の視点を主張するのではなく,お互いにポジティブな発言が大幅に多かった」という研究結果から,ポジティブな感情が人々の行動を広げるという考察がある.IPEは学生が自分の考えを肯定的に受け止めてもらえる機会があり,チームでの成功体験を得られるなどポジティブな学修環境を作り出すことができる教育方法であり,今後の医療者教育文化にもポジティブな影響をもたらすことできる.

 千葉大学のIPE実践例~亥鼻IPE~

千葉大学では医学部,看護学部,薬学部が協働して2年間の準備期間を経て2007年から4年間の必修IPEプログラムを開始した9).本プログラムは医療系学部のあるキャンパスの名前から亥鼻IPEと命名された.亥鼻IPEプログラムの概要を図7に,その内容を表1に示した.2017年から工学部(医工学)も1年生のプログラムに参加,また2015年からは臨床実習におけるクリニカルIPEのトライアルも開始した.

図7

千葉大学の亥鼻IPEプログラムの概要(全体像)

表1

千葉大学の亥鼻IPEプログラムの概要(内容)

1年次Step 1「共有」 目的:専門職としての態度の基礎を形成し,患者・サービス利用者および他学部の学生とコミュニケーションできる能力
講義:IPEの歴史と意義,医師・看護師・薬剤師の役割機能と教育,コミュニケーションを加速する 
演習:コミュニケーションワークショップ
講演:患者会メンバーから当事者体験を聞く
実習:入院患者との対話(ふれあい体験)
2年次Step 2「創造」 目的:チームメンバーそれぞれの職種の役割・機能を把握し,効果的なチーム・ビルディングができる能力
講義:専門職連携とチーム,医療現場での専門職連携の実際
実習:フィールド見学実習(病院と地域での医療,ケアのIPWの見学,専門職者へのインタビュー)
3年次Step 3「解決」 目的:患者・サービス利用者,医療専門職間の対立を理解し,問題解決ができる能力
講義:対立と葛藤のメカニズム,解決を目指したアプローチ
演習:映像教材を用い,葛藤や倫理的問題に向き合いながら合意形成していくプロセスを体験する
4年次Step 4「統合」 目的:患者・サービス利用者を全人的に評価し,患者・サービス利用者中心の専門職連携によって診療・ケア計画の立案ができる能力
演習:模擬入院患者との面接,全人的評価,問題抽出
演習:実際の専門職者へのコンサルテーション
演習:退院計画立案,模擬患者への説明

亥鼻IPEの目標は以下のとおりである.

複数の領域の専門職および,患者・サービス利用者とその家族が,

・平等な関係性のなかで相互に尊重する.

・各々の知識と技術と役割をもとに,自律する.

・患者・サービス利用者中心に設定した共通の目標の達成を目指し,協働する.

ことのできる,医療者となる.

亥鼻IPEの特徴は以下に示すとおりである.

1.医学部,看護学部,薬学部の必修科目.

2.4年次積み上げ型の教育プログラム.

3.小グループ活動を主体とした自己主導型学修.

4.患者・利用者・地域・専門職者を巻き込む実践志向.

また,学生,教員,指導者などすべての参加者に適用される亥鼻IPEグランドルール(表2)を共有し,実践している.

表2

亥鼻IPEグランドルール

亥鼻IPEでは,患者・サービス利用者中心という理念のもと,お互いの能力を発揮し,学び合うという姿勢をもち,お互いの行動や役割に関心を注いで,目標到達に向けて協力し合う.
・チームの目標を明確にし,関連する情報を共有する
・チームメンバーそれぞれの専門性や長所を活かし,補い合って,あきらめずに取り組む
・一人ひとりが積極的に発言・行動し,チームに貢献する
・自分たちにしかわからない専門用語は避けるか,説明する
・お互いの発言をよく聴き,感じ良く話し合う
・対立や葛藤を回避せず,お互いの考えを確認しながらチームの合意を形成する

2015年から臨床前教育に積み上げる形でクリニカルIPEを一部の診療科で開始した.医学部,薬学部,看護学部の学生がチームとなり一人の患者を担当し,診療・ケア計画を作成する3日間のプログラムである.図8の左に示すように,従来は病棟の専門職指導者は同一の専門職の学生のみを指導していたが,右に示したプログラム導入後では学生チームを指導することで他学部学生の指導も求められる.当初は他学部の学生に指導することへの戸惑いがあったが,学生の学修成果を見ることにより教育に対する意欲が増大した.教育や指導のために同じ病棟で仕事をしている専門職間のコミュニケーションや連携活動が促進され,さらに各専門職が自分自身の専門的業務・役割に対する新たな認識も獲得し,ケアの質自体の向上も期待できる結果となった10).その後,実施診療科や参加できる学生の数も増やして実施し,将来的には必修化を目指している.

図8

クリニカルIPE,導入前と導入後の変化

 自大学でIPEを行うとしたら

今後IPEを自大学で取り入れていこうとしている大学に対して千葉大学での実践経験を踏まえたいくつかのアドバイスをしたい.

1)初めから大学全体で大きく始めようとせず,可能な学部や大学同士でまず初めてみる:連携相手として特定の専門職種にこだわらず,2つ以上の学部が参加できるならばまずそこで行い,その経験を生かして徐々に拡大する.

2)必修で開始するのが望ましい:専門職連携能力はすべての医療職学生が身に付けるコンピテンシーであるが,自由選択性にするとIPEに興味のない学生には実践でも必要がない能力であるというメッセージになってしまう可能性がある.また選択科目で開始してしまうと,必修化したいときに各学部のスケジュールを合わせるのが難しすぎるハードルになりかねない.

3)学修目標は入念にすり合わせる:学部ごとにIPEに対する期待が異なり,IPEの学修目標が盛りだくさんになりがちである.入念にディスカッションを行い,学修目標は共通したものだけを厳選し,できるだけスリム化する.

4)グランドルールを決める:各学生がそれまで無意識に持っていたバイアス(職業的ヒエラルキーや役割意識)にとらわれずチームとしての活動に平等に貢献できるように,グランドルールを決めて共有することが大切である.

5)患者中心のアプローチができるシナリオを作成する:患者が自分の意思や価値観を表明できないシナリオ(意識障害など),すなわち疾病レベルへのアプローチで課題が解決してしまうシナリオではなく,心理・社会的課題も含めたアプローチが必要なシナリオを作成する.

6)IPE教員/指導者が心掛けること:教員の授業への関与は各学部で平等にする,また授業運営の中で教員同士がうまく連携が取れている姿を学生に見せることが重要.学生は各学部間の教員同士の関係からも多くを学んでいる.

7)学生の専門職および専門職間アイデンティティの両方の成長を確認できる形成的評価を行う:専門的知識の修得評価だけではなく,チームへの貢献,活動の振り返り等も評価する.

 最後に

講演でも提示した図9(写真)の状況について考えてみよう.

図9

ある病室の一場面

課題:「病棟薬剤師として仕事をしているあなたは,担当患者の部屋を訪問したところ,詳細をよく知らない隣の患者のベッドの足元に枕が落ちているのを見つけました.あなたはどうしますか?」

この病棟での協働的実践がうまくいっていれば,すぐ解決できそうな問題ではあるが,そうでない場合は「自分の仕事ではないから」と思ったり,「声をかけてもいい患者かどうかわからない」と悩んだり,あるいは「忙しそうな看護師に声をかけるのをためらって見て見ぬふり」をしたり迷ってしまう状況かもしれない.専門職間社会化が進み,各自が “多職種コミュニティーのメンバーとしてのアイデンティティ” を獲得していれば,メンバー同士が “今,患者のために必要なこと” を共有し優先することができ,ぎくしゃくすることなく対応ができるかもしれない.ここに挙げたような些細なことが日々,診療の現場で起こっていることであり,IPEにより医療・ケア現場でのポジティブな協働実践の構築につながることが期待される.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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