論文ID: 2023-038
教育研究を行うことの難しさとして,どのように論文化まで持っていけばいいのか,イメージを掴みにくいことが挙げられる.本稿では教育研究に対する敷居を少しでも低くできるよう,量的研究を想定した教育研究の研究デザインについて自施設での事例を交えて検討する.第一に,一般的な臨床研究と教育研究との類似点と相違点について,母集団と標本との関係から紐解く.またリサーチクエスチョンを明確化するのに有用なPECO(PICO)を紹介し,これを用いて教育研究における研究デザインの枠組みを構築する際,どのような点の設定が難しいのか考察する.第二に,自施設での教育研究事例について,研究デザインの枠組みや苦労した点,工夫を行っている点なども含めて紹介する.最後に,自施設で行った教育研究から得られた注意点や課題について,筆者の視点を論じる.本稿が薬学教育に関わる多くの研究者にとって,少しでも有益となれば幸いである.
Educational researchers may struggle with the process of transforming their research into research papers. To reduce the barriers to educational research, in this paper, quantitative educational research designs are discussed using examples from the author’s institution. First, the similarities and differences between general clinical research and educational research are discussed in terms of the relationship between the population and the sample. PECO (PICO), a useful framework for clarifying research questions, is introduced and discussed in relation to some of the challenges of developing research designs for educational research. Second, examples of educational research conducted at the author’s institution are presented, including the research design frameworks, difficulties encountered, and points of development. Finally, specific issues related to educational research conducted at the author’s institution are discussed. This paper aims to benefit the many researchers involved in pharmaceutical education.
近年,高等教育の充実が叫ばれており1),薬学教育も例外ではない.論文発表を活発化させ,教育研究活動を広く一般に周知することは,薬学教育を充実・発展させる有力な手段の1つであるが,論文化へのハードルは高い.2020年より教育研究を始めた筆者も例外ではなく,論文作成に苦労しているが,臨床内科医(脳神経内科)のキャリアからスタートし,基礎免疫研究,バイオ統計,臨床研究支援,医療の質・安全といった多岐にわたる研究や業務に関与したこれまでの経験を活かして教育研究に取り組んでいる.本稿では,量的研究を想定した場合の教育研究のデザインについて,自施設で行った事例を交えながら考えてみたい.
最初に,筆者が考える観察研究を想定した場合の一般的な臨床研究と教育研究との類似点と相違点について説明する.臨床研究の場合,研究計画立案時点で考えるべき重要な視点の1つに,得られた結果が一般化可能かという点がある.すなわち何らかの臨床研究を行う際には母集団の存在を念頭におくこと,実際に解析を行うデータの標本は母集団から抽出されたものとして捉えることが重要である.また標本解析から得られた結果が,母集団に反映可能であることも重要な前提となる.次に臨床研究の研究デザインの枠組みを検討する際,観察研究を想定したPECOや介入研究を想定したPICOというフォーマットを用いると研究内容の整理に繋がりやすい.PECO(PICO)は,Patient/Participant(患者/対象者),Exposure/Intervention(曝露/介入),Comparison(比較),Outcome(アウトカム)という要素を表す頭文字からなる略語である.PECO(PICO)を使用することにより,研究内容を整理するのに役立ち,研究のリサーチクエスチョンを明確にできる.ここで筆者が過去に関与した臨床研究を具体例として提示する2).この研究は熊本大学病院に入院し,免疫チェックポイント阻害剤を投与された非小細胞肺がん患者が,整腸剤のCBM588投与の有無で生存時間に違いを認めるか後方視的に検討した観察研究である.この研究のPECOは,P:免疫チェックポイント阻害剤を投与された非小細胞肺がん患者,E:CBM588を服用,C:CBM588を服用しない,O:生存期間となる.また,母集団を非小細胞肺がん患者として考え,熊本大学病院に入院した非小細胞肺がん患者を標本として設定している.これは典型的な臨床研究(観察研究)の一例であるが,同様の形式で教育研究についても検討を行ってみよう.一般的な教育研究の場合,自施設の薬学生を対象とした研究が多い.この研究の母集団と標本との関係性を考えてみると,母集団は日本の薬学生(あるいは世界の薬学生),標本は自施設の薬学生となる.しかしながら,この母集団と標本との関係性には疑念が生じる.患者を対象とした何らかの臨床研究の場合,例外はあるものの,同じ疾患であれば症候や検査所見は基本的に類似している.結果,単一施設の研究であっても,症例数の少なさが問題になる場合があるが,母集団と標本との関係性は成り立つ.一方で教育研究の場合,対象者を薬学生という言葉で一括りとしているが,各大学によって教育内容や学生の能力には違いがある.そのため自施設の薬学生を対象とした教育研究の結果が,他大学の薬学生にも適応可能かどうか,すなわち一般化可能かどうかについての判断が難しい.その結果,思い至った教育研究が本当に教育研究として妥当な研究となり得るのか疑念が生じてしまうのである.これに対する解決策の1つとして,様々な大学所属の薬学生を対象とした多施設共同研究の推進が挙げられるが,多施設共同研究の研究デザインは難しい.入念な準備等も必要であり,教育研究を始めたばかりの段階で多施設共同研究を行うことはハードルが高く現実的ではない.そこで筆者が過去に行った臨床研究を例として,別の解決策を紹介する3).この研究は熊本大学病院に入院した患者を対象とした後ろ向き観察研究である.入院中にインシデントとして転倒あるいは転落(転倒/転落)が発生した患者と,転倒/転落が発生しなかった患者とを比較することで,転倒/転落のアセスメントアルゴリズムを開発した.この研究における母集団と標本とを考えた場合,母集団は日本あるいは世界の入院患者,標本は熊本大学病院の入院患者である.しかしながら一括りに入院患者といっても,病院の規模や標榜する診療科によって入院患者の特徴は異なる.また職員数や病院施設の設備状況によっても,入院患者が転倒/転落するリスクは異なるかもしれない.そのため,研究デザインの枠組みを構築する段階で,母集団と標本との関係性が成り立たず,標本(熊本大学病院)のみに適応可能なアセスメントアルゴリズムを開発するだけはないかとの懸念が生じた.そこでこの研究では論文化の際,アルゴリズムの開発過程や手法を詳細に提示した.結果,規模や患者背景が異なる別の病院であってもアルゴリズムの概念や手法を利用・応用することが可能となり,論文発表に至ることができた.このような手法を用いれば単一施設の教育研究であってもその結果を一般化できる可能性があり,母集団と標本との関係性の問題を解決することは可能であると考える.
それでは次のステップとして,PECO(PICO)を利用して教育研究の内容を整理してみよう.例えば,Pを前述のように「薬学生」とし,E(I)を「何らかの教育提供」と設定した薬学教育研究を考えてみたとする.このような教育研究は十分にあり得るが,教育の公平性という観点を考慮した場合,“比較” 対象のCを「教育提供を行わない」と設定することは倫理的な懸念が生じる.その結果,“アウトカム” であるOの設定が難しくなる.また教育研究で行われる頻度が高いアンケート調査研究では,調査そのものは比較的容易に行うことができるが,“比較” 対象のCの選定に苦労し,“アウトカム” であるOの設定も立ち行かない場合が往々にして存在する.
以上の流れをもとに,筆者の私見ではあるが,臨床研究と教育研究との研究デザイン構築の難易度の違いを,PECO(PICO)を用いて表にまとめた(表1).教育研究において悩むのは主にE(I)およびC,Oの設定である.つまり,PECO(PICO)を用いて研究のリサーチクエスチョンを明確にしようとした際,浮かび上がるのは “曝露/介入”,“比較”,“アウトカム” の設定の難しさである.
臨床研究と教育研究におけるリサーチクエスチョン明確化の困難度の違い(私見)と,筆者が経験した研究におけるリサーチクエスチョンとPECO
PECO(PICO) | 臨床研究 | 教育研究 |
---|---|---|
◎設定しやすい,〇比較的設定しやすい,△設定が難しい,×設定が大変難しい | ||
Patient/Participant(患者/対象者) | ◎ | 〇~◎ |
Exposure/Intervention(曝露/介入) | ◎ | △~〇 |
Comparison(比較) | 〇~◎ | △ |
Outcome(アウトカム) | 〇~◎ | ×~△ |
事例1 リサーチクエッション:薬剤師の経験年数や職場環境によって,学生時代に勉強しておくべきだったと考える内容は異なるのか? | ||
Participant(対象者) | 自施設の卒業生(薬剤師) | |
Exposure(曝露) | 卒後年数(卒後0–4年),あるいは病院薬剤師に対するアンケート調査 | |
Comparison(比較) | 卒後年数(卒後5–11年),あるいは薬局薬剤師に対するアンケート調査 | |
Outcome(アウトカム) | 「学生時代に勉強しておくべきだったと思うこと」等の質問に対する自由記述の内容 | |
事例2 リサーチクエッション:筋肉注射実習によって,筋肉注射に対する学生の知識や手技の向上は認められるのか? | ||
Participant(対象者) | 自施設の薬学4年生 | |
Exposure(曝露) | 筋肉注射実習 | |
Comparison(比較) | 筋肉注射実習前 | |
Outcome(アウトカム) | 学生の知識や手技の向上(評価項目による判定) | |
事例3 リサーチクエッション:薬剤師と非医療従事者及び医師,看護師において,薬剤師業務に対する認識は異なるのか? | ||
Participant(対象者) | 非医療従事と医療従事者(薬剤師,医師,看護師) | |
Exposure(曝露) | 薬剤師に対するアンケート調査 | |
Comparison(比較) | 非医療従事者,看護師,医師に対するアンケート調査 | |
Outcome(アウトカム) | 薬剤師業務に対する認識度 | |
事例4 リサーチクエッション:真面目に課題に取り組んだ学生はテストの成績が良く,不真面目な学生は成績が悪いのか? | ||
Participant(対象者) | 自施設の薬学3年生 | |
Exposure(曝露) | 締め切り日に課題を提出した学生 | |
Comparison(比較) | 締め切り日以前に課題を提出した学生 | |
Outcome(アウトカム) | 筆者担当科目の試験成績 |
これらの設定を難しくする要因の1つに,教育研究の経験不足がある.教育研究の経験不足は筆者自身も常々痛感しているが,教育研究を実践することでしか経験不足は改善できないため,筆者らは試行錯誤を繰り返しながら教育研究を実践している.この項では自施設で行った教育研究の事例を幾つか紹介する.少しでも参考になる部分があれば幸いであるが,必ずしも優れた教育研究ではないことはご容赦いただきたい.
1. 事例1 自施設の卒業生を対象としたアンケート調査研究筆者の着任後に最初に行った教育研究で,自施設の卒業生(薬剤師)を対象としたアンケート調査研究である4).“曝露” がアンケート調査研究であり,「卒後年数(卒後0–4年と卒後5–11年)」,あるいは「病院薬剤師と薬局薬剤師」の2群での “比較” とした.“アウトカム” は,「学生時代に勉強しておくべきだったと思うこと」等の質問に対する自由記述の内容である(表1).この研究の問題点は,対象者が自施設の卒業生である点であり,テキストマイニングを用いて行った解析結果が自施設の教育プログラムの特性を反映した結果に過ぎず,結果を一般化できない懸念は存在する.一方で一定程度の社会経験を積んだ薬剤師としての意見であるため,結果を一般化できる可能性も有している.「薬学教育」に投稿した本研究論文は,初回投稿時に査読者から相当数の様々な指摘を受けたが,それによって教育研究について多くのことを学んだ.教育研究の経験が豊富な研究者が周囲にいない場合,論文に対する査読者のコメントを通して学ぶという方法も有用である.
2. 事例2 評価法の作成により一般化を目指した研究薬剤師の職能拡大を考慮し,薬学4年生を対象とした筋肉注射実習の効果を検証した研究である5).“曝露” を筋肉注射実習とし,“比較” を筋肉注射実習前とすることで,筋肉注射実習による学生の知識や手技の向上について検討を行った.筋肉注射実習自体は多くの大学で行われている実習であり,新規性があるわけではない.しかしながら筋肉注射に関する評価項目を作成し公開したため,評価項目の利用という点で一般化できる可能性があると考えている.また筋肉注射実習の前後で “比較” することで,“曝露” と “比較” の設定とした(表1).このように何らかの教育介入の前後で検討する方法は,“曝露” と “比較” の設定において有用な方法の1つである.
3. 事例3 学生の教育も視野に入れ,卒業研究へ適応させた研究筆者所属の研究室では配属になった学生の卒業研究として,アンケート調査研究を行っている.アンケート調査の質問項目を検討する際,学生をランダムに数グループに分け,各グループ内で過去の文献なども調べながら質問項目を考えてもらう.次に全体ミィーティングを実施し,各グループ案を発表してもらった上で議論を行い,質問項目の最適化を目指す.この一連の流れを1週間サイクルで行い,半年以上繰り返すことでアンケートを作成する.デルファイ法6) を参考に行っているこの手法は学生の多様な意見を集約でき,時に教員の発想では思いつかないような提案が出ることもある.またチームでアンケート調査研究を行うことで,学生はチーミングやリーダーシップの重要性を学ぶことができる.さらにアンケート調査研究を通して,研究デザインの重要性を学び,卒業後に何らかの研究を行う際の土台となり得る.筆者らは,この手法を用いて行った薬剤師業務に対する非医療従事者と医療従事者(看護師,薬剤師,医師)の認識に違いに関するアンケート調査結果を報告している(“曝露” が薬剤師に対するアンケート調査,“比較” が非医療従事者,看護師,医師に対するアンケート調査)7) (表1).尚,アンケート調査研究の場合,研究デザイン構築の段階で比較設定することが理想であるが(図1a),それが難しい場合も存在する.そのような場合,まずはアンケート調査を行い,回答結果を確認する.その上で特徴的な回答結果が得られた質問項目が存在すれば,その回答結果の違いに着目し,比較検討を行う方法も可能である(図1b).また,同じ集団に対して経時的にアンケート調査を行い,以前との変化を確認する等の方法もある(図1c).
アンケート調査における比較対象の選定方法の例.(a)比較する対象が明確な場合.(b)ある質問項目の回答結果の違いに着目して比較する場合.(c)同一対象者に同じアンケート調査を繰り返し行う場合.
筆者が現職に就いた2020年はコロナ禍であり,対面講義が不可能な状況であった.筆者が担当する科目もオンデマンドでの対応を行ったが,個々の学生の学習状況を把握する必要に迫られた.そこで講義回毎に課題を出し,Web経由での課題提出を義務化したが,「真面目に課題に取り組んだ学生はテストの成績が良く,不真面目な学生は成績が悪いのか?」とのリサーチクエスチョンを思い至った(表1).このような場合,通常は学生にアンケートを行い,講義資料に対する勉強時間や課題への取り組み時間等を調査するが,この手法には「思い出しバイアス」や「社会的望ましさバイアス」のリスクがある.そこでこの研究では,講義資料の確認時刻や課題の提出時刻等の時間情報に関するアクセス履歴を活用した時間データ解析を行った.このような着想は,筆者が過去に臨床研究支援に従事していたことや,前述のようにデータを扱う研究を近年行っていたことが影響している.しかしながら,この研究の論文採択には多大な労力を要した.論文を作成した2021年1月の時点で,時間データを利用した医療系教育研究は皆無であり,果たしてこの研究内容が医療系の教育研究として受け入れられるのか不明であった.実際,論文を複数の医療系教育国際誌に投稿したところ,“分野が異なる” という指摘やmajor revisionにはなるがその後が上手くいかない等,rejectを繰り返した.査読者から何らかの指摘があった場合には指摘事項を吟味した上で,修正を行いながら投稿を続けた.最終的に「薬学教育」に採択された時には8),初回の論文投稿から1年9ヶ月の時間が経過していた.筆者のように経験が浅い教育研究の分野で論文が採択されるためには,諦めずにチャレンジ精神を持って投稿を繰り返すことも重要であると考える.
5. 事例5 異なる分野の研究者との共同研究薬学部に所属する研究者間で研究を行うメリットとして,研究者同士の背景が似ていることが多いため意思疎通しやすく,研究推進力が増すことが挙げられる.一方でデメリットして,似たような背景であるが故に思考の固定化が問題になり得る.この問題に対し,異なる分野の研究者と共同研究を行うと新たな視点や視野を獲得でき,思考の固定化の回避に繋がる.また,教育研究に通じた分野の研究者と共同研究を行うことで,自身の教育研究に対する経験値が上がる.具体的には,教育心理学や生命倫理学分野の研究者が該当し,教育研究ではないが,筆者も過去に生命倫理学の研究者と共同研究を行ったことがあり9),多くの知見を得ることができた.さらに教育研究と全く関係のない分野の研究者と共同研究を行うことが有用である場合もある.筆者は最近,世論調査方法論の専門家と研究に携わる機会を得たが,アンケート調査研究における研究デザインの構築において,非常に刺激を受けている.このように異分野の研究者と自ら積極的に交流する姿勢も必要かもしれない.
ここまで自施設で行った教育研究の事例を幾つか紹介した.これらの研究を行う中で教育研究の注意点や課題も見えてきたため,私見にはなるが以下に紹介する.
1. 課題1 倫理面での配慮学生を対象とした成績に関係する教育研究を行う場合,単純に学生の成績を把握するだけでなく,それまでの成績状況や日常生活における自己学習の程度,生活環境,学生の考え等,様々な影響因子について確認や調査を行った方がより教育の本質に迫ることができる.しかしながら,これらの情報は学生の内面に迫るものであるため,慎重な対応が求められる.具体的には研究計画書を記載し,研究開始前に倫理審査委員会での承認を受けることは必須である.またその上で,当該研究を行う意味や意義について,学生への丁寧な説明が必要である.また研究参加についての判断は,学生の自由意思に基づき,参加の有無が学生の利益あるいは不利益に繋がることがないようにしなければならない.
2. 課題2 論文作成のためのArtificial Intelligence(AI)の利用筆者が教育研究を行う,あるいは教育研究論文を記載する際,関連する参考文献を検索する困難さがあった.ElicitやConsensusはこの問題を解決してくれる場合も多く,筆者も利用する機会が多い.ただし,AIが提示する文献情報をそのまま信頼するのではなく,研究者自身の確認が不可欠である.また近年,ChatGPTを代表として様々な文章生成AIが登場している.自身が記載した文章の編集や推敲を行うためにAIを利用することは論文作成の推進に繋がるが,不正確な回答を提示する場合もあるため,注意が必要である.さらにAIの生成文章をそのまま論文に使用することやAIを共筆者として含めることは大きな問題があり,例えばNatureではAIの使用基準が提示されている10).そのため,論文作成時に生成AIを使用した場合,論文の「方法」や「謝辞」の項目に使用及びその使用内容を明記した上で査読を受けなければならない10).
3. 課題3 多施設共同研究の必要性薬学教育研究が一定程度実を結んでくれば,自身の研究成果をより周知させるために,国際誌へ研究論文を投稿することは1つの選択肢となる.しかしながらやや過去の報告ではあるが,主要な医学教育系国際誌への日本からの掲載論文数は少ないことが報告されている11).そのような中でも医学教育系国際誌に掲載されている論文に着目すると,多施設共同研究を行っている論文が多い11).前述の通り,多施設共同研究を行う意義は,対象者人数を増やすことで結果の信頼性が増すこと,得られた成果を一般化しやすいことである.多施設共同研究の実施は,自施設でも今後の課題である.
4. 課題4 研究期間の長期化教育的観点から考えた場合,短期的効果ではなく長期的効果を検証する教育研究を行った方が望ましいことは明白である.一方で長期的効果を検証するということは,教育研究期間が長期に渡るということを意味する.長期的研究では研究デザインの重要性がより求められることに加え,数年かけて行った研究にも関わらず,成果が乏しい結果が得られる可能性がある等,ハードルやリスクが高い.そのため長期的効果を検証したい場合,教育研究のアウトカム,すなわちPECO(PICO)のOの部分について,短期的効果と長期的効果との検証を使い分ける(図2a),あるいは併用する手法を用いるとリスクを減らすことができる(図2b).
教育研究の研究デザイン例.(a)短期的効果と長期的効果との検証を使い分けた例.(b)短期的効果と長期的効果とを組み合わせた例.
量的研究を想定した場合の教育研究の検討と課題について,自施設での研究を例に紹介したが,本稿で扱っていない分野として質的研究の教育研究が存在する.質的研究を実施する上での基本理念を紹介した論文は12),「薬学教育」の月間アクセス数ランキングでトップになるなど,この分野に関する関心は非常に高い.量的研究と質的研究ではサンプルサイズの考え方の違いなど様々な相違点があるが,「リサーチクエスチョンを明確にする」という点では両者に違いはなく,やはりまずはここから始めることが望ましい.2023年2月に文部科学省より薬学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)が公表され,2024年度入学生から適応が開始される.質の高い教育を行うためにはエビデンスの蓄積が不可欠であり,論文報告は重要である.本稿が薬学教育に関わる多くの研究者にとって,少しでも有益であれば幸いである.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.