薬学教育
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誌上シンポジウム:データベース研究を臨床での武器とする教育
薬学教育におけるデータベース研究の可能性
―指導者の視点から―
近藤 悠希
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2025 年 9 巻 論文ID: e09049

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抄録

近年,医療ビッグデータの利活用への期待が高まり,それに伴い薬学教育においてもデータベース研究に関する教育が求められている.一方,その実践には前処理作業の煩雑さや疫学手法・プログラミング技術の習得ハードル,さらに臨床経験の不足といった複数の障壁が存在する.本総説では,これらの課題を整理した上で,その解決方法の一例として当分野の取り組みを紹介する.当分野では,①学生の興味・特性に応じた研究テーマ選択,②共同研究への参画による技術獲得,③社会人大学院生との協働による臨床感覚の醸成を行っている.これらの取り組みは,学部学生,社会人大学院生,指導教員の三者にメリットがあり,実際に,参加した学生の学会発表や論文投稿に至っている.これらの取り組みが,「データベース研究を臨床での武器とする教育」により,質の高い臨床薬剤師の養成につながることを期待する.

Abstract

In recent years, growing expectations for the utilization of healthcare big data have driven a demand for database research training in pharmacy education. However, its practical implementation is hindered by multiple barriers, including the complexity of data preprocessing, the steep learning curve for epidemiological methods and programming skills, and insufficient clinical experience among undergraduates. In this review, we first organize these challenges and then introduce our own initiatives as one example of a solution. In our program, we (1) support students in selecting research topics tailored to their interests and characteristics, (2) enable technical skill acquisition through participation in collaborative research, and (3) cultivate clinical insight through close collaboration with working graduate students. These initiatives offer benefits to undergraduate students, working graduate students, and supervising faculty alike, and have already resulted in conference presentations and manuscript submissions by participating students. We anticipate that these efforts, under the concept of “database research as a clinical tool” education, will contribute to the development of highly capable clinical pharmacists.

 はじめに

近年,様々な分野でビッグデータの活用が行われており,これは薬学においても例外ではない.特に医療薬学領域では,様々な医療ビッグデータを用いたデータベース研究が実施されている.とりわけ,レセプト情報や本邦の有害事象自発報告データベース(JADER),疾患レジストリといったリアルワールドデータは,薬学研究のみならず臨床現場での意思決定においても活用されつつある.しかしその一方で,データベース研究には様々な限界もあり,その解釈には注意を要する.したがって,薬剤師として臨床で活躍するうえでは,薬学部においてデータベース研究について学ぶことの必要性は年々増している.

 薬学モデルコアカリキュラムにおけるデータベース研究の位置づけ

これらの背景から,「薬学教育モデルコアカリキュラム令和4年度改訂版」(以下,改定モデルコアカリキュラム)では,基本理念において,ビッグデータや人工知能にも言及され,「A 薬剤師として求められる基本的な資質・能力」の一つとして,「情報・科学技術を活かす能力」が含まれるなど,学部教育においてもデータベース研究について学習する必要性が記載された.さらに,大項目「B 社会と薬学」の中に,「B-5-2 デジタル技術・データサイエンス」が小項目として設定されている(表1).

表1

データベース研究に関連する改定モデルコアカリキュラムの記載

区分 内容
ねらい 医療の高度化・複雑化,デジタル化等の技術革新に伴い,薬剤師に求められる役割は今後も変化していくことが予想される.電子処方箋,オンライン診療・服薬指導,ICTなどのデジタル技術及び医療に関するビッグデータの取扱いと留意点を知り,各種疾患及び薬剤師業務と関連付けて,これらの技術を活用して医療の質を向上させる方策を提案する.
学修目標 1)医療分野における情報科学技術を取り扱う際に必要な倫理観・デジタルプロフェッショナリズム及び基本的原則を理解する.
2)医療分野におけるデジタル技術の活用例(電子処方箋,オンライン診療・服薬指導,医療におけるICT及びAI技術)について概説する.
3)代表的な医療に関するビッグデータ(レセプト情報・特定健診等情報(NDB: National Database),疾患レジストリ,有害事象自発報告データベース等を含むリアルワールドデータ)について概説する.
4)医療分野におけるデジタル技術及び医療ビッグデータを取り扱う上での注意点を説明する.
5)デジタル技術を活用して患者にどのような医療を提供できるか提案する.
6)人々の健康に関する課題を抽出し,デジタル技術及び医療ビッグデータを活用した解決策を提案し,適切に情報提供する.

B-5-2 デジタル技術・データサイエンスの〈ねらい〉〈学修目標〉

このように改定モデルコアカリキュラムでは,データベース研究に関連する能力を身につける必要性が記載されているが,その学修目標は「基本原則の理解」や「課題抽出」,「解決策の提案」であり,自分で解析を行えるスキルを身につけることは求められていない.すなわち,改定モデルコアカリキュラムにおいても,データベース研究を学ぶこと,活用できる素養を身につけることは重要であるとしながらも,薬学生を “データサイエンティスト集団” を作ることを目的としているわけではないことが読み取れる.

 学生がデータベース研究を実施することの難しさ

専門外の人間にとって,データベース研究は「ビッグデータは何でも解決できる」「最近の流行」「良く分からないけど,なんかかっこいい」というイメージが先行しやすい.それは,薬学生にとっても例外ではなく,事実,当分野の学生の意見を聞いてもそのような印象を持っている学生は少なくない.そして,なにより著者自身が実際にデータベース研究に着手する前は同様の印象を持っていた.しかし,実際に解析を始めると,生データのクリーニングや欠測値処理といった膨大な前処理に直面する.こうした泥臭い作業には相当な根気が求められ,多くの学生が戸惑いを覚える.さらに,データベース研究に特有のLimitations(たとえば,有害事象自発報告における報告バイアスや,レセプトデータにおけるいわゆるレセプト病名)への対応を迫られ,アウトカム定義や説明変数の選定などについては,細部にわたる慎重な判断を求められる.特に,学部段階では臨床経験が乏しいため,これらの専門的判断に自信を持てず,「自分には難しいかもしれない」という感覚を覚えるケースも少なくない.また,データベース研究には,クリニカルクエスチョンを見出すための臨床薬理学の知識や臨床感覚,適切な研究デザインを選択する統計学の知識といった従来の臨床研究に必要な能力に加え,プログラミング言語の理解,解析用ワークステーションを使いこなすICTの知識も必要となる.このような領域横断的な知識を一人で網羅することは,学生はおろか,指導教員にとっても困難を極める.このように,学生と指導者の双方に多様なハードルが重なるのがデータベース研究教育の難しさといえる.次項からは,当分野がこの課題にどのように対処しているかを一例として紹介する.

 学生の特性に合致したデータベース研究への関わり方の提供

また,研究はその内容により,求められる特性が異なることは言うまでもない.データベース研究には,前述のとおり「地道な前処理を完遂できる根気強さ」が求められる.さらに,データベース研究には「能動的な実施力」が求められると著者は考えている.データベース研究に限らず,ドライの研究全般に言えることだが,細胞や動物に実験の都合が左右されるウェットの研究とは異なり,(理論的には)いつでも実施することが可能である.これは利点でもある一方,能動的に研究に取り組む姿勢がないと,研究を進めることが難しい.このような背景を考慮し,学生にとって最適な研究テーマを選択することが理想である.当分野は幸いなことに,ウェットとドライの研究双方を行っており,またドライの研究もデータベース研究だけでなく,アンケート調査も行っている.この特徴を活かし,当分野では研究室配属後,学生には約一か月の検討期間を設け,同級生同士で相談しながら,自分の特性を考えて研究テーマを選択してもらっている.また,大学院生や学部上級生が実際に自分の研究テーマを紹介する機会を設けている.この時には,あえて教員は同席せず,成功事例のみならず困難や失敗体験も率直に共有することで,学生が本音を伝えやすい環境を構築している.また,ウェットの研究を選択した学生がデータベース研究に触れることができないという機会損失を避けることを目的に,ウェット研究のミーティングにおいて,データベース研究を行っている学生が自身の研究内容をプレゼンテーションする機会を定期的に設けている.また,逆にドライ研究のミーティングでもウェット研究のプレゼンテーションを行っている.これらの試みの成果として,実際にドライ研究で見出した成果をウェット研究で検証につなげている学生も出てきている.

 データベース研究に求められる多彩な知識をどう担保するか?

データベース研究には,前述のとおり,疫学研究デザインの手法の理解や解析用のプログラムコードの作成など,多岐にわたる専門知識が必要とされる.これを指導教員だけで賄うのは困難であり,著者自身も当然すべてを網羅できているとは考えていない.特に著者のバックグラウンドは臨床薬理学や社会薬学であり,研究テーマの設定は比較的得意であるが,実際の解析スキルについては,得意とはしていない.そこで,研究室外のスペシャリストと協働する機会を通じて,学生が学ぶ機会を整えている.一例として,昭和大学の今井志乃ぶ教授および名城大学酒井隆全助教と実施している共同研究のプロジェクトミーティングに,学部生を参加させていただいた.これにより,研究デザインの構築におけるレセプトデータを用いたアウトカム定義や薬剤曝露量の算出,調整因子の選定に関する打ち合わせに直接同席することで,疫学的視点と臨床的判断の両立をリアルタイムで学び取る機会を設定することができた.また,製薬企業との共同研究においては,解析を実施する学生がメディカルアフェアーズ部門担当者や他大学の共同研究者の意見を交換する機会を設けている.こうした共同研究の枠組みを通じて,学生は必要な知識領域を「教わる」のではなく,専門家と同じテーブルでディスカッションしながら学び,データベース研究に求められる多彩な知識基盤を実践的に担保できるように努めている.

 臨床経験が少ない学部学生の臨床感覚をどのように担保するか?

データベース研究には,臨床感覚が必要だが,これを臨床経験が乏しい学部学生に求めることは難しい.この点については,研究室内の共同研究を通じて,対処している.当分野には,7名の社会人大学院生(博士課程在籍)が在籍しており,保険薬局や病院薬剤部に勤めながら研究に取り組んでいる.社会人大学院生との共同研究は,学生にとって幅広い臨床知識や業務のリアリティを直接学べる貴重な機会である.一方,社会人大学院生はデータベース研究の経験が浅く,データベースに触れる機会が多い学部学生との協働から学べることも多い.そのため,両者が協働することで,お互いの弱点を補うことができる.その一例として,刈谷豊田総合病院薬剤部の木下照常氏の若年女性における低リン血症症例報告を行う際に,国内における同様の症例をJADERデータベースから探索した研究1) を紹介する.本研究では,臨床経験豊富な木下氏が示す症例選定基準や考察の視点を,データ解析に精通した学生がサポートすることで,相互補完的に研究を推進した.このような異なるバックグラウンドを持つメンバー同士の協働は,学生にとって自身の専門知識の限界を認識すると同時に,研究の幅を広げる原動力となっている.

 おわりに

本稿では,薬学部におけるデータベース研究教育を取り巻く現状と課題,そして当分野での試みを紹介してきた.ビッグデータの利活用が医療薬学領域で急速に広がる一方,前処理作業の煩雑さや専門的判断の難しさ,臨床経験の不足といったハードルが学部学生にも指導者にも立ちはだかっている.これらを乗り越えるために,当分野では学生に対して多様な研究テーマを選択可能とし,特性にあったデータベース研究への関わり方を提供してきた.また,共同研究の場を活用し,学生自身が専門家と同じテーブルで疫学的視点や臨床感覚を習得する機会を設けることで,データベース研究に必要な知識や能力の担保を図ってきた.これらの取り組みは,理想図として意図的に設計されたものではなく,目の前の課題に対する小さな工夫を積み重ねる中で自然発生的に形作られてきた体制である.したがって,これこそが唯一の最適解というわけではない.しかし著者は,現在の体制から,データベース研究を単なる研究の一手法にとどめず,教育・研究・臨床の三者を有機的に結びつける可能性を感じている.学部学生・大学院生は,学内で学んだ研究手法を,共同研究という実践の場で自身の問題解決能力として体得する.社会人大学院生や病院・薬局薬剤師など臨床現場の専門家は,データ解析のプロセスを通じて研究能力を高めると同時に,研究者に臨床課題の新たな発見をもたらす.指導者は,そうした多様な知見をカリキュラムやプロジェクト設計へと還元することで,教育の質を継続的に向上させる.このような相互作用が織りなす循環を通じて,学生は「データベースを武器とする臨床薬剤師」へと成長し,研究は現場の問いから新たなテーマを生み出し,臨床はエビデンスに裏打ちされた質の高い医療を実現する.このような好循環を内包した「データベース研究を臨床での武器とする教育」により,質の高い臨床薬剤師が輩出されることを期待する.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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