日本公衆衛生看護学会誌
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研究
医療的ケア児の母親が行った就学準備の実際
―医療的ケア児が地域の小学校に入学する際の課題と保健所保健師の支援―
竹中 響村嶋 幸代
著者情報
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2022 年 11 巻 3 号 p. 142-151

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Abstract

目的:医療的ケア児(以下,医ケア児)の母親が地域の小学校入学に向けて行った準備の内容や契機を調査し,医ケア児が地域の小学校に通うための課題を明らかにすると共に,保健所保健師の支援の在り方を検討する.

方法:小学校就学に向け行った就学準備について,小学1~3年生の医ケア児の母親3名を対象に半構造化面接を行い,質的記述的に分析した.

結果:母親は《教育関係者の理解を得るために試行錯誤を繰り返す》,《譲れないポイントと希望を明確にする》等,希望の実現のために行動していた.一方,医ケア児が《就学するための仕組みが不明瞭である》と感じていた.

考察:母親は就学の仕組みが不明瞭と感じながらも,譲れないポイントと希望を明確にし,自ら行動していることが明らかになった.保健所保健師は,母親の気持ちを受け止め,立ち向かう力を引き出すとともに,教育機関を巻き込んだ地域ケアシステムを構築する力量が必要である.

Translated Abstract

Objective: This study investigated the preparations made by mothers of children requiring medical care for enrolling them in local elementary schools and additionally identified the challenges they faced and examined the ways in which public health nurses can support these children to attend school.

Methods: Semi-structured interviews were conducted with three mothers of first- to third-grade children requiring medical care, and qualitative descriptive analysis was conducted on the school preparations made by the mothers in order for their children to attend elementary school.

Results: The mothers 《repeatedly went through trial and error to gain the understanding of educators》, 《clearly defined their non-negotiable points and wishes》, and 《took action to realise their wishes》. However, they felt that 《the mechanism for children requiring medical care to attend school was unclear》.

Discussion: Although the mothers “felt that the mechanism for school attendance was unclear,” they clarified their non-negotiable points and wishes and acted on their own. Public health nurses need to accept the feelings of mothers, draw out their ability to take action, and build a community care system for children requiring medical care that involves educational institutions.

I. 緒言

2013年に学校教育法施行令が改正され,「一定程度の障害のある子どもは原則特別支援学校に就学する」という従来の仕組みが,「個々の障害の状態,本人の教育的ニーズ,本人・保護者の意見,教育学,医学,心理学等専門的見地からの意見,学校や地域の状況等を踏まえた総合的な観点から就学先を決定する」仕組みへと改められた.医療的ケア児(以下,医ケア児)の就学に関しても,本人・保護者に十分な情報提供を行い,可能な限り意向を尊重することが求められている(文部科学省,2019).在宅の医ケア児数は,医療技術の進歩を背景に増加の一途をたどり(厚生労働省,2020),今後ますます地域の小学校に通学する医ケア児の増加が見込まれる.

しかし,医ケア児が地域の小学校に就学するためには,校内の体制づくりや児に必要なケアをイメージできない等の学校が抱える課題(深草ら,2018関ら,2015),看護師の確保(深草ら,2018清水,2014)や,関係機関との連携,医療的ケアへの理解等の教育委員会が抱える課題(深草ら,2018)があり,十分な就学支援体制が構築されているとは言い難い.また,地域の小学校への就学を希望する医ケア児の母親は,学校側との話し合い(品川,2017)や,理解してもらうことに困難を感じ(川崎ら,2017),支援体制の不足を補うために,通園・通学の調整をする(大久保ら,2016)といわれている.

このように,医ケア児が地域の小学校へ就学するためには,解決すべき課題が多くある.母親の努力によって,地域の小学校へ入学した医ケア児は一定数いると考えられるが,そのプロセスは明らかではない.そのため,医ケア児の母親が行った就学準備の実際を明らかにすることは,医ケア児が地域の小学校に入学し,安心して学校生活を送るための手立ての検討に役立つと考えられる.

また,保健所は学校における医療的ケア体制をバックアップする機関の一つとして期待されている(文部科学省,2019)が,保健師は医療的ケアには直接関わらないため,親から期待されないという戸惑いや困難を抱く(岡田,2019大脇ら,2009)といわれ,医ケア児の就学における保健所保健師の支援役割は明確ではない.

そこで本研究は,医ケア児の母親が就学に向けて行った準備の内容やその契機を調査し,医ケア児が地域の小学校に通うための課題を明らかにすると共に,保健所保健師の支援の在り方を検討することを目的とする.

II. 方法

1. 研究デザイン

質的記述的研究の目的は,内部者の見方から現実を明らかにすることであり,出来事を日常的な用語で記述するものである(グレッグ,2016).本研究では,就学準備という現象を医ケア児の母親の目線から明らかにすることを目的としているため,質的記述的研究を採用した.

2. 用語の操作的定義

本研究では,医療的ケア児を文部科学省(2019)の定義を参考に,「就学するにあたり何らかの準備・調整を行ったことによって,学校生活の中で医療的ケアを実施し,地域の小学校に就学することが可能になった児」と定義した.

3. 研究参加者

研究参加者は,研究に協力が得られたX県Y保健所管内在住の小学1~3年生の医ケア児の母親3名とした.研究参加者の選定は,X県Y保健所の保健所長及び小児慢性特定疾病担当保健師(以下,小慢担当保健師)へ文書と口頭にて研究参加者の紹介を依頼した.X県Y保健所管内の小児慢性特定疾病児数は,187名(2019年3月31日現在)であり,そのうち対象となる医ケア児は4名いた.その中で,小慢担当保健師に日本語での会話が可能と考えられる医ケア児の母親3名を選定してもらった.研究責任者が文書と口頭にて研究概要を説明の上,同意を得られた者を研究参加者とした.

4. データ収集

研究参加者には,2020年9月,約60分の半構造化面接を個別に1回実施した.面接は研究参加者の自宅で行い,研究参加者の許可を得てICレコーダーに録音した.調査には,研究責任者の他,小慢担当保健師1名が同席した.面接では,「就学に向けて行った準備,その際に大変だったこと」等を尋ねた.なお,対象の母親1名(母親C)からは,小慢担当保健師による面接及び文書での回答による調査協力の同意のみを得たため,研究責任者は対面せず,その内容を書き起こした文書を受け取った.

5. 分析方法

研究参加者の録音データを個人名が特定できないように記号化し,逐語録を作成した.地域の小学校就学に向けて母親が取った行動や思いに関して語られている箇所を抜き出し,意味のあるまとまりでコード化した.また,コード化の際は可能な限り研究参加者の言葉を用いた.次に,分類したコードを,母親が行った就学準備の内容や思いの類似性・相違性に着目して整理し,サブカテゴリ,カテゴリを抽出した.それぞれのケースの相違性を比較することによって特徴を明らかにしながら,就学準備の内容や課題を検討した.研究の全過程において,質的記述的研究の経験者2名からスーパーバイズを受け,明解性,信用可能性,確認可能性,移転可能性の4つの基準(Lincoln et al., 1985)をもとに,分析結果の真実性を検討した.明解性は,研究結果の詳細な記述によって確保した.信用可能性は,研究参加者の言葉を要約したり,言い換えたりすることによって,解釈に誤りがないかを確認し確保した.確認可能性は,質的記述的研究の経験者2名から,スーパーバイズを受け,研究者の偏見や歪みによる影響を受けないよう客観性の確保に努めた.移転可能性については,研究の限界に記載する.

6. 倫理的配慮

研究参加者に対し,研究の目的,調査内容,拒否の権利,個人情報の取り扱い等について文書と口頭で説明し,同意書への署名をもって同意とした.本研究は,大分県立看護科学大学研究倫理・安全委員会の承認を得た(2020年7月27日承認,承認番号20-36).

III. 結果

1. 研究参加者の概要(表1
表1  研究参加者の概要
対象 A B C
児との続柄
年齢 40代 40代 30代
職業 パート パート パート
児の疾患 劣性栄養障害型表皮水疱症 ヒルシュスプルング病
短腸症候群
嚢胞性線維症
気管支拡張症
診断時の年齢 0歳1か月 0歳(出生翌日) 1歳9か月
現在の児の年齢 8歳(小学2年生) 8歳(小学2年生) 8歳(小学2年生)
通っているクラス 特別支援学校 通常の学級 通常の学級
算数,国語のみ特別支援学級
児に必要な医療ケア ・水疱やびらんを保護パッドで保護する
・毎日入浴前に保護パッドを交換し保湿する
・学校では,出来る範囲であれば本人が針を刺して水疱をつぶし,浸出液を出して薬を塗り,保護パッドを貼る
・3,4回/日,チューブにて排便処置
・学校では,母が給食前に学校のトイレに出向き,行っている
・中心静脈栄養(夜間10時間 110 cc/時間)
・在宅酸素療法
・自宅から酸素を持って行って,本人は酸素を引いて過ごしている
構成要素 内容 担い手 構成要素 内容 担い手 構成要素 内容 担い手
児に必要な支援(登下校) 環境
清潔
車での送迎
登校前の全身チェック(新しい水疱が出来ていないか)

呼吸 車での送迎
児に必要な支援(学校の中) 清潔


飲食

飲食

環境
見える範囲の水疱の処置

【地域の小学校通学時】
給食時の付き添い(食べ物が詰まる可能性があるため)
お弁当準備(食べられない給食のとき)
体育等外に行く場合の付き添い

(補助:先生)




排泄
飲食
飲食

飲食
チューブでの排便処置(給食前)
刻み食の提供
給食時の付き添い(食べられないものがないかチェック)
給食に出るものを食べられるかどうかの確認の電話

教育委員会
支援員

栄養士→母
呼吸
体温
呼吸
酸素ボンベを引いて過ごす
微熱時の対応
災害に向けた酸素ボンベの設置

先生
校長室
児に必要な支援(学校行事) 環境 外授業時の付き添い 排泄 チューブでの排便処置(事前に先生と打ち合わせを行い,決められた時間・場所で行う) 呼吸 酸素カートを運ぶ
児に必要な支援(家) 清潔 入浴前に全身の保護パッドを交換し,入浴後に保湿する.
1回/1–2日,2–2.5時間/回
排泄
飲食
チューブでの排便処置
中心静脈栄養(夜間10時間 110 cc/時間)

呼吸 酸素ボンベを引いて過ごす

※構成要素は,ヘンダーソンの基本的看護の構成要素を参考にした

母親の年齢は,30代1名,40代2名であった.医ケア児の年齢は,8歳(小学2年生)が3名であった.うち1名は,小学2年生から特別支援学校に通学していた.

2. 医療的ケア児の母親が行った就学準備の内容(表2
表2  医療的ケア児の母親が行った就学準備の内容
カテゴリ サブカテゴリ コード
児の学校生活を手に入れるために,全力を尽くす 児のために全力を尽くす (幼稚園・小学校へ)入れたいんだという気持ちが強く,あまり困ったなと思わずに進んでいた
しょうがないと諦める人もいるかもしれないが,自分は納得いくまでとことんやるぞという感じだったかもしれない
(児の)病気の予後があまり良くないと言われており,児のやりたいことはやらせてあげたいと思っている
自分から動きたいという思いがある 性格にもよるかもしれないが,自分でやっていきたい(と思っていた)
早めの行動が必要であることを認識する 結構早めに動いており,(保育園の)年中の夏頃からは動き始めていた
知られている病気ではないので,理解してもらうためにはやっぱり時間をかけないといけないと思っていたので,ちょっと早めに(行動した)
他の医療的ケア児のことも思って動く 色々な病気がある中で,自分達のように上手くやっていけるんだというモデルがあれば,普通学校を躊躇うような病気の人たちでも通えるかもしれないと教育委員会に思ってもらえるならと踏ん張った
多角的に児を理解する 児を医学的・生理学的に理解する 皮膚が弱く,普通のテープでもかぶれてしまうくらいデリケート
体内にもびらんが出来るので,食べ物が詰まる
他の医療的ケア児と比較する 寝たきりでもないし,酸素を付けているわけでもない,そういう子(児のような子)があまりいないのかもしれない
サービスを使っているわけでもないので,そういう人(自分と同じような人)はあまりいないのかなと思う
児のセルフケア能力をアセスメントし,引き出す 児の出来ること・出来ないことを見極める (児に対し)実際にできるかどうかさせてみて,無理なのか(できるかどうか)を判断する
(友達と話したり遊んだりすると)わけがわからないうちに食べてしまうということもある
児のセルフケア能力を強化する (児に対し)よく噛むように伝えている
譲れないポイントと希望を明確にする 地域の小学校へ就学することへの価値を確信する 主人も兄妹も行っていた学校だったため,入学を希望した
(児が)みんなと同じ学校に行きたいと言っていたので,A小学校に行きたいと思った
どのような学校(園)生活を送ってほしいかをイメージする お弁当を持っていけば良いのかもしれないが,みんなと一緒のものがよいという思いが強くあった
出来れば母親から離れて,友達や先生に自分ができないことを手伝ってとお願いできる生活ができるようになってほしいという希望があった
酸素をつけた今の状態で,お姉ちゃんと同じ学校へ行って欲しいと思った
教育関係者の理解を得るために試行錯誤を繰り返す どのような疾患なのかをわかりやすく説明する 傷を見せて話したり,最終的には服をめくって,普段はこうだから,できないこともあると説明した
市役所で教育長に,こういう病気であるということ(刻み食が必要である理由)を伝える
担当者が代わった場合,一から説明する 引継ぎはされていると思うが,病気のことが上手く伝わっておらず,一から説明をした
人が変わるたびに,引継ぎはあっても一から説明してというのがあるが,幸い幼稚園のときの教頭が小学校の校長先生になったため,話が通じている
合理的配慮であることを主張する 教育長に,給食を切ってくれるということは,児にとって合理的配慮だと思うと伝える
繰り返し確認する 年を越してから,どうなっているのか(教育委員会へ)連絡をした
お弁当を持っていけば良いのかもしれないが,みんなと一緒のものがよいという思いが強くあったため,何度も掛け合った
母親自身の人脈を活用する 高校時代の恩師に,給食を切ってほしい(刻み食にしてほしい)けど切ってもらえないと市役所から言われて悩んでいると相談した
気持ちを受けとめてもらう 市役所に結構話を聞いてくれる人が一人いた
保健所の保健師は,気にかけてくれて,こまめに連絡をしてくれるので,愚痴りやすい
希望の実現のために行動する 入学のための手立てを考える 公立の幼稚園が敷地内にあり,小学校の運動会に幼稚園生も参加することから,小学校にスムーズに上がることができる(ため,幼稚園に入園しなければならない)
保育園の申し込みの際に,無理だ(入園できない)と言われたことがあったので,入学するためには教育委員会に相談する必要があると思った
まずは就園を意識する 教育委員会へ行き,幼稚園に通わせてほしいということを伝えた
就学というよりまずは幼稚園に入るために動いた
希望を叶えるために担当者へ要望を伝える 就学する前に,児に一人の支援員をつけてほしいという希望を出していた
ご飯や肉・魚は普通に食べても消化できるが,野菜は消化できないので,チューブに合わせて刻んでほしいという要望を幼稚園の時に出した
希望の実現のための調整を行う これは食べられる,食べられない,こうしたら食べられるという打ち合わせを栄養士(給食の先生)と行う
教育委員会と協議を重ね,息子に一人,看護師免許を持った専属の支援員を付けて欲しいというお願いをした
児が学校(園)生活を送るための具体的なすり合わせをする 児が学校(園)生活を送るために,何に気を付ければよいかを教育関係者と話し合う 幼稚園の園長や教育委員会,自分達で,気を付けることや,しない方がいいこと,できること・できないことを回数を重ねて話し合いをした
小学校に上がるときは,入学前に担任になる先生,校長先生,教頭先生,栄養士の先生,みんなで集まって情報を共有した
母親が自らの職場に働きかけ,時間の都合をつける 会社に,幼稚園の時間内(9時から14時)で働きたいということを伝える
希望通り働けないのであれば,会社を辞めるということを伝えた
母親が担う児へのケアの内容を決める 何時にここ集合ということを先生と決めて,(排便処置を)して,先生に預けるということを,決めてやってきている
遠足などの行事は,母がついて行き,酸素カートを運んでいる
学校生活の中で児にとっての危険を回避するための要望を教職員に伝える 鞄が重たく,ポートがある皮膚を引っ張てしまうため,校長先生に鞄の中身を学校に置いて行って良いか聞いた
児の学校生活に満足する 希望した生活を手に入れた満足感を得る 希望していた幼稚園に入園でき,そのまま小学校に行けたことが嬉しかった
給食を切ってもらえることになった(刻み食を提供してもらえるようになった)ことは,嬉しい・有難いというか,諦めずに色々やってきて良かったなと思った
現状の支援で,児の健康に支障がない 自分が実際に学校に見に行っているわけではないから,どのように切られているのかはわからないが,たまにチューブに詰まることはあっても支障はない
母親がカバーする 学校の力では不十分なケアを母親が担う 小学校に上がってからは,体育などの外授業のときも母がいなければいけない

分析の結果,就学準備の内容として,27のサブカテゴリ,9のカテゴリが抽出された.以下,カテゴリは《 》,サブカテゴリは〈 〉,対象者の語りは「斜体」(対象者記号)で記す.

母親は,児を思って動き,《児の学校生活を手に入れるために,全力を尽くす》覚悟を持って行動していた.母親は,その覚悟を持ち,納得いく結果を手に入れるために,〈自分から動きたいという思いがある〉ことがわかった.また,希望の実現のためには,時間がかかることを漠然と意識し,〈早めの行動が必要であることを認識する〉ということがわかった.更に,自らの行動を次の世代につなげていきたいと考え,〈他の医療的ケア児のことも思って動く〉ことがわかった.

「入れたいんだ(地域の小学校に入学させたい)っていう気持ちの方が強かったので,…正直困ったっていうのはあんまり記憶にないかもしれないです」(A)

「私のとこみたいに,入れて上手くやっていけてるんだっていうモデルがあれば,教育委員会とかも,…普通学校ためらうような病気の人たちでも,行けるかもしれないって思ってもらえるならってちょっと踏ん張ってはみたんですけど」(A)

〈児を医学的・生理学的に理解する〉ことで,疾患の影響を捉え,〈他の医療的ケア児と比較する〉中で,同じような子どもがいないと考えていた.このように《多角的に児を理解する》ことがわかった.

「そういう子があんま(り)いないのかもしれない,…酸素つけてるわけでもないし」(B)

母親は生活の中で,〈児の出来ること・出来ないことを見極める〉ことや,児の自覚を促しながら,《児のセルフケア能力をアセスメントし,引き出す》行動を取っていた.

「様子をみて考えたりもしたし,実際にできるかなってさせてみて,…これ出来るようになってるとかっていうのを観察しながらでしたね」(A)

母親は,自身の価値観や児の思いを把握する中で,〈地域の小学校へ就学することへの価値を確信する〉ことがわかった.更に,児がどのように周囲と関係を築き,〈どのような学校(園)生活を送ってほしいかをイメージする〉中で,《譲れないポイントと希望を明確にする》ことがわかった.

「出来れば私から離れて,…友達だったり,先生だったりに,…手伝ってって言って,(そう)いった生活ができるようにっていうのが,…希望でしたね」(A)

母親は,教育関係者の理解を得るために,視覚に訴えたり,例えを用いたりしながら,〈どのような疾患なのかをわかりやすく説明する〉,〈担当者が代わった場合,一から説明する〉等,工夫して説明していた.また,相手の納得を得るために,〈合理的配慮であることを主張する〉ことや,担当者に何度も掛け合い,現状を把握・打破するために,〈繰り返し確認する〉こと,物事が上手く進まない現状を改善するために,〈母親自身の人脈を活用する〉等,《教育関係者の理解を得るために試行錯誤を繰り返す》ことがわかった.その過程で,家族や保健師等に愚痴を吐き出し,〈気持ちを受けとめてもらう〉ことで,気持ちの整理をしていた.

「傷を見せながら話をしたり,…最終的には服をめくって,…」(A)

「生まれて初めてY保健所さんに行ったときに,K(保健師)さんっていう方に担当してもらったんですけど,…連絡(を)こまめに結構して下さるので,…あのこう愚痴りやすいというか」(A)

〈入学のための手立てを考える〉にあたり,就学への準備の始まりとして,〈まずは就園を意識する〉ことがわかった.〈希望を叶えるために担当者へ要望を伝える〉等,教育関係者と打ち合わせを行い,《希望の実現のために行動する》ことがわかった.

「…まずは幼稚園に入るために動いた」(C)

「給食の先生とかと話して,これは食べれる,あれは食べられない,…とか,…打ち合わせして」(B)

そして,〈児が学校(園)生活を送るために,何に気を付ければよいかを教育関係者と話し合う〉ことや,〈母親が自らの職場に働きかけ,時間の都合をつける〉中で,母親が担うことと,学校が担うことの折り合いをつけ,〈母親が担う児へのケアの内容を決める〉ことができていた.また,母親は,児が学校生活を安全に送ることができるよう,〈学校生活の中で児にとっての危険を回避するための要望を教職員に伝える〉ことも行っていた.このように,《児が学校(園)生活を送るための具体的なすり合わせをする》ことがわかった.

「遠足とかの行事の時は,私がついて行って,酸素カートを運んでいる」(C)

「ポートがあるからどうもやっぱ(鞄が)重たいと,…皮膚を引っ張っちゃうから,…校長先生に,そのー中身を学校に置いていいかって聞いて」(B)

母親は,このような自分の行動が報われることよって,〈希望した生活を手に入れた満足感を得る〉ことができていた.具体的に児にどのような配慮が行われているのかがわからなくても,〈現状の支援で,児の健康に支障がない〉場合は,問題ないと考えており,《児の学校生活に満足する》ことができていた.

「(給食を刻み食として)切ってくれるようになったっていうのが,…私にとっては一番あの嬉しいというか有難いというか,…諦めずに色々やって良かったな」(B)

その一方で,児が生活する上で必要だと学校側が判断した支援,即ち,学校の力では不十分なケアを《母親がカバーする》ことによって,学校生活を継続することができていた.

「…体育があったりなんか外授業(教室外での授業)があったり,…すると,もう私がいないといけない」(A)

3. 就学準備を行った医療的ケア児の母親の思いや困難感(表3
表3  就学準備を行った医療的ケア児の母親の思いや困難感
カテゴリ サブカテゴリ コード
教育関係者と母親が共通認識を持つ 関係者への信頼感がある 自分は何もしていないが,おそらく教育委員会や町の保健師,保健所の保健師等が色々動いてくれたんだと思う
就園に向けては,教育委員会や保健師が動いてくれたので,特別大変だったことはない
継続した教育関係者の理解がある 幼稚園のときの教頭が小学校の校長先生になったため,話が通じている
幼稚園入園に向けて教育委員会に相談に行っていた時の担当の先生が,児の小学校入学時の校長先生になっていたので,病気のことを分かってくれていた
教育関係者から理解されていない 継続した教育関係者と母親の間で認識のずれがある (幼稚園の時の園長と小学校の校長は同一人物だったので)更に裏切られ感が強かった
教育関係者変更時の引継ぎがない 教育委員会の担当者が変わると,同じ話を一からしなければいけないのが本当に大変だった
教育関係者と意見が対立する 教育委員会に対しては,いーっとなることもあった
話は聞いてくれても,無理だと門前払いされ,しょうがないのかなと思いつつ,(野菜を)切るだけじゃんという思いもある
教育関係者から疾患に対する理解を得られない その都度説明するが,知られている病気ではないため,説明しても想像が出来ないため,その辺でちょっと温度差が出た
(就学準備で一番大変だったことは)理解してもらうことが一番大変だった
教育関係者への遠慮がある 教育関係者への遠慮がある うるさい人が来たと思われるかもしれない
めんどくさいと扱われると,後々生活するのは自分ではなく息子なので,そこを考えると,沢山言いすぎても駄目だと思った
就学するための仕組みが不明瞭である 現状を把握できず,途方に暮れる 返事を来るのを待つしかないという感じで,就学のときは結構モヤモヤしている時期もあった
無理だったので(希望が通らなかったので),どうしようかと思った
就学するための仕組みが分からない それ(町の教育委員会でどのように話し合いをされているか等)がこっちにはわからず,向こうは病気がわからないのでもうちょっとお互いに近づいた話を,もうちょっと濃くできればよかった
医療的ケア児を受け入れる資源が不足している 医療的ケアが必要であるために受け入れを拒否された経験がある 給食に手を加えることはできないと言われ,えーそうなんだと思う
保育園への入園を考えたが,町(役場)に申込みに行ったら無理だと言われた

分析の結果,医ケア児の母親の思いや困難感として,10のサブカテゴリ,5のカテゴリが抽出された.

就学準備の際に,〈関係者への信頼感がある〉ことや,就園から就学にかけて教育関係者が交代せず,〈継続した教育関係者の理解がある〉といった,《教育関係者と母親が共通認識を持つ》場合があった.

「自分は何もしていないけど,おそらく教育委員会や町の保健師さん,保健所の保健師さんとかが色々動いてくれていたんだと思う」(C)

その一方で,〈継続した教育関係者と母親の間で認識のずれがある〉ことや,〈教育関係者変更時の引継ぎがない〉こと,〈教育関係者と意見が対立する〉こと,〈教育関係者から疾患に対する理解を得られない〉こと,即ち,母親の気持ちや伝えたことが,《教育関係者から理解されていない》と感じる場合もあった.

「教育委員会の方がこう代わると,担当というか,代わると(交代すると)また一から同じ話をしないといけないっていうのが,ほんと大変でしたね」(A)

「…しょうがないなっていう思いもあるし,でも(給食を刻み食として)切るだけじゃんっていう思いもあるし」(B)

更に,自分の行動が児の学校生活に悪影響を及ぼすと考えるために抱く,《教育関係者への遠慮がある》ことがわかった.

「めんどくさいみたいにこう扱われたりすると,…生活するのは息子なので.私じゃないので.って考えると,…沢山言いすぎてもダメなのかな」(A)

また,〈現状を把握できず,途方に暮れる〉ことや〈就学するための仕組みが分からない〉といった現状を把握できないもどかしさがあり,《就学するための仕組みが不明瞭である》と感じていた.

「返事(が)来るのを待つしかないのかなとかいう感じで,…結構モヤモヤしてる時期もありましたね」(A)

そして,〈医療的ケアが必要であるために受け入れを拒否された経験がある〉といった,医ケア児が生活できる環境基盤がなく,《医療的ケア児を受け入れる資源が不足している》と感じていた.

「給食に手を加えることはできませんって言われて,…そうなんやーって」(B)

IV. 考察

1. 医ケア児の母親が行った就学準備の内容

本調査において,〈繰り返し確認する〉等の,《教育関係者の理解を得るために試行錯誤を繰り返す》といった医ケア児の母親が行った,具体的な就学準備の内容が新知見として得られた.医ケア児の母親は,医療的ケアを子育ての一貫と捉え(馬場ら,2013),医療的ケアを実践するプロセスの中で,わが子随一の専門家としての認識をもつ(草野ら,2016).母親にとって,医療的ケアを行いながら子育てをすることは当たり前のことであり,多角的に児を理解し,《児のセルフケア能力をアセスメントし,引き出す》中で,《譲れないポイントと希望を明確にする》というプロセスを辿っていたと考えられる.

2. 研究参加者の共通点や相違点からみえた就学準備の重要性

本調査の母親は,地域の小学校への就学を希望している点は共通していたが,母親が児のケアを行うことに対する認識や,必要な医療的ケアは異なっていた.

学校生活における医療的ケアを誰が行うかという課題は以前から指摘されている(天野ら,2019)が,本調査においても,同様の課題があった.母親Bと母親Cは,学校生活における必要なケアの一部を担うことに抵抗感がなかったが,母親Aは,母親が付き添わずに学校で生活できることを望んでいた.保護者の付き添いは,本人の自立を促す観点からも真に必要と考えられる場合に限るように努めるべき(文部科学省,2019)とされており,教職員は,普通学校に通う医ケア児に対し,自己管理力を期待している(野村ら,2016).医療的ケアにはそれに伴う支援コストがかかる.両者のギャップは,医療的ケアに伴って生じるコストを,誰がどのように負担すべきかという問題にもつながってくる.医ケア児の支援コストには,教育委員会や地域全体,ひいては社会全体の理解が必要なことが,今回の調査から浮かび上がってきた.コストがかかるほど調整に難航し,〈母親自身の人脈を活用する〉といった,母親の積極的な交渉が現状を打破する要素となったことが,今回示された.地域の小学校に就学を希望する医ケア児の願いを実現するためには,母親と教育関係者が,児にとって真に必要なことは何なのかを話し合い,すり合わせる中で共通認識を持つ必要があることを今回の事例は浮き彫りにした.

3. 医ケア児が地域の小学校に就学するための課題

1) 医ケア児の母親にとって,就学するための仕組みが不明瞭であること

本調査では,《就学するための仕組みが不明瞭である》と感じることが,《教育関係者の理解を得るために試行錯誤を繰り返す》等の,母親が自ら行動せざるを得ない要因として考えられた.先行研究では,学校生活に付き添う母親の負担(鈴木ら,2016涌水ら,2009山本ら,2019)や,学校側が安全性を保障できないことを理由に,子どもの教育への参加を制約してしまう問題(八木,2014)が指摘されているが,本調査において,母親は地域の小学校就学のための準備段階で困難を感じ,生活の中で《譲れないポイントと希望を明確にする》こと,教育関係者に対し,完全な安全保障を求めてはいないことが明らかになった.したがって,母親にとって重要なことは,就学するための仕組みや,必要な準備に関する情報がしっかりと提供されること,その上ですり合わせを行い,児にとって最善と思える学校生活を迎えられるという納得感だと考えられる.

2) 教育関係者の理解の不十分さ

本調査では,母親の気持ちや伝えたことが,《教育関係者から理解されていない》と感じることが,就学する上での課題の一つと考えられた.医ケア児の母親は,学校に疾患を理解し,受け入れてもらうことに困難を感じる(川崎ら,2017)とともに,情報の引継ぎや調整に苦労する(Miller et al., 2009)といわれているが,それは,本調査においてもみられた.そのため,医ケア児の就学に携わる教育関係者や保健師が人事異動する際は,母親の思いも含めて次の担当者へ情報を引き継いでいくことが重要だといえる.

田中(2020)は,疾患により常時配慮が必要な児童が在籍する学級は,校内支援体制が築かれている割合が有意に高いことを明らかにしており,医ケア児を受け入れる教育関係者にも経験が必要であると考えられる.研修を行うことの重要性は以前から指摘されている(文部科学省,2019)が,本調査においても,教育関係者が疾患を理解し,《教育関係者と母親が共通認識を持つ》ために,疾患について理解する場を設けることの必要性が改めて示唆された.

3) 医ケア児が地域の小学校に就学するために必要な社会資源の不足

本調査では,〈母親が担う児へのケアの内容を決める〉ことができる場合もあれば,学校側が必要とする支援を《母親がカバーする》場合もあることが明らかになった.医ケア児の母親は,児の医療的ケアの影響のため,仕事をしにくく(春木,2020松澤ら,2019),就労を可能にするためには,職場の理解が必要である(荒木ら,2019)といわれている.本調査においても,就学のためのすり合わせの過程で,〈母親が自らの職場に働きかけ,時間の都合をつける〉ことが行われていたが,職場の理解によって,医ケア児の教育の場が選択され得ることが示された.

また,本調査で母親は,早めの行動が必要であることを認識し,〈まずは就園を意識する〉ことが明らかになった.集団生活が上手くいくことは児・家族にとって就学への自信になること(山本,2006)や,教職員が医ケア児を受け入れるにあたり,児の集団生活の経験を期待している(野村ら,2016)ことからも,保育園・幼稚園に入園する時点から,就学を見据えた医療的ケアの実施体制を整えることが重要である.

4. 母親にとって保健師が存在する意味と母親が保健師に求める役割

本調査で,医ケア児の母親は,〈気持ちを受けとめてもらう〉存在の一人として保健師を認識していた.保健所保健師は,まずは母親の気持ちを受け止め,立ち向かう力を引き出す存在であることが示唆された.

また,本調査で母親は,〈他の医療的ケア児と比較する〉中で,児と同じような子どもはいないと考え,自らの行動を次の世代につなげようと,〈他の医療的ケア児のことも思って動く〉ことが明らかになった.医ケア児の母親にとって,同じ境遇にある母親の存在が支えになる(吉沢ら,2016)といわれている.本調査では,そのような存在が不足していたが,母親自身は自ら動き,模索しながら就学準備を行っていた.保健所保健師は,医ケア児の母親をエンパワメントし,地域の中で孤立しないように,同じような医ケア児を育てる母親同士の交流会を実施することが必要だと言えよう.また,2016年に改正された障害者総合支援法及び児童福祉法では,医ケア児が適切な支援を受けられるように,保健,医療,福祉その他の関連分野の連携強化が求められ,地域のケアシステムの構築は保健師の責務である(厚生労働省,2013)とされている.保健所保健師は,より良い環境を求める母親の思いを心に刻み,医ケア児が学校側から十分なサポートを得られるよう教育機関に働きかけ,就学支援体制を整備し,地域ケアシステムを構築する力量が必要であると考えられる.

5. 本研究の限界と今後の課題

本研究は,インタビュー参加者の人数が3名と少なく,医療的ケアの内容がそれぞれ異なっていたことから,移転可能性の検討には至っていない.また,小児慢性特定疾病医療費受給制度を申請していない医ケア児をカバーできていないこと,X県Y保健所管内という限られた地域での実施であることから,医ケア児の母親の就学準備の実際を全て網羅しているとはいえない.より効果的な就学支援の在り方を検討するためには,今後,データの収集範囲や人数を追加・拡大し,医療依存度や居住地域による比較を行うことが必要だと考えられる.

V. 結語

医ケア児の母親が地域の小学校就学に向けて行った準備の内容を調査し,医ケア児が地域の小学校に通うための課題と,保健所保健師の支援の在り方を検討した.本研究では,《譲れないポイントと希望を明確にする》,《教育関係者の理解を得るために試行錯誤を繰り返す》等の,医ケア児の母親が行った具体的な就学準備の内容が新知見として得られた.医ケア児が地域の小学校に通うための課題の一つとして,《就学するための仕組みが不明瞭である》ことが挙げられたが,母親は,《譲れないポイントと希望を明確にする》こと,自ら行動を起こしていることが明らかになった.保健所保健師には,母親の気持ちを受け止め,立ち向かう力を引き出すとともに,教育機関を巻き込んだ地域ケアシステムを構築する力量が必要であると考えられた.

謝辞

本研究の実施に際し,快くご協力いただきましたX県Y保健所の職員の皆様,インタビュー参加者の皆様に心より感謝申し上げます.

本研究に開示すべきCOI状態はない.

文献
 
© 2022 日本公衆衛生看護学会
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