論文ID: 2024-020
薬学は,化学,生物,物理などの基礎科学を基盤に人の命,健康,生活,社会と関わりを持つ複合科学である.そのため,薬学の学習者は様々な知識を関連付け,概念化しながら課題解決に応用できる力を身につけるよう求められる.臨床で活躍できる薬剤師の教育を考えた場合,教育者には,大学における基礎薬学の授業から実務実習に至る様々な教育場面において,基礎と臨床のお互いの関連性について学習者に気づきを与え,学習者の知識統合を促進するような関りが求められる.実際には,多くの大学で基礎系の教育者は臨床の実例に触れる機会に乏しく,臨床の薬剤師は基礎的な思考が薄れていってしまっているのが現状であり,両者の対話,情報共有は不十分であるという課題が浮かび上がる.そこで,本誌上シンポジウムでは,様々な立場から,知識統合に関する実践や経験,考えを紹介いただき,知識統合を促進する教授法を考えるきっかけにしたい.
Pharmacy is a science based on basic sciences such as chemistry, biology, and physics, and is related to human life, health, and society. Therefore, pharmacy students are expected to acquire the ability to relate and conceptualize various types of knowledge and apply them to solve problems. In clinical education settings, educators must make learners aware of the mutual relationship between basic and clinical knowledge and promote knowledge integration.
In general, teachers in basic sciences lack opportunities to come into contact with examples of how basic knowledge can be used in clinical settings, and clinical pharmacists are gradually losing their basic thinking, which raises the issue of insufficient communication between them. Therefore, we would like to introduce practices, experiences, and ideas on knowledge integration from various perspectives, and to provide an opportunity to consider teaching methods that promote knowledge integration.
「知識統合」とは,学習者が既存の知識と新たな知識を関連付けることにより理解を深め,そこから汎用性の高い概念を構築していくプロセスである1).知識統合は教育現場の重要なテーマとなっており,例えば,小学校学習指導要領2) の中でも,「知識を相互に関連付けてより深く理解したり,情報を精査して考えを形成したり,問題を見いだして解決策を考えたり,思いや考えを基に創造したりすることに向かう過程を重視した学習の充実」が謳われている.
薬学は,化学,生物,物理などの基礎科学を基盤に人の命,健康,生活,社会と関わりを持つ複合科学である.薬学部で学んだ専門的な知識を社会における課題解決に活用するためには,単なる知識の暗記から抜け出し,深い理解や知識同士を関連付けた高次の理解(概念獲得),さらには共通する考え方や他の知識に利用可能な説明様式の獲得,すなわち知識統合が必要である.
臨床に係る実践的な能力を培うことを主たる目的として,2006年に薬学教育は6年制に移行した.しかし,2021年6月に「薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会」は,現状の薬学教育では「知識統合」に対する薬学教育現場の取り組みが不十分と評価し,「基礎と臨床の双方の領域が連携し,基礎で学ぶ知識・理論と臨床現場での実践的な業務との関わりを踏まえた教育を行っていくことが求められる」と提言している3).
成人学習や人材開発の分野で重要な位置づけにある経験学習モデルでは,具体的な経験と省察により,知識が抽象的概念化され,問題解決能力の向上に結び付くと考えられている.この抽象的概念化のプロセスは知識統合のプロセスと同様のものと考えられる.ここで省察とは,自身の経験を高みから俯瞰的に見直し言語化する過程であるが,一般に学習者は省察を難しいと感じる.他者が適切に介在することにより省察を促進できる可能性があり,教育者の学習者に対する関わり方は知識統合の鍵になる可能性がある.
それではこのような背景や現状の課題を踏まえ,薬学部の教員や実務実習の指導者は学生の概念獲得や知識統合を促進するために,どのように学習者と関わり,教育を行えばよいのだろうか.国内における先駆的な実践例として,初年次の学生に基礎科目と専門科目の関連について意識させる分野横断型統合型薬学教育4),薬物治療の実践的能力獲得を指向した症例に基づく統合型カリキュラム5) 等が報告されているが,現状ではこのような取り組みが広く受け入れられ,薬学教育全体で知識統合の重要性を意識した教育が実践されているとは言い難いように思われる.また,特に臨床教育を念頭に置いて考えた時,多くの大学で基礎系の教育者は臨床の実例に触れる機会に乏しく,臨床の薬剤師は基礎的な思考が薄れていってしまっているのが現状であり,両者の対話,情報共有は不十分であるという課題が浮かび上がる.
本誌上シンポジウムでは知識統合という共通の目標に向けた基礎と臨床の対話促進を目的として,それぞれの著者の立場における教材の実例や教授法に関する工夫を紹介いただいた.さらに,前年まで薬学部で学んでいた新人薬剤師の立場から,出身大学における統合型演習の受講経験を紹介していただくとともに,6年間の学びを振り返り今の薬学教育に不足していると感じることを率直に語っていただいた.
令和4年度改訂版薬学教育モデル・コア・カリキュラムでは,「薬剤師として求められる基本的な資質・能力を生涯にわたって研鑽し獲得する」という考え方が取り入れられ,6年制薬学教育では薬剤師として社会で活躍できる能力の習得を目的にコア・カリキュラムが作成されている6).そこで,シンポジウムにおける総合討論を踏まえて,6年制薬学教育の学修成果を測る重要なチェックポイントである薬剤師国家試験,および生涯教育の視点から考えを述べる.
薬剤師国家試験では,各領域と実務との複合問題が多く出題されている.このような出題形式は個々の専門領域で学修した内容と実務との関連を理解させる方向で学修を促す点では意義がある一方で,出題が物理・化学・生物,薬理・病態・薬物治療,薬剤,衛生,法律・制度・倫理の各専門領域に分断されている点は改善の余地があると考えられる.今後,各大学において概念理解や知識統合を意識した教育が低学年から実践されることを想定すれば,薬剤師国家試験の出題基準についても見直されていくべきであろう.
薬剤師に対する生涯教育の充実は,薬剤師自身の知識・技能向上はもちろんのこと,未来の薬剤師を育てる教育者としての資質向上においても大変重要である.特に後者の視点において,大学が基礎薬学と臨床をつなげる学びの場を薬剤師に提供することはとても意義深く,そのような生涯研修の機会が充実することを期待したい.
本シンポジウムの一部はJSPS科研費JP23K09590の助成を受けたものです.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.