論文ID: 2024-016
本総説では,生成AI技術の急速な発展と教育現場への応用,及びバーチャルリアリティ(VR)・メタバース技術を活用した教育の可能性について議論する.生成AIは学習支援ツールとして様々な形で教育の質の向上に寄与する一方,実際の体験を通じた学びが不足することが懸念されており,それを補完する手段としてVR・メタバース教育が今後重要になると期待される.ここでは,筆者によるVR食育教材やVRライブ授業配信の自験例を紹介し,メタバースの「教室」および「教材」としての活用方法を議論する.今後,生成AIとVR・メタバース教材の特性を理解し,それらを組み合わせることで,学習者をより深い学習に導くことができるようになるだろう.未来の教育は,AIとメタバースの統合により,パーソナライズされ,インタラクティブで実践的な学習環境へと進化することが期待される.
This review discusses the rapid development of generative AI technology and its application in educational settings, as well as the potential of virtual reality (VR) and metaverse technologies in education. While generative AI contributes to the improvement of educational quality in various ways as a learning support tool, there are concerns about the lack of learning through actual experiences. VR and metaverse education are expected to become increasingly important as a mean to complement this gap. In this paper, I introduce the author’s own examples of VR food education materials and VR live lesson streaming, and discuss the utilization of the metaverse as a “classroom” and “teaching material”. In the future, by understanding the characteristics of generative AI and VR/metaverse materials and combining them, it will be possible to guide learners to deeper learning. It is expected that the education of the future will evolve into a personalized, interactive, and practical learning environment through the integration of AI and the metaverse.
2023年はAI(人工知能),特に生成AIの話題が席巻した一年であった.生成AIとは「コンテンツやモノについてデータから学習し,それを使用して創造的かつ現実的な,まったく新しいアウトプットを生み出すAI」1) と定義できるが,この技術は目覚ましい進展を遂げており,その波は社会の様々な領域に大きな変革をもたらしている.特に注目されているのが,OpenAIが開発した自然言語処理モデル「ChatGPT」である.2023年1月,ChatGPTは開始からたった2ヶ月で,月間アクティブユーザー数が1億人を突破し,これまでで最も急激に拡大した消費者向けアプリケーションとして記録された.この事実は,AI技術が民主化,すなわち広く社会に受け入れられ,日常生活においても重要な役割を果たし始めていることを示している.
実際,AI技術の影響力については,マイクロソフトの共同創設者であるビル・ゲイツは自身のブログの中で「人工知能は携帯電話やインターネットと同じくらい革命的なものだ」と述べ,AIがもたらす変化の大きさとその可能性を示した2).ゲイツは,AI技術は労働者の生産性を高め,仕事の負担を軽減させる,医療分野で医師を支援し,病気の診断・治療を改善する,教育分野で個々の学習スタイルに合わせた学習コンテンツを提供し,教育の質を高めるであろうと予測している.
一方で,技術革新は常にリスクを伴う.これはAIも例外ではない.例えば,スペースXやテスラのCEOであるイーロン・マスクをはじめとする一部の専門家は,AI技術の進展に伴う「深刻な社会的リスク」に対して警鐘を鳴らしている3).彼らは,AIの発展がもたらす潜在的な危険性について,社会が十分な議論を行い,適切な規制やガイドラインを設けるべきだと主張している.これは,AI技術が人類にとって大きな利益をもたらす一方で,倫理的な問題やセキュリティの懸念,雇用への影響など,様々な課題を引き起こす可能性があることを意味している.
上で述べたように,AI,特に生成AIがその有用性を発揮すると期待されている分野の一つが教育分野である.特に,OpenAIが開発したChatGPTやGPT-4は,教育の現場で多様な機能を提供し,学習支援ツールとしての地位を確立しつつある4).例えば,ChatGPTは,自然言語処理技術により英会話の練習相手として機能することができる.また,特定の単語を使用して例文を生成する機能は,言語学習における文脈理解の強化に役立つ.これにより,学習者はいつでもどこでも英語の練習を行うことが可能となり,言語習得のハードルを大幅に低減する5).また,エッセイ作成やディスカッションの準備段階でアイデア出しを支援することもでき,学習者の創造的な思考を促進する6).プログラミング教育においても,生成AIは学習者が書いたソースコードの間違いを確認し,修正案を提案することが可能である7).これで,初学者がコーディングの基礎を固める過程で直面する障壁を低くすることができる.さらに,ChatGPTは与えられた教材を元に問題を自動生成し,採点を行うことができる.そうすることで,教師の負担を軽減し,より多くの時間を生徒一人ひとりの指導に充てることが可能になる8).
筆者自身もOpenAIのChatAPIを用いた自動採点付きプログラミング学習アプリの開発と授業実践を行い,その有用性について一定の成果を得ている9).これらの応用例からも明らかなように,ChatGPTをはじめとするAI技術は,教育の質を向上させるための強力なツールとして機能している.AIによる教育支援は,個別の学習ニーズに応じた柔軟な対応を可能にし,教育のパーソナライズを実現する方向に向かっている.これにより,教育の機会均等化にも寄与すると期待されている.
ChatGPTをはじめとする生成AIの教育への応用は,その多様な課題対応能力によって,上で述べたような学習支援ツールとしての利用にとどまらず,学習のパラダイムそのものを変革しようとしている.生成AIは,選択式の問題から記述式の問題に至るまで,幅広いタイプの課題に対応できるが,これはすなわち,教員が今まで当たり前に課してきた生徒向けの学習課題の多くが,生成AIによって解決できることを意味する.
例えば,学校教育で広く利用されている読書感想文課題においては,AIを利用することで課題図書を読むこと無しに,人間が書いたものと区別がつかない文章を生成して提出することが可能になっている10).この問題に対処するため,読書感想文の実施団体では,生成AIを利用した応募作品に対する規制を導入する動きが広がっている11).また,AI生成文の識別技術の開発も行われているが,与えられた文章が生成AIによるものかを正確に判断することは困難であり12),決定的な対処方法は見つかっていない.それゆえ,生成AIの教育利用は,学習者にとっては新たな学習機会を提供する一方で,教師と学習者の役割の再定義が求められており,教育の質を維持しつつ,AIの利点を活用するための,バランスの取れたアプローチを模索する必要がある.
生成AI技術が進歩する中で,そのメリットとデメリットを考慮しながら教育への応用を進めていくうえで,参考になるガイドラインを紹介したい.文部科学省は2023年7月に「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」13) を公表した.この中で強調されているのは,生成AIは自我や人格を持たないため,その出力を盲信するのではなく,学習者自身の判断や考えを重視することが求められる,ということである.また,AIを教育に活用する際には,そのメリットとデメリットを十分に理解し,発達の段階や子どもの実態を踏まえた上で,教育活動が適切かどうかを見極めることが重要である.つまり,学習指導要領に示される資質・能力の育成を阻害しないかどうか,教育活動の目的を達成する観点で効果的か否かを判断することが,生成AIの教育利用における基本的な枠組みとなる.生成AIの性質などを理解できない学習段階である場合や,学習目的達成につながらない場合,適正な評価の阻害や不正行為に繋がる恐れがある場合は,その活用を見送るべきである.
このような判断をするためには,教員のAIリテラシーが欠かせない.教員はAIの機能と限界を理解し,それを教育活動に取り入れる際の適切な判断ができる必要がある.また,デジタル時代においては,手軽に回答を得られることから,学ぶことの意義についての理解を深める指導がより重要になる.人間中心の発想で生成AIを使いこなし,各教科で学ぶ知識や文章を読み解く力,物事を批判的に考察する力,問題意識を持ち続けることを生徒に促すことがこれまで以上に重要となる.
生成AIの利用を教育分野に拡充するにあたっては,それと同時に体験活動の充実など,教育活動におけるデジタルとリアルのバランスや調和に一層留意する必要がある,と上記の文部科学省のガイドラインは述べている.UNESCOが2023年9月に公表したガイダンス14) においても,生成AIへの過度な依存は,学習者が実際に世の中を観察したり,試行錯誤したり,経験したりする機会を奪うことに繋がる.そして,こうした実際の経験を通じた学びは,学習者の知識構築にとって必要不可欠である,と強調している.したがって,生成AIは有用なツールであるが,実際の経験を通じた学びを代替することはできない.教育においては,生成AIの利用とともに,学習者が実世界での経験を積む機会を十分に設けることが肝要である.しかし,物的,人的,時間的なリソース全てが限られる教育現場において,実世界での経験の機会を多く用意することは簡単ではない.特にコロナ禍においては,薬学教育現場においても実務実習が制限され,地域医療や在宅医療に関連する経験が不足するなど,多くの問題が発生した15).
そこで重要になるのがバーチャルリアリティ(VR)やメタバースが提供する体験学習である.VRは,現実世界を模倣した環境において,ユーザーに現実のような感覚体験を可能にする.一方,メタバースは,現実世界のような空間や人々,社会をデジタル上で再現し,ユーザーが社会的な相互作用を経験できるプラットフォームを提供する.そして教育において,VRとメタバースは,従来の教室や教科書では提供しにくい,あるいは不可能な体験を学習者に提供する.例えば,歴史的な出来事を再現したり16),宇宙や海洋など生徒が容易に行けない場所を体験したりすることが可能になる17,18).これらの体験は,学習者の興味を引きつけ,より深い理解を促進するだけでなく,知識を実際の経験と結びつけることで,学習内容の記憶に対して長期的な効果を持つとされている19).
このように,VR・メタバースを活用することで,学習者は実際に体験しながら学ぶことができ,学習の効果を高めることができる.また,VR・メタバースによる体験は,学習者の感情に訴えかけることが多く20),学習へのモチベーションを向上させる可能性がある21).このように,生成AIとVR・メタバースは,それぞれの強みを教員が効果的に活用することで,教育において相互補完的な関係になりうる.すなわち,AIが提供する情報や知識を活用しつつ,VR・メタバースが提供する実体験を通じて,学習者はより豊かな学習体験を得ることができるだろう.このように,AI時代におけるVR・メタバース教育の重要性は,知識の習得だけでなく,学習者の感覚や感情に訴えかける(バーチャルな)体験学習の提供にあると言えるだろう.
VR・メタバース技術の教育現場での利用を考えるにあたって無視できない要素の一つが,デバイスやプラットフォームへのアクセスである.上で述べたように,VRとは「現実世界を模倣した環境において,ユーザーに現実のような感覚体験を可能にする」技術であるが,そのような感覚をユーザーに提示するにはヘッドマウントディスプレイ(HMD),ヘッドフォン,ハンドコントローラといったデバイスが必要になる.これらを介してコンピューターにより合成された視覚,聴覚,体性感覚をユーザーに提示することで,実際に物理的に自分がそこにいるかのような体験を可能にする.それゆえ,例えば調剤の体験といった具体的な技術を学習するにはVRは非常に効果的22) であり,医療系分野で注目される理由もそこにある.しかし,近年ではこうしたデバイスの価格は以前と比べると大幅に低下したものの,執筆時点でもっとも普及しているデバイスの一つであるMeta社のQuest3でも74,800円であり,学生人数分を準備できる教育機関は限られるであろう.仮にそれができたとしても,VRデバイスの管理は非常に労力を要し,教員側の負担が大きい.それゆえ,台数を制限して共有させる,各学生に配布するなら本人に管理を委ねる,といった対応が必要になる.
一方で,メタバースは「現実世界のような空間や人々,社会」をデジタル上で「再現」することに主眼があり,それをユーザーがどう体験するかはユーザーに委ねられている.すなわち,メタバースにVRデバイスでアクセスし,現実のような感覚体験を味わっても良いし,PCやスマートフォンからアクセスし,フラットスクリーンを介して空間を探索し,人々とコミュニケーションを取って,例えばデジタルアイテムのやり取りといった社会活動に参与しても良い.それゆえ,教育現場でメタバースを活用するにあたっては,どういうデバイスが準備可能であり,そのデバイスによって何をメタバースで行えるかを考慮する必要がある.特に最近では,小学校から大学まで,多くの学校でGIGAスクール端末やBYODが一般化し,教室における一人一台PCが実現している状況では,PCを用いたメタバースへのアクセスが,教育現場において最もスケーラブルな方法と言えるだろう.その場合,空間探索,観察,会話,簡単なオブジェクト操作は可能であるが,VRデバイスを用いるときのような現実感を得ることはできない.そのため,感覚的に技能を学んだり,現場における心理状況を追体験する,といった目的には利用できないが,例えば,海外の病院の様子について知る,タンパク質の立体構造を3D空間で学ぶ,といった利用はPCを介したメタバース体験でも可能である.スマートフォンやタブレットといったモバイルデバイスは,ほとんどの生徒が所持しているため利用しやすいが,タッチパネルを用いたメタバース空間での移動やオブジェクトの操作がやや不便であり,PCに比べると教育目的でのメタバースの利用には不向きである.また,処理能力がPCに比べると劣るため,複雑で規模の大きいメタバース空間や,多人数での会話における音声処理が難しいという欠点もある.
VRデバイス,PCあるいはスマートフォンを介してVR体験を提供するソフトウェアは,いわゆるアプリとして提供される場合ことが多い(特に業務用では).しかし,ゼロからのアプリの開発は非常に高額であり,数百万円のコストをかけてもごく限られた学習体験しか提供できないことが多く,コストパフォーマンスが課題である.一方で,既製品のアプリは英語圏を前提にしたものがほとんどであるため,日本の教育現場では利用しにくく,カスタマイズの範囲も限られるため,語学教育,解剖学など英語でも支障が無いものの利用が中心になる.
そこで,もう一つのアプローチとして,目的ごとに一つ一つアプリを開発するのではなく,既存のメタバースプラットフォーム上で教材を開発する方法が考えられる.メタバースプラットフォームでは,クリエイター(教員など)がブランクな空間を取得し,その中に自由にオブジェクトを置いてカスタマイズすることができる.そしてカスタマイズした空間をウェブ上に公開し,プレイヤー(学生など)がアクセスする.プレイヤーのメタバース空間内での移動,オブジェクトの操作といった機能はメタバースプラットフォームが提供するため,クリエイターは空間の製作に集中でき,コストを抑えることができる.また,空間の設計はクリエイターの自由であるため,教員は自分の授業に合わせた教材を自由に作ることができる.現在,こうしたメタバースプラットフォームで教育分野で利用可能なものとしては,Cluster(https://cluster.mu/),VRChat(https://hello.vrchat.com/)などがある.これらはVRデバイス,PC,モバイルデバイスのいずれでも利用可能な上,教育目的で使う場合は無料で利用できるので,予算の限られる教育機関でも使いやすい.
一方で,3Dモデルの準備やインタラクティブ機能を追加するためのプログラミングはクリエイター自身が行う必要があるため,一定レベルの知識と技術は必要になる.しかし,シンプルなメタバース教材であれば一般の教員でも十分に準備可能であり,すでに活用事例も報告されている23–25).それゆえ,コストパフォーマンスの高いVR及びメタバースの教育利用法として,こうしたメタバースプラットフォームは今後活用が広がると思われる.
ここからは,VRの教育活用について筆者自身が取り組んできた事例について取り上げる.
1. VR食育教材「お米の世界へ行ってみよう!」VRを使った教材として最もシンプルなものが,360度カメラを使った教材である26).このカメラは,名前の通りカメラのレンズを中心として360度の視野で写真や動画が撮影できるカメラであり,VRデバイスによって視聴することで,撮影した場所にいるかのような体験ができる.ただし,あくまでも写真・動画であるため,観察が学習活動の中心になる.そのため,バーチャル手術見学27),環境教育28),異文化体験29) といった形での活用が中心である.筆者は,360度カメラを活用し,NHKエデュケーショナルおよびNHKメディアテクノロジーと共同制作でVR食育教材「お米の世界へ行ってみよう!」を制作した30).この教材は,小学3年生から5年生を対象した教材で,学習の目的は,子どもたちにお米がどのように育つのか,そして田んぼの生態系はどのようになっているかを理解してもらうことである.そこで,田んぼの周囲,田植え後の田んぼの水中,上空からの様子などを360度動画として撮影した.さらに,動画を視聴した後のデブリーフィングの際に使う補助教材も用意し,動画の理解を深めるための質問,動画に見られるものに関する解説を行った.
これらの教材を用いて,2018年に大阪のグランフロント大阪で体験会を実施した.実施方法として,1セッション60分で,12名の子どもたちが参加し,TAを4名配置して指導を行った.授業を始める前に,「6月の田んぼとイネのようすを絵を使って説明しよう」という指示のもと,子どもたちは絵を描いた.その後,上記の360度動画を使用して田植えの様子や田んぼの水中の風景をVRで体験し,授業終了時に再び同じ絵を描いてもらった.
このVR体験前後の絵の比較から,興味深い学習効果が明らかになった.VR教材体験前の絵は平面的で,田んぼの形状や周囲の描写がなく,イネの生育状態も不正確であった.これは,テレビや教科書の写真などの二次元メディアの影響を受けたと思われる.しかし,VR教材体験後の絵は,立体的で田んぼの形状や周囲の環境(太陽,あぜ道など)が描かれ,イネの生育状態がより正確に表現されていた.また,イネ以外の生物の描写も見られ,子どもたちが田んぼの生態系全体について理解を深めたことが伺える.
この事例分析から,VRを用いた食育教材が,子どもたちの理解を促進し,よりリアルな知識の獲得に寄与することが示された.VR体験は,実際に田んぼを訪れることができない子どもたちにとって,貴重な学習機会を提供し,教育内容の理解を深める効果的なツールとなることが示唆された.
2. VRを用いたライブ授業上記で紹介したVR食育教材は,児童が各自VRゴーグルを使ってバーチャル空間を体験するというものであり,言ってみれば学習者が個人的に学ぶための「文具」としての活用と言える31).しかし,もう一つのVRの教育での活用方法として,教員が教えるための「教具」としての利用の有用性も指摘したい.この教具的な活用では,教員はHMDを用いてバーチャル空間から授業を行うが,学生はPCやスマートフォンの画面から遠隔で授業を視聴する.それゆえ,導入のコストは最小限であり,教員がVRデバイスに慣れるためのきっかけとしても有用である.以下では,コロナ禍において対面授業が困難になり,授業のオンライン化が急速に進められた中で筆者がVRを「教具」的に活用した事例を紹介する.
コロナ禍において筆者の勤務校では,多くの学校と同じくGoogle Meetなどのオンライン会議ツールを使用したオンライン授業が行われることになった.しかし,いわゆるZoom Fatigue32) として指摘されるように,常に学生と教員が対面で向き合うような目線,少ない非言語コミュニケーション情報は受講している学生の大きなストレスになった.そこで筆者は,Virtual Presentation Spaceというアプリを新たに開発し33),これを使ってVRライブ授業配信を行う試みを行った.このアプリでは,バーチャル空間に提示されているスライドの前に教員(筆者)がアバターとして現れて授業を行う.教員はバーチャル空間内で自由に体を動かせるので,実際の教室で大型ディスプレイを前に授業を行うのに近い,自然な形で授業を行える.バーチャル空間からの画像と音声はバーチャルWebcamに転送し,学生は他のオンライン授業と同じようにオンライン会議ツールを使って授業を受けることができるようにした.
この教材形式は,従来の動画教材に比べて制作上の多くの利点がある.まず,スタジオ設備が不要であり,教師や教育機関は高価なスタジオや機材を必要とせず,簡単に撮影を行うことができる.これにより,教材制作のハードルが大幅に下がり,コスト削減にもつながる.さらに,自分の容姿を気にする必要がないため,教師は外見に関するプレッシャーから解放され,教材の内容に集中することができる.その結果,大幅に動画制作効率が上がり,短時間でオンライン授業に必要な動画を作成することができた.
授業が行われた後の学生の反応は,VRオンライン授業に対して非常に好意的であった.学生たちは,アバターを使用した授業が新鮮で楽しいと感じ,キャラクターがシュールで笑ってしまったり,対面授業のような感覚を味わえたりしたとコメントした.また,アバターがどこを指して話しているのかが分かりやすく,解説が視覚的にも理解しやすいとも評価された.これらの反応は,VRライブ授業配信が学生の関心を引きつけ,学習意欲を高める可能性を示している.
このように,VRは学習者自身をバーチャル空間に没入させるだけでなく,教員がバーチャル空間からアバターを活用して授業を行うことで,より効果的なオンライン授業を展開できることが明らかになった.このような多面的なVR活用教育は,今後の教育現場においてVRのさらなる活用を促すものであり,教育の質の向上と学習体験の豊かさを追求する上で重要な役割を演じることとなるであろう.
ここからは,メタバースの教育活用について解説する.すでに説明したように,メタバースの利用において中心となるのはメタバース空間であり,それにアクセスする方法としてはVRデバイス,PC,スマートフォンを問わない.それゆえ,メタバースを教育に活用するにあたっては,メタバース空間をいかに利用するかが重要になる.ここでは,その利用方法を「教室としての利用」と「教材としての利用」に分けて議論したい.
1. 教室としてのメタバース現在の日本の教育現場におけるメタバース利用の中心となっているのが,教室としての活用である.これは,メタバース空間に教員や学生が集まり,オンライン授業を展開するパターンである.最もよく知られている事例として,東京大学のメタバース工学部が挙げられる34).メタバース工学部は,通常の学部組織ではなく,最新の工学や情報学を幅広い人々に提供するための新しい学びの場として位置づけられている.プログラムとしては,中高生向けのジュニア工学教育プログラムと社会人・学生向けのリスキリング工学教育プログラムがあり,デジタル回路,アントレプレナーシップ,AIといったテーマについて学習できる.そして,これらのプログラムはVRChatやClusterといったメタバースプラットフォームによって提供され,メタバース空間内で回路を組み立てると行ったインタラクティブな学習や,参加者同士の相互フィードバック,「バーチャル安田講堂」での成果発表といったソーシャルな学習が行えるようになっている.このように,メタバース工学部は,メタバースをインタラクティブな学習空間として活用することで,通常の大学の授業にはアクセスできない幅広い層に対して工学と情報学の学習機会を提供することに成功している.
もう一つの「教室としてのメタバース」の事例として注目すべきものとして,不登校の生徒の支援がある35).コロナ禍により各地の学校が一斉休校したことをきっかけに,オンライン会議システムによる不登校児童生徒への支援が行われるようになり,その発展形としてメタバースの導入も見られる.例えば熊本市では,Web会議システムに加えて,2023年からオフィス用メタバースをカスタマイズした「バーチャル教室」による支援を開始している.ここでは,子どもたちがアバターを通じて仮想の教室に集まり,チャットと音声によるコミュニケーションを介して集団生活のスキル習得を目指している.一方,戸田市では,NPOが運営するメタバースプラットフォームを活用し,生徒がアバターで仮想校舎に登校し,NPOスタッフによるメンタリングが実施できるようになっている.NPOが参加生徒に対して行った調査によれば,このプログラムに参加することにより,児童生徒の学習能力の向上とストレス反応を低減させる効果があることが示されている36).
これら東京大学や自治体による「教室」としてのメタバース活用の事例は,メタバースが新しい学びの機会を創出するだけでなく,生徒の精神的な支援にも効果的であることを意味する.このタイプの活用は,ユーザー間のコミュニケーションを主な利用目的にしている既存のメタバースプラットフォームとの相性もよく,導入が比較的用意であることから,今後も活用は広がると思われる.
2. 教材としてのメタバース上で述べたような教室としての活用に加え,メタバースは教材として活用することもできる.ここで思い出してほしいのが博物館である.一般に博物館は資料を収集し展示する施設と考えられがちだが,その本質的な役割は情報の収集と一般市民への伝達であり37),展示物を媒体とした教育メディアである38).博物館の来場者は,展示スペースという場に配置された展示ラベル,パネルや動画などの助けを借りながら,展示物やそれが使われる状況などを学んでいく.このような空間を活用した学習メディアの形は,メタバース空間にもそのまま当てはめることができる.つまり,メタバース空間を一つの学習メディアとして考え,その中に画像や3Dモデルなどのオブジェクトを配置し,学習者が空間を探索しながらオブジェクトを見たり触れたりしながら体験的な学習ができるようにする.これが,「教材」としてのメタバースである.
メタバースの教材としての活用の事例としては,まずバーチャル博物館展示が挙げられる.これらには,バーチャル北海道博物館のように,実際の博物館をデジタル化したものもあれば,VR宇宙博物館コスモリアのような,バーチャル空間にだけ存在する博物館もある.展示形式の多くは3DCGを用いているが,実際の博物館のデジタル化の場合は360度写真を組み合わせたバーチャルツアーの形式を採っていることも少なくない.こうしたバーチャル博物館は,学校として訪れるのが難しい博物館の資料を実際に近い形で観察する貴重な機会をもたらす一方で,展示が主眼であることが多く,教育メディアとしての利用価値に十分な重きをおいていないものも多い39).それゆえ,教員による足場かけ(scaffolding),学習評価,フィードバックといった支援が必要になる.
こうしたことから,既存のバーチャル博物館だけでなく,教員自身が教育プログラムのニーズに合ったメタバース教材を作ることは,大きな意義がある.筆者は,2021年からMozilla Hubsを用いて,生命科学の授業用のメタバース教材を制作し,これを用いた授業実践を行っている39).例えば,タンパク質の構造に関する授業では,アミノ酸,ペプチド結合,αヘリックスおよびβヘリックスの3Dモデルを順番にバーチャル空間に配置し,2D画像と動画による解説を加えている.学習者はこれらの観察を通じて,同時に配布されているPDF資料だけでは理解しづらい,タンパク質の立体構造について理解を深めることができる.さらに,「Try this」というエクササイズでは,ペプチドの3Dモデルを観察し,ペプチド結合の位置を同定して,バーチャル空間内にテキストラベルを配置する作業を行う.作業終了後は,エビデンスとしてラベルを配置した様子をスクリーンショットで記録して提出させることにより,学習評価を行うことも可能である.Mozilla Hubsは比較的軽量なメタバースプラットフォームであるため,メタバース教材のサイズを大きくしすぎなければ,授業中でも学生にPCやスマートフォンを用いてメタバース空間にアクセスさせ,課題を課すことも十分可能である.
メタバース教材における学習活動としては,上記のラベリングが最も手軽であるが,他にも筆者は,人体の3Dモデルを「探索」する,mRNAの配列に適合するtRNAを「ペアリング」させる,与えられた部品を組み合わせて神経の前シナプスの3Dモデルを「デザイン」する,といった様々な活動を授業の中で課題として学生に提示している.これらの実践は,メタバースが教育において提供できる豊かな体験と,学習者の能動的な参加を促進する可能性の一端を示している.一方で,メタバース教材を制作するには3Dモデルに関する一定の知識が必要であり,誰でも気軽に作れる,という状況ではない.一方で最近では,Sketchfab(https://sketchfab.com/)などの3Dモデルレポジトリサイトから必要なモデルをダウンロードできることにくわえ,iPhoneやiPadに付属するLiDARスキャナー,写真から3Dモデルを生成するフォトグラメトリなどの技術を用いることで,3Dモデリングの技術がなくても教材用の3Dモデルを準備することが可能になりつつある.こうした技術が一般化することが,メタバース教材の学校現場への導入には不可欠であると考える.
AIとメタバースは,それぞれが教育に革新をもたらす技術であり,これらを統合することで,教育の質をさらに向上させることができると筆者は考える.AIとメタバースの教育への統合は,教材の選択肢を広げるだけでなく,学習体験をパーソナライズし,よりインタラクティブにする.つまり,AIが学習者の進捗や理解度を分析し,それに基づいてメタバース内での学習コンテンツをカスタマイズすることも可能である.また,AIが生成する問題をシミュレーションとしてメタバース内で体験することで,学習者はより実践的な知識を獲得することができるだろう.例えば,薬局における薬剤師のロールプレイを考えて欲しい.VRを活用することで,薬局の環境や患者の動きをリアルに再現し,実際の薬局での機材の使用方法を学ぶことができる.一方で,生成AIは患者と薬剤師の会話を再現し,対話を通じて臨床的判断力を養うことが可能である.
VR・メタバース教材と生成AI教材を活用するには,それぞれが持つ特性を理解することが重要である.VR・メタバース教材は視覚的な情報や体性感覚情報を提供し,実際の体験を再現することで実在感や没入感を生み出す.一方,生成AI教材は文字情報に基づき,現実の情報を統合して柔軟な対応を可能にし,抽象的な学習を支援する.直感的な学習と抽象的な学習を組み合わせることで得られる相乗効果により,学習者の理解をより深めることができると筆者は期待する.
AIとメタバースを組み合わせた教育は,従来の教材にはない新しい次元の学習体験を提供するだろう.これにより,学習者はよりアクティブに知識を探求し,創造的な思考を促される.未来の教育は,AIとメタバースの統合により,よりパーソナライズされ,インタラクティブで,実践的な学習が可能な環境へと進化していくであろう.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.