目的:妊娠糖尿病(gestational diabetes mellitus:以下,GDM)と診断された女性が出産1年後にフォローアップ検診を受診した理由を明らかにする.
方法:出産1年後のフォローアップ検診を受けたGDM既往女性を対象に半構成インタビューを実施し,質的帰納的に分析した.
結果:研究協力者は13名であった.分析の結果,18カテゴリが生成され,【将来糖尿病になりたくない】【産後も検査が続くことを理解している】【自分の生活習慣を見直す機会となる】【医師からの助言で安心したい】【周囲から検査を後押しされる】【子育て中でも安心して受診できる条件がそろっている】の6メインカテゴリが生成された.
考察:GDM既往女性は,医療者からの説明や子供を思いやる気持ちなどから糖尿病になりたくない気持ちを抱き,自分自身の健康のために産後も検査を継続していた.他者から検査を後押しされることや育児中でも安心して受診できる環境がそろっていることは継続受診に効果的であった.
Objective: This study aimed to clarify the reasons women diagnosed with gestational diabetes mellitus (GDM) undergo a medical check-up one year post-childbirth.
Methods: Semi-structured interviews were conducted with women diagnosed with GDM when they came to the hospital or outpatient clinic to undergo a medical check-up one year post-childbirth. The collected data were analyzed qualitatively.
Results: Thirteen women participated in the study. The results were aggregated into 18 categories with six primary categories. The six primary reasons reported by participants for receiving medical check-ups were: (1) I want to avoid becoming diabetic; (2) I understand that medical check-ups should continue after childbirth; (3) A medical check-up is an opportunity to review overall health and lifestyle; (4) I want to be reassured by advice from a doctor; (5) Others recommended that I have a medical check-up; and (6) There are social conditions for available medical check-ups even while raising children.
Discussion: Women diagnosed with GDM continued to undergo medical check-ups after childbirth to protect their own health for reasons that included explanations from medical staff, concern for their children, social availability of medical care during the child-raising years, and recommendations from others. These reasons were effective in ensuring continuous medical check-ups.
国民健康・栄養調査(厚生労働省,2016)によれば,糖尿病が強く疑われる者と糖尿病の可能性を否定できない者を合わせると約2,000万人にのぼると推計される.
妊娠糖尿病(gestational diabetes mellitus:以下,GDM)は「妊娠中にはじめて発見または発症した糖尿病にいたっていない糖代謝異常であり,妊娠中の明らかな糖尿病,糖尿病合併妊娠を含めない」と定義されており(日本産科婦人科学会,2017;日本糖尿病学会,2019),日本におけるGDMは5.5%と推計されている(Morikawa et al., 2017).20論文のメタアナリシスによると,GDM既往女性は妊娠中正常血糖女性に比べ,2型糖尿病発症の相対危険率が約7.4倍と,糖尿病への移行率が高いことが報告されている(Bellamy et al., 2009).日本人を対象とした調査ではGDM女性の出産5年の糖尿病移行率は20%である(和栗,2014).継続フォローからドロップアウトした例では次回妊娠時の周産期予後が不良になるという報告(穴澤ら,2001)もあり,産後の継続的なフォローアップの必要性が示唆されている.
GDM既往女性のフォローアップとしては,産後6~12週時点での75 g経口糖負荷試験の実施が推奨され(日本産科婦人科学会,2017;日本糖尿病学会,2019),さらにその後も定期的なフォローアップが必要とされている.和栗(2014)は,妊娠中や産褥期から分娩後管理の重要性について十分説明しておくことに加え,血糖値に影響を与える授乳の影響が小さくなる出産1年後にも必ず75 g経口糖負荷試験を行い再診断することが重要と述べている.しかし,産後6~12週の検査結果が正常型の場合には6~7割の医師がフォローアップを行っていない(荒田ら,2014)との報告もある.
産褥期から分娩5か月後までのGDM既往女性を対象とした保健行動について,分娩により健康な児を得たことや育児中心の生活となるため,保健行動への意識は縮小する(中嶋ら,2008;田中ら,2010 )と報告されている.その後,長期に渡ってどのように望ましい保健行動が選択されるのかを明らかにした研究は見当たらない.
そこで本研究では,GDM既往女性における糖尿病予防に有効な保健行動のひとつである出産1年後の受診行動を選択する理由を明らかにすることを目的とした.
本研究は東海地方A市で実施した.A市では先駆的に行政・産科医療機関・内科医療機関が連携してGDM女性を対象とした継続的支援体制を構築し,2015年度より開始している.全ての妊婦に対し,母子健康手帳交付時に保健師や助産師がGDMについて口頭およびリーフレットで説明している.産科医療機関では妊婦をGDMと診断した際に,妊婦の母子健康手帳に「GDM」と押印し,継続的に検査結果を記載できるA市オリジナルのGDM手帳を渡している.産後の家庭訪問を実施する保健師および助産師は母子健康手帳の押印とGDM手帳を確認することでGDM既往女性を把握できる立場にある.また,該当者には行政から産後6か月時に産後6~12週の受診確認アンケートと,継続受診を勧めるリーフレットを送付している.
2) 研究協力医療機関本研究ではGDM既往女性に出産1年後の75 g経口糖負荷試験(以下,フォローアップ検診)を行っているA市内の医療機関(内科)を対象とした.3医療機関に機縁法にて協力を依頼した.医療機関aおよびbは病床数600以上の総合病院(内科),医療機関cは糖尿病専門医がいる診療所である.
3) 研究協力者研究協力者の選定基準は,妊娠中に産科医療機関においてGDMと診断されa,b,cいずれかの医療機関で出産から1年後のフォローアップ検診を受けた者とした.
2. データ収集および分析方法 1) リクルート方法研究協力者のフォローアップ検診予約日に研究者が院内で待機し,研究協力医療機関の医師または看護師より紹介を受けた.ただし,フォローアップ検診前に糖尿病と確定診断を受けている人,精神的に著しく不安定な人は対象外であることを研究協力医療機関に伝えた.説明の同意が得られた場合は別室にて研究者から研究の概要および倫理的配慮について文書および口頭で説明した.調査期間は2018年10月から2019年10月であった.
2) インタビューの実施インタビューガイドを用いて,半構成インタビューを実施した.研究協力医療機関内の個室で検査や診察の待ち時間を利用して実施した.同伴者(子,実母)がいる場合は同席できるよう配慮した.
インタビューの内容はフォローアップ検診の受診理由,受診に至るまでの協力者,受診するうえでの障害,受診するメリット,糖尿病合併症の知識,産後6~12週の検査時に受けた説明とした.インタビューは研究協力者の同意を得てICレコーダーに録音した.
3) 調査票研究への協力同意が得られた際に調査票を渡し,その場で記入を求め回収した.調査票の内容は,年齢,家族構成,最終学歴,就業の有無,糖尿病家族歴,妊娠中のGDM治療内容,今回の出産年月,産後6~12週の75 g経口糖負荷試験結果とした.
4) データ分析方法録音した音声データから研究者自身が逐語録(以下,テクスト)を作成した.Mayringの質的内容分析(Mayring, 2014)のうちInductive Category Formationを準用して分析した.この手法では本研究の目的に関連する部分のみを選択して分析できることが特徴である.GDM既往女性が出産1年後のフォローアップ検診を受ける理由に関連する部分を選択し,ひとまとまりの文脈から理由を端的に要約しカテゴリを生成した.MayringのInductive Category Formationでは,テクストから直接カテゴリを生成する.選択したテクストを文脈ごとに読み,すでに生成したカテゴリに含まれるか,新しいカテゴリを生成する必要があるかを判断してカテゴリを生成した.全ての選択したテクストからカテゴリを生成した.カテゴリリストを作成し終えてから,類似のカテゴリをまとめてグループ化し,抽象度をあげたメインカテゴリを生成した.
共同研究者間でテクストからカテゴリ,メインカテゴリの抽象度のあげ方を入念に検討した.さらに共同研究者以外の公衆衛生看護学を専門とする研究者や,質的研究の経験のある研究者も含む大学院のゼミにて分析内容の検討を行った.最終的なカテゴリリストを研究協力医療機関の糖尿病専門医3名と慢性疾患看護専門看護師1名に確認してもらい,意見をふまえてカテゴリとメインカテゴリの修正や見直しを行い,厳密性の確保に努めた.
3. 本研究における倫理的配慮本研究は浜松医科大学臨床研究倫理委員会の承認を得て行った(承認番号18-081号,承認日2018年6月29日).研究協力医療機関では院長または院内の倫理審査委員会の承認を得た.研究協力者には研究目的・意義,方法,協力は任意であることや撤回の自由,匿名性などについて研究者自身が書面および口頭で説明し,文書にて同意を得た.
16人のGDM既往女性にインタビューを実施した.出産から2年経過していた2名,前回妊娠時にGDMを指摘され今回の妊娠ではGDMと診断されていなかった1名を除外し,13名を分析対象とした.13名のうち1名は子と実母が同席した.研究協力者の概要を表1に示す.研究協力者の平均年齢は37歳(23歳–44歳),平均インタビュー時間は24分(11分–34分)であった.妊娠中のGDM治療内容はインスリン療法2名,食事療法11名であった.産後6~12週の75 g経口糖負荷試験結果は正常型9名,境界型3名,不明1名であった.
年齢 | 職業 | 家族歴 | 診断週数 | 診断時OGTTa) | 妊娠中のGDMb)治療内容 | 産後6~12週の検査結果 | |||
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空腹時 | 1時間値 | 2時間値 | |||||||
A | 20代 | 有 | 有(父,父方祖母) | 35週頃 | – | – | – | 食事療法 | 正常型 |
B | 40代 | 有 | 無 | 25週頃 | – | – | – | 食事療法 | 不明 |
C | 30代 | 有 | 有(母方祖父母) | 中期(20~30週) | – | – | – | 食事療法 | 正常型 |
D | 30代 | 有 | 有(父,父方祖父) | 30 | 65 | 156 | 162 | 食事療法 | 正常型 |
E | 30代 | 無 | 無 | 不明 | – | – | – | 食事療法 | 正常型 |
F | 30代 | 無 | 有(母) | 30週以降 | – | – | – | 食事療法 | 境界型 |
G | 40代 | 有 | 無 | 27 | 64 | 150 | 160 | 食事療法 | 境界型 |
H | 40代 | 無 | 無 | 27 | 79 | 208 | 178 | インスリン療法 | 境界型 |
I | 40代 | 有 | 無 | 27 | 100 | 127 | 120 | 食事療法 | 正常型 |
J | 30代 | 無 | 無 | 27 | 92 | 181 | 133 | インスリン療法 | 正常型 |
K | 40代 | 有 | 無 | 26 | 86 | 198 | 121 | 食事療法 | 正常型 |
L | 30代 | 有 | 有(祖父) | 17 | 87 | 191 | 161 | 食事療法・自己血糖測定 | 正常型 |
M | 40代 | 無 | 有(父) | 27 | 74 | 165 | 157 | 食事療法 | 正常型 |
a)OGTT:75 g経口糖負荷試験
b)GDM:妊娠糖尿病
分析の結果,GDM既往女性が出産1年後のフォローアップ検診を受ける理由として,18カテゴリ,6メインカテゴリが生成された(表2).本文中の【 】はメインカテゴリ,《 》はカテゴリ,斜字は協力者の発言,アルファベットは研究協力者,( )は研究者による補足を表す.
メインカテゴリ | カテゴリ | 該当事例 |
---|---|---|
将来糖尿病になりたくない | 糖尿病合併症の危険を感じる | B,F,G,H,I |
親族等の糖尿病合併症を見て恐怖を感じる | A,L,M | |
親族等の糖尿病を見聞きして大変だと感じる | A,G,J,K,L | |
妊娠糖尿病になった人は将来的に糖尿病になりやすいことを知っている | B,C,D,E,F,G | |
妊娠中のような食事制限が続くことへの嫌悪感をもつ | K,L | |
子供のために病気になりたくない | F,G | |
産後も検査が続くことを理解している | 身近に受診モデルがいる | D |
予定された検査のスケジュールを理解している | C,G,J,K,M | |
自分の生活習慣を見直す機会となる | 検査により身体状況を可視化できる | B,D,F,H,J,K,L,M |
検査に照準を合わせて生活習慣に気を付ける | D,F,I,L,M | |
正常化した結果を見て安心したい | B,C, | |
医師からの助言で安心したい | 医師に診てもらう安心感がある | B,J |
医師からのアドバイスがほしい | H | |
周囲から検査を後押しされる | 医療機関や行政から電話や手紙で検査を促される | G,H,I |
家族から検査を勧められる | A,E,M | |
職場に検査費用の助成制度がある | A,E,M | |
子育て中でも安心して受診できる条件がそろっている | 受診中に子供を預けられる人がいる | C,E,H,I,J,L,M |
医療機関内に子供と過ごせる個室がある | D,G |
以下に生成されたメインカテゴリ,カテゴリについて詳細を記す.
1) 将来糖尿病になりたくないこのメインカテゴリは《糖尿病合併症の危険を感じる》《親族等の糖尿病合併症を見て恐怖を感じる》《親族等の糖尿病を見聞きして大変だと感じる》《妊娠糖尿病になった人は将来的に糖尿病になりやすいことを知っている》《妊娠中のような食事制限が続くことへの嫌悪感をもつ》《子供のために病気になりたくない》という6カテゴリから構成された.
(1) 《糖尿病合併症の危険を感じる》研究協力者は,糖尿病の合併症を理解し,合併症が進行すると日常生活もままならなくなることを認識していた.
なんかもう…いろいろな病気をもたらすってことで,目が見えなくなったり,透析をしないといけなくなったり,それくらいのやつ.とにかく悪化してしまうと,普通の生活が困難になるのかなあって(G).
(2) 《親族等の糖尿病合併症を見て恐怖を感じる》親族や知人の糖尿病合併症を目の当たりにした研究協力者は,合併症の重大さに恐怖を感じていた.
(父の糖尿病が)目に見えてそんなにわかるものではないので,ふーん,って感じだったんですけど.(父が糖尿病で)入院してねえ,足切断して,余命がなんちゃらとかって言われてたから….わあーって(M).
(3) 《親族等の糖尿病を見聞きして大変だと感じる》親族や知人が糖尿病に罹患している研究協力者は,糖尿病に罹患する大変さを感じていた.
知り合いにご主人が糖尿病の人がいて,うちの主人がこうなのよ,っていうことをすごく言われて,意識も吹っ飛んじゃったのって.えー!すごく大変じゃないですか!って(G).
(4) 《妊娠糖尿病になった人は将来的に糖尿病になりやすいことを知っている》研究協力者は妊娠中または産後に医療機関で説明を受け,GDMは妊娠中だけ気を付ければいいものではなく,将来的に糖尿病になりやすい体質であると記憶していた.
1年前の外来ですごく強く,妊娠糖尿病だった人が糖尿病になる可能性が高いっていうのを言われたので,それがすごく自分のなかで残っている(E).
妊娠糖尿病を患ったら7倍の確率で,糖尿病になる確率が高いっていう数値ですかね.〇〇(産科)さんから説明を受けました.(中略)7倍か!って.普通の人よりも,倍率が高いなあっていう風に思いました.(G).
(5) 《妊娠中のような食事制限が続くことへの嫌悪感をもつ》研究協力者は妊娠中の食事制限が辛かった記憶から,糖尿病を発症すると再び食事制限が必要になることに嫌悪感を感じていた.
糖尿病になったら嫌だなっていうのはすごくあるので.前(妊娠中)みたいにすごく気にして食事を作ったりしなきゃいけないのが大変(L).
(6) 《子供のために病気になりたくない》研究協力者は生まれてきた子供に辛い思いをさせないためにも親である自分が病気になりたくないという気持ちを抱いていた.
今まで別に自分のためだけに生きて,それでもよかったけれど,この子が生まれた以上この子を守っていかなければいけない(中略)この子が辛い目に(合わないように)とか思って,そういうところが根底にある(F).
2) 産後も検査が続くことを理解しているこのメインカテゴリは《身近に受診モデルがいる》《予定された検査のスケジュールを理解している》という2カテゴリから構成された.
(1) 《身近に受診モデルがいる》研究協力者の中には,身近な親族の受診行動を模範とし,重症化する前から予防的に定期受診することを当然のことと受け止めている者もいた.
やっぱり自分の両親も割と,チェックに行ったりしてるからですかね.高血圧とかの(中略)そこまでこう,(受診することを)違和感なく,割と当たり前のように受け止めました(D).
(2) 《予定された検査のスケジュールを理解している》研究協力者は産後も継続される検査に不満や疑問を持たず,予定された検査のスケジュールを理解し,自身の予定に組み込んでいた.
自分から予約しては受けなかったと思うんですけど,せっかくまあ(予約が)入ってるんだから受けようかっていう感じ.(中略)二人子供が生まれちゃうと,自分のこと後回しにしがちなんで,自分で予約して行かなきゃっていうのは,ちょっと遠のいちゃうんですけど,予約が入ってれば手間もないし(中略)予定も組みやすい(J).
3) 自分の生活習慣を見直す機会となるこのメインカテゴリは《検査により身体状況を可視化できる》《検査に照準を合わせて生活習慣に気を付ける》《正常化した結果を見て安心したい》という3カテゴリから構成された.
(1) 《検査により身体状況を可視化できる》研究協力者は,血糖値は目に見えないため,検査を受けることで現在の身体状態が判定できることを重視していた.
今だけのことじゃないので.目に見えてわかることだったら,ま,自分でも判断できるけど,中身の,体の中身のことって,全然わからない(B).
仕事をしだして,食生活きちんとできないことが多いから,もしかしたらなんかよくないかなっていうのもあって(中略)自分の体の状態を知れるので,したほうがいいこととかわかるかなあと思って(L).
目に見える病気じゃない…血糖値,測んないとわかんないから.結構子育てで暴飲暴食(笑)前よりぜんぜん甘いのばっかり食べてたりして,気をつけなきゃいけないんだろうけど,そんなことやってられない.(中略)これで異常ありって言ったら気をつけなきゃいけないけど,異常なしって言われたら安心というか,まあそれで.ほんとに変になっちゃってからじゃないと分かんないじゃ困るから(M).
(2) 《検査に照準を合わせて生活習慣に気を付ける》研究協力者の中には,検査によって身体状況を確認する機会があることが良い意味でのプレッシャーとなり,糖尿病予防に効果的な保健行動を選択している者もいた.
そうしないと(検査しないと)自分を,何て言うかな,律することができない.(中略)日々の生活の中で,どうしても食事療法とか守れなくなってくるから,定期的に来て,そういう認識を持たないとよくない(F).
(3) 《正常化した結果を見て安心したい》研究協力者の中には検査結果が正常化していることを確認し,安心感を得るために受診している者もいた.
正常範囲だといいなっていうか,正常範囲だったら,ちょっと安心できるかな(中略)仕事復帰前に行っとこう,安心しようと思って(C).
4) 医師からの助言で安心したいこのメインカテゴリは《医師に診てもらう安心感がある》《医師からのアドバイスがほしい》の2つのカテゴリから構成された.
(1) 《医師に診てもらう安心感がある》研究協力者の中には検査結果の可視化に加え,医師からの説明によって,自分の身体状況を理解でき安心感が得られることを重視している者もいた.
数字で言われても基本わかんないんですけど,先生が,正常がいくつでっていうのを書いてくれて,去年はこんな感じでって比較してくれるんで,そうすればわかるって感じ.あとなんか,先生の言い方で大丈夫そうなんだなって判断するって感じですけど,ちょっとまあ安心する(J).
(2) 《医師からのアドバイスがほしい》研究協力者の中には受診の際に医師から血糖管理に関してアドバイスが受けられることを重視している者もいた.
先生からアドバイスがあるじゃないですか.食べ物はこうした方がいいとか.そういうのを聞いといたほうがいいのかなあって,将来のために(H).
5) 周囲から検査を後押しされるこのメインカテゴリは《医療機関や行政から電話や手紙で検査を促される》《家族から検査を勧められる》《職場に検査費用の助成制度がある》という3カテゴリから構成された.
(1) 《医療機関や行政から電話や手紙で検査を促される》検査に消極的な場合でも医療機関や行政からの電話や手紙による勧奨により,検査への気持ちが強化され受診していた.
お手紙も頂いて.(予約の)紙まで頂いて.今度の検診は8月ですって.それもずっとお財布の中に入ってるので.8月には行くんだなって.(それが)なければ来ないですね.行かなくていいのかってことで(G).
ほんと言うと,(受診するのを)流しちゃおうと思ったんですよ.そしたら電話がきたので…それで来たっていう感じ.(中略)あとA市からもお手紙が…すごく力を入れてるんだなと思って,すごくお手紙が来るんで(I).
(2) 《家族から検査を勧められる》検査に消極的な場合でも,家族が身体状況を気にかけて勧めてくれることが検査を受ける理由としてあがった.
隣に,義理のじいじばあばが住んでて(中略)「その日は〇〇ちゃんの糖尿病の検査の日だから」って.(笑)「行かなきゃいかん」って言ってくれてたから,それでまあ.たぶん,一人だけだったら来なかったかも(M).
(3) 《職場に検査費用の助成制度がある》所属機関によっては職員や家族の検査費用が軽減されるため,その点が理由としてあがった.
主人が〇月いっぱいで〇〇病院に戻るので,互助会(の費用補助)が使えるのが今しかないと思って(E).
6) 子育て中でも安心して受診できる条件がそろっているこのメインカテゴリは《受診中に子供を預けられる人がいる》《医療機関内に子供と過ごせる個室がある》という2カテゴリから構成された.
(1) 《受診中に子供を預けられる人がいる》子供が歩行できるようになる時期であることや検査に必要な時間が長いため,子供を誰かに預けられることが検査のため受診できる理由としてあがった.
やっぱ子供が預けられないと,こんな長い時間連れてくるのも大変ですし,授乳もしちゃいけないんで(C).
(2) 《医療機関内に子供と過ごせる個室がある》検査中に周囲の目や感染症の心配なく,子供と安心して過ごせる部屋の存在が検査を受ける理由としてあがった.
ここの部屋が結構大きくて,やっぱりこの時期だと風邪とかインフルエンザとか流行ってるから,子供と一緒にずっと待ってるのはなあ,って思うんですけど,前回もお部屋を準備してくださったので,特にそういう心配なく来れるかなと思った(D).
本研究ではGDM既往女性が出産1年後のフォローアップ検診を受ける理由として6メインカテゴリが生成された.出産1年後の受診行動を選択する理由について,メインカテゴリに基づき考察し,公衆衛生看護の視点からみた支援の可能性について述べる.
1. 胎児のための血糖コントロールから自分自身の健康のための保健行動へと視点を転換する本研究の研究協力者は親族等の糖尿病治療や合併症を目にすることにより糖尿病の重大さを感じていた.さらにGDM既往女性は将来糖尿病になるリスクが高いと医療者から説明を受け,糖尿病の合併症や治療に伴なう煩わしさを自分自身と関連づけることで【将来糖尿病になりたくない】気持ちをもち,出産1年後の検査を受ける選択をしていた.
【将来糖尿病になりたくない】という思いは,GDM既往女性が産後に糖尿病予防に有効な保健行動を選択していく際の土台になるものと考えられる.糖尿病リスクに関する認識が産後の保健行動と関係することは先行研究(中嶋ら,2008;山波ら,2017)でも述べられており,本研究の結果も先行研究を支持するものであった.
また先行研究では,GDM妊婦は高血糖が胎児に及ぼす影響への不安をベースとして厳格な血糖管理に励む(川村,2020)が,出産をゴールとした期間限定の取り組みとなりやすい(阿部ら,2009;高橋,2005)ことが報告されている.期間限定の取り組みではなく,出産後長期に渡り糖尿病予防に望ましい保健行動を選択するためには,胎児の健康を目的とした血糖管理から,自分自身の健康のための保健行動へと視点を転換させることが必要である.実際に本研究の結果では,GDM女性は診断時から産後に受けた医療者からの説明や糖尿病合併症の重大性の認識,妊娠中の厳格な食事管理の記憶やこれから育てていく子供を思いやる気持ちなどが内的動機となり,【将来糖尿病になりたくない】という思いを強め,前述したような視点の転換を起こしていたと考える.
2. 検査が続くことを前向きにとらえる本研究の研究協力者は【産後も検査が続くことを理解している】状況で,【自分の生活習慣を見直す機会となる】と,検査を前向きにとらえていた.この点は,先行研究(阿部ら,2016)が報告した,GDM女性は予想に反し産後も検査が続くことに落胆するという点とは異なっていた.【産後も検査が続くことを理解している】ためには,《身近に受診モデルがいる》ことにより,継続的に受診し検査を受ける生活を具体的にイメージできることや,《予定された検査のスケジュールを理解している》というように,生活の流れに定期的な検査が組み込まれ,検査を受けることを理解している必要がある.また【自分の生活習慣を見直す機会となる】と,より前向きに検査を捉えるためには,特に《検査により身体状況を可視化できる》ことが重視されていた.研究協力者は出産から1年が経過し仕事復帰している場合も多く,仕事や育児のため多忙であり,妊娠中のような厳密な食事管理ができなくなっていた.産後は妊娠中に比べ食行動が緩和化される(山波,2017)ことは本研究でも同様であった.しかし,本研究の研究協力者は,育児優先の生活で生活習慣に不安があるからこそ,検査結果を生活習慣のバロメーターととらえ,検査を受ける選択をしていた.
また単に検査を受けるだけでなく,【医師からの助言で安心したい】のように,検査後に医療者からフォローを受けられることが,身体状況の理解を促進し安心感を与えると共に,将来を見据えた保健行動への意識を高めていた.阿部ら(2016)によれば,GDM女性の糖尿病になりたくないという思いは医療者の介入の仕方によって縮小したり増大したりする.診断時から産後にかけて実施される医療者からのわかりやすくタイミングを見計らった説明は,GDM既往女性の産後の保健行動を促進する可能性がある.また,将来的な糖尿病のリスク説明だけでなく日頃の頑張りを労い安心感を与えることや,糖尿病予防に関する有益な情報を提供することは,GDM既往女性が産後も長期間に渡り検査を受けるための一助となる.
3. 周囲からの支援や促しにより受診に至る本研究の研究協力者では,もともと検査に消極的な場合でも,【周囲から検査を後押しされる】ことにより受診に至っていた.医療機関からの予約票や電話連絡,行政からの手紙で検査を促されたり,自分の身体を気遣ってくれる《家族から検査を勧められる》ことで,検査しようと思い直すきっかけとなることが明らかとなった.リマインドが産後検査への参加を促進することは海外でも報告されている(Sterne et al., 2011)が,本研究でも同様の結果だった.
糖尿病患者における自己管理は,意識づけとなる機会が複数回あることや周囲の促しで促進される(村上ら,2009).また,受診中断歴のある糖尿病患者が再受診するきっかけは,糖尿病について健康診断や他科への受診時に指摘された経験である(吉森ら,2013).GDM既往女性にとっても,継続受診の必要性を様々な場で上手に伝えられることが意欲を高めると考えられた.
西條ら(2017)によれば,GDM既往女性の継続受診を妨げる要因として,受診環境が整っていないことによる母子の負担やサポート者への遠慮がある.3歳児をもつ親の自分自身の受診行動に関する研究(三浦ら,2018)では子供を預ける先や時間がないことが受診の妨げとなっている.本研究で対象とした出産1年後は,子供の活動範囲が広がり,長時間待合室で過ごす負担が産褥期より大きい.また,75 g経口糖負荷試験にかかる検査時間は2時間以上必要なため【子育て中でも安心して受診できる条件がそろっている】ことは特に重要であり,乳幼児を持つ母親の受診行動を促進すると考えられる.
4. 公衆衛生看護実践への示唆本研究の研究協力者は,医療機関や行政からの働きかけや家族からの後押しにより継続的な受診行動につながっていた.鶴見ら(2016)によれば,耐糖能異常妊婦は妊娠中は支援を多く受けていたが,産後における支援も希望していることが明らかになっている.しかし,GDM女性が医療者と会う機会は,産後は減少する.乳幼児訪問や乳幼児健診を通して多数の母親に直接会う機会がある地域の保健師や助産師は,GDM既往女性にとって分娩後に地域で出会う医療専門職である.
地域における育児支援の機会を通じて,行政保健師や助産師が将来の糖尿病発症リスクや継続受診の必要性について頻回に伝えることや,行政からGDMに関するリーフレットなどを送付することも,GDM既往女性の継続受診を促進すると考えられる.その際,受診しやすい環境が整っている医療機関や地域の託児サービスの情報を提供することも有益と考えられる.また,継続的に検査を受けているGDM既往女性をピアサポーターとして育成することも,親族や知人のサポートを受けられない対象者への支援に有効となる可能性がある.
育児支援の場面では子供に関する支援に加え,母親自身の身体状況について支援を提供していくことの必要性が示唆された.
5. 本研究の限界本研究ではフォローアップ検診の場面でインタビューを実施したため,インタビュー後に研究協力者に会うことは困難であった.そのため結果の厳密性について,研究協力医療機関の医師や看護師に意見を求め,複数の研究者間で検討を繰り返したが,Mayringの提唱した手順に忠実ではない.この点は本研究の限界である.また出産1年後のフォローアップ検診を受診した人のみを対象としており未受診者は対象としなかった.今後,未受診者を減らし受診者を増やす対策を講じるためには,受診できなかった理由についても調査する必要がある.インタビューの際,1名は実母が同席していた.研究協力者と実母の関係は良好と思われたが,同席者に配慮した語りとなった可能性がある.
また本研究は行政,産科医療機関,内科医療機関が連携したGDM女性の支援体制を持つA市のみで得られた知見であり,他の自治体にそのまま適用できるわけではない.さらにフォローアップ検診受診者のみを対象とした点で,アドヒアランスの高い人の特徴がより強く表れている可能性がある.本研究の知見を一般化するためには,地域や対象者を拡大した調査が必要と考えられる.
本研究の実施にあたり,貴重なお話を聞かせて頂いた皆様ならびに研究協力者の紹介やインタビューの場をご提供頂いた医療機関の皆様に心より感謝申し上げます.
なお,本論文は令和元年度浜松医科大学大学院医学系研究科修士課程(看護学専攻)に提出した修士論文に加筆・修正したものである.
本研究に開示すべきCOI状態はない.